ある晩、なんとなく喉が渇いて目が覚める。無駄に広い家の中、水を飲もうとキッチンへ私は向かう。すでにみんな寝静まっている時間のはずなのに、キッチンへ向かう途中にあるリビングから光が漏れていた。私が何かあるのかと近づくと、母と、祖父母の声がドアの隙間から漏れ聞こえる。盗み聞きなんてよくないことだと分かっているけど、私は好奇心を抑えられずに耳を澄ませた。「あの男がこの町に来ているとは本当なのか?」「…ええ、本当ですわ。お父様。」祖父の声にこたえる母の声は何かを堪えるようだった。それを聞いた祖父は、まるで汚いものを見たかのように吐き捨てる。「そうか…。あの恥知らずがよくもおめおめと顔を出せたものだ。 まさか、逢っていたのではなかろうな?」「…ええ、もちろんですわ。あの人のことは伝え聞いただけに過ぎません。」「そうか、ならばよいのだが。もちろん、これから逢うような予定も無いのだろう?」「…、勿論ですわ。お父様。」「そうか…、お前の言葉を信じるとしよう。」祖父の追及はそこで終わり、母の顔に安堵が浮かぶ。「それと、これは言うまでも無いことだが…。 くれぐれもあの男があの子と会うことがない様にしなさい。」「ええ、分かっております。それにあの人もそれを望んではいないでしょう。」「ふん、そうだと助かるのだが。 まぁ、この話はこれでしまいだ。長話をしていてはあの子に気づかれかねん。 あの子は聡いからな。くれぐれも内密にするようにな。」祖父はそういって話を終わると、座っていたソファーから立ち、こちらに向かって歩いてくる。私はあわてて自分の部屋に駆け戻った。部屋に戻った私はそのままベッドに入り頭までシーツを被る。私の心臓は早鐘のようになっていた。勿論、走って戻ってきたことも影響しているのだろう。でも、それ以上にさっき聞いた話が頭の中を回っている。そう、祖父がいう"あの男"。それに私は思い当たる人がいる。祖父が嫌っていて、母が会いに行きたくて、私に合わせたくなくて、今ここにいない人。そんな人は1人しか思いつかない。多分、母はすでにその人に逢ったのだろう。私はそれが羨ましい。そして、祖父や、母の言葉に従うなら、きっと私はこれからもあの人に逢うことが出来ないのだ。母の言葉を信じるなら、その人自身も私に会いたくないらしい。そのことに私の心は締め付けられる。どうしてそんなことを思うのだろう。私はこんなにもあの人に逢いたいのに。私はしばらく布団の中で悶々と悩む。私は会いたい。そして、あの人は今この町にいるらしい。でも、あの人は合いに来てくれない。そこまで考えて私は不意に思いつく。――そうだ、あの人が来てくれないなら、私から会いに行けばいいんだ。私もそろそろ15歳になる。別に親に庇ってもらわなくても一人で十分歩けるはずだ。確かに一人で出歩くのは危ないだろうけど、この町は比較的治安がいいし危ない人が居たら逃げればいい。そう考えた私は、あの人を探すことを決意した。