ハンター歴2001年4月6日。 この日、一件のメールが、アズマのホームコードに届いた。 差出人の名をみて、最優先で内容を確認したアズマは、そのまましばらく携帯端末のディスプレイに難しい顔を向けていた。目つきの悪さも二割増しだった。 それを不審に思ったのだろう。旅の連れ合いであるエスト――通称ツンデレが、首をひょこりと覗かせてきた。 金髪碧眼つり眼ツインテール制服姿にニーソックスといういでたちは健在だ。「どうしたの?」 彼女の問いに、アズマは難しい顔で、内容をかいつまんで説明した。 それを聞いてツンデレも難しい顔になった。ばかりか、髪もドリルのようにねじくれている。これはロリ姫の仕業である。 ロリ姫。フルネームはリドル・ノースポイントという。名が表す通り、縦ロールの金髪幼女だ。 ただし、故人。現在は幽霊となってツンデレの髪にとり憑いており、ツンデレの髪形は彼女の気分に左右されるのだ。 ともあれ、すぐさま差出人と連絡をとったアズマは、最短で落ち合える場所を確認して、そこで会うことを決めた。 半日のち、アズマたちはヨークシンにたどり着いた。 向かった先は、都市の中心部にある高級ホテルの一室である。 部屋番号を確認し、呼び鈴を鳴らすと、扉は中から開かれた。 迎え出たのは、アズマが知らない人物だった。 アズマよりやや若年の少年だ。若干険の強い面差しだが、中性的な美少年である。鎖を身につけているのは、それが念能力の媒体であるからに違いなかった。「あんた、誰だ?」 アズマはうろんげな視線を向けた。 少年の口元が苦笑の形をつくった。「カミトよ。あなたにメールした、ブラボーの仲間。アズマに……」「ツンデレだ」「ツンデレちゃんね。ふたりとも、よろしく」「ここでもツンデレ……」 背後でつぶやくツンデレを無視して、ふたりは握手を交わした。「ブラボーから聞いてるわよ。妹ちゃんの親友で、かわいいオトコノコだって」「それはそれはこちらこそよろしくオカマさん」 友好的な笑みを浮かべているが、ふたりとも目がまったく笑っていない。 お互いに感じ合うところがあったようだ。 カミトに案内され、エントランスからリビングに入ると、椅子にかけていたふたりが立ち上がってアズマたちを迎えた。 ひとりはブラボーである。 全身を防護服で鎧い、つばの長い帽子を目深にかぶった、キャプテン・ブラボーそのままのいでたちは変わっていない。「おひさしぶりです、先輩」「その節はお世話になりました」 一年ぶりの再会である。懐かしさに、アズマは顔をほころばせた。 ツンデレも屈託のない笑顔で頭を下げる。 それに遅れて、彼女の髪が、意志でもあるかのように上下した。 彼女の髪にとりついた幽霊、ロリ姫の仕業である。 このとき、耳にオーラを集める習慣の付いていたアズマとツンデレだけが、彼女の声を聞いた。「久しいな、武士(もののふ)よ。拝謁を許す」 頭を下げたのではなく、手をひらひらさせただけだった。 ――偉そう過ぎだろう。ロリ姫。 アズマは心中、突っ込んだ。それを口に出してしまっていることに、本人は気づいていない。 ツンデレにとってはいつものことである。 ブラボーにとってもそうなのだろう。彼が気にする様子はない。だが、ツンデレがこの場にいることについては、存分に驚いたようだった。「君は……還ったのではなかったのか?」「ブラボーさんには悪いけど……アズマがここにいるから」 ブラボーの問いかけにそう答えて、ツンデレはとびきりの笑顔を作った。輝くような、心の底からの微笑み。 ブラボーの疑問を晴らすには、それで充分だった。 その横で、あきれたように口を開けたのはカミトである。「えーと、ツンデレちゃん? あなた、一度現実に戻って、もう一度こっちに来れたの?」「はい」「……どうやって?」「え? 普通にログインしてですけど?」 ツンデレは首をかしげる。それで再び戻ってこれたことに、なんの疑念も抱いていないようだった。 カミトも苦笑いするしかない。「バカってすごい」 瞳を明後日に向けて、カミトが小声でそう言ったのを、アズマは聞き逃さなかった。 気を取り直して久闊を叙したのち、ブラボーは隣に座る青年に手を向けた。「紹介しよう、彼はセツナ。同胞だ」 アズマは紹介された少年を見た。 透き通るような銀髪に金銀妖眼。これといって特徴のない、同胞としてはごく平均的な美青年だった。「彼が厄介事を持ち込んだ当人ってわけですか」 アズマは意図的に言葉に棘を含めた。「アズマ」「いいんだよ、ブラボー」 嗜めようとしたブラボーを止めたのは、当のセツナだった。 髪を手でかきあげながら、彼は自嘲気味に言った。「彼らにとって、ボクはまさにそのようなことをしているんだからね」 大仰で、芝居じみた仕草だったが、面に張り付いた苦悩の色はごまかしようがない。外面はともかく、事の重大さは充分に認識しているようだった。 それを看取って、アズマは用意された席にどっかと座った。ツンデレがそれに倣い、最後にカミトが席に着いた。「さて、まずは詳しい話を聞かせてもらいしょうか」 硬い声を、アズマはブラボーに向けた。 部屋の空気が重くなった。 それよりもなお重い声で、ブラボーは語り始めた。 話自体はごく短いものだったが、内容は深刻だった。 聞き終えて、アズマは黙り込んでしまった。ツンデレも、言葉を失っていた。 問題は、アズマが考えていた以上に厄介だった。「どうする? もちろん、協力してくれなくてもかまわないわ」 気遣うようなカミトの言葉に、しかしアズマは首を振る。「どうもこうもない。先輩のハラが決まってるのなら、俺は手伝いますよ。なあ、ツンデレ」「……わたしがいなかったら、誰があんたの背中を守るのよ。ねえ、ロリ姫?」 アズマが同意を求めると、ツンデレはほほを膨らませて答えた。いまさら意思確認など、無用だというように。 ロリ姫も、それに同意するようにツインテールの一房を動かす。 その様子を見てセツナが「ボクにもだれかデレてくれないかな」などと小声でつぶやいていたが、みな故意に聞かないふりをした。「すまない」 ブラボーが、深々と頭を下げた。「いいんですよ。俺は、先輩を手伝えることがうれしいんですから」 アズマは苦笑しながら言った。心底からの本音だった。 だが。 と、アズマは表情を引きしめなおす。「何とかするとなると、絶対的に手が足りませんね」 アズマの言葉に、カミトがうなずいた。「ええ。実際的なところを考えると、強力な念能力者が、最低でも十人。わたしたちを除いてあと六人はほしいところね」 ナチュラルにハブられたセツナが、さみしそうに手のひらに“の”の字を書いている。 それにはかまわず、アズマはカミトと話を進める。「日数的な余裕は?」「わたしも詳しくは覚えてないんだけど、二ヶ月足らずしかないと思う。現地での準備もあることだし、余裕はあまりないわ」「二ヶ月か」 反芻して、アズマは考え得る手段を頭に描きあげた。 同胞をひとりひとり当たっていくには時間が足りない。雇うにはおそらく資金が足りない。金策する時間も惜しい。「仲間を探すにも、手が欲しいところだな」「それに関しては、ボクも手伝えるよ。仲間に手伝ってもらえば、すこしは役立てると思う」 アズマの独白に、セツナが髪をかきあげながら手を挙げた。「――ひとり、心当たりがある。オレはまず、そいつと連絡を取ろうと思う」「わたしにも、あてがないことはないわね」 ブラボーとカミトも、それぞれ目算があるようだった。 自分たちはどうすべきか。 アズマは考えた。実力者といって思い当る人物が、居ないではない。だが、どうもピンとこない。それが、状況を頭に描き切れていないせいだと気づいて、アズマは決めた。「俺たちは、まず現地に行きます。むこうの状況を見て、対策を練ってから必要な能力者を探したい」 アズマの言葉に、ツンデレとロリ姫がうなずく。 それを確認して、ブラボーは一同を見回した。「では、ひとまずおのおので仲間を集うことにしよう。カミト、アズマ、ツンデレくん、姫君、セツナ――同士諸君。頼んだぞ」 ブラボーの言葉に。みな、それぞれの言葉で、力強く応えた。 ごく短い会談ののち、一同は解散した。 ブラボーはとりあえず電脳ネットで連絡を、アズマたちはセツナとともに、現地に向かうため、空港を目指した。カミトも遠出するようで、空港までは同行することになった。 タクシーを拾って、その道中。 後部座席に座ったアズマは、隣のカミトに尋ねた。「あてがある――って、あんたは言ってたけど、くわしいことは言わなかったな」「言えなかった(・・・・・・)のよ」 アズマの疑問に、カミトはそう答えた。「あの場ではね。言えばブラボーは絶対に反対するから」「……だろうね」 アズマは同意した。 その様子から察するものがあったのだろう、カミトは苦笑をうかべた。「わかってて聞いたわね?」「俺も、その方法は考えていたから」 至極面白くなさそうに、アズマは言った。 ブラボーが決して同意できない、しかし、手っ取り早く実力者を集める方法など、ひとつしかない。 自力で現実に帰還した者、すなわちグリードアイランドをクリアした実力者の手を借りるのだ。 説得はたやすくない。しかし、協力を得られれば、これ以上ない助力となるだろう。「……たしかに、ブラボーは反対するわ。でも、やれることなら何でもやらないと」 じゃらり、鎖が鳴った。カミトが鎖を握りしめたのだ。「いまのままじゃあ、わたしたちの何人かは確実に死ぬ。それで後悔するのはいつでもあいつなんだから」 遠くを見るようなその眼に、アズマはむっと口を引き結んだ。「知ってるか? オカマさん」「カミトよ。なにを?」 憮然として訂正するカミトに、アズマはそっぽを向いて言った。「先輩、ニンジンとセロリが食べられないんだ」 カミトは一瞬、不意を打たれたように口を開き。 くすくすと笑いだした。「子供みたいね」「そうなんだ」 笑い合うふたりの横で、ツンデレはアズマの服の裾を握って、ぎりぎりと歯を食いしばっていた。 助手席に座っていたセツナは、背後から沸き起こる殺意のごときものに、ひとり胃を痛めていた。 一週間後、カミトは現実に戻った。 使った“挫折の弓”は、ブラボーがカミトのためにとっておいた、最後の一矢だった。 現実ではほとんど時が進んでいないことを確認してから、カミトはパソコンに向かった。 かなり長い間デスクに向かっていたカミトは、シャワーを浴びて一息ついてから、再び Greed Island Online を立ち上げた。 キャラクターを作り直すかどうか、一時間ほど悩んでから。 カミトはふたたび“カミト”でログインした。