「えーっと、一通りのものは買いそろえたよね?」
「はい、そうですね。事前にリストアップしていたものはすべて購入済みか予約を済ませてあります」
「やっぱその喋りにはなれないなぁ……」
「只今は業務中ですので。早めにお馴れになることをお勧めいたします」
二人はショッピングセンターに出ているところだった。
島の消耗品を一挙に提供しているところで、ここだけはごくごく普通の商品が取りそろえられている場所なのだ。
逆にいうと、ここ以外の場所にある店はすべて念と関係あるような曰くつきの品を置いてあるため油断はならなかったりする。
観戦に立ち寄ったとある富豪の息子が本屋にあった漫画を立ち読みしようとしたら発狂したなんてことがしょっちゅうあったりと物騒だ。
そして、そんな事件があったとしても対策はぜんぜんされないというのだから恐ろしい話である。
それはさておき。
エレナがカジキの下で働くことになったため、必要となった細々としたものを買いに出かけていただけなのでデートではなかった。
「というか、僕たちの業界じゃですます口調の付き人のほうが少数派なんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね。ですが、けじめですので」
「はぁ」
彼女か遠くにいってしまったような感覚にカジキは肩を落としていた。
が、そんなカジキを見てエレナは大切にされているなーと笑みを深くしていることには気付いていなかった。
そんな帰り道。
川沿いの歩道を歩いていると向こう側からランニングしてくる少年がいた。
日本ではあまり見かけない、光輝くような生地の青い上下に緑のベストを着ている13歳くらいの子供だった。
カジキは民族衣装に対する造詣には深くなかったが、どうも地球にいた頃、テレビでモンゴルのこんな衣装を見たような覚えがあった。
「うわぁ、凄っ」
ついエレナがこぼしてしまうほど少年の"堅"は凄かった。
流石に二十歳を超えているカジキたちには及ばないものの同世代からは頭一つどころか一馬身は飛びぬけているんじゃないかという力強いオーラだった。
カジキはここ数年に念を習得したばかりだが、エレナは幼少の頃から訓練しただけにその凄さというものを実感できたのだろう。
この幽玄島では修練のため日常的に"纏"をしている人は珍しくない――というか、そういう修行をするために武芸者たちは幽玄島に集ってきている。以前は各自山籠りなどをしていたのだが、そのオーラの影響を受けた野獣たちが念を覚え、修行者たちが立ち去った後近隣住民を襲ったなんていう事件が多発していたためにこういう人工の秘境は作られることになったのだった。
そのため、二十四時間"纏"をしている人間を見かけることは珍しくはないのだが、年齢をさしておいても、これほどの"堅"をしながらランニングしていられる人というのはそうはいない。
十分に実戦レベルへ達している末恐ろしい少年だった。
――その少年が、カジキの顔を確認するなりビシっと両腕を広げる心源流の礼をしてきた。
「押忍! ご無沙汰しております。カジキさんにはあの時大変お世話になりました!! 後ほど、師匠と共にお宅に訪問させていただこうと思っていましたが、お顔を拝見いたしましたので、挨拶に寄らせていただきました! では、失礼させていただきます! 押忍ッ!!」
少年は言い終えるとまた礼をしてすったったとランニングに戻っていってしまった。
礼儀正しくも慌ただしい嵐のような子供だった。
「波瀬先生のご知り合いでしょうか?」
「いや、さ……見覚えはないんだけど…………『あの時』ってどの時だろう?」
「いえ、私に聞かれてもわかりませんが」
二人は首をかしげていたが、荷物を構えなおすと再び帰路につくのだった。
「おそらくそいつはガジリンのところの弟子だな。ルッケルといったか。先ほど連絡があってな、今晩くるそうだ」
夕食前、キサキに心当たりはないのか聞いてみると即答された。
食卓の向かい側に座っているカジキはあまりにあっけなく出てきた答えに軽く驚いた。
ちなみにエレナはときおり向けられるキサキの視線にびくつきながらも台所に立って作業をしていた。小刻みにとんとんとんと心地よく響いている。カジキは心の中だけで頑張ってくれとエールを送っていた。二人は姑と嫁みたいなそんな相性の悪さがあるので、あまり表立っては干渉したくないのだった。
「ガジリンさんって師匠の呑み仲間の? そういえば近頃は長期の護衛を受けたとかでご無沙汰でしたよね。でも、そのお弟子さんとお会いしたことあったっかな?」
「たしか一度だけあいつが飲みつぶれたとき引き取りに来たぞ。しかし、覚えていないのか?」
キサキは何故カジキが挨拶されたのか心当たりがあるようだった。
うんうんうなっている弟子の姿に思いだせないと判断したのかタネ明かしをする。
「弟子の発に悩んでいるとグチったんで、つまみを運んできたお前に私が相談にのさせたんだろうが。ああいうアイディア系はお前の得意分野だからな」
「…………ああ、そういえば個別能力についてアドバイスした記憶がうっすらと」
カジキは思いだそうとしてなぜか顔を青ざめさせた。
「その念能力を他言したら殺していいっていう許可を師匠は出していましたよね、勝手に」
「そのくらいは当然のことだろう? ――まさか、コロシアムあたりで喋っていないだろうな?」
だったら斬るぞ、と、マジすぎる声音の師匠にカジキは慌てて弁明する。
「それこそまさかですよ。第一、あの案は具現化系か操作系じゃないととくに意味はない能力じゃないですか」
「まっ、そうだな」
キサキは納得したのか隣のイスに立てかけられている刀から手を離した。
「ということだ、つまみと軽い食事になるものをプラス二名分用意しておけ、エレナ」
「はい、承りました、キサキさん」
夕食のできあがる直前という最悪のタイミングに告げられた追加注文にエレナはにっこりと笑って答えた。
その手を震わせながら。
来客はいつくるかわからないため、カジキとキサキの分だけを食卓に運ぶとエレナはさらなる調理にとりかかった。
己の分は冷めてしまうのにだ。
カジキは片手で謝罪の意思を伝えようとしたがキサキにじろっと睨まれ、断念していたり。
という、ビーフシチューがとっても美味しそうに湯気を立てているのに味がしなそうな夕食前であった。
アイジエン大陸の南にとある小さな国があった。
ベルークチェン共和国。
戦火に巻き込まれることなくほのぼのと農耕を続けている平和なところ。
この地の信仰は自然を崇めるもので、日本の八百万の神によく似ている万物に神が宿るという宗教だった。
そして、神社に御神刀を奉納するかのように、神々に武器と防具を捧げる儀式があった。
ルッケルの父親はその防具――鎧を担当していた凄腕の鍛冶職人だったという。
彼の作品は、外貨を獲得するという国の思惑のため何点かは国外に流れたが、オークションでは15億ジェニーになったほどの評価額をつけられた。それほどの神がかった腕前だったという。そして、操作系の媒体にするとずば抜けた相性を見せたらしく、念能力者の間では有名な人物だったらしい。
強盗に殺されてしまったが。
ルッケルはその一部始終を目撃してしまったという。
犯人は優れた鎧を着用するとオーラが増えるという能力者だったらしく、奉納されるはずだった最高傑作を奪うと、試し切り? にとルッケルの父親を殺し、室内に置かれていた鎧をことごとく破壊していったらしいのだ。どんなに質のいい防具だろうと念能力者の前には紙くず同然――ルッケルは己の誇りだった父の作品が鉄くずになっていくのを見せつけられという。
そして。
その犯人を捕えたのはガジリンで、犯人の攻撃によってオーラを目覚めていたルッケルを弟子に引き取ることになった。
ルッケルは念能力者の恐怖を知っているからこそ護身術として一心不乱に修行にのめり込んでいく。
だが、彼にはある克服できないトラウマがあった。
とにかく安全が確保されていないと安眠できなかったのだ。
最初のうちは、師匠のガジリンがそばにいないと悪夢にうなされ跳ね起きる有様だったという。
なのだったが、修行が進んでいき、"纏"をできるようになったらそのオーラに包まれている感覚には安心できたのか、"纏"をできている間は安眠できるようになったというから驚きである。さらにはもっと力強いほうが安心できると"絶"を飛ばして"堅"を覚えてしまったという、理由はどうあれ、天才ぶりを見せつけることになる。
そのあとは改めて"絶"を習得するなど順調に成長していったのだが――己の系統を知ったときに問題が現れる。
具現化系だったのだ。
いや、それだったらなんの問題にもならない。
多少バランスは欠けているが、特殊能力を持った武具を作成できる具現化系は強力無比なものが多いのだから。
ルッケルも己の系統に不満を覚えることなく、防御力に長けているものに具現化しようとしたそうだ。そのほうが安心できるという理由で。
「きっとそれまでのあいつだったら鎧を具現化にまっしぐらだったんだろうがな……その事件によって、ありえなくなってしまったんだ」
ガジリンさんはそう語っていた。
で、まずそうに酒を飲むなと師匠に殴られていた。
当然、ルッケルが最初に思い浮かべたのは父親の作ってきた鎧だった。
家の倉庫に残されていた鎧を持ってきてイメージ修行をしようとしたときに問題は発覚する。
砂の城を崩すかのように父の作品が壊されていく光景がルッケルの瞼の裏にフラッシュバックしたのだった。
相談を受けたガジリンは鎧を題材にするのは止めるように命じた。
このままの状態で個別能力を完成させることは良くないと判断したのだった。
武芸者をやっていれば、実戦時、とくに格上の実力者と戦うことになったとき過去の恐怖が蘇ることはよくあることである。
その恐怖をぬぐい去れるのは日ごろの鍛錬のみだ。
なのに、その鍛錬の象徴たる念能力がトラウマの核だったとすると笑えない情況になってしまう。
そのまま心がへし折られてしまうことが危惧された。
これにはカジキやキサキも同意見だった。
念能力というのは極めてデリケートな一面を持っているのだ。
いつかはトラウマを乗り越えるべきなのだろうが、今はまだその段階ではない。そう判断をくだした。
しかしそうなると具現化するものがなくなってしまったのだ。
防御力を重視するのなら防具というのが一番いい。
とはいえ、単純にじゃあ盾でというわけにはいかなかったのだ。
幼少の頃から無邪気に父の鎧は世界一と思ってきたルッケルである。
父の作品が砕かれるならそこらの盾なんてと考えてしまうのはどうしようもなかった。
かといって防御とは関係ない品を具現化することもできなかった。
当然ながら具現化するには多量のオーラが必要になってくる。ということは、"堅"に回せるオーラが減るということである。
これはルッケルが安眠できなくなるくらい精神的不安定になることを意味するのだった。
――どう指導すればいいのか困りに困ったガジリンさんは酒飲み仲間の師匠に相談しにいき、つまみを運びに行ったカジキへバトンタッチされた。それが三年前にあった出来事である。
完全にどういう流れだったのか思いだしたカジキは独りごちた。
「ああいうはきはき挨拶できるような子じゃなかったような気がするけどなー」
「両親を殺されて、PTSDを抱えている状態だったからな。そんなときに武術を叩き込まれるなど洗脳されるに等しいぞ」
「洗脳って……いいのかな?」
「洗脳にもいいのとダメなのがある。本人にとっても周りにとってもいい結果になるなら止める理由はない」
キサキは日本でこんなこと言ったら大問題になるであろう台詞を断言した。
このあたりは国の違いによる認識の差というやつなのだろうか。
まあ、カジキもガジリンがほんとうに弟子思いのいい人だということがわかっているのでそれ以上は問題視しようとしなかった。
そう会話しているときにそそっとエレナがやってきて告げた。
「つまみのご用意が完了いたしました」
「ん、そうか、御苦労」
見向きもせずに告げられる形だけの労りにエレナの拳が力いっぱい握りしめられる。
まぁそんなこんなもあったところで。
「おーい、キサキぃー。来たぞ、俺だ、開けてくれー!」
「師匠、まずはインターフォンを鳴らしましょう」
来客は訪れたようだった。
【2を読むまでに、あなただったらルッケルにどういう念能力を勧めるのか考えてみてくださいな♪】