私、ルル=イーデンは我ながらちょっと意地っ張りだと思う。だけど、そうなったのはそれなりに理由がある。私は今、母の実家で何不自由なく暮らしている。この家に来るまで知らなかったのだけど、祖父はいくつも会社を持っているようなお金持ちだった。だから、私の今の生活はとても豊かだ。ご飯は美味しいものがいっぱい食べられて、ひもじい思いをすることも無い。暖かいベッドはいつも綺麗にメイキングされて、それに包まれれば冬の夜に隙間風で身を震わせるようなことも無い。それはとても幸せなことだ。でも、私が本当に欲しいものはそれじゃない。ただ、私は父と一緒にいたかった。少ないご飯も母と父と私の3人で笑いながら食べればとても美味しかったし、冬の寒い日は3人で寄り添って寝れば暖かかった。昔はそうやって暮らしていたのだ。確かに貧しい生活だったけど、私はちっとも嫌じゃなかった。でも、私が10歳になったころ、貧しくも幸せだった生活が終わりを告げる。ある日、突然父が居なくなった。母が言うには、父は賞金首となってしまい、私たちを巻き込まないようにと姿を消すことにしたのだそうだ。私は父が居なくなったことが寂しくてひどく泣いてしまったことを覚えている。母は決して私たちが捨てられたわけじゃないと繰り返し言ってなだめるのだけど、私はただ一緒に居られないことが悲しかっただけだった。あの低い声で褒めてもらえれば嬉しかったし、大きい手で頭を撫でてもらうのが大好きだったから。生活の大黒柱を失った私たち母子は、母の実家に身を寄せることになる。母は良家のお嬢様で、お父さんとの結婚は半ば駆け落ちに近いものだったらしい。私はそれまで、母や父にも親が居ると言うことなどまったく想像もしていなかった。母の実家に初めて行ったとき、その大きさに唖然とさせられた。だって、私たちが暮らしていた部屋のあるアパートのその全体の数倍の大きさだったのだ。そこに入ってみれば、まるでテレビの向こうで見るような世界だった。家の中の部屋はすべて広く、明るく、そして綺麗だった。そのうちの一つを自分の部屋にしていいといわれたけれど、その部屋ももともと3人ですんでいた部屋の倍ほどもあった。そんな部屋に住むなんて自分がまるで物語のお姫様になったみたいで、思わずはしゃいでしまった。その時ばかりは、父が居なくなってから泣いてばかりいた私も久しぶりに笑顔になったものだ。でも、それも長くは続かなかった。その夜、新しく自分の城となった部屋で寝ることになり、ベッドに潜り込んだものの広すぎる部屋に私は落ち着かなくなる。ベッドはとてもやわらかく、暖かくて、大きかったけど、結局私は母の部屋に行ってそのベッドに潜り込んだ。母はそんな私をやさしく抱きしめてくれたけど、私は親子3人で寄り添って寝たこと思い出してしまい、また泣いてしまった。そんな風にはじまった私の新しい生活は、大きな事件もなく過ぎていく。徐々に父が居ないことにも慣れてきて、時間が立つにつれて涙が出てくることも少なくなった。でも、一つだけ譲れないことがあった。私は、父に会いたくて祖父に父に会いたいと時折こぼしていたのだけど、それを聞くと祖父は顔を歪めて私に諭す。あの男はお前を置いていったのだと、あの男は父親に相応しくないと、あの男のことは忘れなさいと。祖父は私にとても優しかったけど、その父を悪し様に言うのが好きになれなかった。そんな私と祖父のやり取りを母も見ているのだけど、母は父を庇うことなく祖父が言うことを黙って聞いているだけだった。私には分からなかった。父と母はあんなに仲がよかったのに、なんで父が悪く言われているのを黙ってみているだけなのか。祖父は普段は優しいのに、どうして父の名前を出すと一気に恐ろしくなってしまうのか。その頃の私はそんな人のことが理解できなくて、大人はみんな嘘つきだとしか思わなかった。そう思いながら、2年ほど過ごすうちに私はすっかり捻くれてしまう。なまじ私が勉強が出来たのもそれに拍車を掛けたのだと思う能天気な顔をして走り回る周りの子供はみんな馬鹿に見えたし、そう思っていた。そして、そのまま中等部に進学し…私は、彼女に出会った。私の彼女に対する第一印象は最悪だった。だって、まさにそのころ私が見下していた馬鹿の典型だったのだから。私が通う学校は裕福な家庭の子供が集まる学校だったから、能天気な子供が多かった。そして、彼女はその最上級だった。まさに、何も悩みが無いような笑顔で、何も不安が無いような雰囲気で、過保護ともいえるほどの親に甘える。貧しい生活を知り、父と離れ離れになり、家族が信じられない私が一番嫌いな子供だ。彼女はその笑顔と行動でいつの間にかクラスの中心に居るような女の子だった。小等部の頃から他人と壁を作ってきた私は当然彼女に近づかず、教室の隅で1人で居ることが多かった。そんな私をみんなは敬遠して近づいて来なかったけど……なぜだか彼女だけが別だった。何も考えてないような頭の悪い笑顔を浮かべ、ことあるごとに私に話しかけてくる。私は当然のように邪険に対応し、まともに声を返すことも無かった。だけど、それでも彼女は飽きずに話しかけてくるのを止めなかった。いつの頃か、私はいつまでも話かけてくる彼女に釣られて二言三言会話するようになる。なんでもない言葉を返しただけなのに、それだけで彼女の笑みは深くなり不思議と私も嬉しくなってしまう。でも、私は彼女が嫌いなのだ。だって、私に無いものをすべて持っていたから。そんなやり取りを半年も続けたころだろうか。そのときのことはよく覚えている。幾ら邪険に扱ってもめげずに話しかけてくる彼女に思わず聞いてしまったのだ。なんでそんなに私に構うのよ?と。それを聞いた彼女は、きょとんとした顔をした後、満面の笑顔で私に向かってこういったのだ。「だって、あなたがお友達になってくれたらきっと楽しいと思うんだもん!」多分私は、そのときの彼女の笑顔を忘れる事はないだろう。その笑顔をみせられた私は自然と口が動いてしまう。「あんたには…、負けたわ。」そう、自分で口にしたのに、その言葉に自分自身が衝撃を受けた。そして、心の中にあった蟠りが砕けた音が聞こえた気がした。そして気づく。本当にくだらないのは自分だったんだって。多分、その言葉を言ったとき、私は笑顔を浮かべていたのだと思う。だって、私を見ているヴィヴィアン=ヴァートリーという少女が、今まで見た中で一番の笑顔をしていたのだから。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■それから、ヴィヴィアンとはよく一緒に遊ぶようになり、それに釣られるようにクラスのみんなとも仲良くなった。そんな自分が少し信じられなかったけど、そのときの私は半年前の自分にこう言ってやりたかった。「くだらない意地を張るのは止めたほうがいいよ」って。今ではヴィヴィアンとは一番の友達だ。向こうがどう思っているのかは知らないけど、私は親友だとも思っている。恥ずかしいから、確認なんてしないけどね。あるとき、ヴィヴィアンを愛称で呼ぶことになったのだけど、普通はヴィヴィと呼ぶところを私はアンと呼ぶことにした。だって、みんなと同じように呼ぶだけじゃつまらないじゃない。彼女は私の親友なのだから。昔はアンが勉強が出来ないのを馬鹿にしていたものだけど、今は自分がアンに勉強を教えてあげれるのが嬉しい。だって、私がアンにしてあげられるのはこれぐらいしかないのだもの。でも、最近は自分でもがんばってる見たいで私が教えなくても大丈夫になってきちゃった。それが親友として喜ばしくもあり、寂しくもある。複雑な気分ね。今から半年ぐらい前だろうか、アンの様子が少しおかしくなった。それまで放課後にたまにショッピングに出かけてたりしたのに、それにもまったく付き合ってくれなくなった。もともと集中していたとは言えなかったけど、授業中に考え込んでいたりするようにもなった。そして、なんだか学校に来た時点で妙に疲れているような印象を受けることがあるようになったのだ。でも、私はそんなに気にはしなかった。だって彼女は、楽しそうにしていたから。多分、熱中できるものが見つかったのだろう。それが私よりも優先されるのが少し寂しかったけどね。でも、一月ほど前に、なぜだかひどく落ち込んでいたことがあってから、私は一気に心配になる。幾ら話しかけて聞き出そうとしてもぜんぜん話してくれなくて、私は悲しかった。2~3日後にはけろっと普段通りになっていたから良かったのだけど…結局、何でそんなに落ち込んでいたのかは私は知らずじまいだ。それから暫くして、すっかり彼女は普段どおりに戻り、私は胸を撫で下ろす。私とも遊んでくれるようになり、それから今までの一ヶ月間はそれまでを取り戻すようによく一緒に出かけたりした。でも、それも昨夜、祖父と母の話を盗み聞いてしまいそれどころじゃなくなってしまった。当分アンと遊ぶのはできないだろう。そう、私は父を探すことに決めたのだから。