“一坪の海岸線”を手に入れた俺たちは、協力してくれた人数合わせのプレイヤー達に、報酬として“離脱(リープ) ”を渡すと、郊外の草原に移動した。 12人のチームで、合わせて99枚の指定ポケットカード。これは、たぶんどのプレイヤーも把握していない。 それも当然。わずか2ヶ月足らずの電撃作戦だ。 この12人で行動していることなど誰も知らないはず。 そもそも、ほとんど誰とも出会っていないという状況なのだ。たとえランキングで察知しようとも、場所の特定など出来ないだろう。 チームリーダーで、なおかつ出会ったプレイヤーの少ないブラボーが、ひとつ、またひとつと、指定ポケットにカードを入れていく。 99枚目のカードが本に収まった時、本から声が流れた。「プレイヤーの皆様にお知らせです。たった今、あるプレイヤーが99種の指定ポケットカードをそろえました。それを記念しまして今から10分後にG.I.内にいるプレイヤー全員参加のクイズ大会を開催いたします――」“支配者の祝福”を手に入れるためのクイズだ。 回答はブラボーやカミトに任せ、俺やシュウ、マッシュ等の、出会ったプレイヤーの多い連中は辺りの警備。 万が一誰かがカードを奪いに来た場合、それを排除するため、戦闘に備える。 だが、とりこし苦労だったらしい。 最高得点者としてブラボーの名が発表され、梟が一枚のカードを運んできた。「うむ。どうやら城へは一人で行かねばならないようだな」 そう言ってブラボーは“支配者からの招待”のテキストを読みあげた。 どうやら招待状にバッジが同封されていて、それを付けた奴だけ中に入れるらしい。「でも、キルアとか中に入ってたっスよ? 仲間なら大丈夫なんじゃないっスか?」「まあ全員入れないこともないんだろうけど、大人数だと目立つだろ。ここはブラボーだけに行ってもらったほうがいい」 レット氏の疑問に、シュウはそう言った。 なるほど。カード名からどこでイベントがあるかはわかるだろうしな。「じゃあ、リーメイロまでいっしょに飛んでいきましょう。わたし達は城下街で待ってるから」 カミトが応え、皆で“同行(アカンパニー)” を使ってリーメイロに飛んだ。“支配者からの招待”をゲインし、中に入っていたバッジを胸に、ブラボーが門の中に入っていく。 これで、本当に最後。“挫折の弓”を手に入れれば、現実に帰れるのだ。 期間にして一年とすこし。希望も何もない状態から始まった。 シュウが支えてくれて、ブラボー達に出会って、仲間が集まって、やっとここまで来た。 力を合わせて、ここまでやれた。それが、嬉しい。「――ほら、ゴムゴム! イッキだ!」「任せろ! 一番ダル、樽イッキやります!」「うおおおっ! すごいっス!」「二番、D! これからイッキ飲みをしよう!」「うわっ!? ワインが空中でゼリーみたいに!?」 で、今、こんな状態。 酒場を借り切って皆で宴会騒ぎの最中だ。 ミオは、コップ一杯でダウンして、ミコが彼女の介抱をしている。男連中は中央の円台でバカな飲み比べを始めていた。 わいわいがやがや。 皆が楽しく飲む中、カミトは一人、窓辺に陣取って飲っていた。 酒を楽しむ姿が嘘のようにハマっていて、そんなところ、大人だな、と思う。「カミト、混じらないのか?」「わたしは、ああいう雰囲気、パスだわ。どうも性に合わないみたい」 言いながら、ブランデーの香りを楽しむカミト。「ユウちゃんは? 混じらないの?」「俺、アルコールが効かないから」 どんな状態でも“仕事”がこなせるように。 そうやって訓練されたせいか、それとも元からなのか、ユウはアルコールで酔いはおろか鈍りもしないのである。 酒の席に、一人しらふでは、取り残されたような寂しさがある。「ねえ、ユウちゃん。わたし達、やったのよね」 カミトは、静かに話しかけてくる。「ああ」 返事をすると、カミトはそれに返すように、酒に口をつける。「――でも、不安になるのよ。上手く行き過ぎてて怖いというか、肝心なものを見落としてるって言うか」 カミトのような不安は、俺にもある。 あまりにも、何の妨害もなく終わったグリードアイランド攻略。それが、何か不吉なことが起こる予兆のような気がして、逆に怖い。「こら、ユウ! 飲んでるかー!」「こっち来て一緒に飲もうぜ!」 マッシュとシュウが、いきなり俺を拉致する。「ち、ちょっと待って、今カミトと話してる――」 俺の言葉を遮るように、カミトは俺を追いやるように手をひらひらと上下させた。「いってらっしゃい」「ほら、お許しがでたぞ。行くぞ」「こういうときは、飲んだほうがいいんだよ」 静かに微笑をこぼすカミトを尻目に、俺は酔っ払い二人に拉致された。 シュウとマッシュに、席に座らされ、コップに酒を注がれる。「まったく。いいのか? シュウ、お前まで飲んで」「いいんだよ」 シュウは思いきったように酒をあおる。「カードを持ったブラボーは城の中だし、カードを狙って来るやつらがいたとしても、ここでじゃないだろうさ」 珍しく、シュウは楽天的だ。「マッシュも。酒はボクサーにとって天敵じゃないのか? 確か筋肉のイカ作用がどうとか聞いたことあるけど」「何言ってんだ。酒はガソリンみたいなもんだぜ? まあ、次の日に残すほど間抜けなことはしないさ」 まあマッシュは大人だし、そういうとこキチンとしてるんだろう。だが、バカ騒ぎしている面子がそこまで考えてるか、非常に怪しい。「――さ、ユウもどんどん飲めよ」「ほら、ユウ、もっと飲め」 しきりに酒を勧めてくる二人。「――いっとくけど俺、酒に酔わない体質だからな。飲ませてもどうもならないぞ」 俺の言葉に、二人はあからさまに期待を裏切られたような表情になった。 何考えてたんだこいつら。「俺よりも、ヒョウとか面白いんじゃないか? あいつが酔ったとこ、見てみたくないか?」 そう言って、馬鹿共が騒ぐ傍でその様子をじっと見ているだけのヒョウを指差す。「――飲ますか」「飲ませますか」 シュウとマッシュはにやりと、いやらしい笑いを浮かべ、ヒョウの席に突撃する。 いろいろ言いながら、二人ともきっちり酔っ払っている。「ほらヒョウ、飲め!」「飲みやがれー!」「うわっ、いや、俺は下戸で――」 無法者と化したシュウとマッシュに、悲鳴を上げるヒョウ。 それを尻目に、俺は少し離れたところで横になっているミオと、その側にいるミコの様子を見に行く。「様子はどうだ」「あ、ユウさん」 ミコはミオの頭を膝に乗せ、介抱している。「まだちょっと気分が悪いみたいです。まったく、まだ小さいのにお酒なんか飲むから」「悪いな、みんな騒いでるのに、ミコにだけこんなことさせて」 俺の言葉に、ミコはゆっくりと首を横に振る。「いえ、わたくしは、お酒にさほど興味がありませんし……正直、楽しいですわ。妹が出来たようで」 慈しむようにミオを見下ろすミコ。 それを邪魔したくなくて、俺はその場から離れた。「――ほらユウ、こっち来い! ヒョウが面白いぞ!」 シュウが、声をかけてくる。 酒に酔わない俺でも、場の空気に浸かるだけで楽しくなりそうな雰囲気。 今日くらいはそこに混じってもいいと思った。 その日は皆で深夜まで騒いだ。 飲んで、騒いで、次の日、城下街で盛大なパレードが行われた。 輿に乗せられたブラボーを取り巻き、民衆に混じって一緒になって騒いで、はしゃぎまわった。 半ば、見張りのつもりだったが、他のプレイヤーの気配はおろか視線も感じない。それに不審を感じながらも、お祭り騒ぎを思い切り楽しんだ。 そして深夜未明、俺達は港へ向かって出発した。 目立たないよう、夜の闇にまぎれて一息に港に着く手はずだった。先に何人か港に送っておいて、“同行(アカンパニー)”を使うと言う手段も考えたが、「分散するより固まったほうがリスクが少ない」と言うシュウの意見に従い、こちらの手段を選んだのだ。「――ここで待っていれば会えると思っていた」 港に向かう途中、俺達の前に立ちはだかるように現れた集団。 その中から、ツェズゲラが前に出て、声をかけてきた。 ツェズゲラのチーム、爆弾魔のサブにバラ。ほかにも多数のプレイヤー達。その数ざっと50人ほどが、獲物を狙う獣のような目をこちらに向けて来る。 なるほど。出口で待ち構えていれば、こちらは必ず現れると踏んでいたのか。「我々を倒して、指定カードを奪う腹積もりか」 ブラボーが一団をねめつける。 言われなくても、彼らの殺気を見ればわかる。 おそらく、彼らは皆、バッテラ氏に雇われたプレイヤーなのだろう。バッテラ氏がグリードアイランドのクリアに出した懸賞金は、人を狂わせるには充分な額だ。 たぶん、いまさらバッテラ氏に頼まれたわけじゃないと言っても、信用されないだろう。用心深くコミュニケーションを避けてきた弊害だ。「ブラボー、オレ達が食い止める。先に行け」 シュウが、身構える。 そう。ここは、奴らを足止めしてブラボー達を港に逃がすしかない。 なんの躊躇いもなく、“オレ達”と言ってくれたシュウの、その信頼に応えるため、覚悟を決める。「お、俺もっスか?」「レット、お前の能力は、まさにこの状況向きだろう」 怖気づくレット氏に、マッシュが呆れたようにため息をついた。「わたくしも、残りますわ」 ミコが、前に出て来る。「ミコ……はぁ」 決意に満ちたミコの表情。それを見て、カミトはため息をつきながら前に出た。「……わかった。ミコが残るんならわたしも残るわ。ブラボー、先に行って」「―――わかった、任せたぞ!」 言って、ブラボー達は港に向かって駆け出した。「逃げたぞ!」「追え!」「ハヤテ!」「“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン) ”!!」 ブラボー達を追いかけようたした数人が、ミコの念獣に、カミトの鎖に襲われる。「―――あいつらを追おうってのなら、相手になるぜ」 シュウが、加減無し、全開の“練”を見せる。 俺も、ツェズゲラに向かい視線を投げつける。「ツェズゲラ、あなたも賞金首ハンターなら幻影旅団を知っているはず」「……それが?」 気圧されたようにわずかに後じさるツェズゲラ。「幻影旅団の悪魔紳士。彼を、俺が倒したといったら、どう思う?」「なに?」 衝撃を受けたようにのけぞるツェズゲラ達。 彼のことだ。ここまで言っておけば、おそらく出方も慎重になるだろう。「――ふん、そんなに強そうに見えねぇがな。あんたらが行かねぇのなら、俺がいくぜ」 そう言って前に出たのは、サブとバラ。俺に向かってきたのは、サブの方だ。 皆が見守る中、対峙する。 ハッタリとはいえ、ああまで言った以上、苦戦は論外、長引かせてもダメ、速攻でケリをつけて見せなくてはならない。 発せられるオーラ量から観て、俺とサブの実力はほぼ互角。筋力ではやや劣り、戦いの駆け引きもあちらが上だろう。だが、あちらにもネガティブな要素はある。 周りを囲むプレイヤー達が、必ずしも味方ではないこと。回りにいるのは、目的が同じだけの競争相手だ。しかも、俺を倒し、ブラボーを追いかける段になれば、たちまち敵へと変わるのだ。 そんな場面で、俺に全力を注げるはずがない。 そして、“戦って勝つ”のではなく、“ただ殺す”ことに関しては、俺の方が上だろうと言うこと。 集中する。 目の前のこの男だけを見ていればいい。バラはシュウ、他のやつらは、きっとカミト達が押さえてくれる。 だから、それを信じて、相手の攻撃に対応することだけを考える。 早々に勝負を決めようと放ってきたサブのパンチは、恐ろしいまでの威力を秘めているが、やや大振りになっている。 そこを狙う。 パンチをすれすれで躱し、腕が伸び切った――その一瞬、死角を縫って手刀を送り出す。 相手のパンチの下を縫い、俺の手刀は腋間の急所に突き刺さった。 本来ならナイフを使う、必殺の“殺法”。師は、相手に気付かれ、ましてや戦いになるなど下の下だとは言っていたが、そう言いながらも叩き込まれた格闘術は全て奇襲に近い殺し技。初見の相手はまず躱せない、心理の意表をつく奇術。 サブは、俺の手刀を喰らって激しく咳き込み、うずくまった。 その延髄に手刀を落とし、気絶させて再びツェズゲラ達に向き直る。 見ればシュウの方も、“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”でバラを吹っ飛ばしたところだった。「全員と戦るのもいいが、うまく手加減できるとは限らないぞ?」 ハッタリだ。実はさっきの攻防もギリギリ。一撃で倒すか、それとも倒されるかの博打に近い攻撃なのだ。「本来なら言ってやる義理はないんだけどな。あんたら全員無駄足だぜ? オレ達はバッテラに頼まれた口じゃないんでな」 もちろん、本来ならばこのシュウの言葉に聞く耳持たないところだろう。 だが、相当の実力者を瞬殺したことで、彼らは気圧されていた。「……本当か?」「ああ。オレらにはどうしても要るアイテムがあるからな。折り合いがつかないんだよ。あんたもバッテラに頼まれたプレイヤーはほとんど把握しているはずだぜ? 2、3人ならともかく、10人以上の人間全員知らないということはないはずだ」 シュウの言葉に、ツェズゲラは思案する様子。「――“同行(アカンパニー)” 使用(オン) 。アントキバへ」 シュウの言葉に得心がいったのだろうか、ツェズゲラは去り際に一瞬だけシュウに目配せすると、呪文(スペル) カードを使った。 それに従うように、漁夫の利を狙っていたプレイヤー達は次々と去っていく。「やったな」 全員がこの場から去ったところで、シュウが安堵のため息を漏らす。「すごいですわ、お二人とも。あの二人を倒すなんて」「やるわねー。さ、いきましょうか。現実に戻るまで気を抜いてられないからね」 たしなめるように言ったカミトだが、この人の頬も緩んでいる。 だが、ツェズゲラの目配せが少し気になった。 そう言えば、シュウは彼と会っているんだったか。ひょっとして、そこで何か話していたのかもしれない。 もしかして、あわよくばカードをかすめ取ろうとやってきたプレイヤー達。それを追い散らすためにツェズゲラを利用したんだろうか。「バッテラに頼まれた口じゃない」 あの言葉は、他のプレイヤーにいい聞かせた言葉で、それに説得力をつけるためにツェズゲラを利用したのかもしれない。 シュウならやりかねない。そう思って視線をやると、シュウは全てお見通しだよ、とばかり、微笑んで来た。 怖いなあ。 でも、それならあらかじめ言っといてくれりゃあ無理してハッタリかます必要なかったのに。 何か、思い出して恥ずかしくなってきた。「と、急がなきゃな」 余計なこと考えている時間が惜しい。 時間のロスはほんの少し。ブラボー達を追って、港への道を急いだ。