いきなり目の端をよぎった姿に、目を疑った。 なんか妙な物体が目に入った。目をこすって、もう一度みてみる。 間違いない。ブラボーだ。ブラボーがいる。 街のど真ん中で、両手を腰につけ、仁王立ちでいる姿は、漫画のキャプテンブラボーそのまんま――っと、見入ってどうする! やべぇ! あわてて数メートルほども飛び退り、建物の影に隠れる。 遠間だったんで向こうには見つかっちゃいないと思うが、はたからみれば不審者だろ、しゃあないけど。「ねぇ、エース。なにやってんの?」 一緒に歩いていたお子様が、不審げに眉を顰めてきた。「ボーっと突っ立ってんなよミオ!」 あわてて首根っこ引っつかんで建物の影に隠す。 とりあえずひと安心――って、あれ、なんかおかしくないか?「ねぇ、あれ、もとの国の人じゃないの? 声かけなくていいの?」 ミオが首をかしげる。 そうだよなー。ご同胞なんだから、わざわざ隠れなくてもいいんだよなー。 最近同胞狩りとか流行ってるらしいけど、あんな馬鹿全開の格好してるやつが同胞狩りだったら情報伝わってるはずだしなー。 でも、こんなガキに指摘されるまで気づかなくて警戒全開だったなんて情けない話、言えないよなー。 ミオがじっとこっちをみてくる。やべえこの二ヶ月こつこつ積み重ねてきた年上の威厳とか優位性が崩壊の危機っぽい。 頬を冷や汗が伝う。考えろ俺!「……なあ、ミオ。前に言ったじゃねえか。グリードアイランド一回のクリアで手に入れられる離脱(リープ)は二枚までだ。そう簡単に仲間は増やせねえって」「あ、そうか」 言うとミオは、拳で頭をたたいてみせた。 あー、なんとか誤魔化せたか。 まったく。こいつは年のわりに聡くてこまる。「だろ? 大体あんな格好恥ずかしげもなくやってる時点でバカだって。へたにかかわっちゃやべーぞ――って聞けよ!」 なんか覗きこんでるし! 話聞いてなかったのかよ!「でも、エース。なんか仲間いるっぽいよ?」「ん、どれどれ? あー、確かにあのオーラはお仲間っぽいなー」「でしょ?」 といっても正直あんなのの仲間になってる時点で、関わるって選択肢皆無だ。 にしても、なんだよあのオーラ。 そろいもそろって格上かよ。あんなふざけた格好したやつらが。理不尽だろ。「あれ? こっちくるよ?」 ミオの言葉に、もう一回覗きこんで――うわ、ばっちり目があったじゃねーか! こっちロックオンされてるって!「バッカ見つかってんじゃねーか! ずらかっぞ!」「えー? けっこういい人っぽいけどなー」 たわごとぬかすミオの襟首引っつかんで、来た道を全速力で逃げる!「――って鎖ぃ!?」「うわー」 ジャラっと音が聞こえたかと思ったら、いきなり鎖が巻きついてきたぞ!? なんだこれ念能力かよ!? くそっ! ぜんぜん千切れねぇ!「ミオ、千切れねえか!?」「ちぎったほうがいい?」「当たり前だ!」「いや、それは困るな」「俺はこまらねぇ!」 ――って、もう来てるじゃねえか! ブラボー。鎖使い。お嬢様。やべえこいつら強ぇオーラでけぇ。「わたしはブラボー! キャプテン・ブラボーだ!」 うわなんだコレポーズかよ新種の変態かよ!?「アホかあっ! 怯えさせるんじゃない!」 トォッコーン、と音を響かせて、かなりいいのが変態の後頭部に直撃した。 っつーかこいついま“硬”で殴んなかったか? 仲間にやりすぎだろ。 さすが白変態の仲間。 っても、突っ込み役ならすこしはまともかも――「ごめんなさいね。いきなり逃げ出すから。あなたたち、同胞よね」「カマかよっ!」「し、失礼ねっ! 中身と外見の性別が違うだけよ!」「カマはみんなそう言うんだ! 近よんな擦りつくな気色わるい!」「エース? なんかトラウマ?」「やめろミオ言うな思い出させんなそしてカマ消えろ!」「落ち着きなさいね」 うわっ。絞まる、絞まってる! やべぇカマ顔笑ってねぇ!「はい、とりあえず鎖はずしてください」「何であたしまで……」 ミオ、文句言うな。相棒は苦難を分かち合うもんだ。「よろしい。ちなみに文字どおりの意味だから。というか、同胞なら素直に言葉どおりに受け取りなさい」 ……あー、キャラが男で中が女って意味か。ふー。やべえトラウマリターンズかと思ったぜ――って。「オイ。お仲間にあからさまにホッとされてっぞ」「え? ちょっと……ブラボーにミコ?」 やべえ。目つきやべえこいつ怖え。「いや。疑っていたわけではないが、そういう可能性も無きにしも非ずというか――うむ、差別はよくないぞ、カミト」 煽ってる。煽ってるだろオマエ!「わわわわたくしは最初から女のかただと信じておりましたわ! ただやはり疑惑を疑惑のままにしておくのは精神衛生上よろしくなかっただけで」 ぜんぜん信じてねぇ! つか説得力ねぇ!「……はぁ」 あれ、いきなり肩落としたぞ? てっきり怒りにまかせた暴走から破壊コンボ発動かと思ったのに。「いいのよわたしなんてオカマで。鎖のモトネタも誰も気づいてくれないし」「ん? クラピカの念能力じゃねぇのか?」 うわ!? いきなりオーラまで黒くなった!? 暗っ!「……あー。その昔、聖闘士星矢という漫画があってだな」 あ、ブラボーの言葉が、なんかクリティカルっぽくヒット。「わたしの青春時代をその昔とか言うなぁー!」 吠える女男。魂の絶叫っぽかった。 やべえみんな徹底的にヒイてる。なんかかける言葉もねえって感じ。つーかミオまで引いてるって。やべぇ初めてみたぞエアリード機能完全排除型殲滅兵器のこんな状態。 妙な沈黙が流れて。 いきなり、派手なクラクションが気まずい雰囲気をぶち破った。「――何事だ!」「引ったくりだぁ!」 ブラボーの声に答えたわけじゃないだろうが、そんな声が聞こえて、黒のスポーツカーが目の前すさまじい勢いで横切ってった。「ああ!」 車が来たほうから、悲鳴が聞こえてきた。 みたらばあさんだった。あー、引ったくりか。「わたしの、わたしのバッグが!」「どうしたのかね」 うわはえぇブラボーもう行ってる?「わたしのバッグが奪われたの。銀行から下ろしたお金がはいっていたのに」「わかった。わたしに任せたまえ!」 どん、と、胸をたたくブラボー。 いや、安請け合いしすぎだろ。どうやってとっつかまえんだよ。「カミト!」「――はーい。そう言うと思って、徴発――借りてきたわよ」 うわ! いつの間にか車回してきてるし! 手ぇ早っ! つか後ろで半泣きの兄ちゃん車の持ち主じゃねえのか?「ミコ。強盗の位置は」「そうおっしゃると思ってハヤテを付かせておりますわ」 うわ、ひそかにこっちも手ぇ早っ! こいつら息ぴったりすぎんだろ!「カミト、ご婦人を頼む」「わかってるわよ」 ブラボーと入れ替わるように降りてく来た女男は、おばあさんを励ましだす。 ああ。これをみて思っちまった。 こいつらはバカだ。だけど、信じていいバカだ。 迷わずブラボーが乗り込んだ車の助手席に飛び乗る。「俺も手伝ってやるよ」「ああ」 気のせいか、ブラボーの声はすこし嬉しそうだ。「ミオ、オマエはそっちの女男と待ってろ」「はーい」 元気よく返事するミオ。後部座席にミコが乗り込み、ドアが閉まった。「でも大丈夫か? この車軽じゃねぇか」「安心しろ!」 ブラボーがアクセルを踏み込んだとたん、強烈なホイールスピン音――って、なんだこの加速は!?「――何を隠そうわたしは車(の運転)の達人だ!!」「うそつけぜってーねんのうりょくだろぉぉぉぉ!」 軽の加速じゃねぇぞこれ! 景色あっという間に吹っ飛んでくし! やべぇ! Gやべぇ! コレ何キロ出てんだよ! メーター振り切ってんぞ!「ブラボーさん! まっすぐ西ですわ! ハイウェイに入るようです!」「わかった!」「アクセルベタ踏みからさらに加速すんなー!」 怖ぇ! ジェットコースターなんて目じゃねぇ! なんだコレ! 巨大チョロQか!? 死ぬ! 死ぬって! うわ直下に曲がんな軽でドリフトすんな十メートルも飛ぶなぁー!「――見えたぞ!」「早ぇ!?」 一直線の一本道になってようやく息がつけるかと思ったら、もう追いついたのかよ!? っと、マジだ。しんじらんねぇぜ。「どうする!?」「車を横付けにしよう! 後は任せる!」「わかったぜ!」 銃にさえ気をつければ、一般人相手じゃ楽勝だ。 強盗の車に、軽がぴたりと張り付いて――減速していく。違う。向こうもスピードを上げたのか。 こちらもスピードを上げるが、それでもじりじりと離されていく。「ブラボー! どうにかならねぇか?」「すまない。コレで限界だ!」 アクセルもベタ踏み、念能力も、限界っぽい。さすがにスポーツタイプの車と軽じゃ地力が違うのか。 どうする? ――って、考えるまでもねぇか。俺の念能力なんて、出し惜しみするもんじゃねぇ。「――ブラボー! いまから俺が車を止める! 人質は頼んだ!」「わかった! だが、どうするんだ?」 ブラボーの言葉に、俺は肌身離さず持ち歩いてるものをみせてやる。 野球の硬球だ。「――俺の名前はエースだぜ? 決まってるだろ?」「無茶だ! 立っていられないぞ。いま何キロ出てると思っているんだ!? それに、たとえ投げられてとしても、ボールは後ろに吹っ飛んでいくだけだ!」「心配するな! 俺のボールはロケットエンジン搭載だ!」 言いながら、パワーウィンドウを開いて屋根にはい出る。うわ! やっぱ風すげぇ! 車間距離は、と、十八メートルってとこか――ちょうどいい。 足場も、噛ます余地はあるし、充分だ。 キャリアのヘリに足をかけて、両手をそろえ、腰だめに構える。 風のせいで、ずいぶん前のめりに構える形だけど――いける。「無茶だ! たとえ三百キロ以上の球を投げられたとしても、空気抵抗がある!」「へっ、預けたんなら心配すんな! 俺の球は、風なんぞに負けねぇ!」 俺の念は、投げた球の変化を増幅する能力だ。 そして、俺はあらゆる変化球を投げられる。あらゆる変化球が魔球になる。それが“魔球Xrp>(ミラクルボール) ”だ。 投げる球は決まりきってる。 目標は相手乗用車の左後輪。 ピッチャー、第一球、振りかぶって――投げました!「魔球っ――ジャイロォォッ!!」 ジャイロボール。弾丸と同じ回転を持つ、極上の速球。この球に、風の抵抗なんて無意味だ! 強烈な回転のかかった球は、オーラをまとわせ、タイヤめがけて吸い込まれていく。 パン、と言う音とともに、車がスピンしだす。 それを確認して、俺は後ろにすっ飛ばされた。ああ、そういや投げ終わった後のことなんて考えてなかった。 あ、やべー走馬灯が…… ぼふ、と、やわらかいものに包まれたかと思ったらうわ目が! 目が回る!? なんだコレ転がってんのか!? どん、と、衝撃が来て、やっと止まった。と思ったら、俺を包んでた何かがばさりと解けた。 なんだコレ、布団?「――まったく、無茶しすぎですわ」 ぐるぐる回る頭で考えてると、お嬢様――ミコだったか、の声が聞こえてくる。「いい加減退いて下さらない? 重いですし、背中擦りむいて痛いですし」「え、あ、すまん」 わけがわからず、立ち上がったら、ふわふわの布団が犬に化けた。 あ、コレ、念能力か。「サンキュ、助かったよ」「別に――あれでお亡くなりになれば、寝覚めが悪いだけですわ」 ふん、と、顔を背けてくる。なんだかツで始まる四文字熟語が頭に浮かんだけど――言ったら怒るな、ぜったい。「ブラボーだ! 君のおかげで、ひとりのご婦人が救われた」 いきなり、後ろから声が飛んできた。振り返ると、車を止めたブラボーが近くまで来てた。その手あるハンドバッグは、あのおばあさんのだろう。「あらためて、名前を聞こうか」 迷いなく、手を差し出してくる。 ああ。こんなバカとは、関わったが最後だ。俺は、腹のそこからこいつを――こいつらを信用しちまってる。「エース。俺の名はエースだ」 俺は、迷いなくその手を握った。