「何者だ」 ブラボーは問う。 突如現れた黒衣の男たちの素性を、真に測りかねていた。 ブラボーのことをゲームマスターと呼ぶからには、事情に詳しいものに間違いない。 ――プレイヤーか、あるいはそこから情報を引き出した者。 そう、ブラボーは判断した。 その背後では、ミコが後じさっている。 キメラアントの王と対面したこともある彼女だが、無理もない。 あの王に抱くのは、いわば理解の及ばない絶対者に対する恐怖。 対して目の前に居る人間は、わかりやすい。それがおぞましいのだ。一目見てわかる異常者と、ともすれば共感してしまいそうな自分が。 シスターとメイド服をミックスした珍妙な衣装の主、シスターメイがさりげなくミコを庇う位置に出た。「ああ、自己紹介を見ていなかったか」 手を打って、黒衣の男は口の端をゆがめた。 ぞっとした。嫌悪感よりも先に、恐怖を起させる。そんなおぞましい笑みだ。「――オレの名はエンド。新たにやってきたプレイヤー、そういう言い方をすれば、分かってもらえるだろう?」 男が名乗る。「キャプテン・ブラボーだ!」 びしっ、と、ポーズを決め、ブラボーは名乗り返した。反射的に。 そうしながら、男――エンドの言葉の意味を考えている。 新たにやってきた(・・・・・・・・)。 これはβ版のテスト開始時の事故以降、新たに、ということだろう。 すなわち、オンラインゲーム、Greed Island Online が、本当のグリードアイランドとつながっていると知り、その上でこちらの世界に来ることを望んだ人間だということだ。 ブラボーにはわからない。 情報は、生還した人間から聞いたのだろう。 ゲームとログインIDも、生還者の誰かから入手したのだろう。 この馬鹿げた強さは、不正改造でもしたとすれば、納得できる。 だが、何のために?「――世界征服でも、するつもりなの?」 ブラボーの傍らから、カミトが問うた。 この俊敏な鎖使いは、先程から構えを解いていない。 警戒からではない。畏れからだ。 ただ、立っている。それだけで、エンドの持つ魔的なオーラは、人の心を侵す。「ほう? 頭の回らんクズでもないようだな」 カミトの皮肉めかした質問を、エンドはあっさりと肯定して見せた。「その通り。オレの望みは世界征服だ。まずはこのリマ一国。そしていずれは世界を取る!」「不可能よ。この広い世界を、たった一人の人間が支配するなんて。どんなにすごい統治システムを構築できたとしても、無理がある!」「むろん、そうだ。我が念能力、“悪の華(ビカロマニア)”、“百鬼夜行(デッドマンウォーキング)”。この二つをフルに活用しても、純粋に力のみの統治が及ぶのは、このリマ一国。現行の統治体制をうまく流用しても、せいぜい数ヶ国といったところだろうさ」 ――ただ力に酔っているわけではない。 ブラボーは内心つぶやいた。 エンドは個の限界を知っている。 厄介なのは、その上で野望をあきらめていないところだ。 巨大すぎる野望。迷わず突き進む強烈な意志。 ――いかん。呑まれるな! ブラボーは首を振った。 おぞましいにもかかわらず、魅かれてしまう。そんな異常な引力が、エンドにはある。「オレ一人じゃ無理だ。だから、お前の力が必要なんだよ。ゲームマスター」 エンドが、ブラボーを指さす。 指先から伸びるものが体にまとわりつくような錯覚を覚え、ブラボーは身震いした。「そんな言い方をするからには、貴様が欲しているのは、このキャプテン・ブラボーの力ではあるまい」「ああ。察しが早くて助かる。そっちの力が欲しいだけなら、とっくに殺しているさ」 殺す。という言葉が、軽い。 とても人を殺してきたとは思えない。殺人にまるで重みを感じていない言いようだ。 ――化物。 体がではない。心がだ。 キャラクターの人格に引っ張られ、おかしくなった人間を何人も見てきたブラボーだが、エンドは彼らとはまた違う。 最初から、心にモンスターを抱える化物。 相対して、抱かざるを得なかった嫌悪感の正体はそれだった。 そして、にもかかわらず魅かれてしまう。そんなエンドの魔的な魅力は、なお恐ろしい。「ブラボー。ゲームマスターとしてのお前が、欲しい」「きゃーっ!」 ふいに、黄色い悲鳴が上がった。 誰のものかは言うまでもない。隣に居た鎖使い、カミトが小声で本人を咎める。「しっ! 空気読みなさいシスターメイ」「いや、だって、あんなワルエロ黒いイケ面がブラボーに“お前が欲しい”とか! 欲しいとか!」「いいから黙ってなさい変態シスター!」「はっ!? 嫉妬? 嫉妬なのね!? それはそれでっ!!」「マジ黙れ変態!」 争うカミトとシスターメイ。 一言も理解できないミコお嬢様は、怪訝な顔でそれを見ている。 期せずして心を立て直すことができたブラボーは、背後のシスターメイを指差した。「……あれもゲームマスターだが」「畑違いだ……言っとくが趣味がじゃないぞ? あれはキャラクターグラフィック担当だろう?」 ――そこまで調べているのか! ブラボーはあらためて戦慄した。 Greed Island Online 開発チームの担当まで割れているということは、よほど綿密に調べている。「理解したか。なら、オレがお前に何を求めているかもわかるよな?」 ぐいと押し込むように、エンドは言葉をねじ込んでくる。 でかくて、強大で、そんな彼に飲み込まれ翻弄されてしまいたい。人に根差す従属願望を満たす不思議な引力が、そこにはあった。「キャプテン・ブラボー。オレに協力しろ」 抗いがたい手を、エンドは差し伸べてきた。「そんなことになってたのか」 アズマが仏頂面で言った。 別行動をとっていた仲間たちは、すでに合流している。 突然発生した異常なオーラが、ブラボーたちの向かった地区に移動したのを見て、急行したのだ。 全員が集まるのを待って、鎖使いのカミトが事情を説明した。 それを受けての、アズマの発言だった。「そいつ、そんなにすごいの?」 金髪碧眼ツインテールの制服少女、ツンデレがカミトに問いかける。「すごい、というより、したたかで、賢いわ。“悪の華(ビカロマニア)”――名前と今までの行動からみるに、行った悪の量だけ強くなるとか、あるいは受けた悪感情の量だけ強くなるとか、そんな感じでしょうけど――おそらく奴はこの能力を、いままでほとんど使っていないわ。じっと待って、自らのオーラを爆発的に上昇させる、この機会を伺ってたのよ」「なんで? そんなことするより、こつこつでも悪いことして、ちょっとずつオーラを上げていったほうが、もっと早く強くなれてたんじゃない?」「そのまえに、買った恨みで身を滅ぼしてるでしょうね。憎まれる、恨まれるってのはそれほどリスクのある行為で、だからオーラの上昇率も高いのよ」 ふたりの会話が一区切りついたとき、虹色髪の少女、ライが手を挙げて口を開いた。「で、結局ヤツはブラボーに何をもとめてるんだ?」「ちょっとは考えろ幼女二号」「二号言うな――いや幼女言うな」 アズマに突っ込まれて、ライが抗議の声を上げる。「向こうは世界征服したい。でも手が足りない。考えるのは協力者、同志を募ること。その一番簡単な手段は、向こうの世界から引っ張って来ることだ」「……そっか、そうすりゃ全員念能力者だし、すごい戦力になる……でも、向こうでゲームとIDばらまいて、大量に引っ張りこんだとして、みんなすんなり協力してくれるか?」「無理だろう。だから先輩(ブラボー)が必要とされてるんだ。そもそもただ開発者の協力が欲しいだけなら、向こうの世界に残った誰かを抱きこめばいいんだからな――そうだろう? 変態シスター」「変態シスターは止めて」 アズマの変態呼ばわりに、シスターメイが抗議の声を挙げた。 とたんに方々から異論が上がる。「変態じゃない」「紛うことなき変態だろ」「自覚ないんスか?」 フルボッコにされ、涙目になるシスターメイ。自業自得である。「――なるほど、逆らえぬよう首輪をつける。下種の考えそうなことだ」 それを尻目に、エンドの意図を察した海馬瀬人が鼻を鳴らした。 シスターメイも、ちょっと涙目になりながら、納得したようにうなずく。「向こうの意思一つでプレイヤーを殺せるようプログラムを付け加えろ、ってとこね。 プレイヤー関連のシステムはブラボー任せだったからねー。たぶん外の子たちでも無理。 あいつにしても自分のキャラクターは弄れても、システム自体をいじるのは無理っしょ」 海馬とシスターメイ。ゲーム開発に関わったふたりが推察する。「だからこそ、貴様を仲間に引き入れようとしたのだな。ブラボー」 海馬が言葉を向けた。 みなの話を黙って聞いていたキャプテンブラボーは、静かにうなずいた。「それで、断ったの?」 首をかしげてツインテールを揺らし、ツンデレが尋ねる。 それに対し、鎖使いカミトはくすりと笑った。「なんで笑うの?」「いや、こいつがエンド相手に切った啖呵を思い出して」「言うな、カミト」「え、先輩なに言ったんです?」「気になるところだな」 若干焦り気味に止めるブラボーだったが、それがかえってまずかったのだろう。海馬とアズマまでが興味深げに顔を寄せてきた。「あのね、一緒に世界を征服しようっていうエンドに、ブラボーはこう言ったの。断る、って」 カミトはいたずらっぽく笑うと、止めるブラボーに構わず、手振りを交えて再現する。「何故ならば、俺はハンターを、この世界を愛しているからだ! この俺の目の黒いうちは、決して世界を蹂躙させるものか!!」 みんなポカンと口を開け。 ブラボーらしい、と笑顔を向けた。「言うなというのに」 言って、ブラボーは背を向けた。恥ずかしがっているのだ。 ほほえましいものでも見るようにその姿を眺めていたアズマが、ふと思いついたように尋ねた。「それにしても、そこまで言ってよく生きてましたね、先輩」「よほど自分のプランに未練があったのだろう。それに世界征服どころか、リマ一国、否、この首都リマすら、ヤツはいまだ掌握していない。説得は後からでも遅くはないと判断したのかもしれんな」 ブラボーは、そう、つぶやく。 あの場に居た4人が生きているのは、おそらく、それだけの理由でしかない。「キメラアントが突然退いたのは」「十中八九キメラの頭を復活させ、引かせたのだろう。目的は奴らを支配下に置くこと」「頭がヤツに従っているのなら、造作もないことでしょうね」 虹色髪の少女ライの疑問に、海馬が、そして鎖使いカミトが答えた。「つまり、俺たちがすべきことは」「並みいるキメラアントをぶち抜いて、復活再生能力者どもをぶっ飛ばし、黒幕エンドをぶち倒す。それだけの簡単な仕事です☆」 アズマに続いてシスターメイがおちゃらけて言った。 エンドの野望を阻む。すでに全員の腹は決まっている。「みんな」 ブラボーは言いかけ、帽子を目深に下ろした。 この世界をぶち壊そうとする同胞を、見過ごせる。彼らがそんな人間だったら、いまこの場所に来ているはずがない。「気遣いは無用よ、ブラボー。何を隠そう、私たちは――」 ――悪人退治の、達人だっ! 皆が己を指差して、その言葉をなぞった。「……ブラボーだ」 午後10時過ぎ。 引き揚げてきた兵たちとともに、リマ王が軍司令部に到着する。 現地で指揮をとっていたスハルトを伴い、王が会議室に入ると、居並ぶ軍の重鎮たちは喜色を以って王を迎えた。「よく、御無事で」 モラレス幕僚長は王の無事を祝福した。 この場に居る全員の気持ちを代弁したものだったが、王は首を横に振った。「半身を奪われたわ」 その意味は、痛ましいまでに伝わった。 司令部の人間にも、ポドロフ将軍の死は伝わってきている。 みな、何らかの形で彼から恩を受けた者たちだ。個人的にポドロフを兄と、父と慕う者もいた。王の気持ちがわからぬはずが無い。 だが、事態は感傷を許さない。 ポドロフを殺したキメラアント――を殺した英雄ソル――を殺した、エンド。 彼の化物の処遇に、司令部の人間は頭を悩ませていたところだ。いや、それ以上に頭の痛いことがあった。「セロ国防長官」「はっ!」 王が国防長官に声をかける。 セロ長官は即座に軍式の礼で受けた。「リマ国王の名のもとに、卿をポドロフ将軍に代わる位置に置く。急ぎ軍をまとめて対策を取れ」 失望とともに、安堵の空気が会議室に流れた。 指導者であるポドロフ将軍が死に、誰もが次代を意識していた。 指揮系統が定まらない今の状況で、下手に動けば、足元をすくわれかねない。 キメラアントの被害がひとまず収まった今、その思いが、軍の動きを鈍らせ始めていたのだ。 ポドロフの後を継ぐことに食指を伸ばしていた幾人かは失望を隠しきれなかったが、とりあえずこれで軍は、なんの掣肘を受けることなく行動できる。 ――このあたりは、さすが老獪だ。 古狸の首魁と言っていいモラレス幕僚長がにやりと笑った。 ともあれ、頭痛の種は取り除かれた。会議は自然、活発になってくる。「まず、現状です。王宮を占拠した男――テレビではエンドと名乗っておりましたが、世界を征服する、などと宣言して以降、放送には出ておりません。詳しい目的は依然不明です」「身元は?」「それも不明です。ただ、個人ではなく、何人かの人間が従っているようです。いずれもてだれ(・・・)でしょう。通常火器での制圧は、困難です。それに、キメラアントたちも、王宮に集まってきています。両者が対立する様子はありません」「ふむ、示し合わせていた、わけではないのかね?」「――それは違うな」 報告する士官の代わりに答えたのはリマ王だった。「こ、国王陛下」「ヤツが怪物――キメラアントと言うらしいが――を一方的に利用はしていても、協力していたわけでもないだろう」 リマ王が説明した。 王はキメラアント、フォックスの死に対してあの怪人、エンドが見せた態度を知っている。だから言下に否定することができた。「しかし、前後のことはいざ知らず、とりあえずエンドに従っているようには見えますな」 葉巻をしがみながら、そう言ったのは幕僚長、モラレス。「――ま、一か所に集まっているのなら都合がいい。最悪あそこにミサイル落とすことも、考えといた方がいいぜ」「王権の象徴を破壊しようというのか!」 モラレスの発言に、何人かが席を立ち、怒声を発した。 聞くに堪えない罵言を吐いた者もいたが、当の本人はしれっと聞き流している。「敵にブン捕られた時点で名誉もなにもねぇよ。 もっとも、こりゃまず王に聞くのが筋ってもんだが」「かまわぬよ。奴らを見逃す害の方が大きい」 リマ王は即断した。 モラレスはにやりと笑う。「と、いうわけだぜ、将軍代行?」 話を振られた国防長官も、火急時に迷うような性質ではない。「よし、ミサイルを王宮に向け――」「――ちょーっとまったぁ!」 いきなり会議室のドアを開け、命令に待ったをかけた者が居た。 凡庸な造作の、絵にかいたようなお気楽面。明らかに関係者には見えない私服姿である。 ああああ。王を守って司令部まで来ていた“ソルの軍団”の現指揮官だ。「なんだ?」「無礼な!」「警護の兵は、たるんどる!」 怒声を抑えたのは、リマ王だった。 王には彼らに命を助けられた恩がある。「君か。どうしたんだね」「王宮への攻撃を、待ってもらいに来ましたぁ!」「ほう? 話を聞いてみようかい」 面白そうにけしかけたのは、幕僚長のモラレスである。 彼に対してやや無礼な礼を述べると、孫ほども年の離れた青年は手元から携帯式のテレビを取り出しかけ、モニタに同じ映像が映っていることに気づくと、そちらを指差した。 モニタには、キメラアントたちがたむろする王宮の前に立つ、9人の男女の姿がある。 ブラボーたちだ。 ソルの死、そして新たな民への脅威に珍しく頭を悩ましていたああああは、彼らの姿を見るや否や、会議室に駆け込んだのだ。「何者だい?」 幕僚長が尋ねる。 ああああは、彼らのことをどう説明したものか迷った。 むろん同胞云々を説明するつもりはない。尋ねた老人も、素性のことなど聞いては居ないだろう。彼が求めているのは、あの9人が、この事件にどういう関わり方をする人間か、ということだ。 ああああは、はたと思いついた。 他人の苦難に命を賭ける。他人の危機を助けて回る。 そんな人間に、ぴったりの言葉があるじゃないか!「正義の、ヒーローですよ、彼らは」 正義のヒーロー。 場違いとも言える言葉に、会議室中がざわめく。 彼も必死だった。 王宮を爆撃されては、市民に被害が及ぶかもしれない。またそれ以上に、あの正義のヒーローたちをすこしでも助けたかった。 ここでああああは、一世一代の啖呵を切る。「この国を、守りたいってぇのなら、みなさん――あのヒーローたちを信じてみちゃあ、くれませんか!」 しん、と、場が静まり返る。 この場に居るのは、ほとんどが戦場を往来した古老たちである。 その彼らの、発言を止めるほどに、ああああの言葉には必至の念が篭もっていた。 意思を言葉に込める――“舌”(ゼツ)。心を燃やす、“燃”の四大行の二。 彼は知らず、その境地に至っていた。 と、その時、爆音が建物全体を揺らした。「――何事だ!?」 疑問に答えるように、ほどなくして、一人の兵士が入って来る。「基地に備えているミサイルが、ば、爆破されましたっ!」 この報告に、一同が嘆息して天を仰いだ。「どのみち、任せるしかなくなったわけだ」「そうだな――なあ、モラレス」 王が言い、セロ長官が僚友に声をかける。 幕僚長モラレスは背もたれに体を預け、天に紫煙を吐く。「ああ。あとは若いのに任せるとするかよ」 同意してから、つぶやくようにぼそりと言った。「――いざとなったら、胸に薔薇でもつけて挨拶にでも行こうかね」 誰も笑わなかった。モラレスの言葉の意味を、正確に察したからだ。 貧者の薔薇(ミニチュアローズ)。小型ながら、規模、威力ともに異常なまでに強力な大量破壊兵器。 ブラボーたちが破れれば、モラレスはそれを身につけ、特攻する覚悟なのだ。 闇色髪の少女が、街道をとぼとぼと歩いていた。 ミホシである。背中に碁盤をくくりつけ、キャリーバッグを転がしている。 ソルのコミュニティーを去る決意をした彼女は、リマ王国を出るための道を行く。 途中、大荷物を抱えて走る車を何台も見かけた。ミホシとおなじように、国を去ろうとしているのかもしれない。 ――ソルは、ダークたちはどうなったのでしょう。 未練に引かれる後ろ髪を断ち切るため、彼女は王都の異変に関する情報を故意に絶っている。 彼女にとって、それは良かったのかもしれない。 傷心癒えぬ状態で、ソルの、ダークの死を知ったなら、彼女は即座に自ら命を絶っただろうから。 何も知らず、彼女は夜の道を行く。 星をちりばめた夜空は、涙が出るほどに美しい。「あ、ツバメです」 月明かりの下、飛ぶ鳥を目にして、彼女はつぶやいた。