俺は前世の記憶を持ってる。だが、その記憶が俺を助けたことは一度もなく、むしろ害悪に過ぎなかった。俺が前世のことを思い出したのは、確か3歳の頃だったと思う。ただ思い出したといっても単に3歳児がちょっと記憶が多くなっただけだ。もともと、両親の夫婦仲はあまりよくなかったのを覚えているが、やはり決定的なのは俺の存在だっただろう。父親は、前世の記憶と今の記憶がごっちゃになった俺の支離滅裂な言動を気味悪がり、実際にお腹を痛めて生んだ母親との確執は深まるばかりだった。俺もその頃ちゃんとわかって抑えていればよかったのだろうが、所詮は三歳児だ望むべくもないだろう。その後、夫婦の溝か決定的になった2人は当然のこととして離婚することになった。俺が4歳も半ばになったころだったはずだ。子供心に2人が別れてしまうのがとても悲しかったのを覚えている。離婚した結果、養育権というものは父親が持って行き、俺は大好きな母親と離れなければならなかった。あのころは、なぜ父親なのだろうと疑問だったのだが、今考えれば経済状況が如何たらこうたらということだったのだろう。その後の4年間はまさに地獄だった。いや、この後の人生を考えれば温いぐらいでは有るのだが。父親から殴る蹴るの暴行をうけ、食事をまともに与えられず、いつも生死をさ迷っていたと思う。だか、一応死なない程度には抑えていたようだし、たまに食事も与えられていた。あの糞野郎にも俺が死んではめんどくさいことになると思うぐらいの知恵はあったのだろう。だが、其れも、俺が10歳になる前に終わりを告げた。簡単なことだ、父親が再婚すると共に俺は路上に捨てられたのだ。そりゃあ、こんな瀕死のガリガリの餓鬼のこぶがついていたら、まとまるものもまとまらんだろう。ならば、最初から俺を引き取るなといいたいところだが、その頃の俺はそんなことを言っている暇などなかった。ストリートキッズとして、一年生になった俺は縄張りやおきてなど分からず荒らしてそのたびにリンチにされた。ゴミ箱を漁って食料を得、縄張りを荒らしたと追いかける奴らから逃げる日々。正直、そんなもんだと諦め切れればよかったのに、其れを前世の記憶が邪魔をする。水と安全がタダだと思って生活できたあの国は今の生活と比較するとまさに天国だろう。そんな対比をしてしまい、いっそう惨めになったものだ。そんな生活を続け、本当に死ぬかと思ったとき、人生で初めて好意に出会い、命を拾う。それは14歳ぐらいの女の子で、ストリートキッズの一団を率いる立派なボスだった。正直彼女に拾われなければ、その年の冬に冷たくなって路地裏に転がっていたのは間違いない。そこでの半年間は今世において一番幸せだっただろう。彼女がいて、仲間がいて、危ない生活ではあったが少なくとも死が直ぐ隣にいるわけではなかった。だが、その蜜月も長くは続かない。ストリートに根を張る組織同士の抗争に巻き込まれた俺たちは、まるで枯葉のように翻弄される。それはそうだろう。ストリートの中でも弱者が集まっているような組織だったのだから。そして、密かに恋心をいだいていたうちのボスは、戦利品として持ち帰られ、うちのグループはあっさりつぶれた。そのまま、身を寄せるところを持たず2度目の冬が来る。寒さに凍えていると、今度は妙な雰囲気を持つ男に拾われた。その男は今思えばあからさまに怪しかったのだが、生死の境目でそんなことを選んでいる余裕などなかったのだ。男に言われるままついていき、食事を出されたときにはその怪しい男が神様かと思ったものだ。その後、暖かい食事に暖かいベッドが与えられ、ここが天国かと思っていたときに、容易く奈落に落とされる。それは食べるために太らせていたに過ぎないと気づかされたのだ。ある日、ある部屋につれてこられた俺は、そこにいた丸々と太った男を見上げる。そして、俺の周りには似たような境遇でありそうな子供が何人かいるようだった。「よし、これで全部か。今からお前らに説明してやるからちゃんと聞いておけよ。 今から、お前らには俺の奴隷になってもらう。ああ、拒否権はないぞ。 「人形遊び(パーフェクト・コントロール)」をかけるから、その後に逃げるのも無理だ。分かったな? では説明だ。この念能力は、永続的にかけた者に対する絶対服従と反抗不可の効果を与える。 簡単に言えば、命令にはどんなものでも逆らえないし、俺に反抗しようなんてことは出来ないってことだ。 これをかける為にはいくつかの制限がある。 一つ、体力が万全な対象に対して能力を説明しなければならない。 だから、俺は面倒だが、こうして説明しているわけだ。お前らちゃんと飯も食っただろ? 二つ、これをかける対象がオーラを纏った状態では成功しない。 三つ、これをかける為には俺の自室の中である必要がある。 四つ、これをかける対象に抵抗の意思があってはならない。 五つ、これをかける為には一年のうちで一番能力が高まる日でなければならない。 六つ、1日に1人までしかかける事が出来ない。 まぁ、かけた奴がその日のうちに死ねば次にいけるってわけだな。 以上の六つだ、まあ、分からなくてもいい、説明さえすればいいからな。 それじゃ、次に選別に入る。飯代が無駄になるからなるべくなら死ぬなよ。」俺はその説明を聞いて血の気が引いていた。念能力だと?ここはハンターハンターの世界だっていうのか?俺は初めて今生きているのが二次創作でよくある転生ってものであることを理解した。だが、その事実を認識したところでまったく状況は良くならない。選別ってのはあれか、念を込めて殴ることで念能力に目覚めさせるとか言う、あれか?成功率が20人に1人とか言われているあれなのか!?何なんだこれは!一体俺が何をしたというんだ!目の前で説明していた男は逃げようとする子供たちを次々と殴り飛ばしている。その表情はまさに醜悪だった。自分を絶対的強者と疑っていないその傲慢さと、弱者を踏みつける愉悦に染められている。そしてとうとう俺の番になる。男は拳を振り上げ… 1.男は突如として逃げ出す方法を思いつく。 2.誰かが助けに来てくれる。 3.よけられない。現実は非情である。□□□□□□□□□□□□□□□□念を込めた拳で殴られた俺は、体がばらばらになるような痛みと共に体の中のエネルギーが凄い勢いで減っていくのが感じられた。そうだ、これを留めないと俺は死んでしまうのだ!ここで、俺は原作にあった言葉を思い出す。そう、オーラが体の周りを回るように…そう意識するも殴られた痛みによって集中できずにうまく行かない。その間にもどんどんとオーラは流れていっている。俺は必死になってオーラを留めようとする。そして、意識を失う寸前なんとか纏をするのに成功したのだった。次に目を覚ましたとき、俺はベッドの上に寝ていた。正直寝る前までのことは夢だと思いたかったのだが、まったく感覚がなくなった左腕が実際に何もなくなっていることに気づき、やはりあれは現実だったのかと絶望する。そうしていると、部屋に来た男に俺は連れ出され、選別をしたときの部屋につれてこられた。そこに居たのはあの醜悪な肉の塊で、其れは醜くも裸で部屋の真ん中にあるでかいベッドにすわり、何人かの少女がその体を愛撫していた。その少女たちの目は虚ろで決して望んでやっているわけではないことが分かる。そして、そんな少女の1人に目を向けたとき、目の前が真っ赤に染まった。そう、その1人は組織での抗争で連れ去れた、かつてのボスと呼んだ少女だったのだ。俺はそのまま奇声を上げて肉の塊の殴りかかろうとした。殴れば返り討ちになるのは俺だとか、そのあとにどうするのかとかそんなことは一切頭に無かった。…だが、俺の体はまったく動かない。どれだけ動かそうとしてもまったく動かなかった。ままならない体に一層頭に血が上るが、肉の塊の一言で一気に血の気が下がる。「お前はもう俺の人形だ。俺に逆らうことは許されん。危害を加えることも許されん。 だが、それ以外ならお前の自由にしていい。せいぜい、役に立つ人形になれよ。」そういった男は、もう俺に興味がなくなったように周りの少女に手を出し始める。俺は連れてきた男に引きずられその部屋から出る。かつてボスと呼んだ少女が今ボスと呼ばねばならない肉の塊にもてあそばれるのを見なくてすむと安堵してしまった自分を殺してやりたかった。それからの生活はまさにくそったれなことをさんざんやらされた。主にあの肉の塊の欲望を満たすためだけに。奴が贅沢をするための金を稼ぐために一般市民を恫喝し、奴が快楽を得るために少女をさらってくる。年に一度は俺がやられた儀式のために、最悪の人生を送らせることになると分かっていてストリートチルドレンをかき集めるなど、まさに自分を殺してやりたかった。だが、自殺すら禁じられて居る俺にはどうしようもない。あの肉の塊に遊ばれていたかつてのボスはいつの間にか何処かへ消えており…それに気づいたとき俺はすべてを諦めた。それまでは努力をしていたのだ。自分が枷から外れるために、彼女をあの檻から助け出すために。一番手っ取り早いのは念の訓練だろう。左腕とくそったれな生活を対価に受け取った力だ。奴に対抗するためにはこれしかない。だが、ここでも運命は残酷だった。俺にはまったく才能が無かったのだ。それはそうだろう、本来であればあの選別で死ぬはずだった。だが、原作を知っていたというだけで、ぎりぎり生き残ることが出来た程度なのだ。そして俺は操作系で、まったく戦闘に使えなかった。だた、そのときはまだ燃えていたのだ。自分が枷から外れるために、彼女をあの檻から助け出すために。必死になって考えた、奴の能力は人を操るものだ。ならば、俺も対抗するためにはそういった系統にしなければならないだろう。だが、俺は人一人を操ることができるだけの念能力の才能などありはしなかった。俺が出来たことは精々、多少感情の波を操る程度。だか、それでも俺は諦めなかった。そして一つの結論にたどり着く。念の才能がないのなら、念じゃない技術を使えばいいと。そして俺は催眠術に出会ったのだ。俺は必死に心理学を勉強し、巷にいる催眠術師とやらに会いに行き技術を盗んだ。まともな弟子入りはマフィアの一員という身分では到底許されない。学ぶだけでも多大な苦労をした。だが、今まで生きてきたことに比べればなんでもない。肉の塊のくそったれな命令をこなす合間に必死になって勉強し、捕虜の尋問という名目で成果を試し、着実に実力を上げていった。…だが、すべては間に合わなかった。彼女はもはやどこに行ったかさえ俺にはつかめず。俺が努力する気概は打ち砕かれた。だが、俺の念と催眠術を使った尋問は確実に成果を上げており組の中でも一目おかれるようになっていた。その結果俺は、そういった仕事を中心にするようになる。すべてはもう手遅れなのに、催眠術の腕前だけ上がっていく自分が憎かった。□□□□□□□□□□□□□□□□俺の念能力、「小人の祝砲(ホビット・クラッカー)」は操作系の能力だ。自分が発した音を聞いたものに若干の感情操作を加えるだけの能力だ。乗せられる感情は最も基本といわれる緊張、弛緩、快、不快の四つだけ。一音だけではたいした操作は出来ず、感情が極度に振れている相手に逆の感情を押し付けることも出来ない。また、念能力者相手では効果は落ちるし、操作していると気づかれただけで効果は無くなる。本当にどうしようもない些細な能力だ。だが、これが俺の生命線でもある。この能力から派生する2つの能力を使って催眠術をかけるのだから。その一つが「小人の囁き(ファリーテール)」自分が発する声に弛緩や快の感情操作を載せることで相手に敵意をもたれ難くなる。もう一つが「小人の打楽器(ポビット・パーカッション)」一定間隔の連続した音に細かく緊張と弛緩の効果を乗せることで相手の思考を鈍化、単純化させることが出来る。これの二つを使って催眠誘導を行うのだ。反抗を諦め、唯々諾々と命令に従う日々に心が磨耗するばかりの時が過ぎていたころ、一つの事件が起こった。其れは組織にとっては良くあることで、だが俺に与えた影響は大きかった。うちの組織は営利誘拐を大きなしのぎの一つにしている。誘拐というのはある意味信用が必要で、身代金を払っても人が帰ってこないようでは誰も払わなくなってしまう。だから、金を払った相手にはちゃんと人質を帰さないといけないのだ。だが、金を用意することが出来なかった場合は、人質は凄惨な目にあうことになる。なぜなら、金を払わない場合はこうなってしまうぞという見せしめもかねるのだ。だが、そういう場合には早々ならない。誘拐はリスクが高いのだ。ちゃんと払ってくれそうな家庭をあらかじめ調査してからやるものなのだから。そのときさらされて来たのは30を過ぎたであろう女性だった。これは珍しいことだった。誘拐とは圧倒的に子供が多いからだ。そのほうが親が金を払うし、抵抗されることも少ない。そして、案の定女性の家族は彼女を見捨てた。その後、彼女が辿った道は口にするのも憚られる。結論だけ言うならば、ぼろ雑巾のようになった彼女は彼女の家の前に捨てられた。其れは組織ではそう珍しくないことだ。年増に興味はないといつもなら真っ先に食いついてくるあの肉の塊が興味を示さず部下たちの主導で行われたことを除けば。そう、それは俺の目の前で為されたのだ。そして…、彼女は前世で愛した妻に似ていた。俺は其れを止めたかった。だが、命令に服従せねばならないこの身では其れはかなわなかった。俺はまた絶望を感じた。我ながら底にいたと思っていたのだが、まだ掘る余地が有ったことに驚く。そして、前世を意識した俺はあの肉の塊に弄ばれる少女たちに娘を重ねてしまったのだ。そして、すべてを諦めていた俺は改めてあの肉の塊を滅ぼすことを決意する。いや、諦め切れていなかったのだろう、前世に培った道徳観が俺を常に苛んでいたのだから。だが、自分では奴に反抗することは出来ない。この身はあの能力に囚われた哀れな人形でしかないのだから。だから俺は考えた。いかにして奴を葬るかを。そして結論を出す。自分が出来ないなら他の人にやって貰えばいいのだということを。