ミルキとの邂逅からはや3年、色々な事があった。
その中でも特筆すべきものをいくつか紹介しようと思う。
番外4 アリアに求愛者現る!
この家は基本的に先生の意見を中心にして動いている。基本皆家から出ようとしないしね。
なので、事の発端はやはり先生の一声だった。
「――アリア。貴女も、もう18歳になるんだから。色々一人でこなせるようにならなきゃ駄目よ? だからちょっと今からハンター試験を受けてきなさい。届けは出しておいたから」
午後のまったりしたお茶会の時にそんな事を言うものだから、その場は言うまでもなく騒然となった。
今までハンター試験なんて興味ありませんって感じの振る舞いだったのに、なんの前触れも無くそんな話をしだすのは正に先生らしいとしか言いようがない。
勿論アリアはそんな人が多く集まる催しを嫌がったし、私だって反対した。
いくら彼女が念能力者だからって、むさ苦しいハンター予備軍の男どもが大勢いるような場所に放り出すなんてなんだか心が痛む。兎を狼の群れへ放り出す様なものだ。
その点についてはシンクも同意してくれた。
――私達は、そう、頑張ったのだ。
私は今だかつてない位に饒舌に話したし、シンクも珍しく先生に向かって説得を試みてくれた。
だが先生の「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと支度しろ」という一喝により無残にも敗北した。
……ドスのきいた声でそんな事言われちゃ、ねぇ?
私は泣く泣くアリアを送り出した訳だが、心配の甲斐もなく彼女はあっさりとハンター試験に合格してしまった。
ここまではまだいい。問題はその後だ。
その時私は街に買出しに出かけていたから詳しい事は判らないのだが、シンクと先生から聞いた事をここで話そうと思う。
アリアがもうすぐ帰宅するという連絡があって、シンクが玄関で彼女を出迎えた訳なのだがそこで予想外の出来事が起こったのだ。
シンクが扉を開けると、彼女の隣に知らない男が立っていたのだ。
「アリア。おかえ、…………そいつ何?」
「……おともだち?」
何故か疑問符が付いていたかは置いといて、彼女が言うには、彼は試験で仲良くなった友達で、家に遊びに来たいと言われたので連れてきたらしい。
金髪碧眼の優しげな好青年。それが先生の第一印象だったそうだ。
因みにシンクは胡散臭そうな優男と言っていた。まぁ爽やかなイケメンと思っていれば間違いはないらしい。
アリアの交遊範囲が広がるのは私にとっても喜ばしい事だし、素直に祝福できる。
あの対人恐怖症のアリアが友人を連れてくるなんて成長したんだなぁとその時は思ったのだが、その思いも彼の言った言葉を聞いた時に吹き飛んだ。
「初めまして、俺はシャルナークっていいます。アリィとはとても仲良くさせてもらってて、将来的には深い仲になる予定なので。これからよろしくお願いしますね、義兄さん!!」
「……――帰れっ!!」
先生いわく、シンクが間髪いれずに言いはなったらしい。……気持ちはわかるよ。
しかもアリィってなんだよアリィって。知り合ってまだ一月も経ってないくせに馴れ馴れしい。私の大事なアリアをどうするつもりだ、あの男は。
そしてシャルナークといえば幻影旅団の一員で、関わるだけで死亡フラグが立つような危険な集団の内の一人だ。
後日、本人に会ったが紙面の中の彼よりほんの少し若い容姿をしていた。まぁ原作の2年前だったのでそれも当然の事である。
ていうか絶対本物だよアイツ。持ってる携帯とか言動とかシャルナークそのものだし。……アリアに関する事柄以外だけど。
でも流石A級首なだけあって、私よりもかなり強い。旅団員の中でも彼は戦闘員ではない筈なのに、普通の肉弾戦では到底勝てる気がしなかった。
あ、いや別に私が戦ったわけじゃないんだ。彼とシンクの小競り合いをみてそう判断しただけだし。
一発触発の空気の中、先生はとりあえず三人をテーブルにつかせてシンクにシャルナークの意図を探るようにこっそり指示をだした。
「アリア、僕はちょっと彼と話したい事があるんだ。少し借りていってもいいかな?」
シンクがそんな感じの事を言うと、アリアは快く頷いてくれたそうだ。
本当に危なっかしいくらいに良い娘だなぁ、アリアは。
何時か誰かに騙されるんじゃないかと思うと不安でならない。
「いきなりどういうつもり?」
「そっちこそ、一体何が目的だ」
いくら警戒心が湧かない外見をしていようと相手は幻影旅団、一瞬の油断が命取りになる。
シンクが他人を警戒するのは今に始まった事ではないので、その点は心配なかっただろうと思うが。
「うーん、さっきから言ってるつもりなんだけどなぁ。俺はアリアが好きなんだよ。柄にもなくかなり本気で。彼女が望むからあんた達とも友好的な関係になりたいわけ、分かる?」
「……その言葉を信じられる理由がない。しかもあんな子供みたいな奴に何を考えて――」
「―――あんた、馬鹿?」
シンクが言うには、「少なくとも奴の目は本気だった」らしい。
「アリアの事馬鹿にするなら、いくら義兄だって許さないよ。――彼女は、天使なんだよ。俺は一目彼女を見たときに確信したね、彼女こそが俺の女神だって。今まで正直な話一目惚れなんて信じてなかったけど、本当に実在するんだって俺は思い知ったよ。恋なんてしたことないからどうすればいいかなんてわからないけど、少なくとも彼女の嫌がるようなことはしないよ。約束していい。そもそもアリアの可愛さと美しさは既に人智を越えた域にあって―――」
……あ、僕にこいつの対応は無理だ。
シンクはその時切実に思ったらしい。
でもその後ちょくちょく衝突しているのはやっぱりアリアの事が心配だからなんだと思う。まったく、素直じゃないんだから。
この話を聞いたとき正直かなり引いた。でもよくよく考えてみると何となく彼の気持ちが分かる気がする、確かにアリアは可愛い。
私は彼女が喜ぶならば大抵のことはこなせる気がする。……まぁ多分気のせいだと思うけど。
しかし、泣く子も黙る幻影旅団のメンバーの一人をこんなにも無自覚の内に骨抜きにしてしまうなんて彼女の将来が不安でならない。修羅場なんて私は見たくないぞ……。
今はまだアリアが彼の事を友人だとしか思っていないからいいが、今後彼女の気持ちが変わった時、もしくは流された時は、なし崩し的に結婚だなんて事が起こりかねない。
……私は彼を義兄さんだなんて呼びたくない。マフィアに追われるような身内は願い下げだ。
それにまだまだアリアを嫁にやる気はさらさら無い。――だってそんなの寂しいじゃないか。娘を嫁に出す父親のような気分だ。
そんな私の思いも虚しく、一月に一度くらいのペースでシャルナークが家に遊びに来る様になった。外堀から埋めるつもりか貴様。
その度にシンクと彼が冷戦状態になり、いつも私が仲裁役をする事になるのが悩みの種である。
先生はそんな彼らを見て「婿養子vs小舅ね」と微笑んでいた。
……ちょ、シンクが聞いたらブチ切れますよ。あ、ほらこっち睨んでるし……。
――余談だが私とシャルナークの仲はそれなりに良好だ。
彼がアリアに敵意が無い事を知っているし、彼女の《家族》である私達に手を出してこない事は今までの経験から分かっていたからだ。
それに彼も最初は私を警戒していたようだが、今は気さくに話しかけてくるようになった。
まぁもちろん会話内容は殆どアリア関連だけど。
旅団を辞めれば認めてやらなくもないのになぁと思いつつ、私は今日も苛々したシンクを宥めた。
番外5 シンク、子供を拾う。
事の始まりはアリアの事件から一年後。シンクのハンター試験後の事だった。
アリアの時と同じく、シンクに試験を受けるように先生が言ったのだ。
この調子でいくと原作時に試験を受けなくてはならなくなると直感した私は、それとなく先生に自分も試験を受けに行きたいと伝えたのだが、「貴女は来年よ」とあっさりと断られた。解せぬ。
まぁそんなやり取りがあった訳だが、それ以外は何の問題もなくシンクは試験を受けに行った。
大体彼が出かけてから二週間後くらいに「試験に受かったから、今から帰る」という電話があったのだが、どうも様子がおかしかった。
何というか疲れているというか、憔悴しているというか、いつもの彼らしくないのだ。
そりゃあ流石にハンター試験の後だから少しくらい対応が変でも仕方が無いと思うけど、相手はあのシンクだ。人に弱みなんて見せるはずがない。……やっぱり変だなぁ。
――私はその違和感の正体を、彼の帰宅の時に知る事になる。
ハンター試験後の恒例行事、玄関での出迎え。私とアリアはシンクが帰って来る時間を見計らい入り口付近で待っていたのだが……。
「シンク、おかえ………り?」
シンクの両脇には10歳前後の少年と少女が立っていた。容姿から予測するにどうやら双子らしい。銀髪の可愛らしい子供たちだ。
シンクは苦々しげな顔をして何も話そうとしないし、双子に至っては無表情でこちらを見つめてくるだけだ。なまじ容姿が整っている分、人形のように見える。
うわー随分とゴシック調の服装が似合う子達だな、目の保養になるなぁ。
……じゃなくて、この子達どうしたんだ一体?
「シンク。この子達は……」
「あー、えっと、こいつ等はその、試験で……」
そこまで言うとシンクは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いてしまった。
え、ちょ、そこまで言っておいて途中でやめないでよ。説明プリーズ。
私が訝しげに彼を見ていると、双子の女の子の方が口を開いた。
「お兄さんが『行く所が無いなら家に来い』って言ったのよ。そうでしょう兄様?」
「そうだよ姉様、僕らはお兄さんの言葉に従っただけさ」
シンクを間に挟む形で会話をしながら、双子はそんな事を言う。
……シンクがそんな事を? あのシンクが? 小さい子供を見て「ああいう何にも考えてなさそうな餓鬼って虫唾がはしる」と平然にいいはなつあのシンクが!?
「……何。なんか文句でもあるの」
「いや、別にそういうわけじゃないけど。でも、説明くらいしてよ」
取りあえず状況が理解できないので、シンクに説明を促す。別にいまさらここの住人が増えたくらいでとやかく言うつもりは無いけど、理由くらい知っておかなきゃフォローも出来ない。
シンクはばつが悪そうに顔を逸らすと、心底うんざりした口調で話し始めた。
「こいつ等は僕を殺しに来た暗殺者だ。……どうやって僕の生存を知ったのか解らないけど、僕の生家の奴らが子飼いにしていたみたいで試験に乗じて襲ってきたんだ。勿論、こんな子供に僕がやられるわけなんだけど……」
「けど?」
「こいつ等が、『使えない道具は壊される』なんて言うからつい……」
つい連れて来ちゃったわけだね、よく分かりました。
まぁシンクにしてみれば憎い実家の連中にいい様に使われている彼等に、同情やら仲間意識を抱いてしまったわけなんだろうけど、それは私が語るべき事ではないだろう。
「取りあえず、先生の所に連れて行った方がいいよね」
まずは先生の説得が先だろう。
だが先生はこういう面白おかしい状況が大好きなので、簡単に彼らの定住を許してしまうのだろうけど。私も別に反対はしないけれどね。かわいい子は好きだし。
それに、私から目を逸らさない子ってかなり貴重だからなぁ。できれば仲良くしたい。
シンクと双子が先生の部屋に行くのを見届けた後、私はとりあえず昼食を二人分追加で作り始めた。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで双子は大した衝突もなくこの家に馴染んでいった。
驚くべきことに彼らは名前が無かったそうなので、先生が便宜上、男の方をヘンゼル、女の方をグレーテルと名乗るように言った。やはり何処かで聞いた気がする。
よくよく彼らの様子を見ていると、互いの事はそれぞれ「兄様」「姉様」と呼び、互いの服装を交換することで人格をも入れ替える事ができるようだ。
男女の双子なので一卵性ではないはずなのに見分けがつかないほどにそっくりなので、基本的に服装で彼らの事を区別している。二次性徴が起こるまではその判別方法でいいと思う。まさか脱がせるわけにはいかないし。
本人達もそれに納得しているようだったのでよしとしよう。
彼らは不穏な言動を除けば基本的に素直ないい子達なのだ。家事とかも進んで手伝ってくれるし。彼らの人懐っこさは、過去の薄暗さを感じさせない。
もしかしたらそういう環境への順応性や他人の好感を得やすい無自覚の行動は、彼らにとって生きるための術なのかもしれない。そう考えると心が痛む。
……ただ幾つか問題があるとするならば、それは彼らの性癖に他ならない。
シンクがハンター試験から帰ってきた後、時折彼を狙った殺し屋が家まで来る様になった。
そんな殺し屋達をいち早く撃退するのは、大抵アリアのお友達か双子達だ。
え、なんでそんな危険な事を双子に任せるのかって? ……いや、止める間もなく嬉々として飛び出していくからやめろとは言いづらくて……。本人たちも楽しんでるみたいだし。
ただ、その後の対応がいただけない。
アリアのお友達が敵を捕らえた時には、食物連鎖よろしく森の奥で美味しく頂かれているようなので片付けの心配は無いが、双子が捕らえた際にはその場で見るに堪えない拷問を始めたり、解体作業をしたりなど、奇行が多い。
……ていうか誰か始まる前に止めろよ。
殺し屋連中を退治してくれるのはありがたいと思っている。だがその死体を片付ける私達の身にもなってほしい。
いくら飛び散った部品は獣達が食べてくれるとはいえ、その場に残った大量の血は地面に染み込んで処理するのは容易ではない。
そのまま放置してもいいんだけど、先生は庭の景観にはうるさいのだ。なんとかしなくてはならない。
そして彼らの所為とは言わないが、惨殺死体に慣れてしまった自分に、なんだか溜息を吐きたい気分になった。人の価値観ってここまで変わるものなんだなぁ。
かつての私は人を殺す事なんて考えたこともないピュアな人間だったけど、今は正当防衛ならばいくらでも殺していいし、罪悪感なんて抱く必要が無いとすら思っている。
――今の私は、人を殺せるのだ。
もしかしたら以前先生の念でありとあらゆる死の概念を視たため、耐性が付いていたのかもしれない、……うわぁ全然嬉しくないや。
―――だが彼らが拷問を喜んで行うのは、幼い頃から殺しを強制させられて歪んでしまった精神を、これ以上崩壊させないために行っている事だとなんとなく理解しているので、あまり強く注意できないでいた。
仕方が無いという一言で済ますのは、きっと彼等にとっては失礼な事なのだろうけど。
それに優先順位の問題もある。
私は侵入者の人としての尊厳よりも、双子の精神衛生の方がずっと大事だ。
流石にずっと今のままではまずいと考えてはいるので、少しずつでいいから改善していきたいと思う。
な ので手始めに皆に迷惑を掛けない程度の殺戮に留めておくようには言い聞かせた。素人さんには手を出しちゃいけませんよ、とか。
……本当に、あれさえなければ天使みたいな子達なのになぁ。
因みにそんな内容をミルキに話した所、
「なんだかブラクラの双子にそっくりだな」
という返事が返ってきた。
Black Lagoon 通称ブラクラ。
かつての世界に存在した漫画で、バイオレンスな内容と苛烈なキャラクターが人気だったアクション漫画だ。私も先輩に進められて読んだクチだ。面白かった。
なるほど。それがあの時感じた既視感の原因か。納得した。
……っていうか先生はもしかして私と同じ事を考えていたのか? そうでなければ『ヘンゼルとグレーテル』だなんて名前を付けないだろうし……。本当に謎な人だ。
まぁ確かに似てはいるが、転生者でもない限り『あの双子』と同一人物という事は無いだろう。きっと、似ているだけだ。
でも、似ているだけと言い切るには共通点が多すぎる。
私の心に一抹の不安がよぎる。
――もしも。もしも私とミルキの様な転生者が、意図的に彼らの性格を作り上げていたとしたら、どうなるんだろう。
初めからそういう風に『作れば』どれだけ似ていても、何もおかしくはない。
……いや、それは流石に考えすぎか。
だが例えそうであろうと無かろうと、この家に来たからには彼らに人並みの幸せを手にしてもらいたい。まぁ出来る限りの話だが。
あの本では『誰かがほんの少しだけ優しければ、あの子達は幸せに暮らせた』、そう誰かが言っていた。
今ならば、まだ間に合うのかもしれない。
今の彼等はまだ10歳くらいだ、少しずつ、ほんの少しずつでいいから彼らが変わっていけるのならばいいと思う。
幸いな事にこの世界は普通よりも《殺人者》に対して寛容だ。流石は冨樫ワールドを基準とした世界であると言える。
「………よし、」
私はこの家が好きだ。この家に住む人たちが大好きだ。――双子だって例外じゃない。
ならその大好きな人の為に頑張るのは、当然のことだ。
さぁて、まずは手始めに彼らの胃袋から掌握する事にしよう。
お茶会の為のお菓子はもう既に用意してある。
―――幸せというものは案外単純だという事に、彼らが気づけますように。