ブラボーらの居る集落へ向かうユウに、同行した者がいる。 ノヴとシスターメイである。 シスターメイとはこのときが初対面だったが、ユウは一目で彼女を同胞と見破った。 シスターとメイドさんが合体したような奇妙な格好で、そのうえ銀髪である。丸わかりだった。 集落へとつながる扉を出るまでに二、三言葉を交わしたが、ユウはそれだけでほぼ完璧に彼女という人物を理解した。 強い脱力感を伴う作業だったが。 四次元マンションの出口は集落の真ん中である。 ユウたちが出てきたところへ、真っ先に駆けつけてきたのはシュウだった。「なんですぐに連絡くれなかったんだ!」「いや、だって。お前NGLにまともに入ってるから携帯持ってないし。急がないとパーム怖かったし。 だからヘンジャクさんに、ノヴさんが来た時伝えてくれるようたのんだんだからちょっと怒るのは待ってくれいまの体調じゃまずい!」「ふん……まったく、こんなに痩せて。心配させんなよ」 そんなやり取りの横で、シスターメイは「鉄板カップリングキターッ!」とか言いながらはしゃいでいた。 その騒ぎっぷりに、三々五々と人が集まってきた。 驚きの声を上げたのはそのうちのふたりだった。 黒髪仏頂面の少年と、金髪碧眼猫目ツインテールの美少女。 アズマとツンデレである。 彼らは声をそろえてシスターメイの名を叫んで跳びついた。 ふたりの体がシスターメイを通り抜けたので、今度は見ていた皆が驚くことになったが。「シスターメイ!」「変態シスター! 一体どうやって戻ったんだ!?」「いやアズマ。そのあだ名を公衆の面前で呼ぶのは、おねーさんどうかと思うな……」 涙目のツンデレに続くアズマの発言に、シスターメイは軽く抗議する。 それから、かるく近況を交換したあと、彼女はなにげない調子でアズマたちに尋ねた。「ところでおふたりさん、子供はまだ?」 この発言にツンデレは吹いた。 興味のある輩が目を輝かせて寄って来た。「ロリ姫が憑いてるのにできるわけないだろ」 アズマはこういうことを真顔で言う。 ツンデレは顔を真っ赤にして不思議な踊りを踊っていた。 集まった面子にポックル、ミコお嬢様、虹色少女ライとキャプテン・ブラボーの姿はない。狩り(ハント)に出かけたのだと、シュウが説明した。「彼らが戻って来るまで、待たせていただきましょう」 ノヴは眼鏡を正しながらそう言った。 ブラボーたちが帰るまではまだ時間がある。ユウは眠ることにした。 仮寓していた家屋に入り、ベッドの上に倒れこむと、ユウはすぐに寝息を立て始めた。 ユウが再び目を開けたとき、すぐ横でミコが寝ていた。 甘え癖のある彼女は、ときどき他人のベッドにもぐりこんでくる。 一時期同じ宿でともに過ごしていたユウは、それを知っていたから慌てなかった。 だが。 ちょうどユウを訪ねてきたシュウを混乱させるには充分な光景である。「え? ちょ――ちょ……なに状態?」「なんでもない。ミコはときどき甘えてこういうことやるの」 目を眇めて勘違いを正すと、ユウはミコを起こさないよう、静かに布団から抜け出た。 とたん、くう、と腹が鳴った。 シュウの表情が、苦笑に変わった。「飯だろ? いま作ってやるよ」 シュウが最初に持ってきたのは、りんごかそれに類する果物だった。 口にすると温かい。火を通してあった。そのせいで甘みが丸くなっており、飢えた体に障ることなく溶けていく。 つぎにミルクとスライスしたパン。いずれも温かい。厚切りのハムを焙ったものを出され、ユウはこれも平らげた。「このハム、どうしたんだ? ここにあった肉気の食べ物って軒並みキメラに喰われてたろ?」「近場の集落でもらってきた」 ユウの疑問にシュウはそう答えた。「おかわり」「だーめ。喰いすぎはかえって体に毒だ」「うー」「そんな眼しても駄目だから」 シュウはあらためてため息をついた。「まったく。痩せすぎ。ちゃんと食ってたのかよ」 ユウは生笑いでごまかした。 ヘンジャクの点滴と睡眠で血色は戻っているが、体重はまだ戻っていない。「そういえば俺、どれくらい寝てた?」「丸一日くらいかな。外出てた連中もとっくに帰ってきてる。そのあと集まって会議してたんだけど、お前、起きなかったしな。あんだけの騒ぎだったのに」「騒ぎ?」「マツリがわたしも連れてけって暴れてな。ツンデレが殴って止めた。ありゃどうみても――いや、まあ、そんな騒ぎがあった」「マツリが? いや、そうか。あいつは仲間を助けたいんだもんな」「だからこそ、女王討伐には連れて行けないんだろうけどな」 シュウが言った。 マツリには感情的なところがある。そのうえキメラアントに同情的なのだ。作戦に折り込めないのは仕方がなかった。「あれ? “わたしも(・)”?」「目ざといな。ああ。アズマがな、むこうの作戦に参加することになった。成功率上げるためにあいつの念能力が欲しいんだと」 その作戦について、シュウはざっと説明を加えた。「なんてむちゃなこと思いつくんだ」 ユウはあきれ交じりにつぶやいた。「発案はシスターメイみたいだけどな。ネテロ会長もよく採用したとおもう」「あのひとか」 出会ってごく短いが、彼女がかなり無茶な性格だということは分かっている。 彼女が考えたと言われると、ユウも不思議と納得してしまう。「なあ、シュウ」 ユウは切り出した。「俺も、向こうの作戦に参加するよ」「言うと思った」 あらかじめわかっていたと言うように、シュウは苦笑し、そして言った。「なら、オレも行く」「シュウ」「仲間を助けたいって想いは、お前だけのもんじゃないさ。もっとも、オレの仲間はユウだけだけどな」 後半は、つぶやくような小声だった。 シュウの決意に返す言葉を、ユウは持ち合わせていなかった。 それからすぐに眠り、また目が覚めたとき、ゴンたち五人が姿をあらわした。 ユウは半ば驚いた。 ゴンたちが来る可能性を六分、ナックルたちが来る可能性を三分とみていたのだ。五人で来るのはそれ以外の可能性のひとつでしかない。 しかし、ゴンがいると、妙に納得もしてしまう。だから驚きは半ばであった。「どうやら、賭けには負けたようですね」 ノヴがため息をついた。 ユウの知識では、彼は五人全員が来ることに賭けていたはずだが、逆の目に賭けていたようだ。変に事前知識を与えられていたからかもしれない。 パームは師の横にいるシスターメイに対して殺せる視線を送っていたが、実害があり得ないためだろう。彼女はどこ吹く風だった。 久闊を叙し、彼らがネテロたちのもとに赴く段になって、ようやくユウはゴンたちに言った。「俺と、シュウも行く」 それについては、ノヴやブラボーらも了解済みである。 ミコも行きたがったが、彼女の能力はむしろブラボーたちのほうが必要としていた。彼女はへそを曲げ、見送りには出ていない。“蜂”の警戒網に反応があったせいで、ブラボーやライたちはこの場に居ない。 見送りはツンデレだけだった。 ノヴとシスターメイ、それに続いてゴンたち五人もつぎつぎと“4次元マンション(ハイドアンドシーク)”の“扉”へ飛び込んでいく。「ツンデレ、あとを頼む」「まかせて。アズマも気をつけて」 短い言葉のやり取りの後、アズマはあっさりと“扉”の中へ消えていった。 そのあとをじっとみつめるツンデレを横目に、ユウたちも続いた。“4次元マンション(ハイドアンドシーク)”の一室で、一同は集まった。 ネテロ会長。 モラウとその弟子、ナックルにシュート。 ノヴとその弟子パーム。 ゴンとキルア。 アズマとシュウ、それに、ユウ。 これが作戦に参加する全員である。 あらためて、みなの前で作戦の説明がなされた。 駒が増えたことで。また、それぞれに思うところがあるせいで、当然詳細は変わっている。「みな、よろしく頼むぞ」 そう言ったネテロの体からは、触れただけで斬れそうなほどに研ぎ澄まされたオーラが放たれていた。 その日はゆっくりと休息をとり、翌日、日が昇ってから、作戦は決行された。「オルァーッ!! オレぁビーストハンター ナックル・バインだァ!! キメラアントどもォ出てきやがれェッ!!」「……バカだ。馬鹿がいる」 キメラアントの巣に向かって叫ぶナックルの大音声を耳にして、ユウは肩を落とした。 真正面。 ナックルは真正面から巣へと向かっている。「真っ向からぶつかりあって、ヤツらのことを理解(わか)りてえ」 まさに言葉通りの、彼の行動だった。 一緒に居るにもかかわらず止めていないシュートも同罪である。 ――それを含めて、陽動役に指名されたんだろうけど。 裏手から回るユウは口の中でつぶやいた。 すでに巣は近い。 ネフェルピトーの禍々しいオーラが結界のように巣を覆っている。 ユウは畏れを感じざるを得ない。 人では理解し得ない心の働きが、不吉なオーラのゆらめきから、否応なしに観て取れる。 それが一瞬、ゆらめき、消えた。 ナックルたちがネフェルピトーの結界に触れたのだと、ユウは判断した。「行くぞ」 ユウは隣のシュウに声をかけた。 恐怖はある。実際の重量さえ備えたそれに、ユウは抗える。 友を守る。その目的と、なにより隣にシュウがいるから、それができた。「ああ」 シュウは短く答えた。 戦場を俯瞰する。 キメラアントの巣の正面からナックルとシュートが殴りこむ姿勢を見せている。 キメラアントたちは迎えうつため、ばらばらと出てきている。 巣をはさんでその対角で、ユウたちは潜入の隙をうかがっていた。 先陣を切るキメラアントの部隊長にたいするナックルの一撃で、戦いは始まった。 ナックルたちはたったふたりだが、敵にそれを斟酌する義理はない。 キメラアントたちは獲物に向かってわれ先に殺到した。 苛烈な乱戦となった。 だが、ナックルにとって乱戦はむしろ望むところである。 相手側はそこら中味方だらけで著しく動きが制限される。 これに対してナックルたちは当たるを幸い暴れまくればいいのだ。 逆境に強いシュートにとっても、この強い重圧をともなう戦場は、本領を発揮できる理想の空間だった。 彼らは臆することなく堂々と戦っている。 それからしばらくして、ユウたちの存在に気づいたキメラアントたちが、裏手から迎撃に出てくる。 こちらはナックルたちの正面からの突撃に不信を覚えた、知恵の回るキメラが含まれている。 彼らの率いる兵たちは、念能力習得時に数を減じたとはいえ、統制ており下手に乱戦に持ち込めば、乱す隙なく圧殺されるは必定である。 ユウたちは気配を消して潜行しながら、一体一体確実に“削る”作戦に出た。 ユウの本領であり、援けるシュウも危なげなく仕事をこなす。 なかには原作で見たキメラアントもいる。しかしユウは迷わない。 キメラアントたちが迎撃に出たことで、巣が空いた。 もともとネテロらの“削り”などによってその総数は著しく減じている。 夜行性で眠っているものを除けば、巣の中にはわずかな員数しか残っていない。 空の巣のなかに、不意に手の平ほどの大きさの、折りたたまれた紙片が舞い込んだ。 びっしりと得体の知れぬ文字で覆われた紙片の隅には、昆虫の爪と思われる欠片がつけられている。 紙片は宙をゆらゆらと舞い、巣の奥へと潜っていく。 女王の間の手前にそれが来た時、異変が生じた。 紙片の中から指がにょきりと伸びたのだ。 オーラを纏った指先が、紙片の隅に触れる。 その瞬間、紙片がばらりと広がった。 如何様な織り方か、指先を中心に残したまま、紙は一メートル四方に展開する。 その中央から。 五人の人間が飛び出してきた。 彼らは迷うことなく、おのれの目的に向かい、一直線に駆けた。