“同胞殺し”の件から数日、目的の情報を手に入れた。 ここ数年で失踪したプロハンター、ないしは念能力者。その中で失踪直前にグリードアイランドを手に入れた人物。できれば縁故のない人物が望ましい。 その条件に、ぴったり当てはまる人物がいた。 ――と言うか、モタリケなんですがね。「モタリケか」 原作に登場する人物ということで、シュウも渋い顔をしていたが、ある意味交渉は容易いかもしれない。「急いで行きたい所だけど、俺は試合があるからな……ユウ、ひとっ走り行って押さえておいてくれないか?」 シュウは3日後に試合を控えていた。フロアマスター挑戦権を手に入れた選手が、シュウを指名して来たのだ。 モタリケの家の所在地まで行くには、最低でも2日かかる。 試合までに往復するのは不可能だし、5日のロスは無視できない。「一応、法的には押さえとくから、ユウ、すぐに出てくれ。こういうのは早い者勝ちだしな」 そう、競争者はいくらでもいるのだ。のんびりしているわけにはいかない。「飛行船のチケット、すぐに取れるか?」「指定席……と、個室が空いてる。最寄りの都市まで直行便が出てるからこいつで行きゃいい」 シュウはすばやい操作で予約した。「ん、じゃあ今から出てくる。ゲーム押さえたら、とりあえず連絡するから」 その日の夕方の便で飛行船に乗り込み、最寄りの都市までは1日。そこからバスや列車を乗り継いで一日、片田舎の町の借家がモタリケの家だった。 ちなみに近所づきあいはなく、家賃光熱費その他は口座からの自動引き落としにしていたため、失踪の事実自体ほとんど知られていないという悲惨っぷりである。 シュウがどうやってか手配して来た権利証を見せて家の鍵を受け取り、大家立ち会いの元、家に入る。意外に几帳面なのだろう、家の中はきちんと整頓されている。ただ、分厚くつもったホコリの量が、家主が長い間不在である事を物語っていた。 そんな家の一室で、こっそり起動していたグリードアイランドを、ジョイステⅡごと回収した。 これで一応任務完了。シュウに連絡を入れておく。まっすぐ帰りたいところだったが、思ったよりも時間を取られてしまい、今日のところはこの町で泊まることになった。 とはいえ、本当に田舎町。宿などあるのか不安になっていたのだが、町のはずれに旅館があるということで、そこに泊まることにした。 夜も更けたころ。宿には温泉もあると聞いたのだが、グリードアイランドから不用意に目を離すわけにはいかないので、温泉に関しては諦めることにする。 電源を引き抜いても起動し続ける機械をザックに突っ込み、部屋に引き篭って遅めの夕食を取っていた。 田舎料理ながら、舌を楽しませるには充分な味の、郷土料理の数々。 久しぶりに、お袋の味というやつを思い出した。「ちょっと! お客さん! 困ります!」 そんな感じでしみじみと食事をしていると、渡り廊下のほうが騒がしくなる。 耳を済ませて聞けば、どうも無理やり押し入って来た者がいるらしい。 ――と言うかどうやら向かっているのは此処っぽい。「すんませんっ!」 そう言って入ってきたのは、なんというか、“赤い”男だった。 黒のパンツに目に痛いほど真っ赤なジャケット、つんつん頭の、二十歳前後の男。暑苦しいまでに濃く、熱血漢めいた顔立ち。 でも、なんと言うか、何だろう。この全身からたちのぼる三下オーラは。「あんた、モタリケの家からグリードアイランド持って行ったハンターっスよね!?」「そうだけど……盗んだわけじゃあないぞ? このゲームは、法的にはすでに俺の所有物だ」 正確にはシュウの物だが。話がややこしくなるので黙っておく。「いやっ! よこせとかそう言うんじゃないんっス! ただ、俺にもプレイさせてもらったらうれしいんでスけど」 「あ、それ無理」「なっ!? なんでっスか!? 俺が頼りないからっスか!?」 いちいち暑苦しいな、こいつ。「じゃなくて、俺、仲間がいるから。席が空いてないんだよ」「そんなー。お願いしまっす! 俺も帰りたいんスよ!」 土下座して頼んでくる男。かわいそうだけど……こんな奴を仲間にはできないよなあ。「一応……“練”を見せてくれるかな」 断る口実にするつもりで言った。「え? いや……見せなきゃダメっスか?」「不合格でいいならな」 そういって男に見せられた念能力はお世辞にも“使える”ものではなかった。 少なくともグリードアイランドとは破滅級に相性が悪い。 「悪いけど……」 断るつもりで口を開きかけたところ、突然あたりの電気が一斉に落ちた。「な!?」 とっさにグリードアイランドの入ったザックを引き寄せる。 そこに、何者かが襲いかかってきた。 暗闇の中とはいえ、動き自体はオーラで判別できる。相手の攻撃をガードし――とんでもない力で吹っ飛ばされた。 窓を突き破り、庭園部分まで吹き飛ばされて、やっと足が地についた。 受身を取り、そのまま一回転して立ち上がる。「やるな? さすが、ロックス達を始末しただけのことはある」 俺の泊まっていた部屋、破れた窓ガラスを吹き飛ばして姿を現したのは、吸血鬼だった。 映画に出てくるドラキュラそのままの格好。ご丁寧に牙まで生やしている。 どんな種類の念能力者か、容易に想像がつく。「ロックス、と言うのは、同胞狩りをしていた連中のことか?」「ああ。レイズの奴も大分執心だったし、捕まえて渡してやろうと思ってたいが……気が変わった。お前は俺が吸ってやる」 禍々しく、強大なオーラ。異常な怪力。 間違いなく、こいつは強い。本能が、経験が、全力で警鐘を鳴らす。 自然、流れる冷や汗に顔をしかめながらナイフを取り出し、“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を口に含む。 庭石や立ち木など、身を隠す場所には困らないが、こいつを相手にするのに、いつでも“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”を使える状態にしておきたい。 続けざまに“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”で吸血鬼もどきの背後に跳んでナイフで首筋を狙う。 だが、相手はナイフが刺さるのもかまわず腕を振り回してきた。 とっさに発動させた“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”が間に合い、俺はこの怪物から離れたところに跳び移った。「聞いているぞ! 瞬間移動の能力!」 確実に致命傷を与えたはずだが、吸血鬼もどきは平気な顔でいる。 ――どころか傷が、急速に塞がっていく。「再生能力?」「その通り! 夜の吸血鬼に、そのようなものでダメージを与えようなど笑止!」 拙い。“ユウ”はもともと攻撃力がある方じゃない。、先ほどのようなナイフによる刺突が、俺の持つ最高の攻撃だ。 それで殺しきれないのなら、俺には奴を殺す手段が無いも同然。「逃げられるとは思わないことだ。すでにこの一帯は我が支配下にある!」 その言葉に、ちらと辺りに目を配る。逃走経路となるであろう要所々々に人間が配置されていた。 念使いではない。だが、一様に空ろな瞳でこちらを観ていた。 感情を宿さぬ瞳が、視線すら感じさせずこちらに向けられている、という状況に、ぞっとする。「吸血鬼に噛まれた者はその下僕になる。これぞ我が能力“血の同胞く(ブラッドパーティ) ”!」「何から何まで吸血鬼か!」 だが、これほど強力な念能力ならば、弱点も再現されているはず。 時間帯的に日光、場所的に流水は期待できない。十字架も銀も調達できない。 白木の杭あたりか。 宿の庭にはきれいに手入れされた庭木が植えられている。“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”で木立の影に跳び、ちょうどいい太さの枝をナイフで切って即席の杭に仕立て上げた。 再び跳躍し、怪人の背後に回る。「甘いわ!」 読まれていたのか、顔面近くに蹴りが飛んで来る。 続けざまに上空に跳び、これを躱す。「喰らえっ!」 わざと声を出し、杭を手に襲いかかる。「宙に跳ぶとは不用意な!」 迎え撃つ吸血鬼もどき。交錯の瞬間、跳ぶ。背後に飛んで、後ろから心臓を撃ち抜いた。 そう思った瞬間。 衝撃が襲った。 左肩の痛みとともに、地面と空が交互に視界に入る。「ぐっ!」 転がるように吹き飛ばされ、庭石にぶつかってやっと止まる。 その衝撃で、口から飴玉が放り出された。 拙い。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”は舐めていた時間だけ強制的に“絶”状態になるリスクがある。 その間に、この怪人の攻撃を一度でも受ければ間違いなく終わりだ。 とっさに庭石の陰に身を隠す。 「“絶”で身を隠そうとも無駄だ!」 都合よく勘違いしているらしいが、窮地が変わるわけじゃない。 加えて先ほど攻撃を受けた肩は使い物にならない。 本気で拙い。とりあえず“絶”のまま1分ほどやり過ごさなくてはならない。「安心しろ。我が下僕として存分にかわいがってやる」 なんと言うか、視線で全身を舐めまわされる感覚がして身震いする。 じりじりと距離をつめてくる吸血鬼もどき。押されるようにこちらも退く。「ま、まてっ!」 と、横合いから声が入った。 声の主を探ると、泊まっていた部屋の、破れたガラス窓の向こうに立つ赤い人影。「それ以上狼藉を働くと言うのなら、このレットが相手っス!」 青年――レット氏が、勇敢に吸血鬼もどきを指差す。 よく見ると足が震えてるんですけど。「なんだね君は?」 怪物は、興醒めした様子でレット氏をねめつける。「くっ……怖い、怖いっスよ……でも!」 レット氏は、なけなしの勇気を振り絞るように拳を握りこむ。 レット氏の念能力は制約が厳しい。 敵が多数、ないしは相手の実力が自分より上であること。さらに自分以外の誰かが危機に陥っている事。 窮地に立つ者を守るためにだけ、彼の念能力は発現する。「変……身!」 レット氏の言葉とともに、彼の身が真紅のバトルスーツに鎧われる。 そう、彼の念能力は変身――と言うか変身ヒーロー。変身後に普段に数倍する能力を手に入れる代償が、この厳しい制約なのだ。「レッドキィーック!!」「むっ!?」 レット氏の跳び蹴り。それをガードした怪物の顔が、鋭くなる。 おそらくその威力に脅威を覚えたのだろう。「お、俺のレッドキックが効かないっス」 何か、ものすごく驚愕しているレット氏。「いや、ガードしたからだし。充分戦えてるから」 レッド氏に駆け寄り、声をかける。 見たところレッド氏と吸血鬼もどきの攻撃力は互角。充分戦いになるはずだが、彼は今の蹴りに相当の自信を持っていたらしい。思いきり及び腰になっている。「こうなったら必殺技しか……でも、アレの制約はもっと厳しいし……」 ぶつぶつとつぶやくレット氏。「おい、何かいい手があるのか?」「は、はいっス。必殺技を使えれば、たぶんあいつを倒せるっス。でも……」 そこまで聞けば、細かい所は必要ない。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”の副作用はちょうど終わったところ。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”をレット氏に手渡す。「これを舐めろ。念能力の“制約”を外せる」「え? いや、こんな時に……」「いいから舐めろ」「いや、マスクがじゃまで――」「それ取ってとっとと舐めろぉーっ!!」「ち、ちょ――ムグ」 無理やりレット氏に飴を舐めさせる。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”は燃費の悪い能力なのだ。ぼやぼやしてるとこっちがへばってしまう。「舐めたら必殺技!」「はいっス! 必殺、サンライトブレード!」 レット氏の声とともに、陽光を集約し、刃にしたような光の剣が彼の手に握られる。 ――これは嬉しい誤算。太陽の光は吸血鬼の弱点そのものだ。「くっ! 日の光……勝負は預けるぞ!」 向こうには、さぞ剣呑なものに映ったのだろう。 吸血鬼もどきは身を翻し、逃げていった。波が引くように、他の吸血鬼もどきも退いていく。 助かった。本当に死ぬかと思った。 死地を脱した実感に、思わずため息が漏れる。「レットさん、助かった」「……ほんとっスか?」 俺の礼に、レット氏は何故か恐る恐るこちらを伺う様子。「ああ」「じゃあ、俺も仲間にいれてくださいっス」「え」 いや、一応恩人だし。だけど、こんな奴連れて言ったらシュウに殺されるかもしれない。「お願いしまス! なんでもしまス! 荷物もちでも肩もみでも! パシリは俺の得意分野っス!」 恥も外聞もなく土下座するレット氏。 と言うか言ってる内容、限りなく情けない。まだバトルスーツ着た格好なのに。 変身ヒーローの土下座。限りなくシュールだ。「お願いしまスうぅ!」 本当にかわいそうになってきたし、命の恩人だし。「……一応、仲間に相談してからな。紹介はしてやるから」「ありがとう! 有難うございまス!」「肩をもむなぁっ!!」 さすがに我慢も限界。俺の拳が、レット氏のアゴを貫いた。