俺の人生は振り返ってみれば悪くないものだっただろう。仕事は小さい会社の事務員で、さして給料がいい訳でもない。でも、幸せではあった。昔から口下手で、学校ではよくいじめられたものだ。理由なんかは覚えていない。多分なんでも良かったのだろう。そのころはあまりに辛く自殺を考えたものの、親のことや死ぬことへの恐怖で実行すら出来なかった。そのまま学校を卒業し、惰性のまま大学へ行き、そこをギリギリだが卒業することが出来た俺は何とか今の仕事に滑り込んだ。単調な日々に俺は暇を持てあまし、学生時代から好きだったゲームや、漫画にいっそうのめり込んだ。そんな俺は会社の同僚との会話も合わず、若干浮いた存在だったが、何とか折り合いをつけて日々をすごしていた。そんな生活が10年も過ぎた頃だろうか?あまりに、女っけのない俺に両親が見合いの話を持ってきた。正直、知らない女性と話をするなんての高等技能を持ち合わせてない俺は非常に恐ろしい提案だったが、これを逃せば後はないと自分でも分かっていた。一念発起してその話を受け、見合いの席についた俺の挙動不振っぷりは並ではなかっただろう。後から聞けば、隣で座っていた両親もこれじゃあ無理だと思ってたらしい。でも、相手方の女性は何が気に入ってくれたのか、はたまた向こうも後がないと思っていたのか所謂"結婚を前提に…"という話になり、その日は親と一緒に赤飯をかきこんで食べたのは今も忘れられない。特に母親なんてマジ泣きしてたからな。相手の女性も、そりゃ器量よしとはいえなかったけれど気立てが良くて一緒に居て楽しかった。そのまま俺たちは問題なく結婚式をあげ入籍した。そこでまた母親は号泣していた。そのとき俺は34歳だった。その後一年たって念願の子供が生まれ、それは目に入れても痛くないぐらいのかわいい女の子だった。そして、今日、娘が4歳の誕生日を迎える。もう立派に立ち上がって動き回りいろんなことに興味を持って妻を振り回している。休みの日にそんな娘の姿を見るのが次の一週間をがんばるための特効薬だった。今、俺は、バースディケーキとプレゼントを包んだ袋を持って家に帰る途中だ。これを娘に見せたらきっと満面の笑みを浮かべてくれることだろう。それを見るためなら、自分の小遣いが多少減るなどたいしたことではないと感じる。そう、俺は確かに辛いこともあったが今はとても幸せだと思えるのだ。「くそ、どいつもこいつも平和そうな顔しやがって! 俺の不幸を思い知りやがれ!!」不意に、後ろから声が聞こえたと思うと俺の腹には、なぜか包丁が生えていた。その後、まさに熱いとも痛いとも分からない感覚が腹を中心に全身に走る。俺は持っていたケーキとプレゼントの包みを取り落とし。後ろから来た男はそれを踏みつけて走っていった。俺はその場に倒れこみ、昼のコーヒー代をためて買ったケーキとプレゼントに手を伸ばす。きっとこれを渡せば娘は笑ってくれるのだ。だが、いつの間にか降り始めた雨が道を濡らす中、腹を中心に力が抜けていく。俺の手は、届かない。そのまま意識が途絶える間際に思ったことは、娘の花嫁姿が見れない悔しさだった。そのとき… 1.男は突如として助かる方法を思いつく。 2.誰かが助けに来てくれる。 3.助からない。現実は非情である。