「うわー、俺、こんな立派な上等な部屋、始めてっスよー」 グリードアイランドを手に入れ、帰りの飛行船の中。旅の道連れとなったレット氏は、おどおどと部屋を見回す。 なんと言うか、小市民的、と言うか、小動物的な動きだ。「レットさん、こっちに来てからどうしてたんだ?」 ふと気になって尋ねる。 レット氏は「レットでいいっスよ」と言いおいて、今までの経緯を話してくれた。 彼が飛ばされたところはエイジアン大陸でも先進国の地方都市だった。 ハンターライセンスもなく、金も持っていなかった彼は、行き倒れていたところを喫茶店のマスターに拾われ、住み込みのアルバイトをして働いていた。 そのかたわら、グリードアイランドについて調べていたとき、偶然モタリケの情報を聞き、バイトで貯めたなけなしの金で旅をしてきたらしい。 何か……いじまし過ぎて涙が出てくる。「じゃあ、実戦ってあの吸血鬼もどきが初めてだったのか」「ハイ。怖かったっスよ」 まあ、それなら先の戦いの腰砕けな反応も納得がいくし、鍛えればどうにかなるだろう。「じゃあ、ある意味ちょうどいいのかもしれないな。天空闘技場なら、いい修行の場になる」「はいっス! 見捨てられないようにがんばるっス!」 レット氏は意気込んで答えた。 次の日の朝、停泊所から天空闘技場に向かった俺たちを待っていたのは、シュウが大怪我をしたと言う知らせだった。 フロアマスター挑戦者との戦いで、接戦の末かろうじて勝利を収めたものの、シュウもすぐさま病院送りになったらしい。 あわてて病院に向かい、病室を訪ねると、全身包帯巻きのシュウがベッドで寝かされていた。「シュウ、大丈夫か」「――全治6ヶ月」 シュウは不機嫌そうに答える。「左手尺骨単純骨折。右手中手骨数箇所複雑骨折、右腕上腕骨単純骨折。肋骨第6、7、8番骨折。右足大腿骨単純骨折、右足中足骨粉砕骨折……骨だけでこれ。くっそ、あいつ、腹立つ!」 ベッドを叩いた衝撃が傷に響いたのだろう、うめき声をあげるシュウ。 シュウは悔しがっているが、相手の方はもっとひどい有様だったらしい。運ばれた病院で「10tトラックと喧嘩でもしたのか」と、聞かれたのだとか。「大事にしてくれよ。命の方が大切なんだからな……で、ちょっと紹介したい奴がいるんだけど」 言って、俺はレット氏を連れてくる。「誰? これ」 胡乱気にレット氏をねめつけるシュウ。「レット。同胞で、俺の命の恩人なんだ」 軽く紹介して、出会った経緯と彼が仲間になりたがっている事などを説明した。 シュウは最初渋い顔をしていたが、話を聞き終わると、あきらめたようにため息をついた。「ま、オレもこのざまじゃ文句はいえないな……いいよ、レット、君を仲間と認める」「あ、有難うございますっス!」 物腰も低く、感謝の言葉を述べるレット氏。「――ただし! ユウ、責任持って使えるレベルまで鍛えとけよ。オレが治るまでにな」 そう来たか。 まあ、責任も恩もあるし、否とは言えない。「了解。期限は6ヶ月だな?」「ああ。なんだったらグリードアイランドを使ってもいい」 どうも大盤振る舞いのシュウである。だが、いずれにせよ俺も6ヶ月もグリードアイランドを放置しておく気は無かった。 仇を討つためにも、ゲームをクリアするためにも、今の実力では不足が過ぎる。 強くならねばならない。今より、はるか高みに登らねば、旅団の一員である“ユウ”の仇には届かない。「わかった。俺も鍛えておくよ。お前に追いつけるようにな」 シュウがいないと言うのは不安だが、こいつに頼りっきりになるわけには行かない。 まっすぐにシュウの目を見すえ、絶対の決意をもってそう誓った。 それから二週間、レット氏を天空闘技場に放り込み、実戦を経験させながら、俺のほうは彼に賭けて私腹を肥やし続けた。 レット氏自身、基礎能力は低くないのだが、勝負度胸のなさと弱腰とヘタレオーラのせいか、オッズは常に高い。 結果、俺の預金残高がものすごいことになっていたりする。グリードアイランド、原価でなら買えるんじゃないかって位。 毎回危うい試合なのでその分寿命も縮む思いだったが。 それはさておき、俺自身は現在静養中だ。 本来なら俺も修行がてら戦いたかったのだが、吸血鬼もどきの攻撃を受けた肩の骨にヒビが入っており、全治一ヶ月と診断されたので、大事をとったのだ。 その怪我もほぼ回復し、レット氏もかなり戦い方を覚えてきた。200階クラスでの戦いも、危なげながらも順調に勝っている。 ――まあ、一度ヒソカと対戦という大チョンボを犯し、仮病を使って出場拒否したものの、相手の方も現れず、両方バックレ無効試合というミラクルを起こしたが。 これ以上を天空闘技場で望むよりは、グリードアイランド内で鍛えたほうが近道かもしれない。そう判断した俺は、シュウと相談し、グリードアイランドをプレイすることにした。「念のため、本体はここに預けてくれ」 正直病室に預けるのは心配だったが、まあ、シュウなら対策を考えられるだろう。 シュウの言葉通り、本体を彼の医務室に持って行き、ベッド横の台の上にセッティングした。 シュウとレット氏の見守るなか、目を閉じて集中し、ゲーム機にオーラを集める。 次に目を開くと、全く違う光景が目の前に広がっていた。 真っ暗な空間に、幾何学模様が浮かぶゲート。いつのまにか一人、そこに立っていた。 感動に、身震いする。 間違いない、グリードアイランドの入り口。ついに、ここに来たのだ。 入り口の女性に説明を受け、階段を下りていく。 その先に広がった光景。見渡す限り広がる広大な草原は、俺たちの始まりの光景。 地面の草を引き抜く。「うわ」 香りを嗅ごうとしたのだが、草がいきなりカードになった。 そういえばそんな設定だった気がする。 しばらく花や石ころをカード化して遊んでいると、レット氏が辺りを見回しながら階段を降りてきた。その動きは、やっぱり小動物的な感じだ。「うわー、グリードアイランドなんスよねー」「よそ見してないで行くぞ。あんまりここでじっとしてると他のプレイヤーが来るかも知れないしな」「ハッ、ハイ! 急いで行きましょうっス! さあ、さっさと行きましょう!」 いや、何も絶対に来るってわけじゃないし、そう怯えなくてもいいと思うけど。「……じゃあ、とりあえずマサドラを目指そうか」「え? アントキバじゃないんスか?」 目を見開き、尋ねてくるレット氏。「言ったろ? ここには修行で来たんだ。とりあえずゴンとキルアがやった修行をなぞって行こう」 たぶん、それが強くなる近道だろう。 暗殺者として育てられた“ユウ”はまっとうな修行法というものを知らないし、その辺りの知識をレット氏に期待するのも酷な話だし。「えー、あれ、かなりキツイんじゃ……すみません! 精一杯がんばらせてもらうっス!」 俺の眼力にレット氏はひれ伏した。 そんなバカな事をやっていたのが悪かったのだろうか。ふいに何かが飛来してくる音が聞こえてくる。 既視感とともに沸き起こるイヤな予感。 だがそれは、地に降り立った者の姿を見て払拭された。「ああ、フィンクス達に殺されてた……」「ラターザっス、ユウさん」 ああ、何かそんな名前だった気がする。 と言うか、レット氏、よく端キャラの名前まで覚えているな。 当のラターザは本に何かカードをはめ込み、調べている様子。「ふーん? ユウちゃんとレット氏、ね」「へえ、こんな風に調べられるんだ」「うおっ!?」 俺が背後から本を見ているのに驚いたのか、ラターザは驚いてのけぞった。“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”を使っただけなんだけどね。彼、こんな距離で敵から目を切るし。「“再来く(リターン) ”使用(オン) !! マサドラへ!!」 よほど驚いたのだろう。ラターザはこちらに呪文(スペル) カードすら使わず、逃げて行った。「マサドラ、あっちだな」 ラターザが飛んでいった方向を確認すると、そちらに向かって歩き出す。「距離、どれくらいって言ってたっけ?」「ここから北へ行けばアントキバ、さらに北へ80km、だったと思うっス。さすがに細かくは覚えてないっスけど」「充分だ」 というか、わかると思って聞いたわけじゃなかったんだけど。詳しすぎだろう。「じゃあアントキバをスルーして、とりあえずマサドラに行って見るか」「そうっスね。爆弾魔、怖いっスよ」 そっちはそこまで心配してないんだけどね。まだ表だって動くころじゃないし。 一番警戒しなきゃならないのはハサミを持った殺人鬼、ビノールト位か。それだって今の俺の実力なら、勝てない相手ではないはずだ。 それから3時間ほどかけ、アントキバ北の森林地帯まで走ってきた。 深い森の中、辺りに注意を払いながら走っていたのだが、何も出てこない。 山賊が出るかと思ったのだが、どうやらフラグが立っていないと出ないらしく、何事もないまま岩石地帯に出てしまった。 そういえば、原作ではここでビノールトと戦ったんだったか。まあ、向こうも別にここをねぐらにしてるわけじゃないだろうし、そうそう会うことも無いと思うが。「いよいよっスね、魔物がうようよいる岩石地帯」「ここで泣きごと言ってるようじゃ到底レイザーとは戦えないぞ」「わ、わかってるっスよ。それにこの辺の怪物の弱点は把握済みっす。やるっスよ!」 気合を入れるレット氏。まあ、ほんの数分後に怪物に囲まれ、悲鳴を上げることになるのだが。 攻略方法がわかれば怪物を倒すことはさほど難事ではない。 とはいえ“ユウ”が訓練していなかった事に関してはお手上げで、どうしてもバブルホースを捕まえることができなかった。 レット氏に至っては“レット”自身がそれほど訓練された念能力者ではなかったので、数種の怪物にかなり苦戦していた。 怪物退治に半日を費やし、いい加減フリーポケットの中身も一杯になってきたので、一度マサドラに向かう。 途中、キャンプ場のような小さな村で一泊し、マサドラに着いたのは次の日の昼ごろ。 フリーポケットのカードを全部売り払い、デパートでロープやスコップなど、必要な物を買いつけ、再び山岳地帯へ向かった。 レット氏は強化系らしいので、原作で出てきた修行法。 俺の方は系統別修行方法がわからないので、“ユウ”が修行して来た、おそらく正道でない修練法で念を鍛えながら、手近な山を、スコップで掘り抜く修行を並行して開始した。“周”の得意なユウだが、持続力がそれほどあるわけではない。 始めは一日一山が限度で、次第に距離を伸ばして行ったものの、再びマサドラについたのは12日後のことだった。 この修行においてはレット氏の伸び幅が非常に大きく、前半全然頼りにならなかったレット氏が、後半はかなりの助けになった。 再び山岳地帯へ戻り、今度は怪物退治。 修行の成果もあったのだろう。俺がバブルホースを捕まえたのは8日後、レット氏が全怪物を倒したのは1ヶ月後だった。 レット氏が怪物退治にいそしんでいる間に、俺は“堅”“流”と、基礎トレーニング。 特に苦手分野の“流”の修行と、基礎的な身体能力の底上げは必須事項。日々大石を抱えて動き回る俺に、レット氏は畏怖というより恐怖に近い目を向けてきた。 それも物足りなくなってきたころ、ちょうどレット氏の怪物退治が済んだので、レット氏とともにマサドラに向かった。 モンスターのカードを全て売り払い、全額貯金する。ついでにスコップやロープ等の道具類は全てレット氏に預けた。「なんで俺にっスか?」「ああ、俺、一度ゲームから出ようと思うから」 不思議そうに聞いて来るレット氏に、答える。「修行の道具で、こっちで手に入りそうにない物がほしいからな。お前の分も買って来てやるよ」「あらかじめ何なのか言っておいてくれないと、心の準備が……」 極めて情けない事を言うレット氏。「ただの重りだよ。ゾルディック家でゴン達が着けてたようなヤツ」 青ざめるレット氏を尻目に、俺は港に向かった。 港に着くと、所長を殴り倒して通行チケットを手に入れ、ゲートをくぐる。 天空闘技場から最寄の港に出ると、その足でネットカフェに立ち寄り、とりあえず500キロ分の重りと、それが仕込める上着の制作依頼をしてから飛行船で天空闘技場へ向かった。 グリードアイランド内にいたのはおよそ一月半ほどか、シュウの方も大分元気になっているだろう。 「シュウ、帰ってきたぞ」 言って病室の扉を開けた、そのままの姿勢で、俺は思わず固まった。 シュウが瞑想するように目を閉じ、そこにいた。“点”、念の修行法。それを行っているシュウから感じられる、恐ろしいまでの意識の集中。 ゾクリとした。 シュウは念すら使っていない。だが、“点”を見ただけで、シュウも、以前のシュウではないことがうかがい知れた。「……ユウ?」 シュウは、ゆっくりと目を開くと顔をこちらに向ける。「ああ、ちょっと必要な物があってな、いったん帰ってきた。そっちの具合はどうだ?」「オレの方は、大分治ってきた。このままなら4ヶ月で済みそうだって」 と、大分薄い物になったギブスを振り上げてみせる。「ブラボーから何か連絡は?」「仲間探しに梃子摺ってる。“同胞狩り”のおかげで他のやつらも慎重になってるみたいだな」 思ったよりも状況は動いていないらしい。なら、こちらもまだ修行に時間を費やせる。「あとユウ、天空闘技場の準備期間、一月ぐらいしかないだろ? 一試合くらいして行けば?」 シュウの言葉に、そういえばそんなものもあったな、と、思い出した。 もう200階クラスに未練は無いが、特注の重りができるまで、どうせ待たなくちゃならない。それなら修行の成果を試してみるのもいいかもしれない。 病室から闘技場に直行すると、届けを申請し、その日は久々に自室で眠った。 次の日、早速対戦相手が発表された。 相手の名はマッシュ。かつて、天空闘技場の一階で戦ったボクサーである。「注目の一戦です! 200階クラスで無敗の4連勝! フロアマスターにも勝利しているユウ選手と、こちらも200階クラス3勝無敗! マッシュ選手です!」「久しぶりだな」 久しぶりに見るマッシュの体は、以前より一回り大きく見える。 身に纏うオーラの量といい、相当鍛えたらしい。「オレは、お前に倒されて以来、鍛えに鍛えた! ボクシングの弱点も克服し、そしてここで勝ち続けた! ひとえに、お前に勝つためにだ!」 マッシュは、審判の開始の合図を尻目に、演説をぶち始めた。 どっと、会場が湧く。「ユウ! お前に負けるまでオレは無敗だった! アマでも、プロでもだ! それどころか、誰もオレからダウンすら奪えなかった!」 燃える瞳でこちらを見据えてくるマッシュ。 そりゃあ、あの体格で念能力者じゃプロアマ通して負け無しも当然だろう。見たところマッシュは二十代後半位か。それまで無敗ってのは結構な記録だっただろう。 だが、こいつ、いったい何を言いたいのか。「――衝撃的だった。このオレが宙に浮かされ、3メートルほどもぶっ飛んだんだからな! だから、オレはあの時、誓ったんだ!」 マッシュは、そこで一拍おいて、思いきり息を吸い込んだ。「ユウ! この試合、オレが勝ったら、オレと付き合ってくれっ!!」 ドーン そんな擬音さえ背負ってぶちまけた一言で、俺のアタマの中が真っ白になる。「なっ! なんとおっ!! マッシュ選手、試合中に、ユウ選手に交際を申し込んだぁっ!」 アナウンスの声とともに、試合場にマッシュを応援する声援で満ちる。 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。 試合中に何考えてんだとか。なんで俺が男に告られにゃならんのだとか。そもそも俺は15だぞこのロリコンめとか。 「さあっ! ユウ! 試合開始だ!」 その言葉を最後に、マッシュは俺の正面からの全力キックを受け、闘技場の壁にぶち当たって気絶した。 当然の末路と言える。「――待ってくれ!」 次の日、午前中に届いた重り入りの上着を手に、病院に向かう俺を呼び止める声があった。 振り返ると、そこに立っていたのはマッシュだった。「何の用だ?」 冷たい声で言い返す。と言うかこいつ、昨日の今日でよく動けるな。つくづくタフな奴だ。「オレは、あんたを倒すために、必死で修行した! 限界を超えて鍛えてきた! だけどあんたは、オレよりはるかに強くなっていた! オレは強くなりたいんだ!」 正面から目を見て、頭を下げて頼んでくる。 その目を見て、怒りはどこかへ失せた。強くなりたい、そんな力への渇望は、俺も持っているものだから。「頼む、オレを鍛えてくれ!」「――わかった」 俺が肯くと、マッシュは目を輝かせた。「ほ、本当か!?」「ああ。そのかわり、こっちも手伝ってもらうからな」「ああ! 何でもやる! やってやるさ!」 喜んでガッツポーズをするマッシュ。 ボクサーだし、実力も申し分ないし、きっと戦力となってくれるだろうけど。 思わず、乗せられてシュウに相談もせずに決めてしまった。 シュウにどうやって切り出そうか。 考えると憂鬱になってきた。