表――クラピカから見た彼女 その少女に出会ったのは、宵闇に光を奪われた、暗い森の中でのことだった。 焚き火の光に誘われるように、彼女はゆっくりとあらわれた。 最初、わたしはそれが人だとは思わなかった。 たしかに人の姿をしている。 ただし有する色彩は異質。わたしの知るどんな人種にも当てはまらないものだった。 虹色。 炎の朱に照らされてなお褪せぬ虹の色彩を、その髪と瞳は有していたのだ。 ――魔獣の類か。 そう判断したのは妥当だった。 人語を解し、人並みの、あるいは人を超える知能を有する獣、魔獣。その中には人の姿を借りることができる種があると、知っていたからだ。 異貌だけではない。そもそも年端もいかぬ少女が人の手も入らぬ森の中にいること自体が異様であり、それもわたしの確信を深めた一因だった。「止まれ」 なにかに憑かれたようにように、ふらふらと近づいてきた少女を、わたしは呼び止めた。 反応は無かった。 虹色の視線はただ一点を見据えている。 焚き火に炙られ、香ばしい香りをあげる獣肉。彼女はそれに鼻をひくつかせていた。「食べるか」 声をかけると、少女はゆっくりと虹色の瞳をこちらに向けた。はじめてこちらん気づいたような、そんなしぐさ。 そのあとの行動は、わたしの想像を超えていた。「ク……ラッ!?」 驚愕とともに、いきなり木に張り付いたのだ。 わたしが不審に思ったのも当然だったろう。 だが、それ以上に面食らわざるを得なかったのは、つづく彼女の言動である。「な、なんでこんなところに!? っていうかありなのかこんな偶然!!」 そう言って少女は頭を抱えた。 意図の端もつかめなかった。ただ、未知の人間に見せるには、奇妙に過ぎる彼女の反応に、不審はいや増した。彼女が人以外のなにものかであるという確率は、逆に低くなったが。 どうものっぴのきならない事情があったようだが、警戒が先に立っていたからだろう。わたしはあえて立ち入ることをためらった。 だが、不審の視線が障ったのだろうか。こちらの意図を察したように、少女は至極ばつが悪そうに虹色の髪を掻き揚げて言った。「じゃあそういうことで、失礼しました」 なにがそういうことなのかわからなかったが、くるりと背を向けた彼女が――正確にはその腹が発した音の意味は、この上なく明確にわかった。 つまるところ、彼女は何の底意も無く純粋に、飢えていたのだった。 少女が人を喰らう可能性を考慮しながらも、わたしは彼女を供応することにした。 終始居心地が悪そうに肩を揺らしながら、彼女はわたしの用意した食料をきれいに平らげた。 飢えを満たせばたとえ猛獣でも危険ではない。緊張とともに口が緩んだ彼女から事情を聞きだすのはわけがなかった。 少女はライと言った。 わざわざ「ライ」と呼んでくれ、と頼まれたときは、およそ偽名の類だろうと思ったのだが、話を聞くうち、どうやら愛称であることがわかった。本名については、はよほど毛嫌いしているらしく、とうとう教えてくれなかった。 人間であることは、間違いないようだった。だがそうすると、どうしてこんな森の奥に入り込んだのかがわからない。 問いただしてみると、人を避けるために森へ入ったというのだ。 呆れたものだ。自然の中で自活する術を、彼女が持っていないのは明白だった。衣類を森で汚した形跡がほとんど見られない。つまりは森に入って日が浅い。 にもかかわらず飢えていると言うことは、そうであるに違いなかった。 無謀と言うほかない。熟れたものにとって森は生きていく上での糧を充分に恵んでくれる場所だが、素人ではそうもいかない。たとえば木の実や茸ひとつとっても毒の有無を見分けられなければ、生死に関わるのだ。「それでも人の目を気にするよりはましだと思ったんだ」 少女、ライがそう言うには、わけがあった。 彼女が纏う虹の色彩。生まれもってのそれは、彼女に不幸しかもたらさなかったらしい。さる宗教団体には神の御子として、また好事家からは希少な変異種として追われ、一般市民からはあまりに人からかけ離れた色彩ゆえ、恐れにも似た感情をもって避けられる。両親もすでに故く、孤独に暮らしてきたのだ。 彼女はそれをさらっと語った。まるでプロフィールを読み上げるような調子で。 他人事のような表情がひどく印象的だった。 蓄積した疲労ゆえか。しばらくするとライは眠りについた。 後ろから見れば背がすっかり隠れる太い木の下で、身を預けるようにまどろむ彼女から、隙というものをまったく見出せなかった。 彼女は強い。おそらく、わたしより。 だが、それに驚くよりも、うらやむよりも、悲しくなった。 十になるかならぬかという少女が、生きていく上でそれほどの強さを必要とすることに、である。 それも、虹色の異貌ゆえか。 そう考えると、自然、感情に波が立つ。 わたしの一族も、ある身体的特徴により滅びたからだ。 緋の眼という。 感情が高ぶると顕われる瞳の色彩は、世界の七大美色に数えられる。 それゆえ、狩られた。 一族の者はみな、瞳を抉られ、殺されたのだ。偶然その場にいなかったわたしだけが、助かった。 そのときから、わたしは復讐のためだけに生きてきた。 だからこそ彼女の強さが、わたしには悲しく映った。 異様な気配で目をさましたのは、月が中天より傾いたころだった。 針を忍ばせた真綿を押し付けられるような感覚は、いまをもって忘れがたい。 およそ自分が知るどんな獣のものとも似つかぬその気配に、むろんライも気づいた。「妙なオーラ」 彼女が言った意味は、いまではわたしにも理解できる。 まさにそれは念能力者の気配だったのだ。 だが、このときのわたしが知る由もない。 悟りきったようなライの表情。ついで告げられた別れの言葉が、彼女との最後の会話だった。「ごめん。ご飯ありがとう。もう行くよ」 闇に消えていった彼女は、帰って来なかった。 彼女がどうなったのか、知る由もない。生きているのか、死んでいるのか、それも分からない。 だが、なんとなく予感がある。 いずれにせよ、彼女とは遠からず出会うと。 所詮、あまりにも近すぎるのだ。わたしと、彼女が住む世界は。狩る側と狩られる側、立場が違うだけで。 願わくば、彼女とは二度と出会わないよう。 目的のためには、わたしはあの少女をすら、狩ることをためらってはならないのだ。 裏――彼女たちに対する、彼女の弁明 だから、ほんとに偶然なんだって! なんであんなとこにクラピカいると思うよ!? この髪と目のせいでいろいろ言われるのがイヤで逃げてきただけなんだって! なにイヤなら染めろ? 無理なんだよ! 染料もカラーコンタクトも受け付けないんだよ、この体! 大体あんたら同胞なんだろ? なんでちょっと話しただけで怒るんだよ? 正史? そんなのあれくらいで変わるわけないだろ! だいたい自分の話しかしてないし! 飢えてたところ助けてもらったんだから話しふられたらつきあうしかないだろ! 無茶言うな! はあ。初犯だし許してやる? 犯罪者あつかいかよ。まあ、どうでもいいけど。 名前? ライだよライ。 フルネーム? なんでそんなの……念能力でチェックするため? 保護観察処分かよ。まあいい。別してマフィアには関わりたくないしね、本編に首突っ込むつもりはないから不都合はないさ。 ラインヒルデ・ザ・レインボーだよ笑うなよ失礼だろ! 世界観に全然合ってないし名前ドイツ人名なのに姓が英語だしそもそも中二病なネーミングセンスなんだろわかってるよこっちだって恥ずかしいんだよ! こっちに来てから中二病から卒業したんだよ手遅れだったんだよ察しろよ! じゃあこれでいいだろ? もう行くぞ。 あばよ、趣味人ども。