豪奢で巨大なドアを潜ると、吹きぬけのホール中を統一性のない、しかし見るからに高価なインテリアが飾り付け、天井のシャンデリアの光を反射し、これでもかというほどに成金趣味を主張していた。
金ぴか。
そんな言葉が浮かぶほどの豪華さと、それに伴うセンスの無さに辟易しながら、カーティスは扉を開けたメイドの先導で目的の部屋に向かう。
早々に帰りたいと考えていたカーティスだが、これからのことを思うと一歩進む度に緊張が否応なく増していった。
一歩間違えれば命を失いかねない、しかし退くことの出来ない勝負。
開戦の狼煙は今にも上がろうとしているのだから。
「こちらでございます」
一歩後ろに下がったメイドが指し示すその扉は、先ほどの扉よりもさらに重厚で豪奢。
だが、その扉が猛獣の檻の入口のように見える。カーティスは握りしめた拳に力を込めると、覚悟を決めてドアを開いた。
「遅かったじゃないか、カーティス君。さあさあ、席に着きたまえ」
成金趣味もここまでくるとある種の芸術だな。
宝石が埋め込まれた樫の円卓と、彼の手に燦然ときらめく無数の指輪を見て、カーティスは内心そう嘲笑った。
舞台俳優であるかのように大仰に手を広げ、歓迎の意を示すのはボルフィード組の副首領、ヴァレリー=ボルフィード。
母親に似たのか、矮躯のサンジと違い、彼の手足はすらりと長い。
だが、目に力がない。こいつには凄みが無い。町中の若造と何も変わらない。マフィアの首領として手腕を振るうサンジのような眼力も、彼は受け継がなかった。
七光め。口には出さず吐き捨てて、カーティスはただ一つ空いた席に着く。
それを見届けて、ヴァレリーはいちいち気障な仕草で頷いた後、室内を見渡して言った。
「さて、ここに集まってもらったのは、我が組を背負って立つ幹部たちばかり。諸君もまた、この組を思う気持ちは私と同じであろう」
その場にいたカーティス以外の者たちが一斉に同意の声を上げた。
今日の会議が、列席者の平等を象徴する円卓で行われているのはどんな皮肉だ、とカーティスは思う。
この場にいるほとんどの者は、副首領ヴァレリーに追従する者ばかり。というよりも、カーティスを除く全員が副首領派の人間だ。
会合という名の弾劾裁判。副首領派閥の衰退の原因となったカーティスに対し、激しい敵意を込めた視線を向けてくる者もいる。
それを出来る限り意識から締め出し、カーティスは前を向いた。こちらを小馬鹿にするように見やるヴァレリーを正面から見返す。
「本日諸君の意見を聞きたいのは、昨今ボルフィード組にいらぬ波風を立てる者についてだ。この半年ほどの間に、優秀な人材が在らぬ疑いを掛けられてその身を追われたことは、諸君も知っての通り。このようなこともあって、組には不穏な空気が流れている……」
白々しい。早く本題に入ればいいものを……
自己陶酔に浸り現状を訴えるヴァレリーにカーティスはうんざりする。劇場趣味は噂に聞いていたが、視るに堪えない。
だがそんなカーティスの内心などどこ吹く風。ヴァレリーはこの茶番を続けたいらしかった。
「これは組全体にとって著しい不利益ではないか。そこで我らはこの者について如何なる処置を施すべきか意見を求めたい。どうだね……カーティス君、何か意見はないかな?」
「……私などでは答えを持ち得ませんな。副首領、あなたのご意見を伺っても?」
「私としては、その者が我々と手を取り、ともにこの組を発展させていくつもりがあるのならば、これまでのことは水に流しても構わないと考えている」
何を言い出すかと思えば……
カーティスは今回の会合の狙いを悟り、改めてヴァレリーの意志の弱さを嗤った。
普通の政治ならばそれでいいのかもしれない。
不要に敵を作らない。それは戦略的視点から考えて正解だ。
だが、そんな小賢しいだけの考えはマフィアでは通用しない。
メンツを何よりも大事にするマフィアの世界で、傷が浅いうちに停戦を申し入れるなどそもそも選択肢としてあり得ない。
その証拠に、彼がそのように言う間も、円卓を囲む他の幹部たちは憎悪に濡れた瞳でこちらを睨みつけてくる。
よくもまぁこんな発言をする気になったものだ。他の幹部たちも納得しないだろう。
所詮は俗物ということだろうか?
「さて……その申し出に、果たしてその者が応じますかな」
「ほう、君はそう思うのかね?」
「ええ、私はそう思いますねぇ」
舐めるようなカーティスの口調にヴァレリーの笑顔が引き攣る。
その様子を見ていると、カーティスはこの茶番にそれ以上嗤いを堪えていることが出来なかった。
「くっくっくっ……茶番はもう止めましょう、副首領。回りくどい言い方は止めたらどうです? そこまで腑抜ているわけではないでしょう?」
明確な挑発。
にわかに殺気立つ幹部たちを片手で制して、ヴァレリーはカーティスを睨みつけた。
「……無粋だな」
「無駄な時間を過ごすのが嫌いなのですよ。貴方と違い、私はやるべきことが多いのでね」
「ふん……いいだろう。ならば単刀直入に言う。こちらにつけ、カーティス。貴様のためのポストは用意してやる。それで無用な争いは避けられる。違うか?」
「断れば?」
「引退してもらう」
その言葉が合図だったのか。
部屋の扉が音を立てて開き、黒服たちがなだれ込んできた。
その数十五人。彼らはカーティスの退路を断つように彼を囲み、手にした拳銃をいつでも撃てるように構える。
「貴様にとって何が得で何が損か、よく考えてみることだな。アレッサンドロは確かに傑物だが、彼が組を継ぐことはあるまい。あちらについても君の得はないぞ?」
「さて……それはどうでしょうね。まず第一に、勝ち目のある勝負を投げる理由がありません。確かに、彼に組を継ぐ資格はありません。ですが……そんなことは瑣末な問題でしょう? あなたが一番よく判っているのではないですか?」
「……なんのことだ?」
カーティスは用意してあったカードの一枚を切る。
その札を切ることで戦況は全く異なるだろう。
数瞬後のヴァレリーの顔を思い浮かべ、口元が緩むことを抑えきれなかった。
「アレッサンドロ氏には養子が一人いるそうですね」
カーティスの言わんとすることに思い当たるものがあったのか。
ヴァレリーの顔は一瞬で色をなくした。
「その少年、お母上に似たあなたとはあまり似ていませんね。まあ、片親が違うのですから当然かもしれませんが。けれど、流れる血の半分は同じなのでないですか?」
顔を蒼白にして、ぶるぶると震えるほど手を握りしめるヴァレリーに心の底で哄笑する。
それは組の上部の人間もあまり知らないこと。
ボスの愛人の子の存在は、ボスの信頼の厚いアレッサンドロという傘の下に置くことで隠されてきた。
組織というものはその大きさが増すにつれて一枚岩ではなくなっていく。
その際に争いの火種となるものを残すことをボスは望まなかった。
ボルフィード組は十老頭直系のビッグネームだ。その組のトップともなれば持てる力は大きい。旗印さえあれば誰もがそれを欲しがる。
そして権力争いが内乱に転じれば、それが大火事となることは明らかだったからだ。
「……どこから知った? アレッサンドロが話したのか?」
「まさか。アレッサンドロ氏はそのようなことを吹聴する人間ではありません。ただ私の耳はなかなかに広いと、そういうことですよ」
といっても、この情報を掴んだのは最近になっての話だ。
勢力図を塗り替えたはいいが、それでは弱い。組に及ぼす相談役の力が強くなったとしても、ボスがそれを聞き入れようとしなければ意味が無い。
次のボスとなるヴァレリーをこちらに取りこむか、そうでなければいっそ消してしまうべきか……
傀儡となる首領が欲しいと考えていたところにもたらされたその情報は福音といえた。
「約束された椅子が掠め取られるのではないかと怖いのですか?。だからといって、その少年を殺すわけにはいかないですからねぇ。ボスとアレッサンドロ氏を纏めて敵に回しては、流石に揉み消すことも出来ないでしょう。だからあなたとしても彼の存在が隠されているのは好都合だった。しかし―――」
「―――殺せ……っ!!」
カーティスの言葉をかき消し、ヴァレリーの唸るような怒号が飛ぶ。
それを合図に黒服たちは一斉に引き金を引き、室内には銃声と硝煙の臭いが立ち込めた。
カーティスが円卓に倒れ伏し、ぴくりと僅かな痙攣をするのみになったのを確認して、ヴァレリーはようやく一息つく。
円卓に座るメンバーを睥睨し、反論を許さない声で告げた。
「……全員、先ほど奴が言った戯言は忘れろ。この数分はなかったことにするんだ」
その場にいた全員がその言葉に頷き、黒服たちは黙したままカーティスの死体を処理しようとする。
緊張を残しつつも、問題が片付いたことに安堵する空気が一瞬流れた。
「……ん?」
黒服の一人がそんな声を上げた。
疑念を含んだ声は妙に部屋に響き、他の者たちの視線を集める。
そして他の黒服たち、さらに一瞬遅れて幹部たちも気づいた。
何故、血が流れていない……?
その意識の空白に滑り込むように、あり得ないはずの声が聞こえた。
「くふふふふふふふふふ、いやはや、手荒いですね。有無を言わさず銃殺とは」
倒れ伏したままの体勢から、ソレは首だけを回転させヴァレリーの姿を見据えた。
哄笑を洩らしながら、明らかに人ではあり得ない動きで立ちあがる。手を、膝を、間接を無視した向きに捻じ曲げ、重力を感じさせない様子で振り向く。
悪夢のように不気味な光景に、それを見たものたちは皆背筋が寒くなるのを感じた。
カーティスの姿をしたナニカは頬まで裂けそうなほど深く笑みを刻み、そのまま一歩を踏み出そうとして、首が百八十度回転した自らの状況に違和感を感じたようで足を止めた。
「んん……失敗。どうにも感覚が違っていけない」
その場で立ち止まり、ソレは体の方を回転させて正面に向き直る。
だが、もはや部下に任せておくつもりもなかったのか、ヴァレリーは懐から拳銃を抜くと、有無を言わさずソレに向けて発砲した。
狂いなく眉間を撃ちぬいた弾丸。しかし……ソレは僅かによろめいただけであった。
その眉間には、弾丸が貫いた穴が開いており、向こうの風景が覗き見えている。
「そんなものをいくら撃ったところで無駄です。しかし、その反応を見て確信しましたよ。先ほどの、ボスの隠し子がいるという情報はどうやら真実らしいですね。まだ裏付けが取れていなかったのでこのような手段に出たのですが……挑発にやすやすと乗っていただけて感謝します」
「……っ! き、貴様ぁ……っ!!」
「それでは、これにて私は失礼します。次の機会があれば、異なる立場でお話したいものですね」
「次など……あるものかっ!!」
ヴァレリーが手元の呼び鈴を鳴らすと、部屋の入口には手に武器を持った黒服たちがぞくぞくと集結する。
「そいつを取り押さえろ! 絶対に生かして帰すな!!」
唾を飛ばしながら指示をだすヴァレリー。
しかしそれを歯牙にもかけず、無人の野を進むかのようにソレは歩む。
「どきなさい」
「……」
「だんまりですか。無駄な口を叩かないというのは素晴らしいですが、そのような態度を取るのならば……押し通らせていただきますよ」
答えるつもりはないのか。それともその余裕もないのか。
緊張と恐怖に顔を強張らせて、黒服たちは撃鉄を上げる。
それが答えだった。
カーティスの片腕が上がる。
肩の高さまで持ち上げられた腕は、周囲を牽制するかのようにゆらゆらと揺れている。
そしてその顔には、嗜虐を楽しむかのような笑みが貼りついていた。
上げられた右腕を、真横に振りぬく。
首を切り取るように、その身をひるがえして、言った。
「―――悲鳴楽団」
人、人人人人人……!
ヨークシンでも、オークション期間中しかいないほどの凄い人だった。
そのほとんどが強面なのだから、現在のドーレ港はとにかく治安が悪い。おそらくこの場にいるほとんどの人間がハンター試験の受験生たちなのだろう。みんな気がたっているのか、周囲からは時折怒号と喧嘩の音が聞こえてくる。
「すげぇ人だな」
「この中でほんの一握りの人間しかなれないというのだから……ハンターというのは本当に選ばれし者たちということか」
「へっ……それだけ成ったときの見返りはでけぇってことさ! さーて、ザバン市に向かう乗り物は、と……」
船の中で随分と打ち解けた私たちは、軽口を叩きながら港を出た。
友人と呼べる人間が片手で数えるほどしかいない私は、結局のところ人間的なふれあいを求めていたのか……自分でも驚くことに、心の底から彼らとのやりとりを楽しんでいた。
ちなみに船内でハルカはクラピカ相手に恐ろしいほどの猫かぶりで話していた。
なんていうか、見ていて寒気がする……
「あ、船長!」
ゴンが指さした方を向くと、酒を買いに行くといい船を降りていた船長が港の出口の壁に寄り掛かっていた。
子犬を思わせる素直さで、ゴンは元気よくそちらに駆け寄っていく。
「船長、いろいろありがとう! 元気で!!」
「うむ、達者でな。最後にわしからアドバイスだ」
船長は港を向いて右手の山を指さした。
山頂の一本杉が特徴的な、それほど高くない山だ。
「あの山の一本杉を目指せ。それが試験会場にたどり着く近道だ」
「なに……?」
疑問符を浮かべてしまう。
会場のザバン市はその山とは反対方向だ。バスも電車も通っている。何故わざわざ反対の山へ?
だが、船の中の惨状を思い出してすぐに納得した。
そうだ、これはハンター試験なんだ。まっとうな手段で行けるなんて思わない方がいい。
きっと何か理由があるのだろう。
「わかった、ありがとう!」
ゴンがそこまで考えていたとは思えないが、彼は元気よく返事をし、船長に別れを告げていた。
「……どうする?」
レオリオは疑わしそうな声を上げた。
港を出た広場にある地図を指して異を唱える。
「見ろよ、会場があるザバン地区は地図にもちゃんと載っているでかい都市だぜ。わざわざ反対方向に行かなくてもザバン市直行便のバスが出てるぜ。近道どころか、下手すりゃ無駄足だ」
「彼の勘違いではないのか?」
クラピカもまたレオリオと同じく完全に信じ切ってはいないようだ。
だがゴンは疑いを知らぬ声で言った。
「とりあえずオレは行ってみる。きっと何か理由があるんだよ」
ゴンの素直で真直ぐな心根は美徳だが、レオリオが少しは人を疑うということを知った方がいいという言葉に同意せざるを得なかった。
だがゴンは一度信じたことを否定するつもりはないのか、バスで行くことを進めるレオリオの言葉にも頷かず、彼は一本杉に向かい歩き始めた。
「ハルカ、君はどうする?」
「私も一本杉に向かうわ」
それならば私も否やはない。
いざとなれば歩いてザバン市に向かってもいいのだ。ひとまず、私たちのルートは決まった。
ゴンに続いて歩き出す。隣を見るとクラピカもまたゴンについていくようだった。
「ちっ、俺は地道にバスで向かうぜ。じゃーな、短い付き合いだったが、元気でな」
後ろから聞こえるレオリオの声。
しかし、数分歩いたところでレオリオが乾いた笑いを洩らしながら追いついたのは、追及しないことにしてあげた。
港から一本杉に向かう道路を進むと、寂れた貧民街に入った。
人の姿は見当たらない、しかしそこら中から気配を感じる。
これは隠れているつもりなのだろうか。あまりにもお粗末。害意は感じないが、これもハンター試験と何らかの関係があるのだろうか。
そんな疑問を持った瞬間、携帯が振動し始めた。
「―――ん?」
取り出して見ると、知らない番号だ。
はて……誰だろうか?
ゴンたちに断りを入れ、首をかしげながら通話ボタンを押す。
「もしもし」
『ぁ、アゼリアさんっすか? お久しぶりっす。スミスっす』
「おお、久しいな」
電話の主はスミスだった。
見るからに強面という風貌なのに人懐っこい男だ。
この数ヶ月会うことが無かったので、あの妙なギャップが懐かしい。
しかし、彼とは携帯の番号を交換していた筈だ。
何故携帯以外から電話をしてきたのだろうか。
そんな疑問を持つと、彼は声をひそめて言った。
『ところで、アゼリアさん……重要な話があるっす。今、傍に誰かいますか?』
「……ああ」
『それじゃあ、お願いするっす。誰にも聞かれることのないような場所に移動してください』
「―――ちょっと待て」
通話口を押さえて、こちらを訝しげに見る四人に向き直った。
「すまない、少し用事が出来た。先に行ってくれるか?」
「別にオレたちはここで待っててもいいよ?」
「いや、すぐに追いつく。一本杉に向かえばどうせ会えるのだから、構わずに先に行ってくれ」
「うん、わかった!」
ゴンたちの姿が道の向こうに消えていくのを確認して、私は道を引き返した。
そこら中からこちらを見やる視線や気配を感じる。港からずっと着けてくる受験生らしき気配も感じるし、誰にも聞かれそうにない場所というと港からの見晴らしのいい道くらいしか思いつかなかった。
急いで駆けもどり、周囲に人影が無いことを確認。電話に出た。
「待たせたな。一体、何があったんだ?」
『ええ……最近、アゼリアさんも駆り出されたと思うんすけど、標的が組の幹部だったことあるじゃないすか』
「ああ、あったな」
この半年ほどの間にあった任務の多くは、組の内部で不正をしたとされる幹部たちの粛清だ。
私も何件かその任務に駆り出された。
『その結果幹部たちのパワーバランスが大きく変わったらしくって、先日、ついに内紛勃発って感じになったらしいっす』
「ほう……組の上部がドロドロの関係というのは君から聞いていたが、そんなことになっていたとはな。だが……それが私に何の関係があるんだ?」
組の上部の意向なんて私には関係ない。
私は言われた任務をこなすしか出来ることがないのだから。
『えーっと、一方の派閥の実質的な筆頭がカーティスさんなんすよ。あの人が組の内部を塗り替えたようなものなんす。確かにここまでは雲の上の話なんで大して関係はないんすけど、それでカーティスさん、念能力者を何人か組にスカウトしたんすよ。そのうちの一人が、裏でも結構有名なヤバい奴なんす』
「……どんな奴だ?」
『プロハンターで、快楽殺人者っす』
「最悪の組み合わせだな」
よりによってそんな奴が、多くの場合殺人すら免罪されるプロハンターだなんて。
たちが悪いにも程がある。
『「首狩り公爵」って聞いたことないっすか? プロハンターだからってことでつけられた厭味らしいっすけど。殺しすぎるからって理由で前の仕事を干されそうになって、ムカついたからって理由で仲介人を殺してます。とにかくヤバい奴っす。周りの親しい人にも忠告しておいた方がいいっす。気を付けてください』
「ああ、わざわざありがとう」
『ただし……今の話が自分から出たってことは言わないでくださいっす。知られるとちょっと困るんで……それが何でかも追及しないでくれると助かるっす』
「判った。それでは切るぞ」
『りょーかいっす。それじゃ、また今度!』
ヤバい奴が来た、か。
ハルカには一応忠告しておこうか。彼女は危険にひょいひょい首を突っ込んでしまいそうな感じがするからな。
今の会話の内容を思い出す。
すぐさま必要な情報は特になかったため、私は頭の片隅にそれを置いて走り出した。
通話を終えて、スミスは自室のソファーに体を沈めた。
アゼリアに先ほどの忠告をしたのは、百パーセント善意での行動のつもりだ。自分は確かに、彼女の無事を願っている。
だが、そこに打算が入っていないと断言できるだろうか……?
そう考えると、自分の醜さを否定しきれなかった。
彼女の存在が必要ということは確かなのだから。
ひとまず、火急の危険を彼女が避けてくれればいい。
今はこれが伝えられる限界。
伝えたいことはまだまだある。教えたいことは山ほどある。
だが、今は出来ない。
本当ならば、先ほど教えたこともヤバいかもしれない。
それは自分が知っている筈がないことなのだから
下手な真似をするわけにはいかない。
耐えろ。
今は、まだ……
貧民街まで駆けもどり、一本杉目がけて突き進む。
相変わらずそこら中から気配を感じるが、気にしないことにした。こんな気配丸出しな連中に襲われるとも思えない。
先行する四人に追いつこうと、寂れた建物と建物の間を駆けていく。
すると、前方で道をふさぐように、一人の老婆とマスクを被った集団が現れた。
「ドキドキ―――」
駆ける。
「ドキドキ二択クイ……待たんしゃいっ!!」
「ちっ」
無視して駆け抜けようと思ったが、そうはいかないようだった。
仕方なく足を止め、老婆に向き直る。
「ご老人、私は急いでいるのだが?」
「だからと言って無視するでないっ! お前、ハンター試験受験生だろ? あの一本杉を目指しているなら、この町を抜けないと行けないよ。通りたければクイズに答えてもらおう。もしも間違えたなら、今年の試験は諦めるんだね」
「なるほど。つまりはこれも試験の選抜の一環ということか」
「そういうことさ。話が早いね」
ハンター試験というのは本当に変わっている。こんなところでクイズをさせるとは。
しかし、クイズか……正直、自信が全くない。
武器の名称とか、武術とか、尾行術とか、そう言った質問なら答えることが出来るが……
ああ、こんなことなら……以前ハルカに(無理やり)連れて行かれたゲームセンターにあったクイズゲームをやってみればよかった。クイズなんたらアカデミーといったか、あれは。
「① か②で答えること。あいまいな答えはすべて失格とするよ」
「判った」
さあこい、と身構える。
老婆は数秒の間をおき、その質問を口にした。
「妹と恋人が人質に取られた。一人を救えばもう一人は救えない。どちらを救う? ①妹 ②恋人」
「① だ」
〈後書き〉
計算通りってニヤリと笑う神とか、あんた嘘つきだねってカリカリ梅食べ続けるギャンブラーとか、ああいう話を作れる人に激しく憧れる。
心理戦と頭脳戦は表現力+知識+高度な論理的思考が無いと書けないなぁ……
今の自分にはどちらもない。せめて完結させる熱意だけは……!
それでは、次の更新の時に。