Greed Island Cross 外伝 Sisters「友……俺、やっと気付いたんだ」 甘い憂いを帯びた兄の表情が、まっすぐわたしに向けられて来る。「こんなに、こんなに傍に大切な人がいたなんて……」 とろけそうな、甘い声。 熱い視線に、わたしもとろけそうになる。「友、俺はやっと真実の愛に目覚めたんだ……」 幸福感に、全身がしびれる。 やっと、やっと気付いてくれた。 生まれた時からずっと秘めてきた想いを、兄が認めてくれた。「ああ……」 自然、声が漏れる。 手が届くほど近くにいながら、決して許されない最後の一歩。 願ってやまなかった瞬間が、ついに訪れるのだ。「――紹介するよ。俺の恋人、ユウだ」「――え?」 気がつけば、兄の隣。寄り添うように女が立っていた。「よろしく、友」 わたしの顔をした別人が、微笑みかけてくる。「本当に、なんで気がつかなかったんだ。こんなに傍に、理想の人がいたなんて」「そう、わたしは君の理想の姿だ。友と違って胸もある」「そうだな、やっぱり胸は、あるに越したことはないよな」「あはははは」「うふふふふ」 ハチミツを溶かしたような甘い空間。 壮絶に疎外されているわたし。「――って」「そんなにオッパイが大事かこのバカ――ッ!!」 ガバリと、身を起こす。「……」 辺りを見回し、しばし沈黙。状況を把握した。 夢。 頭を抱えたくなった。 なんてバカな夢見てるんだ、わたし。 夢の中で勝手にエキサイトしていた自分に、しばし自己嫌悪する。 全く、なんであんな夢を見てしまったのか。 元はと言えば、兄が悪いのだ。 兄が、どんなタイプの女が好きなのか。ふとした悪戯心から、Greed Island Onlineで兄に女キャラでやるよう押し付けた。 超絶不可思議なトラブルでハンター世界に飛ばされたのはさておいて。 兄のプレイヤーキャラ。わたし。 いや、細々違うんだけど、どう見てもわたしをモデルとしたとしか思えないのだ。 あれで、何か妙なスイッチが入ってしまった。 知人達からブラコン扱いされるわたしだが、当人としてはそんな自覚はカケラもなかった。 そりゃあ、兄のことは家族として好きだったし、今考えたら別人に成りすまして会話を楽しんだり、ベッドの裏をチェックしたり、以前からそういう傾向はあったのかもしれない。 だけど、はっきりと自覚してしまったのは、こちらで“ユウ”の姿を見せられてからだ。 あれで、今まで漠然としていた想いの方向性が定まってしまったのだ。 兄が、自分の分身とも言えるプレイヤーキャラにわたしの姿を選んでくれたと言うのは、正直嬉しい。 ただ、兄のプレイヤーキャラ。“ユウ”とわたしでは、致命的な相違があった。 胸。 いや、わかってる。“ユウ”の胸なんて、せいぜい同年代の平均を超えない程度だ。 だが、わたしのそれは、はるかに慎ましやかなのだ。 以前は、そんなこと気にもしていなかった。 だが、こうもあからさまに示されては、ショックも大きい。 しかも、夢にまで見るか。 深いため息をついた。「おい、どうしたんだ?」 隣部屋から、マッシュが駆けつけてきた。 あわてた様子を見れば、何か大事でもあったのかと心配してるんだろう。 なんでもない、と答えると、彼を部屋に返した。 寝ぼけて叫んじゃいました、なんて、言えるわけない。 考えて見れば、グリードアイランドに入ってから一ヶ月。その間、兄の声すら聞いていないのだ。 どうも、いろいろとフラストレーションがたまっているらしい。 と言うか、いくら夢とはいえ、イタ過ぎる。 何だ、あの甘々なシチュエーションは。 願望? わたしの潜在意識の顕われ? 無意識下にしてもイタい。なんと言うか、終わってる妄想だ。しかも寝取られてるし。 そう言えば兄がふらっと旅に出ていったのが2ヶ月前。 女になっているからして、誰かと恋に落ちる――なんてことは、万が一にもないだろうけど……いかん、こんな妄想にナニ興奮してるんだわたし。ありえないだろう。 乙女的にも人間的にも終わってる。 どうも、この体になってから感情の抑制が下手になっている。 いろんな妄想が渦巻いて、いい感じにカオス状態の感情は、コントロールしようがない。 まあ、思春期真っ盛りのオトコノコの体だ。当然と言えば、当然かもしれないが……いつか兄を襲ってしまいそうで、我ながら怖い。 ――って、だからそれで興奮してどうする、わたし。 もうこれはどうしようもない。 たぶん、限界なのだ。 会いに行こう。いや、それができなくても、せめて声くらい聞きたい。 そうすれば、きっとこんなモンモンから解放される。ここに残って我慢してるより、よっぽど効率いいじゃないか。 なんだか自分を誤魔化している気がするが、あえて目をそらしておく。「じゃあ、その間の特訓メニュー考えなきゃな」 マッシュ達は兄から預かっている大切な仲間なのだ。責任を持って鍛えなきゃいけない。 どうせ今からじゃ眠れない。わたしは不在中の特訓メニューを考え始めた。「――じゃ、言ってくるけど、サボるなよ」 マッシュ達に言い置くと、本からカードを取り出す。「“離脱(リープ)”使用(オン)・シュウ」 瞬時に、“現実”に移動する。目に映るのは不必要にだだっ広い自室だ。高層建築の1フロアを占有できると言うのは、フロアマスターの役得だ。「まずは、現状確認、っと」 パソコンの前に座り、同胞の動向を調べる。 兄に電話するのはいいが、寂しがって電話してきたとは思われたく無い。 何か情報を手土産にしなければ。わたしにも矜持というものがある。 わたしが今現在、把握している同胞は約80人。その8割ほどがGreed Island Onlineなどで何らかの足跡を残していった奴らだ。 こいつらは基本的に“帰りたい”組。行動如何によって敵対することになるかも知れない奴らだ。 無論、極力そんなことは避けたい。 だからこそ、常に動向を把握しておく必要があるのだ。 残りの2割は、これは“帰らない”と決めた連中。 こいつらは、放って置いても害は無い。だが、同胞を調べていく中で見つかったので、一応動向は掴んでいるといった感じだ。「うーん」 機械的にチェックしていく。 精力的に動いているのが12人、個人行動は居らず、2、3人でつるんでいる。 グリードアイランドに届いているのはそのうち一組。状況に寄るが、数ヶ月の内にゲーム内で会うことになるかもしれない。 他はせいぜい金策やら修行やら……まだまだ先が長そうだ。 玉石混交、いや、“石”のほうが多いGreed Island Onlineのやつらじゃあこんなもんか。 本当に警戒するべきなのは、掲示板には書き込んでない奴らだ。 他のプレイヤーを警戒し、容易に情報を漏らさない。こいつらの動向はわたしでも容易につかめない。 「――ん? あれ? どういうことだ?」“帰りたい”組のチェックを終え、こっちに居付いた連中を調べていると、どうもおかしい。 わたしが把握していた連中の、半数ほどが行方不明、または死亡している。 いつかの“同胞狩り”ではない。 こいつらは帰るつもりなど無い連中だ。殺すことに、あまり意味は無いとおもう。 不審に思って、被害者の共通点を調べていく。「共通点は……ふん、“緋の目”に“旅団”か」 浮かび上がったキーワードはそれだった。 たぶん、この世界でも明らかに危険な領域。 だが、あえてそこに首を突っ込んだのだ。彼らなりの、確かな成算があったはずだ。 それが外れた要素は何か。何らかの外的要因でもあったのだろうか。 それも調べて見る。結果、意外に早く、原因が判明した。 ネット上に流通する、比較的入手しやすい情報。 餌でも置くかのように、その情報は流されていた。 ある国の金持ちが緋の目を所有しているらしい。調べたところ、金持ちの方は厄介な縁故も無い。 だが、これを狙ったと思われる連中は、ことごとく帰ってこなかった。 旅団に関しても、似たようなもの。わざとハードルの低い“狙い目”な情報を、故意に流した形跡があった。 誰かが悪意を持って行っているとしか思えない。 わたし達に害の無いことだ。放っておけばいい、とは、言えない。 兄が知れば、きっと憤る。それで、なんとかしないと、なんて言うに決まってる。 だったら――その前に、わたしが解決しよう。 そう決めた。“緋の目”と“旅団”の情報が示す位置は同じ国。 まず無いとは思うが、この情報を見て幻影旅団のメンバーが現れないとも限らない。 そうなったら、兄がいれば非常に拙いことになるだろう。 幻影旅団のメンバーの一人を倒した兄。 それが知れたらどうなるか。勧誘か復讐。どう転んでもありがたく無い。 だったら一人で解決したほうがマシである。 けど、とりあえずは兄と話すため、わたしは携帯を手に取った。 天空闘技場から飛行船を乗り継いで3日。エイジアン大陸の片隅にある国。罠っぽい情報が示す地方都市に足を下ろした。 雑多で無秩序な建築物、露天、ともすれば野蛮ともとれる異様な活気。そんな風景に、うんざりする。 どうも、アジアンテイストと言うか、この雑多な雰囲気には馴染めそうにない。 方々からかけられてくる声を無視して大通りを歩いていく。 ふと、一人の女性が目に止まった。 この辺りでも観光客は少なく無い。だが、それを考えても異様な格好。 ゴスロリファッションに身を包み、しかもそれが自然体で似合っている。容貌は、これもお人形さんのようなもので、等身大のビスクドールを見ているようだった。 だが、それ以上に、身に纏うオーラが只者じゃない。 ごく自然に行われている“纏”は、念能力者のあかし。だが、彼女のそれは、わたしより数段力強いものだった。 彼女もこちらに気付いたのだろう。微笑をたたえ、軽く会釈してくる。 思わずどぎまぎしてしまうわたし。 だが、そんなことにも、まるで興味が無いんだろう。彼女はそのまま歩いていってしまった。 あー、やっぱりこの世界にはあんな怪物がゴロゴロしてるんだなあ。 目的の屋敷に着く頃には、すでに日は傾いていた。 小高い丘の上に立てられた屋敷に、明かりはほとんど灯っていない。それもそのはず、この屋敷は件の富豪の本宅ではなく、別荘。 普段は管理人が住んでいるだけなのだ。 だが、買い込まれる食料品の量と、生活ゴミを調べれば、はるかに大勢の人間が長期的に滞在しているのがわかる。 自ら罠を張りながら、お世辞にも慎重とはいえない。相手の底が知れようと言うものだ。 だが、油断は禁物だ。 相手は確実に念能力者。しかも複数なのだ。 物理的な攻撃なら、大抵のものに耐える自身はある。だけど、たとえば毒、あるいは操作系念能力、相手を無力化する機能を付けた具現化系の攻撃、致命的なものはいくらでも考えられる。 兄のためになら命を賭けたっていいが、それ以外の所で安く使うつもりは微塵も無い。 人を雇って様子見か、それとも囮に使ったほうがいいだろうか。 少しはなれた木立に背を預け、考えをめぐらせる。 と、街の方から車の排気音が聞こえてきた。 見れば黒塗りの高級車。それが目の前を通り過ぎて屋敷に向かっていく。 一瞬だったが、車の中から感じられるオーラに、覚えがあった。 あれほど強力なオーラを忘れるはずが無い、大通りで出会った美女のものに違いない。 ――やめよう。 そう決めた。 はっきり言って命のほうが大事だ。あんな化け物と関わってこの異邦の地の土に返るなんてぞっとしない。 やるにしても、兄のリアクション待ちだ。連絡をこまめに入れとけば、兄も一人で無茶するより、わたしの手を借りる事を選ぶ。 それまでこの件は放置だ。 そう思い、引き返しかけたところで、街の方からバイクの灯りがこちらに向かってくるのが見えた。 危ないので脇に退こうとして……思いかえす。 逆にバイクの前に出て両手を広げた。 この先には、件の屋敷しか無い。 時間も時間だ。連中の仲間に違いないだろう。 都合のいいことに単独行動中なのだ。とっ捕まえて吐かせることができれば、手っ取り早い。 車体を横に向けて急ブレーキをかけたバイクは、ぴたり、わたしの10センチ手前で止まった。「危ねえじゃねえか、てめえ!」 言いながらバイクを下りて突っかかってくる男。その腹に問答無用でパンチでもくれてやろうと拳を握ったとき、男の顔が目に入った。 彫りの深い顔立ちに、特徴的な口ひげ、オマケに念能力者。暗闇の中とはいえ、間違えようがない。 バショウ。クラピカとともにノストラードファミリーに雇われていた念能力者だ。 それがなんでこんな所にいるのか、わけがわからない。「この先にはあの屋敷しか無いだろ? 何の用なんだ?」 わたしの疑問に、バショウはイラついた様子で舌打ちした。「なんでテメエにそんなこと教えなくちゃなんねーんだ」 言われて見れば、不躾な質問だったかもしれない。だけど、こちらも、ここは譲れない。「答えによっては、あんたが敵になるからだ」 そう言って、バショウの目を見据える。「――何がなんだかわかんねーぜ」 そう言いながら、バショウは頬を掻く。 反応の温さから、わたしが追っている連中とは関わりが無いと、確信できた。「オレはあそこの屋敷の主に頼まれて、こいつを納めにいく所だ」 そう言って、バショウは肩に掛けたバッグを叩いて見せた。 富豪のコレクションらしいその中身は、あまり聞きたい物じゃない。バショウみたいな人間を雇っていることからも、そうと知れる。 それだけの関係なら、ちょうどいいかもしれない。「あんた、その用が終わったら暇か?」「ん? ああ、まあな」 不意の問いに、バショウは律儀に答えてくる。「だったら、オレに雇われないか?」 そう言って、頭の中ではもう、彼をプランに組み込んでいた。 あの屋敷に侵入した同胞が帰ってこない。無論不法侵入は違法なのだが、どうもワザとそれを誘うようなところがあって、その真相が知りたくてここまで来た。 バショウに対しては、ほとんど包み隠さずに語った。 彼の性格的に、そのほうが受け入れやすいと思ったからだ。「――すまねぇが、半時間ほど待ってくれねぇか」 腕組みし、目を伏せて考える様子のバショウ。彼が、再びこちらに目を向け、言った言葉はそれだった。「これさえ渡せば、雇い主との契約も終わるからよ。それからってことなら、いいぜ? 雇われてやるよ」 忌々しそうにバッグを掲げてみせるバショウ。よっぽど剣呑なものが入っているらしい。「ああ、それで――」 いい、と言いかけて、背後で爆発音が轟いた。 驚いてふり返ると、あの黒塗りの高級車が炎上している。「チ、どうやらのんびり交渉してる暇はねぇみたいだな」「――みたいだ」 バイクを回して走り出すバショウを追いかけて、わたしも走り出した。 屋敷の敷地内、玄関前に止まっている車が炎をあげて燃え上がっている。 そのすぐ傍、男のひとが一人、倒れていた。「ん!? おい!」 バショウは、男に駆け寄ると、あわてて抱え起こす。 直後、車は爆発を起こした。「無事か?」 男を庇うように身を伏せていたバショウに声をかける。 「ああ――ああっ!?」 返事をしながらこちらを向いたバショウの顔色が変わる。「おおっ! オレのバイクがぁっ!?」 彼の視線に釣られ、後ろを振り返る。 見れば、バショウのバイクのエンジン部分に、車の破片が直撃していた。 バショウは抱えていた男をほっぽり出して、頭を抱えている。「おい、そいつがここの管理人か?」 話しかけるが、ショックのためか、バショウの耳には入ってないっぽい。 まあ、バショウと面識があるなら、間違いないだろう。 壊れた人形のような格好で倒れている男の様子を調べる。 外傷はなく、気絶しているだけ、だとおもう。 炎上した車以外に、辺りに不審物はないようだ。ただ、正面玄関の扉が、半ば開かれていた。 ――先客だろうか? 慎重に、扉の隙間から中をのぞいてみた。重厚な内装。それに見合うように身繕われた美術品。 家主の本当の趣味を知らなければ、センスの良さに感心するところだ。 屋内に荒らされた形跡はない。 だけど、油断はできない。 いったん退いて、未だバイクの前で慟哭するむさくるしい男にひと蹴りいれる。「何しやがんだ!」「さっきの話の続きだよ。俺に雇われてくれ、そのバイクの修理代くらいは出るぞ」 その言葉に、バショウが首を縦に振ったのは、あえて言うまでもないだろう。「おい、中に入って大丈夫か?」 屋内に足を踏み入れる前に、バショウに尋ねる。「――あ? おお、セキュリティ自体は単純なもんだからな。通報と非常ベル位しかねぇはずだ」「念のため、罠がないか探りたいな。あんた、どうにかできないか?」「念には念を入れて、か?」 言って、バショウは筆を取り出し、紙に何やら書き始める。“流離の大俳人(グレイトハイカー) ”。俳句にした内容が実現するバショウの念能力だ。“我が声に 悪意の罠が 燃え落ちる” バショウはその句を詠みあげる。 朗々と吟じあげられた詩に、反応はない。「ん。罠はねぇみたいだぜ」「便利な能力だな」 いや、知ってて雇おうとしたんだけど。 こんな場面での対応力は半端じゃない気がする。「コレクションの収納場所は?」「収納はしてねえよ」 疑問が顔に出たんだろうか、バショウは付け加える。「――堂々と飾ってあるんだよ。専用のギャラリーにな」 屋敷のもっとも奥まった場所。屋敷の中央を貫句、長い廊下の突き当りが、その場所だった。 バショウには残ってもらった。ここに根を張る連中に、侵入者。展開がどう転ぶかわからない以上、そろって行動するより、合図を待って適宜に動いてもらったほうが、対応しやすい。 慎重に、扉を開く。 そこに、黒い魔性がいた。 「あら? あなたがそう、と、言うわけではなさそうね」 部屋に立ち並ぶ人体パーツは、怪しいまでの奇形。ある種の執念を以て収集された異様な人体芸術品。 富豪の狂気じみたコレクションよりも、目の前の美女が発するシロモノに、冷や汗が流れる。 蛇に睨まれたカエルのようなものだ。 視線だけでどちらが格上か、決定的に思い知らされた。「あなた、この屋敷に何の用なのかしら?」「……ここで、多くの同胞が行方知れずになっている。それを、調べに来た」 息を詰まらせながら、かろうじてそれだけ言った。「あら、そう」 彼女は、意外、といったように目を少し開いた。「では、あなた達に用はないわ。用があるのはここにいる同胞達」「同胞?」 鸚鵡返しに尋ねる。「ええ、同胞。正史とやらを守るためと言う名目の元、人を殺して喜んでいるお馬鹿さん達のこと」「――言ってくれるわね」 横合いから、声がかかった。“絶”が完璧だったからか、それとも目の前の美女に呑まれていたからか、その気配に、気付けなかった。 声とともに展示室の側面の壁が割れ、10人近い人数が姿を見せる。 全員、念能力者。リーダー格らしい女性は、白を基調としたスーツ姿の女性だ。 他の能力者に比べれば、彼女一人、頭抜けた感がある。「わたし達の行為を非難しに来た、というわけ?」 黒服の彼女はその言葉には応えず、敵を視線でひと撫でする。「あなた方、これで仲間は全部なのかしら?」 その言葉に、相手は無反応。美女はため息をついてみせる。「手っ取り早く聞こうかしら。あなたの仲間に、あなた以上の実力者はいるのかしら?」「いねーよ。ナツさん以上のヤツなんて」 横合いから飛んで来た声に、女は再び、ため息。「またはずれ、一体いつになったら会えるのかしら」 そう言って肩を落とすと、女は目の前の員数など眼中にないとでもいうように、部屋から出て行こうとする。「ま、待ちなさい。何がハズレなの!」 追いすがろうとするリーダー格――ナツを、彼女は視線ひとつで立ち止まらせた。「べつに? わたしは忙しいの。あなた達は勝手に自分の正義ごっこを楽しんでらしたら?」 この言葉に、ナツの顔が紅潮する。「な、言うに事欠いて正義ごっこですって!」「――あら、違ったかしら?」「わ、わたし達は、正当なるハンターの歴史を守るために、原作キャラに近づく不埒なやからを排除している! それのどこが正義ごっこだ!」 声を荒げるナツに、女はふふ、と挑発めいた笑いを見せる。「なら、どうして主人公を中心とせず、“緋の目”と“旅団”。自浄作用の強そうな二つの要素で釣っているのかしら? 正直に言ったらどうなのかしら――わたしの彼に近づくなんて許せないって」 あざけりに耐えかねてか、それとも図星を突かれてのことか。ナツの顔がどす黒いもので染められる。「こ、ころしてやる! みんな、かかれ!」 言いながらも、完全には切れていなかったんだろう。本人は怒りに任せて突っ込まなかった。 ナツの仲間達は、きっちり役割分担ができている。 4人が女に突っ込み、4人が後方から支援。後方支援の内二人が、牽制のためか、こちらを向いてくる。 別に味方じゃないんだが――まあ、こいつらが敵なのは変わりない。正直、わざわざ罠を張ってまで同胞を殺す、こいつらのやり方には嫌悪感を覚えている。 瞬時に“凝”。 一人はオーラを弓のように構え、もう一人は手を突き出す形。 殺気が、肌を焼く。 異様な高陽感とともに、オーラを足に集中。“弓”に向かい、思い切り地を蹴りつける。 爆発的な加速は、体を瞬時に敵の眼前まで運ぶ。「な!?」 言葉を発する暇も与えない。“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”が敵の顔面を捉えた。 頭骸骨を粉砕する異様な感触に、軽い興奮を覚える。「はは!」 高揚が、体のポテンシャルを引きあげる。 天空闘技場で実戦を経験して来た気になっていたが、これは、全然違う。 お互い“死んでもいい”ではなく、“殺すつもり”の戦い。 殺し合い。 それが、わたしを一段上のステージに上げる。 もう一人の敵が、ようやくひるんだ様子でこちらに手を向ける。 オーラの集中。殺気から意思の発露。全部わかる。 どんな攻撃でも、攻撃の方向とタイミングさえつかめれば、ほら、怖いものじゃない。 わたしが横に飛んだ瞬間、地面を打つ、鈍い音。「“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”ぉ!」 次の瞬間、わたしは敵の腹を貫いていた。 高揚のまま、次の獲物を求め、気配を探る。そこでようやく、わたしは部屋にいる人数が激減していることに気付いた。 見れば、部屋の中央。黒に彩られた魔女は、何事もなかったかのように立っていた。 その回りには、原型も留めない肉片がぶちまけられている。 血に彩られた彫像のような姿は、怪しいまでに美しい。「ふふ、このオブジェ、この部屋にぴったりだと思わない?」 ナツに怪しい視線を向ける女。「う、うああああーっ!!」 ナツは絶叫しながら、両手を地に叩きつける。 地面に亀裂が入るまでに強く叩きつけられた手。その勢いに応じるように、地面から巨大な人型が飛び出してくる。 土人形――ゴーレムと言うやつか。「やりなさい! ゴーレム!」 ナツの声に応じるように、低いうなり声を上げてゴーレムは動き出す。 だが、女はそれを見て、呆れたように問いかける。「あなた、その状態で手、離せるの?」 女の言葉に、ナツは蒼ざめる。「“悪魔の館(スプラッターハウス) ”」 彼女の言葉とともに、黒い何か(・・)がナツの頭上に現れる。「ちょ、まっ――いやあっ!!」 絶叫を残して、あっさりと、ナツは闇の中に消えていった。 その光景に、思わず、見入ってしまった。 わたしのものとは質が違う、純粋に、人を殺すための念能力。それを操る彼女の表情は、人形のように変わらない。「――さて、と」 背後から落ちてくる肉片など意に介さず、女はこちらに向き直る。 トップギアに入ってる今なら、この女に負ける気はしない。 だが、どうも、彼女には劣等感というか、苦手意識みたいなものが刺激される。「あなたにも聞いておこうかしら?」「オレより強いやつを知らないか、か?」「そう。物分りのいい子は好きよ」 嫣然と笑う彼女に、見とれそうになる。「居なかったな」 簡単に答えた。今のわたしより実力が上と言える者は、同胞には存在しない。ただ一人、例外があるとすれば、目の前の彼女だろう。「そう」 彼女は、もうオレに対する興味を失ったようで、こちらなど意に介さず、きびすを返した。「探してる、やつがいるのか?」「ええ。兄さまを」 意外にも、答えが返ってきた。 その声に、どこか甘さを感じて、わたしは、彼女に感じていた劣等感の正体を知った。 この人は、わたしと同じだ。 わたしと同じで、そして、何処か行き着いている(・・・・・・・)。 わたしが怖くて進めない一歩を躊躇いもなく踏み出す、行くところまで行ってしまった自分の姿。 だから、怖いのだ。「見つかるといいな」 彼女の背に向け、そう言ってやる。「ありがとう」 あっさりと、そう言って、彼女は歩いて行った。 その背に、一片の迷いもなく、わたしは思わず見とれた。 彼女の姿が扉の向こうに消えて行き、ばたりと、扉が閉じられる。 だけど、わたしはその場から動けない。 バショウの声が聞こえてくるまで、わたしはずっと、彼女の消えていった扉をみつめ続けていた。 いつの日か、この想いが抜き差しならない物になった時。わたしはどんな選択をするのだろう。 考えるだけで、怖くなる。 だけど、これはいずれ、決着をつけなければならないことなのだ。 だから、そのときが来れば、ちゃんと選べるように、自分の想いから、決して逃げない。目をそらさない。 それを、心の中で、誓った。