シュウ。家名不詳。流派不詳。 およそ三ヶ月前、天空闘技場に現れ、二ヵ月足らずでフロアマスターの座を手にした天才格闘家。 年齢は十代半ば。現フロアマスターの中でも、とび抜けて若い。 二百階クラスの闘士に必ずといっていいほど付随する、魔術的な技術は、これといって見られない。だが、身体能力は頭抜けており、来期バトルオリンピアでも注目のひとりであるのは間違いない。 これがシュウの、天空闘技場における評価である。 だが、見る者が見れば、また評価は違う。「化け物だ」 それが二百階クラスからの十二戦、すべての記録映像に目を通した感想である。 勝った十一戦すべて、三分以内に決着をつけている。しかもすべて相手の念能力を引き出してのことだ。 そのうえ戦うたびに強くなる。 初戦とフロアマスター戦では、あきらかにオーラ量が違った。「うわ、容赦ない。あれって同胞じゃないの?」 ツンデレが見ているのは六戦目の映像だ。 卍解とか叫んでる男に、容赦なく必殺技をたたきこんでいる。 剣ごとぶっ潰しやがった。鬼だ。「お主……妾の仲間入りを果たすやも知れぬな」 ロリ姫。素直に言いすぎだ。あと嬉しそうに言うな。 なまじ現実味があるから笑えないって。「ねえ、本当に……するの?」 ツンデレが不安になるのもわかる。 強い上に、弱点が見当たらない。少なくとも闘技場という限られた空間では、シュウのような正統派はべらぼうに強い。 何とかできるとすれば、念能力の相性。シュウ自身を操る操作系、もしくはシュウを弱体化ないし無力化する手段を付加した具現化系の念能力。ついでにシュウ以上の強化系か。すべて俺とは無縁のものだ。 いや。弱点も、なくはない。実際、シュウは二百階クラスで一敗している。 映像を、再生。「なんだそりゃあっ!」「ダウン、勝負あり! 勝者ユウ!」 シュウが、唯一負けた試合。 相手は、瞬間移動系の念能力者、ユウ。終始戦いを有利に進めていたシュウが、最後の最後で、もろ肌脱ぎになった彼女をみて硬直。ぶっ飛ばされるという、彼らしくない最後だった。 女に不慣れなのだろうか。まあ、それを差し置いても、この一戦が、一番戦いになっている。 もう一度巻き戻して――リモコンを取り上げられた。「何じろじろ見てんのよ。いやらしい」 いや、にらまれても困る。「妬くな小娘。そこは知らぬ振りをしてやるのが女の度量と言うものじゃ」 いや、だから肯定されても困る。それが見たいわけじゃないんだって。「べ、別に妬いたりなんかっ! アズマのことなんてなんとも――」「なんとも?」 ロリ姫に凝視され、ツンデレは言葉に詰まった。顔が赤い。「アズマのバカっ!!」 枕が飛んできた。だから俺じゃないだろ。言ったのは。出ていかなくてもいいのに。 それにしても。 明日には、シュウと戦うのだ。そう思えば、震えがくる。 逃げ場などない。自ら望んだことだ。 やれることをやる。自分のすべてを出すだけだ。「みなさま、お待たせしました! わずか十日でフロアマスターへの挑戦権を獲得いたしました鉄人、アズマ選手! いま天空闘技場の頂点、フロアマスターへと挑みます!」 怒涛のような歓声が、降ってきた。 中には黄色い声も混じっている。応援してくれる女の人も、けっこういるらしい。 と、首筋がちりつく。殺気。観客席からだ。 視線をめぐらす。 ツンデレだった。むちゃくちゃにらんでる。怖ぇ。「対するは、現在最年少のフロアマスター! バトルオリンピア優勝候補の一人と目されております、シュウ選手です!!」 輪をかけたような歓声が降ってきた。黄色い声も、はるかに多い。 人気あるんだな。シュウ。まったく眼中にないっぽいけど。 自然体ながら、隙を見出しようがない。相対すると、改めてシュウの強さがわかる。 審判が、開始を宣言する。 シュウは動かない。「一応、聞いておくけど」 シュウが、口を開いた。瞳に宿る冷気が移ったような、冷たい口調だ。「何で、わざわざ俺を選んだんだ?」 シュウからすれば、当然の疑問だろう。 同胞で格上。わざわざ相手にするなど、常識では考えられない。 そう、これは暴挙。 だが、俺は。「足りないものを」 想いを込め、拳を握りこむ。「埋めるためだ」 おもむろに。 地面に拳を突き立てる。オーラを拳に集中した一撃は、石盤をたやすく破壊した。 手ごろな破片を拾い――走る。 加速放題(レールガン)は、命中精度が甘い。遠間から使うより、避けがたい近距離で使うほうが、より実戦的。 間合いに踏み込む。 シュウは動かない。 いや、左の拳が、腰まで上がった。それだけで、砲身に弾が込められたと確信する。 強烈な悪寒。 ――左! とっさに身をひねる。 鋭い風音とともに、拳が吹き抜けていった。 速い。そのうえ威力も、間違いなくある。繰り出される拳を見てから動いては、間に合わない。 見るべきは体の基点。初動を見逃さず、攻撃を予測するしかない。 集中しろ。意識のすべてをシュウにつぎ込め。 腰が捩れる。 この動き。ローキック。 ガード――無理だ。受けた足のほうがイカレる! 地を蹴る。上に跳んで。 その瞬間、失策を悟った。 シュウの蹴り足が、つま先を掠めていく。 その足が戻っていき。 こちらは、まだ空中。地面が遠い。裸で大砲の前に立たされている気分だ。 拳が、構えられる。 ――加速放題(レールガン)! シュウの姿が急速に遠のく。一気にリング際まで吹っ飛んだ。 息が詰まりそうだ。ただの一合で、神経を根こそぎ削られたようだ。 だが息をつく間もない。 シュウが突っ込んできた。 迎撃には一呼吸、いや半呼吸足りない。 踵が沈んだ状態では回避は不可能だ。 こうなれば方向なんておおよそでいい。 ――加速放題(レールガン)! 全力で放つ加速放題(レールガン)は音を引き連れた飛ぶ。 だが。 直撃軌道から刹那の瞬間に、シュウは身をはずしている。 とんでもねぇ。なんだいまの超反応。 シュウが迫る。 どこにも逃げ場はない。一瞬後には、どう動こうとあの大砲のような拳に捉えられている。 なら――上! ――加速放題(レールガン)! 天地が逆になる。 上に向けて落ちていくような感覚。 頭上の大地にすべてを置き去りにして、天井に足をつけた。 敵が、遠い。 ひと呼吸。 鋭く、より鋭く。集中を高める。 足にオーラを集中して。 思い切り、天井と言う名の大地を、蹴りつける。空中で半回転。シュウを狙った蹴りは、地面を貫く。 轟音。 石盤が舞い散る。 避けられた。だがそれも、予測済み。 舞い散る石盤から人の頭ほどの大きな破片を選択。加速放題(レールガン)を至近から放つ――つもりだった。 直前までいた地点に、シュウの姿がない。 どこだ――右! オーラを追って姿を見つける。すかさず加速放題(レールガン)。 石塊がシュウに突き刺さる光景が、確かに見えた。 だが。 止まらない。シュウの足が上がっていくさまが、スローモーションのように見える。 だが、体が動かない。溶かしたアメの中を泳いでいるようだ。 ガード。間に合わない。読め。オーラを集中してダメージを最小限にとどめるんだ。 中段蹴りだ。オーラを左脇腹にかき集める。 頭がぶれる。 景色が吹っ飛んでいく。観客席が見る間に迫ってくる。とっさに加速放題(レールガン)で軌道修正。身をひねって、滑るように着地。 わき腹に、鈍い痛みを感じた。肋骨が二、三本イってるらしい。 一瞬、頭に喰らったと確信した。それほどの衝撃だった。 凄い。 あらためて思う。 だが。「ダウンアンドクリティカル! シュウ! 3ポイント!!」 審判の宣言を聞き流しながら、リングに上がる。 シュウは、油断なく構えている。 間違いない。(・・)。「……何がだ」 聞かれた。口に出していたらしい。「俺が戦りたいのは、こんな(・・・)あんたじゃない……あんたにはもっと、殺気にまみれた、本当の姿があるはずだ」 そう。いまのシュウには、闘気はあっても殺気がない。 それじゃあ意味がない。俺が戦いたいのは、あの殺意の塊のような。修羅のようなシュウなのだ。「本気を出してくれないなら、こっちにも考えがある」「なんだ」 シュウは問い返してくる。イラついたような口調だ。「あんたの相方を、殺す」 一瞬。 シュウのオーラが一切消えて――爆発した。 すさまじいオーラ。焼け付くような殺気。これだ。このシュウだ。「上等だ」 シュウが、口を開く。声色が、膨大な量の憤怒を思わせる。「冗談でもそんな言葉、口にしたことを後悔させてやる」 殺気に、微塵の揺れもない。 間違いなく殺すつもりだ。 なら、殺される前に――。 ゾクゾクする。頭が痺れかえる。死の予感と殺意が、俺の壁を破壊した。確に、そう感じた。 おもむろに石版を引っぺがす。 ――加速放題(レールガン)!「正義の拳(ジャスティスフィスト)ぉ!!」 巨大質量による一撃は、一瞬にして破られた。石盤が粉微塵になった。 まったく通用しない。だがそれでいい。 正義の拳(ジャスティスフィスト)さえ、使わせることができれば。 正義の拳(ジャスティスフィスト)は、気合か想いか。とにかくそういったものでオーラを上乗せする技だ。なら、必然的。攻撃自体も重くなる。ジャブや捨てパンチに、想いは乗らない。強度の調整が効かない。正義の拳(ジャスティスフィスト)はそういう類の、文字通り必殺技だ。 だから、隙もでかい。 その隙を縫って懐に入る。 シュウの体が迎撃に動く。 対応してくるのはさすがだ。だが、やはり一瞬遅い。 ――加速放題(レールガン)! 体ごとぶち当たる。 六十キロ強の人間砲弾の直撃。さすがのシュウものけぞった。 だが。 体がきしむ。彼我のオーラ量の差が、攻防を一方的な結果に終わらせない。だが、ダメージは、向こうの方がはるかにでかいはず。 シュウがたたらを踏んだ。 違う。 大きく重心を退げて無理やりバランスを取ったのか。 蹴り。中段だ。意表を衝かれた。ガードするしかない。 オーラを集中。これに耐えられれば、シュウにはあとに続く技はないはずだ。 体が、ズレた。重い。あの体勢から放ったとは思えない。 右腕が、意思とは関係なく垂れ下がる。折れていた。 だが、耐えた報酬はでかい。シュウの腰は浮いている。動ける状態じゃない。 ――加速放題(レールガン)! オーラを集中し、頭から突っ込む。ガードするシュウの左腕を、確かに粉砕する感触。 もろともに場外まで吹っ飛んだ。「クリティカルアンドダウン! アズマ! 3ポイント!!」 音が波うつ。脳が揺れたらしい。 だけど、まだやれる。 頭上を、何かが飛び超えた。 シュウだ。口から血を吐いている。上手い具合に当たったらしい。「上等だ」 シュウの声が、揺れている。「とことんまでやってやるよ」 シュウの足が、揺れている。それがダメージによるものか、それとも視界が揺れているだけなのか。わからない。 リングに上がる。 シュウの拳が揺れている。それ以上に、俺は動けない。 だが。 左手にオーラを集中。 ――加速放題(レールガン)。 拳だけを加速する。窮余の試み。それがカウンターとなってシュウを捉えた。 肩が抜けた。当たり前だ。関節を無視した動きだ。 シュウの腰が落ちる。 違う。 ローキック。避ける暇もない。右膝が砕かれた。 構うものか。まだ戦える。 足が死んでも加速放題(レールガン)がある。 常時、加速放題(レールガン)で移動すればいい。攻撃も加速放題(レールガン)。脱臼した腕でも、この速度でオーラを集中して打ち抜けば、使える。 まだ、いける。 ほら、相手も崩れてきたじゃないか。 やれる。やれるぞ。 ――あ。 気がつけば。敵の砲台の前に身をさらしていた。「正義の(ジャスティス)――」 いつの間に? 喰らいながら狙っていたのか?「――拳(フィスト)!!」 避け――られない。直撃。オーラの防御も、たいした防ぎにならない。意識の九割が、消し飛ばされた。致命的な感触。 こ、の。 ――加速、放題(レールガン)。