あの私が殺されかけた惨劇から一月。取り敢えずとしか言えないが、発が完成した。
先生に体験されられた念を、現実にフィードバックさせるだけだというのに、なかなか手間が掛かった。
私はあれ以上の『悪意』は知らないし、出来る事なら知りたくもない。折角命がけで体験してきたのだ、利用しない手はないだろう。
手抜きということなかれ、使い勝手の良さと凡庸性だけならば恐らく此方の方が上だ。
能力名は【狂乱せし亡者の愚歌(ナイトメア・バラッド)】
おいそこ、厨二っぽいとか言うな。
効果としては歌を媒介にして他者の精神に干渉し、ありとあらゆる「悪夢」を体感させる事ができる。
まぁ、要するに幻覚を伴う不快な歌というわけだ。
元から備わっていた脳を揺さぶる歌唱技術と組み合わせたら、いい感じにエグイ能力が完成してしまった。
戦闘時にこの能力を相手に使った場合、相手は精神を酷く揺さぶられ普段の実力の1/3も出すことができない。
だがこれはシンクとアリアに協力してもらって出た結果であり、実際の戦闘ではどれくらいの効果になるのかはまだ不明だ。
能力の構造自体がわりとチープなため、あまり危険な誓約や発動条件などをつけないで済んだ。
身を守るために作り出した能力なのに、発動にリスクをつけたら本末転倒だ。
元々これは逃亡用に作った能力なので、次辺りは攻撃用の念を考えてもいいかもしれない。
だがしかし私は放出よりの操作系のため、強化系とは相性が悪い。
私が強化よりの能力を造ったとしても、相手にパワーゲームに持ち込まれたらどう考えても勝てるわけがない。筋力もそんなに無いし。誇れるのは敏捷くらいだ。まあその為に『歌』があるんだけど。
そもそも私は機動性は高いけど純粋なスペック自体はそんなに高くないからなぁ。戦い自体が向いていないのかもしれない。
……あー、まだ考えなくてもいいか。
でも、いざと云う時の為に色々と候補を考えておいた方が良さそうだ。ゆっくりいこう。
そもそも新しい能力といっても、『歌』はあまり容量を使っていないはずなのにすでにメモリが一杯になりかけている。
……やっぱり才能が無いってことなのかなぁ。凹む。
いや、それでも私の念だって極めれば某軍隊蟻だって下せる程の力があるはずだ。理論上は。
要は使い方次第、パワーゲームと長期戦にさえ持ち込まれなければ私にだって勝機はある。
泣き言ばかり言うのはもう止めにしよう。現実は容赦などしないのだから。
兎に角、毎日の自主トレはサボりません。
……あれ、作文?
◇ ◇ ◇
時の流れを感じさせない不思議な空間。その夜の闇よりも深い漆黒の中に、人影があった。
自分の体の輪郭すら見えないくらいに暗い場所で、幼い少女がケラケラと哂う。
その声はあまりにも楽しげで、――それでいて空虚だった。
子供がピタリと笑うのをやめ、突然語りかけるように話し出す。――まるでそこに誰かが居るとでも言うように。
――オカシイとは思わないかな?
いくら彼女に才能が無いとはいえ、たいした容量も消費していないのに他の能力が作れないなんて、そんな事普通は有り得ない。
別に彼女自身が言うほど才能が無いってわけじゃないしね。普通の念能力者よりはずっと優秀さ。
4年、彼女が修行してきた期間だ。
年中無休で大の大人も投げ出す程の訓練を続けてきた彼女が、それほどまでに脆弱なわけがない。
あっていいわけないだろう? 努力は須らく報われるべきだ。まぁそれが結果に繋がるとは限らないけど。
そう考えると、とある仮定が浮かんでくる。
《彼女は他に何らかの能力を有している》、とかはどうだい?
そう、メモリの大半を埋めてしまう程の能力を、彼女は無自覚のうちに宿している、とか。
これ程までに愉快で可笑しい事はないよねぇ。
まぁそれが事実と言うんだからやっぱり彼女は面白い。
……ん? 彼女の能力が気になるのかな?
そりゃそうだろうね、なんたって我らが『アリス』なんだから。
特別に、彼女の能力の説明をしてあげようか。本当に特別だよ?
え?何でそんな事を話してくれるのかって?
秘密だよ、ひ・み・つ。
聞きたくなければ聞かなければいい、それだけの事だろう?
彼女のもう一つの能力は、――いや、彼女が生まれる前から持ち合わせていた念能力【深淵の魔眼(イビル・アイ)】は精神操作の能力だ。
いくつかある特性の一つとして、目を合わせた者に対して強制的に念が掛けられる事が挙げられる。
しかも、対象者は念を掛けられた事すら認識することができない。正確には認識『できない』のではなく『しない』んだ。
念が掛かった瞬間に、対象者が念に掛かったことを『意識』しようとしなくなくなる効果が発動するからね。
全ての行程は全てオートで行われており、光情報を媒介として発動するためタイムラグが殆どない。違和感など感じる暇もないんだよ。
つまり、君達は知らず知らずの間に彼女に操られているわけだ。怖いねぇ。
だけど安心していいよ。
隠密と強制力の為にだいぶメモリを消費しているから、能力自体は大したものではないさ。
効果は対象者に己を《自らの理解の範疇に居ないモノ》と認識させ、その際に感じた印象を加速させる。それだけ。
怯えは恐怖に、嫌悪は忌避に、怒りは憎悪に、好意は愛情に、敬意は崇拝に変わる。一応個人差はあるけどね。
別にそれで特に害があるというわけでもないし、たいした事はないだろう?
君に関しては効きが悪かったみたいだしね。
だが、痛烈な《不安定さ》を感じる事により、人は彼女に対し畏怖、もしくは焦燥感等といった忌避的な想いを抱くことになる。
うーん、わかりやすく言えば「何をしでかすかわからない人間」が側にいたら誰だって怖いだろう? つまりはそういう事さ。
まぁ信頼関係を築くまでに至れば融通はきいてくるみたいだけどね。
誰よりも平穏に暮らしたいと願ってる彼女がこんな能力を持っているだなんて、なんとも皮肉な話だね。
―――いや、でもこれは必然と言うべきなのかもしれない。《得るべくして得た能力》と言い換えてもいいだろう。
この《魔眼》と先程の《愚歌》は相互関係にあると言ってもいい。
一つの力が強まれば自然ともう一つの効果が高まる。
彼女が人柄からは考えられない程の誤解を受ける理由の大半は、きっとこの能力のせいなのだろうね。
彼女がこの能力を無意識の内に厭う事によって、能力は強化されていく。
どうしようもない程に完璧な循環、救えない程の悪循環だ。
能力の発露が何時だったかまでは分からないけど、何の変哲もない少女が《念》というスキルを知らないうちに習得していたなんてぞっとするね。
役に立つ能力ならまだしも自身に害しかもたらさない災厄の芽なんて、呪いと言い換えてもいい。だからこそ、『魔眼』なんだ。
なので、彼女にとっても利があるように、わたしが少しだけ目を弄らせてもらった。
彼女に対し一定以上の『負』の感情を抱いた者に限定し、彼らの『脆い』部分。いわば弱点を何となくだが分かるようにしてあげた。優しいだろう? やはりリスクにはリターンが無いとね。フェアじゃない。
まぁそれは置いておくとして、最後に敢えて言わせてもらおうと思う。
これから彼女と似たような境遇の人たちが彼女と接する機会があるかもしれないけど、彼女の《真実》に辿り着けない者は決して彼女に勝つことは出来ない。
彼女は弱いけれど、とても強いから。
わたしより、ずっとずっと強い人だから。
え? わたしは誰かって?
わたしはいわば《時計ウサギ》
表の世界に干渉できない、時折浮かび上がる泡の様な不確かなモノ。
精神世界にのみにおいて存在できるイレギュラーとでも思ってくれればいいよ。
今は、ね。
そうそう、近々『ハンプティ・ダンプティ』が『アリス』に接触しそうな気配があるんだ。
彼が彼女と親しくなったからって、会っても苛めないであげてね。あの子は『アリス』と違って巻き込まれただけだから。ふふふ、とってもかわいそうな子なんだよ。
ああ、そろそろ時間だね。久し振りに君と話ができて愉しかったよ。
それと、決して制約を忘れてはいけないよ。――破れば君達の首は地に落ちてしまうのだから。
ばいばい、『チェシャ猫』。またね。
ばっ、と少年はベッドから身を起こした。ぜぇ、はぁ、と吐く息が荒い。
――おかしな夢を見た。でも、どこか懐かしい。そんな夢。
「アリス……、」
そう呟いてみる。時計ウサギと名乗った幼子が語った、とある少女の話。
それはあまりにも『彼女』に酷似していた。
――迎えに行くには、まだ時期尚早か。
少年はそう思い、唇を噛みしめる。
焦って事を仕損じては、何のために『悪魔』と取引したのか分からない。
少年はジッと自身の両の掌を見つめた。そう、彼女に会う。ただそれだけの為に、――この手は幾千の『 』を奪ってきたのだから。
少年は、チェシャ猫の様に口角を吊り上げ、いつもの様にへらへらと笑った。
エリスの能力詳細。
『深淵の魔眼(イビル・アイ)』
1・対象者に己を《自らの理解の範疇に居ないモノ》だという認識を強制的に抱かせ、そのとき生まれた感情を増幅させる。
対象者は自身が念に掛けられたと認識できない(意識操作により認識しようとしなくなる)
能力の発動自体はオートで行われる(絶などの例外以外は解除不可)
2・ある一定以上の『負』に属する感情をエリスに対して持った場合、その対象者の脆い部分が何となく分かるようになる。視認できる場所に限定する。
制約と誓約
・目を合わせる事。(眼鏡程度の透過率ならば問題はない。反射もアリ)
・効果はだんだん薄れていくが眼を合わせる度に念は掛け直される。
・能力者自身が劣等感や、能力発動後の対象の行動に不満があると効果が上昇する。
・本人はこの念能力の存在を知らない(オールオート)
能力名が中二病っぽい程、効果が上がるような気がした。
そもそもの勘違いの原因は、この念能力の所為。前世から引き継いだ呪いと言ってもいい。
『狂乱せし亡者の愚歌(ナイトメア・バラッド)』
脳に直接歌による振動を通じて機動力の低下を促せる。個人差がある。
自分の歌声が届いた範囲の全ての人間に歌を媒介にして精神に干渉し、ありとあらゆる「悪夢」を体感させる事ができる。(人によっては思い出したくないトラウマを思い出すことなどがある)
場合によっては精神崩壊を起こす可能性がある。
耳を塞いだとしても、脳が振動を感じとってしまえばアウト。
もともとの歌唱力がテロリストレベルの破壊力があるので、念で効果を増幅させれば少ないメモリで能力が使える。
豆知識
歌う、という元々の語源は「うった(訴)ふ」である。「うた」の語源として、言霊によって相手の魂に対し激しく強い揺さぶりを与えるという意味の「打つ」からきたものとする見解もある。
制約と誓約
・自分の肉声のみ適応される。電動メガホンはNG
・対象者がエリスに抱いている感情が、(エリス自身にとって)悪ければ悪いほど効果が上がる。
・自分の歌に関して、コンプレックスが強いほど効果が上がる。
・必ずきりの良い所までは歌う事、途中で途切れた場合その後五分間は声が出せなくなる。
使用用途はもっぱら逃亡用。
使う度に自らの心の傷を抉る虚しい能力。