ヒルダさんは、第三の手(フィアー・タッチ)の射程を最大限に延ばして打ち据えようとうするが、ロングコートの男は両手に持ったハンドガンから念弾を打ちつつそれを避ける。ヒルダさんはその念弾を鞭で打ち落としながら、敵に攻撃を仕掛ける。その千日手のような状況がずっと続いている様だった。「いい加減当たってくれないか?貴女の苦痛にゆがむ声が聞きたいんだけどな。」「そんな豆鉄砲当たったところで蚊に刺されたもんでしょうが。」「なら、当たって見てくれよ。」「いやよ、わざわざそんなことしないといけないのよ。」「しょうがないな、流石にこのまま続けるとオーラが尽きるのは俺のほうが先だろうしね。」男はそういうと、懐からマガジンを取り出してリロードする。そして先ほど変わらず、銃を打ち出した。ヒルダさんは、先ほどと同じように鞭で打ち落とそうとして…、その鞭が弾け飛び、弾丸はそれを貫通してヒルダさんを襲った。ヒルダさんは咄嗟によけ、直撃はしなかったようだけど、その弾丸は腕をかすってしまったようだ。すると、ヒルダさんは悲鳴を上げてかすった腕を押さえ、蹲る。でも、目は男を睨んだままだ。私は思わず飛び出しそうになるが、ヒルダさんの静止の声で踏みとどまった。「あんたはそこで見てなさい!弟子が一人で勝ったのに師匠が手伝ってもらうんじゃ様にならないでしょう。」「ふふ、どうしたんだ。豆鉄砲に掠っただけでずいぶん大げさじゃないか。 どうだ?俺の「幻痛(ファントムペイン)」の味は?」「…この程度たいしたこと無いわね。」ヒルダさんは抑えた腕を放し、鞭を構えて男を睨んむ。ここから見る限りでは、腕の傷はたいしたことはないのだけど…「強がりはやめるんだな。今その腕は激痛に苛まれてる筈さ。 俺の「幻痛(ファントムペイン)」は、ダメージを与えた敵の痛覚を"強化"する。 掠っただけとはいえ直撃した以上の痛みを感じてるはずだ。 さあ、もし直撃したときの痛みはどれぐらいになるんだろうな? そのときのお前の反応を見るのが楽しみだよ。」「この変態が…。自分で能力の説明をするなんて、念使いとして三流以下よ。 そんなことも分からないのかしら?」「なに、この程度知られても特に問題ない。普通の人間なら一発打ち込めばその激痛で意識を失うのだからね。」「つまりは当たらなければいいだけでしょう!」ヒルダさんは手に持った鞭を操り縦横無尽に打ち据える。だけど、敵との距離が遠いためにその攻撃の空間密度は下がらざるを得ない。男はその隙間を縫って回避する。そして、回避しながらの射撃は的確にヒルダさんを狙っていた。一方のヒルダさんは、先ほどまでのように安易に弾を打ち落とすことが出来なくなったため、回避に意識を多く割かざるを得ない。また、掠っただけでも動きが鈍ることは間違いなく、そうなれば次の弾は避けられない。その結果、男を狙う鞭の軌道は精度が落ち、代わりに余裕を持って撃てるようになった男がヒルダさんを狙う射撃は精度が上がっている。先ほどまでは互角だった遠距離での打ち合いも、男が放ったたった一発の弾丸によって形勢は男に傾いていた。男はここが勝負の決め時と見たのか回避の足を止めて、拳銃を連射して弾幕をはる。避ける隙間もなく、打ち落とすことも出来ない弾丸の弾幕にヒルダさんは遠くにあった柱に鞭を巻きつけ、その伸縮を利用しながら横に跳ぶ。何とか弾幕の範囲から逃れることが出来たが、まったくの無傷とはいかななったようで、ヒルダさんのうめく声が聞こえてきた。どうやら何箇所か掠ってしまったようだ。「ふふ、気の強い女が、痛みにのたうつ姿はいつ見てもいいものだ。」「あんた…、この好機に追撃せずにのんびりお喋りだなんて戦闘者としても三流以下ね…。」「強がりもそこまで行くと見事だな。もうその足では動けないだろう?」「なにを馬鹿なことを言ってるのよ。あんたの攻撃は痛いだけ、ダメージ自体は少ないんだから動けなくなるわけが無いでしょう!」「ならばその足で次の攻撃を避けて見るがいい!」男は再び、ヒルダさんに向かって弾幕をはる。私は思わず目を瞑ってしまった。だけど、その後聞こえるであろうヒルダさんの悲鳴は一向に聞こえてこない。私は恐る恐る目を開けると、果たしてそこには変わらずヒルダさんが立っていたのだ!「はん、思った通りね。とんだペテンだわ。踊らされていた私が馬鹿みたい。」「貴様全部打ち落とすとは、先ほどの打ち抜いたのを忘れたのか!」「語るに落ちる…ね。そんなにあせったら肯定してるのと同じことよ。嘘つきとしても三流以下…救いようが無いわね。」「くっ、黙れ!」再び男はヒルダさんに向かって弾を連射する。ヒルダさんはそれをすべて迎撃し…、二発だけ抜けてきたものがあったが、危うげなくそれを回避する。「馬鹿ね…、そこは全部貫通弾で来るところでしょうに。それなら次からのブラフがまた生まれるのよ?」「ええい、黙れ黙れ!」男は叫びながらまたも弾を連射した。ヒルダさんは、今度は打ち落とそうともせず鞭を使って大きく回避した。「あらあら、狙いが雑になってきてるわよ?何をそんなに怒っているのかしら?さて、今の弾に貫通弾はいくつ含まれてたのかしらね?まさか私が言ったからって全部貫通だったりしたのかしら?」「黙れといっているだろう!」ヒルダさんは次の連射をすべて鞭で叩き落す。「もう、貴方分かりやす過ぎるわよ?お姉さんからの忠告だけどギャンブルに手を出すのはやめておいたほうがよさそうね。 さて、貴方の拳銃に残ってる弾は後何発かしら。 言っておくけど、リロードの隙を見逃すなんて甘いこと考えないで頂戴よ?」ヒルダさんは微笑みならが悠然と男に歩いて近づく。対する男の顔は強張り、もはや蒼白に近い。「ねぇ貴方、鞭というのはどういう武器か知っているかしら? 本来、鞭は武器じゃないのよ?そう、痛めつけることだけを考えられた道具なの。 貴方、痛いのが好きなんでしょう? "恐怖"を冠する私の鞭の味をたっぷり教えて あ げ る。」「い、いや、俺がすきなのは与えるのであって…、ぎゃぁああ!」鞭が風を切る音がするたびに、男の悲鳴が上がる。そこから先はとてもではないが私の口からは語れない。もっとも、私は目と耳を塞いで見ない振りをしていたので、語ろうにも語れないのだけど。しばらくして、塞いだ手をすり抜けてくる男の悲鳴が聞こえなくなったので目を開いて見ると、そこには満足そうな笑みを浮かべたヒルダさんと、ぼろ雑巾のようになって倒れているロングコートの男が見えた。その姿はまさに…、いや、なんでもない。私はその姿をみて、ヒルダさんだけは決して怒らせないようにしようと心に誓うのであった。さて、木箱の破片から私が倒した男を引っ張り出してくると、ヒルダさんの餌食になった男の横に並べる。どちらも取りあえずは息はあるようだけど、当分は目を覚まさないだろう。「えっと、この人たちはどうするんですか?」「流石に、この状態から止めを刺すのは後味が悪いわね…。 念能力犯罪の担当者に来てもらって引き取ってもらいましょうか。」「へー、そんなのが居るんですね。」「なにいってるのよ、ブラックリストハンターって言ったらハンターの花形じゃないの。 こんな懸賞金がかかってないような奴らでも協会まで持っていったらそれなり報酬がもらえるからね。 多分引き取ってもらえるわ。 私が持っていってもいいのだけど…、流石に今はそんなことしてる場合じゃないからね。 誰か近くに居ないかしら?」そう言ってヒルダさんは携帯電話を弄り始める。「あの…、ヒルダさんはブラックリストハンターなんですか?」「そうよ…って、言ってなかったかしら?」「ええ、初めて聞きました。何でブラックリストハンターになったんですか?」「え、だって、物を追うより人を追ったほうが楽しいじゃない?」ヒルダさんは携帯電話を弄りながら何気なく答える。私はその答えと先ほどの光景を重ねてしまう。やっぱりそれは、そういう意味なんだろうか…?「よし、捕まえた! …なによ、変な顔して。どうかした?」「い、いえ、なんでもないです!」「…相変わらず変な娘ね。とりあえず、明日の昼には引き取りに着てくれるそうだわ。 貴女が学校に言ってる間に終わるでしょうから、気にしなくてもいいわよ。 さて、私はこいつらを適当なところにおいてくるわ。貴女はもう帰りなさい。」「はい、分かりました!」なんだか、返事に必要以上に力が入ってしまったが、取りあえず私は帰ることにした。家に帰った私はお風呂に入って汗を流す。あったかいお湯に使って緊張がほぐれると共に、腕がかすかに震えているのに気づく。初めてのまともな念での戦闘、一歩間違えば倒れていたのは私だったのだ…そう考えると、腕の震えは強くなった。だけど、敵はあと一人、ボスという奴さえ倒せは元の生活に戻ることが出来る。私は震える腕をしっかりと揉んで解し、お風呂から上がって部屋に戻る。部屋に戻るとヒルダさんも戻ってきていた。「今日は大変だったわね。お疲れ様。 たいした怪我がなくてよかったわ。戦わせた私が言うのも変だけどね…。」そういって、ヒルダさんは私を抱きしめてくれた。その体温に私は涙があふれてくる。せっかくお風呂で解した振るえが戻ってきてしまう気がした。「後ちょっとで終わるわ。我慢せずに泣きなさい。」ヒルダさんは私が泣きつかれて眠ってしまうまで抱きしめ続けてくれたのだった。