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No.28467の一覧
[0] 【R15】コッペリアの電脳(第三章完結)[えた=なる](2013/04/17 06:42)
[1] 第一章プロローグ「ハンター試験」[えた=なる](2013/02/18 22:24)
[2] 第一話「マリオネットプログラム」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[3] 第二話「赤の光翼」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[4] 第三話「レオリオの野望」[えた=なる](2012/08/25 02:00)
[5] 第四話「外道!恩を仇で返す卑劣な仕打ち!ヒソカ来襲!」[えた=なる](2013/01/03 16:15)
[6] 第五話「裏切られるもの」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[7] 第六話「ヒソカ再び」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[8] 第七話「不合格の重さ」[えた=なる](2012/08/25 01:58)
[9] 第一章エピローグ「宴の後」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[10] 第二章プロローグ「ポルカドット・スライム」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[11] 第八話「ウルトラデラックスライフ」[えた=なる](2011/10/21 22:59)
[12] 第九話「迫り来る雨期」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[13] 第十話「逆十字の男」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[14] 第十一話「こめかみに、懐かしい銃弾」[えた=なる](2012/01/07 16:00)
[15] 第十二話「ハイパーカバディータイム」[えた=なる](2011/12/07 05:03)
[16] 第十三話「真紅の狼少年」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[17] 第十四話「コッペリアの電脳」[えた=なる](2011/11/28 22:02)
[18] 第十五話「忘れられなくなるように」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[19] 第十六話「Phantom Brigade」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[20] 第十七話「ブレット・オブ・ザミエル」[えた=なる](2013/03/20 00:13)
[22] 第十八話「雨の日のスイシーダ」[えた=なる](2012/10/09 00:36)
[23] 第十九話「雨を染める血」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[24] 第二十話「無駄ではなかった」[えた=なる](2012/10/07 23:17)
[25] 第二十一話「初恋×初恋」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[26] 第二十二話「ラストバトル・ハイ」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[27] 第二章エピローグ「恵みの雨に濡れながら」[えた=なる](2012/03/21 07:31)
[28] 幕間の壱「それぞれの八月」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[29] 第三章プロローグ「闇の中のヨークシン」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[30] 第二十三話「アルベルト・レジーナを殺した男」[えた=なる](2012/07/16 16:35)
[31] 第二十四話「覚めない悪夢」[えた=なる](2012/10/07 23:19)
[32] 第二十五話「ゴンの友人」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[33] 第二十六話「蜘蛛という名の墓標」[えた=なる](2012/10/07 23:21)
[34] 第二十七話「スカイドライブ 忍ばざる者」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[35] 第二十八話「まだ、心の臓が潰えただけ」[えた=なる](2012/10/17 19:23)
[36] 第二十九話「伏して牙を研ぐ狼たち」[えた=なる](2012/12/13 20:10)
[37] 第三十話「彼と彼女の未来の分岐」[えた=なる](2012/11/26 23:43)
[38] 第三十一話「相思狂愛」[えた=なる](2012/12/13 20:11)
[39] 第三十二話「鏡写しの摩天楼」[えた=なる](2012/12/21 23:02)
[40] 第三十三話「終わってしまった舞台の中で」[えた=なる](2012/12/22 23:28)
[41] 第三十四話「世界で彼だけが言える台詞」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[42] 第三十五話「左手にぬくもり」[えた=なる](2012/12/29 06:31)
[43] 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」[えた=なる](2012/12/29 06:34)
[44] 第三十七話「水没する記憶」[えた=なる](2013/01/04 20:38)
[45] 第三十八話「大丈夫だよ、と彼は言った」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[46] 第三十九話「仲間がいれば死もまた楽し」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[47] 第四十話「奇術師、戦いに散る」[えた=なる](2013/04/12 01:33)
[48] 第四十一話「ヒューマニズムプログラム」[えた=なる](2013/04/17 06:41)
[49] 第三章エピローグ「狩人の心得」[えた=なる](2013/04/18 22:25)
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[28467] 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」
Name: えた=なる◆9ae768d3 ID:8650fcb0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/29 06:34
 音もなく光もなく闇もない、時の流れの止まった世界で、ビッグバンインパクトが振り下ろされる。かわすことは不可能で、投げ飛ばすことは論外だった。ただ、殴るという動作を極めたが故に、肉体を極限まで鍛え上げたが故に、ウボォーギンの動きの芯は、アルベルトがずらせるような領域にはない。彼は完成されていた。誇張なく強化系を極めていた。

 だから、前へ跳んだ。

 アルベルトはウボォーギンへ向かって跳躍する。左手にポンズを抱えたまま、迫り来る暴力へ自ら走る。万物がスローに見える一豪の狭間に、二人の視線が交錯した。破壊の拳が地面に触れた。

 水滴が落ちて、星に波紋が広がった。

 無色の衝撃が天空を揺るがし、無音の薄膜が万象を潰して拡大していく。極彩の閃光が遅れて生まれ、物質が微粒子に回帰していく。これは既に、爆発という名の現象ではない。世界の片隅を塗り替える、創世に連なる御技であった。

 何よりも豪放。誰よりも一途。故に、至強。ウボォーギンの暴力は、局所的ながら人類の英知を凌駕する。将来は、原子核の崩壊さえをもいざなうだろう。

 その衝撃に、アルベルトは乗った。

 彼の体術は何よりも優しい。左手の彼女を傷つけぬように、そっと静かに足を踏み出す。それでよかった。それだけでよかった。届かない望みはもう捨てた。

 誰よりもヒトという種に憧れるが故に、彼は、ありのままを愛することを決めたのだ。

 駆け引きは刹那。だが、悠久の時が流れたかもしれない。アルベルトは逃げるために跳んだのではなかった。相手を正面から殺すために、己の全てを込めるために、間合いの格差を逆に利用し、懐に一撃を入れるために、右の拳に、乗っていた。

 残されたオーラを右足に集める。纏も絶もできないため、アルベルトに硬は可能ではない。かすか数寸の間隙を開け、彼は衝撃波に着地した。拳に直接触れれば体は砕ける。遠ければ脚は支えきれない。絶妙を見切ったのは慧眼ではなく、完全に偶然の産物であった。神のサイコロに全霊をゆだね、希少な最良を勝ち取った。無謀だが、躊躇の可能な敵ではなかった。

 背中を押す風がアルベルトを運ぶ。纏のない体が苛まれる。衝撃波を蹴って彼は跳び、限界を超える速さで体軸を回した。筋肉がねじれ、骨の軋みが脊髄に至る。全て、些事であった。ポンズの体を両腕で抱いて、ウボォーギンの顔面を狙って、アルベルトは、閃光の如き蹴りを穿った。ビッグバンインパクト、硬で生まれたオーラの致命的な空白地帯を、おぼろげな凝が完全に捉えた。稀なる巨躯が激しく震えた。

 夜のしじまに風が吹く。

 ウボォーギンの額から、一筋の血が流れ落ちた。ただ、それだけだった。

 オーラもなく、純粋な肉体の強度だけで、とっさに放ったただの頭突きで、アルベルトの渾身は相殺された。二人の体が弾かれる。ウボォーギンはわずかに後退し、アルベルトは地面を削って着地した。

 沈黙が続いた。周りからは、しわぶき一つ上がらない。アルベルトは視線だけを感じていた。そしてやがて、大男が豪快に吼えて笑い出した。いくつかの羨ましそうな舌打ちが聞こえる。

 アルベルトも感銘を受けていた。ウボォーギンの実力は聞かされており、離れた場所からは目にもしたが、このように至近で味わうのは、これが初めてだったのである。人間とは、ここまで鍛えられる生き物なのかと、彼は巨匠の絵画を味わうかのように、眼前の巨人を仰ぎ見ていた。

 だが、足りない。戦闘と呼べるだけの攻防は成った。だが、勝ちきり、その命の炎を掻き消すまでには、アルベルトの力は微細すぎた。ならば、とアルベルトは策を練る。

 背後の気配を密かに探った。今しがた、彼らが飛び降りた蜘蛛の仮宿。そこまでの距離を肌で計った。内部に未だ競売品があったとしたら、あの場所ならウボォーギンは本気を出せない。自身のあまりの火力が故に。しかし、アルベルトは舞台を移すという考えを打ち消した。

 クロロは本を具現化してなく、梟の能力は使用してない。キャロルが無警戒だったことからも、マチの帰還は直前だろう。しかし、たとえお宝があったとしても、あそこで戦うのはデメリットしかなかった。絶でさえダメージが通らなかったのだ。攻撃に振り向けるオーラをウボォーギンの守りに回されては、勝てる道筋は完全に消える。つまり、アルベルトがすべきは間逆である。前に進み、より多くの攻撃を相手に打たせ、死線の狭間を掻い潜り、身命をかけて挑むしかなかった。この程度の死力では足りないのなら、さらに冥府へと踏み込んで、魂を燃やし尽くす必要があった。

 お互いに再び見詰め合う。針先のような緊張が生まれ、いつ再開しても不思議ではなかった。

「少し、長い戦いになるかもしれない」

 ポンズの体を抱きなおし、首もとで彼は囁いた。かすかだが、頷きの動作が感知できた。何千何万でも打ち込もうと、友人を抱えて心に決めた。他の団員のことは今はいい。この、最も安定した絶大な脅威を、最も迅速に倒したかった。それだけが生存への希望であった。

 その時、その気配は空より現れた。

 最初に気付いたのはアルベルトだった。かすかに遅れてクロロが続き、大声で何かを怒鳴り上げる。内容を把握するよりも迅速に、全ての団員が反応した。弾丸以上の速度で飛来する、超高速の飛翔体。それは地面に着弾し、水柱のように土煙が上がった。次々と、爆撃さながらに打ち込まれる。それはくろがねの矢であった。なんでもない、どこにでもあるような鉄骨だった。何棟も廃墟が続けざまに砕け、砂城のように崩れていく。常識外の威力であった。見覚えのあるオーラを纏っているが、ただ周で強化しただけでこのような破壊は不可能である。対象を貫かず弾かれず、両者は合体して粉塵と化した。オーラの粘着性を利用した、運動エネルギーの無駄のない移動。

 ヒソカ。誰もがその名を浮かべた時、異形の奇術師が飛来した。弾丸に貼り付けたバンジーガムを収縮し、自らをこの場に飛ばしたのだ。着地と同時に彼は笑い、お待たせ、と唇だけで呟いた。

「全員でいい! ヒソカを殺せ!」

 マチを傍らにクロロが下令し、右手に盗賊の極意を具現化する。あらゆる団員が命令に従う。柄を握り、右腕を回し、グローブを外し、両の手の平にオーラをこめ、アンテナを取り出し、あるいは両手の指で照準した。しかしヒソカは、そんな行動を嘲笑うように、これ見よがしに右腕を掲げた。そこには、一際太いガムが未だに空に向かって伸びている。

「お・み・や・げ♣」

 両足をオーラで地面に貼り付け、野球選手の投球のように、全身の力で右腕を振りぬく。直後、巨大なタンクローリーが着弾した。闇が紅蓮に燃え上がった。その頃にはもう、アルベルト達はヒソカの肩に担がれていた。

 ところが、炎の海をものともせずに、ヒソカに突撃する巨体があった。ウボォーギンである。最も近い場所にいた彼は、尽くの些事に気を払わず、一心に奇術師へ走ったのだ。

 ビッグバンインパクトがヒソカに迫る。奇術師は最後に伸びる一本のガムを発動させる。もしそれが収縮したならば、彼らはヨークシン市街まで飛び去るだろう。それでも、巨大な拳はあまりに早く的確で、離脱は紙一重で間に合わない。

 ウボォーギンの踏み込みが大地を揺るがす。その時、大男の背後を忍者がよぎった。空中を駆け抜ける黒衣であった。アキレス腱が切り裂かれ、ウボォーギンがわずかに揺らいだ。至極微細な狙いのずれは、ヒソカの体捌きの前では充分だった。

「フランクリン!」

 命じながらクロロもページをめくる。左腕のオーラが光龍に変化し、密度のあまりに紫電が生じた。念弾が逃走者たちへ掃射され、老練を極めた念の飛龍が、幾千もに分裂して降り注いだ。

 豪雨が地面を耕す中、ふたつの影が飛翔していった。



 ポンズの姿を一目見たとき、ポックルの涙腺は決壊した。嫌な予感はしていたのだ。窓から病室に乱入したハンゾーによって、有無を言わさず連れ去られた時から。ヨークシンの夜空を駆けながら、終始無言だった彼を見ながら。

「畜生! ちくしょうっ……!」

 嗚咽を洩らしながら抱きしめる。手足を失った彼女の体を。もう、ポンズには命が残っていない。それぐらい、いくらなんでも瞬時に分かった。顔の半分は布が覆い、体はシーツで包まれている。頬には化粧が施してあって、辛うじて体裁を保っていた。それでも、例えオーラを見なくても、ポックルに理解できないはずがなかった。

 ポンズの唇が小さく動く。ポックルは遮二無二頷いた。ゴンが拳を握り締めて、キルアが隣で呆然としてる。ハンゾーは無表情を深くして、レオリオは涙を流して震えていた。

 あとどれくらい、ポンズの時間はあるのだろう。

 ポックルは鮮明に憶えていた。初めて出会ったハンター試験で、トンパの罠に振り回され、わたわたと混乱していた一人の少女を。全身に薬品をこれ見よがしに装備して、据わった目で再び挑んだ翌年の彼女を。試験場が森林だったときだけは、妙に頼もしくなるライバルを。

 今年の打ち上げの開始直後、ゴンの首を絞めた大人気ない女性を。天空闘技場の一階で、一人だけ二十階を宣言されて落ち込む彼女を。夜毎、ばれてないつもりでこっそりと、秘密の特訓に抜け出る友人の姿を。

 念という異能の存在を知って、わくわくと燃えた二つの瞳を。練の感覚がどうしてもつかめず、二人して悩んだあの日の午後を。

 なにもかも、もうすぐ、二度と見ることができなくなる。彼女の笑顔も、泣き顔も。どれほど運命を恨んでも、絶対に覆らない不可逆の定め。それが、人の死という現象だから。

 最後に、二人っきりにしてほしいと、ポックルは仲間達に願いを伝えた。誰一人、何一つとして口にせず、静かに扉が閉められた。



 ゴン達が使っていた一室の隣、レオリオが予約した部屋の扉に、ヒソカは一人で寄りかかっていた。

「お友達の所はもういいのかい?」

 くつくつと笑いながらヒソカは言う。目の前の人物は肯定した。ああ、と続けて彼は話す。

「ポンズはもう、できる限りのことは全部した。しちまった。あそこから先は、医者志望のオレが出る幕じゃない」

 持参した医療カバンを持ち上げて、レオリオは真剣な瞳でヒソカを見つめた。そして、穏やかな口調で続きを言った。

「クラピカの解毒はもう済んだ。あとはここだけなんだ。どいてくれ。今のオレは、自分でも何をするかわからねぇ」

 ヒソカは目を細めて喉奥で笑った。怖い怖いと楽しげに笑った。

「いい目だ♠ いいよ、通りな。でも、驚くなよ♦」

 大声を出したら殺すから、とヒソカは濁った眼光で釘を刺す。レオリオはそれに頷いて、ヒソカの開けた扉から入った。彼も覚悟をしていたのだろうが、最初の一歩目でたたらを踏んだ。叫びは、辛うじてだが飲み込んだ。

 室内はひたすら赤かった。真夏のように暑かった。赤色の翼が輝いている。五枚十枚という単位ではない。エリスの背中から何対も、歪な翼が生えていた。そして、両腕。そこからは無数の翼が生え、生えては砕け、生命力の粒子となって消えていく。エリスの腕はひび割れていた。亀裂から赤い肉が垣間見え、瞬間的に治癒しては次が裂ける。明らかに、尋常に用いられている念ではない。

 寝台の上にアルベルトがいた。寝顔は生気が欠片もなく、赤く照らされながらも蒼白だった。エリスはひたすら、彼に微弱な赤光を注いでいる。

「あの翼に触れちゃダメだよ♠」

 ヒソカはレオリオの耳元で説明した。簡単に、彼が把握してるだけの概要を。エリスの能力の一端である、赤の光翼の性質を。それは、具現化した光に生命力を付与し、光子の交換を介して行なう強制授与。害意あるオーラを相手に送り、地を這うあまねく者たちに、等しく救いを与える殲滅の極光。

 だが、ごく微細な量を維持できれば、害意が閾値を越えなければ、純然たる癒しの光にもなるのである。だからこそ今も、体外からの供給により、エリスはアルベルトを救おうとしている。かつて二次試験会場前の木陰でも、彼女は同様の行為をアルベルトにした。あのときはまだ、能力はここまで先鋭化してはいなかったが。

 限界を超えた能力の制御が、エリスの体を苛んでいる。ぎりぎりを見極め、繊細すぎる調節を行ない、供給量の限界に挑戦しようと集中している。細い指の先がはじけて砕け、そこからも翼が生えてきた。それでも、やがて翼は枯れて傷口は治る。ほんの些細な阻害だけで、彼女の試みは終わるだろう。それでもエリスは瞬きもせず、鬼気迫る顔でアルベルトを一心不乱に見つめていた。

 レオリオは唾を飲み込んで、恐る恐るだが踏み込んだ。慎重に彼女の視界に入り、驚かせないように存在を告げる。エリスと目が合い、彼は頼もしく見えるように頷いた。

「おっと、キミはダメだよ♥」

 ヒソカは扉を閉めながらそう言った。暗い瞳で、幽鬼のように立っていたのは、キャップをかぶったビリーであった。

「どうしてもかしら」
「もちろん♦」
「お願いよ。今しかないの。今しか、あの人を殺せそうなのは」

 ダメダメとヒソカは彼女を阻む。あまり煩いと殺すと言ったが、少女は道化師を虚ろに見上げて、奈落の底のような瞳でじっと見つめた。そして、彼女は踵を返して歩き出した。

「どこへ行くんだい?」

 ビリーは夢遊病のように去っていく。ふらつく彼女の後姿に、ヒソカは興味本位で問い掛けた。彼女に食指は動かなかったが、ゴンが友情を感じていることぐらいは知っていた。

「……街へ。今夜は、雨が降るって予報だから。ああ、それと一つ」

 立ち止まり、肩越しに見つめて彼女は言った。

「あの子たちに、私が感謝してたって伝えてくださる? 友達になってくれて、ありがとうって」
「気が向いたらね♠」

 再び扉に寄りかかり、気のない返事をヒソカは返した。実際のところ、憶えておくつもりは全くなかった。あまりに表情に出すぎたのか、ビリーはクスリと暗く笑った。

「使えない人ね」
「よく言われるよ♦」

 ホテルの廊下で、奇術師は一人佇んでいた。



「悔しいか?」

 夜景の瞬く屋上で、ハンゾーはポックルに問い掛けた。長めの髪の毛が夜風になびき、頬をくすぐって揺れていた。彼はやや乾いた表情で、そうかもな、と呟いた。

「まだ、実感が湧かないだけかもしれないけどな」

 ハンゾーは腕を組みながら、背の低い青年を見下ろしている。ポックルは手すりに寄りかかり、まぶたを伏せてぽつぽつと言った。彼の肩には蜂がいた。オーラでできた一匹の蜂。その死者の念は弱々しく、もうすぐ消えそうな光だった。

「わかってるんだ。やがて忘れて思い出に変わる。たったそれだけのことだって」

 暗い夜はまだ明けない。日の出までまだ一時間はたっぷりとあった。ポックルにそよぐ秋風は肌寒く、夏の温度は残ってなかった。

 別段、ポンズとは特別な関係だったわけではない。人の死も幾度も経験していた。世の中に理不尽な死はありふれていて、彼女もそのうちの一つでしかない。今回の一件で身にしみた。一時の衝動で敵対するには、旅団は強大すぎる存在である、と。並みのプロハンターなど歯牙にもかけない、世界最強の盗賊団。

「だけど、今はまだ、思い出に変わっちゃいないんだ」

 それでも、まぶたを明けてポックルは言った。乾いていた表情はどこにもなく、瞳は激情に燃えている。性格でないのは知っていた。似合わない行為なのもわかっている。だが、ここで尻尾を巻いて逃げたなら、後できっと許せなくなる。他の何でもなく、それを選択した自分こそを。

「付き合うぜ。命をかける気はねぇが、オレもあいつらにゃ、ちょいとばかしキレそうだったとこだ」

 親指で自分を指差して、傍らの忍者が明るく告げた。舐められっぱなしは気に食わなかった。殲滅などはできなくても、自分たちの意地を見せてやりたい。後悔はやらかした後ですればいい。その思いで、男たち二人はニヤリと笑った。

 そうと決まれば話は早い。他の奴らには秘密でいいと、彼らは準備も手早く抜け出した。



 早朝、朝日が街並みを橙色に照らし、長い影法師を与えた時分、キルアはホテルの出口でゴンを見つけた。

「よっ、何してんだ」
「あっ、キルア。待ってたんだ」

 待ち合わせなどしてないというのに、ゴンはそれが当然というような口ぶりだった。キルアは少し嬉しくなって、笑みを隠しながら彼に言った。

「行こうぜ」
「うん」

 少年たちは駆け出していく。大人には内緒で街並みの中へ。例え危険だと分かっていても、やりたい事をするために。他の理由は必要なかった。旅団の強さは理解していたが、対抗する手がかりはなくはなかった。新しく知り合った少女より、ヒントとなる概念を教わっていたのだ。

「ねえ、そういえばビリーがいなかったよ」
「んだなー」

 駆け抜けながら彼らは話した。垣根を越え、屋根を跳び、道ならぬ道を走っていく。ビルからビルの屋上へ、飛び移りながらキルアは楽観的な答えをゴンに返した。

「でもそのうち見つかるだろ。アイツかなりすっとろいし」

 楽勝楽勝とキルアは言って、ゴンは苦笑しながらも否定しない。若いオーラが踊っている。そして、彼らは朝焼けの中へ駆けていった。



「もういいのかい?」

 レオリオが扉を開けたとき、ヒソカは廊下でトランプを投げて遊んでいた。孤独だが妙に楽しそうだ。レオリオは深く追求することもなく、一言、手は尽くしたとだけ告げて去った。

 ホテルの廊下をレオリオは急ぐ。目指す場所は決まっていた。否、正確には目指すべき人物であるのだが。

「どこ行こうってんだ、お前は」

 午前の街中、観光客でごった返す表通りに彼はいた。鮮やかな金色の美しい髪に、青い民族衣装が人目に止まる。後ろから声をかけられて、特徴的な背中がぴくりと止まった。

「今更一人じゃ行かせらんねーぞ、なぁ」
「お前には関係のないことだよ、レオリオ」

 振り向きもせず、再び歩きだそうとするクラピカを、レオリオはぽかりと殴って止めた。困惑した顔が振り返るが、レオリオは気にせず隣に並んだ。そして、有無を言わせず歩き出した。

「おい、どういうつもりだ」
「どうもこうもねぇよ。誇り高いのも結構だが、少しは周りを頼れってんだ、ったく」

 両手をポケットに突っ込んで、スーツの男は歩いていく。その背中をしばし見つめてから、クラピカは仕方あるまいと溜め息をついた。足音が二つ、並んで響いた。

「お前には借りがあるからな。解毒と、それに」
「それに、なんかあったか?」
「聞こえていたよ、ありがとう」

 不意打ちにレオリオはたじろいだ。うっと息を呑んでそっぽを向く。そんな長身の友人を眺めてから、クラピカは不快ではなさそうに目を伏せた。

「今回は私も思い知った。自分だけで切り開こうとする無茶な行為が、周りをどれだけヤキモキさせるかを」
「アルベルトの奴か?」
「エリスから何か聞いたのか?」
「それどころの話じゃなかったがよ、あれを見りゃ馬鹿でも推測はつくぜ」
「そうか。そうだろうな」

 しばらく二人は無言だった。昨晩は、色々なことがありすぎた。湧き上がる感情を噛み締めるには、しばしの時間が必要だった。

「……で、どうするつもりだ」
「まずは奴らの現状を把握しなければな。居場所と人数は最低限だ」
「あてはあるのか?」
「なくはない」

 言いつつ、彼は親指で路地を指す。レオリオも付き従ってそちらへ曲がれば、一匹の中型犬が近づいてきた。野良犬にしては匂いがなく、毛並みはブラッシングされて肉付きもよいい。犬は、彼らを案内するように歩き出した。

 路地を縫うように抜けていく。曲がり、進み、しばらく行くと、小さな広場に差し掛かった。そこには二人の人物がいた。何匹もの犬を従えた男性と、帽子をかぶった、小柄で柔らかい雰囲気の女性。クラピカは彼らに手を上げて、いくつかをさっそく確認しだした。

 なんだ、ちゃんと仲間がいたんじゃないかと、レオリオは友人を穏やかに見下ろしていた。しかし、いや、と考え直した。無用な心配だったかもしれない、と。エリスとも組んでいたようだし、宿にも、何も告げずに出てきてしまったが、あんなにも沢山の友人がいる。同胞を失ってしまった青年に、これ以上の孤独は似合わないとレオリオは思った。



「迷惑をかけたね。ヒソカ」
「なんだか一皮剥けたじゃないか。ますます♠ 美味しそうになった♥」

 舌なめずりをしてヒソカが言い、アルベルトはそんな彼を微笑ましく見つめた。陽は高く、時刻は正午をだいぶ回っている。アルベルトの頬には赤みが差し、オーラもやや少なくはあるが噴出していた。体の動きもずっと軽い。

「じゃ、行ってくるよ、エリス」

 ベッドで眠る最愛の女性に、彼は優しく声を掛けた。

「この場所に置いといて良いのかい?」
「どの道、終わってしまえば一緒なんだ。郊外の荒野に寝かせても、その程度の距離は誤差にしかならない。だったら、少しでも落ち着ける方がいい。君に取ってきてもらった卵の化石も、枕元にちゃんと置いてあるしね」

 エリスの額を撫でながら彼は語る。彼女の寝顔は穏やかだったが、いつ容態が急変するか、それは誰にも分からなかった。アルベルトの体調こそ回復したが、事態は好転してなかった。

「ほかのみんなは?」
「さあ。ボクは見てないけど♣」
「そっか。でも、それはかえって都合がいい。さ、見つかる前にここを出よう」

 アルベルトの台詞に、奇術師は忍び笑いを洩らし始めた。邪気はない。単純に面白いことがあったかのような笑い方は、ひどく少年じみて彼には見えた。

「どうした?」
「なんでもないよ♦ ただ、キミらは仲がいいねって思ってね♠」

 アルベルトは首を傾げるが、ヒソカが理由を明かすことはついぞなかった。



次回 第三十七話「水没する記憶」


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