No.027『蟻喰い(1)』
「――という訳。全くもって興醒めも良い処よ」
本のフリーポケットに入れてあった最後の『同行』を使い、ユドウィの下に戻ったおさげの少女は不機嫌そうに事の顛末を愚痴を混ぜて説明する。
全てにおいて理想的な展開となったが、その反面、遊戯の面白味が欠片も無くなってしまった。
さながら戦略ゲーの中盤でラスボスの勢力を打ち滅ぼしてしまい、終盤まで消化試合になってしまった気分である。
除念の性能を試す為だけに、独占していた呪文カードと指定カードを全部失った?
――否、むしろ自主的な廃棄であり、あの時点でのカードの価値は、少女にとってほぼ零である。
97種類の指定ポケットカードを抱え、更には残り2種類も自力で入手してコージ組のゲイン待ち――指定ポケットの欄を全て『堅牢』で守護している彼女に、もはや数多のカードを抱える必要など欠片も無かった。
「つまり――コージ組に何かしら強い期待を抱いていたと、私の眼からはそう見えますが?」
言われてみて、確かにある種の期待を抱いていたと少女は認める。
彼等なら多少の実力差を覆してバサラ組に勝利するかもしれない。
それはまるで物語の主人公のように、知恵と戦略を振り絞り、運を味方にして――。
ルルスティを仕留められただけでも奇跡的な戦果だった。
しかし、奇跡は二度も起こらず、誤った選択で仲間を失い――殺すだけの価値も見い出せず、興味が完全に失せてしまった。
「……最後に立ち塞がるのが彼等なら力量に関わらず楽しめたのかな? 自己分析は得意じゃないんだけどねぇ……」
綺麗で美しかった宝石が、実は単なるガラス玉だったと幻滅したような気分。それが一番近い表現か。
あれこれ考えて「まぁどうでも良いか」と打ち切る。所詮グリードアイランドでの一幕は単なる余興に過ぎない。
その遊戯が退屈なものと化したのならば、限り有る時間を無為に消耗させるのは不本意である。
視線をユドウィに向ける。彼は察したように自身の本を開き、二枚のカードを少女に手渡した。
「コージ組の独占が崩れ、カード化した指定カード二種です。これで99種類コンプリート……!」
「残りはNo.000のみだね。それじゃちゃっちゃと始めるから避難した方が良いわよ」
これより起きる事は単なる虐殺、勝敗の決まった掃討戦に過ぎない。
そういう馬鹿とのじゃれ合いを防ぐ為に呪文カードを独占していたのだが、今となっては詮無き事である。
「では、御健闘を」
「……しかし、憂鬱だわぁ。最後の最後に雑魚プレイヤーの集団がラスボスなんて湿気ているわー」
願わくは100種類コンプリートした自分の前に立ち塞がらなければ良いが、最後の仕上げを邪魔立てされて無事に帰すほどの慈悲は持ち合わせていない。
二枚の指定カードを入れ、さくっと完成させる。
『プレイヤーの方々にお知らせです。たった今、あるプレイヤーが99種の指定ポケットカードを揃えました。それを記念しまして今から十分後にグリードアイランド内にいるプレイヤー全員参加のクイズ大会を開始致します』
大抵のカードを自力で手に入れ、『神眼』の効果さえある自分に勝てるプレイヤーなどとうにいない。
故に本番はクイズが終わった後、力尽くで奪いに来るプレイヤー達を力尽くで退場させる事で全てが終わる。
『問題は全部で100問! 指定ポケットカードに関する問題が出題されます。正解率の最も高かったプレイヤーに賞品としまして、No.000カード『支配者の祝福』が贈呈されます。皆様本を開いたままでお待ち下さい』
――『見敵必殺(サーチアンドデストロイ)』、少女の意識が完全に切り替わった。
『――最高点は、100点満点中73点。プレイヤー名、ジョン・ドゥ選手です!』
交渉を持ちかけようとした十組のプレイヤーを瞬く間に始末したおさげの少女は、ゴン達がいれば負けていたなと率直な感想を抱く。
何処からか飛んできた梟からSSランクで一枚限りのカード『支配者からの招待』を受け取り、即座にアイテム化して地図を開く。
「あ、しくじったなー。『漂流(ドリフト)』残しておけば良かった」
残念な事に移動系の呪文カードは一枚も残っていない。
魔法都市マサドラまで赴いて呪文カードを買い漁るか、有志のプレイヤーから奪い取るか――距離的に考えれば、走って向かう方が早く済みそうだ。
「……はぁ、やっぱり来るか」
独特な飛翔音が鳴り響き、次々と有象無象のプレイヤーが彼女の周辺に現れる。
数は十を超えた当たりから数えるの止める。どの道、皆殺すので数える意味が無い。
「お前が『ジョン・ドゥ』だな? 指定カードを全て渡して――かぺ」
下らない御託を述べていたプレイヤーの額に具現化した短剣を投げ飛ばし、一瞬で絶命させる。
ほぼ同時に脳天を穿たれた他七名のプレイヤーが倒れ崩れ、死体はグリードアイランドから早々に退場する。
「え?」
未だに状況を掴めていない馬鹿から先に、淡々と投擲して仕留めていく。
彼等は愚かにも、自分自身の意志で処刑場に足を踏み入れた事に全く気付いていないようだ。
(……はぁ、テンション下がるわぁ。何この雑魚)
大方、独占が崩れて再入荷した呪文カードを手に入れて調子に乗った新参者のプレイヤーだろう。
指定ポケットの欄全てに『堅牢』を使い、『聖騎士の首飾り』をしているのに関わらず、攻撃呪文カードを使って奪おうとする輩さえ何人か存在する。
おさげの少女はやる気を更に下げながら掃討していく。悲鳴は断末魔に変わり、途絶えた都度に現実世界に強制帰還していく。
何とも締まらない結末だった――そう、彼が現れるまでは。
多くのプレイヤーが逃げ惑う中、彼は一人だけ遅れて現れた。
錯乱して逃げ惑ったプレイヤーは脇目を振らずに走り、いきなり現れた彼にぶつかる。
――否、ぶつかる寸前にそのプレイヤーの頭部が男のデコピンで木っ端微塵に吹っ飛んだ。
(……え?)
それは古びた外套を纏った無精髭が目立つ精悍な男であり、唯一人だけ比類なき強大なオーラを纏っていた。
「よぉ、嬢ちゃん。悪いが指定ポケットのカード全部賭けて勝負しようぜ」
彼は外套を勢い良く脱ぎ捨てる。その豪腕は丸太の如く太く、鋼のような大腿部は少女の頭部ぐらいの厚みがある。
――極限をも超越した鍛錬の結晶が、彼女の目の前に立っていた。
「――!?」
おさげの少女は即座に全力での『練』でオーラを練り上げ、臨戦態勢を取らされる。
彼は「ほう」と感心したように声を上げ、即座に全力の『練』をもって返礼する。
「スゲェな。良くぞ此処まで鍛え上げたもんだ」
(……っっ、私と同格、いや、まさかの格上――!)
――彼が本当に人間なのか、疑いたくなる光景だった。
天高く立ち昇るほどの強大無比のオーラの総量は彼女の『練』と遜色無く、むしろその力強さは彼女をも遙かに上回っていた。
「お前は、何者――?」
初めて、このグリードアイランドにおいて常に挑戦者を受け入れて来た彼女が、初めて尋ねる。
彼は豪快に笑う。本命を前に得難き敵を与えてくれた神に感謝するかの如く。
「オレの名はギバラ。キメラアントハンターのギバラだ!」