高層ビルの立ち並ぶ、欲望に彩られた街ヨークシン。
見慣れているはずの街が、雪化粧に彩られて幻想的な雰囲気を創り出すのを僕はただぼんやりと眺めていた。
普段は人で賑わっている大通りも、この大雪では出歩く人はほとんどいない。まあ、いるとすればダンボールに住む
ホー○レスの人達くらいだけれども。
彼らは彼らで、この寒さと大雪の中で凍死しない様に必死なのだろう。
そういえば、雨は透明なのに、何で雪は白いんだろうか?
冷蔵庫で氷作ると、透明な氷ができない事と同じ原理なのだろうか?
見ているだけで気が滅入ってくるヨークシンの風景を、白一色で染め上げてくれる雪に感謝しつつ、そんなことを考えていた。
「───ロルヴィル、聞いていたんだろうな?」
「ええ、聞いてましたよ。今日は水見式とか言うのをやるんですよね?」
隣を歩くカイトさんが横目で睨んでいる。もちろん、バッチリ聞いてませんでした。
思考が別の方向に行くと、大抵人の話に身が入らなくなる。
しかし、そんなことは言えないので適当に話が合いそうなことを言った。が、どうやら違ったらしい。
「‥‥‥それは昨日やっただろうが。まさかお前、自分の系統すら忘れたのか?」
とても静かで威厳のある声だった。マズイ、完璧に怒っている。しかし、憶えていないものは憶えてないし、聞いてなかったものも聞いてない。
そもそも昨日は夜に酒を飲んでベロベロに酔っぱらってしまったので、一日の記憶がスッポリとなくなっている。
「え、ええ、憶えてますとも!確か僕は特質系で、時間を止めて、なおかつその止まった時の中で動けるとかいう念能力ですよね?」
時間を十二秒くらいは止めていられるはずだ。あれ、止めるんじゃなくてスゴイスピードだっけ?
まぁ、どっちにしろ最高にハイってやつだぁ!!
「‥お前という奴は‥本当に‥‥」
怒りを通り越して、呆れているみたいだった。やれやれといった感じで左手で顔を押さえているカイトさんの仕草は何気にセクシーだと思う。
まあ、とりあえず話を聞いてなかった事とかは誤魔化せたみたいだった。
とゆーか、念能力なぞいらん!簡単、簡単とか言いながら、簡単じゃないし、修行はとても辛い。
キツイ、キケン、クサイの3k。死にたくなる、死にそうになる、死ぬの3s。その二つを念というモノは同時に満たしている。
「ところで、カイトさんは何で僕を拾ってくれたんですか?」
念の話題や思考はろくでもない方向に進むので、話を変えるよう試みる。カイトさんの怒りも無事にやり過ごした。
しかし、自分で言ったとはいえ、『拾った』はまるで犬や猫のようなものだが、表現としては適切だろう。
もっとも、あのまま路地裏で野垂れ死にするのも僕としては悪くはなかったのだが‥‥。
そういえば、マジで何で僕を拾ったんだろうか?適当に聞いた質問が、僕の中で真剣な疑問になってきた。
カイトさんは秘密主義者と言うよりも、結構謎が多い人だ。
僕は役立たずだし、穀潰しだし、働いたら負けかな、と思ってるし‥‥というか、短所しか思い浮かばない。
「何故か‥‥そうだな、お前のそのドブネズミの腐ったような目が気に入ったからと言っておくかな」
ニヒルな笑みを浮かべてカイトさんはそう言った。もし僕が女性ならば、抱かれてもいいと思ってしまうくらいキレイな微笑みなのだろうが、生憎と僕は男だ。
しかも、言うに事欠いてド、ドブネズミですよ!?しかも腐ってるんですよ!?
そりゃあ、僕はあんたみたいに強くないし、金もってないし、ヒモだったし、野垂れ死に寸前だったし、『気狂いピエロ(クレイジースロット)』みたいな凄いの持ってないし、学校まともに通ってなかったし‥
‥‥もう、やめよう。自分のことを考えると、凄く憂鬱になる。とにかく、僕はこの人にはいろんな意味で絶対に勝てない気がする。畜生。
「ハハハハ、酷い言い草ですね」
僕は作り笑いを浮かべながら和やかに話しかける。しかし、心中はお湯のように煮えたぎっている。いつか絶対に寝首を掻いてやることを心に誓った。
でも、『いつか』って、一体いつなんだろうな‥‥‥いや、今日だ!今日やるべきことは今日やるんだ!!善は急げって、偉人も言ってたし。
「カイトさん、僕、今日は何だか急に修行がしたい気分です!組み手とかしましょう!手加減してくださいね!僕はしませんから!!」
唐突に叫ぶように宣言する。実は、しましょう、とか言った時点で街中にも関わらず、自分の拳をカイトさんの顔面に全力で叩き込んでいた。
組み手というかボクシングだ。というよりも不意打ちだ。漢の風上にもおけない奴だね、僕は。
歩行中だったので、その勢いを乗せて、完璧な体重移動ができた。パンチっていうのは腰がのっているかどうかで威力が大きく違う。
雪で不安定な足場も、僕の怒りの力でなんとかした。怒りってのは凄いね、不可能を可能にする。
僕の体重がたっぷり乗った黄金の左をモロに喰らったカイトさんはその場でKOされ、僕は先祖代々からの恨みを晴らすことができた。
完
のはずだったのだが現実はそんなに甘くはなかった。
ジャストミートしたはずの僕の拳がとても痛い。あまりの痛みに僕は顔を歪め、拳を引っ込める。
いつもは無表情だが、どこか穏やかな雰囲気のカイトさんだが、今は鬼のようなオ-ラを出している。
普段のポーカーフェイスと相成ってとても怖い。
そして、表情を崩さずに右手をおもむろに上げた。
ボンッというどこか間の抜けた音。ピエロ。ああ、そういえば具現化系でしたね、カイトさん。
「え、嘘でしょ」
「ギャハハハハハ、お前、カイトを怒らせた奴は、このオレ様゛気狂いピエロ゛に殺られるんだよ!ま、短い付き合いだったが、運がなかったと思って諦めな。なあ、カイト?」
変な声が聞こえる。ドゥルルルというドラムロール。出た数字は4、四、死。
うん、死んだね、僕は。具現化された銃を見て、他人事のようにそう思った
背後に立つと攻撃してくる某暗殺者のような、感情の無い目でカイトさんが銃口を僕に向けた。
その目を見るまでは僕は心のどこかでこう思っていた。
───あの礼儀正しいカイトさんが、街中で僕を痛めつけるはずはない。人の目ってのもあるし、ここは糞マフィアの街ヨークシンだ。聡明なカイトさんなら目立つことは避けるだろう
しかし、そんな考えは霧散してしまった。痛めつけるなんていうレヴェルじゃあない。他人事のようだった死ぬという事に、ようやく実感が湧いてきた。うん、今更後悔しても遅いよね。
そういえば、初めて会った時も、こいつはヤベー!ただモノじゃねえ!強そうな匂いがプンプンするぜっ!!って感じだったしなぁ。
たしか、あの時は─────
僕は薄れ行く意識の中でぼんやりと、去年の事を思い出していた。走馬灯って奴だろうな、とか思った。
あと、寝首を掻くっていう言葉の意味をあの世でもう一度調べようと思った。でも、あの世なんて無い、絶対。