朝日が昇り、目が覚めた私は、起き抜けに鏡を見てやはり顔がひどいことになっているのを確認する。これは、念入りに顔を洗わないと戻らないだろう。そう思った私は洗面所への廊下を歩く。だけど、前回のときと違って気分自体はすっきりしていた。これなら、両親やルルに心配をかけることも無いだろう。その後、学校へと向かう車の中で今後のことを話しあう。「さあ、とうとう残るはボスだけになりましたね!」「…ええ、そうね。そいつを倒せば終わるわね。」「?なにか他にあるんですか?」「まあ、ちょっとね。とりあえず今はボスを倒すことを考えましょう。」「はい!引きこもってる部屋から出せって熊男さんが言ってましたけど…」「そうね、楽に倒せるならそれに越したことは無いわ。 手下が3人とも倒されたんですもの、ボスってやつもだいぶ焦っているでしょうね。」「でも、引きこもってるって食事とかどうしてるんでしょうね?」「誰か運んできてる人が居るんでしょうね。流石に部屋の中で自給自足は無理があるわ。」「なら、その人たちを順々に捕まえていけばそのうちボスってひとが出てくるんじゃないでしょうか?」「そうね…、それが一番かしら…? いえ、ダメね、そんな状況になったら、一緒に部屋に居るっていう子達がどんな目に合わされるか分かったものじゃないわ。 最悪、カニバリズムに走ることも…」「え、蟹がどうかしたんです?」「貴女は知らなくて良いことよ。取りあえず、中で囚われている子達を最優先で作戦を考えましょう。」「うーん、そう考えるといい方法って思いつかないですね…。 ヒルダさん、何か思い浮かびます…?」「流石に私も条件が厳しすぎて直ぐには思いつかないわね…。」とりあえず、私たちは各自作戦を考えることにして、私は学校へ、ヒルダさんはアジトに監視に向かった。ヒルダさんがアジトで答えを見つけて来てくれるかもしれないけど、私も精一杯考えよう。学校で作戦を考えてうなってると見かねたルルが話しかけてきた。「どうしたのアン。そんなに唸って、お通じでも来ないの?」「な!違うよ!ちょっと考え事してただけだよ!」「ふーん、で、どんなこと考えてたのよ?」「えっとね、あの、私ことじゃなくて例えばの話なんだけどね。 銀行強盗が人質を連れて立てこもった時に、人質が危なくないように犯人を外に出すにはどうすればいいと思う?」「…なにそれ…、あんた一体どんな状況に居るのよ…。」「ち、違うよ、私のことじゃないって言ったじゃない!例えばよ、例えば!」「私がそんな嘘にだまされるほど馬鹿だと思われてたなんて心外だわ…。 まぁ、最近付き合い悪いし、何やってるか知らないけど、そのせいなんでしょうね。 しょうがないから、ごまかされてあげるわ。 そうねぇ…、その銀行は警官に囲まれたりしてるの?」「んー、囲まれてるかもしれないな。って感じかな?」「なら、何か餌で釣るのが一番じゃない?つれる餌を準備できるかが問題だけどね。」「餌かぁ…、他には何かある?」「なぞなぞ的な答えで良いなら、銀行を壊すとか? 建物が無くなれば相手が動いてなくてもそこは外でしょう? でも、これだと人質が危ないかもね。」「なるほどー、建物を壊すってのはいけそうかも!ヒルダさんに相談してみよう!」「で、それは例えばの話なのよね?」「そ、そうだよ!当たり前じゃない!」その日、私はニヤニヤ笑いながら追求してくるルルから必死に逃げる羽目になったのだった。家に帰った私は、すでに監視からもどって居たヒルダさんに建物を壊すことを提案してみる。「てことで、建物を壊したら外に居るのと変わらないんじゃないかって思うんだけど…」「悪くない案ね。ただ、敵としてもそれに対する警戒をしてないはずが無いってことがネックねぇ。 少なくとも、今日見た限りでは部屋の壁は念で強化されてたわよ。 もっとも貴女の馬鹿力なら関係ないかもしれないけど。」「私が壁を壊して、ヒルダさんがその穴から鞭を使って女の子を救出ってどうです?」「そうね、それが一番確実そうね。 そうそう、ついでにあんたは、壁を壊した後は念をこめたものでも敵に投げつけておきなさい。 その隙に私が救助するわ。」「はい!分かりました!」「それで、監視してきた結果だけど、多分囚われてる女の子は5人で、その子達が食材を定期的に運び込んでいるみたい。 だから、2人ぐらい外に出た子を捕まえてから作戦を決行しましょう。残り3人ならボスとやらも変なことはしないでしょうし。 3人ぐらいなら直ぐに助け出せるわ。 1人捕まえて、もう1人が出てきたところで作戦決行よ。」「あの…、もし私の攻撃で壁が壊せなかったらどうしましょう?」「ダメよ、そんなこと考えちゃ。そういう気持ちは念の効果に影響するんだって教えたでしょ? 私の見立てでは大丈夫だと思うわよ。 そもそも、いくら制約をつけているとは言っても所詮は操作系、強化系の王道を行く貴方の攻撃で壊せなくなるほど壁を強化できるわけがないわ。 タダでさえ、いろいろな能力を持ってるみたいだし、そんなところに回してるメモリーも少ないでしょうしね。 弱気になっちゃダメよ。わかった?」「はい!私がんばります!」「次の補給がいつなのかは分からないから、取りあえず1人目の子を捕まえたらあなたに連絡するわ。 場所は明日一緒に来て確認しなさい。連絡したら直ぐ来るのよ? 連絡が来るまでは休んで英気を養っておきなさい。」ヒルダさんはそういって話をまとめると私たちは眠りについたのだった。次の日の放課後に2人でボスのアジトへと行き場所を確認した後、ヒルダさんはそのまま監視作業に入った。最長で一週間ぐらいここで見張ることも考えているといっていたけど、ヒルダさんは大丈夫なのだろうか?その姿をみて、前に言っていた一番必要なのは忍耐力だという言葉を思い出したのだった。ヒルダさんが見張っている間、私は普通に生活を送って居た。なんだか申し訳ない気分になるのだけど、私の下手糞な絶では監視するのは無理だと、ヒルダさんに切って捨てられたのでどうしようもない。たまに、物資をもって応援に行くぐらいしか出来ない自分が歯がゆい。でも、もう、私を探している人が町に居るわけでもなく安心してすごせるのはすばらしい。昨日も久しぶりにルルとショッピングに行くことが出来た。最近は殺伐としたことが多かったのでいつもどおりに過ごす放課後に危うく涙腺が緩みそうになったが、涙を見せるとルルに心配をかけてしまうだろう。何とか我慢できた私を自分で褒めて上げたいと思う。そんな日常の学校での授業中。不意に携帯電話が鳴る。当然、マナーモードにしているので周りに気づかれては居ないが…。電話の相手は果たしてヒルダさんだった。とうとう作戦決行のときが来たのだ。私は前の黒板になんだかよく分からない暗号を書いていた教師に向かって手を上げて宣言する。「先生!体調が悪いので早退します!」「あ?ああ、しかしヴァートリーとてもそうは見えないが…。」「急用なのです!それでは!」私は先生の返答も聞かずに教室を飛び出す。そのまま走って校舎の外に出て、大通りでタクシーを拾った。タクシーの運転手は、こんな昼間に制服で堂々とサボっている私に怪訝な顔をしていたが、詮索はしてこなかった。私の制服は有名私立なので後から何か問題があるかもしれないが、今はそれどころでないのでしょうがない。そのまま、目的地のアジト付近で下ろしてもらって、ヒルダさんが監視に使っている部屋に急いで向かう。ヒルダさんはすでに戻ってきて監視を続けており、部屋においてあったベッドには私と同じぐらい歳の綺麗な子が意識を失って倒れていた。「ああ、ヴィヴィ来たのね。この子が戻らないのを不審に思って後1人くらい出てくるでしょう。 そうなったら作戦決行ね。」「あの…、この子大丈夫なんですか?」「ん、気絶してるだけよ。 操作系能力に囚われてるみたいだから、起きてると何をするか分かんないからね。寝ていてもらうのが一番早いのよ。 ま、幸いにして肉体的に無茶なことはされてない様ね。他の4人もそうだと良いんだけど…」「無茶なこと…ですか?」「まぁ…、知らないならそれに越したことはないような知識よ、気にしないで。」「はぁ…、あ、女の子が出てきましたね。」「あら、そう?」そういってヒルダさんは双眼鏡を覗き込む。「よし、私はあの子を確保しにいってくるわ。ここに戻ってきたら2人でアジトに向かうわよ。 貴女は投げるのにちょうどよさげなものを探しておきなさい。」「はーい。」私が周りでちょうどいい大きさの石を探しているうちにヒルダさんは気絶した女の子を担いで戻ってきた。ヒルダさんはそのまま部屋に戻り、女の子を部屋に置いて再び外に出てきた。「さて、それじゃ行きましょうか。準備はいい?」「ばっちりです!」私はポケットに入れた石にオーラを込めながら答える。こうやっておけば壁を壊した後直ぐ投げることが出来るだろう。アジトの外壁部分にたどり着いた私たちは破壊するポイントにつく。「ここなら壊した後に、部屋の中を見渡せるでしょうし、どこに居ても私の鞭が届くわ。 それじゃ、ヴィヴィやって頂戴。」「はい、分かりました。」確かに、見てみると壁にはオーラがこもっておりなんだか頑丈そうになっているが、私が殴って壊れないほど硬いとは思えない。なにせ、オーラを込める時間はたっぷり有るし、敵の反撃も考えなくてもいい。まさに威力だけを考えて殴ればいいのだから。私は腰を落としてゆっくりと呼吸を整える。徐々に堅状態にある私の周りのオーラは力を増して行き、自分が出せる最高のオーラを搾り出す。そしてそのオーラを右拳に集め、左手を前に出して右腕を引く。「破!!」短く息を切って声を出し、体のリミッターを緩めて全力以上の力を出す。左腕をすばやく引き、その動きを生み出した腰の回転を余さず右腕に伝えて、拳を突き出す。その拳は壁へと突き刺さり、爆音と共に大穴が開いた。私は一瞬だけ残心を取ると、ポケットに入れてある石を握る。そのまま、私は部屋の中に視線を飛ばし、部屋の真ん中にある巨大なベッドの上で醜悪な肉の塊が少女に覆いかぶさっているのが見えた。私は思考する間もなくその肉の塊に向かって持っていた石を投げつけた。弾丸もかくやという速度で飛んでいったその石は、ひとりでに動いたベッドのせいで避けられる。でも、その隙にヒルダさんの鞭は下に居た少女に巻きつき、こちらへと引き寄せているところだった。誤って当ててしまう心配がなくなった私は次々にポケットから石を取り出し、オーラを込めて投げ続ける。やがて、石がなくなり、自分が壊した壁の破片にオーラを込めて投げはじめる。投げた石は浮いたベッドに避けられ、勝手に動くクローゼットや机に射線を遮られて肉の塊まで届かない。もっとちゃんとオーラを込めればあの程度貫通できそうだけど、今は威力よりも手数を重視すべき。私はがむしゃらに投げ続ける。しかし、私は部屋の角においてあった銃器類がひとりでに浮き上がってこちらに狙いをつけているのに気づく。「ヒルダさん!鉄砲がこっちを狙ってます!」「もうちょっとで全員連れ出せるわ!気合で耐えなさい!」「ええっ!?」無茶なことを言われるのは日常茶飯事ではあるけれど、流石にこれはないんじゃないかな!?取りあえず、私は肉の塊に投げてた石をこちらを狙う銃器に狙いを変える。だが、何丁もあるマシンガンはとても私の一本で打ち落とせる数ではない。「ヒルダさん、無理ですって!」「大丈夫、あんたの堅なら多少の銃器なら耐えられるから! 自分を信じなさい!」「そんなこといわれたってー!?」そして、私を狙っていた銃器が火を噴いた。もはや他に方法がない私は手で顔を庇い全力で練をし、堅の硬度を上げる。その私に何発もの弾丸がぶつかった!「…あれ?あんまり痛くない…?」「だから大丈夫だって言ったでしょう! よし、最後の1人も吊り上げたわ!ここは一旦引くわよ!」助け出した少女たちはあまりの急展開に気絶しているようだった。もしくはヒルダさんが何かしたのかも知れないけど…。ヒルダさんは2人を抱え、私は残った1人を抱えてその場を離脱する。私たちが逃げる後ろを弾が地面を穿つ音が追いかけてくる。だけど、その音もやがて遠ざかり聞こえなくなった。「ふう、ここまでくれば大丈夫でしょう。とりあえず、この子達を部屋まで運ぶわよ。」「分かりました。あの…さっきの銃なんですけど、なんで私が耐えられるって思ったんですか?」「あんたの堅は普通の銃器ぐらいなら防いじゃうわよ?」「でも、あの銃は念で動いてましたし…」「そうね、でも、貴女が受けたのは部屋の外ででしょう? 部屋の中でのみ効く能力であるなら、外で受ける分にはただの弾でしかないわ。」「そうかもしれないですけど…、そうじゃなかったかもしれないですよね…?」「…まぁ、いいじゃない、無事だったんだから。」「良くないですよ!死ぬかと思ったんですから!」「そんなネガティブなこと考えてても防げてるんだからあんたの堅もたいした硬さねぇ…。」「話を逸らさないでください!」そんなやり取りをしつつ私たちはアジトを監視していた部屋に戻り、すでに確保していた2人の女の子と共に3人を寝かせた。そのうち1人はあられもない姿だったのでシーツを巻いて置いてあげた。