6月16日。 鎖使いカミト率いるカピトリーノ防衛線に、観測所のひとつから、キメラアント接近の知らせが届く。 この観測所はカピトリーノの南およそ100キロメートルの位置にある。 監視を務めているのはカピトリーノ開拓組のメンバーではなく、Greed Island Online組、ソルの仲間だ。 彼らにはめられたことをすでに知る仲間たちが情報の信頼性を疑う中、カミトだけは情報の正しさを確信していた。「だって、嘘をつく意味なんてないじゃない」 カミトの思考は明快である。 ソルたちの策略により、戦力を殺がれた現在、カミトたちはカピトリーノを動くわけにはいかない。 騙されても見破っても行動が変わらないのなら、嘘をつく必然性がないのだ。 カミトの判断が正しかったことは、すぐに証明される。 同日正午。カピトリーノ南縁部の観測所に詰めていたユウと瓜二つの少女、ニセットが、強力なオーラの持ち主の侵入を察知した。 観測所といっても急ごしらえの小屋である。そのなかでカミトとテーブルをはさんで雑談していた彼女は、やおら立ち上がり、叫んだ。「来た! 数は十程度……なんだこの強力なオーラは? ありえねーっ!」「情報は正確にお願い」 声を張り上げた少女に、カミトは冷静に口をはさむ。 ニセットがあわてて敵の気配を探りなおす。オーラの粗密を操る念能力を持つ彼女は、オーラを限りなく希釈することによって、非常識なまでに“円”を広げることができるのだ。「あ、敵は十人。推定キメラアント。飛びぬけて強えのが一体。たぶん師団長クラス! 目標は間違いなくここ――スピード上げやがった! 15分かかんねーぞこれ!?」 ニセットがひどく焦ってまくし立てる。 聞きながら、カミトはテーブルの上に置かれた地図に目を落としている。 丘の南に位置するこの小屋を中心に、丸が三つ描かれている。最も広いものがニセットの感知圏の限界点だ。半径、およそ二十キロ。 カミトによる地獄のしごきの末、ニセットは感知圏をそこまで伸ばしていた。「20キロを15分――早いわね」 窓から見える深緑の海をねめつけながら、カミトは呟いた。 東部特別開発地区。この深い森を、時速八十キロメートル以上で移動している計算だ。「――来たか」 ふいに、白いコートがカミトの視界の端でなびいた。 海馬瀬人だ。敵襲までセツナの家で休んでいるはずの彼が、いつの間にか来ていたのだ。「よくわかったわね」 カミトが称賛交じりに言うと、海馬はふん、と鼻を鳴らした。「頃合いを見計らっただけだ。ついでに凡骨(レット)は連れてきてやったがな」 海馬の背後にいるさえない感じの青年が、頭を掻いた。 意外に落ち着いた様子だ。NGLで修羅場をくぐってきたからだろうか、以前とは腹の据わり方が違ってきている。「よし。アタックチーム、揃ってるわね。念のためにもう一度確認しておきましょう」 レットの様子に満足し、カミトはテーブルの上に広げられた地図を指差した。「カピトリーノの住民には頂上付近に集まっていてもらう。この直営はセツナくんたちにまかせてある。 わたしたちはカピトリーノ外郭の防御壁を出て、出迎える形でキメラと戦う。レットくんと海馬さんは前衛。わたしは後方から援護に回るから、敵の細かな位置は、偽ちゃんがオーラの粗密を使って教えて」「偽言うな」 ニセットの抗議は無視された。 カミトや同胞はおろか、開拓村の一般人にまで、すでにこの呼称は浸透している。 すべては名付けたアズマの責任なのだが、ニセットはユウを恨んでいる。自分とそっくりな彼女のせいで割を食い続けたニセットは、もはや習慣的になんでもユウのせいにするようになっている。「くそ、そっくりさんめ」 完全に口癖になっているので、ニセットの発言は完全にスルーされている。“敵は別れて行動。進行方向に先触れ2匹。遅れて2分ほどで本隊が来る” 3人が車道沿いに南へ走っていると、ふいに宙に文字が浮かんだ。 オーラを収束させて描いた、ニセットからのメッセージである。銀髪を風になびかせながら、鎖使いの少年カミトは文字に触れた。これで了解の意が伝わっている。「行くわよ。前方にキメラアント二体! 速攻で殺るわよ!」「ふん」「わかったッス!」 海馬とレットはそれぞれの調子で了解の意思を発した。 そのままニセットに誘導され、カミトたちは森の中を進んでいたキメラアント二体に、不意打ちに近い形で襲いかかった。 相手は一見して知性に乏しい非人間タイプ。「兵卒格――なら!」「オレたちで十分ッスね!」 素早くカミトとレットが動いた。「――“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン)!”」 カミトの鎖が二体のキメラアントをまとめて縛り上げ。「レッドキック(マイルド)!」 生身で放つレッドの必殺技がまとめて兵隊蟻を貫いた。 続けざま、レッドは手早く兵隊蟻の頭を砕いている。「ふん。さすがの手際だな」 海馬が褒めた。 NGLで死地をくぐって鍛えられたのは心だけではない。肉体的にも、レッドは確実に強くなっていた。 だが、それ以上の会話をはさむ時間はない。 本命の敵が、すでに間近まで迫っているのだ。 三人が息を整えた直後に、敵は現れた。 数は五体。それぞれ鹿、サソリ、トカゲ、水牛、リスに酷似している。 雑魚は居ない。全員が兵隊長クラスだ。 だが。 ――師団長クラスが居ない? カミトは内心で首をひねった。 そっくりさんの探知では、師団長クラスが居るはずだ。 それに敵の数は10。先の二体を合わせても、三体足りない。 ちょうどその時、彼女からのメッセージが来た。“敵が分かれた。三体が迂回。1・2にバラけた。要警戒域、危険域に入り次第連絡する” ――面倒なっ! カミトは舌打ちを押し殺して了承の意を送った。 カミトがやや後方でやり取りをしている間に、レットと海馬瀬人は五体のキメラと対峙している。「気をつけろ。奴ら、できるぞ」 水牛のキメラアントが注意を呼び掛けた。 さすがに敵も警戒している。不意打ちは、もはや利かない。「――では、決闘(デュエル)だ!」 海馬が、決戦の口火を切った。 決闘盤(デュエルディスク)より六枚のカードを抜き取り、白いコートの決闘者は構える。 息をつく暇もなく五体のキメラアントが襲いかかって来る。 鹿と水牛はレットに、サソリとトカゲは海馬に、そしてリスはまわりこんで後衛のカミトに。 ――連携? キメラアントが? 驚きながら、カミトはリスの攻撃を“鉄鎖の結界(サークルチェーン)”で防御し、“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン)”で劣勢に立たされた前衛二人を援護する。 レットは燃えていた。 彼の背後には守るべき仲間が居る。敵は強く、二体がかりでは劣勢必至だ。 ――だからこそ、レットの念能力がものを言う。「変――身!!」 “強化着装(チェンジレッド)”。フィジカルスペックとオーラを、のきなみ数倍に引き上げる念能力が、発動し、一瞬にして深紅のバトルスーツが鎧われた。 海馬は苦戦していた。 彼の念能力は、基本的に同格以上との戦いには向かない。 決闘中はあらゆる念の行使が封じられるうえ、一方的にターン制を守らなくてはならないからだ。 決闘形式でなければ、本来海馬のオーラはこの場に居るだれよりも強い。 だが、海馬は決闘での勝利にこだわった。決闘に殉じる。それが決闘で葬った友に対する礼だと心得ているからだ。「オレのターン!」 カミトが防ぎ損ねた敵の攻撃にオーラをごっそりと削られながら、海馬は傲然と構える。「――手札より“簡易融合(インスタントフュージョン)”を発動! 融合デッキより“暗黒火炎竜”を呼び出す! そしてフィールドの“暗黒火炎竜”を除外することで、出でよ“レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン”!」 召喚するは友の魂のこもったカード。 鋼の皮膚を持った赤い瞳の黒竜が持つ威容に、二体のキメラアントが後じさる。「――そして、“レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン”の効果発動! 一ターンに一度、手札、墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚することができる! 出でよ我が僕“青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)”!」 そして、海馬自身の魂のカードが降臨する。 この間に、海馬のオーラ量と直結したライフポイントは、3000にまで減らされている。 だが、すでに決着はついている。 青い宝玉のごとき瞳を持った純白の巨竜。二体の咥内がそれぞれの竜皮の色に染まっていく。「羽虫どもを撃ち滅ぼせ! ダークネス・メタル・フレア! 滅びのバーストストリーム!」 白と黒の光が、それぞれ敵を薙ぎ払った。 拮抗が破れた瞬間、決着はついた。 残るキメラアントたちも海馬の火力とレットの必殺技のもとに沈み、そしてキメラアントは全滅した。「これであと、三体」 短く息を切りながら、カミトが言った。 カミトは、人間以外の化物を相手にするのは初めてである。しかも連戦だ。緊張から消耗も激しかった。 海馬のほうはオーラの消耗が激しい。 師団長クラスの攻撃をくらえば、ライフポイントは一撃でゼロになるだろう。 本人もそれは分かっているはずだが、海馬に怖じた様子など見られない。 ただいつもならば即座に消すはずのモンスターを残している。連戦に備えているのだ。 レッドは敵を倒したと同時に変身を解いている。 これは消耗を抑えるためではなく、制約によるものだ。 二人の状態を確認してから、カミトはニセットに合図を送る。 ほとんど同時に目の前にメッセージが浮かんだ。“敵もう一体発見。兵隊長クラス以上のオーラの主が、師団長クラスともうすぐ合流。ほか二体はまっすぐカピトリーノへ。現在要警戒域侵入” 速い。全速で街を目指さないとこんなに早く要警戒域には達しない。 ――間違いない。奴らは街の存在を知って、はっきりとそれを狙ってる。 そこに何者かの意思を感じながらも、今、カミトにできるのは動くことだけだ。「行くわよ。一体でも侵入を許したら、わたしたちの負けよ」 言葉の端に焦りをにじませながら、カミトはふたりに追撃を告げた。 同刻。後方カピトリーノの丘、南縁部。 開拓組のリーダー、銀髪の美青年セツナは、丘を守る防壁を超え、閉じられた鋼鉄の門の前に立った。 敵を迎え撃つ。そのために。 迎撃組をすり抜けたキメラアントのうち二体は、まっすぐこちらに向かってくる。 カミトたちが間に合うかは、五分。丘の頂上には住民たちが集まっており、ここを戦場にしては犠牲を避けられない。 だからセツナは、自ら前に出てきたのだ。「任せておいてくれたまえ。この町は、ボクが守るよ」 住民たちの前で、セツナは虚勢を張った。 自信などない。相手はキメラアントである。セツナとてこの数ヶ月、何もしてこなかったわけではないが、原作を知るだけに、やはり恐ろしさが先に立つ。「ああいやだいやだ。結局オレも戦うんじゃねーか」 ニセットは震えている。 彼女は探知時にオーラが直接触れている。敵の強さを肌で感じているんだろう。 それでも一緒に来てくれた彼女の、そんな様子を見て、セツナは銀の髪をかき上げ、笑って見せる。「ふっ。ボクに任せたまえ。キメラアントの一匹や二匹、“四神”で蹴散らしてやるさ」「……この場にきてまで強がり吐けるんだから、あんたも大したもんだよ」 ニセットが苦笑交じりにため息を落とした。 ただ気取っているわけではない。 すこしでも少女の心をさせえてやろう。 この強がりにはそんな思いやりから発せられたものだ。 セツナはもともと憶病な男だった。 他人の目を気にしてなにもできなくて、それでも自分を大きく見せたくて、精いっぱいに大物ぶっていた。自分のなかで築いた、虚構の自分の大きさに縋るだけだった。 この世界に来て、大きな力を得て、それでもセツナは変わらなかった。 彼を変えたのは、人。 変態仮面やジョーたち、同邦の仲間。 いっしょになって街を築き上げた、異邦の同志たち。 リーダーと仰がれ、セツナは初めて頼られた。 そこでセツナは、自分の小ささを知った。自分の器量でできる限界を知った。 それでも、リーダーは明るい方がいいと。担ぐ神輿はせいぜい気取ってろと、言ってくれた仲間のためにも、セツナは虚勢を張ることを止められない。 虚勢とは、己の自尊心を守るためにではなく、他人のためにこそ、張るべきものだ。 セツナはそう、固く信じている。「――来たぞ!」 おびえを振り払うように、ニセットが声を張り上げた。 セツナは見た。 自分たちの開いた粗末な車道を駆けてくる、絶望の権化を。 キメラアント。 人ではない、それでも人に等しい知恵を持つ異形たち。 ハイエナ。そしてネズミにそれぞれ酷似しているものの、内実はまるで別物。発するオーラの強さ凶悪さに、セツナは身震いした。「ひゃっはー! ニンゲンだニンゲン! 食えるぞ美味えぞしかもレアモノだ! なあカジリアッチ!」「落ち着きなさいジャコウさん。わたしたちの目的はあくまで街なんですよ?」 勝てないと、一瞬で悟った。 だが、セツナは背の向こうにあるものを思い、踏みとどまった。 丘の中腹には、武器を手に集まった男衆がいる。 彼らはセツナが止めても、俺達も戦うと言って譲らなかった。 ともに拓いた街を守るため、敵わないとわかっていながら、キメラアントと戦うと言ってくれた、俺達も頼ってくれと言ってくれた、街(ゆめ)を共有する、戦友なのだ。 ――盾になる。 そう、覚悟したのだ。 この素晴らしい仲間たちを守るために。 ガタガタ震えながら、一分一秒でも敵の襲撃を遅らせるために。 カミトたちが帰る時間をわずかでも稼ぐ、ただそのためだけに、セツナは歯を食いしばって前に出た。「出でよ、“四神”――白虎!」 叫びながら、セツナは右手を振り上げる。 白地に縞模様の入った弓小手が具現化される。 だがつぎの瞬間、ハイエナの爪によってセツナの体は具現化した小手ごと切り裂かれていた。 血がほとばしる。 セツナはたたらを踏みながら、なんとか踏みとどまった。 具現化した弓小手のおかげでかろうじて致命傷を逃れたにすぎない体を、守るべきものの重さのみが支えていた。 だが、無情にも。「ひゃっはー! 後で山分けだぜカジリアッチ!」 キメラアントたちは、セツナを無視して防護壁を乗り越えにかかる。 持ち前の素早さで敵の攻撃を避けたニセットも、無視された。「みんな! 逃げるんだぁーっ!!」 カミトは丘の中腹で敵に備える男たちに向けて叫んだ。 だが、彼らは誰一人として逃げない。化物のような怪物を前にしても、なお戦おうと武器を構えている。 その抵抗はセツナ以上に脆弱だ。 キメラアントたちは雑草を刈るようにして彼らを殺すだろう。「くそっ!」 無傷のニセットが追うも、敵のほうが早い。 壁を超え、キメラアントたちが蛮声を上げながら男たちに襲いかかる。 その爪牙が彼らの命を刈り取らんとした、まさにその時。「がっ!?」「なんです!?」 一本の鎖が、キメラアントたちの動きを止めていた。「カミトさん!」 泣きそうな顔になって、セツナは叫んだ。 きしむ鎖は上空、青眼の白竜の背から伸びている。「うわっとと!」 勢いに引きずられてつんのめり、カミトは青眼から落下する。 委細構わず鎖を引っ張り、銀髪の鎖使いは不敵な笑みを浮かべ、キメラアントたちを上空に放り投げた。 そこには黒白二匹の巨竜が口蓋を光らせ待機している。「間に合ったのは、セツナと――悔しいけど、アズマの手柄だわ」 ――ほんの一瞬足止めできるだけでも、十分な意味がある。 防御壁を作ったときのアズマの言葉を思い返して、カミトは苦笑を浮かべ。「ちぃくしょおおおおおおっ!!」「このわたしがぁぁぁぁっ!?」 滅びのバーストストリームが、二体のキメラアントを焼き払った。「――まだだ! あと一匹! 空!」 安堵する間もない。ほとんど続けざまにニセットが叫んだ。 カミトは見た。 青眼よりはるか上空、米粒のように見える隼のキメラアントが、スピードを上げてみるみる近づいてくる様を。 超高高度からのダイブ。 感知域を上空から越えた接近は、ニセットの発見を遅らせた。 狙いは青眼。海馬瀬人――いや。「逃げて! 丸ごと殺る気よ!」 カミトが叫んだ。 隼が赤く燃え上がる。 そのさまは、さながら流星のよう。「喰らえ! “メコンの落日(ファルコンダイブ)”!!」 隼が叫ぶ。 海馬は避けようとして――青眼を制止させた。 心中悲鳴を上げながら、カミトは理由を察した。海馬の眼下には無力な民衆が居る。彼らを守るため、海馬はあえて避なかったのだ。「――間に合えぃっ!」 カードをドローしながら海馬が青眼の頭を隼に向ける。 傍目で見ても、隼の一撃の威力は海馬の許容量(ライフ)を上回る。 ライフポイントがゼロになれば、彼は以後、オーラを行使する力を失う。 それでも、海馬は臆することなく我が身と青眼を盾にせんと隼に立ち向かった。 隼が迫る。「“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン)”!!」 祈りにも似た気持ちで飛ばしたカミトの鎖も、隼を捉えられない。 その速度は、まさに神速。 灼熱の流星が、白き巨竜に向かって降りかかる。 だが、それをはるかに超える超速度で、深緑の光が流星を穿った。「な!?」 驚きの声が上がった。 地上から高速のとび蹴りを放ったのは、深緑の甲殻を持つ異形。“最古の三人”の一角を占める強力なキメラアントにして、元開拓組の一員。「ジョー。間に合ったのね」 カミトがつぶやいた。 人目を避けるため、彼だけは飛行船に乗らず、別ルートでカピトリーノに向かっていたのだ。 流星が燃え落ちる。 それを背にしてジョーは着地する。 男たちが銃を構えながら後じさった。「間に合ったみたいやな」 それでも、深緑のキメラアントは元気な声で言った。 そこへ、あふれる血を抑えながら、セツナが駆けてくる。深手だ。「セツナ、早く手当てを」「ああ、その前に――ジョー?」 ジョーの背が、震えた。 誰もがおびえる異形の姿を、セツナは一目でジョーだと見抜いたのだ。「ジョーだろ?」「……ま、ただいま。おまっとーさん」 お待たせ、と言ったジョーの声は、どこか気恥かしそうで。「ふっ。このボクが、親友を見間違えると思うかい?」 そんな二人の姿は、異形と人でありながら、まぎれもなく親友だった。「ふう」 ニセットが、ユウとそっくりの猫目を伏せながら、息をついた。 長時間“円”を展開し、そのうえ戦闘の緊張と戦ったのだ。消耗は激しい。それでもカミトは、彼女を休ませるわけにはいかない。「偽ちゃん。ほかのキメラは?」「おっと、意識がそれてた……うん。二体が合流して――ってなんじゃこりゃ?」 ニセットが、首をかしげたのと、同時に。 カピトリーノの西に広がる森の一角に、突然氷の嵐が吹き荒れた。「な、なんなの!?」 一同、あっけにとられて見ているしかない。 ほどなくして、凍てついた森から、人影が姿を現した。 その姿に、だれもが目を疑った。 ゆっくりと、丘を登って来るのは、まぎれもない。自分たちをハメたGreed Island Online 組のリーダー。「やあ」 涼しげに金髪を掻き上げながら、ソルは笑った。 そのころ、カピトリーノ西のはずれで、もこりと地面が盛り上がった。 出てきたのはモグラの特徴を持つキメラアントだ。地面を掘り進んでここまで来たのだ。 地下はニセットの感知領域も及んでいない。それを見越したわけではないが、結果的には虚を突く形となった。「っとと、やっぱりいきなり光の下はきついぜ。さっぱり見えやしねえ」 モグラは小さな瞳を手で擦りあげる。 その時。どうぞ、と、布が手渡された。「おお、済まねえな」 モグラは何故か疑問も抱かず受け取った。 おびえも敵意もなかったので、思わずそうしてしまったのだ。 モグラは渡された布で目を拭いた。 だがこの布、どこかに引っかかっているのか引っ張るたびに抵抗があり、すこぶる拭きにくい。 モグラは目が見えないまま、布が引っ掛かった先を手で探った。 なにか生暖かいものが手に触れた。「ん? 何だこりゃ」 ようやく見えてきた目で、モグラは手が触れている物を確認する。「――それは私のおいなりさんだ 」 声と同時に、認識する。 モグラが使っていた布は、筋肉隆々としたむさくるしい男の――ブリーフだったのだ。「な、ぎゃああああっ!?」 ぷらぷらぷらぷらと、モグラは触ってしまった手を振りはらう。 よく考えれば実害はほとんどないうえ、敵もそれほど脅威でもなかったのだが、パニックになったモグラはそれも判断できない。「喰らえ――変態秘奥義・悶絶地獄車!!」 男の股間に顔を押しあてられ、そのまま車輪に組まれてモグラは丘を落ちてゆく。「成敗!」 再起不能となったキメラアントを前に、変態仮面は両手を交差させた。