相変わらずこの2人の絶は見事でルルのお父さんからの指摘がなかったら、ここまで近づかれても気づかなかったに違いない。でも、二人は私が居る事がよほど意外だったのか、驚きで絶が乱れていた。さすがにこの状態なら私でも分かるのだ。「なぜ、あなたがそこに居るの!?」ヒルダさんが驚愕に塗れた声で私に詰問する。むしろ、私のほうがなぜこのタイミングで来るのかと聞きたいぐらいのものだ。「いくらヒルダさんでも、今はここを通す事はできません。」私は、おなかのそこから力を込めて言葉を紡ぐ。その言葉を聞いたヒルダさんはさっきまであった驚愕を一瞬で沈め、鋭い視線を送ってくる。「貴方、何を言っているか分かっているの?」「はい、この奥に居る人が指名手配されてる人で、ヒルダさんがその人を捕まえにきたんだってことも分かります。」「なら、そこをどきなさい。」「いやです。今この中に居る2人を邪魔させるわけには行きません。」「正気で言ってるの?その中に居るのは犯罪者なのよ?それを年端の行かない少女と二人きりにさせているなんて。」「この人はルルのお父さんなんです!」私は力いっぱい叫ぶ。きっとヒルダさんも分かってくれるはず。ヒルダさんはルルのことも知っているし、会った事もある。きっとここは引いてくれる。だけど、私の淡い願いは次の言葉で打ち砕かれる。「そう…、いいたいことはそれだけかしら?なら、すぐそこをどきなさい。」「え、でも…」「ヴィヴィ、世の中、”父親”というだけで絶対的に信頼していい人間なんてことはないのよ。 たとえ貴方がそう思っていたとしても、その危険を私は見逃すわけには行かないわ。」私はヒルダさんの言葉に衝撃を受ける。お父さんというのは私の中で守ってくれる人で、いつも厳しくも優しい人。だけど、世の中にいる父親はそうでないのも居るというのだ。「分かった?これが最後の通告よ。そこをどきなさい。」その言葉に私は思い出す。少なくとも私はあの人がおかしな存在には見えなかった。ルルを見つめる視線は慈愛の光を確実に含んでいたと確信できる。ならば、ここをどくわけには行かない。「いえ、私はあの人のことを信じます。いま、ルルとあの人の時間を邪魔するならヒルダさんでも通すわけには行きません。」私は、しっかりと声に出して通告する。自分で言った言葉でようやく自覚する。今、私はヒルダさんに宣戦布告をしたのだ。「そう、ならもう話すことはないわ。」その言葉と共にヒルダさんのオーラが一気に膨れ上がり、手にはオーラが変化した鞭が形作られている。私は、全力を持って堅を行い、全身に大量のオーラをいきわたらせる。腰を落として受けの構え。私の勝利条件は時間を稼ぐ事、必ずしもヒルダさんを倒す事は必要ではない。ならば実力の差もどうにかなるのかもしれない。私は全力で堅をしているが、相対するヒルダさんからむけられるプレッシャーは普段行っている組み手とは比べ物にならない。相対しているだけで、足が後ろに下がろうとすらする。だけど、私はそれを気合でねじ伏せ、構えを整える。「行くわよ。」そのヒルダさんの短い声と共に私の周りを縦横無尽に鞭が打ち据える。私は必死に目を凝らし、私に当たるものだけを打ち払っていく。凝でオーラを両手に配分し、迫り来る鞭を叩き落す。無数に迫る鞭は恐怖以外の何者でもない。だけど、今の私はそれに飲まれるわけには行かない。後ろでようやくお父さんと話すことができたルルのためにも。そう、私は言ったんだ、"追っ手は私が引き受ける"と。そして、ルルは"アンが私に嘘をついたことはない"と言ってくれたのだ。なら、ここで引きヒルダさんを通してしまうなら、私のいった言葉はうそになってしまう。――私はそれは我慢できない!ひたすらにヒルダさんが鞭を操り、ひたすらに私がそれを受け流す。ヒルダさんの鞭は無作為に、私を含めた景色を蹂躙する。本来ならそれは、鞭の軌道を見切るのを困難にさせるためなのだろう。あえて無駄な攻撃を含めることによって対応するがの難しくなるし、精密な調整を放棄することで攻撃の回転数を限界まで上昇させる。それを一方的な遠距離から加える、これがヒルダさんの必勝パターン。本来の私程度の腕ではあっさりとその鞭にとらわれ勝負が決ってしまっている。何とか私が耐えられているのは、きっとこの目のおかげなのだろう。だけど、それは単に硬直状態に持って行っているのが精一杯だと言うこと。そして、この先の結果など誰がどう考えてもひとつしかない。受けに回ればしのぎきれるかもなんて考えは、見込みが甘いにも程があった。ヒルダさんは片手を振って鞭を操り、その行動に何の危険もなく、疲労も少ない。一方の私は全身を使いオーラを消費しながら、必死になってその鞭を捌いている。もし、一発でも貰えばそこからの連撃でたちまち戦闘不能だ。私の圧倒的不利な状況。組み手であれば、突進を用いた奇襲を考えてもよいのだけれど、私の役目はこの扉を守る事。だから、突撃などして、扉の前を空にするわけにもいかない。これほどの悪条件の中で、この均衡を持たせていることができていること自体驚きだ。そして、それは多分、ヒルダさんが大いに手加減をしてくれているからなのだろう。鞭はあくまで普通のままで一番汎用性が高い代わりに、それほど攻撃力は高くない。これがもし、トゲつきだったりするなら私へのプレッシャーも大きくなるし、何より捌くのにもより大きなオーラが必要になる。オーラを消費する速度も段違いに増えると思う。ヒルダさんは私を大きく傷つけるつもりはないのだろう。私を気遣うその心が嬉しくもあるけど、今は寧ろ悔しいと思う気持ちが強い。私とヒルダさんでは、いまだそれだけの実力の差があるということ。いつかは越えるべき壁として私の前に高くそびえる。このまま受け続けるだけじゃ、そのうち私が落ちるのは見えている。それほど時間が稼げるとは思えなかった。それ以上の時間を稼ぐためには、いちかばちかこっちから仕掛けないとダメだろう。だけど、私はすでに詰んでいるといっても間違いじゃない。扉を守ることを考えるならば、一度の突撃で確実にヒルダさんを無力化しなければならないわけで…一瞬だけでも隙を突ければ…それだけの間があれば、クロスレンジまで持っていけるのに!そう考え歯噛みする私に天啓が走る。私のポケットの中には、"詰み"を回避する取って置きの持ち駒があるのを思い出したのだ!鞭を捌く間を突いて、私はポケットから小さな紙包みを幾つか取り出す。それを握りオーラをこめる。そこまでしてから私は、被弾覚悟の勢いで突撃を敢行した!私のいきなりの行動で少しは虚をつけたと思ったのに、ヒルダさんの対応は冷静かつ正確。嘗て熊さんにしたように私の突撃を止めるべく、太くした鞭で打ち据えようと振るう。私は、ヒルダさんがその鞭を振るうのを確認してから、足にオーラを集めて全力で急停止。私の軌道を予測し狙ったその鞭は、急停止した私の目の前の地面を粉砕する。ヒルダさんはさすがにこの行動は予想外の様で、若干目を見開いてこちらを見る。ただ、その攻撃を避けることが出来たのはいいけど、無茶な制動で私の体勢は崩れているし、一回止まってしまったから再加速するにも時間がかかる。つまり、今の私は詰んでいるどころか、死に体もいいところ。だけど私がやりたいことは、体勢が崩れていようと、再加速が難しかろうと関係ない!私は手に持った紙包みを、ヒルダさんに向かって投げつけた!無茶な体勢で投げたその軌道はめちゃくちゃで、1つたりともヒルダさんに当たるものはないだろう。ヒルダさんがはじめて判断に迷う。だけど、結局私を無視して投げられたものを打ち落とすことにしたようだ。そしてそれは予想通り。今の私はその程度の隙を突けるだけの加速を得るのが不可能なのだから。あからさまに念の篭った正体不明のアイテムを先に処分するのは当然の判断。ヒルダさんがそれらを狙って鞭を振るう。幾つかが打ち落とされたが、その鞭の餌食になる前に己の役目を全うしたものも幾つか居た。それらは大きな乾いた音を立てて炸裂する。しかし、ただそれだけ。だってそれは大きな音がするだけのものなのだから。だけど、その音がヒルダさんにもたらした影響は甚大だ。ヒルダさんはその音に気をとられ、私への意識が途切れている!ヒルダさんが鞭で幾つかの紙包みを打ち落としている間に、体勢を立て直していた私はその隙を逃さずに再度突撃を敢行する。私は両足にオーラを集めて全力で地面を蹴りだし、一瞬でトップスピードまで加速する。そこで漸くヒルダさんは私の存在を思い出したようにこちらに意識を向けてきた。正直、予想よりも大分早い。あの人が言うように念能力者には効きが悪いというのは本当のことなのだろう。だけど、それでも十分な時間を作ってくれた。私は速度にはちょっと自信があるのだ。加速段階から認識されていたのならともかく、動き出してしまった私を後から認識するのはいくらヒルダさんとは言え困難なはず。案の定、ヒルダさんは鞭での迎撃を諦め、堅の力を高めて受けに回る。私はそこに馬鹿正直に突っ込むことしか出来やしない。ここが私の最後の勝負、これで決め切れなければ私の戦いは負けたのと同じ。私は加速のための踏み込みで足に回していたオーラを右手に集める。ヒルダさんは手加減していたのかもしれない、だけど私が手加減をするなんておこがましい。今の私がヒルダさんに勝つには全力で当たるしかありえないのだから!私はその勢いのままヒルダさんに殴りかかり…「やめろ!ヴィヴィアン!」…その言葉に込められた力に体が自然に従おうとする。だけど、既にその言葉だけで止まれる段階は過ぎており、私の拳はヒルダさんに突き刺さった。多少力が抜けていたとは言え、会心ともいっていい私の拳に伝わる感覚は、何だが柔らかく分厚いゴムの殴ったような感触だった。ヒルダさんは私の拳の受け、そのまま後ろに弾き飛ぶ。吹き飛んだヒルダさんは後ろにあった壁にぶつかり、崩れ落ちた。突撃時に私が持っていたエネルギーはほぼ全てヒルダさんにぶつけたため、私は拳を振り切ったままの姿勢で止まっている。そのまま残心して、倒れ伏すヒルダさんに視線を向ける。きっとヒルダさんのことだから、すぐに立ち上がって怒りながら鞭を振るってくるに違いない。私がその状態で警戒していると、ウォーリーさんが慌てた様にヒルダさんに駆け寄っていく。…ヒルダさんは動かない。私のほほに汗が一滴流れる。さっきまで動いていたときには熱かった汗がなぜか冷たい。……あれ?もしかしてやりすぎた?そのことに思い当たると、私も慌ててヒルダさんに走りよった。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ウォーリーさんが様子を見ている横まできた私は、ヒルダさんを抱え起そうとするがウォーリーさんに止められる。「ヴィヴィアン、頭を打っているなら動かさない方がいい。脈拍に異常はないから少し様子を見よう。」私はその言葉に従い、ウォーリーさんの横でおとなしくしていることにする。暫くして、小さなうめき声と共にヒルダさんが意識を取り戻した。ヒルダさんは目を覚ましてすぐ周りを確認するように胡乱げに視線をめぐらせる。そして、私に視線が向くと共にその視線に力が戻る。「あの、ヒルダさん。大丈夫ですか?」「…、ああ、もう、おかげさまで最悪の気分よ。」「俺としてはあの一撃を受けて短時間で意識を取り戻すヒルダに驚きなんだが。」私はその言葉に私は驚く。確かに全力で殴ったけど、そんなにいうほどでもないと思うんだけど。そんな私の表情を見たヒルダさんは、ため息をつきながら立ち上がる。その姿は若干ふらついていて少し危ない。「ヴィヴィアン、貴方ね、強化系馬鹿で馬鹿オーラ持ちの貴方がその馬鹿力で殴ったら大抵のものは壊れるわよ。」「おい、危ないぞ。無理せず座っておけ。」そういってウォーリーさんはヒルダさんを再び座らせる。ヒルダさんも立っているのは辛かったのか、それに素直に従って座った。というか、ヒルダさんに馬鹿って連呼されたんだけど…「そうなんですか?」「そうなのよ!次から全力で殴るときにはちょっとは考えなさい!」「まぁ、そう興奮するな。とりあえず勝負はヴィヴィアンの勝ちだな。俺たちは大人しく中に居る2人を待つしかなさそうだ。」「まったく…!一体あの音は何なのよ!あれがなければ負けなかったのに!」「あ、あれはですね。ウォーリーさんがくれたんです。敵の注意を引くときに使えって。」私がそういうと、ヒルダさんの視線はウォーリーさんに向けられる。その視線はとても冷たい。その視線を向けられたウォーリーさんは大いにあせっていた。「いや、俺は単に護身用の素材として渡しただけだぞ!まさか、あんな使い方をするなんて思ってなかったんだ!」「でも、あれは貴方の仕業なんでしょう?あの音を聞いたら、そのことだけで頭がいっぱいになったんだけど、どういうことなの?」慌てた様子で弁解するウォーリーさんと、低い声で詰問するヒルダさん。そんな様子を見て、漸くヒルダさんになんともなかったのだと安堵する。戦闘で興奮していたときならともかく、落ち着いたいまでは自分がやったことでヒルダさんが大きな怪我をするなんて堪らない。何はともあれ、私はあの扉を守ることに成功したらしい。それはとてもいいことだ。そんなことを考えていると、不意にヒルダさんから声をかけられる。「まったく、最近貴方たちが変なところに行くようになったと思ったら、まさか同じ対象を探していたとはね。」ヒルダさんの言葉に私は驚く。「え、私たちがあの人を探していた事知ってたんですか?」「いいえ、ただ私は貴方のお父様経由でルルちゃんのお母様から娘の様子を見てやって欲しいって頼まれただけ。 だから、今週貴方たちが放課後や休日に出かけてたのについていってたのよ。 そしたら、いつの間にか貴方が加わるわ、ダウンタウンなんかに繰り出すわで、一体何をしてるのかと思ってたのだけど。」なんと、私たちの行動はヒルダさんに筒抜けだったらしい…と言うか、尾行されていることにまったく気づかなかった。「ん…、ダウンタウン…か?もしかして、あそこを根城にしてるガキどもの連続気絶事件はヴィヴィアンが犯人なのか?」「えっと、多分そうかと…。ルルに声をかけてくる男のひとには気絶してもらっていたので…」「なるほどな…。あとで赤毛に菓子折りでも持っていくか…。 俺自身も5人まとめて拾ったこともあったし、もう少し配慮してやってくれると助かったんだが。」「すみません…、私もルルも必死だったので…。でも、一度に5人なんてやったことないですよ?」ウォーリーさんの注意に私は身を縮めて謝る。でも、さすがに5人いっぺんに気づかれずに倒すのは私には無理だ。「となると…。」「まぁ、確かに私がやった子達でしょうね。人数が多くて面倒そうなのは私が後ろからやってたから。」「ヒルダ…、もういい大人だろうに。後始末ぐらいして置いてくれ…。」ウォーリーさんからの視線を受け、ヒルダさんは何の気負いもなく答える。その言葉にウォーリーさんは、ため息をつきながら注意をするのだった。