ルルの部屋には何度もきたことがあるけど、こうして長い時間一人で居るのは初めてだ。自室を見れはその人のひととなりが分かるとはよく言ったもので、この部屋もルルの性格をよくあらわしていると思う。全体的に無駄なものが少なく、シンプルな印象を受けるのだけどよく見るとところどころにファンシーな小物があったりする。ついでに言うなら、ルルが好む服なんかもシンプルなものが多い。私はもっとレースとかフリルなんかをふんだんに使ったものの方が似合うと思って薦めるのだけど、それが叶ったことはない。いつかそんな服をルルにいっぱい着せるのが私の野望の一つだったりする。…まぁ、何が言いたいかといえば、そんなことをつらつら考えているほど暇だということだ。お手伝いさんが入れてくれたお茶は美味しいけど、やっぱり一人で飲むのは味気ない。ルルたちの話は長引いている様で、あれから結構な時間が経っているのだけどいまだルルはこの部屋に来てくれなかった。さすがに本人の居ないところで部屋のものを触るのも良くないだろうし…私が出来るのはテーブルで味気ないお茶を飲みながらぼーっとしていること位なのだ。そうしてまた暫く時間が経ったとき、漸くルルの気配が部屋に近づいてきた。部屋の扉が開きルルが中に入ってくる。「待たせたわね。」「ううん、それよりちゃんと話は出来た?」「ええ、おかげさまでね。」そう答えるルルの瞳は若干赤い。少し気になるけど部屋を出る時にも言ったように、私が口を出すような話じゃない。とりあえず、聞かないといけないことを聞くだけにする。「お父さんの居る場所は分かった?」「うん、教えてくれたよ。郊外にある廃工場に居るんだって。 アンのいう通り、あのまま探していても見つかることはなかったみたいだね。」「そっか、じゃ、今から行くの?」「今行っても居ないだろうって母さんが言ってた。夜なら居るだろうからそのときに行きなさいって。車も用意してくれるって。」「そっか、郊外だと電車の移動じゃ大変だもんね。よかったね。」そう話すルルは目は赤くなってるけど、なんだか雰囲気がやわらかくなっている気がする。「そっか、じゃ、夜まで待機だね。」「うん、私も心の整理をする時間が欲しかったし…」ルルは実際に会えることが分かったためか、今まで何処かあったあせった様子は全くなくなっている。いつもどおりのルルが戻ってきたみたいで私も嬉しかった。私たちはそのままルルの家で時間を潰していた。ルルは私が一緒に居るのを当たり前だと思っているようだったけど、私は本当に自分が行っていいのか疑問でもある。だって、これはルルの家の問題で私が首を挟んでいいことではない様に感じるのだ。でも、郊外の廃工場なんて危なそうな場所にルルを一人いかせるのも心配だし…。この家の人を連れて行くぐらいなら私が一緒に行ったほうがいい気もする。うーむ、一緒に行ってルルがお父さんと話しているときに離れていればいいかな?ここまで来たら最後までルルの傍にいたいと思うしね。時間になるまで、部屋でお喋りしたり、庭を散策したりといつもどおり過ごしたのだけど、ルルは何処か上の空だった。まぁ、それもしょうがない。やっとお父さんと会える時間が近づいてきているのだから。そうこうしているうちに次第に日は陰り、辺りが暗くなって来る。私はそのままルルの家で夕食をお呼ばれすることになった。ルルのお爺さんとお婆さんは仕事が忙しくて戻ってこれないらしく、夕食は3人で囲むことに。ルルの家の夕食に呼ばれるのは初めてじゃないけど、何だか今日は今までとは雰囲気が変わった気がする。ルルとオルガさんの間に流れる空気が柔らかいというか…今までも仲が悪いなんてこともなく、普通に仲のいい親子だったと思っていたけど、さっきの話し合いはより近づく一因になったのかも。もしそうであれば、本当にいいことだと思う。リビングで食後のお茶を楽しみながら、ゆっくりと話していると時計を見たオルガさんがルルに声をかけた。「そろそろいい時間ね。場所は運転手に伝えてあるわ。」その言葉を聞いて私は手に持っていたカップを置き立ち上がった。私の横に座っていたルルは、いまだ座ったまま机の上で薄く湯気を立てるカップを見つめている。私はゆっくりとルルを待ち、幾ばくかの沈黙が降りる。不意にルルはカップに手を伸ばし、中に残っていたお茶を一気に飲み干す。そしてそのままの勢いで立ち上がった。「よし!行くわよ、アン!」ルルはそういうと、私を置いて一人でずんずんと歩いていく。私はそれを追おうとするが、オルガさんに呼びかけられ足を止めた。「ヴィヴィアンちゃん。素直じゃない子だけど、これからもよろしくね。」そう言うオルガさんの声はとてもやわらかく、そして暖かかった。もちろん、私が答える言葉なんて決まっている。「もちろんです!ルルは私の親友ですから!」私の言葉を聴いたオルガさんは、やわらかく微笑み先へ進んでいくルルの背中に視線を送る。「引き止めてごめんなさいね。ほら、あの子がいっちゃうわ。早く追いかけてあげて頂戴。」「はい、それじゃあ失礼します!」私がルルの後を追い歩き始めてすぐ、ルルも私がついてきていない事に気づいたようだ。ルルは振り返って私を呼ぶ。「アン!何してんの!置いていくよ!」そんなことをルルは言う。まったく、ルルのうそつきだ。付いてくるまで待ってるくせに。私はこみ上げる笑いと共に声を上げる。「あはは、待ってよルル。今行くから!」私はそう返して、ルルに向かって駆け出した。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■私たちはオルガさんが用意してくれた車に乗ってルルのお父さんがいるという廃工場へと到着した。勢いよく家を出たルルだったけど、車の中で座っている時間が長ければその勢いも衰える。車の中でそわそわとした様子を見せるルルは、期待と不安が混じったような複雑な表情をしていた。そんなルルに私ができるとことはただそばにいてあげる事だけだ。私たちを乗せた車は廃工場の正面で停車する。そう、私はその時点で分かってしまった。ルルのお父さんは念能力者だったという事に。なぜ分かったのかといえば答えは簡単。私はその人の円の中に入ってしまっている。だけど、とても不思議な感覚。よく目を凝らしてみないと円の中に入ってるとは分からない。ヒルダさんたちが言うには私の目は少々特別製らしいので、もしかしたら普通の人には円に入っている事に気づかないのかもしれない。もしそうならすごい能力だ。そして、その円の広さも私とは比べ物になっていない。私はせいぜい10mを超えたあたりで伸び悩んでいるんだけど、もしこの廃工場全部を覆っているのならその半径は100m以上あるはずで…ヒルダさんの話でそんな事ができる人がいるなんて聞いていたけど、まさか本当にいるなんて!私はぜひともそのコツをご教授願いたかったが、今優先させるべきはルルの事。とりあえず、私たちの動向はすでにお父さんにはばれていると思う。となると、念能力者の私がのこのことルルについて行くのは要らぬ警戒をされちゃうかもしれない。いま、この円が動く様子はないのでルルのお父さんはきっとルルが近づいても逃げることはないと思う。だけど、私が近くに居るとなると話は別だ。指名手配されている人に、その娘と一緒に歩み寄る念能力者。これで疑うなと言う方が無理なものである。それなら、私はどうしようか。少し考えて私は結論を出す。「ルル、ここから先は一人で行ったほうがいいよ。」「え?いきなりどうしたの?」「ちょっと詳しくは言えないけど、ルルのお父さんは確かにここに居るし、きっとこの中にその人以外には誰も居ないはず。」「ちょっと!なんでアンにそんな事が分かんのよ!?」「ごめんね。詳しくは言えないんだ。でも、私が言ったことは確かだよ。」私の言葉にルルは驚いたように食って掛かかってきた。でも、念の事をそう簡単に一般人に話すことはできない。たとえ、それが親友のルルだとしても。私にできる事はルルが信じてくれるのを願うだけだ。私は精一杯の思いを込めてルルの瞳を見つめ返す。「…、もう、分かったよ。私が一人で行けばいいんだね?」「信じてくれるの!?」「だって、アンが私にうそをついた事なんてないじゃんか。」そんな事を言って私を信じてくれるルルはやっぱり本当は素直で優しい子なのだ。「うん、ごめんね。でもね、ルルがお父さんと会うなら私はそこに居ちゃいけないと思うんだ。 どっちにしても、そのときには席を外すつもりだったんだよ。」「そう…。まぁ、いいよ。それじゃ、私はいってくる。」「うん、がんばってね。」私はルルにそう声をかけて車の中で見送る。車から降りたルルはそのまま廃工場へと歩いていく。その足取りはしっかりしていて私が心配する必要はなかったのかも知れない。やがてルルが廃工場の中へと消えた。それでも周りに展開してある円に変化がないのを確認した私は息を吐いた。きっと、ルルとそのお父さんの邂逅はうまくいくに違いない。そこまで考えた私は、不意に走った思考に息を呑んだ。ルルのお父さんは念能力者だった。なら、その追っ手も念能力者のはずである。そして、私はそれを生業にしている強力な能力者を知っているではないか!私は挙動不審だったルルを追ってホテルに行ったときのことを思い出す。あの時たまたまウォーリーさんに会い、会話をしている間にルルを見失ってしまった。あの時、ウォーリーさんはなんと言っていたか?そう、人を探しているといっていたのだ!あの人が珍しい場所で人探し、しかも偶然とはいえ同じような場所を探すような背景を持つ人間をだ。私はそこまで思い浮かんだとたんとてもいやな予感がする。どう考えても、ウォーリーさんが探しているのはルルのお父さんだということを肯定する要素しか出てこない。そこまで考えた私は慌てて車外に降り立つ。もしかしたら、あの人たちはこの場所にまだたどり着いていないのかもしれない。でも、あの二人はそれが本職なのだ。私たちには分からない方法でもう特定していることを否定することはできなかった。ここまで車を運転してくれたお手伝いさんに少しはなれた場所で待っているように頼む。確かに、あの2人の可能性が高いけど、そうでなかった場合には逃げる足を真っ先につぶすのは当然のこと。もし、ここに追っ手が迫っているならお手伝いさんを巻き込むのは申し訳ない。それに、いざという時には逃げるときに運転してもらわないといけないしね。車が離れていくのを確認した私は、ルルを追って廃工場の中へと急ぐ。ルルのお父さんが居る部屋の場所は来るときに車の中でルルに聞いている。私はすこしだけ迷ってしまったけど工場の中を走りぬけ、目的の部屋へとたどり着いた。中には2人の人間の気配がする。私が扉に手をかけ、その扉を開こうとすると、力を入れる前に勝手に開く。果たして、中から出てきたのはルルだった。「うわ、ほんとに居た…」「え、どうしたの?」「父さんが一緒に来た子がすぐ外に居るって言うから半信半疑だったんだけど…」そういってルルは私を見上げてくる。その驚いた表情は、やがて何かを思いしたかのようにあせった様相に変化した。「そうだ!父さんが言うには追っ手がすぐそこに居るから2人はすぐに逃げろって!」私はその言葉に絶句する。まさかこんないやな予感が当たるとは…「そんな…、ルルのお父さんはどうするの?」「このまま残って注意をひきつけるから、その間ににげろって…」「それじゃ、捕まっちゃうじゃない!ルルはちゃんと話はできたの!?」「え…、そんな暇もなかったから…」なんてこと、ここまでがんばってきたのに最後の最後で茶々が入るなんて!「分かった。私が時間を稼ぐよ。だから、ルルはその間にちゃんとお父さんとお話をして。」「そんな!アン、正気なの!?そんなことできるわけないじゃないの!」「ううん、大丈夫。多分、追って来てるのは私の知ってる人たちだし、それに言ったでしょ。私は結構強いんだって!」「相手はハンターなのよ!そういう問題じゃないでしょう!」なおも言いつつのるルルを私は強制的に部屋へと押し戻す。部屋に入るとそこには、ひょろりとした痩身の男性が佇んでいた。驚いた表情を浮かべたその男性が口を開こうとするのにかぶせて私は言う。「追っ手は私が引き受けます。その間にルルとちゃんと話をしてやってください!」私はそういってルルの背中を押して男性の方に押しやると、返答も聞かずに踵を返し部屋の外に向かう。外へ出た私を迎えたのは……驚いた表情を浮かべるウォーリーさんとヒルダさんだった。