「戻ってきたか……」
ダンジョンの外周を通るようにして踏破距離を稼ぎながら、地下三階にまで降りたショウとマデリーネは、これまでに出会った敵のほとんどを無音の内に始末している。
購入した魔力によって光を放つカンテラを腰に付け、右に左にバスタードソードを持ち替えては、変幻自在に振るってみせるショウを相手に、どれだけの数のゴブリン達が挑もうと、対抗手段が在り得るはずもない。
為す術もない前衛のゴブリン達は、目に見えぬほど疾い刃によって瞬く間に魔晶石へと変じていった。
そして、前衛の姿を目撃し、恐怖にかられて逃げ出そうとした後衛のゴブリン達もまた、背後に音もなく降り立ったマデリーネによって背後から綺麗に心臓を抉り取られ、トプトプと血液を送り出し続ける自らの心臓を見つめながら魔晶石へと変じていったのである。
結果として、二人の通る後ろには何の障害も無い安全空間が形作られ、ショウの動向を追跡していたギルドのスカウトは、決して抜け出すことのできない底無し沼に足を踏み入れることになった。
そう、地下四階へと降りる階段を目前にして、二人は戦闘方法を変えることで周囲の環境を激変させ、警戒心に溢れた追跡者に違和感を覚えさせぬままに、抜け出せない状態を作り出したのである。
とはいえ、その方法は、複雑というほどのものでもない。
ショウとマデリーネが選択してきた道筋は、外周沿いの道であるが故に分岐はそれほど多くはないが、全く無かったというわけではなく、これを利用したに過ぎなかった。
大きめの横道が交わったT字路を超えた二人は、遭遇したゴブリンとコボルトを前にして、その命を弄ぶようにして甚振り、周囲に獲物がいることを知らしめたのだ。
特に、コボルトは犬頭人身のモンスターであるが故に、血の匂いに対して鼻が利く。かなりの距離が離れていても血の匂いを鋭敏に嗅ぎ取って、押し寄せてくるのは自明の理だと云えるだろう。
内よりの場所に居たコボルト達が、先ずは脇道から外周通路へと雪崩れ込み、スカウトの退路を断った。
次に、前方から現われたコボルトとゴブリンの合間を走りぬけたショウ達は、その内の一匹を殊更残虐に殺してみせることで戦意を挫き、スカウトの居る後方へと逃げるように誘導したのである。
一時的に戦意を喪失していようと、挟撃できてしまった新たな獲物をモンスターの業が逃がすわけもない。
瞬く間に、闘争心を取り戻したゴブリン達と端から闘争心に満ち溢れたコボルト達によって、スカウトは人知れず暴虐の海に沈むこととなる。
そして、頃合を見計らって死亡の痕跡確認に赴いていたマデリーネが、その隠密性を存分に発揮し、無事に帰還を果たしたのだった。
「ご苦労だったな、マデリーネ。
それで、監視していた奴はどうなっていた?」
「ご主人様のお考えの通り、肉の欠片すら残らず、血と僅かな骨とプレートだけが床に残されていました。
お言いつけの通り、プレートの回収はして来ませんでしたけれど、確認だけで本当によろしかったのですか?」
「ああ、構わん。
俺達は、金を稼ぐために行きは外周を使い、帰りは安全と時間を優先して最短距離のルートを選んだ。
最期を看取るなり、遺品を見つけるなりする方が、不自然だからな」
ショウは晴れ晴れとした笑みを浮かべながら、なるほどと頷くマデリーネへと、地下四階への階段を示してみせる。
「さて、本題のスライム探しに、これで入れるな。
目撃情報からすれば、スライムは奥へ奥へと逃げて、次の地下四階で留まって居るらしい。
おそらくは、隠し部屋でも見つけて、そこを棲家にしているんだろう。
まずは、それを見つけ出す。
些細な変化も見逃すなよ」
「はい、ご主人様」
一人の女戦士が捕食という原初の恐怖に苛まれている地下四階に、新たな獲物を目指す二人が今、足を踏み入れた。