其れからは、表向きは変わらず命令に従いながら虎視眈々と機会を狙う。そして、二年半前絶好の機会が訪れたのだ。その日は、なんだか外が騒がしくアジトの中も何か殺伐とした空気を醸していた。俺はそんなおり、ボスに呼び出され、誘拐してきた子供の監視に当たれと命じられた。そして、今監視に当たっている男を呼び出せと。多分小競り合いが起きているのだろう。俺は念能力者ではあるが戦闘能力はまったく無い。念と催眠術による情報収集をを主な任務としているのだ。俺がその部屋に着き中に入ると、まさに男が少女に襲い掛からんとしているところだった。そのこは精々ローティーンに行くか行かないかという年で、流石の肉の塊でも守備範囲外だったはずだ。つまりは、この男はそれ以上の変態ということだ。俺がそれを見る視線がゴミを見るようなものであってもしょうがないだろう。俺は一言二言男と言葉を交わして部屋から追い出す。入る前に漏れ聞いていた会話では気丈な少女であったようだが、まさに襲われようとしたのは衝撃だったのかひどく怯えているようだった。俺は「小人の囁き」を使いながら少女に話しかける。「心配するな、俺にそういう趣味はない。あと5年後だったら危なかったかもな。」だか、少女は怯えたままだった。俺は怪訝に思う。俺の能力はちっぽけなものだが、一般人にまったく効果が無いほど弱くは無い。先ほどまでの男に果敢に言い返していた少女とは思えない。はっきり言って俺はこんな稼業だが外見的な押しの強さというものはまったく無い。髪も瞳も黒いし、背格好も特徴が無い。それに比べ先ほどまでいた男はまさにその筋の人間だ。俺は、あの男と自分の違いを思い浮かべ一つの仮説が思い浮かんだ。俺は其れに伴って少しばかり練をしてオーラの量を上げてみる。するとどうだろう、少女の怯えが強くなったではないか。そして、元に戻せは其れは戻る。なんということだろうか!俺のようなちっぽけな念能力程度のオーラですら察知するとは呆れるほどの感受性だ。きっと、オーラに対する感性、引いては才能に満ち溢れているに違いない!まさに奴を殺す計画に最も適した人材ではないか!「ははは!これはとんだ逸材だな!これで念願の計画が…」思わず柄にも無く笑い声を上げてしまった。すぐさまその笑いを抑えて考え込む。だが、そのまま少女にボスを倒してくれと言うことは出来ない。人形の身である俺は間接的にでも害する行動を取ることが出来ないのだ。だから、まず自分を誤魔化す必要がある。なに、そのための準備はとっくに整えてあるのだ。其れは簡単なこと、彼女を育てるのは組織のためだと思えばいい、組織の戦力を上げるために育てるのだ。本来なら、このような誤魔化しは聞かないが我が身は催眠術師。自己暗示などお手の物だ。小さく呟きながら、自分の認識を誤魔化していく。やがて其れが完了し、準備はすべて整った。後は少女に催眠術をかけ、うまく誘導して念能力を発現させて鍛えるだけだ。さぁ、仕上げにかかろう!先ほどから癖で机を叩いていた音に「小人の打楽器(ポビットパーカッション)」を発動する。そして、全力で効果を乗せた「小人の囁き(フェアリーテール)」でもって少女に話しかける。「心配するな、俺はさっきまで居た奴と違って少女趣味は無い。 お前の親が身代金を払ってくれるなら身の安全を保障してやるぞ。 お前は家族に愛されているのだろう?なに、きっと払ってくれて無事に帰れるさ。 そもそも、そういったことを調査して攫ってくる奴を決めるのだからな。そう脅えなくても大丈夫だよ。」これだけ言葉を重ねれば流石に少女にも効果があるようだ。そもそも、言葉の内容に安堵したのもあるかもしれない。だが、これだけでは終わらない。2つの能力を発動させながら尚も少女に話しかける。「俺はこの組織の中でそれなりの地位に居るからな。さっきみたいな奴が来ても追い返してやるさ。 ふむ、どうも俺が喋ってばかりだな。どうだい、君のことも教えてくれないか? なに、別に強制じゃない、気に入らなければ喋らなくても問題は無いさ。 む、どうも答えてくれないようだね。 まぁ、其れはいいさ。なら、話を変えようか。」少女の様子を見るとだいぶリラックスしている様に見える。誘拐されて監禁された部屋の中でリラックスするなど本来は土台無理なことであるが、其れを可能にするのが俺の能力だ。逆に言えば俺の能力はそれだけでしかない。これからかかる作業は純然たる技術なのだ。俺は少女の目の前に指を出して言葉と共に下げていく。「いま、君の前には階段が見えるよ。 私が数を数えるたびに君はその階段を一段ずつ下りていく。 さあ、いくよ。1、2、3、4、5、 そう、下に下りていくのにしたがって、君はどんどん深いところに降りていく。 6、そこは君にとってとても気持ちがいい場所だ。 7、そうどんどん体がふわふわ浮いてきてとても気持ちがいい。 8、まだまだ君は降りていく。 9、ようやく下が見えてきたね。そこは君にとってとっても気持ちのいい場所だよ。 さあ、最後の一歩を踏み出そう。 10!」10との声と共に目の前に出していた指を一気に下に振る。少女はその声と指を追った視線によって、顎がかくりと下に落ちる。催眠を誘導するときの声に迷いがあってはいけない。さんざん仕事で繰り返してきたことだ。いまさら俺がとちることも無い。また、感覚的にどうもこの子は被催眠性が高いようでもある。まったく持って好都合だ。「さあ、私の声が聞こえるかい?」「…はい。」「今からいくつか質問するよ。質問に答えると君はとてもうれしい気分になる。」「…うれしい気分になる…。」「さあ行こう、君の名前は?」「…ヴィヴィアン=ヴァートリー」「どこに住んでるの?」「…ヴェザックタウン、ハリスストリート」「お父さんは何をしているの?」「…会社の社長さん」「お母さんは何をしているの?」「…家でご飯を作ってくれる」「今まで人から変な力を感じたことはある?」「…ある。」「其れはどんな感じ?」「…なんだかこっちが押されるようなかんじ」「今までで一番感じたのは?」「…さっきへやにはいってきたひとから」やはり、俺に怯えて居たのは念能力のことを感じていたからのようだ。少女は答えるたびにうれしくなると暗示されているので、虚ろな表情ながら口の端が若干上がっていた。「自分にもその力があるって思ったことはある?」「…ない。」「そんなことは無いよ。君にはとてもすばらしい才能がある。きっと感じたことがあるはずさ。よく思い出してごらん」「…わからない。」「ほら、自分の体を流れる力を感じてごらん。君の体の中をゆっくりと流れているはずだ。」そういいながら俺は悪意を込めない念を指に集めて感覚を刺激する。「こんな感じの力が君に中にも回っているだろう?」「…はい。」よし!自分の体に流れる念の存在を認識した!正直これだけで相当な才能が有ることが分かる。こんな方法じゃなくてちゃんとした師につけばどれだけ化けるか…「その力は君にとってとても役に立つものだ。毎日、寝る前にその力があることを感じるんだ。そうすればきっと強く成れる。」「…強く?」どうも反応が鈍い、"強く"という言葉は彼女にとってさして魅力的であるわけではないようだ…ちょっと言い換えよう。「そうだよ、強くなれば、お母さんやお父さんも安心してくれるよ。」「…安心…」これもいまいちか…年頃の女の子が反応しそうなキーワードはなんなのか?と考えながら言葉を捜す。「そうさ、そうすれば家族で幸せに暮らせるよ。」「…幸せ」その言葉と共に再び少女の口の端が上がった。どうやら正解を引いたようだ。「そう、だから毎日寝る前にその力を感じ取るんだ。いいね?」「…はい」さて、これでそのうち念を発現するだろうが、この手の催眠は定期的にかけなおさないと直ぐに消えてしまう。怪しまれずに会う場所を設定しておかないといけないだろう。「君の家の近くに公園はあるかい?」「…はい」「名前は?」「…ハリス中央公園」「君は毎朝ジョギングがしたくなる。」「…ジョギング?」「そう、ジョギングだ。朝の静謐な風の中を走るのはとても気分がいい。」「…気分がいい」「そして体が強くなれば、両親も安心して、幸せになれる」「…安心して、幸せに」「そう、そうだ。だから、君は毎朝ハリス中央公園までジョギングしたい。」「…ジョギングをしたい」「そうさ、もう一度言ってごらん。」「…私は、毎朝、ハリスちゅうおうこうえんまで、ジョギングしたい」「そうだね。でも、走ってたら疲れちゃうだろう、そんなときはベンチに座って休むんだ。」「…ベンチに座る」「そう、君は毎朝ジョギングがしたくなって、ベンチで休むんだ。そうすると幸せになれる。分かったかい?「…ジョギング、…ベンチ、幸せに…」幸せという単語がキーになって彼女の頬は笑みを浮かべる。うまくポジティブな感情と共に行動を刷り込むことが出来たようだ。あとは、公園のベンチで待って彼女が来るのを祈るだけだな。あとは、誘拐のことを忘れさせて、催眠誘導のキーワードを設定して終わろう。一度に多くのことをやりすぎると誘導がうまく行かなくなるからな。これ以外のことは、公園でやる事にすればいいだろう。「さぁ、君は今なんでここにいるのだったかな?」「…怖い大人の人に…」そういうと少女の手が震えだした、これは良くない。「ああ、思い出さなくても構わないよ。それは夢だ。」「…ゆめ?」「そう夢だ。怖い夢なんて忘れてしまおう。」「…こわいゆめ…わすれる…」「そう、そんなことは本当は無かったんだ。目が覚めたらいつもどおり部屋のベッドで寝てるだけ。」「…部屋で寝てる…」「だから、そんな怖いことは無かったんだ、分かったかい?」「…はい」さて、最後にキーワードの設定だな「さぁ、今君が居るところはとても気持ちがいいね?」「…はい」「だから、君はずっとここにいたい。」「…ここにいたい。」「でもそうも行かない、だから秘密の言葉を教えよう。」「…秘密の言葉…」「そう、君がその言葉を聞いたら直ぐにここに帰ってこれる。」「…かえってこれる」「その言葉は…」