ツンデレ、ミコ、ライ。 先行したマツリたちを追いかけた一行の乗る飛行船は、逆風に悩まされていた。 飛行船は風のコンディションで、速度が大きく左右される。 順風だったユウたちに対し、ツンデレ一行は、推定で二日も遅れをとるはめになった。 遅々として進まぬ船に、焦れてきたころ。 ツンデレの髪にとり憑いた幽霊幼女、ロリ姫が、唐突に妙なことを言い出した。「念能力の、名前を変えたい?」 ツンデレのあげた頓狂な声が、個室中に響いた。 ベッドでうとうとしていたミコが、驚いて飛び上がった。 ロリ姫は至極真剣な表情だ。「うむ。他の皆の能力を聞いて居って、思ったのじゃ。妾の能力名も、もっと格好良い物にしたいと!」 拳を握りこみながら、ロリ姫が主張する。 名前にこだわらない性質のツンデレには、理解しがたい主張だ。「天元突破(スパイラル)って、けっこう格好いいと思うけど」「嫌じゃ。妾も正義の拳(ジャスティスフィスト)とか背後の悪魔(ハイドインハイド)のような、響きのいい名前が欲しいのじゃ!」 並べあげられた能力名のどこが彼女の琴線に触れたのか、ツンデレはわからない。 中二病などという言葉も、その情緒も解さない彼女である。「ほーしーいーのーじゃぁー!」 駄々っ子のように手足を振り回すロリ姫に、ツンデレは困り果てた。 その手のネーミングセンスには、ツンデレはまったく自信が持てない。 ミコはといえば、ほほに手をあてて、駄々っ子になったロリ姫をながめている。役に立ちそうにない。「ど、ドリル……ドリル? ドリルなんとか……なんとかドリル……助けて、ミコさん」「え?」「やっぱり聞いてなかったんだ……ロリ姫の、念能力名。格好いいのがほしいの」「え? あ、はいですわ」 言われて、ミコは視線をしばし、宙に惑わせた。「ドリルプレッシャーパンチとか」「パンチはしないでしょ」「ドリルミサイル」「爆発するの?」「ドリルスぺイザー」「スぺイザーってなに!?」 まったく当てにならないことが露呈したミコとともに、その後しばらく唸りながら考えていたのだが、どれもロリ姫はピンとこないようだった。 しばらくして、個室のドアがノックされた。 ライだった。無言のまま入ってきたオールバックの大男は、飛行船の到着予定時刻がまた遅れたことを、こもったような声で告げた。「そう……仕方ありませんわね」 ミコがため息をついた。 先行したユウたちが心配でならないのだろう。「ま、船は急げないし、無事を祈るしかないよ――ところでライさん? あなたも考えてくれない? ロリ姫の念能力」 ツンデレがライに話を振った。 無茶振りである。 さすがに首をひねったライだったが、ややあって、カタカタと肩を揺らしだした。「……マスタードリラー」「其れじゃっ!!」 ロリ姫が手を叩いて歓声を上げた。 その名のどこが彼女の琴線に触れたのか、ツンデレには理解不能だ。「天元突破(マスタードリラー)――我が力に相応しい名じゃ! ふはははははっ!」 ツンデレは眼を見張った。 高笑いするロリ姫から放射されるオーラが、いきなり膨れ上がったのだ。 能力名が、おのれに相応しいという確信。それは、否応なしに念能力を強化する。 行き場を失ったロリ姫のオーラが、ツンデレのツインテールを、捩りながら暴れさせる。「おおおおおおおっ!!」 ロリ姫が、高陽して叫ぶ。 ツインテールが、床を穿った。 その先から、オーラが一直線に伸びていく。 気合一声、雄叫びをあげたロリ姫は、つかみ取った虚空を散らすように腕を振り払い、唱え上げる。「円錐螺旋を虚空に描き、廻る無限の渦旋陣! 城砦陣壁怒涛に波濤、すべてまとめて打ち破らん! 聞け! 妾こそは螺旋の支配者! 天元突破(マスタードリラー)!!」 オーラのこもった声が、船を痺れさせた。 つづいて、船が揺れた。 ツンデレの勘違いではない。 飛行船の駆動部まで届いたロリ姫の能力が、プロペラの形状を大幅に変化させたのだ。 羽を持つ、ドリル。 それは駆動音とともに、高速回転する。 飛行船が、蹴飛ばされたように急加速した。 いままでの遅れを取り戻すように、飛行船は空を駆け抜けた。 到着したのは予定よりはるかに早い、五月四日の昼過ぎだった。 調子に乗って念能力を使いすぎたロリ姫は、しばらく顔も見せられないほど消耗していた。 夕刻。一行はNGLの玄関口にたどり着いた。 その中に、オールバックの寡黙な大男、ライの姿はない。 取り外し不可能な人工物が、体についているので、別ルートで入国することになったのだ。 彼とは、ユウたちと約束した合流点で落ち合う手はずになっていた。 検問所兼大使館となっている巨樹のうろ(・・)に入ったツンデレたちは、そこで、意外な人物に出会った。 四人連れの男女である。 入国チェック待ちなのか、めいめいくつろいでいる。 見覚えがあったのは、そのうちのふたりだった。 頭にターバンを巻いた、短身長髪の少年と、ゆったりとした服を身に纏う、ひと抱えはありそうな、大きな帽子をかぶった美少女。 ポックルとポンズ。 ゴンたちとともに、ハンター試験に挑んでいた受験生だった。「やあ。あんた達もか」 不意打ちに固まっているふたりに気づいて、ポックルが声をかけてきた。 まったくの初対面だったのだが、身に纏うオーラから察したのだろう。「オレはポックル。幻獣ハンターだ」「エストよ。一応プロハンター。こっちはミコ」 一方的に知っている人間と話す。そんな奇妙な感覚に戸惑いながら、ツンデレは自分とミコを紹介した。 ミコのほうはまだ固まっている。「目的は同じと観たが」「えーと。たぶん。正解だと思う」 会話は端的だ。 NGLの人間がいる場所である。多言は良い結果につながらない。 腹芸の出来ないツンデレの受け答えは、少々怪しかったが。 と、ツンデレがポックルと話していると。「か、か、かわいいですわーっ!!」「わぷっ!?」 唐突に。固まっていたミコが、がばっとポンズに抱きついた。「ポンズさんですわ本物ですわかわいいですわーっ!」「む、むぐー!?」 豊満な胸に顔をうずめられ、ポンズが悲鳴を上げる。 あっけにとられていたツンデレだが、先日のロリ姫の件で耐性ができていたぶん、我に返るのは早かった。「ちょっとミコさん、気持ちわかるけど落ち着いて!」「ふかふかですわ柔らかいですわお持ち帰りしたいですわぁ」「本気で落ち着けっ! あんたさらっととんでもないこと口走ってるから! あー、なんでこんな時に止められる人居ないの!?」 と、まあ、ひと波乱あったものの。 ポックルたちとの出会いは、ツンデレにとって、実りのあるものだった。「ほかの何組かのハンターとも、つなぎをとっている。おたがい定期的に連絡を取り合おう。その手段は考えている」 という、ポックルの提案があったのだ。 ポンズが若干嫌そうにしていたのは、まあ、仕方がないだろう。 むろんツンデレに否やはない。 探索方面などについて最小限の相談をしたところで、ポックルたちの順番が回ってきた。「ああん。もうちょっとお話をしたかったですわ……」 心底残念そうなミコだが、ポンズのおびえた様子を見れば、それが望めないのは明白だった。 入国チェックは、順調にはいかなかった。 ツンデレもミコも服装で引っかかってしまったのだ。 ツンデレのセーラー服は言わずもがな、ミコも、装飾品をはじめとして何点かで引っかかっていた。 仕方なく天然素材の服を買いそろえたふたりは、それでやっと入国することができた。 外に出ると、平野が広がっている。 ポックルたちの姿は、早、見えなくなっている。 ツンデレたちもゆっくりしてはいられない。方角を確認すると、目的地に向けて一直線に走り出した。 ツンデレの身体能力は並ではない。ミコも、いくつもの戦いの中で、確実に鍛えられている。 いくらも経たないうちに、振り切ってしまったのだろう。監視の目もなくなっていた。「ツンデレさん」 合流地点に向けてひた走るツンデレに、並走するミコが、声をかけてきた。「ポンズさんたち、あのままで良かったのですか?」 ミコの声には迷いがある。 このままいけば、ポックルたちは全滅する。 それを知っているからこそ、見捨てたくないからこその、質問だろう。 ツンデレとて、むざむざ見知った人物を死なせたくはない。 だが、彼女は安易にうなずくことなどできない。 ツンデレの意見は、そのまま行動の指針となる。その責任が重しとなり、彼女の心の重心を低くしていた。「ユウさんたちと合流するのが先決。あの人たちを助けるのは後でもできる……そうじゃない?」 しばらく言葉を選んでから。 ツンデレはミコに、そう言い聞かせた。 ――あいつもこんな気持ちだったのかな。 神妙にうなずくミコを見ながら、少女は思う。 深く考えない性分だったツンデレ。 そんな彼女を、パートナーである仏頂面の少年は、いつだって最適と思える手段で導いてくれた。 いままでの冒険を思い返して、ツンデレは苦笑を浮かべた。 アズマの思考は、確実に、ツンデレの血肉として在る。「さあ、ミコさん。目的地まで飛ばしましょう!」 足にオーラを充実させ、ツンデレはさらに速度を上げた。 合流地点にたどり着いた時、あたりは真っ暗になっていた。 人工的な明かりなどないNGLの夜である。月明かりがなければ、とても走り抜けられなかっただろう。 森林地帯の手前まで来て、ツンデレとミコは顔を見合わせた。 先行していたはずのユウたちの、姿はおろか気配さえ、見当たらなかった。 探したくとも、森の中は真正の闇である。夜目の利くキメラアントに遭遇した場合、危険である。「ミコちゃん」「はい」 ミコはうなずき、念能力を発動させた。 ミコの"ハヤテのごとく(シークレットサーバント)”は、「自在に姿を変形させる念獣」を創り出す能力である。 念獣と術者は五感を共有する。術者から念獣が離れるほど、念獣の能力も感覚共有のレベルも下がるのだが、用途を探索に限定するなら、有効圏内は数キロメートルに及ぶ。 ミコの体から、浮き出るように実体化したのは、小型の梟だった。「行きなさい」 ミコが命じると、フクロウは無言で鳴き、月に向けて飛び上がった。 ミコが視るのは梟の視界である。 むろん性質まで真似ることはできないが、それは感覚の精度を上げることで何とかカバーできた。「――駄目ですわ。少なくとも、近くには居ないみたいです」 場所を変えながら数十分も探索したのち、ミコは呻くように漏らした。「むー」 ツンデレも困ったように唸り声をあげる。 NGLは、キメラアントの巣窟となっている。不測の事態などいくらでも考えられる。 ユウが最後に連絡してきたのは、NGL潜入前――今朝のことだ。 入国してからはお互い連絡が取れないので、とりあえず集合場所だけ決めておいたのだが。 こうなっては、ツンデレはどう動くべきかわからない。 別ルートから入国したはずのライが、まだ来ていないことも、ツンデレの焦りを助長する。 携帯のない不便というものを、彼女はあらためて痛感していた。 進むべきか、待つべきか。 迷うツンデレの目の前で。 不意に、ミコの首筋から血が噴き出した。「どうしたの!?」「……やられました」 傷口を押えて、苦しげにつぶやくミコ。 その様子に、ツンデレの心は不安に乱れる。 三度、深呼吸して気息を整えてから、首筋を血で染めた美女は口を開いた。「キメラアントです。わたしの念獣が狩られました」「……場所は?」「あちらに、一キロメートルほどです」 気を静めて。 ツンデレはミコが指さした方向を見た。 視界が通っていないので、むろん確認はできない。 それでも。なにか禍々しい気配がそちらにあることは、感じ取れた。「――敵の形態は?」「なにぶん一瞬でしたので……でも、念獣は“斬”られました」「……ミコちゃん。すこし森からはなれましょう」 ごくわずかの材料から、ツンデレは判断した。 キメラアントが刃に類する特性を持っていた場合、木などの遮蔽物は意味を成さないだろう。 ――障害物があるところで、それをものともしない相手と戦うのは、下策に過ぎる。 アズマならば、そう言うに違いなかった。 ツンデレたちは、待機位置を、東に二百メートルほど移した。 森から離れる格好である。 ほどなくして。 月明かりに照らされ、ふたつの影が現れた。