その日、私は友人と2人で街を練り歩いていた。友人のルルは私と違ってとても勉強が出来る子だ。私はテスト前にはいつもお世話になっている。もっとも、彼女は教えている私が赤点ギリギリなのは気に入らないようであるのだけど。私たちはブティックが立ち並ぶ通りを陳列してある服に対してあれこれと批評をしながら歩いていた。お互いそれなりのお小遣いをもらっているため別に買ってもいいのだけれど、こうやって見回っているのがいちばん楽しい。「ねぇ、ルル、あの服のデザインいいと思わない?」「んー、私としてはいまいち惹かれないなー。まぁ、アンは頭に花が咲いてる感じだから似合うと思うよ?」「え、それどういうこと?私、今日は花の髪飾りなんてしないけど?」「まぁ、そういうところが、かな。いや、いつまでもアンにはそんな感じで居てもらいたいね」「よく分からないけど、取りあえず褒めているわけじゃないってのは流石に私でも分かるよ?」「え、そんなことないよ。最近、アンみたいなタイプがもてはやされてるらしいじゃない。 きっと男の子にもてもてよ。うちの学校じゃ出会いなんてないけどね」「え!そ、そうかな……」ルルがいきなりそんなことを言うものだから顔が熱くなってしまった。そんな私をルルは生暖かい目で見ているのだけど、その視線に邪気があるのかないのかよく分からない。私はそういうのを感じ取るのは得意なはずなんだけどな。そんな会話をしながら歩いていると通りの向こうがにわかに騒がしい。何かあったのかと好奇心を押さえられない私たちはそちらに向かうことにした。果たして、そのざわめきの中心に居たのはこの場にとても似つかわしくない存在だった。ここは女性向けのブティックが立ち並ぶ一角で、男性が居ないわけではないけど一人で歩いてるのは相当珍しい。大抵は女性に連れられてくる人たちばかりだから。そんなところで、とても大きい男の人が周りを気にせず歩いているのだ。「うわ、なにあれ。何であんなのがこんなところに居るんだろ? なんか、雰囲気が明らかに堅気じゃないんだけど……」横でルルが周りの人々の心を代弁していたけど私はまったく違うところに目を惹かれていた。そう、彼はなんと"力"を垂れ流しにして居なかったのだ!私以外でそんなことをしている存在を見たのは初めてだった。私の興味は高まるばかり。もしかしたら、彼は私の知らない"力"の使い方を知っているのかもしれない。そう思うと居てもたってもいられない。そのまま突撃して行きたいぐらいだったけど、横に居るルルの存在がそれを思いとどまらせる。なぜなら、彼はルルの言うとおり明らかに暴力を生業にしているような雰囲気をしているから。私は人を見ることには聡いと自分で思っている。横に居るルルだって、一見冷たそうな皮肉屋だけど本当は優しい性格をしていることははじめてあったときに気づいていた。そして、それは間違っていなく今では大切な親友だ。そういう私のカンからすればどう考えても彼は危険人物だと思える。少なくとも関わりあいになっちゃいけない人種だと思う。私一人なら何とかする自信はあるけれどルルが居るのではそうも言っていられない。私はルルを促してこの場を離れることにする。「ルル、すぐ移動しよう。あんまり関わっちゃいけない類の人だよ」「へぇ、アンがそういうならそうなんだろうね。しょうがない、今日は帰るとしますか」「うん、私もすぐ迎えを呼ぶよ。ルルは電車だっけ?良かったら乗っていく?」「いや、平気。別にあいつも私たちを追ってくるわけじゃないでしょ」「それもそうだね。なら、駅に向かおうか」そういって私たちは5分もせずにある最寄の駅に向かって歩き出す。私は最後に彼に視線を向けると、彼も私のことを見ていたようだった。彼は私と目が合うと、口を歪ませて哂ったように見えた。私はその表情に寒気を覚えると、顔を背けて視線を切り、そそくさと移動するのだった。幸いにして、ルルが乗る方面の電車はちょうど良く出発するところだった。私は彼女を見送った後、駅で迎えの車を待っていた。私は駅のロータリーに置いてあるベンチに腰掛けていたのだけど、通りの向こうから先ほどと同じ様なざわめきが近づいてくるのに気がついた。どうやら、件の彼もこの駅の方面に用事があったみたいだ。群集から頭一つ飛び出している彼の姿が視認できる。迎えが到着するのにはまだ時間がかかる。彼がこの駅に用事があるならニアミスするのはしょうがないだろう。すでにこの場に迎えを呼んでいるのだからいまさら移動するのも申し訳ない。まぁ、彼が何をするというわけでもないだろう。現に今の彼はただ歩いているだけなのだから。私と男の距離は縮まり、そのまま後ろに歩いていくのだろうと思っていた私は目の前で立ち止まった男を思わず見上げた。ただでさえ身長の差が激しい上に私は座っているのだ。彼の顔を見るには少々首が痛かった。「よう、お嬢ちゃんかい?ここらに居る天然物の念能力者ってのは。」ネンノウリョクシャ……、その単語に聞き覚えは無いが、彼がいわんとしていることはなんとなく分かった。この場で彼と私が共通しているのは"力"が使えるかどうかだけだろうから。「あの、そのネンノウリョクシャってのは何のことですか?」「ん?ああ、そうか、天然なんだったな。言葉を知らないのもしょうがないか。 そうだな……、嬢ちゃんはたぶん普通の人には使えない不思議な力が使えるだろう? それが念能力だ。念じるの念、念仏の念だな。つまりは思い通りに使える力ってことだ。」やはり私の予想は間違っていなかったよう。ふむふむ、この"力"は一般的に念と呼ばれるのね……しかし、思い通りに使えるというのは言いすぎじゃないかな?確かに自由に動かしたり出来るけど。さて、ここで私は素直に答えるかどうかだけれど、私のカンは否といっている。そして私はそのカンに従うことにする。見る限りでもこういう人は持っている力を平和に使おうとは思わないタイプだと思うし。「えっと、何のことを言っているのか分からないのですけど……」「ん、嬢ちゃん、ごまかそうったってそうは行かないぜ。念を使えるなら念を使える奴を見分けるのは簡単だ。 現に嬢ちゃんも俺のことを見てすぐ使える奴だって気がついただろう?」確かに彼の言葉は正しい。だけど、それは彼が"力"を体に留めていたから。私は普段"力"で遊ぶとき以外は垂れ流しの状態にしている。現に今もそう。少なくともその状態で私は見分けることが出来る自信は無いのだけれど……もしかしたら、私が知らないだけで見分け方があるのかも知れない。けど、取りあえず関わりあいにならないように知らない振りをすることにする。もうすぐ迎えの車も来ることだろうしね。「申し訳ありません。貴方が何を言っているのか本当に分からないのです……」「ふん、あくまでシラを切るつもりか……、我ながら俺は気が長いほうじゃないんだよ。 あー、もうまどろっこしいな。めんどくせぇ、直接確かめるか」男はそういうと唐突に握り締めた拳に"力"を集めて殴りかかってきた!私は咄嗟に全身から"力"を噴出し全力で横に転がって回避する。私の代わりに男の拳を受けたベンチはまさに粉々といった感じで粉砕された。あれが私の体に当たっていたと思うと大怪我どころではすまなかっただろう。私は思わず男に怒鳴っていた。「何をするのですか!危ないじゃありませんか!」「おう、見事なレンだな。なんだ、やっぱり使えるんじゃないか。手間をかけさせるなよ」「そんなことはどうでもいいのです!当たっていたらどうなったと思うんですか!」「なんだよ、当たってないんだからいいじゃねーか」「そんなことを言っているのではないのです!もし私が使えなかったらどうしたと聞いているのです!」「別にそんときゃお前が死んだだけだろ。なに言ってんだ?」「っ!貴方は!」そこで周りが大変な騒ぎになっているのに気づく。いきなり乱闘が起こってベンチが粉砕されたのだから、そうならないほうが不思議なのだけど。男もそれに気づいたようでめんどくさそうに頭をかきながら私に向かって言葉を投げる。「しまったな。なるべく騒ぎにするなって言われてたんだが…… 今からでもいいか、おい、お前、場所を変えるからついて来い」「なぜ私があなたの言葉にしたがわなくてはならないのですか!」「そうだな、なら従わないならそこら辺にいつ奴を殴るぞ。もちろん念をこめてな。 俺はそいつがどうなろうとしったことじゃないが。お前さんはいやなんだろ?」「卑怯な!貴方には人の心というものが無いのですか!」私はその男の言葉が信じられなかった。何も関係の無い人を無差別に攻撃するということを意味すると理解するまでに少し時間がかかったほどだ。「ははは、そんなもんは昔死にかけたときにあの世に忘れてきちまったな。今じゃただの引きこもりの操り人形さ」「貴方は一体何を言っているのですか!」「なに、お前もすぐ分かるさ。あと、そう叫ぶんじゃない。うるさいだろ。 とりあえず、これ以上は場所を移してからだな。行くぞ」男は私の返答も聞かずに歩き出す。これに従わないと男は本気で無差別に攻撃をするだろう。さっき私を顔色一つ変えずに殺そうとしたのだから……私は仕方なく男の後について歩いていくことにしたのだった。私のカンは全力で引き返せと告げていたのだけど。□□□□□□□□□□□□□□□□男と私が辿りついたのは人気の無い公園だった。それなりに長い距離を歩いたためすでに周りは暗くなっている。迎えに来てくれている運転手や、知らせを聞いた両親に心配させているだろうな……「よし、ここら辺でいいだろ。さて、話の続きを……といいたいところだが、まあ、話すことはそう無い。 端的に言うなら、うちのボスのものになれってことだ」「なんなんですかそれは。さっぱり話がみえないんですが」「まぁ、そうだな……。だが正直そうとしか言いようが無いんだよな。どういったもんか…… んー、まぁいいか。どうせお前に拒否権は無いんだし。面倒だから連れて行くぞ」「ちょっと、ちゃんと分かるように話してください!」「うるせぇ、叫ぶんじゃねーよ。簡単に言えば今から俺はお前を張り倒して連れて行くってことだ。わかったか?」「分かるわけ無いでしょうが!」「うるせぇっていってるだろうが。話は終わりだ!」男はそういうと"力"を噴出してこちらに突進してきた!私もあわてて"力"を噴出し対応する。男のタックルは早いには早いが対応できないほどではない、道場で習った足捌きを駆使して横に避ける。男は避けられると思っていなかったのか、そのままつんのめって止まった。「あん?嬢ちゃんまったくの素人ってわけじゃないのか?」「えっと、まぁ、一応護身術程度には…」「そうか、めんどくさいしちょっと本気を出すか。 怪我しても恨むなよ。まぁ、ボスのところに連れて行った後のことはうらまれてもしょうがないと思うが」「一体なにをされるのですか……」「なにって……、そりゃ"なに"だな。 まぁ、一生縛られることになると思うが恨むんなら才能と見目を持って生まれたことを恨むんだな。 正直、同情はするが俺も逆らえないんでな」そういうと、男は両手、両足に"力"を集める。するとどうだろう、男の手足は黒い剛毛が生え明らかに人の手でない形に変形する。「ちょっと!なんなんですかその手は!」「なに、これが念能力ってやつさ」「なに言ってるんですか!そんなの反則でしょう!」「うるさいから叫ぶなってさっきから言ってるだろう。行くぞ」私はありえない事態に混乱する。一体あの手はなんなのか!念能力というからにはあの"力"を使ってやっているんだろうがどうなっているのかがさっぱり分からない。だけど、考える間も無く男は突進してくる。さっきとは比べ物にならない速さ。私は命からがら地面を転がり男の攻撃を避ける。私の居た場所に男の熊のような手が突き刺さる。大きな音と共に突き刺さった地面は爆砕し、直径1mほどのクレーターが出来た。「ちょっと!そんなの当たったら"力"使って防いでも死んじゃうじゃないですか!」「俺の見立てだと死にはしないさ。ま、捕まえようとしてる俺が言うのもなんだがここで死んでたほうが幸せかもな」何気ない彼の言葉に私は戦慄する。死んだ方が幸せという言葉にひどく重みがあったのだ。その言葉自体は物語などでよく聞く物ではあるが、私にはとても想像が出来ない。少なくとも彼に捕まるのがとてもまずい事態になるのは確実だろう。男はまたもこちらに突進してくる。動きは直線で読みやすいのだけど、その速度はとても速い。今度は逃げ切れないと悟った私は手に噴出した"力"を集めて大きな熊の手を受け止める。全身に衝撃が走り、受け止めた左腕は痺れて当分は使い物にならないだろう。私はそのままバックステップで距離をとり痺れた左腕を押さえて男をにらみつけた。「おう、死にはしないと思ってたがまさか普通に受けきられるとは思わなかったな。 見事なレン、そしてギョウだな。リュウの速度もすばらしい。 これがすべて独学だというのは正直信じられん」「だから、分かるように話してくださいとさっきから言っているでしょう」「なに、お前のオーラを扱う技術に驚いていただけだ。本当に師はいないのか?」「よく分かりませんが、私以外で"力"を使うのを見たのは貴方が初めてですよ」「そうなのか……、末恐ろしいな。これからしっかりした師がつけばどれだけ化けることか…… うちのボスの人形になるのは勿体無いが、それもまた運命だろう。 確かにお前のオーラを扱う技量は一人前だが、いかんせん実戦経験が無さ過ぎる。 今のお前では俺に勝てないのは分かるだろ」「だからといって素直にうなずくわけには行かないでしょう!」「そりゃそうだ。くそったれな人生を送ることになるのは自信を持って保障してやるぞ」そういって男は私に向かってくるように構えた。先ほどの一撃を受けたおかげで左腕は当分使い物にならない。同じように受け止めることはとてもではないが無理だと思う。右腕で止めることは出来るだろうが、それではただのジリ貧だし……取りあえずここから逃げ出すのが第一目標ではあるのだけど、あの突進の早さでは背中を向けた途端に攻撃されてしまいそうだ。まさに危機的な状況である。 ここで問題だ! この圧倒的不利な状況でどうやってあいつから逃げ出すか? 3択-一つだけ選びなさい 1.かわいいヴィヴィアンは突如反撃のアイデアがひらめく。 2.だれかがきて助けてくれる。 3.逃げられない。 現実は非情である。