しばらくして、ツンデレが目を覚ました。 覚悟は、とうに定まっていた。「ツンデレ」「いたた――なによ」 ツンデレはぶつけたところが痛むのか、頭を抱えながら返事してきた。 ロリ姫は、まだ目覚めていないのだろう。ツインテールは力なく垂れ下がっている。「話がある」 そう言って、ツンデレと正面から向きあった。ツンデレは怪訝な視線をこちらに向けてくる。「あらたまって、いったいなに?」「ブランとミナミ」 その言葉に、ツンデレの眉がはねた。「あいつらは強い。いまの俺じゃ、逆立ちしてもかなわない。でも、俺はあいつらを、あいつらのやることを絶対に許せない」 だから、止める。そのために、強くなりたい。強くならなくちゃならない。あいつらの傲慢を支えるその実力ごと、あいつらを叩きのめすために。 だけど、それは確実に、遠回りになる。もとの世界に還る――俺たちの最終目標から。 それでも俺は頼まなくちゃならない。ツンデレに、力を貸してくれ、と。 至極都合のいい話だ。 いままで助け合ってきたのは、もとの世界に還ると言う共通目標があったからだ。などと言い切るつもりはない。そんなことを抜きにしても、ツンデレは大切な仲間だ。 だが、俺たちのつながりの根幹にあるところはそれで、この件は、それとはまったく関係ない。俺の、単なるわがままなのだ。「勝手な話だと思う。だけど、頼む。お前の時間を、俺にくれ」 頭を下げた。 表情を見るのが怖くて、とても頭を上げられない。 時が止まったように、静寂が流れる。 ツンデレのため息が落ちてきた。「――ほんとに勝手ね」 見上げると、ツンデレの苦笑が目に映った。「目的がどうとかなんて、関係ない。すっと前から、わたしは、あんたのこと……っな、仲間だって思ってるんだから!」 ツンデレは腕を組んでそっぽを向いてしまった。顔が赤い。 なんだろう。 ちょっと感動してしまった。「まったく、お前の時間を俺にくれ、なんてプロポーズじゃないんだから……」 なにやら小声でつぶやいているツンデレに、感謝の言葉を送ろうとして。「あーあー、そこのストロベリってる少年少女たちー?」 いきなり、横合いから声が投げかけられた。 声のほうを振り向く。なんかいた。 ブランが洞窟に開けた大穴。そこからこぼれる光を背負って、腕組みしている。 逆行の中でも悪目立ちする、メイドとシスターの融合体のような奇天烈な姿をした銀髪の女だった。 いきなりの登場に目を見開く俺たちを前に、女がふたたび口を開く。「力が欲しいか。なら、くれてやるーなんちってー」 沈黙が流れた。軽い。つか誰だよ。どうすんだよ、この空気。「私は――うわっ!?」 女の言葉をさえぎるように、光の塊が飛んできて地面に突き刺さった。 この現象には見覚えがある。グリードアイランドでの移動系の呪文だ。 身構えたのは一瞬。光が消えたとき、現れたのはよく見た顔だった。 剣呑な怒りのオーラを漂わせたシュウと、その哀れな犠牲者だった。たぶんとっつかまってスペルカードを使わされたんだろう。小動物のように震えている中年のプレイヤーには同情を禁じえない。 ちょうど折悪しく、地面に倒れていたボクサーが息を吹き返した。「っ痛てー。あー。負けたか」 ボクサーはそう言って、存外平気そうに半身を起こしてきた。あの手ごたえなら半日は起きないだろうと思っていたのだが。タフな男だ。「おい、レット。起きろ」 ボクサーはシュウには気づかず、隣で大の字になって寝ている青年をつつく。 ツンデレに倒された青年は、むにゃむにゃと口を動かした。ガン寝してやがる。素晴らしい。「うーん。そんな、ユウさん。そんなところ……」「うらやましい夢みてんじゃねえよ、起きやがれ!」 今度は拳骨がレット青年の頭に落ちた。 青年は頭を押さえて転がりまわった。「――何するんスか!? せっかくいい夢みてたのに!」「阿呆。敵にやられていい夢みてんじゃねぇよ」「っと、そういや戦いはどうなったんスか?」「この状況見て察しろよ。ボロ負けだよ」 見事なまでに、シュウの存在に気づいていない。コントのようだ。あるいは見たくない光景に、脳が理解を拒絶しているのかもしれない。 無視されたシュウのオーラが、また跳ね上がった。恐ろしすぎる。「言いたいことはそれだけか?」 冷えた声が、洞窟を吹き抜けていった。「し、シュウさん」 青ざめた顔のレット青年。歯の根が合ってない。「これは――マッシュが悪いんスよ! ユウさんに点数稼ごうとして、シュウさんとの待ち合わせあるのにカード集めようとか言いだして!」「それに乗ったのは誰だよ」 ボクサー、マッシュのほうは慌てず冷静に、相棒を共犯の泥沼に沈み込めていく。すでに言い逃れるのはあきらめているらしい。 意外だ。まさかシュウにこんな愉快な仲間が居ようとは。「だいたいあんた、その年でユウさんとか犯罪寸前じゃないすかこのロリコン!」「ロ……リ?」 小声で言ったシュウの言葉は、ふたりには聞こえなかったらしい。だが、えり首つかまれた哀れなプレイヤーは、気当たりで気絶寸前だ。「まあ、確かにユウは俺の歴代でも飛びぬけてお子様だけどよ」「……お子様?」 あのな、シュウ。俺らがさんざん苦戦したブランのオーラ量とか気軽に超えちゃいけないと思うんだ。あと声を押し殺して笑うな。こわいから。「どうやら最も基本的なところから教育してやらなきゃいけないみたいだな」 俺はあのプレイヤーのおっさんが哀れでならない。「おい、シュウ」 苦笑いをかみ殺しながら投げたものを、シュウは片手で受け止めた。その掌に収まったのは、古ぼけた手帳――グリードアイランド攻略の前任者、レンドの手記だ。「アズマ!?」「これは、グリードアイランド攻略の道半ばにして倒れた男の手記だ。使ってくれ」 そう言うと、シュウは不審げな目を向けてきた。「いいのか?」「内容はもう頭にはいってる。俺たちはちょっと遠回りすることになったからな、一番にクリアするヤツに持ってて欲しいんだ」 たとえいけ好かなくとも、シュウは一流だ。おそらく、グリードアイランドをいち早くクリアするのは、こいつだろう。 どの道俺たちは、遠回りすることになる。だったら、この手記は彼らのもとにあるべきだ。 妙な感傷かもしれないが、そうしなければならないと思った。「礼は言わないぞ」「言われたら気持ちわりいよ」 互いに鼻を鳴らして。「おい、同行(アカンパニー)、マサドラだ」「は、はいっ!! 「同行(アカンパニー)」仕様(オン)! マサドラ!」 嵐は去っていった。「タイプの違う三人の男たち……ないすきゃすてぃん!」 そして変態が残った。「私の名前はシスター・メイ」 変態はそう自己紹介して来た。 シスターでメイドだからシスターメイか。まんまな名前だ。「Greed Island Onlineの開発にちょろーっと関わってた人なんだけど」「あいつらの知り合いなの?」 身構えるツンデレに、シスターは首をひねった。「うーん、知り合いっつっても、モニタ越しでしか知らないような仲なんだけどね。私としちゃあいつらのやり方はとうてい納得できないし、それで、何とかしたいと思ってたところで、ほら、あんたたちががんばってくれそうだったから」 無責任な物言いである。「あんたは何にもしないの?」「俺たちの戦いを見張ってたのか? どうやって?」 シスターに向けて、同時に疑問を口にした。「そのふたつともの答えは、いっしょなんだけどね」 シスターは俺に向かってに腕を突き出てきた。抵抗もなにもない。腕はそのまま俺の体をすり抜けた。「こんな体……ってより、念能力だから」 シスターは言った。「ガラス越しの世界(スタンドアローン)。常時発動の念能力。私は他人との物理的な接触が出来ない。だから、助けが要るの」 なるほど。干渉できないかわりに干渉されない、そんな性質の念能力なのだろう。 何もしないじゃなく、なにも出来ない。そしてそれゆえ、気配すら感じさせずに覗き見ていられたのだろう。 だが、それでは、協力してもらうにしても……正直役に立たない。「アドバイスが出来るよ。私の、もうひとつの念能力でね」 俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、シスターはそう言って笑いかけてきた。その目が淡く輝いて見えるのは、“凝”のせいだろう。「そっちの仏頂面。あんたの念能力は放出系。物体を加速させる念能力。人にも使えるけど、強いオーラで守られている相手には使用出来ない。弱点は――その精度の低さ。二メートル程度の距離で、狙ったところから十センチも外れてたら、戦闘じゃお話にならない。ま、工夫して使ってるみたいだけどね。 もうひとつの能力、所有者に持ち物を返す念能力も、実戦的とは言いにくいわね。あくまで一番強く残存しているオーラで判断する念能力だから、所有者が次々と入れ替わっていたり、オーラの強い人物に“上書き”されると意図しない結果になる場合もあるだろうね」「……同感だ」 痛いところをずばりだ。「ツンデレちゃんのほうは、物理的な衝撃を、オーラに対するものに変換する――つまりオーラを攻撃する念能力ね。除念として使うにはいいけど、やっぱり戦闘ではいまひとつかな? 相性に極端に左右される念能力ね。具現化、操作系には強そうだけど、強化系とは相性が悪過ぎる。ドリルの彼女がいなかったら、さっきの情けない男の子にも勝てなかったはずよ」「う……」 ツンデレは言葉に詰まった。おそらくその通りだろう。 念能力の特徴、本質を、ことごとく言い当てている。観察力だけじゃ済まない。そう言う念能力に違いない。「分析解析一析(サンセキ)。この目で見た念能力を理解する念能力。たぶん、あなた達の念能力に関して、あなたたちよりよく知ってる――もちろん敵の能力もね」 素晴らしい、としか、言いようがない。「協力しない?」 シスターは聞いてきた。ツンデレと目を合わす。迷う必要はなかった。