「そうね、さし当たって最後の敵を倒しにいきましょうか!」「はい!」■■■■■■■■■■■■■■■■■■■勢いよく号令をかけたヒルダさんは、苦笑しながら手を下ろす。「と、いっても、そいつがどこに居るのか分からないことにはね。振り出しに戻る、かしら…。」「いいえ、きっと、あの人はこの近くに居ます。私、思い出したんです。」「思い出したって?」「二年半前に誘拐されたときのこと…、ううん、忘れていたわけじゃない。 今までずっと夢だと思ってた。でも、今ならあれは現実にあったことだって分かります。 閉じ込められたのは確かにこの建物だった。 そこで私は…、大きな男の人に…。」そのときのことを思い出した私は、言い知れぬ恐怖に勝手に体が震えてくる。ヒルダさんは、そんな私の手を確りと握ってくれた。「だいじょうぶ…、うん、大丈夫です。 だって私は無事だったの。その時、助けてくれたのがあの人だった。」私はとつとつと言葉を繋ぐ。そうしないと大事な何かを見逃してしまいそうだったから。「私はその人を最初に見たとき怖かった。でも、怖い男を追い出して、優しい言葉をかけてくれた。 その後のことはあまり覚えてないけど、幸せな気分だったのはなんとなく覚えてる。 多分、その時に私は操られて、怖い記憶も夢だと思うことが出来たんです。」私は、その人のことを思い出してもぜんぜんいやな気分にならないのだ。きっと其れは私はその人のことを嫌っていない証拠だと思う。「…言いたくないけど、その感情も操られたものかも知れないわ。」「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。 だって、おかしいじゃないですか。 ねぇ、ヒルダさん。あの人がこの組織の一員だったのなら私を操った理由は何なんでしょう?」「…自分が上に行くために、ライバルを蹴落とすため…かしら?」ヒルダさんの言葉には力がない。きっと自分でも信じてないのだろう。私のためにあえてよくない予想を挙げてくれている。「こんなにも取り返しのつかないほど壊してしまったのに? そうだとしても、やり方が遠回り過ぎますよね。二年半もかけて私みたいな小娘を育てるなんて。 それなら、かのゾルディックにでも依頼したほうがよほど早いと思います。」「…それは、確かにそうね…。 でも、それ以外に思い浮かばないわ。」「はい、私も分かりません。でも、だからその人に聞いてみたいと思うんです。」「…そう、好きになさい。 ええ、私は貴方の護衛だもの。危なくなったら私が助けてあげるわよ。」ヒルダさんは笑顔で私の背中を押してくれた。「それじゃ、まず、そいつが居るところに行かないとね。 この半壊した建物の中を探すのは中々骨だわ。」「えへへ、実はもう見つけてあるんです! ほら、あそこに地下への階段がありますよね?きっとあの下にいると思うんです!」どうしてか分からないけど、私のカンがあの人はその下に居ると告げている。こういうときの私のカンは当たるのだ!「貴方…、その目…」「?どうかしましたか?」「…いいえ、ただ、前から疑問だったことが解けただけ。 今はそんな場合じゃないでしょう?さぁ、行きましょうか。」「はい!」■■■■■■■■■■■■■■■■■■■私はその暗い階段を下りていく。この先に私を操っていた男がいると思うと体がこわばって来るのが分かる。でも、そんなときにいつも横に居てくれるヒルダさんの存在がくじけそうになる私を叱咤してくれる。そう、でもあの人がいなければ、私とヒルダさんが出会うことも無かったのだろう。やがて階段を下りきり扉の前へたどり着く。この扉を開ければきっとあの人がいるのだろう。はやる心を抑え私は扉に手をかけた。扉をくぐり、私たちは部屋に入る。そこには1人の男がいた。その姿は、いたって平凡な様子だった。黒目黒髪であり、中肉中背である。唯一つ特徴を挙げるなら左腕が無いことだろう。その男の身を包む服の左袖は何も入っていないのが分かるように垂れ下がっているだけだった。その垂れ下がる袖を見て、私はその男があの人であるのを確信する。あの日、助けてくれたあの人は、同じように腕が無かった。「貴方が私を操っていたのですか!?」はやる心を抑えきれず、私はその人に声を上げる。たずねる声が自然と強いものになるのも仕方ないだろう。その人は恩人であると共に、その男は仇敵でもあるのだから。私は否定して欲しかった。あの不思議と落ち着くその声で「そんなことない」と否定して欲しかったのだ。だが、私の声に振り向いく表情を見て、私の淡い希望は砕かれる。その表情はただ驚いているだけに見える。だが、なぜだが私は分かってしまったのだ。男の表情は私の言葉を肯定している、と。「そうですか…、やはり私は他人に操られていたのですね…」その言葉を吐いた時、私の心はぐちゃぐちゃだった。憎しみと、悔しさと、悲しさと、情けなさと、もしかしたら喜びすらあったのかもしれない。あらゆる感情が混ざり合い、濁流となって私のちっぽけな心を押し流す。そして、全てが平らになった私の心に残っていたのは1つの言葉。"あの男を殺せば自由になれる。"真っ白になった私の心は、ただ、その言葉に染められた。「私は!貴方を倒して自由になります!」体は自然に堅をする。私はそのままその人に走りより、念をこめた拳を振り上げる。その時、私の心は私の体を何処か他人事のように眺めていた。そのとき…3択-一つだけ選びなさい 1.かわいいヴィヴィアンは鍛えられた精神力で正気に戻る。 2.誰かが止めてくれる。 3.止められない。現実は非情である。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 「こんなのは違う!!」その叫びと共に、私はギリギリ拳を止める。そうだ、私は一体何をしているのか、私はこの人に話を聞きに来たのではなかったのか。なぜ、私はこの人を殺そうとしているのだろう?私の速度に反応できていなかった男は、驚いた表情のままだった。私が拳を止めたことを認識し、その後に現れたのは、能面のような無表情。だけど、その目は確りと私の瞳を見据えている。私たちの目が合い幾ばくか過ぎると、男が初めて口を開いた。「…なぜ止めた。君には、俺を殺す権利がある。」「…私は!貴方を殺したいなんて思っていない!」「だが、俺は俺の目的のために、君の人生を好き勝手に弄くった。 俺が憎いだろう?でなければ、あの行動は誘発されない。」「確かに!私は貴方が憎い!私の心を操って戦いに巻き込んだのが許せない! でも、それでも私は貴方がなぜこんなことをしたかが知りたいの!」「いまさら何を言っても俺のしたことに変わりはないさ。 あの醜悪な肉の塊が死んだいま、今世にそう未練はない。 俺は、お前になら殺されてもかまわないと思うんだ。」その人は私の目を見ながらそんな事を言う。その言葉に偽りはなく、その目の奥にある諦観に私は二の句を告げられなかった。私たちは自然と黙り、地下室の中に沈黙が降りる。そんな沈黙を破ったのは、後ろで私たちを見ていたヒルダさんだった。「ちょっと、貴方、好き勝手言わないで頂戴。 そんなに死にたいなら1人で勝手に死ねば良いでしょう? それこそ、貴方の自殺にヴィヴィを巻き込む権利なんて有りはしないわ。」その言葉に、その人の瞳はかすかに揺れる。そしてゆっくりとその黒い瞳は伏せられた。「そうか…、確かにそうだな。死ぬなら勝手に死ね…か。 ふふ、そうか、今の俺は自分で死を選ぶこともできるんだな…、そんなことも忘れていたとは。」私はそんな彼を見て、先ほどは答えてくれなかった質問をぶつける。「貴方は、どうしてこんなことをしたんですか?」「…理由など簡単だ。あの醜悪な肉の塊を滅ぼしたかった。ただ、それだけだ。 俺では奴の能力に囚われて反抗することが出来なかった。 だから、他の人にやってもらおうと思った。」「そのために私を?」「そうだ。たまたま誘拐されていた君にあったときその才能に驚嘆させられた。 計画にこれ以上ない逸材だと。だから、俺は、君の人生を曲げた。 君は俺がいなければこんな血なまぐさい世界を知ることもなかっただろう。」彼が語る声には途方もない苦汁が込められているように感じられた。そう、それはきっと多分私が想像もつかないぐらいの。「君は俺を恨んでいるだろう。だから、殺されてもいいかと思ったのだが…」「私は別に貴方を恨んでなんていません。」私は自然に声が出る。「…だが、さっき俺が憎いと言っただろう?」「確かに私は貴方が憎いとも思います。勝手にこんなことに巻き込んだのだから。 でも、同じぐらい感謝もしているんです。 だって、貴方のおかげでヒルダさんに出会えたんですから。 それに、貴方のおかげで私はこんなに強くなれた、そして、あの誘拐された日、貴方は私を助けてくれたでしょう? きっとあの時あのまま汚されていたら、こんな平和な暮らしは出来なかったと思うもの。」それを聞いた彼は目を見開く。やがてその目は再び閉じられ、彼は搾り出すように声を出した。「そう…か。君は強いな…。」その言葉には多くの感情が込められていて、私にはとても把握しきれない。その場にまたも沈黙が落ちる。そして、それを破るのもやはりヒルダさんだった。「で、貴方はいつまでヴィヴィを拘束しておく気なの?」「どういうことだ?」「…念能力よ、ヴィヴィを操っていたんでしょう?」「…ああ、そのことか。俺の念ではたいしたことは出来ない。精々、人の感情の方向を少しばかし弄る程度だ。」それはどういうことなんだろう。私は彼に操られていたのではなかったのか?それを聞いたヒルダさんは全身に怒気を走らせる。「くだらない嘘はやめなさい。」「ただの催眠術だよ、彼女にかかっているのは。」「さいみんじゅつ?」私は思わず繰り返す。催眠術ってのはあれかな、穴の開いたコインに紐を通して眠くなるって言う…「なにそれ、信じられないわ。紐とコインでも使うって言うの?」ヒルダさんも私と同じ想像をしたらしい。そして声が怖い。くだらないことを言っているんじゃないと全身で威圧していた。「信じられないかもしれないが事実だ。紐とコインってのはあながち間違ってないな。 催眠誘導は純然たる技術だ。念は関係ない。 時間が経てば自然と薄れるが、解いたほうがいいのは確かだ。 この場では難しいが、しっかり解くと確約しよう。」私にはそれが嘘で無いと分かる。だが、ヒルダさんはそうでもないようだ。私はヒルダさんに声をかける。怒ったヒルダさんに声をかけるのは怖いのだけど…「あの…、その人が言ってることは本当みたいですよ…?」「貴方は黙ってなさい!この件に関しては操作されてる疑惑のある貴方の言葉は信用しちゃいけないのよ。」「正直、これに関しては信じてくれとしか言いようが無いな…。」「もう!埒が明かないわね!後からちゃんと解きなさいよ! それが嘘だったら縊り殺してやるから覚悟しなさい!」私はヒルダさんの迫力に押されながら、気になっていたことを彼に聞く。「あの…、それで貴方はこれから如何するんですか?」「そうだな、さっきまでは自由になれると喜んでいたが、そんな権利は俺にはないと思わされた。 ハンター協会に自首でもするよ。」「そんな…、貴方は強制されていただけでしょう…?」「だが、やったことには変わりない。 なに、あいつの下にいるのに比べればどこにいようと天国みたいなもんだ。」そう言って彼は笑顔を浮かべる。でも、私はそんな彼が気に入らなかった。だって、彼はきっと今まで散々苦しんだのだ。そんな人がいまさら幸せになれないなんて私はいやだ。私は後ろで見ていたヒルダさんを仰ぎ見る。ヒルダさんは私が言いたいとこが分かったのかため息をついた。「そいつの言うことは間違ってないわ。 操られようがやったことは変わらない。強制されていようが多少の情状酌量がある程度ね。 その罪は償わないといけないわ。 何よりそいつがそうしたいって言ってるんだから良いじゃないの。」「そんな…。」私はヒルダさんの言葉に気を落とす。そんな私を見てヒルダさんはもう一度ため息をついた。「…ねぇ、貴方が罪に問われるとして刑期はどれぐらいだと思うの?」「そうだな、法律には詳しくないが…、児童略取、誘拐、人身売買、暴行、殺人、殺人教唆が数知れずだ。 おそらくだが、生きてるうちに出てくることは出来ないだろうな。」それを聞いて私は悲しくなる。「それらを自分の意思でやったことは?」「無いな。」私にはその簡潔な答えは決して嘘で無いことが分かってしまう…。「そう…、で、貴方は何が出来るのかしら?」「どういう意味だ?」「そのままの意味よ。何が得意なの?」「よく分からんが…、戦闘以外のことは大抵出来る。 主に情報収集なんかが得意ではあるが…」それを聞いたヒルダさんの目が細まった。なんだか怖い。「なるほど…ね。貴方は、多分、超長期刑囚になるでしょうね。」やはり彼はそうするしかないのだろうか…私の気分は沈むが、次の言葉でひっくり返った。「そして、こんな話を知ってるかしら? そういった囚人をプロのハンターが絶対服従を条件に雇うことはままあることよ。 貴方、私の下で働きなさい。情報収集が得意なのはブラックリストハンターとして有用な技能だわ。 直接的な戦闘力も少なく、反抗の意思が薄くて、態度も従順。貸し出し審査も直ぐ終わるでしょう。」それを聞いた男の人は呆けた顔をしている。多分、私も同じ顔をしているだろう。「よし、これで話は終わりね。さっさと貴方をハンター協会に連れて行きましょうか。」そう言ったかと思うと、ヒルダさんは彼を「第三の手(フィアー・タッチ)」で簀巻きにして引きずりながら歩き出した。「ちょ、ちょっとまて、俺はそんなこと!」「なによ、ハンター協会に行くんでしょう?連れて行ってあげるんだから感謝しなさい。」「いや、そうではなくてだな!」「言っとくけど、囚人の貴方に拒否権なんて無いわよ。」「だからといって…!」彼とヒルダさんは何か言い合いをながら、地下室を出て行く。私は呆然としたままそれを見送って……あわてて後を追いかけた。きっと、このときの私は会心の笑みを浮かべていただろうと思う。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■俺は今、念の縄に巻かれて身動きがとれず。そのまま階段を引きずって上られている。俺は少女に見つかったら死ぬと思っていた。なのに、いま俺は生きている。俺はなぜ生きているのだろうか?この人生に意味などあるのだろうか?そんな事を考える。だが、後ろについてきている少女の顔を見たときそれらの疑問はどうでも良くなった。なぜならその少女は笑っていたのだから。体をあちこちぶつけながら階段を上がりきると、さんさんと輝く太陽に目を焼かれる。そうか、空はこんなにも広く、太陽はこんなにも眩しいものだったのか。俺は今までそんな当たり前のことすら気づいていなかったのだ。そんなことに気を取られていると、後ろから来た少女に話しかけられた。「あの…、そういえば貴方のお名前を教えていただけませんか?」…名前?そんな事を聞かれたのはいつ以来だったか…、組織では番号みたいな名前で呼ばれていた。ここでそれを名乗るのはやはり違うだろう。まともに名前を呼ばれたのがいつだったのかが思い出せない。ああ、そうだ、最初に名を呼んでくれたのは母親だった。ここで名乗るべきなのはきっとその名前なのだろう。ああ、俺の名は…