一応、“ユウ”が知っていた非合法な手段を使い、暗殺者としての矜持とか仕事道具とかいろいろ失いながら、俺達はなんとか天空闘技場にたどり着いた。 正確には、苦労したのは俺だけ。 シュウはハンターライセンスのおかげでタダ同然で来ていた。一体この差はなんなんだろうか。「格闘技経験……か。暗殺術は格闘技に入るのか?」「一応十年って書いとけ。ややこしい事考えなくても適当でいいって。原作でもそうだったろう?」 そう言って臆面もなく格闘技経験10年と書くシュウ。その図太さはうらやましい限りだ。 書類を書くと、闘技場の中に案内された。 石造りの舞台が十六面、それを囲うように観客席がある。だだっ広い空間を感じさせない人の入りに、熱気が渦巻いている。「1314番、2000番の方、Aのリングへどうぞ」「あ、オレだ。じゃ、ちょっと行ってくるわ」 何の気負いも無しにリングに向かうシュウ。 いや、念も使えるし、一階クラスじゃ問題ないのは、“ユウ”の感覚でもわかるけど……本気で図太い、というか、ここまでネットとリアルで変わらない人物も珍しいんじゃないだろうか。 ちなみに、試合は張り手一発。ゴンの試合をそのまま再現しやがった。「2001番、2006番の方、Cのリングへどうぞ」 今度は俺の番だ。やっぱり緊張する。平然としているあいつの方がおかしいのだ。「両者リングへ」 リングへ登り、相手を確認する。 ……いや、これはないだろう。俺は、自分の不運を呪いたくなる。 身長2メートル近くはあろうかと言う大男、グラブをはめているところを見ると、大方ボクサーだろう。そして念能力者。「なんで俺だけ」 一応考えておくべきことだったが、二百階クラスの実力でも最初は一階からだ。こういう組み合わせになることもあるのだろう。「それでは始め!」 始めの合図に、相手は身構える。相手も念能力者、こちらの念を警戒しているのだろうか。 サウスポーのハメドスタイル。身のこなしから、実力は、ほぼ互角と知れる。 ただしこちらは暗殺術(サイレントキリング) が専門なのだ。正面からでは分が悪い。「シッ!」 相手のジャブを退がりながら避ける。 それを追うように右ジャブ。だが、スピードなら重量級相手に負けるはずがない。 相手のジャブに合わせて内に入り、そのまま腹に張り付くようにぴたりと身を寄せる。「このっ!」 相手の、退がりながらの左アッパーを読んで、体を入れ替える。 そのまま巻き込むように肘、では届かないから剣指を相手の首筋に叩きこむ。「痛っ!」 痛っ! で済むのかよ。 やっぱり“凝”じゃないと無理か。オーラ量が互角じゃ元々の体格がモノをいうのだ。もともと攻撃力をナイフや銃に頼っている“ユウ”は、“流”も上手くない。リスクを押さえるならここはダメージを無視してポイントを取る戦いに切り替えるべきかも知れない。 だが、さっきの攻防でわかった。 コイツは喧嘩も野試合もしない、正統派のボクサーだ。実戦での引き出しは、たぶん驚くほど少ない。 なら、こちらにもやりようはある。“凝”で、足にオーラを集中する。 相手は顔色を変え、身構えた。ここからどんな攻撃をしてくるか読めないのだろう。 それこそこちらの狙い。いきなりしゃがみこんで地を這うように飛び出す。 ボクサーのパンチでは地面すれすれにいる俺には届かない。 地に背を向け、押し上げるように蹴り、はフェイント。腰を入れていない蹴りをすぐに引き戻す。 直後、空を裂く相手のパンチ。 再び伸び上がり、相手の腹に本命を叩きこむ。 相手は瞬間的に胸にオーラを集める。だが、思う壺。狙いは破壊ではなく押し出しなのだ。「ぐっ!」 直撃を喰らい、吹き飛ぶ相手選手。放物線を描き、相手は場外――ギリギリに落ちる。どれだけ丈夫なんだよ、この人。 「2001番、キミは50階へ」 よかった。どうやらシュウに遅れをとらずに済んだようだ。「おい、やったなユウ」 観客席に戻ると、シュウが話しかけてくる。「なんで俺だけあんなヤツが相手……」「まあいいじゃん。早速性能が試せたんだし」 笑顔のシュウに、ちょっと殺意が湧く。「一応な。全体的に能力の底上げしないと上の方じゃきつい感じかな」「もともと暗殺者スタイルだし女の子だもんね」 だから、悪意がないのはわかってるが、言ってることがいちいち神経逆撫でするんだよこのやろう。「ユウも次、50階だろ? もう一試合あるだろうし早く行こうぜ」 どこまでもわが道を行くシュウに、ため息をついた。 次の試合も相手が念能力者、などといったことはなく、順調に勝利を収めた。 それから一週間。150階クラスまで登った俺の貯蓄は、有り金全部シュウに賭け続けたことも手伝って、ありえない額になっていた。 もっともシュウは実力を隠すこともしないので、オッズは常に低かったが。「押し出しのシュウ」「手刀のユウ」 何故かどこかで聞いた事あるような異名も賜った。 全く嬉しくないのだが。 そんなある日、シュウが200階クラスの試合のチケットを買ってきた。「シン対オビト戦ねえ、聞いたことないな」「200階クラスには確か180人くらい選手がいるからな。今の内にやばそうなヤツはチェックしといた方がいい」「相変わらず考えてんな。そっか、本編じゃあの3人としか戦ってなかったから、もっと少ないのかと思ってたよ」「オレは“英雄補正(ネームバリュー) ”で自分を強化する目的もあるからな。フロアマスターまでは目指すつもりだから」 そうか、天空闘技場のフロアマスターならかなりの知名度になるだろうしな。“英雄補正”、結構便利かも知れない。「俺は、金が稼げなくなったらとりあえずは用がなくなるからな。200階で1、2戦したら本格的に動いてみるよ」 俺の言葉が意外だったのか、シュウは目を見開く。「そうか……じゃあ、連絡手段も考えなきゃな。これ見に行ったあとで携帯でも探そう」 なんか、目に見えて肩を落としている。俺が悪い事したみたいだ。「拠点はここにするつもりだし、ずっと会えないわけじゃないって。仲間はともかく他に巻き込まれたやつと情報交換でもできたらいいしな」「うん、そうだね……」 なんか、マジで元気ない。どういう風の吹き回しか。 取り合えず試合やビデオなどでやばそうな人物を逐一チェックしていくと、一人の人物が目に入った。「やっぱりいたな」 シュウが、冷や汗を流しながらつぶやく。「ああ、ほんとにハンターの世界に来たって実感した」 ビデオに映っている人物はヒソカ。もちろんあのヒソカだ。「うわ、やばい。絶対あたりたくねぇ」「オレもコイツだけは勘弁だ」 関わらずに済むなら関わりたくない人物の中でトップクラスだろう。 まあ試合と準備期間とかしっかり考えてれば、そうそう当たることはない。 こいつと、ほかに2、3人、ヤバそうなヤツがいたのでこれは要チェック。 絶対当たらないようにせねばなるまい。 それからさらに数日、いよいよ200階クラスに登った。 念を使える俺たちは洗礼を受けることなく、無事に選手登録できた。「すぐに戦える?」 シュウが係員に尋ねる。「一応希望日を指定していただければ、それに合わせて試合を組ませていただきます」「じゃあ俺もそうしようかな」 そんな会話をしていると、俺たちを観察するような視線を感じる。 新人キラー達だとしたら大歓迎だ。 あのレベルなら念能力の、格好の試金石。 そんな事を考えていたけれども、よく考えれば指定日を全く一緒にすれば、結果は見るまでもなく分かるはずなのに……なんでこう迂闊なのか、俺というヤツは。「さあ今日は大注目の一戦です! 破竹の勢いで勝ちあがってまいりましたシュウ、ユウ両選手が早くも登場!」 目の前にいるのはシュウ。強化系と具現化系のガチンコなんて、勝負は見えたようなものだ。 だが、俺だってタダで負けるつもりはない。 俺はいつもの服装に、体のラインが完全に隠れるようなゆったりとした外套を用意して来た。“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”は相手の死角にいないと発動しない能力だが、外套で目隠しすれば、能力を使う機会も増えようというものだ。 シュウの方はいつもと同じスタイル。腹が立つほど平然としている。“甘い誘惑(スイートドロップ) ”は俺の奥の手だ。こんな衆人環視の場では使えない。「始め!」 試合開始の合図と共に、シュウが猛ダッシュで襲ってくる。 拳を握り込まずに掌ということは、場外に“押し出す”つもりか。 退がりながら、ギリギリで躱す。 シュウの突き出された掌には、攻防力60ほどのオーラが集まっていた。“流”! それも実戦レベルだ。 これはなりふり構っていられない。シュウの脇に回りながら外套の裾を広げ、相手の視界を遮る。その一瞬を突いて“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”。 移動した先はシュウの頭上やや後方。機会を逃さず、攻防力80ほどの攻撃をシュウの背に叩きこむ。 だが、俺の渾身の一撃は、シュウの“堅”に阻まれる。激しく吹っ飛んだシュウだが、ダメージ自体は無いはずだ。「おおっと! シュウ選手の突きがユウ選手を襲った刹那、いつの間にか後ろに回っていたユウ選手がシュウ選手を背後から攻撃! シュウ選手吹っ飛んで、これはクリティカルアンドダウンで3ポイント!」 アナウンスを聞いている暇はなかった。 ゆっくりと起き上がったシュウ。その目が、全然笑ってない。「うふふふふやってくれるねユウくん」 怖い、というかヤバイ。 シュウのオーラ量、ここに来た時は同じくらいだったはずだが、“英雄補正(ネームバリュー) ”のおかげか桁違いに増えている。「なんか女の子ぶん殴るのは気が引けてたけど、これで心置きなく殴れるよ」 そう言って拳に念を集中するシュウ。「ちょうどいい。試すわ」 言うが早いか、シュウはこちらにダッシュしてくる。「正義の拳(ジャスティスフィスト) !!」「うわマジか!?」 必死で避ける。 一撃、二撃をかろうじて躱す。 三撃目をしゃがんで躱したところに打ち下ろしの四撃目。 かろうじて転がって躱す。直前まで俺がいたリングの石板が粉々に砕け散った。 「殺す気か!」 青ざめながら、飛び散った石版の破片で出来た死角を利用して、瞬間移動。 今度はシュウの後方右下に現れる。 さらに、連続で移動。限界地点のリングの端まで跳ぶ。 シュウが後方に振るう拳が、ものすごい音をたてて空振った。「シュウ選手の石板をも破壊する強烈な連撃、それを全て躱してユウ選手、高速の移動でリング端に現れたあ!」 アナウンス、自重しろ。“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”は感情の高ぶりに反応するんだ。見えないのかあのキメラアント編のゴンかと見紛うまでの強烈なオーラを纏った拳が。「ふふふふふ」 だから怖いって、シュウ。 到底手加減してくれそうにない。降参するのも手だが、それもシャクな話だ。 仕方ない。覚悟を決めた。 外套を外し、シュウの視線を遮る。 刹那、跳ぶ。目標はシュウの後方。 だが、跳んだその先には、シュウがこちらを向いて構えていた。 3度目ともなれば、こいつならば合わせてくる。そう読んでいた! シュウの拳を躱しざま、上着を引きちぎってシュウの顔めがけ、投げつける。 さらに今度は……跳ばない。 上着の上から攻防力80ほどを込めてシュウを殴りつける。 が、上着の向こうからはシュウの掌の感触が感じられた。 ヤバイ! 読まれていた! 手を引く間もなく腕を捕らえられる。 続けざま、上着を引き裂いてシュウの拳が襲いかかってきた。 ぽこん、と、“堅”で身構えた俺の鎖骨あたりを叩く音。 見ればシュウ、気の抜けたような表情で、こっちを見ている。 よく考えたら、上着の下に特に何か着ていたわけではなく、上半身下着姿になっていた。“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”は感情で威力が左右される。ということは、威力が下がることもあると言うことだ。「なんだそりゃあっ!」 羞恥ではなくあまりの馬鹿らしさに、俺は思い切り突っ込んでいた。「ダウン、勝負あり! 勝者ユウ!」 こうしてあまりにも馬鹿らしく、シュウと俺の対戦に決着がついた。 それから数日。今度はヤバイのがいる辺りを避けて試合日を設定したので、2ヶ月近く空いた期間をいかに活用するか、シュウと相談していた。 シュウの意見は、まず電脳ネットで同じような境遇の人を探してみよう、ということ。言われてみれば、なるほどその通り。各地に散らばってしまった彼らが真っ先に目をつけそうなのが電脳ネットだ。調べてみる価値は充分ある。 この天空闘技場も、俺たちの同類なら目をつけそうなスポットだ。異常なスピードで勝ち進んでいる者、念能力者の中に同類がいるかもしれない。 もちろんグリードアイランドに関しての情報も、常にアンテナを張っておくべきだろう。 もう一度、正規に入りなおすなら、あのゲームを手に入れる必要があるのだ。 シュウが天空闘技場で同類を探す方を受け持ってくれたので、こちらはネットでの調査を引き受けた。 それはすぐに見つかった。“Greed Island Online”、そんな単語検索でトップにヒットしたサイトの名称だ。“わたしはゲームマスター。わたしはあなたを排除した。わたしは誰?” 入室するのに必要なパスワード。そのヒントは、見る者が見れば一目瞭然だ。 レイザー、そう入力する。“ようこそ、同胞よ” 開かれたページにはそう書かれていた。“ようこそ、同胞よ。この文章を見ている者は、あのゲームのおかげでこの世界に迷い込んでしまった仲間だろう。ここは、そんな同胞達が、情報を交換し、元の世界に帰るために協力する場所である。我々はキミ達の応援を待っている” そんな言葉だった。 とりあえず、自分達が何故この世界に来たか等の考察全般が書かれているページをめくる。 Greed Island Online、現実世界のこのゲームは、あまりにも真に迫っていた。 いや、本物のグリードアイランドと呼んで差し支えないほどの再現度であったため、架空のグリードアイランドと“こちら”のグリードアイランドが交錯してしまった。 そのせいで俺たちは、Greed Island Onlineを通してこの世界に飛ばされてしまったんじゃないか、と、要約すればそんなことが書いてあった。 正直、考察については、どうでもいい。俺達にとって重要なのはそんな事でなく、戻り方なのだ。 だが、それに関しての考察は、シュウの意見と、大して変わるものではなかった。 やはり、“離脱(リープ) ”が最有力候補。 ゲームを介してこちらに来た以上、戻り方も同じだろう、ということだ。 あと、設置してある掲示板に、4、50人くらいの人間の所在地やプロフィールなどが書いてあった。 それを見る限り、天空闘技場には仲間は居ないようだ。 300人の内の4、50人じゃあ、絶対と言う確証はないけれども。 それにしても、意外と主人公達に縁の深い場所にいる人は少ない。やっぱり危険度が高いからだろうか。かと思えば、ククルーマウンテンで掃除夫やってますなんて剛の者もいる。正直どんな神経してんだと思う。 それから、一番の収穫。 現在は本編開始一年前らしい。 これは結構重要。いろいろヤバイ場面を避けなきゃいけないから。 とまあ初日にして大収穫だったわけだか、掲示板に俺らの事を書くのはやめておいた。シュウに相談せずにやっていいことだと思えなかったから。「まだやめとけ」 シュウの答えは、半ば予想していたものだった。「こんな事態に陥ったとき、人間が取る行動は何種類かに分かれると思う」 人指し指を立て、講義口調になるシュウ。「ひとつ、元の世界に帰るのをあきらめ、この世界で暮らす事を選ぶ。ひとつ、元の世界に帰るために努力する。そして最後に、その尻馬に乗ろうとする。自分の負うリスクを最小限に押さえ、不用意に徒党を組み、足を引っ張る上に権利を主張してくる。このサイトに集まってる奴には、そういうのが多い。グリードアイランドに入れる人数自体が制限されているんだ。こういう奴らに、自ら関わることはない」 それは冷たい物言いだった。だけど、グリードアイランドに入れるのは、バッテラ氏が手にいれる事になる分だけで2、30人。 到底みんな入る事などできない。確かに多人数で徒党を組むのは、もめる元だろう。特に元の世界に戻れるか否かの瀬戸際では、血を見ることになるかもしれない。「ただ、100人超えたら名前だけでも出しといた方がいい。出会ったときの印象が、それだけでも違う」 本当に、シュウはいろいろ考える。 これは俺に足りないところ。 俺は、できれば巻き込まれたみんなも帰れたらいいと思う。でも、それは、俺が帰ることと引き変えにしていいほど大事ではない。 俺は帰りたい。それこそ何に換えても。その上で、手が空けば、皆を助ければいい。 これは優先順位の問題。だが、俺は、それを誤るときがある。 シュウはいやな事でもあえて言ってくれる。それが、本当ありがたいと思う。