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No.28467の一覧
[0] 【R15】コッペリアの電脳(第三章完結)[えた=なる](2013/04/17 06:42)
[1] 第一章プロローグ「ハンター試験」[えた=なる](2013/02/18 22:24)
[2] 第一話「マリオネットプログラム」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[3] 第二話「赤の光翼」[えた=なる](2013/02/18 22:25)
[4] 第三話「レオリオの野望」[えた=なる](2012/08/25 02:00)
[5] 第四話「外道!恩を仇で返す卑劣な仕打ち!ヒソカ来襲!」[えた=なる](2013/01/03 16:15)
[6] 第五話「裏切られるもの」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[7] 第六話「ヒソカ再び」[えた=なる](2013/02/18 22:26)
[8] 第七話「不合格の重さ」[えた=なる](2012/08/25 01:58)
[9] 第一章エピローグ「宴の後」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[10] 第二章プロローグ「ポルカドット・スライム」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[11] 第八話「ウルトラデラックスライフ」[えた=なる](2011/10/21 22:59)
[12] 第九話「迫り来る雨期」[えた=なる](2013/03/20 00:10)
[13] 第十話「逆十字の男」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[14] 第十一話「こめかみに、懐かしい銃弾」[えた=なる](2012/01/07 16:00)
[15] 第十二話「ハイパーカバディータイム」[えた=なる](2011/12/07 05:03)
[16] 第十三話「真紅の狼少年」[えた=なる](2013/03/20 00:11)
[17] 第十四話「コッペリアの電脳」[えた=なる](2011/11/28 22:02)
[18] 第十五話「忘れられなくなるように」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[19] 第十六話「Phantom Brigade」[えた=なる](2013/03/20 00:12)
[20] 第十七話「ブレット・オブ・ザミエル」[えた=なる](2013/03/20 00:13)
[22] 第十八話「雨の日のスイシーダ」[えた=なる](2012/10/09 00:36)
[23] 第十九話「雨を染める血」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[24] 第二十話「無駄ではなかった」[えた=なる](2012/10/07 23:17)
[25] 第二十一話「初恋×初恋」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[26] 第二十二話「ラストバトル・ハイ」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[27] 第二章エピローグ「恵みの雨に濡れながら」[えた=なる](2012/03/21 07:31)
[28] 幕間の壱「それぞれの八月」[えた=なる](2013/03/20 00:14)
[29] 第三章プロローグ「闇の中のヨークシン」[えた=なる](2012/10/07 23:18)
[30] 第二十三話「アルベルト・レジーナを殺した男」[えた=なる](2012/07/16 16:35)
[31] 第二十四話「覚めない悪夢」[えた=なる](2012/10/07 23:19)
[32] 第二十五話「ゴンの友人」[えた=なる](2012/10/17 19:22)
[33] 第二十六話「蜘蛛という名の墓標」[えた=なる](2012/10/07 23:21)
[34] 第二十七話「スカイドライブ 忍ばざる者」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[35] 第二十八話「まだ、心の臓が潰えただけ」[えた=なる](2012/10/17 19:23)
[36] 第二十九話「伏して牙を研ぐ狼たち」[えた=なる](2012/12/13 20:10)
[37] 第三十話「彼と彼女の未来の分岐」[えた=なる](2012/11/26 23:43)
[38] 第三十一話「相思狂愛」[えた=なる](2012/12/13 20:11)
[39] 第三十二話「鏡写しの摩天楼」[えた=なる](2012/12/21 23:02)
[40] 第三十三話「終わってしまった舞台の中で」[えた=なる](2012/12/22 23:28)
[41] 第三十四話「世界で彼だけが言える台詞」[えた=なる](2013/01/07 19:12)
[42] 第三十五話「左手にぬくもり」[えた=なる](2012/12/29 06:31)
[43] 第三十六話「九月四日の始まりと始まりの終わり」[えた=なる](2012/12/29 06:34)
[44] 第三十七話「水没する記憶」[えた=なる](2013/01/04 20:38)
[45] 第三十八話「大丈夫だよ、と彼は言った」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[46] 第三十九話「仲間がいれば死もまた楽し」[えた=なる](2013/03/20 00:15)
[47] 第四十話「奇術師、戦いに散る」[えた=なる](2013/04/12 01:33)
[48] 第四十一話「ヒューマニズムプログラム」[えた=なる](2013/04/17 06:41)
[49] 第三章エピローグ「狩人の心得」[えた=なる](2013/04/18 22:25)
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[28467] 第十六話「Phantom Brigade」
Name: えた=なる◆9ae768d3 ID:8650fcb0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/20 00:12
 そして、男は目を覚ました。

 外はまだ暗く、夜明けまでは少しある。枕元の拳銃は、よくよく手入れが行き届いていた。柔軟を兼ねて身体の調子を確認してから、箪笥から取り出した服を着た。そこまで身支度を調えた上で、男はようやく、少女に声をかける事を思い出した。

「静かにしろ。分かったら起きろ」

 耳元で力ある言葉を強く囁く。その通りに少女が目覚めたのを確認して、男は有無を言わせず服を着せた。

「この中に入って、じっとしてろ。絶はできるな? よし、それだ。その状態をずっと保ってろ。そのまま物音立てずに震えてりゃ、まあ、万が一は無理でも億が一ぐらいで生き残れるだろうぜ」

 少女は怯えた瞳で見上げていた。嫌われたのかと男は思った。それはそれでまた面白いと、男は上機嫌で口笛を鳴らした。愉快な一日になりそうだった。

「じゃあな」

 最後に財布を取り出して、少女と一緒に箪笥の中にしまい込んだ。外から鍵をかけるタイプだったのは、彼女の日頃の行いだろうか。もっとも、そんな些細な事はもう、心底どうでも良かったが。

 いくらかの時間が余りそうだった。男の方から仕掛けてやるのも考えたが、今日はそんな気分でもない。どうせなら相手の思惑に乗ってやろうと、暇つぶしを兼ねたウォーミングアップに専念した。やはり楽しい。男はこそ泥として忍び込むのも好きだったが、こういう遊びもまた大好きだった。

 愛銃をもう一度確認する。弾丸は装填されてない。これで良かった。男にとってリボルバーとは、この状態でこそ完成なのだ。回転式の傑作拳銃。特徴的な形状のリブ、銃口まで伸びたアンダーラグ。六発の.357マグナム弾を射出する、世界最高のダブルアクション。

 コルト、パイソン。

 あの日、粗大ゴミの中で見つけた瞬間、彼は仲間内のヒーローになった。弾丸は高くて買えなかったが、それでも脅しには役に立った。なによりとても格好よくて、朝に晩に磨いてすごした。

 拳銃に周をほどこす。すっと体に馴染む感触。念弾を六つ、回転式の弾倉に込めた。七発目はまだ込めない。まだ、込める必要はないだろう。

 わくわくしていた。男は今、紛れもなく生を謳歌していた。やがて、とんとんと、ドアが軽快にノックされる。分かってるじゃないかと男は微笑む。分かっている敵と戦うのは、他のなによりもずっと楽しい。

「鍵は開いてるぜ」

 笑い出したくなるのを押さえながら、最高の機嫌で男は応えた。現れたのはただ一人、鋭い目つきの人物だった。細い体躯を長袖で包み、長い髪の毛を揺らしている。彼はハンターライセンスを提示して、自らをカイトと名乗り上げた。

「ヘンリ・マカーティ、だな」

 ちっ、と男は舌打ちした。いよいよ盛り上がるという直前に、水を差された気分だった。

「生体情報まで盗んでやがったか。だがよ、悪いがそれは俺の名前じゃねぇ。物心付いて大分経った後、照会してようやく知り得ただけの“情報”だ」
「なら、オレはお前をなんと呼べばいい」
「ただのヘンリでいい。ビリーでもいいぜ。死んだダチから遺された名だ」
「いいだろう。ではヘンリ。お前は国際刑事警察機構、及びハンター協会によって国際指名手配を受けている。大人しく従う意思はあるか?」

 カイトのオーラが臨戦態勢をとり始めた。洗練された、正真正銘の強者だけが纏える極上の堅。想像以上の傑物だった。男は喉奥から笑いを洩らした。

「従って欲しけりゃ、力ずくで来いよ」
「ああ、そうしよう」

 カイトは恐らく、基礎能力では彼ともほぼ同等だろう。勝てない相手ではなかったが、理由なく勝たせてもらえる程度の雑魚でもない。このレベルの戦いは、ほんの僅かな相性、微かな隙、小さなミスが生死を分ける。

 男は銃のグリップを握りしめた。体中を流れる血潮が湧いた。命をかけたバトルはいい。躊躇なく全霊を尽くせる遊びなんて、もうこれぐらいしか残っていない。遠慮なく能力を使える相手であれば最高だった。久しぶりの対戦相手を前にオーラを昂らせ、舌頭で歓喜を転がした。

「だがよ、俺は強いぜ」

 聞かせたかったのは、カイトと、自分だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 でたらめ、すぎる。

 炎と爆音の踊る朝、曳火射撃の雨が降る。耳元のインカムから流れてくるのは、絶望的な戦況だけ。一時的にも状況好転に湧くチャンネルなんて、ただの一つも存在しない。駐屯地上空二千メートル、わたしは地獄を俯瞰した。

「第二研究棟より師団司令部へ、離脱計画は放棄する! 拘束も遅滞も不可能だっ! 俺達ごとでいい、やってくれ! オーバー!」
「司令部コピー! だが計画放棄は許可できない! 最後まで最善を尽くされたし! オーバー!」
「ぐだぐだほざいてねぇでさっさとやれっつってんだろ! 時間がねーんだよ!」

 逡巡は数瞬、第二研究棟と呼ばれていた建物が崩れ落ちた。内側から低層階が粉砕されて、達磨落としのように上層が沈む。轟音だらけの戦場の中、崩壊は恐ろしいほどに静かだった。

 十秒も経たずに瓦礫の山となった跡地を榴弾砲が、迫撃砲が、多連装ロケットが、間髪を入れず耕していく。二隻の爆撃艦が誘導爆弾を投下する。生き埋めになった仲間の救出は考慮外だ。炸裂する砲弾。舞い上がるコクンクリートの大きな塊。もうもうと土埃が撒き上げられる。爆炎が連鎖的に立ち上り、どす黒い煙が天へと昇る。眼下に見下ろす荒涼とした大地には、今や、同じような光景がそこかしこに点在していた。

「総司令部、わたしも撃ちますっ。ワルスカさん!」

 専用チャンネルを通じて呼び掛けた。駐屯地上空に対空する飛行艦五隻のうち、サンダーチャイルドただ一隻が温存のため高空待避を命令されてる。わたしはウエポンベイ直近の観測室で待機していたから、いつでも投下してもらえる準備は整っていた。煙と埃で瓦礫の山さえろくに見えないのにめくら撃ちしても当たってくないだろうけど、光が散乱して威力が分散されてしまうだろうけど、彼等の負担を増やす事はできるはずだ。

「いや、許可できない。まだしばらくそこで待機を続けてくれ。オーバー」

 だけど、与えられた指示は無情だった。奥歯を噛みながら地上を眺める。ワルスカさんの判断が正しいのは分かる。わたしの光は攻撃力と命中率こそずば抜けてるけど、相手がどこにいるのか分からなければ意味がない。切り札を苦手な場面で投入するのは愚かな事。根拠のない根性論でカバーさせるぐらいなら、絶好のタイミングまで温存すべきだ。

 誰も彼もが死んでいく。一方的に殺される。あまりに人が死にすぎて、ここでは臨終への敬意がない。炎と朝焼けが輝く中で、血の赤は存在を塗り潰された。この瞬間、死傷は戦況を教える数字でしかなかった。わたしはただ、強化アクリルガラスごしに見ている事しかできなかった。

 パクノダさんから情報が流れたのか、わたしの存在と攻撃方法は知られているんだろう。彼等は見通しのいい屋外では、常に遮蔽物を最大限利用して身を隠していた。多少のコンクリート塊なんて貫き砕く事ができるけど、肝心の目標を定める事が至難だった。

 建物の中では彼等は余裕だ。弾丸が当たらない。居場所が分からない。面制圧がやすやすと回避される。機関銃の掃射の中を悠々と歩いて、一瞬で数十メートルの距離を詰める。自動小銃のフルオートなんて、小雨とも思ってないらしかった。無線から漏れ聞こえてくる暴虐ぶりに、わたしは心の芯が凍っていくのを感じていた。

 少数の力ある人間が、残り大多数を蹂躙できる。一握りのエゴが全てを犯し、国家をも転覆できる狂ったバランス。今、下で殺されている軍人さん達は、決して毎日、怠けていたわけではないはずなのに。

 多くの予算を割いて装備をそろえて、日夜訓練に精を出しても、才能ある個人に太刀打ちできない。念を知る人間に対抗できない。弱肉強食というシンプルな掟。この世界の根底を流れる法則は、こんなにも理不尽で不条理だった。

 わずか数人と思しき侵入者を相手に最精鋭の戦車師団1万人を投入しても、一方的に蹂躙される。それも、完全なホームグラウンドで、防衛施設の恩恵を受けながら。

 建物ごと、味方ごと攻撃するような方法でも、侵入者は巻き込まれてくれなかった。どうやら、また次の狩り場を定めたようだ。インカムから悲鳴が響いてくる。連なり響く勇壮な吶喊の絶叫は、勇気と覚悟ではなく恐怖と狂気の産物だった。

 猛然と、機甲部隊が突撃していった。とあるトーチカ群へ向けて一心不乱に。一個大隊はいるだろうか。蹂躙されている人が配属されていた守備位置から割り出したんだろう。随伴の歩兵戦闘車を先行させ、戦車は後ろから火力支援と跳躍の体勢をとる。40t以上ある鉄の塊が荒れ地をトップスピードで駆けていく。もう何度か繰り返された展開だった。もしその衝撃力が十全に発揮されたのなら、幻影旅団といえど鎧袖一触できたんだろう。

 だけど、現実はあまりに儚くて。

 即興の支援射撃が折り重なり、弾着が幾重にも連なった。乾燥した大地を鷲掴みにして、高速回転する覆帯の群れ。何十丁もの機関砲がバリバリと猛烈な唸りを上げながら、身を隠せそうな場所を手当りしだいに粉砕した。呼応して、二隻のガンシップが空中から鉄の暴風雨を降らせていく。とどめに、命中精度なんてどうでもいいのか、戦車が行間射撃で主砲を斉射する。子供が両腕をがむしゃらに振るったような、稚拙とすら思える猛攻だった。

 煙の舞う向こうはもうきっと、地面ごと跡形もないんだろう。攻撃目標に定められた小さな機関銃陣地周辺は、味方も含めてエアロゾルにまで分解された。オーバーキルという表現ですら生易しかった。

 だというのに、突撃部隊は各車両全力でUターンして離脱を始める。歩兵の下車も眼中にない。分かってるんだ。戦果の確認も拡張も何もかも、部隊を殲滅される近道になるだけだって。

 彼等は、音速を防いでみせたから。

 運動神経が人間基準のそれじゃない。念と体術を極めた達人は、ヒトとして越えちゃいけない一線を鼻歌まじりに越えてしまう。音源の動きを視認してから防御動作が間に合うなんて、そんな化け物すぎるスペックが当然満たすべき最低ライン。あちら側の人種と常人では、一秒の重さが全く違った。アルベルトなら頼もしいと思えるその事実も、相手が盗賊だとただ怖かった。

 離脱部隊の最前列にいた一両の戦車が、いきなり砲塔を吹き上げた。遺された車体が炎上する。車内で爆発がおき、充満した爆風が逃げ道を探した結果だった。続いて、周囲の戦車も次々と撃破されていく。それを為したのは味方だった。無線では事態を把握できた誰かが事実だけを的確に絶叫していた。壕内で待機していたはずの自走対戦車ミサイルが友軍へ向けて牙をむいたのだと。誤射ではない。意図的に狙わなければありえないとても正確で落ち着いた射撃。結局その車両は、もう三両を仕留めた時点で反撃を受けて沈黙した。

 破壊された戦車が慣性で地面を削りながら減速して、後続の車両に回避を強要する。幸いに玉突きこそしなかったけど、隊列は否応もなく乱れていた。虚ろに蠢く歩兵が一人、その最中へ対戦車ロケットを打ち込んだ。旅団の中に最低でも一人、そういう能力者がいるんだろう。

 ゲームみたいに陣営対陣営で戦えたなら、きっと勝ってたはずだった。ターン制で攻撃力や防御力を競うなら、絶対に圧勝してたはずだった。だけど、実際にはそうはならなかった。

 突如、一隻のガンシップが爆散した。無線が混乱で溢れ帰る。曲がりなりにも念能力者のわたしには、かろうじて何かが衝突した事を認識できた。感じから念弾ではないと思う。爆弾か、砲弾か。そういう実体のある物を、思いっきり投合でもしたのだろうか。地上から300メートル以上の場所に浮いていたというのに、簡単に飛行艦が撃墜された。それを総司令部に報告した頃には、もう一隻も炎上しながら墜落していった。

 ほんの一瞬、ちらっと見えた人影は、腕をぐるぐると回していた。

 わたしの証言を元に総司令部が下命して、幾両かの自走対空機関砲がまだ焼けただれている瓦礫の山を攻撃する。容赦ない点目標への集中射撃。鉄筋コンクリートが粉々になって、新しい粉塵を空へと舞わせた。だけど、それもきっと無駄骨だ。

 旅団は速い。上から見ているわたしですら、時折ちらりと辛うじて存在がわかるだけなほど、速い。

 たとえ強力な装備を誇っていても、相手が存在しなければ打撃できない。認識できなければ対処できない。現代社会の軍隊組織は、人外級の超人と戦えるようにはできてない。一般的な兵士の眼球では、達人の動きが捉えきれない。人間の集団が機能するために必要な最低限のコミュニケーションの間隔なんて、彼等にとっては隙以前だ。そんな化け物が疾走したら、どうやって把握すればいいのだろうか。居場所を認識することもできない怪物に、どんな対抗手段があるのだろうか。

 素人なりの推測だけど、軍事力でこの人達を殺す為には、大量破壊兵器の出番が要る。そうじゃなくても、莫大な量の火力が要る。常識的な規模の面制圧では、この人達は簡単に逃げ延びるから。

 それでも、誰もがずっと戦っていた。

 怒りが、理不尽が、脳の深い場所で渦巻いて、灼熱を通り越して凍えていく。少し、楽しい。酔っているのだろう。暴力と激怒に。魂の根底を汚染する忌わしき漆黒の賛美歌が、今はこんなにも心地よい。うっすらとアクリルガラスに映るわたしの顔は、いつしか微笑みを浮かべていた。

 この世界はこんなにも、滅ぼしがいがあるのだから。

「……ワルスカさん、お願いします。出撃させて下さい」

 自分の声がふわふわしている。歌うように、熱に浮かされるように語りかけた。たぶん、わたしの声色は今、とても優しい。

「わたしが出れば、少なくとも彼等にとっての脅威になれます。それに接近戦なら、あのクラスの能力者にだって対抗できた実例があります。遠距離からの攻撃だけでも、このまま好き放題されるよりずっといいはずです」

 そう、適度に距離をとりつつの接近戦なら、ヒソカにだって対抗できた。

 分かっている。あれは彼の全力ではなかったって。あの時なりの本気ではあったかもしれないけど、本気の本気では絶対になかった。しかも今は多対一。条件は格段に悪かった。

 それでも、わたしにはこの翼がある。ずっと負担にしかならなかった癖に、ここで役に立たないなら何の為の念能力だ。

「念という存在の、秘匿性については」
「そんなの、今更じゃないですか。あんなに好き放題している人達がいるんですから、空を飛ぶ人間の一人や二人、追加されたって不思議じゃないでしょう」

 通信機の向こうで、ワルスカさんが沈黙していた。難しい判断なんだろう。今ここでわたしという手札を失ったなら、本命の窒息死事件に対処する手段が一つ減る。“いるはずの敵”がいなくなれば、旅団もさらに自由に動ける。例えわたしが無事に勝っても、情報が漏れたらそれだけで痛手だ。だけど、このまま出し惜しんでもジリ貧なのは目に見えてる。

「……そうだな。提案してみよう」
「ええ、お願いします」

 会議室みたいな場所にいたのだろう。ワルスカさんがその旨を周りに告げて、がやがやと、無線からざわめきが漏れてきた。戸惑い、怒り、期待、不安、焦燥。色々な感情が浮かんでは消えた。

 議論に要したのはほんの数分。迅速なはずの決断が、とても、長い。

「結論が出た。予定より少し早いが、頼めるか」
「ええ、任せて下さい。これから先は、わたし達プロハンターのお仕事ですから」
「心強いな」

 渋くかっこよく笑うワルスカさん。こんな時だけど、格好いいおじさまっていいなって、のんきな事を考えた。父さんも、少しは見習ってくれれば嬉しいのに。

「だが、我々にも意地というものがある。ちょっかいは出させてもらうよ。なに、奴らが念能力のプロなら我々は軍事のプロだ。旅団とやらの戦い方を実際に見て長所と短所は分析できた。いささか、代償を払い過ぎた気がするがね」
「そうですね。彼等にはお釣りを払ってもらいましょう」

 ワルスカさんと微笑みを交換しながら、意地悪な自分を自覚した。アルベルトにはあまり見せたくない。今朝のわたしは、ちょっとシニカルだ。

「無論だとも。実は今、まさにその手段を用意していた所でね。ヘッドセットは身に付けているかね?」
「もちろんです。ずっと前から常に付けてます」
「よろしい。では気をつけてくれたまえ」
「はい、いってきます」

 艦内通信を使い、艦長さんにその旨を告げた。ウエポンベイがゆっくりと開いて、吹き込んでくる風にドレスが揺れる。蒼さを増した空が流れている。茶色く広がる荒野の中に、炎がぽつぽつと上がっていた。黒い煙と、黒い瓦礫。広い。改めて上空から全容を眺めて、それが最初の印象だった。

 いよいよハイになって踊りだす心臓を沈めようと、卵の化石にそっと触れた。ひんやりと冷たい。いってきます、アルベルト。ここにはいないあの人に胸の内で呟いて、トンと軽く床を蹴る。

 景色が変った。吸い込まれる。高度二千メートルの上空から、あの場所にある地表へ向けて。重力が消えて内臓が浮く。気持ち悪くて気持ちいい。顔を叩く空気が、清浄で冷たくて痛かった。ドレスのスカートがばたばたと鳴って、わたしは一直線に落ちていく。

 赤い翼を具現化して、前縁を風にそっとかぶせた。渦を孕み、揚力が生まれ、わたしの体は空を滑る。気分は鳥。だけど、バランスを崩せばキリモミして落ちる。尾羽を持たないわたしには、ほんのちょっとのコツが要る。

 勢いを殺すため旋回する。水平に大きな円を描くように。見上げれば宇宙、眼下には戦場。地平線が大きく傾き、蒼く澄んだ空の色と、どこまでも続く荒野に見惚れた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 微動だにせず、アルベルトは一つの建物を眺めている。鉄筋コンクリート製、五階建ての小さいビルだった。古いがしっかりした造りであり、この地区の基準では上々の物件であるらしい。周りは国家憲兵の精鋭部隊が固めており、サブマシンガンから歩兵戦闘車の機関砲まで、大小様々な銃口がありとあらゆる窓やドアに向けられていた。

 包囲された建物の内部からは絶え間なく打撃音が響いてくる。カイトが突入してから約30分。逮捕の知らせは未だにない。状況も大きな変化はないままだ。時々、轟音が辺りを激しく揺らし、念弾が壁面を突き破り、戦いの余波で負傷者が数十人出た程度である。強力な念能力者同志の戦いとしては、周囲の被害は少なめだった。

 この場の采配はアルベルトに全て任されていたが、安易な加勢だけは厳に慎むよう、カイトから指示を受けていた。単体で念能力者に対抗できるのは念能力者だけだと考えていい。国家憲兵隊が用意した物々しい包囲網も、全てはアルベルトの補助という一点にのみ存在意義が認められている。故に、ハンターが抜ければ犯人に逃走の余地を与えてしまうのである。

 歩兵戦闘車を改造した即席の指揮車両の車内から声がかかった。視線を向けず詳細を問うと、エリス出撃の報だった。読み上げられる情報はアルベルトを心配させるに十分だった。このタイミング、早すぎはしないだろうか。

 片眼鏡に似た専用のデータ通信センサを右目にかぶせ、無線を介して指揮車両のサーバにアクセスする。直ちに詳細なデータを取得して、抽出と分析に自身の処理能力を割り振った。ハーフミラーを利用し、通信と視覚を両立させるこの装置は便利だったが、強度に乏しくメーザーの出力限界も低いという欠点があった。だが、急ごしらえでこれなら上々だった。

 報告の見る限りは今の所、観測された旅団の戦力は事前に想定した許容範囲の内側だった。否、むしろ予想よりかなりの善戦をみせていた。地下司令部への侵入も、現段階では阻止できているようだった。が、侵入者を十分に炙り出せたとはいいがたく、エリスを投入したならば、必ずや戦いが成り立つ程度には抵抗される。それは当然、より多くの衆目に彼女の能力が晒されることを意味していた。

 取り決めに従い与えられた強権を振りかざせば、今から回収させる事も可能だったが。

 だけど、とアルベルトは考え直した。我慢できなかったのだろう。エリスの精神は未だ、目の前の殺戮を許容できるほどスレていない。一般人として健全な思考回路をもっているが故に、救えそうな人間を見捨てる事には耐えられまい。もしそうなら、早期の投入は正解だったのかもしれなかった。エリスに無用なトラウマを植え付けるのは、アルベルトの本意ではなかったのだ。

 ここに、本人も自覚する甘さがある。もし仮にこれが他人であったなら、彼は断固として出撃に反対した。出血を強要されている当事者である軍の司令部がエリスの提案に飛びつくこと自体は、プライドに拘泥しないと言う意味で十二分に正しかった。が、だからこそ、一人のプロハンターとしてアルベルトは、別の立場から意見を出すのが適切だった。物理的な手段だけで、まだまだ拘束できるのだと。一見すると派手な破壊と流血の惨事が繰り広げられていたとしても、一個師団という戦力は、そう簡単に殲滅されるほど小さくはない。まして今回は、予定より消耗のペースが緩やかだった。

 善戦の理由は、立案した作戦が功を奏したというのもあるだろう。アルベルトが関わったのは素案のみであるが、概要は報告されて把握していた。濃密な曳火射撃と頭上にこれ見よがしに配置したエリスの存在により敵を遮蔽物に誘引し、火力集中の及び機甲部隊による突撃により打撃を試みる。この際、あえて分散して運用する我の戦力を積極的に切り捨てる事により彼の対応時間を局限し、大局的な主導権を常に握ることを主眼とする。

 なお、決定力としては念的な手段であるエリスと物理的手段である短距離弾道弾が用意され、その背後には更に最終的な破壊の段階が控えているが、拠点防衛であるからには、できる限り使わずに済ませたい。他にも予備戦力として他師団より極秘裏に抽出された増強自動車化狙撃大隊相当の任務部隊が駐屯地外縁から60キロの地点に集結しており、これが地上戦力の切り札とされていた。

 本来、軍が執り行うべき行動ではない、常識はずれの異色のプラン。全ての原因は念能力者という異端の脅威の存在であり、それに対して短時間の確実な拘束を指向するという要求にあった。将兵を能動的に切り捨てる左道の業であるため軍当局は忸怩たる思いであろうが、それでも、この短期間で他に用意できた有用な案は他になかった。

 だが、損害が軽微な根本的要因はそこではない。上げられたデータを分析すると、旅団が投入したと思しき団員は多くても5、6人と推測される。第二波が控えている徴候もないようだ。蜘蛛の団員は残り12人と思われる為、半分しか動員していない計算になる。幻影旅団の内実は未だに不明であり、常時全員を動員できるのではないのかもしれないが、仮にそうでもこの人数は少なすぎた。アルベルトには旅団の襲撃は、正気の沙汰には思えなかった。念能力者にとって軍事力とは、とても恐ろしい存在だからである。

 念は素晴らしい力を与える技術であるという認識は真実であり、使えない者か念を修めたばかりの初心者ならそれだけでもいい。が、研鑽を積むうち、もう一つの真実を痛感する。すなわち、念など大したことが出来ない技術であるというそれである。

 念弾を撃つなら銃を撃った方が手っ取り早い。剣を具現化するなら買ったほうが手っ取り早い。人を操作するなら雇った方が手っ取り早い。ただ少し、念を使えば毛色の違う効果が現れるだけである。ささやかな差異を実現するための代償は、膨大な修行の時間だった。

 人類が他の手段で実現している事を、わざわざ摩訶不思議な生命エネルギーで再現して見せ、さも有能な人材であるかのように自分を飾り飯の種にする。この世界にいる念使いの大部分を悪意を持って表現するなら、アルベルトはそんな評価を下すだろう。無論、彼自身の能力を含めてだった。

 純粋に念でしかできない奇跡を実現できる人物は、本当に希少な例なのだ。

 軍隊にとっても同様である。念能力者が脅威なのは確かだが、現代兵器の破壊力は念能力者にとっても致命的な破壊力を発揮する。仮にアルベルトと同等の使い手であれば、9mmパラベラム程度の拳銃弾なら冗談で済む。が、小銃弾が幾つも当たればかなり厄介で、それ以上では真剣に脅威だ。対物ライフルや重機関銃、携帯式ロケット弾に無反動砲に小型迫撃砲。恐ろしいのは、これらを軍全体で見た場合、威力的には豆鉄砲同然だという事である。

 これらの兵器は仮に強化系を極めた能力者だとしても、基礎能力だけで防ぐのは難しいと判断せざるを得ない。例えば基礎的な人体強化で対戦車兵器のメタルジェットの侵徹を防ぐならば、ユゴニオ弾性限界を十分に引き上げる必要があるのだが、それが可能な人間など、この世に何人いるのかという水準だろう。少なくとも、アルベルトの知る限りでは存在しない。

 が、現代の戦車の正面装甲は、あるいは爆破反応装甲や空間装甲などもろもろは、成型炸薬弾に抗甚するである。軍隊とは、敵の軍隊と争うことを前提とした組織なのだ。念能力者がひとたまりもない兵器の破壊力を、防御する術と対応するノウハウを備えている。

 つまるところ、相手は念能力者を屠る力を持つ武器をいくらでも繰り出せる。対して、念の向上には時間がかかり、そのペースも上限も知れたものだ。ただ唯一、生物としてより優れた基礎能力だけを頼りに駆け巡るには、戦場はいささか危険すぎる環境だった。かといって、防御用の優れた発を修得すれば、それ以外の事が何もできなくなりかねない。

 これら優れた装備を組織的に運用する軍隊という名の武力集団を相手にするなら、念能力者とはいえ無条件に勝利できるものではない。打撃と防御で大幅に劣る前提は覆しがたい為、圧倒的に上回る反応速度で行動の間隙を突くのが主になる。が、選択の幅が狭いという事は、敵に対処されやすいという事だ。具体的には拘束と飽和が十分であればそれで殺せる。あるいは、うっかり流れ弾一つ喰らうだけで、致命的なダメージとなる危惧すらある。

 そんな危険な戦場に、全力を投入しないのはなぜだろうか。常識的に考えるなら、持てる戦力を集中し、可能な限り短時間で目的を遂げて離脱するのが最善のはずだ。追う側と追われる側の意識の違いもあるだろうが、アルベルトには旅団の行動が、刹那的に思えてならなかった。

 しかし、とアルベルトは考えた。逆に半分しか廻せない理由があったとしたらどうだろう。駐屯地の襲撃に廻せない残りの半分は、どんな事情があるのだろうか。

 幻影旅団は盗賊だ。当然、何かを盗む事こそが存在意義であるはずで、目的があると想定するなら、やはり盗みこそ第一に懸念される。パクノダを泳がして試行した結果、最も活発な通信を促したのが念に関する情報だった。念を使える人材の確保を目論んでいるのだろうか。ならば、この国でそれが集まる機会はいつだろうか。そこまで考えを進めてから、アルベルトはあまりに自明な結論に頭を抱えた。

 決まっている。今、この場所だ。

 仮に現状で襲われたなら、空挺師団だけでは微かな時間稼ぎが精一杯だ。アルベルトが駆け付ければ包囲網が無実化し、カイトを撤退させればこれまでの成果が泡と消える。かといって、搦手で対処するのも難しい。策を弄したその策ごと、なにもかも破壊していく世界最強の盗賊団。そんな突き抜けた連中が、悪名高き幻影旅団なのだから。

 結局、本件を早急に片付けるしか術がない。そんな面白みのない結論に達したアルベルトは、戦いの場であるビルを改めて観察した。内部では相変わらず戦闘が続いているようだが、ここからでは様子を伺いにくい。それにしても長い。泥沼化しているならなるべく早い段階で介入したかったが、それは最後の手段でもある。下手な助太刀はカイトの邪魔になる恐れすらあった。

 だが、停滞した空気が突然変わった。部隊の誰一人として声を上げず、一斉に緊張を走らせた。一瞬前に何が起こったのか、正確に把握できたのはアルベルトだけだろう。しかし、違和感なら誰もが認識していた。アルベルトはそんな歴戦の猛者達に、内心で惜しみない賞賛を捧げた。

 目標のビルがずれていく。ゆっくりと、斜めに。

 内側から切断されたのだ。恐ろしいほどの切れ味で。やがて、建物は自重を支えきれなくなり、切られた上部が落下を始めた。衝撃に耐えきれず砕けていき、瓦礫となって崩壊する。土砂降りのコンクリート塊が全てを押しつぶそうとする豪雨の最中に、アルベルトは二人分の人影を視認した。



次回 第十七話「ブレット・オブ・ザミエル」


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