赤毛にダウンタウンでの調査を依頼した次の日から、俺は郊外にある廃屋の類を見て回る。対象が潜んでいそうなものを選別するためだ。俺の予想以上に隠れるのに適した建物が多く、こちらを自分の足でつぶすのはなかなか時間がかかりそうだ。ヒルダにも協力を頼んだのだが、ほかに仕事が入っているようであまり乗り気ではなかった。まぁ、空いた時間にやってくれるとは言っていたので期待せずにおくことにする。赤毛にダウンタウン周辺の探索を頼んでから一日置いた夜、一度報告を聞こうと彼らの元に行くことにした。俺は愛車を走らせて彼らがアジトにしている廃ビルに向かう。唯でさえ退廃的な雰囲気を漂わせるダウンタウンの大通りをそれ、入り組んだ道をしばらく走る。俺は窓を開け、車に入ってくる埃っぽい風を楽しみながらドライブをしていたのだが、不意に道の脇に何人かの少年が倒れているのを発見し、ブレーキを踏んだ。俺は車を脇に止め、倒れている少年たちに近づく。何人か疎らに通行人も居るが、みな見てみぬ振りでそそくさと移動していくばかりだ。なんとも世知辛い世の中だなと嘆きながら彼らの近づくと、通行人が無視していた理由を理解する。彼らは俺が頼んだグループに所属する少年たちだったのだ。確かに、一般人からすれば関わりあいになるのは避けようとするはずである。こういうところが裏家業の辛いところだ。流石に顔を知っている俺がこのまま放置していくのも目覚めが悪い。どうせ彼らのアジトに行くのだし、多少荷物が増えるぐらいかまわない。あの赤毛にいい土産が出来たと思おう。もっとも、俺の車は小さなワンボックスだ。俺を合わせて6人乗るのは無茶にも程があったが、残りの道のりも少ないことだし彼らには我慢してもらおう。まあ、全員意識を失っているから文句は言わないので問題はない。5人を何とか車に詰め込んだ俺は、改めてアジトの廃ビルに向かう。一気に重たくなった車は、動くにも止まるのにも危ない限りだったが、何とか事故にならずに目的地まで到着した。俺は、そこで後部座席に積み重なった5人の男を車から下ろして、地面に寝かせる。流石に中まで運ぶほどお人よしではない。こうしておけば仲間なり何なりが運び込んで介抱するだろう。そのまま車に鍵をかけ、廃ビルの中に入り、赤毛が居るであろう部屋へと向かった。部屋に入ると、相変わらず赤毛はソファーに座ったまま俺を出迎える。俺はいつもどおり気軽な調子で声をかけた。「よ、生きてたようだな。」「はん、3日ぐらい何も食わなくたって生きてるだろうが。」「そりゃそうだな。ところで今日は面白い土産を持ってきたぞ。」「あん?なんだそりゃ?」俺が言った言葉に、赤毛は訝しげに返す。「ここに来る途中に、何人か人が倒れてるのを見つけてな。 好奇心で近づいてみたら、見たことある顔だったんでここに拾ってきた。」「…またか。 ああ、拾ってきたくれのたのは礼を言う。 暢気に路上で寝てるところを敵対グループに見つかったら面倒なことになるからな。」「まぁ、それなりの時間寝てたみたいだから、懐の中は寒いだろうがな。」「それに関しちゃいつもと変わらんだけだ。暖かかったことなんざ無いからな。」「それは重畳。で、またかってどういう意味なんだ?」俺がそう聞くと赤毛は苦虫を噛み潰したかの様に顔をゆがめる。「…ここ数日、似たようなことが幾つかあってな。 それが原因で下っ端の餓鬼どもが、他のグループにつっかかってんのさ。 ったく、無駄に喧嘩しても腹が減るだけだってのに… それを抑えるのが億劫なだけだ。」「なんだ、その口ぶりじゃ良くある抗争が原因じゃないのか?」「どうせ、あんたが拾ってきた奴らも顔は不細工なままだったんだろ? 衝突して殴り倒されたんなら、顔はもっとかっこよくなってるだろうよ。」思い返してみると、倒れていた少年たちは気絶しているだけでどこにも殴られたような跡が無かったことを思い出す。確かに、抗争でぶつかったのであればあんなに綺麗な顔をしてのんびり寝こけては居ないだろう。「ああ、確かにな…。それなら一体何が原因なんだ?」「それが分からんからイラつくんだろうが…。 取りあえず分かってんが、被害にあってんのが俺のグループだけじゃないらしいってことだ。」「そりゃまた変な話だな、やられたやつは犯人を見てないのか?」「寝てた奴らの話じゃ、見るからに育ちのいいちっこいお嬢がここらを歩いてたから声を掛けようとして、そこで記憶が途切れてるんだと。」「なんだそりゃ、新手の美人局か?」「んな、あほな。俺らみたいな貧乏人からかっぱいでどうすんだ。 それをやるならあんたみたいなとっぽい兄ちゃんを狙うのがセオリーだろうが。」まったく赤毛の言うとおりだろう。美人局を狙うとして、ストリートの少年たちほどそのカモとして不味い的も早々無い。成功しても見入りは少ないし、失敗したら何をされるか分からない。まさにハイリスクローリターンもいいところである。まぁ、不思議な話ではあるが、俺が今日ここに来たのはその話しをするためではない。「なんというか…、話を聞けば聞くほど訳が分からんな。 ふむ、そんなことがあったんなら、こっちの頼みごとは進んでなさそうだな。」「はん、見くびるなよ。報酬を貰うからにはその分はしっかり働くさ。 取りあえず、それっぽい女を見かけても絡まなければ平気みたいだからな。動く分には問題ない。 たまに居る馬鹿が引っかかる程度だからな。」「ほう、そいつはありがたいな。で、結果は?」「えらそうに言っておいてなんだが、いまんところ話には挙がってきてないな。 奴さんもあんたほどうまく気配を消せるんだろ?なら、流石に2日ばかしじゃ無理ってもんだ。」「…それもそうか。ああ、言い忘れてたが、対象を見つけても色気を出して手を出すんじゃないぞ。」「言われるまでもない。みんな金よりも自分の命のが惜しい奴らばっかりだからな。」「そうか。それなら引き続き頼む。」俺は最後にそう言葉を加えて、部屋を後にする。残念ながら対象に関してたいした情報は拾えなかった。確かに絶を駆使する念能力者をただの少年たちが捜索するには時間がかかるだろう。むしろ、なぜ分かるのかと疑問ですらある。前に不思議に思って話を聞いてみると、その本人そのものではなく生活している痕跡を探しているらしい。それを聞いたときにはなるほどと思ったものだが、それが出来るのは普段からこのあたりを根城に歩き回っている彼らだから出来ることなのだろう。俺は廃ビルから出て、車に乗り込む。来るときにおいていた少年たちは仲間によって中に運ばれたのだろう。1人も居なくなっている。車にエンジンを掛けると共に、不意に先ほどの赤毛との会話を思い出した。ここら辺でも暢気な顔で歩き回りそうなお嬢様が一人思い浮かんだからだ。だが、俺は直ぐにその考えを打ち消す。何故なら、彼らは"ちっこい"という表現を使っていたからだ。俺が思いついたところである暢気なお嬢様のヴィヴィアンは成長期に運動を良くしていたおかげか、それなりに身長が有る方だ。俺とヒルダが170ちょっとぐらいであるが、それより一回り低い程度である。幾ら大柄な男が多いストリートの彼らの視点とはいっても、"ちっこい"という言葉は出てこないだろう。そう考えれば、やはり俺には思い当たる人物は居なかった。まぁ、それ自体は彼らの問題で俺には関係ないことだ。俺は頭を振ってその考えを振り払うと、アクセルを踏んで発進する。さて、次の予定は楽しい楽しい郊外の廃屋めぐりだ。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■それから何度か赤毛のところに尋ねてみるがやはり対象は見つからないようであった。仕事の依頼したときから5日が経った深夜、この辺りの路地裏に潜んでいる可能性は低いのではないかとの結論になる。ここで彼らが見つけてくれれば仕事が早く済んで助かったのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。だが、これで残る選択肢は郊外にある廃墟の何れかだ。ここ数日、俺とヒルダは手分けをしてそれらを回っていて、それもそろそろ終わる。これまでに見回った中に一つ怪しい建物があったのだ。その郊外にある廃工場は、破棄されてからそれほど時間がたってないためか、まだ電気や水道などのライフラインが生きていた。まさに潜むには絶好の場所だ。長期的に見れば、直ぐに壊されることが確定しているため、浮浪者なども見当たらない。一過性でこの町に潜む必要がある対象からすればまさに理想的である。俺が最初に訪れたときには対象の姿を確認することはできなかったが、俺は十中八九ここに居るだろうと踏んでいる。赤毛からの結論を貰った翌朝、ヒルダとのミーティングを行い、俺は怪しいと睨んでいる廃工場の監視に付くことにした。一方のヒルダは残りの建物の確認に回る。この配役は単純で、潜むことに関しては俺のほうがヒルダよりも得意であるからだ。それと、廃墟回りにエンジン音を響かせて車で堂々と乗り付けるなど愚の骨頂。車を使うわけには行かないため足での移動が基本となる。なので、純粋に身体能力に勝るヒルダが回ったほうが効率がいい。欠点としては、俺の戦力では敵を捕まえる事ができるか怪しいため、ヒルダの到着を待たねばならず、敵の確認から確保まで時間がかかることだろうか。俺は工場に程近い背の高い建物の屋上に陣取り、廃工場を監視する。監視作業はひたすら忍耐が必要な任務である。最悪、数日間はひたすら同じ場所を監視し続けることもあるし、それまで何の代わり映えのない光景を見続ける必要がある。だからといって、いつ何がおきるか分からないため不用意に目を離す事もできない。ヒルダが俺に押し付ける気持ちも分かるというものだ。廃工場の監視を始めてから十数時間たち、日も落ちかけたころだろうか。とうとう外から廃工場の中へと入る対象を発見した。監視を始めてその日のうちに目的を達する事ができるとはなかなかに運がいいほうである。対象の捜索を始めて一週間。地道な作業が報われた瞬間だ。即座に俺はヒルダに連絡を取る。「対象を確認した。案の定、あの工場に根を張っているようだな。」「そう、わかったわ。今からそっちに向かうわ。引き続き監視をお願い。」「ああ、任せろ。」ここで目を離して対象を見逃しては意味が無い。幾ら拠点が分かっているとはいえ、いつそれを変更するかは分からないのだ。俺はヒルダが到着するまで引き続き監視を行う。その後暫く監視を続けると、廃工場の前に黒塗りの立派な車が止まった。その車から降りてきたのは、なんともその場に似つかわしくない小柄な少女だった。そして、その少女は迷うことなく廃工場に足を踏み入れる。もう回りはすっかり暗くなっている。幼い少女が歩き回っていい時間ではない。ましてや、入っていった廃工場には指名手配されている男が居るのだ。俺は予想外の事態にあわててヒルダに連絡する。暫くコールが続いたあと、ヒルダが出る。彼女は車を拾って移動しているのだろう。電話口の向こうで低くエンジン音が聞こえてくる。「ヒルダ、不味いことになった。」「ウォル、何かあったの?」「ああ、対象が潜伏している廃工場に、少女が一名入っていった。」「…不味いわね。その子の目的は予想できる?」「さっぱり分からん。だが、無視するわけにはいかんだろう。」「そうね。分かったわ、私も直ぐに向かうわ。貴方は工場に向かいなさい。 直ぐ私も着くと思うけど、万が一の場合には対象の確保よりも少女の安全を優先させなさい。」「了解した。」俺が電話を切る直前、車のドアをあける音が聞こえた気がする。おそらく適当なところに車を停めて走ってくるのだろう。俺は、電話を切ると工場へ向かうべく移動を開始する。絶状態で廃工場まで来ると、一層注意深く確認して工場内へと足を踏み入れる。そのまま俺は工場内の探索に入った。前、来たときに一通り中を探っていたため、人が居そうな場所には大体見当がつく。少女が居る場所も直ぐに見つかることだろう。だが、暫く探索を続けても少女を見つけることが出来ない。俺は大いにあせる。残っている人が居そうな場所など対象が隠れていると思われる部屋だけだ。もし、同じ部屋に居るのであれば最悪の事態すら想定しなければならないかもしれない。だが、俺一人でそこに突入するのは愚かしい。自分の戦力のなさに歯噛みする。すると、懐に忍ばせていた携帯電話が軽く震える。どうやらヒルダが到着したようだ。俺は一旦、探索を切り上げ工場への入り口へと戻りヒルダと合流する。俺たちは念を使った筆談で意思疎通を行う。絶状態で指先からのみかすか出したオーラを使って行うこの方法は、こういった隠密時で非常に役に立つ。一般的な方法であるハンドサインよりもばれ難く複雑な意思が伝えやすい。いいことずくめだ。『入った少女は見つかった?』『まだ。 対象と同じ場所 囚われ かも』……ただ、非常に難しい。ヒルダは難なくやっているのだが、操作系の俺はオーラの変化が非常に苦手だ。ヒルダと組むようになって叩き込まれたのだが、未だこちらから示す分が片言になるのも仕方あるまい。ヒルダは俺の報告を読み、眉間にしわを寄せる。やがて方針を決めたのか、その指示を指に乗せる。『対象の部屋に向かうわよ。』俺は一つ頷いて了承の意を示す。俺がヒルダを先導する形で工場の中を進む。やがて、対象が居ると思われる部屋の扉が見えてきた。そこは、かつては大きな機械類が並んでいたであろう大部屋から繋がる小部屋である。おそらく管理をするための人員が詰めるところであったのだろう。予想通り、その部屋の窓から光が漏れている。中に数人の気配が感じられ、やはり対象と少女はその部屋に居るようだった。俺は大いに焦る。隣に居るヒルダも同様だろう。だが、俺たちは直ぐにその扉に突入することは出来なかった。なぜなら…、よく見知った姿がその扉から出て来るばかりか、まるで守るように立ちはだかっていたからだ。「なぜ、あなたがそこに居るの!?」ヒルダの叫びは、まさに俺の心をも代弁するものだった。 _________|\ | To Be Continued... >  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/