私こと、ヴィヴィアン=ヴァートリーは腕っ節には自信がある。私は裕福な家庭に育ち、昔は箱入り娘だった。そんな私がなぜ体を鍛えるに至ったかといえば、12歳の時に誘拐されたことがあるのだ。理由は単純な身代金目的で、要求された金額は父がお金をかき集めて払えるまさにギリギリだったらしい。父は後のことを考えず取りあえず真っ先でお金を集めて身代金を払った。それは期限の時間に十分に余裕を持って払われたという話だ。何でそんなに急いだのかと父に聞くと、言葉を濁してから「本当に無事でよかった」と涙を浮かべて私を抱きしめてくるだけで答えを返してくれなかった。しょうがないので、家に来ていたお手伝いさんに聞いてみると「早ければ早いほどお嬢様がきれいなままで戻って来てくださる可能性が高まるからですよ」と教えてくれた。正直、そのときには意味が分からなかったのだけど、もう14歳になった今なら分かる。まぁ、つまりは……「そういうこと」なのだろう。我ながらよく無事でいたものだと思う。誘拐されていたときのことはさっぱり覚えていない。医者の見立てによると誘拐犯が顔を残さないように薬でも使ったのではないかとのことだった。こういう場合では「そういうこと」のせいで私が意図的に記憶を封印しているということも考えられたのだけど、体が無事だったのだからその可能性は低いだろうということらしい。……なんで無事だったって分かるかって?それはまぁ……、まだ私の「証」が無事なのだから間違いは無いと思うわよ……?それはさて置き、一度誘拐された私を心配した両親は護身術のために、と私を道場に通わせることにしたのだ。もっともそれは私が自分で身を守れるようになりたいといったことが原因だったらしいのだけど……例によって私は覚えていない。うちの家が裕福だといっても常に護衛を貼り付けることができるほどじゃない。せいぜい街の社長さん程度なのだ。父は娘がそんなことをするのに抵抗を感じていたようだったけど、そのときの私はよほど熱心だったらしく最終的には認めてくれたという話らしい。そして、そろそろ道場に通い始めて2年になる、ということで最初の言葉に繋がるわけだ。ただ、私の腕っ節が強いのは道場に通い武術を習っているだけではない。もちろんそれも重要なことであるのだけど、もっと大きなことがあるのよ!これは秘密なのだけど、私は不思議な力が使えるのだ!なんていったらいいのか分からないけど、人がそれぞれ気づかずに持っている力を扱えるというか……私は自分から出るその力を留めて自由に使うことが出来るって感じかな。これが出来るようになったときみんなの持ってる力も見えるようになったのだけれども、全員が垂れ流しにしているようで勿体無い限りだと思う。昔から人から流れ出ている力というものを感じることがあったのだけれど、道場に通うようになってからそれがはっきり感じるようになってきたの。その内、自分もそれを持っているんだってのに気づいたら一気にいろいろなことが見えてきて……そして、自分から流れ出ているその力が勿体無いから体の回りに留めるように意識するようにしたの。それが自然に出来るようになったのが道場に通いはじめて半年ぐらいの時だったかな?そこから、この力を使っていろいろなことが出来ると気づいたの。ただ、流れ出ているのを止めただけで、スタミナや体の頑丈さがぜんぜん違うものになるのだから、うまく使うことが出来ればもっと凄いことが出来るに違いないってね。そうやって一年ほどの間いろいろ試してみたことで分かったことがいくつかあるのよ。均一に広がってる"力"をいろんなところに移動させて偏らせることが出来るってこと。形が結構自由に変えることが出来るってこと。すぐ消えちゃうけど体から放すことも出来ること。体から出ている"力"を止めることでどうも他人に気づかれにくくなるらしいってこと。逆に体から出ている"力"をいっぱい出して普通にしているよりも"力"を多く出すことが出来るってこと。大体、大きなところではこれぐらいかしらね?この"力"を使ったときは比べ物にならないほど力が出るから道場の組み手なんかでは使わないことにしてる。力を入れすぎちゃって怪我をさせちゃったら申し訳ないもの。どれもやってみるととても面白いのだけど、一番得意なのは力を移動させることね。もともと視力はいいほうだったのだけど、"力"を目に集めて物を見るととてもよく見えるようになるってことに気づいたの。ついつい使ってしまうようになっちゃって今ではよく見ようとすると無意識に"力"を使って"視"ちゃうようになっちゃった。もっとも、この使い方ならほかから見たときには分からないだろうから別に気にしてないのだけど。さて、長くなったけれど私はそろそろ朝のランニングの時間。もともとは護身ではじめた運動だけれども最近ではそれが楽しみになってきてる。朝の静謐な空気の中、公園の木々の間を走るのはとても気持ちがいい。私はいつも通りパジャマから運動服に着替え、ランニングシューズをはいて出発する。昔は、父が一人でランニングなど危ないといって出してくれなかったのだけど、道場の先生から太鼓判をもらったときから許してくれるようになった。ま、それまでも週一ぐらいで朝に抜け出して走っていたのだけどね。私も暴漢程度なら撃退できるし、強そうな人でも逃げるぐらいは出来る自信が有るのだ。それにいざとなったら"力"を使えばいいしね。いつもどおりのランニングコースをなかなかのスピードで走る。そうそう、いつもこのときは"力"を外に出さないようにして走ってる。どうも"力"を出してるとそれに頼っちゃって体自体はあんまり鍛えられないような気がするのよね。あとは、犬が居る家の前を通ってもほえられないのが犬が苦手な私には便利だったり。それでもたまに気づかれて吠えられることがあるんだけどね……この状態で休んでると回復が早い気もするし一石二鳥よね。ランニングの折り返し地点である公園に到着すると、ベンチに座ってすこし休憩。背中合わせにされたベンチの向こう側に座っている人が居るようだけど、私はいま"力"を出していないから気づいていないのでしょう。特にこちらを気づいた様子も無いことだしね。しばらくして、はっと目を覚ます。どうやらまたちょっとうとうとしてしまったよう……私はいつもこのベンチで休憩してるのだけど、朝が弱いのはとうとう直らなかったのか、たまにうとうとしてしまうことがあるのよ……今日もやっちゃったみたいね。外で意識を逸らすなんて危ないことは分かってるのに……まぁ、次からは気をつけることにしましょう!……この決意も一体何回目だったかな……私は空のベンチを後にすると自宅への道を走りだす。風を切って頬をなでる感覚はとても気持ちがいい。しばらく走れば自宅に到着。正直走り足らないのだけど、あんまり遅いと両親が心配するのでしょうがない。心配かけないために体を鍛えているのに、そのせいで心配をさせていたら意味がないわよね。帰った私は、シャワーで汗を流して制服に着替え、食堂に向かう。中で朝食の準備をしている母に挨拶をして席に座る。朝食は一日の重要なエネルギー源!しっかり食べないとね。「おはようございます、お母さん」「あら、おはよう、ヴィヴィ。 朝食はもうすぐ出来るから、お父さん呼んで来てくれないかしら?」母さんは笑顔を向けて私にそう言うと、かき回している鍋に視線を戻した。私はそのまま父を呼びに行くことにする。私は父の部屋の前までくると、ノックをして声をかける。「お父さん、お母さんが朝食の準備が出来たから来てくださいって」「ああ、ありがとうヴィヴィ。今向かうよ」その言葉とともにパリッとしたスーツ姿のお父さんが部屋から出てくる。私はお父さんと一緒に食堂に向かう。いつも思うのだけど、スーツ姿のお父さんは格好いい。美人のお母さんと並んでいるととても絵になると思う。家族3人で朝食の席に着き、談笑をしながら食事を終えると私は学校へと向かう。私が通っているのは、それなりに遠いところにある私立の女子校だ。私は電車で通えばいいと思っているのだけど、過保護な父はわざわざ運転手つきの送迎車を雇ってくれている。正直、私は送り迎えされるのは少しだけ恥ずかしかったりするのだ。私の通っている私立女子校ではあまり珍しいことではないからまだいいけど……車で一時間ほどかけて学校へ向かう。多分、私が"力"を使って全力で走れば半分ぐらいの時間ですむんじゃないかな?もっとも、そんな目立つことをしようなんて思わないけどね。送迎の車の中では正直暇をもてあましている。高級車だから乗り心地は決して悪くは無いのだけど、どうも体を動かせないというのが窮屈なの。テレビなんかをみることも出来るのだけど、この時間にはあまり面白い番組もないし、一年ぐらいで見たい映画を見尽くしてしまったし……しょうがないので最近の私は"力"で遊んでいる。といっても派手なことは出来ないので"力"を思ったところに移動させて遊ぶぐらいしかできないのだけれど。始めたころはじんわりといった感じでしか移動させられなかったのだけれど、最近ではなかなか早く動かすことが出来るようになったの。ほんとうは力をすべて一箇所に集めるなんてこともやりたいのだけど、一度それをやったら運転手さんが動揺してしまってごまかすのに苦労しちゃったのよね。そんなことをしていると案外すぐに学校に着く。学校での生活は特に変わったことは無い。人と違うのは暇なときに"力"を動かして遊んでるぐらいかな。成績に関しては……、聞かないでほしい。一応、誤解の無いように言っておくと赤点を取ったことは無いわよ。毎度ギリギリだけどね……そんな私を、無駄にできのいい私の友人たちは「土俵際の魔術師」なんて言って来る。ところで……、土俵際って何のことだろう?学校が終われば、迎えに来ている車に乗って家に帰るだけ。家に帰れば、両親と一緒に夕食をとって、体を鍛えたり、"力"で遊んだり、苦手だけど勉強したりして私の一日は終わりを告げる。日によっては帰り道で通っている道場に行ったり、友達と遊ぶために迎えに来てもらう時間を遅らせたりもしてもらうわね。そして今日もそんな風に友達と遊ぶに行く予定だった。適当に友人と街に繰り出し、おしゃべりをしながらウィンドウショッピングを楽しみ、遅くなった帰宅をお父さんに注意され、いつもどおりの訓練メニューをこなしてベットに横になる。そう、そんな風な予定だったの……