「近寄らないでください!それ以上近づくと舌を噛み切って死んでやるんだから!」「ふひひ、嬢ちゃん、いいこと教えてやるよ。人間、舌を噛み切ってもちゃんと死ねるとは限らないだぜ?」そこは狭い部屋だった。その部屋にあるのは、質素な寝台と一組の机と椅子のみ。それだけで部屋の半分の空間が占められてしまっている。今その部屋の中で動いているのは寝台の上にある、大小2つの影だけだ。大きい影は明らかに堅気ではない面構えをした大男であり、小さい影は見目麗しい少女だった。安っぽいランプの光を受けてさえ輝く金糸の如き髪は寝台の上に広がり乱れてなお美しく、その透き通るように深く蒼い瞳は涙を湛えて煌めいている。見るからに危機的な状況ではあるが、いまだ少女の心は折れてはいなかった。「私は人質なのでしょう!?ならば、傷つけるのは控えるべきではないのですか!?」「まぁ、確かに身代金をもらった後は返さなけりゃいけないんだが……。なに、命さえあれば問題ないだろ?」その言葉に少女は顔を青くする。これから先に訪れる事態が不可避のものであると理解したからだ。その様をみて大男は鼻息を荒くする。どうやら、そういった様子が好きな特殊嗜好の持ち主であるらしい。大男は豚のような醜い声を上げながら少女ににじり寄る。「ふひひ、なに、痛いのは最初だけだ、すぐ気持ちよくしてやるよ」「何を馬鹿なことを言っているのですか!」気丈に言い返す少女だったが、その言葉に先ほどまでの力は無かった。手を伸ばしてくる男に観念したように目をつぶる少女。ついに、その少女の服に男の手がかかり……3択-一つだけ選びなさい 1.かわいい少女は突如として逃げ出す方法を思いつく。 2.誰かが助けに来てくれる。 3.逃げられない。現実は非情である。□□□□□□□□□□□□□□□□まさに危機的状況のなか、その小さい部屋と外界をつなぐ扉が開かれた。それに気づいた少女と大男は入ってきた人間を見り、同時に体を竦ませた。少女は敵の増援が来たと思ったために、そして大男は上司である男であったために。中に入った男は寝台の上に居る少女と大男を見やり、ため息を一つついた。「またやってるのか……、相変わらずその年頃が好きなんだな……」「へ、へい。いや、アニキ、壊さないようにしますし、問題ないでしょう?」「まぁ、確かに禁止はされてない」そう言いつつ、男が大男を見る視線には多大な侮蔑がこもっていた。入ってきた男はいたって平凡な様子だった。黒目黒髪であり、中肉中背である。すくなくとも、今まで少女に迫っていた大男がその男に従っている姿は滑稽ですらあった。唯一つ特徴を挙げるなら左腕が無いことだろう。その男の身を包む服の左袖は何も入っていないのが分かるように垂れ下がっているだけだった。「禁止はされてないが、推奨もされていない。ほかに仕事があればそちらを優先するべきだな」「へ、へい、それは確かに……、しかし俺の仕事はこいつの監視のはずですが……」「そうか、それは運が悪かったな。ボスがお呼びだよ。俺が変わりに監視しとけと言われたんでな」「そうですか……」大男は明らかに名残惜しそうに少女を見る。少女はその視線に小さく悲鳴をあげ後退った。もっとも、すでに壁を背にしているので意味が無かったが。大男は入ってきた男に羨ましそうな視線を向け、脇を通って部屋の外へと出て行った。男は視線を部屋に残った少女に向ける。その視線を受け少女はまたも意味の無い後退りをする。男はその様子に舌打ちを一つすると部屋に置いてある椅子に座った。「心配するな、俺にそういう趣味はない。あと5年後だったら危なかったかもな」そう声をかけるが少女は脅えたままだ。男は少し疑問に思う。男は先も言ったとおり人畜無害な外見をしているのである。先ほどまで強面の大男に乱暴されそうになりながら言い返していた少女とはとても思えない有様ではないだろうか?少なくとも、初対面でこれほど脅えられたことははじめてであった。しばらく、男は机を指で叩きながら考えていたようだったがどうやら思いつくものが有ったらしい。男は少女に視線を向ける。コツコツコツと机を叩く音だけが部屋に響く。その視線にかすかに脅える少女だったが、しばらくして少女は一層脅えだした。男は何もしていない。ただ少女に視線を向けているだけだ。それを確認した男は顔を歪ませて笑い声を上げた。「ははは!これはとんだ逸材だな!これで念願の計画が……」男は唐突に喜色を納めると、ぶつぶつとつぶやき出す。 …制限…回避…自分にも…眠…を…やがて考えがまとまったのか、机の上に落としていた視線を少女に向け、笑顔で少女に話しかけた。「心配するな、俺はさっきまで居た奴と違って少女趣味は無い。 お前の親が身代金を払ってくれるなら身の安全を保障してやるぞ。 お前は家族に愛されているのだろう?なに、きっと払ってくれて無事に帰れるさ。 そもそも、そういったことを調査して攫ってくる奴を決めるのだからな。そう脅えなくても大丈夫だよ」男の言葉に安心したのか、少女はだいぶ落ち着いたようである。少なくとも、すでに目の中には恐怖の色は見られない。男は尚も言葉を重ねる。「俺はこの組織の中でそれなりの地位に居るからな。さっきみたいな奴が来ても追い返してやるさ。 ふむ、どうも俺が喋ってばかりだな。どうだい、君のことも教えてくれないか? なに、別に強制じゃない、気に入らなければ喋らなくても問題は……」小さい部屋の中には、少女に話かける男の声と机を叩く指の音が響いていた……