四日がかりで、ユウは合流の場所に到着した。アイジエン大陸東岸の港町である。 日程的に最速だった。飛行機の発着場まで半日で走り抜け、そこから小型艇でいったんカキン国の首都へ。そこから高速飛行船で三日。これ以上時間を縮める要素などない。 そこまで急いで行った場所に、カミトはいなかった。 かわりに居たのはミコだった。深窓のお嬢様かと疑う豪奢な身なりの美女である。「ユウさんっ!」 彼女は目をきらきらに輝かせて、訪ねたさき――シティホテルの一室から飛び出してきた。 ユウは不意を打たれた。 固まっているユウに、ミコはそのまま飛び込み、体重を預けるようにして抱きついてきた。 外見は成人女性である彼女の身長は、ユウよりこぶしひとつ以上高い。 持ち上げるように抱きついてきたので、ユウはふたつの大きなふくらみに顔をうずめる格好になった。「ミコ、も、来たんだ」 必死に酸素を確保しながら、ユウは苦しそうに言った。「当然ですわ! カミトさんたちがピンチなら、わたくしが助けに行かなくて、どうするというのです!」 かまわず、力強く言う彼女のセリフは、ほとんど想像と変わりない。「ひさしぶりだな、ミコ」「おひさしぶりですわ、ユウさん」 ふたりはたがいに笑い、再会を喜びあった。 しばらくしてユウは、ミコの胸の中からやっと解放された。 そこでようやく、ユウは気にかかっていた疑問を口にした。「ミコ、ところでカミトは?」 尋ねると、ミコは困惑の表情をみせた。「それが、わたくしもカミトさんとこちらで待ち合わせをしていたのですけれど、ほとんど入れ替わりで出て行ってしまって……なにやらレットさんを助けに行かれるとか」「レット氏も来てることに驚くのは置いといて――助けに行く?」「ええ。なにやらグレートホールにピンポイントで転移させられてしまったとか」「グレートホール?」「アイジエン大陸の内陸部にある、自然の竪穴です。天に向かって巨大な口を開けている、世界屈指の巨穴――カミトさんがおっしゃるには、“ギアガの大穴”的なイメージ……らしいです」 ミコは首を傾けながら説明した。いまいち分かっていない様子だった。 小さいころ、携帯機でドラクエⅢをやっていたユウは、もちろんその名を知っている。 あれに例えられる場所に無装備で放り出されれば、ハンターでも脱出は難しいだろう。「レット氏、相変わらず妙なとこで災難を……」「なにやらただならぬ業を感じますわ」 厄払いに、ふたりはそろって手を合わせた。 ミコと合流したユウは、ただ待っていることを嫌い、あらためてカミトと連絡を取って、手早く合流することにした。 すこしだけ残念そうなミコを連れ、ふたたび飛行船で、向かったのは東南方である。最初に飛ばされた地点からみれば、大陸に逆“つ”の字を描く大移動だった。 一日、飛行船に揺られ、ユウたちは昼前に発着場に着いた。 便の関係上、カミトたちのほうが先に着いていた。 ロビーで待つ彼らをみつけて、ユウは固まった。「ユウ!」「ユウさん!」 ユウたちに気づいて、カミトとレットが声をかけてきた。 だが、ユウは動けない。その後ろに、やたら怖い眼をした親友の姿を見つけてしまったのだ。「し、シュウ、さん?」「やあ、ユウ。ごきげんよう」 猫なで声で、シュウが微笑む。ぼさぼさの金髪が、なにか得体のしれない力であらかた逆立っていた。「お前も来てたんだな」「し、シュウ……怒ってる?」「怒ってないよー。全然怒ってないから。だって怒る理由なんて、なんにもないじゃないか」 シュウの額には血管が浮いていた。口調も明らかに違う。 じりじり迫るシュウ。じりじり退がるユウ。「そりゃあ、オレになんの相談もなかったのは水臭いとは思うけどさ。まあユウだし? どうせカミトの手紙見て、勢いで飛び込んだんだろ? そんなことで怒っていたらキリがないじゃないか」「シュウ? 口調がなんか怖いんですけどー!?」「はっはっは、愉快なこと言うなあユウ。おれはちっとも怖くなんてないですよ?」「うそつけ! なんだよその握りこぶしは!? なんで小走りで迫ってくるんだよ!? なんでオーラが全力全開なんだよ!?」「はっはっは、久し振りに直で会えたからちょっと親しみこめて正義の拳(あいさつ)しようってだけじゃないか」「ルビ振った! いま明らかに無茶のあるルビ振った!」 最後にはたがいに全力疾走で追いかけっこが始まった。「ふたりとも、相変わらず仲、いいわねえ」「そーっスねぇ」「ですわね」 残された三人は、達観した様子でそれを見ていた。 ――川で菱の形に区切られた、ゆるい起伏のある森林地帯。 アズマが上空からとらえた、この地の姿はそれだった。 上流から流れてくるドナ川の流れが、この丘陵を内包した森にあたって枝分かれし、それが森を抜けるとまた合流している。 広大きわまるこの土地のやや南に、島の如く浮かぶ、ひときわ高い丘があった。 そこには住宅が立ち並び、さらによく見れば人が動いているさまもわかる。「カピトリーノの丘だよ。ボクが名付けた土地さ」 と、セツナが説明した。 カピトリーノの丘から伸びる一本の道は、一直線に南に向かっており、それがドナ川の支流を乗り越えたところで、ドナ川に沿って走る公道につながっている。 上流からドナ川の流れを追ってきたアズマたちは、そこで道を折れてカピトリーノの丘を目指した。 アズマの念弾も跳ね返しそうな装甲車を運転しているのはセツナである。 助手席にはアズマが乗り、ツンデレはその後ろの席だ。ロリ姫の仕業か、彼女のツインテールは六本に枝分かれしていた。 百メートルほどの川幅を渡す橋の舗装の上には、よく見れば靄のようなものが漂っている。さらによく見れば、ドナ川全体にもそれが及んでいるさまが見えただろう。「この靄が、東部特別開発地区と外界を隔てる壁なのさ」 セツナがそう言うには、むろんわけがある。 ドナ川を漂うこの靄は、微細な臭気を帯びている。むろんそれは川の水の匂いであり、もっといえば水に溶けた特定の物質が発するものなのだろう。 人間にとってはほぼ無臭と言っていいこの匂いを、嫌う動物がいる。「フラットタイガーと言ってね……そうだね。トラの、毛皮の敷物があるよね? あれがそのまま生きている感じかな? もちろん肉食さ。 素早いうえに、平たいから銃弾も当たらない。おまけに毛皮が恐ろしく硬くてね、爆弾も効果が薄いんだ」 近代兵器がほとんど効かにということだ。恐るべき獣といえた。 フラットタイガーの住む森。それこそが、ここを未開の地としている理由だった。 だが。 それ以上に恐ろしい獣が、この地に現れようとしている。「キメラアントにとっては絶好の土地かもね。自然は豊かで外界から隔絶している。地理的にも、それほど離れていない」 セツナが浮かべた苦笑には、多分に恐れの色が混じっていた。 なら、どうしてこんなところを選んだんだ、とは、アズマは聞かなかった。 ここほど好条件で開発援助をしてくれるところなどないだろうし――なにより、気候が故郷の日本に近いのだ。 丘のふもとには、木で組まれた柵が何重かに立ち並んでいた。フラットタイガー除けである。高さは数メートルもある。フラットタイガーは木の上から滑空して襲ってくることもあるが、地形を考慮して、それでも越えることができないように工夫がなされていた。 ――これも、キメラアントを防ぐことはできないな。 柵を横目に、アズマは考えた。 たとえ柵をさらに重ねても、鉄板張りにしたとしても、キメラアントならたやすく飛び越えるだろう。 ならば、どうやってキメラアントに対抗するか。 アズマには、すでに腹案があった。 どうやっても、キメラアントの侵入を防ぐことはできない。その上で住民を守るためにはどうすればいいか。 村に侵入される前に、向かってくる敵を倒せばいいのだ。 すなわち。「逆撃、しかないな」 新興の活気溢れる街並みを横目に見ながら、アズマは静かにつぶやいた。