ツンデレのおかげで、しばらく針のムシロのような気分を味わえた。 船長がすぐに正気を取り戻さなかったら、ひどい目に遭っていただろう。 ともあれその後、飛行船は遅れを取り戻し、次の日の夕方には天空闘技場に到着した。 それからわずか一週間。「さあ、みなさま、お待たせいたしました! 破竹の勢いで勝ちあがってきております“ツンデレ”エスト選手の登場です!」『うおおおぉっ!! ツンデレ! ツンデレ!』 ツンデレが妙なことになっていた。 この百八十階まで連戦連勝。疾風のように天空闘技場をかけ登ってきた美少女。 熱心なファンがつくのも、無理はない。 本名でなくツンデレで名が通っているあたり、素晴らしいというしかない。『ツンデレー! ツンデレー! うおー!』 はたして彼らは意味を分かって叫んでいるのか。そもそもこちらの世界にツンデレという称号が存在するのか。 いろいろと疑問だった。 それにしても、いったい誰が呼びはじめたのだろうか。「――あんたよっ!!」 いきなり後頭部に一撃入れられた。 また口に出していたらしい。 というか。「ツンデレ。試合はどうしたんだ」「あんなの秒殺に決まってんでしょ!」 瞬殺だったらしい。「もとはといえばあんたがツンデレツンデレいうから、ここの人たちが覚えちゃったんじゃない!! どうしてくれるのよ!!」「いいじゃないか。お前がツンデレと呼ばれるなら、俺は本望だ」「わたしはぜんぜん不本意だぁーっ!!」 ツンデレの叫びが、会場に響き渡った。 と、そんな恒例行事があって、帰り道。 ツンデレの知名度は高い。通用路でもすれ違う人のほとんどが、振りかえる。 当人は気にしてないようだが。「あ、ツンデレだ」「おい、ツンデレだぜ」 あえて無視しているのかもしれない。いちいち反応してたらキリがなさそうだし。 そんな感じでエレベーターの前まで来たところで、ふと立ち止まった。「ツンデレ」「なによ――っていうか、いい加減名前で呼んでよ」「さきに部屋に戻っててくれないムグ」 いきなり、口を押さえられた。 ツンデレは視線を繰り返し左右させる。人の目を気にしているようだった。ツインテールではたくくらい激しく首を振らなくてもいいだろうに。「あんた、こんなところでなにそんな――妙な勘違いされそうなこと!」「妙な?」「だっ、だから、わたしとあなたが――ばかっ! いわせないでよ! もういい! さき帰ってるから!」 あきらかに俺の声より大きい件について、ツンデレはなにを思うのだろう。 謎だった。 まあ、とりあえずそれは置いといて。「――そこの人。なんの用?」 ツンデレをのせたエレベーターが閉じるのを待って、柱の影に声を向けた。 数秒の間。 出てきたのは金髪の少年だった。 十代半ばといったところか。少年誌の主人公的なぼさぼさ髪に引き締まった眉。目だけが、妙に冷たく見える。 見知らぬ人物だった。 だが、“絶”までしてこちらを伺っていたのだ。用がないというわけでもないだろう。「あー、見つかったか。苦手なんだよな、“絶”」 つぶやいた少年だが、彼の“絶”は完璧に近い。 ただ、通り行く人の視線が集まるさきに何の気配もなければ、何事かと思う。「用ってワケじゃない――つーか、顔合わせないために隠れてたんだけどさ」 少年はばつが悪そうに頭をかいている。 敵意は、まるで感じられなかった。「ぶっちゃけていえば、あんたらがどんなヤツか、気になってこっちに降りてきたんだ」 降りてきた、という言葉を使うということは、上――二百階クラスの闘士だろう。 それを尋ねると、肯定の言葉が返ってきた。「そ。二百階クラスのシュウ。聞いた事ないか?」「知らない。あんまり興味ないから」 いいようからすれば有名なんだろうが、なにせ二百階クラスに上がる気がないのだ。知るはずがない。「へえ、ずいぶんだな」「もとから金目当てだからね」 俺の答えに、少年はなぜか満足したようすだ。「あんた、同胞だろ?」 少年は、唐突にいった。「お仲間、なんだろ? 嫌でも目立つよ。連れをツンデレとか呼んでるし」「まあ、それもそうか」 おまけにあいつ、制服着てるし。隠す気ゼロだ。 それがわかるということは、こいつも同胞か。「すこし、話さないか?」 背を見せるシュウに、とりあえずつきあうことにした。「オレがあんたと話す気になったのは」 自動販売機の前にたむろしていた選手たちを眼光一発で追い散らしたシュウは、コインを自販機に落としこみながら、つぶやいた。「こいつなら、面倒なことにならないだろう、と思ったからだ」「面倒が嫌いでな」 その返しが面白かったのか。シュウはにやりと笑って缶ジュースを放り投げてきた。奢ってくれるのだろう。「こんな状態になって、こっちも必死でな。正直、足手まといは要らない」「そうだろうな」 オーラ量で判断するなら、シュウのそれは、おそらく同胞でトップクラスだろう。仲間が要らないと豪語するのも頷ける。「俺も、仲間にするなら信用できる奴がいい」「そりゃそうだ」 お前は信用できないといったようなものだが、当然のように受け止められた。 どうもやりにくい。 互いにプルタブをあけ、口をつける。 味がしなかった。「で? それなら、用はなんなんだ?」「様子見だ。同胞らしきヤツがいれば、気になるだろ」 それはそうだろう。 俺でも、気にはなる。あえて声をかけようとは思わないけれど。「で、見つかっちまったんだけど。まあ、あんた、正直切羽詰って帰りたいって風に見えなかったしな。話す気になった」 そういったシュウだが、俺には彼のほうこそそう見える。強者の余裕というものだろうか。 少なくとも自販機に背を預けるその態度は、過剰にでかい。「それにしても相方、気安いな。恋人か?」「まさか」 まあ、そう思われても仕方ない。 だが、まずはむこうで知り合いだったのか、とか聞くべきじゃないだろうか。「幼馴染、という設定だ」「設定って……ああ。ゲームの設定ね。ふーん。そんなことがあるんだ」 聡い。 頭の回転が速いのだろう。だが、先ほどからどうも言葉に虚実織り交ぜてるように感じる。苦手なタイプだった。「他人が幼馴染になったり、妹が他人になったり。妙なことになってるな。でも、別に恋人になっちゃいけないってことないだろ」「いや、後者は明らかにだめだろ」 こっちで血がつながってなくても、妹は妹だ。「いや、でもさ。法的にはイロイロクリアしちゃうんじゃないか?」 なぜだか、シュウは妙に焦った感じでいってきた。 いたな。そういえば。こういうこと熱く語る奴。「そうだろうが、まともな人間ならそんなこと考えるはずがない。実際俺の知り合いに十人、妹持ちがいるんだが、そのうち九人妹属性ないやつだ」「残りひとりは?」「二次元の妹オンリー」 シュウの肩ががっくりと落ちた。 どんな答えを期待していたのだろうか。「なんでだか、あんたとは決して相容れないものを感じる」 シュウは恨めしげにそういってくる。 妹萌えだったのだろうか。 それから、すこしのあいだ雑談したあと、あっさりとシュウは去っていった。「――じゃ、な。お前らもせいぜいがんばれよ」「お前もな」「ああ。オレたちもせいぜい頑張ることにするよ」 去り際の会話が、なぜか印象に残っている。 オレたち。 シュウはそういっていた。 あいつの眼鏡にかなった奴がいるらしい。いったいどんな奴なのだろうか。 あんがい実の妹とかだったりして。妙にムキになってたし。 翌日。天空闘技場百九十三階。 鼻歌など歌いながら、ツンデレは上機嫌だ。「嬉しそうだな、ツンデレ」「あたりまえじゃない。今日のファイトマネーいくらだったと思ってるのよ」 ツインテールが揺れている。スキップでも始めそうな勢いだ。「嬉しいのか? 俺はすでに金銭感覚麻痺しそうだ」 正直、使い切れそうにない額だ。「そうね。ふふ、お金持ちー。これでなに買おうかな」 まあ、いいけど。 ツンデレが稼いだ金だし。「あまり無駄遣いするなよ。将来のこと考えなくちゃいけないんだから」「しょ、将来ぃ!?」 なんだか過剰な反応が返ってきた。ツインテールはねあがったし。「なに驚いてんだ?」「でもでもあんたがそんな将来――こんなところでなにいいだすのよ!」「これからいろいろ要り様になってくるかもしれないだろ。帰るために」 ぴたり、と、ツンデレの動きが止まった。「わかってたわよ! 勘違いしないでよねっ! 別に結婚とか考えたわけじゃないんだからっ!」 妙な勘違いをしていたらしい。 あいかわらず素晴らしいツンデレだった。「まあどっちにしろ、もうここに用はない。どうするか、考えないとな」「そ、そうねっ!」 真っ赤な顔を隠すように顔をそらすツンデレ。 崇めてよいのだろうか。 部屋に戻ると、椅子に腰をかけた。 二百階クラスに登録する気はないから、今日中に部屋を出なければならない。ゆっくりとしてもいられなかった。「これからどうする?」 ベッドに腰をかけながら、ツンデレが聞いてきた。「やっぱり、グリードアイランドを探すセンでいこうと思ってる」 かねてより考えていたことだ。 なぜ、こちらに飛ばされてしまったのか。想像もつかない。 だが、原因がGreed Island Onlineで、飛ばされた先がグリードアイランドだ。もとに戻る手段もそこにしか見出しようがない。「でも、わたしたちふたり合わせてもお金、ぜんぜん足りないわよ?」 買い物に未練があるのか、ツンデレは切なそうだ。 別に締めろとはいってないのに。「それについては、ちょっと考えてる」「どんなよ」 ツンデレは不審げな目を向けてくる。 心配しなくても、ちゃんと考えているって。「ツンデレ、グリードアイランドをプレイする手段。思いつく限りあげてみろ」「えーと、グリードアイランドを買う。バッテラ氏にプレイさせてもらう」 ツンデレは目を宙に泳がしながら答えてきた。 過不足ない。話を進めやすい。「普通に考えれば、そのあたりだろ。だけど、その手段は誰もが思いつく――ってことは競争率も高い」「そりゃあ、そうでしょうね」 ツンデレが頷く。 テストプレイヤーが三百人ほどだったか。これが全て競争者になるのだ。シュウのようなトップランナーじゃなければ、まともな手段でプレイ枠に食い込むのは難しいだろう。「だったら、どうするの? 別の手段でも取るの?」「ああ」 ツンデレの問いに、首を縦に動かす。「考えたんだけど、あれはハンター専用のゲームだ。とはいえ、あんな額で売られたゲームだ。好事家たちが興味を持たないはずがない」 コレクター心理というやつだ。少数限定販売、しかも超高額となれば、買う奴は買う。 彼らの所有するグリードアイランドを、狙うのだ。「なるほど……でも、実際問題、そんな人がいるとして、探せる? それにわたしたちがプレイさせてもらえるって保証もないじゃない」 ツンデレはすっきりしないようすだった。 だが、その疑問の解法も、織り込みずみだ。「念能力ってのは、一般人には知られていない能力だ。だったら、プレイした奴ほとんどが死亡か行方不明のこのゲーム、巷でどう呼ばれてると思う?」「え? ……人食いゲームとか、呪いのゲームとか――あっ」 ツンデレも気づいたらしい。 グリードアイランドは、そういうカテゴリに分類されるもので、ツンデレの念能力は除念。“除霊”の専門家――ゴーストハンターになれば、その世界の情報を手に入れることも容易になる。 そのうえ、ゲームをプレイさせてもらう名目も立ちやすい。 ツンデレの念能力があるからできる、裏ルート。「ゴーストハンターになるんだ。ゴーストハンターになって、依頼をこなす。そのコネクションから、グリードアイランドに、きっとつきあたる」 そういって突き出した拳に、ツンデレの拳がガツンとぶつかってきた。「やるわよ。やりましょう! ゴーストスイーパー!」「いや、それ別だから」 ツンデレの目がやけに輝いている。ボディコンでも着たいのだろうか。