突然現れた、海馬瀬戸。 意表を衝かれた。と、言えば、嘘になる。 同胞ならば、他作品の能力を念能力として再現することもできる。外見に関しても、同様だ。だから、そんなことも出来るとは、考えていた。 だが。やはり実際にこうして見ると、改めて驚かされる。「貴様らか」 海馬が、口を開いた。 見下すような視線は、はっきりとこちらに向けられている。 強い。 相対して、はっきりとそれがわかる。威圧感も、身に纏うオーラも、桁違いだ。「ふん。総オーラ量2200に2400か。クズ決闘者(デュエリスト)が。まとめてかかって来い!」 腕の決闘盤(デュエルディスク)からカードが引き抜き、海馬は斬るように手を振りおろす。 オーラが、さらに膨れ上がった。 来る!“発”を警戒し、一歩さがる。 おそらく敵の念能力は、あの、白い竜を出していたそれ。十中八九、カードゲームの遊戯王がらみ。「オレのターン! 手札より仮面竜(マスクド・ドラゴン)を召喚!」 海馬が、宣言する。それとともに、赤と白、二色に彩られた竜が現れた。 やはり、遊戯王系。 カードを具現化して戦わせるタイプ。おそらく制約は、ゲームのルールに則って戦うこと。 なら、とるべき手段は、速攻。 あの青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)のような強力モンスターが出てくる前に、倒す。「ツンデレ! 援護する!」 ツンデレに視線を送る。 だが。 ツンデレの足は、動かない。 貌に浮かぶのは、微細量の、困惑。 そうか。ツンデレは、同胞に会うのは初めてだ。ましてや、それが、外道。 どうすればいいか、わからないのだ。「小娘! 恐れるでない!」 ロリ姫が、ツンデレを叱咤した。「例え相手が強大であろうと、あの外道を打ち破らねば後は無いのじゃぞ! 妾を、妾と、己の力を信じよ!」 ロリ姫は、ツンデレの迷いを恐れと視た。それは、敵を同胞と知らぬがゆえ。 だが。「ロリ姫――わかったわ!」 ツンデレの顔つきが変わった。面に浮かぶは覚悟。 ロリ姫の言葉は、確実にツンデレの迷いを払った。 ツインテールが、異音を立てて大地に突き刺さる。大地を抉り取り、髪の両房にドリルが装着された。 モーター音を上げて高速回転するドリル。それをモンスターに向け。 ツンデレが走る。 オーラを集中したひと蹴りで距離をつぶし、両のドリルが、蹴り足を凌駕する速度で繰り出される。 その一撃は、不可避の高速を以って仮面竜(マスクド・ドラゴン)を貫いた。 霧散する仮面竜(マスクド・ドラゴン)。 だが、その光景に。海馬の顔色はすこしも変わらない。 ただ、不敵に鼻を鳴らすのみ。「墓地に送られたことにより、仮面竜(マスクド・ドラゴン)の効果が発動する! デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを特殊召喚することができる! 出でよ、神竜ラグナロク!」 宣言とともに。 虚空より、白い蛇龍が、尾を打ち鳴らしながら出現した。「さらに、オレのターン! 手札より、融合呪印生物-闇を召喚! このカードは、己と融合素材モンスターを生贄に捧げることで、闇属性の融合モンスター一体を特殊召喚することができる! 出でよ! 竜魔人キングドラグーン!」 白い蛇龍と闇色の塊が溶け合って。出て来たのは、上半身が人型、下半身が龍のモンスターだった。 サイズの威圧感も、先の仮面竜(マスクド・ドラゴン)以上だ。「さらに、竜魔人キングドラグーンの効果発動! 1ターンに一度だけ、手札からドラゴン族モンスター一体を特殊召喚することができる! 出でよ! わが僕青眼(ブルーアイズ)!!」 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)までが、一瞬にして召喚された。 手がつけられない。最悪の事態だ。 敵は、むろん、このゲームに熟練しているがゆえ、このような念能力にしたのだろう。とはいえ、一瞬にしてこんな態勢を築かれるとは思いもしなかった。 だが、負けられない。 相手は、生贄を求めるような悪人なのだ。負ければ命はない。俺も、ツンデレも。 思考をめぐらす。 これはデュエルではない。念能力戦。ルールは絶対ではない。何か、搦め手があるはずだ。 だが。「ふ、どうした。貴様も竜を使うのではなかったか」 海馬の一言で、根本的な勘違いに気づかされた。「……あんたが、“竜使い”じゃないのか」 その質問に。海馬の動きが止まった。 そう。こいつは件の竜使いではなかったのだ。 竜使いというイメージから、勝手に結び付けてしまっていただけ。 海馬はしばし、こちらをうかがい。「ふん、人違いか。ならば貴様らに用はない」 そう言うと、構えを解いた。 眼中にないとでも言うような、そんな調子だった。「俺たちも、竜使いを倒しに来たんだ」 あっさりと。きびすを返す海馬に、声をかける。「それがどうした?」「目的は同じなんだ。協力できないか?」 相対して、実力を思い知らされた。協力できれば、これほど頼もしい相手はいない。 だが。「ふん。邪魔だ」 海馬は歯牙にもかけなかった。 足手まといだと断じられて、それでも、返す言葉がない。俺と海馬が立つ位置は、それほど離れていた。 海馬を背に乗せて、白竜が翼をはためかす。 風圧が、髪を吹き撫でる。 そのまま。白竜は大空へ舞い上がっていった。「――なんなの、あいつ!」 ツンデレは飛び去る影に、言葉をぶつけた。腹立ちを隠せない様子だ。 確かに、傍若無人な態度だった。 だが。 気にかかることがある。それを、質さずにはいられない。「――ツンデレ、そいつを頼む。村まで送ってやってくれ」 倒れているレントンを、ツンデレに頼んだ。 処置が早ければ、助かるはずだ。「ま、まってくれ」 うめくように、レントンの口から声がもれた。 意識は、存外しっかりしているらしい。「私も、連れていってくれ。私が生贄に――」「もう遅い」 迷いなく、レントンの懇願を切り捨てた。 レントンは竜使いの逆鱗に触れることを恐れているのだろう。だが、海馬が向かった以上、そんな段階は通り過ぎていると考えたほうがいい。 すでに戦いは避けられない。 海馬か、竜使いか。どちらが勝つにせよ、レントンが賭ける命は無駄にしかならないだろう。「ツンデレ、頼む」「アズマは?」 ツンデレは心配そうに聞いてきた。決まっている。「俺も、あいつを追いかける」 生贄の祭壇。 テーブル状の大岩である。その岩肌は、生贄の血が染みこんだように、赤茶けている。 その上に、独り。海馬は立っていた。 この場所を知っている。それで、わかった。自分の目が、正しかったと。「――ふん。木っ端決闘者(デュエリスト)が。何をしに来た」 海馬は視線を虚空に据えたまま、視線もくれない。 文字通り、眼中にないのだ。「聞きたいことがあって来た」 俺の言葉に、海馬は応じない。ただ、切り捨てるようすもなかった。「あんたも、頼まれて来たんだろう」 このあたり一帯は、竜使いに支配されている。領内にある村は、レントンの村だけではないだろう。 だったら、海馬は、そのいずれかで、頼まれたのかもしれない。そう、思ったのだ。「それがどうした」 海馬は、否定はしなかった。 それで充分。この男は、信頼できる。「同胞、なんだろう?」 その言葉に、初めて、海馬の眉が動いた。「――ふん。同胞、か。虫唾が走る」 はき捨てるような言葉だった。「同じ境遇であっても、志が違えばそれを同胞と呼ぶことはない」 海馬は強く、断じた。 おのれが鴻鵠であり、他を燕雀と断ずることを疑わない。そんな口調だ。「なら、同郷者と言い換えてもいい。そんなあんたが、なぜ、こんなところで人助けを?」 俺の問いに。 ふん、と、鼻を鳴らす。「竜を使役(つか)う者がいると聞いた。それだけだ」 海馬の視線は揺るがない。 なぜ、竜使いを探すのか。聞こうとして口を開いた、そのとき。 不意に、地が震えた。 どうやら本命が現れたらしい。 熱気に近い視線を感じて、そちらを振り向く。 地響きを立てながら、遠くから迫ってくる五つの影。 大型の爬虫類を思わせるフォルムは、しかし、はるかに巨大だ。 肉食恐竜。 もとの世界の言葉に当てはめれば、それだろう。 竜使いではなく、恐竜使い。 そういえば、こんなものが普通にいる世界だったか。それもまた、盲点だった。 五匹の肉食恐竜は、体を左右に振りながら、この巨大な晩餐のテーブルを前に静止する。 はるかに高くそびえる、五本の柱。 そのひとつ。ひときわ巨大な恐竜の頭上に、人影が見えた。「ふーむ。きょうは二匹か」 でかい。縦にも、横にもだ。 伸ばしっぱなしになったぼさぼさの髪に、獣皮の衣服。ナチュラルな筋肉が、異様なボリュームで全身を鎧っている。 原始人。それを連想させる姿だ。 しかし。 その野太い声など耳に入らぬかのように、海馬は鼻を鳴らす。「ふん。竜違いか――まあいい、ついでに掃除してやろう」「なんだと?」 信じられない言葉を聞いたかのように、竜使いの目が丸くなった。 数瞬の間を置いて、その顔が、怒りで朱に染まる。「エサが」 竜使いが、口笛を吹く。 それに従い、一頭の恐竜が、海馬に襲いかかった。 速い。 巨体からは考えられない俊敏さだ。 だが、海馬はさらに速い。 恐竜の顎を避け、飛び退りながら決闘盤(デュエルディスク)からカードを引き抜いた。「――よかろう。貴様に真の竜というものを拝ませてやる!」 デュエル、と、海馬は叫んだ。 全身から吹き上がるように。オーラが放射される。 あらためて見て、理解する。 海馬を覆うオーラの強さの正体。 それは覚悟。 デュエルに、戦いに対する覚悟が、そして覚悟に殉ずる決意が、海馬を強くしているのだ。「オレのターン! ドロー!」 巨大な鎌を思わせる恐竜の鈎爪を避けながら、海馬は叫ぶ。「マジックカード、未来融合-フューチャー・フュージョンを発動! 融合素材となるモンスターを墓地に送ることで、二ターン後に融合モンスターを特殊召喚する! オレは青眼の究極龍(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)を指定! デッキより青眼(ブルーアイズ)三体を墓地に送る!」 さらに、口笛が鳴る。恐竜が二頭、あらたに向かってくる。 まずい! 思ったときには、もう手を出していた。 念弾を二発、それぞれ恐竜の頭にぶち当てた。腐っても放出系、この程度の芸当はできる。 恐竜が一瞬、ひるむ程度の威力だけど。「ふん、よけいな事を」 海馬の舌打ちが聞こえた。 確かに、海馬の身のこなしを考えれば、余計なことだったかもしれない。だが、攻撃を避けるばかりの海馬を、見ていられなかったのだ。 三度、口笛。 竜の顎が、こちらにも向けられた。 こんどは、はっきりと俺まで、敵と認識された。「――さらに竜の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動! 自分フィールド上または墓地から、融合素材となるモンスターを除外することによってドラゴン族融合モンスターを特殊召喚することができる! 出でよ究極龍! ブルーアイズ・アルティメットドラゴン!!」 襲い来る恐竜をものともせず。 海馬が、宣言する。 現れたのは、青眼の三つ首竜。 その威容に圧されるように、三匹の恐竜は動きを止めた。「カードを一枚、セットして、ターンエンドだ!」 海馬の前に、伏せられたカードが実体化する。「おのれ、ひるむな! かかれっ!」 竜使いが口笛を吹く。恐竜が襲いかかってくる。 だが、おそらく。それも海馬の目論見のうち。「リバースカードオープン! 聖なるバリア-ミラーフォース!!」 海馬の前に、突如鏡が出現した。恐竜たちの動きは、止まらない。だが、その攻撃は、ことごとくおのれに跳ね返った。 首筋から血を流して、あるいは、口蓋からよだれを撒き散らしながら恐竜たちは、みな、倒れていく。 倒れる竜から竜使いが飛び降りてきた。 四つんばいになって、着地する竜使い。そうやっていると、本当に野獣のようだった。「おのれ!」 怒りに我を失ったのか、とびかかってくる竜使い。 海馬は、避けもしない。 ただ。 あいだに、究極龍の巨体が割り込んできた。 その口蓋からは、白い吐息が漏れている。「受けて滅びろ! アルティメットバースト!!」 究極龍から放たれた滅びの吐息は、竜使いをかき消した。 格が違う。 そうとしか言いようがなかった。「ふん」 下らなそうに、海馬はカードを収める。究極龍の姿が、かき消えた。 そのうしろ姿を見て。「仲間に、なってくれないか」 自然、口を開いていた。 信頼に足る、行動だった。傲岸不遜ながら、そこに信念を感じた。 だから、本当に、仲間になって欲しいと、願った。 海馬は、振りかえってこない。「貴様に、何が出来る?」 背中越しに、そう言ってきた。「オレが、貴様のような凡骨決闘者(デュエリスト)に手を貸すメリットはなんだ」 冷たい、だが、あまりにも正しい意見だった。 俺たちと海馬の実力差では、どうやっても一方的な依存関係にしかならない。それでは海馬のほうには、手を組むメリットがない。 普通なら、そうだ。だが、こちらには、切るべき札がある。「グリードアイランドが、手にはいる」「話にならんな」 だが、それも、あっさりと切って捨てられた。「たかがそんな物のために、なぜお荷物を抱えねばならん」 初めて。振りかえりながら、海馬は見下すような視線を向けてくる。 グリードアイランド。同胞にとって、最も得がたい物を、たかがそんな物と言う。 傲慢ではない。実力に裏打ちされた、確かな自負だ。「なら、ひとりだけでいい。俺の連れを、仲間にしてくれないか。もちろん、グリードアイランドは手配する」「愚か者!!」 大気の震えが頬を打った。 それが怒声だと気づくのに、しばし時を要した。「決闘者(デュエリスト)の風上にも置けぬクズめ! 仲間を預けるだと? よくもそんなことが言えたものだ! 恥を知れ!」 言われて。 自分が言った言葉の意味を悟った。 自分はどうでもいいから、ツンデレだけでも。それは、だが、俺が決めていいことじゃない。ツンデレが、決めるべきこと。 俺は、ツンデレの意思をないがしろにしていたのだ。 俺が言ったことは、間違いなくツンデレに対する、ツンデレの信頼に対する裏切りでしかない。 それを考えもしなかった俺こそ、傲慢だった。 冷や汗がにじむ。 頭など、とても上げられなかった。 不快気に鼻を鳴らして。海馬が去っていく。 その姿が消えて。空を仰ぐ。 雲ひとつない大空は、ひたすらに、深い。「――痛いなあ」 天に、ため息する。 わりと、ものごとえお楽観的に考える性質だし、能天気なほうだと思ってたけど。それだけに、海馬の罵言は堪えた。 見逃しにしてきたものを、否応なしにつきつけられた。「覚悟、決めなきゃな」 拳を、握りこむ。 纏うオーラは、あの男よりはるかに小さい。 だが。「アズマーっ!」 遠くから、ツンデレが駆けてくるのが見えた。 ――確かに、あんたと比べりゃクズだろうけどな。 拳を、ツンデレに向ける。「この細腕で、きっと守ってみせるさ」 転がるように駆けてきながら、屈託のない顔で。ツンデレは笑っていた。