「おらぁ、派手に吹っ飛びな!あーっはっはっはっ!」
村人と野盗が逃げ惑う中、一人の女を中心とした炎の渦が、村を灰燼に帰さしめていく。
「はぁ…炎はいいねぇ。全てを包み、それが何であったかもわからなくしてしまう…。」
地獄絵図と化した風景の中、女の笑い声が木霊していた。
それから2時間ほど後のこと。魔女もかくやと言わんばかりの態を呈していた女は、先程とはうってかわってしょんぼりとした様子で、うつむき愚痴をこぼしていた。
「はぁ。やっぱりここでも上手くいかない。あたし、やっぱり、ダメなのかなぁ。」
杖を抱えた、派手な格好の女が、焦土と化した地面を歩いて行く。
「ここでなら、クイーンズブレイドの聖地にまで来れば、何かが変わると思ってたのに。」
とぼとぼと歩くその表情は、派手な格好とはあまりにも不釣合いである。
「また、やりすぎちゃった。子供達からまで石を投げられちゃった。「家を返せ!」って。どうして手加減ができないのかなぁ。」
彼女の名はニクス。元々ヴァンス伯の屋敷で下働きをしていた下女だった。料理以外に才能もなく、気弱な性格も災いして貧困にあえぎ、職場では苛められて暮らしていた。
が、ひょんなことから禁忌の秘宝である杖、フニクラと出会い、フニクラの力によって「炎の使い手」となり、自らの手で世の中をよくするためにクイーンズブレイドにも参加した。
だが、思うようにはいかなかった。村を襲う野盗たちから村を守ろうとすれば村ごと焼いてしまい、商隊の護衛をすれば、商品をダメにしてしまう。
いつも最後は石もて追われる羽目になってしまうのである。
やりすぎてしまう原因は、フニクラがニクスの意思に介入し、破壊的な、刹那的な衝動を無理やり促すからなのであるが、ニクスはそれを重々わかっていながらフニクラに逆らえない。
その他にも、ニクスが何か失敗したらフニクラはニクスを嬲る。気に入らなければ嬲る。何もしていなくても気分で嬲る。恐怖政治が成立しているのだ。
それでもニクスはフニクラから離れられない。フニクラを失ったら、また惨めな何もないただのニクスになってしまうから。そしてまた今も、杖から触手が伸び、女を打ち据える。
「ひっ!も、申し訳ありません、フニクラさま。ち、ちゃんとやります。だから、だから折檻しないで下さい。お願いします……。」
ニクスが自分の本当の運命に出会うのは、その数日後であった。
その日。彼女は糊口をしのぐべく、帝都のバザールで食べ物を売っていた。
「あ、あの~、パン、みたいなもの、買っていただけませんか、美味しいですよ~。」
派手な服の上にぼろいマントを羽織ったおかしな格好の気弱そうな女が蚊の鳴くような声で怪しげなものを売っているのである。売れるわけがなかった。
「う、うぅ……ちっとも売れない。そりゃ草の根から作ったものだけど、見た目悪いけど、美味しいのに……」
そんな彼女に声をかける男がいた。
「へえ。珍しいもの売ってるな。一つもらえる?」
「へっ?えっ?あ、はい!」
慌てて商品を差し出し、男から代金を受け取る。とても恐る恐るとした仕草で。
「んー、なかなか美味いな。栄養価も高い。まとめて貰えないか?」
「えっ!い、いいんですか!その、これ、元の材料は木の芽とか草の根とか、芽が出て捨てられてたジャガイモとか、そんなので、その、」
「あー、別にそんなことは気にしないよ。短期間に栄養補給をこなせる食い物が欲しい職業でね。何で出来てるかとかは栄養があって美味ければ別にいいんだ。
それにしてもこれはいいな。できればレシピとか売ってくれないか?あ、それは企業秘密かな?あれ?どうした?ま、まいったなぁ。」
ニクスは、泣いていた。男の言葉は全部理解できなかったが、かつて誰からも「貧相だ」「まがい物だ」と言われ続けていた自分の作ったものを美味しいといって食べてくれた。
何で出来ていても、それを食べ物として「よいもの」だと評価してくれた。
それだけで、充分だった。彼女の心を満たしてくれる言葉を本当に十何年ぶりに聞くことが出来たのだ。
「……えーと。」
泣かせてしまったので居心地が悪くなってしまい、とりあえず彼女に売り物の料金分の金を握らせ、商品をまとめて袋に入れ、彼女の持ち物らしい杖を持って彼女を連れてその場を離れた。
人目がないところまで連れて行き、涙を拭ってあげ、ついでに汚れた顔を拭いてやるまで気付かなかったが、かなりの美人だった。
よほどのスタイルでなければきれいに着こなせないようなドレスを纏い、長手袋をして、黒いガーターで止めたハイソックスという、これから夜会にでも出るような格好だ。
うちの連中の人間離れしたスタイルにはほんの少し届かないが、ナナエルよりもボンッキュッボンである。
また、その格好が激しく似合っていた。化粧を全くしていないのに目鼻立ちはくっきりしていて、整った顔立ちをしている。正直、どこのお嬢様かと思った。
「うう、すいません。お恥ずかしいところを見せてしまって。」
「いや。かまわないよ。」
しゅん、しゅん、と鼻水を啜り上げる彼女の背中をさすってやった。
「私って、なにをやってもダメなんです。いつもいつも失敗ばかり。世のため人のため、役に立ちたいのに、迷惑ばかりかけてしまって、逃げ出す羽目になっちゃうんです。」
泣きやんでもらうために、とりあえず慰めてみる。
「いや、まあ、そんなに自分を卑下することもないんじゃないか?ほら、こうやって、料理の才能とかはあるんだし。こういうことを役立てていけばいいんじゃないかな?」
俺が女王になったら雇ってあげるよ―とは言えない。この間の襲撃もあったし、男の姿で歩くことにしているから、男がクイーンズブレイドの美闘士だなんて名乗れないのだ。
「あ、ありがとうございます。すごく、すごく勇気が出ました。あたしのできることをわかってくれる人もいるんだって。また、頑張ってみようと思います。」
元気になったようだ。
「そうか。それじゃあ、俺はこれで。」
立ち去ろうとすると、
「あ、レシピを教えて欲しいんでしたね。全部憶えているので、書くものをいただけたら、」
「ど、どうしたの?」
また泣き始めた。
「うう、わ、わたし、まともな教育も受けられなくて、そんな難しい字の読み書きなんて出来ないことを思い出して、うう…」
まいったなァ。
「メローナ!さん!い、一体何をしているのです!」
へっ?
振り返ると、トモエが居た。
「ま、また何も知らない女性をその毒牙にかけようとしているのですね!」
「ち、違うんです。この人はそんな悪い人じゃあ、」
彼女が俺の弁護をしてくれようとすると、
「あなたは騙されているんです!こ、この男、こんな虫も殺さぬような顔をして、女性を見るとすぐに」
「あー、女性に手が早いのは同意だが、まあそんなに悪いやつじゃないぜ?よっ。久しぶりだな、トモエ。」
「リスティさん!」
「こんな所で出会うたあ、偶然だね。こないだのプレオーダーは世話になったねえ。あれからあたしもまた強くなったぜ。またいっちょ、やるかい?」
リスティも来ていた。トモエに向かい歯を剥いて、ぎらり、と目を光らせる。そういえば以前プレオーダーで負けたといっていたな。
「勝負とあらばお受けしますが、また今度も私の勝ちですよ、リスティさん。」
二人の間には火花も散っているが、以前剣を交えた仲だからか、わりと親しげな空気でもある。俺とも剣を交えたんだが、そのあと強引に体も交えたから果てしなく空気が悪い。
「んで、そこのはどちらさんだい?」
「そこのバザールでこれを売ってた物売りの人だよ。リスティも食うか?美味いぜ。」
一つ掴んで手渡す。
「どれどれっと…はむ、ふん、ああ、なかなか美味いじゃないか。」
「ほら、トモエも。」
「えっと……あら、なかなか美味しいですわね。って、そうじゃありません!メローナ!さん!ここで会ったが百年目です!
あのときの雪辱を晴らさせていただきます!いざ尋常に前哨戦を申し込ませていただきます!」
チィ。誤魔化されてはくれなかったか。
「メローナ、ぜんしょうせん、て何だ?」
「プレオーダーのことだよ。」
「話を聞きなさい!」
そろそろ真面目に相手してあげないと本気でキレそうである。
「あ、あんたたち、美闘士なのか?」
「ええ、その通りですが。」
?なんか急に口調が変わったような気が。
「だ、だったら遠慮はいらねえなっ!あたしはニクス!「炎の使い手」ニクスだっ!あたしは、ここ帝都ガイノスに、自分の実力を示すために来たっ!誰か、あたしの挑戦を受けろ!」
飛びずさって距離を取り、マントを脱ぎ払って杖を構える。
「「炎の使い手」ニクス…そうでしたの、あなたがあのニクス。わたくしと引き分けた近衛隊長エリナを破ったと聞き及んでおりますわ。わかりました。この前哨戦、わたしがお受けします!」
燃えてきてしまったらしいトモエが、プレオーダーを受ける。
「おい。勝手に始めちまったぜ。あたしもやりたかったってのに。」
「まあ、しょうがないから観てくか。」
俺とリスティはもう観戦モードである。
互いに水晶球を掲げ、プレオーダーが承認される。出現した審判像が、試合の開始を告げる。
「試合、開始!」
開始と同時にトモエが突っ込む。
「飛び道具主体ならば、距離を取らせぬだけのこと!」
「しゃ、しゃらくせえっ!」
飛びずさりながら、自分の腕に杖から出ている触手をまとわりつかせていく。杖を持たない左手の中に、火球が出現した。
「喰らいやがれっ!」
「はあっ!」
すかさずトモエが張った守護結界にボン、ボンと火球がぶつかる。
「や、やるじゃねえか。だがこれはどうだっ!」
右手を杖から離す。両腕に触手が巻きついているので、杖の本体は手を離しても落ちない。ニクスがフリーになった両腕を振り上げると、腕の間に巨大な火球が出現した。
「おらぁっ!」
大火球がトモエを結界を破り、さらにトモエを吹き飛ばした。
「くっ!」
飛ばされはしたが結界の分ダメージは少なかったようである。膝をつきながらも体勢を整えようとすると、追い撃ちの火球がトモエを襲う。
「はっ!ううっ!」
何球かを刀で弾くが、何発かもらってしまう。
「やりますね…ですがまだ負けたわけではありません!」
火球が止んだ隙を狙い、突進する。そのまま、刀を横に薙ぐように回り、回転のエネルギーをぶつけるような一撃を放った。
「はああっ!」
やはり火球のダメージか、動きに精彩がなく、決して身のこなしに優れているとはいえないニクスにも避けられてしまう。だが、杖に斬撃が当たった。
「ああっ!フニクラさまぁ!」
突然ニクスが叫んだ。
ニクスの杖から出ている触手が、苦しそうに蠢いたかと思うと、あろうことか今度はニクスの首に巻きつき、締め始めた。ニクスは慌てて距離を取る。触手はあちこち体もまさぐり始める。
「なっ、なんだありゃ?」
リスティがすっとんきょうな声を上げる。トモエも唖然と見ている。
「はガァ…お、お許しを、フニクラさま。」
ようやく体から触手が離れる。
「なんだ?一体あの杖は何なんだ?」
「ニクスさん。よもやあなた、物の怪に操られているのですか?」
「ぐうっ。ち、違う。これは、このフニクラさまがあたしに与えた、あたしの力だ!」
その様子を見て、トモエが杖を憎しげに睨みつけ、言い放つ。
「なるほど。そのフニクラなる杖、あなたが元凶のようですね。マサカド神社が筆頭武者巫女、トモエがあなたを討ちます!」
トモエが刀を正眼に構えると、破邪の気が周囲を占めていく。それに圧されるようにフニクラと呼ばれた杖が震える。
トモエの邪を祓う力に押されたのか、フニクラとニクスが紡ごうとしていた炎がかき消える。
「フ、フニクラさま?」
「さあ、ニクスさん。その杖を置いてそこをお退きなさい!邪を祓います!」
とたんにニクスが怯えだす。
「い、いやあ、」
「さあ、お退きなさい!」
「いや、フニクラさまを失うのはいや、元のみじめなニクスになるのは、いやぁぁぁあ!」
フニクラを構え、ニクスが突進する。トモエは一瞬怯んだ。
「そんな、どうしてです!ニクスさん、邪に魅入られては!」
「いやなのよぉ!」
触手の巻きついた手で、トモエの腹に掌打を打ち込もうとする。トモエはそれを刀の柄ではらうが、体勢が崩れてしまった。その隙を付いて、ニクスはトモエと交差しながら、走り去った。
「ニクス、逃亡により、勝者、トモエ!」
審判像がトモエの勝利を告げる。
「待ちなさい!」
相手が逃亡したことにトモエがはっと気付き、後を追おうとするが、すでにニクスの姿はどこにも見えなかった。
「くっ!あれを捨て置くわけにはいきません!メローナさん!後日必ず改めて挑ませていただきます!リスティさん、あなたにも!これにて失礼させていただきます!」
トモエは走り去っていった。
「俺たちはどうする?あれを見ちまった以上、放置はしたくないんだが。」
「考えるまでもねぇ。あたしらも探すぞ!」
鼻息荒く飛び出そうとするリスティを止める。
「まあ、待てよ。探すんなら大勢で、さらに専門家の手も借りよう。」
ユーミルはシェルダンス進出の準備で鋼鉄山へ帰っていったし、舞は沼地の魔女の件にかかりきりなので、エキドナとメナス、エキドナ派の「牙」の手を借りて探すことにしよう。
まずはエキドナたちと合流する。
「ふん。なるほどねえ。あのフニクラ、か。」
「知っているのかエキドナ?」
「ああ。かなり危険なシロモノなんだが…ニクスは、そいつに服従を強いられているらしいけど、自分の意思を残している、そうだったね?」
「ああ、泣いたりやる気を出したり、恐れたりしてたからな。」
「ニクスについて調べたが、その戦績があまりにも引き分けが多いんでノーチェックだったよ。勝利に行き着かないのはフニクラのせいだね。ニクスが勝利の快感を得ようとすると邪魔をするんだろ。」
「負けそうになっても折檻してたな。戦いよりも、自分の気分優先みたいだった。」
「服従させた相手に自由を与えず、苦痛を与え抜いて、同時に自分に依存させて心を壊す。まるっきりサディストの手口さ。
あいつはそうやって生きてきたんだ。自分こそ相手に依存する寄生虫に過ぎないってのに。」
忌々しげに告げる。
「けっ。共に歩む持ち主をそんな歪んだ形で束縛しようなんざ、リビングウェポンの風上にも置けねえぜ。」
「私はセトラがお友達でよかったですわ~。」
「よせやい、照れるぜ。」
こっちはほんとに仲がいいな。メナスとセトラのような関係のほうが珍しいのだろうけど。
「けど、ニクスはまだ自分の夢を語れる強さを残していた。救えるものなら救ってやりたい。それに、」
「なんだい?」
「フニクラがやられかけた時、あいつは怯えながらも前に出ることで道を開こうとした。そんな奴ならきっとまだ強くなれる。そんな奴こそ仲間になって欲しいんだ。」
俺がそういうと、エキドナは「ふうん」と、俺に向かいなんとも言えず柔らかい笑みを浮かべた。一瞬見惚れてしまったぜ。
「そうか。だったら、あいつを見つけてすることは一つだね。」
「ああ。」
ちらり。
俺たちは同時に一人の人物に目をやる。
「なんだよ?」
リスティが間抜けな声を上げた。
しゅたっ。
部屋の中に、影が降り立つ。「牙」の一人だ。
「エキドナ様。」
「聞こうか。」
「はっ。例の杖と女が見つかりました。しかし、甲魔の頭領シズカも気付いた模様。」
「だったら、急がないとね。行くよ!」
日も暮れ、すっかり夜。
帝都ガイノスを見据える山の中。そこにニクスとフニクラは居た。
「ぐっ、うぐ、ふぐぇお……おぇ、おえええ…。」
ニクスの口からフニクラの触手が引き抜かれ、地面に腕と膝をついて四つんばいになったニクスがどぼどぼと白い粘液を吐き出す。
「ゆ、許してくださいフニクラさま…もう、飲めません…えほっ、えほっ、」
苦しげに息をつくニクスの後ろから声をかける者がいた。
「はぁい、こんばんは。」
「だ、誰ですか?」
「甲魔忍軍頭領、シズカでーっす。よろしくぅ。」
「て、てめえ、美闘士かっ!」
立ち上がり、フニクラを構えようとするニクスに掌を向け、制するシズカ。
「おっと、用があるのはわたしじゃないんだなー。もうちょっと待っててくれる?それにわたし美闘士じゃないしー。……っと、あちゃー、あっちが先にもう来ちゃったか。」
「よし、間に合った!」
「やっと見つかりましたぁ~」
「の、ようだね。」
がやがやと賑やかな集団がやってきた。
気圧されながらも、ニクスは精一杯の虚勢を張り、タンカを切る。
「くっ!今日の奴らか!随分と大勢で来たじゃないか。あたしとやろうってのかよ!炎に焼かれたいのはどいつだい!」
ぼっと掌の中に炎が燃え上がる。
「ああ、あたしがあんたにプレオーダーを申し込むよ!」
リスティがずい、とメイスを向ける。
「ちくしょう、やってやろうじゃねえか!」
互いに水晶球を掲げる。
「試合、開始!」
「ワイルドスイングをくらいなッ!」
いきなり横薙ぎの一撃をぶちあててやる!
ブン!
あんにゃろ、飛びずさりやがった。避ける、逃げる身のこなしだけは一流だね。
「ぶっ、ぶっとべ!」
「おらぁ!」
弾き返してやる。おら、まだまだ来いよ!
「ふん、昼間のやつより力は強いね!だったら連発で喰らいやがれ!」
火の玉がガンガン飛んできやがる。だが関係ないね!こんな恐れ交じりの攻撃なんざ、あたしにゃ効かない!
重いメイスを置いて、盾だけを顔の前でかまえて、突っ込む!
「なっ!?こ、このこのこのっ!」
盾が壊されて、熱く硬い炎の塊が、腕に脚に腹にめり込む!
「おおおおお!」
だが止まらない!もう目の前だよ!へっ、ビビッた顔してやがる。
「おうらぁ!」「ああっ!」
どかっ!とフニクラとかいうやつを殴り飛ばす。へへ、どうする?
「フニクラさま!」
杖のところへ向かおうとするニクスの腕を掴んでやる。
「どこ行こうってんだい?」
怯えた顔になるが、杖を取るのが無理とさとったか、
「く、くそ、ちくしょう!うあああああぁぁーっ!」
残った腕で、必死に殴りかかってくる。こっからは素手ゴロかい!付き合おうじゃねえか。
「始まったな。」「始まったねえ。」
ざっ!と、音を立てて駆け寄ってきた者がいた。
「シズカさん!今、どうなっているのです!?」
「あ、トモエさま。それが、こっちのヒトたちに先に始められちゃったんですよー。」
「観ていけよ。今、いいところだぜ。」
「何を悠長なことを!早くあの化け物を覆滅しなければ!」
「いいから観なよあれを。」
「うわぁぁぁあああーーー!」
殴られても、殴られても、ニクスさんは起き上がります。整った顔が腫れ上がり、片目が目蓋にふさがれています。
戦いに高揚しているならば、戦いの最中にあのような顔になることはありません。戦いが済んで暫く経ってから、あのようになるのです。
「へっ!いい根性してんじゃねぇかッ!おら、もう一丁!」
それは、ニクスさんが今、恐怖と共に戦い続けているということ。無様でも、みっともなくても、勇気を振り絞り戦う姿を美しいと感じました。
か弱い拳で殴りかかり、むしゃぶりつくようにリスティさんの身体に取り付いて必死に噛み付き、爪を立てる。この上なく無様で美しい戦士のあり方でした。
いつしか私は、その姿に見入ってしまいました。
「あ、あたヒは……アハヒが……ほのほ、の使ひ手、ニクスらろ……」
ぼとっ、と口から歯が落ちた。一瞬遅れてニクス自体も崩れ落ちる。
「勝者、リスティ!」
「ふへ~、随分頑張りやがったな。たいした根性だぜ。」
リスティが息をつく。体中引っかき傷や噛み跡だらけだった。
「まあまあ、早く手当てしてさしあげませんと~。」
メナスが倒れたニクスを抱え、セトラに跨りバヒュンと飛んで行く。
俺たちはトモエに向き直り、告げた。
「さて、残った問題はあそこで震えてるアイツをどうするかだけど。」
「トモエ、アイツの処分も含めて、全部あたしたちに任せてくれないかい?」
「……ええ、今回の件はあなた方に全て委ねることが正しいように思われます。良きようにしてあげてください。シズカさん、帰りましょうか。」
「はーいっ♪」
立ち去りかけて、思い出したように振り向いて、
「今日のところは見逃してさしあげますが、いずれまたあなたに再戦を挑ませていただきますよ!」
と、再戦を布告して去って行った。
相変わらずきつい口調だったが、間に漂う空気は幾分穏やかになった気がした。
「さあて、貴様をどうするか。」
「あたしにいい考えがあるよ♪」
地面に散らばったニクスの歯や爪と、フニクラを回収する。
顔にかかる朝日と、朝を告げる小鳥のさえずりで目が醒めた。
昨夜は、このベッドで眠ったらしい。ベッドで眠るなんて、いつ以来だろう。
「あ、そうか……わたし、また負けちゃったんだ……。母さん……フニクラさま……フニクラさま!?」
フニクラさまがいない!どこ!どこ!フニクラさまがなければわたしはまた!
「目が覚めたみたいだね。」
がちゃ、とドアを開け、なんとも言えない服装のエルフらしい女性が話しかけてきた。どこかで見たような気がする人だ。
ひょっとして、「歴戦の傭兵」?美闘士から手を引いたと噂に聞いていたけれど。本物だとしたら、何でこんなところに?
「そこで寝てるやつと、今メシをくってるやつにお礼を言っときな。ずっと治療していてくれたんだから。」
言われて気付いた。ぶくぶくに腫れているはずの顔は普段どおりだったし、剥がれた爪や折れた歯も元通りになっている。
金髪の司祭が、ベッドに突っ伏すように寝息を立てていた。彼女が手当てをしてくれたのだろうか。
「フニクラは、あんたの手に戻してやる。でもその前にやらなきゃいけないことがあるよ。」
その言葉にほっとした。もう昔には戻りたくない。
「目を覚ましたって?」
もう一人、昨日の男の人が入ってきた。
「ああ、こいつがさっき言ってたもう一人だよ。じゃ、あとは任せたよ、メローナ。」
そう言って、エルフの女性は司祭を抱え上げて別の部屋へ行ってしまった。
「任せたって…ほとんどなにもしてねーだろ。」
「あ、あの。ありがとうございました。一晩中治療してくださってたそうで。あと、その、昨日の昼間のことも。」
「あ、いや、別にいいんだ。疲れない体質なんでね。それより、フニクラの扱いについて、きみに言っておくことがある。」
「な、なんでしょう。」
身構えてしまう。どうすればいいというのだろう。
「あいつの支配を受け入れ続けると、いつか君は心まで支配され、その心も砕かれる。」
「でも、フニクラさまがいないとわたしは、」
いやだ。そんなこと考えたくない。
「だから、君のほうがあいつを支配してしまえばいいのさ。」
「そ、そんなことができるんですか?できるとしても、わたしなんかにはきっと無理ですよ。」
できるわけない。わたしなんかに。
「いや。ニクスの根性はもう充分見せてもらった。ニクスならフニクラを支配することだってできる。あとは切欠だけだ。」
どうして、わたしなんかのことをそこまで買ってくれるんだろう。
「それとも、フニクラもクイーンズブレイドもほっぽり出すかい?それでもいいぜ?故郷に帰りづらいんなら、食い扶持くらい紹介してやる。」
全て、諦める?
「いやです!わたしは、世のため人のため、力を振るうと決めたんです!」
そんなのは、嫌だ。わたし、変わるんだ!
「だがどうする?フニクラに全てを委ね続けていたら、あいつの好い様にされるだけだぜ?かと言って、フニクラ無しじゃ君はただの小娘だ。」
「だったら、わたし、あれを、フニクラを、制して見せます!昨夜、わかりました!わたしは、フニクラなしでもやれます!フニクラを従えることだって、やってみせます!」
わたしがまくし立てると、彼はしてやったり、という顔をした。
「その言葉を待ってた。」
それから、彼は、いろいろな話をしてくれました。
自分の体。クイーンズブレイドに挑んでいること。歴戦の傭兵エキドナさんのこととエキドナさんの計画。沼地の魔女。伯爵領と女王領の均衡。アマラ王国。クイーンズゲイト。人々のため世界と別れを告げたオーウェンさん。他にもいろいろなこと、そして、
わたしの力が、役に立てるかも知れないこと。
「仲間にしてください!」
もう、迷いは無かった。
「だけど、まだ少しだけ恐いんです。この身体に刻まれたフニクラの陵辱の記憶が。」
勇気を持ってお願いした。
「フニクラに耐える力があるか、わたしの身体を試してください!」
本気を出すための栄養補給、と言って、身体に食べ物をめり込ませたメローナさんの身体から、教えていただいた通りにたくさんの触手が生えてくる。
「きゃあああ!」
触手が、わたしの服を全部脱がしてしまい、わたしは全裸になってしまう。いつもそうされるように触手が体中に巻きつき、拘束される。もう、いやぁ……
けれど、予想していた鞭打ちも締め上げも、首絞めもしてこなかった。ただわたしのからだを這いずり、乳房を優しく揉みしだき、乳首に甘美な刺激を与えてくる。
「はぁ、はぁ、あ、ああん、」
触手の一本が、わたしの股間をその先端でぬるぬるとさすり出した。
「どうだい?」
「あ、ああん、気持ち、いい、です、」
「そうか。じゃあ、お返しにこれを気持ち良くしてくれないか?」
そういって、わたしの口の前に一本の触手を近づけた。反射的にそれを咥え、奥まで入れる。フニクラに強要されるときのように、顔を前後させ、気持ちよくなっていただこうとする。
「んっ。んっ。」
「ああ、気持ちいいよ。けど、今きみがそれに歯を立てて、食いちぎったらどうなると思う?」
「?」
「そうされると、俺はとても痛い。それが触手でなく、男根だったら、出血多量で死ねるかもね。今、君は、相手を殺す権利も、気持ちよくする権利も一手に握っているのさ。快感じゃないか?」
そうか。ふふ、そうなんだ。そう思うと、自分を責めている触手が愛しくなってきた。
触手たちがわたしを持ち上げ、脚を開かせる。いつも感じていた恐怖は、無かった。ああ、次はどうしてくれるんだろう。
肛門にあてがわれる感触があった。ふふ、そこに入りたいんですね。ええ、そうしてください。そこで気持ちよくなってください。わたしも気持ちよくしてください。
ずぶり。抱え上げられた体があの人の男根の上に乗せられ、前の穴を貫かれていく。同時に、後ろにも触手が入っていく。ああ、満たされていく。
「あん、あん、あん、はぁ、き、気持いいですか、わ、わたしも気持いいです、もっとしますね、もっと、ああ、もっと、」
手足の拘束はもう解かれており、わたしはあの人の腰の上でみだらにくねり、おどり、その全てを受け入れようとする。
手を伸ばしたら掴むことが出来た触手を、愛しげに撫でさすり、舌を這わせる。ああ、震えている、気持ちいいんだ、わたしがこれをよくしているんだ。
あっ、あっ、中で震えてるのわかる、いきそうなんだ。もうすぐわたしの中にぶちまけるんだ。ふふふ、かわいくも思えてきた。
「くぅっ、はぁ、いいぞ、どう、どうだっ!?」
「はああああ!すごく!すごくいいです!わたし!とても幸せです!」
れろっ、れろれろん。はむっちゅううう。ずるずる。
「どうだ、これを、触手を従えてみようと思わないか?」
ずん、ずん、ずん、
「えっ?」
「フニクラのやつもこうして従えて、言うことを聞かせてやりたくないか?」
フニクラ、を?
「人を痛みと恐怖と力への欲望で縛ろうとするくせに、いざとなったら震えてることしか出来ないやつだぞ?勇敢な君がいつまでも下にいるような相手じゃない。」
そ、そうですね。そうかも。うふ。うふふふふふふふふ。
あ、ああ、もう、もうきちゃう、
「あ、ああ、ニクスは、もう、もういきます。」
ああ、中で一段と大きくなる。一緒に、一緒に――
「あああああああああっ!」
あは。中でドクンドクンと吐き出している。触手も、男根も、気持いいぃ。
よし、やる気になったみたいだな。んじゃ仕上げをニクス自身にやってもらおう。
いつの間にか部屋に朝食を運んできていて、俺たちの行為に見入っていたメナスに声をかける。
「メナス、フニクラを持ってきてくれないか?」
「え、えっ?あ、はい。ただ今お持ちしますわ。」
「ふふん。来たね、フニクラ。」
ニクスは全裸のままフニクラを見下ろしている。いつもと勝手が違う雰囲気に、フニクラは気圧されているようだ。
「いつもいつもあたしが必死こいて戦ってるときに、邪魔をしようってのはどういう了見だいっ!」
急に強気な口調に変わるのは以前と同じだが、もうそこには虚勢の色は無かった。
いきなりげしっと踏みつける。フニクラは足の下から逃れられず、わたわたと蠢いている。こうなると哀れだなあ。同情の余地はこれっぽっちも無いが。
「あたしの生気を貰わなくちゃ活動できない卑しい寄生虫の分際で、よくもいままであたしのカラダを好きにもてあそんでおくれだったねえっ!」
グリグリと足を回転させる。おお、苦しそうだ。
「もうこれからはそうはいかないよっ!あんたは下!あたしが上だ!わかったね!おら、返事をしろって言ってんだよ!」
触手を両手で一本ずつ掴み、力任せに左右に引っ張る。キシャアア、とフニクラの悲鳴が聞こえた。
「わかったね。わかったら早速てめえの主人にご奉仕しな。おら、何ぼさっとしてんだ。あたしがやれっていったらやるんだよ!」
うーん、薬が効きすぎたかな?
サディストとマゾヒストは表裏一体。SM調教は失敗したら立場の上下が入れ替わってしまうという。フニクラを懲らしめてやる意味も込めて、それを狙ったのだが、効果抜群すぎる。
「おーおー、早速やってるみたいだねえ。」
いつの間にかエキドナも来ていた。
「エキドナのいう通りにしたけど、これで良かったのかな?」
「いいんじゃないかい?これでもうフニクラも脅威になりえないだろ。元々小心者だし。」
「ああ、そうだよ、そこをもっと、って、ナニそこに入ろうとしてんだコラ!あたしのそこはもうメローナ様専用なんだよ!」
「……なんか雲行きが怪しくなってきてないかい?」
「……うん。俺もそんな気が。」
フニクラを絡みつかせたまま、ニクスが股間にむしゃぶりついてきた。
「はあっん、ああ、メローナ様ぁ、あなたの奴隷のニクスに、躾の悪いこの雌犬のここに、ご主人様のこれで罰を与えてください、んちゅっ、ちゅぱ、ふむんんん。」
恍惚とした表情で肉棒に頬擦りし、嘗め回す。
サディストとしても開花したが、マゾヒストとしてもより深みに嵌ってしまったようである。エキドナは「知―らないっと」とか言いながら何処かへ行ってしまった。
ああ、ああ、メローナ様!ニクスは、ニクスは一生あなたににお仕えいたします!
わたしを認めてくださって、勇気を与えてくださったご主人様!
メローナ様のためならばニクスは全ての敵をなぎ倒してみせましょう。
ですからもっと!ああ、もっとニクスを可愛がって下さい!
炎の使い手、ニクス。
クイーンズブレイド第30回大会にて、かなりの健闘を見せる。
女王メローナの忠実な僕として付き従い、女王の健康面の管理は彼女の仕事だった。
料理人としても優れ、高価な食材を使うことなく極上の料理を作ってみせるその腕こそが彼女の最高の魔術であると称された。
彼女が残したレシピのおかげで帝都市民は健康を保ち続け、流行り病で命を落とすものが激減した。
休日ともなると、聖母メルファとともに孤児達に教会で炊き出しを振舞う姿がみられ、多くの市民達から敬愛の念を寄せられた。
宮廷においても料理を一手に担っていたが、女王の身の回りの世話までこなそうとしたため、仕事を取り合ってメイドたち、主に凄腕の使い手ふたりとしばしば乱闘を繰り広げたという。
どがああん!
ニクスの対戦相手に、魔法が炸裂する。対戦相手はあとで魔法治療はされるだろうが、当分炎がトラウマになるだろうな。
「メローナ様、見てくださいましたか!ニクスはやりました!」
自信をつけたニクスは強くなった。今後のことを考えると、喜ぶべきことなのだが、不安材料も出来た。
「うふふふふふ、メローナ様、いつまでもニクスの素敵なご主人様でいてくださいね。でないと、今度はわたしが・・・。」
繰り返すがSとMとは表裏一体である。
マゾヒストを己の元でマゾたらしめることに失敗した場合、すぐさまマゾ役はサド役に転じ、主従関係は逆転してしまうだろう。先行き不安だ、激しく不安だ……。
そしてもう一つ。
「ふふ、ふふふ。やはりあの男を信じて任せたわたしが愚かでした。やはりあの男は女の敵でした。かくなる上はあの男を討ち果たして・・・。」
「ト、トモエさま、落ち着いて、落ち着いてください。」
一体何がどうなってこんなことになってしまったのか。
「自業自得じゃねーか?」
「そうですわね~。」
「あたしゃ知らないもんね。」
審判像が勝敗を告げた。周りの考えなぞ知ったことではなく、ニクスはただ愛する主人に勝利を捧げられたことを喜ぶ。
「勝者、ニクス!」
「お慕い申し上げております、メローナ様!」
ニクスのターンでした。うん、ニクスはキャラを大幅に改変するつもりだったのですが、正直やりすぎました。でもこのニクスが気に入ったのでこのまま行きます。
やはり、この掲示板を訪れる読者さんにとって決してメジャーとは言いがたい作品を扱う以上、説明がある程度必要かなと思い、拙作における「ユニコーン」が占める部分の補足を何らかの形でしなければならないと思いまして、時系列表を作り、拙作中で語られなかったレイナとフィオの冒険のフォローをすることにしました。とりあえず6話まで。
たとえばこれが、原作として扱っているものが「ゼロの使い魔」とかだったら、この掲示板のゼロ魔作品を2,3本読んだらそれで原作のあらすじは掴んでいただけると思うので、「アニエスを主人公とした別視点の作品」を書いてもその頃のルイズやサイトのフォローをしなくても読者さんはその間の事件をすんなりとわかっていただけると思うのですが、3月現在アニメ放送以前であり、マイナー作品であるといわざるを得ないクイーンズブレイドではこの苦しいフォローが必要だと思い、これを追加しました。
私が自分でレイナ、フィオを書けばいい話なのですが、そうするとどうしてもレイナが主役になってしまうのと、私の文章力不足の致すところです。ぶっちゃけ書きたい部分以外書いてる暇もやる気もない。
と、いうわけで、本文中にふれられていない「ユニコーン」の部分は、そちらであらすじのみ知る、あるいは「ユニコーン」を読んでいただいて補完していただければ、と思います。
こんな糞文章にそんな詳細なもの求めとらんわ、という方はどうぞスルーで。