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No.28467の一覧
[0] 【R15】コッペリアの電脳(第三章完結)[えた=なる](2013/04/17 06:42)
[1] 第一章プロローグ「ハンター試験」[えた=なる](2013/02/18 22:24)
[2] 第一話「マリオネットプログラム」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[3] 第二話「赤の光翼」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[4] 第三話「レオリオの野望」[えた=なる](2012/08/25 02:00)
[5] 第四話「外道!恩を仇で返す卑劣な仕打ち!ヒソカ来襲!」[えた=なる](2013/01/03 16:15)
[6] 第五話「裏切られるもの」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[7] 第六話「ヒソカ再び」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[8] 第七話「不合格の重さ」[えた=なる](2012/08/25 01:58)
[9] 第一章エピローグ「宴の後」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[10] 第二章プロローグ「ポルカドット・スライム」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[11] 第八話「ウルトラデラックスライフ」[えた=なる](2011/10/21 22:59)
[12] 第九話「迫り来る雨期」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[13] 第十話「逆十字の男」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[14] 第十一話「こめかみに、懐かしい銃弾」[えた=なる](2012/01/07 16:00)
[15] 第十二話「ハイパーカバディータイム」[えた=なる](2011/12/07 05:03)
[16] 第十三話「真紅の狼少年」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[17] 第十四話「コッペリアの電脳」[えた=なる](2011/11/28 22:02)
[18] 第十五話「忘れられなくなるように」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[19] 第十六話「Phantom Brigade」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[20] 第十七話「ブレット・オブ・ザミエル」[えた=なる](2013/03/20 00:13)
[22] 第十八話「雨の日のスイシーダ」[えた=なる](2012/10/09 00:36)
[23] 第十九話「雨を染める血」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[24] 第二十話「無駄ではなかった」[えた=なる](2012/10/07 23:17)
[25] 第二十一話「初恋×初恋」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[26] 第二十二話「ラストバトル・ハイ」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[27] 第二章エピローグ「恵みの雨に濡れながら」[えた=なる](2012/03/21 07:31)
[28] 幕間の壱「それぞれの八月」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[29] 第三章プロローグ「闇の中のヨークシン」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[30] 第二十三話「アルベルト・レジーナを殺した男」[えた=なる](2012/07/16 16:35)
[31] 第二十四話「覚めない悪夢」[えた=なる](2012/10/07 23:19)
[32] 第二十五話「ゴンの友人」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[33] 第二十六話「蜘蛛という名の墓標」[えた=なる](2012/10/07 23:21)
[34] 第二十七話「スカイドライブ 忍ばざる者」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[35] 第二十八話「まだ、心の臓が潰えただけ」[えた=なる](2012/10/17 19:23)
[36] 第二十九話「伏して牙を研ぐ狼たち」[えた=なる](2012/12/13 20:10)
[37] 第三十話「彼と彼女の未来の分岐」[えた=なる](2012/11/26 23:43)
[38] 第三十一話「相思狂愛」[えた=なる](2012/12/13 20:11)
[39] 第三十二話「鏡写しの摩天楼」[えた=なる](2012/12/21 23:02)
[40] 第三十三話「終わってしまった舞台の中で」[えた=なる](2012/12/22 23:28)
[41] 第三十四話「世界で彼だけが言える台詞」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[42] 第三十五話「左手にぬくもり」[えた=なる](2012/12/29 06:31)
[43] 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」[えた=なる](2012/12/29 06:34)
[44] 第三十七話「水没する記憶」[えた=なる](2013/01/04 20:38)
[45] 第三十八話「大丈夫だよ、と彼は言った」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[46] 第三十九話「仲間がいれば死もまた楽し」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[47] 第四十話「奇術師、戦いに散る」[えた=なる](2013/04/12 01:33)
[48] 第四十一話「ヒューマニズムプログラム」[えた=なる](2013/04/17 06:41)
[49] 第三章エピローグ「狩人の心得」[えた=なる](2013/04/18 22:25)
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[28467] 第三十五話「左手にぬくもり」
Name: えた=なる◆9ae768d3 ID:8650fcb0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/29 06:31
 暗闇の中、アルベルトはひっそりと耐えていた。命より大切なものを取り返す為に。彼女の笑顔をもう一度この目で見る為に。拳に頼る事はできなかった。情報を司る事もできなかった。それでも、儚い望みに賭けようと、彼はじっと待っていた。



 大通りに面したひなびたビルの屋上で、アルベルトは息を殺してひそんでいた。ファントム・ブラックで全身を包み、夜の片隅にまぎれていた。翡翠の首飾りは外しており、離れた場所に隠してある。服は、似た体型のマフィアの遺体が着ていたスーツを、適当に奪って着込んでいた。変装など気休めにすぎなかったが、やらないよりはマシだった。

 狙撃銃のスコープで地上を望む。遠方に悠々と歩く一団がいた。談笑しながら近づいてくるのは、クロロと、つきそう八人の団員だった。ウボォーギンとノブナガ。シャルナークにフランクリン。フィンクス、ボノレノフ、コルトピ、ヒソカ。彼らの顔はみな明るく、充実した達成感に彩られていた。盗みが成功裏に終わったことの証左であった。

 先頭を歩く男がいる、髪を下ろして額を隠し、黒い背広を着こなしている。右手に黒い装丁が為された書籍を持ち、後ろで語られる仲間達の雑談に笑みを浮かべ、時折は唇を動かし参加している様子の人物。彼こそ、アルベルトがどうしても殺したいと欲する、クロロ=ルシルフル、その人であった。そのためにヒソカと手を組んで、今もこうして観測している。

 今ならば奇襲は成立する。ほぼ、確実に。推定一秒、彼らに隙をもたらす手段が手元に存在しているためである。しかし、クロロの殺害まではできるだろうか。アルベルトは一度目を閉じて、はやる心を抑えようと、深呼吸を幾度か繰り返した。自分に有利な結論を出したがる頭を叱咤して、一つ一つの要素を検討していく。

 ……不可能だ。そう断じざるを得なかった。一秒。それだけの間隙があったなら、ヒソカなら団員を二人は殺せるかもしれない。だが、あの場所には彼を除いて七人もいる。仮にアルベルトが囮になり、奇跡的に半分も釣れたと想定しても、クロロを守る団員は三人もいた。

 ヒソカなら、一秒あれば拉致もできよう。が、一秒後のクロロは間違いなく、持てる全力で抵抗する。決闘寸前までおとなしくさせるような手段がないならば、追って来る団員に殺されるだけだ。

 ここから狙撃しても致命傷にはなるまい。先ほどまで無手だったアルベルトには、マフィアから奪ったライフル程度しか武器がない。重機関銃でもあれば別だったろうが、これでは、彼らの興味を引くのが精一杯の威力であった。そしてウボォーギンがいるからには、たとえ重症を負わせても、即死でない限り二発目はない。彼の鋼鉄の肉体は、いざという時、団長を守る城壁となる。

 最悪、ここで奇襲を強行すれば、ヒソカが敵に回る恐れすらあった。彼の目的がクロロとの決闘である以上、アルベルトがそれを邪魔したなら、排除に躊躇はないだろうから。

 どう考えても、多すぎるのだ。クロロに従う団員の数が。何かの都合で、分かれて仮宿へ帰ってくれる可能性にすがって待ち伏せを行なってみたものの、結果はこのようなありさまだった。そもそも、マチとシズクが消えた時点で、彼らの警戒が上がるのは必然だったが。

 だがそれでも、アルベルトは今夜に賭けてみたかったのだ。理由は至極単純で、一番期待値の高いチャンスには、彼の余命が間に合いがたい。たった一度の切り札だったが、焦りを隠せずにはいられなかった。

 それでも。

 中止しよう。アルベルトは拳を強く握り締めて、泣きそうな思いで決断した。携帯電話を取り出して、ヒソカに、定められた回数をコールする。スコープで拡大された奇術師は、誰かと談笑を交わしながら、自然な流れで頷いた。

 崩れ落ちるように姿勢を崩した。窒息寸前の魚のように、荒く深く呼吸する。ヒソカの楽しみの成否はともかく、アルベルトが能力を取り戻すには、時間が絶望的に足りなかった。



 目覚めた時、ポンズは指の一本も動かせなかった。眼球は錆び付いたように反応が鈍く、唇も顎もおぞましく重い。首から下は絶望だった。感覚はあっても、微動だにしない。

 部屋は暗く、恐らくは蝋燭の明かりだろう、天井はオレンジ色に照らされている。埃の匂いが色濃く漂い、内装は灰色に汚れていた。どこからか、湿った音が聞こえてくる。

 ポンズは裸に剥かれていた。仰向けに寝かされているようで、自身の体は見えなかったが、背には直接シーツが当たり、前面は空気が撫でている。乱暴された形跡こそはなかったが、これからを考えると吐き気がした。

「お目覚め?」

 優しい声に背が震えた。ひょっこりと、場違いなほどの無邪気さで、キャロルが視界に現れた。水音の正体は彼女だろう。ポンズを覗き込んで微笑みながら、ハンカチで口の周りを拭いている。ポンズは何か言おうとしたが、気だるさに阻まれて不可能だった。

「あ、ちょっと待っててね。今、体を起こしてあげるから」

 言って、キャロルはポンズの背中に片手を差し込み、介護するように上体を起こした。やはり裸だ。下着も靴も靴下も、何一つとして残っていない。だらんとした手足がだらしなく開いて、力なくシーツに伸びていた。

 部屋は廃墟も同然だった。ガラクタが埃をかぶって散乱し、無数の蝋燭が灯されている。他の人間の姿はない。穴のように開いた窓の外には灯火がなく、永遠の水面の如きだけ闇があった。どこからか血肉の悪臭が流れてくる。赤いドレスの少女とは、ミスマッチすぎて猟奇的に思えた。

 キャロルはクッションをいくつも取り出しては、ポンズが寄りかかれるように置いていく。うきうきと楽しみながらの甲斐甲斐しさには、相手への配慮は存在しない。ままごとに使われる人形の気分で、ポンズは己の境遇を見つめていた。やがて、作業を一通り終えてから、キャロルは再びなにかをしゃぶった。いや、食べていた。食事の正体を見極めた時、ポンズの魂はぞっと凍えた。

 ピンク色の厚手の布地。森林でも手足を保護する長い袖。見間違えるはずがなかったのだ。それが、他ならぬ自分の服だということを。

 キャロルは布地をよく眺め、触り、嗅ぎ、耳元で動かしては聞いている。そして最後に齧り取り、繊維の味、下触り、香りや喉越しに至るまで、無心に頬張りながら堪能していた。見れば、ドレスに包まれたキャロルの腹部は、ぽっこりと膨らみ始めていた。

 食べていく。衣服で遊びながら食べていく。しわを伸ばすように撫で広げ、表面を舌で舐めて遊んだ。裏地を嗅いで、こすれあう音を鑑賞した。それから、食べた。妊婦のように、内臓が破壊されそうなほどに詰め込んでも、彼女の遊戯に終わりは見えない。

 上着の次は、インナーや下着の番だった。汚れも不潔さも気にしない。どれにしようか迷いながら、それぞれを交互に味わっていった。口中でガムのように噛み続け、唾液をすすって飲み込んでいた。その光景を眺めながら、ポンズは、一つの危惧を抱いていた。服を全て食べ終わった時、キャロルが次の遊び相手に選ぶのは、どんな物体であるのかと。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 光の天使が熱に病んで
 あなたは苦海をさまようだろう



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アルベルトは仮宿へ向かっていた。引きずるように体を動かし、夜の街を、重い足どりで動いていた。祭で賑わう繁華街の裏側、人通りのない暗い路地を、這いずるように歩いていた。もう、一歩たりとも進めないと、ずっと前から思いながら、最後の一歩を、踏み出していた。何度も、何度も、飽きもせず。

 建物の壁に寄りかかりながら、体をこすりつけるように歩いてく。アルベルト自身のオーラはもう、ほとんど噴出してなかった。エリスと同質の禍々しいオーラが、ぼんやりと彼を包んで苛んでいる。翡翠の首飾りを握り締める。引きちぎってしまいそうな弱い本能の欲求に、残された理性で抗っていた。

 まだだ、まだだ、と脳裏で呟く。一歩進むたびに繰り返しながら、ひたすら、末期の力を脚に込める。蜘蛛の待つ仮宿へ帰るために、命を削ってさまよっていた。それ以外に何も術はなかった。

 いつかの、スライムの蠢く街での夜を、彼は自嘲ぎみに思い出した。あの時は、愛の存在に疑問はなかった。無邪気だったのだ。得られたばかりの生身の思いに、全身全霊で酔いしれていた。今はもう、何一つとして分からない。

 この挑戦は何だったのだろうか。仁義を裏切り、信用を捨て、守るべき一般人を虐殺し、友人たちを殺しかけ、多くの同業者を拷問し、挙げ句に、最愛の人と戦いさえした。たった一度のチャンスの為に。ただ一度、その機会を最大限に生かすべく、ほんの少し、わずか一歩、有利な前提を維持するだけに。

 その全てが、今、徒労に終わろうとしているのだ。

 アルベルトは路地裏に倒れこんだ。あっけないほど簡単に、鈍い音を立てて地面に落ちた。受身を取るような力はなかった。無意味に磨かれた感性が、鼠たちの気配を察知する。彼らは肩を寄せあって震えていた。おぞましいオーラに怯えきって、群れで集まって耐えていた。単純で一途な野生の愛。それを、彼は羨ましいと心底思った。

 分からなかった。何が正しくて、間違ってるのか。悔しかった。悲しかった。寂しかった。愛とは、人の幸せとはなんなのか。ゴンの言葉を反芻する。彼の主張は単純だった。しかし、その単純さの前提にある、当たり前の経験がアルベルトにはない。

 一度倒れてしまったら、それで終わりだと思っていた。奇跡の力など湧いてこない。気合などとうに使い果たした。

 得られた成果は多いかもしれない。精密でリアルタイムの貴重な情報。蜘蛛の雰囲気や団員の素顔。協力者に頼りすぎ、振り回されすぎないだけのアドバンテージ。窮地に陥った友人を助け、あたかも蜘蛛の利益を追求するかのように振舞いながら、些細な手助けを試みることもできていた。そしてなにより、あの能力の把握とシズクの殺害。それらの収穫は確かにあった。だが、一番欲しいものが手に入らず、彼はここで朽ちようとしている。もう、幻覚さえも見なかった。熱さえなかった。それでも、アルベルトは辛うじて立ち上がった。

 彼を支えたのは勇気ではなく、もっと暗い、嫉妬にも近い執念だった。枯れた老木の如き命への羨望。あるいは、平穏に生きる人々への憎悪。アルベルトが密かに抱いていた、無意識の最深にあった切なる憧憬。

 いつも、人間になりたいと思っていた。

 マフィアから奪ったスーツのネクタイを引き抜いて、襟元を広げ、喘ぐように空気を吸った。緑の瞳だけが燃えていた。全世界を尽く憎むように、過剰な力を脚に込めて、彼はもう一度歩き出した。

 捨ててしまおうかとアルベルトは思った。今から旅団を抜け出して、ゴン達に謝り、後人の為、情報を全世界に発信する。そして残された数十時間、残りの人生を精一杯、エリスと共に生きるのだ。あるいは、正面から旅団に立ち向かい、死力を尽くして戦ってもいい。

 だが、それでも、幻影旅団の内と外、どちらが有利かというならば、それは間違いなく内側だろう。身内として潜んでチャンスを待たず、ここで抜けるという選択は、いまある優位を捨てるということに他ならない。

 ……それができるだけの力があれば、どんなにか。



「ふぅ……。服だけで、おなか一杯になっちゃった」

 腹を臨月の如く膨らませて、幼い少女は艶やかに笑った。満足そうに撫でながら、ポンズをみて、わずかに照れてはにかんだ。次いで、己が両手を、その内臓に突き立てた。赤黒い血が飛び散って、桃色の、薄茶色の、諸々の形の臓腑がまとめて落ちた。意外と重い音がして、埃だらけのコンクリートに、塊となって潰れて広がる。橙の光に浮き上がるそれは、生まれたばかりの赤子にも似ていた。そして、溶けるように消えうせた。

 ポンズには信じられない現象であった。血も、肉も、唾液すらも見当たらない。細切れにされた布切れだけが、濡れた痕跡もないまま散らばっている。キャロルの腹部も傷一つなく、もとのとおりにドレスに包まれ、細いラインを保っていた。

「おまたせ。じゃあ、次は、あなたね」

 幼い少女は、汗をかいていたポンズの額を、髪を持ち上げて舐めとった。金の髪がキャンドルに照らされ、柔らかい銅色に浮かんでいる。青く大きい愛らしい瞳が、間近でじっと見つめている。若く柔らかそうな唇から、真っ白い歯列が覗いていた。

「いい顔よ。もっといろんな姿を私に見せて、お願い」

 慈母が赤子をあやすように、ポンズの頬を愛でながらキャロルは言った。首筋に指先を軽く当てて、頚動脈をなぞっている。胸元に耳を静かにあて、心音を聞きながら鎖骨を撫でる。そして、脇の下に指をやって、肋骨を皮膚の上からくすぐった。その間、ポンズはやはり動けなかった。

 人差し指と中指で歩くように、乳房という山を登っていった。そして、乳首の周りを周回する。臍のそばを通って腹へと滑り、性器のすぐ脇を撫でて太腿へ下りた。羞恥心に耐えるポンズと目を合わせながら、内腿を手の平で柔らかく揉み、膝の裏から足首へ移った。最後に足先を口でしゃぶって、指の間を舌で舐めた。

「やっぱり、おなかから行くのが一番かしら」

 一通り様子を探った後、思案するようにキャロルは言った。赤い唇が下腹部へ近づく。が、途中で思い直したように首を振った。

「体もいいけど、最初はやっぱり指からかな。蜂を指揮したあなたの仕草、とても素敵だったもの」

 花咲く笑顔で少女は言った。ベッドへ上がり、ポンズの腹にまたがって、両手をいっぺんに持ち上げる。右手と左手を交互に眺め、慈しむように撫で回し、やがて右手を離し、左手の中指と薬指をくすぐるように愛撫しだした。恋人同士がするかのように、指を絡めて握ってもみた。親指の腹でそっとくすぐり、かすかに爪を立てて悪戯し、息を吹きかけて唇で触れた。それから、薬指の先端を甘噛みして、舌先で唾液を塗りつけた。ポンズの指と唇の間に、透明なアーチを描いてから、この指が綺麗ね、とキャロルは言った。



 緩やかな丘が見えた。あの頂上にアジトがある。ヨークシンシティの街並みの外れ、廃墟の立ち並ぶ見捨てられた団地が、今回の蜘蛛の仮宿だった。

 アルベルトは思った。とにもかくにもここまで来た、と。

 幾度も倒れた。顔は埃と涙とよだれで汚れていて、かつて黒かったスーツの上着は、灰色と茶色のまだらとなった。ゴミ溜めに倒れこんだ時のなごりだろう。生ゴミのすえた臭いが体に移り、彼に猛烈な吐き気を促していた。といっても、胃液も完全に枯れていたが。

 予想を越える衰弱だった。気力だけで持っていた状態の彼だったが、それさえも今では折れかけていた。背は曲がり、目は暗く、脚は萎えて腕はしおれた。ともすれば、這いずった距離の方が長いかもしれない。

「エリス」

 独語し、アルベルトは傾斜へ踏み出した。だが、なんでもない小石につまずいて、最初の一歩で彼は転んだ。闇夜に黒い土を握り、爪を立てて体を起こす。野犬が一匹近づいてきたが、害意あるオーラに撫でられて、悪寒に逆らえず逃げていった。

 どうしてこんな事をしているのか。旅団とは、ここまでして帰る意味のある場所なのか。あの能力は、ここまでして取り戻す意味のあるものだろうか。なんのために? どうやって? アルベルトに答えは出せなかった。

「……エリス」

 再び呟く。哀れな女だ。しかし、哀れな女だから愛したのか。ならば、もっと気に入る女がいるのではないか。いるはずだ。あの程度が、この世で最も哀れであるはずがないのだから。醜く、病的で、無思慮な、ヒトとして生まれた意味も見出せない、生涯で一度も喜べない女と出合った時、アルベルトはどんな感情を抱くのか。それとも、美しい女だから愛したのか。近くにいた女だから愛したのか。

 道すがら、彼女のことばかりを考えていた。彼はずっと不安だった。人間は、誰かを愛するものだから、自分も、誰かを愛しているのだろうか、と。そしてアルベルトは怖くなった。懸念を抱いてしまったのだ。ヨークシンで足掻いた挑戦さえ、人間の模倣なのではないか、と。献身という名の自己陶酔に、浸っているだけかもしれない、と。

 それでも、彼は止まらなかった。口の中の土を噛み締め、ゆっくりと丘を登っていく。ここで足を止めてしまったら、彼女と戦ってまでしがみついた道が、戦闘寸前までかぶり続けた蜘蛛の仮面が、何もかもが無駄になる。

 また、ゴンの言葉が心に響いた。エリスの幸せとはなんだろうか。アルベルトの最善とはなんだったのか。あの真っ直ぐな行動原理を、彼は無性に羨ましく感じた。



 部屋は静かなままだった。ポンズの喉は動かない。悲鳴をあげたくてもあげられない。とても小さな咀嚼音だけが、断続的に聞こえていた。ポンズの腕が減っていく。左腕が、一寸ずつ短くなっていく。脳漿が痛みで満たされすぎて、狂うことさえできないでいた。

 直視するのが怖かった。が、それ以上に、目をそらすのが怖かった。ポンズはもう、助からないと悟っていた。だというのに、何度試しても自殺できない。彼女の余命はいくらだろうか。仮にあと一時間で尽きるとしたら、そんなの、今すぐ死んでも同じではないか。例え舌も噛めなくても、呼吸を止めれば死ねるのだ。その方がよほど尊厳がある、人間らしい死に方に思えた。少なくとも、この化け物に食われるよりは。

 だが、ポンズは生にしがみつくことしかできなかった。不思議だった。今まで、死の危険にある場所には何度も行った。ハンター試験だって何回も受けた。命をかけて戦いさえした。覚悟は、いつだって胸に秘めていたつもりだったのに。

 いつだったか、古い小説でポンズは読んだ。断崖絶壁に立つ死刑囚の話だ。彼は、避けられない死が運命付けられてるにも関わらず、その瞬間だけを生きるために、必至でバランスを保つという。あるいは、自分のための墓穴を掘る、銃殺を控えた一人の兵士。彼は最後の一晩を生きるため、今撃たれないためだけに土を掘り、処刑の段取りに協力する。スケジュール通りの定められた死。その残酷さをポンズは知った。絶望は優しい。死は、怖い。

 キャロルは飽きずに遊んでいる。筋繊維を裂いて蝶結びし、蝋燭に皮膚を透かしてじっくりと見て、骨の欠片を飴のようにしゃぶる。ペースト状になった血肉をドレスの胸元に塗りたくって、彼女は官能的に上気した。痛かった。

 生きたかった。まだまだ生きていたかった。残された一分一秒を、己が全力で感じ取ろうと、ポンズは心の中で強く決めた。呼吸を頼りに集中する。神域の武人が無心に至ると、刹那も永遠に等しいという。その境地が今こそ欲しかった。だけど、時の流れは残酷で、時間は水のようにこぼれていった。

 キャロルに唇をむさぼられ、咀嚼したものを流し込まれた。自分の肉の味を知るなるなんて、さっきまで、ポンズは想像すらもしなかった。力ない舌で抵抗するが、脇腹を抉るように爪で突かれた。優しげな残虐行為とは全く違う、直接で暴力的な手出しの仕方。指先で内臓を愛撫される。動かない体が痙攣し、足の先まで電撃が走った。柔らかいままの少女の瞳がかえって不気味で、もはや従うしか術はなかった。

 やがて、ポンズの片腕は完全に消え、キャロルはこくんと喉を鳴らして、最後のひとかけらを飲み干した。にこりと微笑む。そして、金髪の少女はベッドから降り、上機嫌でくるくると優雅に踊った。

「ねぇ、見て。素敵でしょ?」

 言って、キャロルは自分の左腕を引き千切り、無造作に床に投げ捨てた。狂ってくれたかとポンズは思った。もしかして終わってくれるのかと、淡い期待が胸を満たした。しかし。

 少女の左肩から生えたもの。それは一回り大きくて、なによりも、彼女には見覚えがありすぎた。暗闇に浮かび、蝋燭に照らされ、キャロルの意思に従って握っては開くその形は、紛うことなく、ポンズ自身の腕だった。



 土に汚れてさまよいながら、アルベルトはようやく辿り着いた。市街地の外れに放置された、開発の失敗した廃棄区画、その一棟が蜘蛛の拠点だ。吸い寄せられるように脚が動いた。残ってないはずの力が湧いて、もつれるように先を急いだ。

 アジトの前に辿り着いた。広場として使っている空間からは、明かりと、団員たちの笑いがこぼれてくる。乾杯でもしているのだろうか。彼らの様子は気になったが、顔を出す余裕はアルベルトにはなかった。

 そこより上階の片隅に、もう一つだけ、明かりの洩れる窓がある。間違いない。キャロルの使っていた部屋だった。アルベルトは垂直の壁に足をかけて、コンクリートの壁面を蹴って駆けた。体力と余命のことなんて、頭の中から消えていた。

 甘えに行くのだ。気安い、愛を感じない女のもとに。

 窓枠から身を踊らせて、声もかけずに押し入った。橙色の明かりに照らされた瓦礫だらけの室内に、赤いドレスの少女がいた。彼女は驚いたようにアルベルトを見たあと、全て悟ったかのように哀しい表情で優しく招いた。

 服の補充の途中なのか、ベッドの上に誰かがいた。赤く染まった小さな誰か。どうでもよかった。今のアルベルトには、もう、どうでも。

「辛かったのね」

 背伸びして頭を抱き寄せて、キャロルは胸元にいざなった。幼い手で髪を撫でられて、悲しみがほぐれていくのを感じていた。頭頂にささやかな口付けをされた。やがて、彼女はアルベルトを支えて立たせた。

「何があったの? 言ってみなさい。何でも聞いてあげるから」

 自分の都合を、全て後回しにして彼女は言った。その時である。アルベルトとその人物の目が合ったのは。恐らくは女性だったのだろう。四肢がなく、腹には大きな空洞があり、乳房は片方消えているが、身体的特徴から推測された。そして、髪の色と、半分だけ残った、顔の皮膚。

 見覚えがあった。マリオネットプログラムのデータではなく、個人的な印象に残ってたが故に、不幸にも、間違えることができなかった。

 あの試験で、エリスと初めて友人になってくれた、桃色の服を着ていた女性。

 トリックタワーを共に歩いた。あの時、彼女はエリスを怖がらなかった。ゼビル島に向かう船で戯れた。あの時、彼女は幻獣ハンターを目指していると教えてくれた。打ち上げで彼女にシャンパンを注いだ。その時にはもう、何でもない雑談に興じるほどに打ち解けていた。

 ポンズ。彼女は小さくなっていた。そして、彼は何かを致命的に悟った。

「キャロル」
「ええ」

 青い瞳がアルベルトを見上げる。それは優しい光だった。彼の求めた癒しだった。旅団の先輩としてよくしてもらって、返しきれない恩義があった。こうなっても、憎しみも恨みも全くない。だから、仲間として、アルベルトはキャロルにゆっくりと言った。大切な告白さながらに。

「ごめん」

 小さな少女の体が潰れる。頭蓋が床に押し付けられて、千々に罅割れて中身がこぼれた。現れた脳髄を彼は潰す。それは絶叫するように震えていた。コンクリに押し付けて塗りたくり、優しくしてくれたキャロルという女性を、アルベルトは粛々と殺しきった。

 脳からは蜘蛛のコインが見つかった。入れ墨の代わりに埋め込まれていたのか。アルベルトはそれをじっと見つめて、ズボンのポケットにそっと入れた。

 アルベルトはポンズへ近寄って、スーツの上着とシャツを脱いだ。それらで丁寧に彼女を包み、帰ろう、と静かに微笑んだ。瞳だけでポンズも頷く。お互い、彼女が助からないことは悟っていた。それでも、帰る意味はあるはずだった。

 悩む季節はもう終わった。

 アルベルトの胸に、新しい風が吹いていた。生まれ変わったような気分であり、元に戻っただけのような、自分を取り戻したにすぎないような、そんな些細な変化でもあった。

 アルベルトは急ぎ支度する。とにかく、彼女を皆のもとに届けよう、と。その後のことは分からない。だが、この決断に悔いはなかった。例え、今までの挑戦が無駄になっても、受け入れられるだけの覚悟があった。悲壮ではなく、清々しかった。

 あとで、きっと取りにくるからと、アルベルトは胸元のネックレスをその場に外した。害意あるオーラがそこに留まる。これはエリスのオーラである。芸術品などによくある残留オーラと同じだったが、純粋に規模だけが異次元だった。あの雨の日、エリスが初めて練をした夜、操作系に隣接する彼女が携え、頼みにしていたお守り代わりの母親の形見。その経緯は、人ひとり包み込むのに十分な、規格外のオーラをこの翡翠の珠に染み込ませていた。

 これを持っている限り彼は目立つ。隠れての脱出は不可能だった。逆に、この部屋に残せば囮にもなる。彼女の大切な品をこのように扱いたくはなかったが、この場合はどうしても仕方なかった。

 そして彼は、窓に足をかけて飛び降りた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 どこよりも出口に気をつけなさい
 きっと蜘蛛の巣に続くから



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 石だらけの地面に着地する。音はない。

 体は不思議と軽かった。苦痛は全て鎮静してる。全て麻痺してしまったのか。それにしては、地平線の果てまで澄み渡るような、澄明とした感覚が説明できない。星々の光が太陽にも思えて、闇夜が白昼のように感じられる。満月の浮かぶ雪原にも似ていた。

 もしや彼岸にいるのだろうか、と、アルベルトは本気でいぶかしんだ。

 しかし、磨き抜かれた感性だからこそ分かるものがあった。

 建物の上、瓦礫の上、しんと静まった闇の中で、七つの影が見下ろしていた。

「よう、アルベルト」

 フランクリンと思しき影が言った。

「帰って来るなり散歩かよ? つれねぇな」
「いいじゃないか。気分がいいんだ」

 アルベルトは笑った。出血の滲む湿った上着に、ほんの少しの力を込めた。

 シャルナークの声が問いかけた。

「アルベルト、右手に持ってるそれはなんだ」
「なんでもない。ただの私物さ」

 彼は答える。冷たい夜の砂利を踏みながら、暗い廃墟の谷間を歩きながら。

「おい、アルベルト」

 ノブナガが声を掛けてきた。

「なんだい」
「キャロルはどうした」
「さあ、部屋じゃないかな」

 アルベルトは言った。不自然な言動は避けたかったが、本音を言えば急ぎたかった。帰りたかったのだ。腕に抱えた誰かの鼓動が、夜風に溶けてしまわぬうちに。

「アルベルト」
「ああ」

 フィンクスが、何気ない調子で口を開いた。

「マチの奴が戻ってきたぜ」

 空気が冷たい。暗い暗い闇の中、夜の廃墟は静かだった。

「うん、そうか」

 アルベルトは穏やかに頷いた。幻影旅団が彼を見ている。皆、一分の隙も見当たらず、彼を遠巻きに囲んでいる。その距離は、彼らにとっては一足の間だ。膨れ上がるオーラを肌で感じた。

「怖えー女だよな。身じろぎだけで鋼鉄の棺桶ぶち破ってきたんだとよ」
「流石だね。だからこそ、あの場で殺して欲しかったんだけど」

 男達は苦笑しあう。交わされるやり取りは和やかだった。アルベルトは既に立ち止まって、上着を左手に持ち替えていた。

「ちょいと、聞こえてるよ」

 ひときわ離れた壊れた建物の屋上に、クロロの気配が現れた。横抱きでマチをたずさえている。漆黒のコートが風に靡いた。フィンクスは誤摩化すように肩をすくめ、アルベルトは苦笑いして首を振った。

「じゃあ、ヒソカは?」
「アイツなら逃げやがったぜ。忌々しいがよ」

 ウボォーギンが律儀に応え、吐き捨てた。アルベルトを哀れみの目で見つめてくる。が、彼は安堵していたのだ。計画上の共犯者というだけでなく、なによりも、友として、彼に憧れた者として、ヒソカの無事が嬉しかった。

「アルベルト、お前は誰と戦いたい?」

 クロロが最後に訪ねてきた。彼はほんのひと呼吸ほど考えた後、どうせならウボォーギンがいいと指名した。何人かが当てが外れた顔をして、分かってるじゃねぇかと大男が笑った。

 とても爽やかな心地だった。裸の上半身に片手を当てて、皮下のファントム・ブラックを解除する。蜘蛛の入れ墨が消え去った。彼なりの決別の証だった。もう一度、旅団の皆を見渡した。

 左手にぬくもり。周りに絶望。隔絶しすぎた戦力差。オーラはないに等しかったが、心の中に淀みはない。遠くに望む街の明かりが、彼に郷愁をもたらしていた。右手を握る。反応は鈍いが支障はなかった。久しぶりに心おきなく戦えそうだと、アルベルトは、冷えた闘争心に暖かみがさすのを感じていた。

 ウボォーギンが近寄ってくる。

 アルベルトはひとつ決意した。心を一つに、自己を見つめ、目標を定めて。

 点。

 命の全てを、この一戦にかける。



次回 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」


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