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No.38600の一覧
[0] 【異世界転生・TS・チート】~詰んでる転生記~ 南の島でこの先生きのこれるか【異種族・恋愛・逆ハーレム】[峯田太郎](2018/08/01 12:43)
[1] 1[峯田太郎](2018/08/01 12:43)
[3] 2[峯田太郎](2018/08/01 12:44)
[4] 3[峯田太郎](2018/08/01 12:44)
[5] 4[峯田太郎](2018/08/01 12:45)
[6] 5[峯田太郎](2018/08/01 12:45)
[7] 6[峯田太郎](2018/08/03 12:45)
[8] 7[峯田太郎](2018/08/01 12:47)
[9] 8[峯田太郎](2018/08/01 12:47)
[10] 9[峯田太郎](2018/08/01 12:48)
[11] 10[峯田太郎](2018/08/03 12:46)
[12] 11[峯田太郎](2018/08/01 12:49)
[13] 12[峯田太郎](2018/08/01 12:51)
[14] 構想ノートの切れ端[峯田太郎](2013/10/13 13:59)
[15] 13[峯田太郎](2016/07/24 11:54)
[16] 14[峯田太郎](2016/07/24 11:54)
[17] 15[峯田太郎](2016/07/24 11:55)
[18] 16[峯田太郎](2013/10/28 13:51)
[19] 17[峯田太郎](2013/11/08 17:58)
[20] 18[峯田太郎](2014/05/01 11:36)
[21] 19[峯田太郎](2014/10/03 12:15)
[22] 20[峯田太郎](2014/04/15 15:52)
[23] 21[峯田太郎](2014/12/18 13:27)
[24] 22[峯田太郎](2016/07/24 11:55)
[25] 23[峯田太郎](2016/07/24 11:55)
[26] 24[峯田太郎](2016/07/24 11:56)
[27] 25[峯田太郎](2016/07/24 11:56)
[28] 26[峯田太郎](2016/07/24 11:57)
[29] 27[峯田太郎](2014/11/03 10:52)
[30] 28[峯田太郎](2016/08/03 12:19)
[31] 29[峯田太郎](2014/03/26 12:36)
[32] 30[峯田太郎](2014/02/16 12:26)
[33] 31[峯田太郎](2014/11/03 10:52)
[34] 32[峯田太郎](2016/08/01 14:10)
[35] 33[峯田太郎](2014/04/20 11:22)
[36] 34[峯田太郎](2016/07/22 12:10)
[37] 35[峯田太郎](2014/04/20 11:23)
[38] 36[峯田太郎](2016/07/24 11:57)
[39] 37[峯田太郎](2014/12/18 13:28)
[40] 構想ノートの切れ端 その2[峯田太郎](2014/04/18 14:43)
[41] 37.5[峯田太郎](2014/05/04 12:19)
[42] 38[峯田太郎](2016/01/14 11:58)
[43] 39[峯田太郎](2016/07/15 12:13)
[44] 40[峯田太郎](2016/07/22 12:11)
[45] 41[峯田太郎](2014/10/14 12:00)
[47] 42[峯田太郎](2014/12/18 13:28)
[48] 43[峯田太郎](2014/12/18 13:29)
[49] 43.5[峯田太郎](2015/07/15 15:30)
[50] 44[峯田太郎](2015/07/17 16:25)
[51] 45[峯田太郎](2016/01/25 12:41)
[52] 46[峯田太郎](2016/07/24 11:57)
[53] 47[峯田太郎](2016/01/15 12:11)
[54] 48[峯田太郎](2016/05/01 12:59)
[55] 49[峯田太郎](2016/01/20 14:16)
[56] 50[峯田太郎](2016/05/01 12:59)
[57] 51[峯田太郎](2016/04/22 16:45)
[58] 52[峯田太郎](2016/04/22 16:46)
[59] 53[峯田太郎](2016/05/01 13:00)
[60] 54[峯田太郎](2016/07/24 11:58)
[61] 55[峯田太郎](2016/08/01 14:11)
[62] 56[峯田太郎](2016/07/26 12:00)
[63] 57[峯田太郎](2016/07/26 12:01)
[64] 58[峯田太郎](2016/07/24 12:17)
[65] 59[峯田太郎](2016/07/28 12:37)
[66] 60[峯田太郎](2017/06/03 11:21)
[67] 61[峯田太郎](2017/06/03 11:22)
[68] 62[峯田太郎](2016/08/01 14:12)
[69] 63[峯田太郎](2016/08/03 12:20)
[70] 64[峯田太郎](2017/06/03 11:20)
[71] 65[峯田太郎](2017/06/03 11:20)
[72] 66[峯田太郎](2018/06/01 11:56)
[73] 67[峯田太郎](2018/06/01 11:56)
[74] 68[峯田太郎](2018/08/01 12:52)
[75] 69[峯田太郎](2018/08/01 12:52)
[76] 構想ノートの切れ端 その3[峯田太郎](2021/06/14 12:07)
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[38600] 24
Name: 峯田太郎◆cbba1d43 ID:98863f1a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/07/24 11:56



 ☆58日め、レイちゃん最大の危機(確信)☆


多分もう朝なんだと思いますのでおはようございます。レイちゃんです。
私は今、トログロダイトのねぐらにいます。
ええ、捕まっちゃったんですよ。


トログロダイトの捕虜というと、最悪に限りなく近い死亡フラグなんですが他にどうしようもありませんでした。
私は死にたくありません。
ギュー・グェスのお嫁さんになって、あぶれるウォスとドスにお嫁さん世話して、ハラキズたちが一人前になるまで見守って、
産み育てた子供達‥‥いえ曾孫や玄孫やその孫達に囲まれて天寿を全うするまで死にたくないのです。

さもなくば即死したい。痛みもなく速やかに。


別に命を粗末にしたい訳じゃありません。
この島では死者の蘇生ができますから、死んでも生き返れるのです。現にグェスの母上は一度死んでから蘇生した経験がある
そうですし。
死者の復活には色々と条件があります。特に重要なのは蘇生させられる側の意思というか未練のあるなしですね。

ウチの巣の幹部オーク達は異種婚するならこれ以上はないぐらいの優良物件ですが、唯一の欠点は死ぬと生き返らない事です。
オーク族は仮死や臨死ならともかく、一度完全に死んでしまうと 復 活 し な い んですよ、主に死生観の問題で。
悪い意味で潔いというか、昇天すると心残りがなくなってしまうのです。
そういえばオークの幽霊って聞いたことないですね。死人使い(ネクロマンサー)に無理矢理ゾンビとかにされてしまうことは、
稀によくありますけど。

その点、私には心残りがあります。ありまくりです。
だから死体の損壊が酷すぎたり、人生復帰するのが嫌になるレベルの苦痛を受けて心がくじけたりしない限り、私は生き返れ
る筈なのです。
私の死体さえ残っていればオーク達は、神殿に馬鹿高い復活費用を払ってくれるはず。
もし復活を試みずに埋葬しようとしたりしたら枕元に化けて出てあげますよ。


で、何が最悪かというとトログロダイトは底抜けのサディストなんです。種族レベルで。
もしかしたらそれは地球のゲーム世界に限った設定であって、この世界のこのトログロダイトは違うかも‥‥などと、思った
こともありましたがダメでした。ええ、元から期待はしてませんでしたけど。




ちょっとだけ時間を巻き戻して、回想してみます。


私たちが捕まって縛られた直後に、敵の後列にいた黄色い呪術師トログロダイトが怪しげな呪文を唱え始めました。
すると呪術師の前に、鈍く光る黄色い門というか絞り込みシャッター扉のようなものが現れまして。
知りませんか? 昔のSFとかアクション映画で秘密基地の必須設備なアレですよ。通行部分が丸いやつ。

普通の扉と違って、半分閉めた状態でも浸水とかが防げるから便利なんですよね。半分だけ閉めておくと隙間があるから音は
聞こえるし空気も流れるけど、人の出入りは出来なくなるので研究所や軍事基地とかに向いているのです。
その扉部分が丸く開いて、トログロダイトのねぐらへと繋がった訳です。

ゲーム的に言うと「大規模次元扉(マス・ディメンジョンドアー)」でしょうか。
ただどうみてもあの黄色トログロダイトに、こんな高度な呪文が使えるとは思えないのですが。
レベルというか神殿式のランク付けで言えば、せいぜい星2つぐらいですよあの黄色いのの力量は。
赤や緑の雑魚トログロダイトと比べても特に格上とは思えません。



で、ねぐらに連れてこられた私たちは、同じように捕虜になった十数名のコボルドたちと一緒に空プールの底みたいな場所に
入れられています。

いえね、周りに観客席のような張り出しというか段差があって、大きさとかの違いはありますが学校のプールに近いのですよ、
このねぐらの構造は。
私と子供コボルドと、同じく捕虜にされてしまったコボルド達がいるのが水を抜いたプールの底です。
ほぼ四角形のプール底の角に、隅の所に縛られて一塊りに座らされてます。

赤青緑黒のトログロダイトが冬場のメジロみたいに固まっている場所がプールサイドと、その上の何段にも壇になった観客席。
ただし事故や喧嘩で爆発連鎖が起きても良いように、赤トログロダイトだけは観客席が離れてますね。

そして紫のトログロダイトがいるのがプールで言うなら見学者のいる場所です。
地下なので日除けの屋根はありませんが何本も石の柱が聳え立っていて、玉座なのか祭壇なのか分からない石舞台があります。
黄色トログロダイトはその真下に固まっていて、一匹だけしかいないらしい紫色のトログロダイトは石舞台の上に一匹だけで
立っています。
あの地肌も衣も紫色の奴が族長や大神官なら、護衛や秘書役ぐらい近くにいても良さそうなものですがそういう役割の側近と
かはいないらしい。

紫の後側、石舞台の向こうにある岩壁に何か気になる模様が描いてあるのですが、地下で暗い上に角度が悪いこともあって、
よく見えません。
壁画の前に柱が突っ立っていて全体像が見えにくいせいでもあります。
なんかあの一本だけ柱の形が妙に歪ですけど、トーテムポールみたいな装飾付き柱なのでしょうか? 位置的にはアレが宗教
的中心でもおかしくないですが。


私たちのいる一番低い場所から雑魚トログロダイトのいる次の段までの高さが2メートル強、次の段から紫色のがいる石舞台
までが4メートルちょっと、石舞台から天井までが10メートル程度。
プールの底から天井までが15メートルぐらいですが、場所によっては更に数メートル高くなっています。
岩壁の様子から見て、このねぐらは天然のものではなく人が掘った人工洞窟ですね。「鉄の王」の石切場だったのでしょう。
トログロダイトの石舞台は、移動中だった石材をそのまま使っているのです。

 
出入り口もしくは開口部が上段に少なくとも三箇所、下段に一箇所あり。
下段の、つまり私たちがいるプールの底のような場所に開いた開口部からは外からの光が射し込んできています。
だから多分今は朝、夜明けからさほど過ぎていない時間帯です。日光の角度的にみて。
開口部は私たちがいる場所とは丁度反対側です。プールなら対角の隅。

周りは全体的に暗いですね。洞窟の壁には苔かカビのようなものが一面に生えていて、ぼんやりと光ってます。
ヒカリゴケ?だけではなく、洞窟の所々に松明や焚き火が置いてあります。でも普通の松明ではなくて、そっくりな形をした
魔法具ですねアレは。貪り食う無限袋の中に入れといた薪風オブジェと同類の。
焚き火や松明にしては火力が弱いし、薪が燃えて減っている感じがありません。


ざっと見ても、プールサイドだけでトログロダイトが150匹はいます。
こっちは怪我人と子供入れても全部で19人、しかも武器もなく縛られたまま。
私がここに連れてこられた時はトログロダイトどもも、もっと少なかったのですがねー。
捕虜コボルドの数は増えていません、どうやら私たちは最後に捕まったようです。

増えた敵は、何カ所かある坑道を通って増援が来た訳ではありません。その半分は黄色呪術師が連れて帰ってきた部隊です。
よくよく見てみると、あの大規模次元扉って決まった場所にしか開いてませんね。
となると黄色いトログロダイトが自分の魔法で開いているのではなく、魔法装置の一種でしょうか? 
ここが西方の魔法文明圏が造った大規模石切場跡地なら、その手の施設がない方が不自然です。
黄色い連中が唱えている呪文は、地球のエレベーター嬢が言う「上に参りまーす」ぐらいの意味しかないのかもしれません。


そして増えた連中の残り半分は‥‥まだ召喚する気か。

紫色の、一匹しかいないトログロダイトがもったいぶって手を振ると、祭壇の下に数体のトログロダイトが現れました。
こう、 ぽんっ とマジックの如く。いや実際魔術(マジック)なのだけど。

あれが召喚(サモン)魔術ですか。本物は初めてみました。


忽然と出てきたトログロダイトは、赤赤青緑緑緑の6体ですね。一度の召喚で5~8体ぐらい呼べるようです。
呼び出された連中は何やら戸惑ってるようですが、紫トログロダイトが一言二言何かいうとその場にひれ伏して、以後は素直
に命令を聞いてます。
呼び出すだけでなく服従もさせる能力が紫トログロダイトにあるのか、それとも元々身分的な立場の差があるのか、それは解
りません。


召喚能力か。ゲームの世界では色々な解釈がなされてましたけど、これはどういう仕組みなのでしょうか。
たとえば、あの新たにやってきたトログロダイトは呼び出される前は何処にいてどんな生活をしていたのでしょう。

回答例1、狼が遠吠えで仲間を呼ぶように近くにいる同種族がやってくる。‥‥これは×。ありえません。
もしそうなら、この島というか近隣地域に数千数万のトログロダイトが生息していないとあっという間に弾切れになる筈。
そんな数の敵対種族がこの島にいたら、とっくの昔に神殿とトログロダイトの全面戦争になってますよ。


何故かって? トログロダイト族は、少なくともここにいるトログロダイトどもは同族を使い捨てているからです。
こんな無駄な消費ができるってことは、無限に等しい備蓄があるということです。

ほら、さっき召喚されたトログロダイトの中に子供もしくは幼体らしき小柄すぎる緑トログロダイトが一体いたのですが‥‥
彼?はいま、石舞台の下にある小さな祭壇の上で解体されてます。

泣き叫んで、しかしそのくせ逃げようとも暴れようともしない緑トログロダイトへ黄色トログロダイトどもが寄って集って
ナイフで切り刻んでいます。
うわー やっぱりだ、あいつらワザと急所外して肉切り取ってる。できるだけ生かしたまま苦しめているんです。
やはりトログロダイトは種族レベルでサディストなのですね。


あの紫トログロダイトが呼び出す仲間は、別世界かどこかから無限に湧いてくるのだと思います。それが自然です。
いくらでも呼び出せるから無駄遣いできるんです。自爆兵とかその最たるものでしょう。
もしこの世界の何処かで暮らしているトログロダイトを引っ張って来ているのなら、この紫トログロダイトが余程珍しい存在
でない限りトログロダイト族は滅亡している筈です。ええ。とっくの昔に。


観客席どころか、一緒に召喚された新参のトログロダイトまでもが仲間の解体調理を見て、笑っています。
音程外しまくりですが口笛を吹き、手拍子を打ち、歓声を挙げています。直前に、あるいはたったいま解体された同族の新鮮
な肉片を囓りながら。


そうか。やはりこれはトログロダイト的には普通なんだ。
だって無限に、無尽蔵に労働力と肉が手に入るんですよ? ボスの疲労というささやかな代償で。
数十㎏の新鮮な肉塊が、狩りも採取もせずに手に入るんです。何の危険もなしに。

その気になれば、この連中は延々と共食いして生き延びられるんです。紫色のボスさえ無事で、自分がいつか食われる側に立
つことにさえ目を瞑れば。
人間が楽な方に楽な方にと流れていくんです。人型生物のトログロダイトがそうなってもおかしくはありません。


なるほど、穀物は盗んでいくのに干し肉はあまり欲しがらなかった訳だ。肉は彼らにとって有り余る食材なんですね。
そして酒は同族召喚では手に入らないから普段飲みつけてなくて、略奪中に酔いつぶれる馬鹿も出る、と。
食料はトログロダイトにとって重要な物資ではありません。食料は命の燃料ですが、彼らにとっては命そのものに価値があり
ませんから。


まあ、召喚能力って突き詰めていくと厄ネタの権化ですからねー。
ありえないぐらいマイルド設定な某有名ライトノベルでも、考察や二次創作などでは非人道魔法扱いでしたし。いや、原作で
も一部登場人物がその危険性について指摘してましたねそう言えば。

そーいや居たなぁ昔のTRPG仲間に、召喚魔法でエルフ娘を大量に呼び出して娼館経営していたプレイヤーが。
許可したゲームマスターは私だけど。いやその、当時は悪漢小説に填っていまして。経営もの気分で楽しめましたし。
今頃気付きましたけど、あれってやっぱり召喚娼館という駄洒落だったのかなあ? 


召喚した者を支配できるってことは、無限に奴隷が手に入るという事ですからね。健全嗜好のルールシステムでは召喚能力は
禁じ手にするしかないでしょう。さもなくば呼び寄せる際のコストか維持コストを上げて使い勝手を悪くするか。

ゲームの世界ですら禁じ手になりかねないのですよ、召喚能力って。
戦略兵器にも程がありますよ、紫トログロダイトは。熊猫コ○バーターより驚異的です。
しかしこの能力があるからこそ、トログロダイトの一匹一匹は弱いことになります。個々が強くなくても勝てますから。

いつでも数の暴力で圧倒できるのですから、連携も作戦も必要ない。
常に数で押せるから質の向上が省みられない。
手間暇かけて精鋭に鍛えあげるより、その手間で百倍二百倍の数を揃える方がずっと強いのです。
損耗も被害も気にしなくて良いから組織経営の必要がない。運用の工夫も必要ない。
兵の数が減ったら呼び出して、余れば肉にしてしまえば良いのです。


そして、この召喚能力がある限りトログロダイトは他の種族と共存できません。
トログロダイト視点で言えば、ちょっと時間がありさえすれば元手なしで際限なく増えていける種族が他の種族と共存(妥協)
する必要がありますか? 戦えば必ず勝てるのに。勝てば全てが手に入るのに。

他種族から見れば、生産基盤も家族も持たない相手に取り引きができますか? 相手はなくして困るものなんて紫トログロダ
イトの命ぐらいしかないのに。
地球のヤクザ屋さんたちだって「これ以上戦い続けても採算が合わない」からこそ抗争を止めて手打ちにするのです。採算度
外視でやっていけるトログロダイトが妥協する必要なんかありません。仮に妥協すると言っても誰も信じないでしょう。

トログロダイトは大自然の驚異とかそれに匹敵するような、どうしても勝てない相手ならともかく、そうでない相手になら消
耗戦に持ち込めば必ず勝てるのです。補給不要で兵力無尽蔵の軍勢もってて負ける奴はまずいません。


故に、トログロダイトは他種族から根絶レベルで討伐されます。共存できないのですから。
オークと人間なら、最悪どちらかが奴隷になれば共存できるでしょう。この世界の何処かには確実に、この島とは逆にオーク
が人間の奴隷として暮らしている地域がある筈です。
そしてそれらの地域の中には、この島と同じように奴隷達が幸せに生きていける所もあるでしょう。
ひょっとしたら、人(ヒュー)族とオーク族双方が理解しあって仲良く共存している所もあるかもしれません。
というかあって欲しい。



人とも、オークとも、コボルドともトログロダイトは共存できません。奴隷にもなれないしするまでもないのです。
共存できないなら互いの姿が見えなくなるまで逃げ続けるか、どちらかが滅びるまで殺し続けるしかありません。
人間やオークたちがトログロダイトのねぐらを潰したとしても、逃げ延びたトログロダイトの中に紫色の奴が一匹でもいれば
容易く逆転されます。ある程度の空き地や隙間さえあれば数百匹のトログロダイト軍団が直ぐに出てきますからね。
そして、勢力圏の全ての場所にトログロダイトのねぐらを潰せる戦力を常時用意できる部族や領主は、そう多くないのです。

だからトログロダイトとの戦いは根絶やしにするしかなく、トログロダイトの戦術も根切りが基本になる訳です。
強すぎる能力、有利すぎる特性は恐怖の的にしかなりません。


彼らとは、トログロダイトとは何もかもが違いすぎる。たった一つの、召喚という能力が全てを決めています。

彼らにとって命とはゴミのようなものではなく、ゴミそのものなんです。
だってそうでしょう? 貴方はいくらでもあるものを貴重だなんて考えますか? あればあるだけ使っちゃいませんか?
貯めておこうとか残しておこうとか、そういうことは不足を感じたことがあるから考えつくので。
足りないことを実感したことがないと思いつかないんです。

人材だってそうです。いなくなって困るから他人を大事にするんですよ。
従業員が只でいくらでも手に入り使い捨てに出来るのなら、社内検診なんかいりません。休暇も給料もいりません。



身内(同族)にゴミそのものとして扱われる者が、他人(異種族)をゴミ扱いしない訳がない。
いや、おもちゃとしての価値は認めるか。 
自分でない誰かを攻撃している間だけは、誰かを傷つけ痛めつけ虐め抜きなぶりものにしている時だけは不安を誤魔化せる。
弱い奴、負けた奴、落ち目の奴は仲間じゃないし味方でもない。代わりはいくらでもいるんだからすげ替えてしまえば良い。

トログロダイトと交渉したしたとか交易したとかいう話を聞かない筈です。
こいつら人間じゃない。 間 がない。人間基準で社会生活と呼べるものをしていないんです。
ヒューマノイドだ。トログロダイトは異種族ではなくて、本当の意味で人間もどき(ヒューマノイド)なんだ。
グェスたちが戦の話をしたがらない訳です。こんな連中と殲滅戦やっても名誉になんかなりませんよおぞましい。


そうこうしているうちにも、新たなトログロダイトが次々と呼び出され、配属されていきます。
黄色は祭壇の下へ、青黒緑は観客席へ、赤は隔離された観客席へ、弱そうだったり怪我していたりするのは色に区別無く群衆
トログロダイトどもの胃の中へ。ああ、赤だけは食われませんね自爆するから。

命が安いなんてものじゃありませんよ本当に。兵隊が畑で採れるロシア軍より酷い。


自国の兵隊に地雷を踏ませて処理したり、核爆弾投下直後の場所に突入させたりするのは人口が多すぎて困っている大陸国家
だけです。マンパワー不足に悩んでいる国はやりません。あれは一般兵の命が雑草並な軍隊にしかできないのです。

そういやナポレオンが批判される理由の一つが、人命の軽視でしたね。
でもフランス人の軍隊は伝統的に無駄死にしたがる癖があるから、ナポレオン一人を非難しても始まりませんけどね。
クレシーしかり西部戦線しかり。
コルシカ島を併合したのがフランスでさえなければ、ボナの字だってもっと兵隊を大事にする将軍に育ちますよ。



などと現実逃避している場合じゃありません。なんとかしなくては。
今は昨夜消耗した戦力を補充していますが、それが終わったらトログロダイトどもはお待ちかねの余興に移るでしょう。
いつでも幾らでも呼び出せる同族と違い、攫ってこないといけないコボルド族は珍しい玩具の筈。
だからお楽しみにとってあるのです。
ましてこの私はコボルド族より希少な人間の小娘なのです。たっぷり時間をかけて楽しまれちゃうこと請けあいです。


嫌な予感はしていたんですよねー。

捕まって武装解除されたとき、私は毛皮服を剥がされました。
だから今の私は透明生地のスリップもどきの下に透明生地のショーツを穿いて、サンダル履きで後ろ手に縛られているという
エロ同人誌の主演女優そのものな格好なんですが、あいつらの視線には一切エロスが入ってません。

あるのは三割の食欲と五割の嗜虐願望、そして二割の妬み? 嫉み? 嫉妬とは微妙に違う嫌な感情。
生き物なのに生きている意味がない、攻撃性だけ持っていて性欲すら持ってない存在がこんなに不気味だとは思いもしません
でした。
このねぐらには捕虜以外の子供がいません。もちろん赤ん坊も、老人も。怪我人も病人もいません。
それら役立たずは直ぐに始末されてしまうからでしょう。

老いも成長も、恋も病も全て切り捨てた生き物。
いやまて、自己遺伝子の複製を止めてしまった彼らを生き物と呼んでいいのでしょうか?


まるでアンデッド(亡者)です。そうだ、こいつらどこかで見たような奴らだと思ったらゾンビ映画のゾンビ共に似ているんだ。
一部のホラー映画マニアが「正統派じゃない」と評する「走れるゾンビ」に。
まがりなりにも知能があって、際限なく増えて、そのくせ生産的なことは何一つやらない。正に亡者です。



ここは嫌だ。
外が恋しい。生き物で満ちた世界に帰りたい。ここに比べれば弱肉強食の畜生道の方がマシです。
ここも弱肉強食ではあるけど、こいつらには 生 がない。こいつらに比べれば畜生たちの生き様は輝いて見えます。

もう、生きたまま亡者やっている連中の、際限ない恨みと嫉みに満ちた視線を浴びたくない。
むっつりスケベだったりオープンスケベだったり隠れスケベだったりするオーク達の熱い視線が恋しいです。
エロスって、文字通り生きている証なんですよ。人間賛歌は命の賛歌、つまりエロスは人間賛歌なのです。


こんなことになるならオーク達にもっと見せてあげれば良かった。裸でもなんでも出し惜しみせずに。
いや、どうして私は彼らに抱いて貰わなかったのでしょうか。
この島が、生きのこること自体が難しい場所なことぐらい知っていたのに。

‥‥って、ダメですよ帰る方法を考えなきゃ。
帰らなきゃ処女のまま一寸刻みでなぶり殺しにされてしまうし、そうなったら蘇生させて貰っても復活できるかどうか。
いくらファンタジー世界でも、生きているのが嫌になっている人間の魂は現世に引き戻せません。


幸いにも奴らの注意は祭壇の解体実演ショウに向いています。今ならあるいは。

あ、弱った。子供コボルドは捕虜達のなかでも私とはやや離れた所に座らされてます。
あの子の助けがいるのですが、距離にして3メートル以上離れていますから近寄ろうとすれば目立ちますよねえ嫌という程。
ええと動いても不審をかわない位置に、つまり直ぐ隣にいるコボルドは‥‥。

ちょっとブルドッグ似の顔したごついコボルド戦士。‥‥瀕死の重傷なので無理。
白い毛並みの、細面な若い雌コボルド。‥‥明らかにパニック寸前なので無理。下手しなくても舌とか噛まれそうです。
その雌コボルドに寄り添っている、ちょっとイケメンなコボルド戦士。‥‥これかなあ? 
近くにいるコボルドのなかでは一番落ち着いてるし。
念のために言うけど、あくまでも犬としてのイケメンさですよ? 格好良いけど恋愛対象にはなりません。


「ええと、名前も知らないそこの貴男」
「‥‥?」

人間的感覚で男前というか美犬なコボルドの耳元に口を寄せて、囁きます。
観客席は騒がしいですけどトログロダイトの耳は鋭いですし、共通語(コモン)が解る個体だっているかもしれませんから。
コボルドには珍しく物静かな人ですね。これで毛皮がもさもさ系ならもっと好みなんですが贅沢は言えません。
ええと、共通語(コモン)は分かるみたいですからオーク語に切り替えるよりはこのまま続けた方が良いかな?

「お手数ですが、貴男のその長い舌を私の口に突っ込んでおもいきり刺激して欲しいのです」
「?」

あ、漏れ聞いていた更に隣のひょろ長い顔と体型したコボルドが引きまくってる。言われた本人は理解してないっぽいけど。
違うから! 色狂いな人間の雌が絶望的状況にとち狂って、「この際コボルドでも良いや」とか考えてるのと違うから!
私は冷静だ、焦ってません。
頭の隅で走馬燈がぐるぐる回り始めているけど冷静なんです。


 

 ☆58日めの2、思い出はメリー・ゴーランド☆


いわゆる「走馬燈が回る」って、危機を察した脳が過去の記憶を引っ張り出して役に立つ情報を探そうとしているのだとか。
この島に来て以来の記憶が、日々の暮らしやアレコレが次々と順不同で脳裏に浮かんでは消えていきます。

石鹸で泡まみれになったギュー・グェスの背中、巨大クモの巣に捕らえられ体液吸い尽くされた下っ端オークの死骸、嵐の日
に見た紫色の稲妻、大トンボの複眼に映った無数の私の顔、ゴォ・ドスが両手に持って差し出す私にはどうしても見分けがつ
かない毒キノコと食用キノコ、沼地で鮮やかに咲いている赤い蓮の花、逆立ちした少女の下半身(裸)に似すぎている森に生え
た木の股を愛しげに撫でさすっているコブハナとケサガケ、たどたどしい口調でオーク族の伝承を話してくれる名無しの下っ
端オーク、透明スライムの中でゆっくり溶かされていく良く解らない種類の大きな甲虫、透明な軟質物体の中で見る見るうち
に大きくなっていく子供の手、腹を割かれた瀕死のハラキズ、神殿の中門に飾られた巫山戯たデザインのルーン、大ウナギに
絡まれてパニック起こした私の所に駈けてくるレェ・ウォス、可愛いいびきをかいて寝ているウリ坊、砂浜に乗り上げるトカ
ゲ人のナマモノ戦艦、流れでる汗でぴったりした服の布がますます肌に貼り付いてしまっているハーフエルフの奴隷女‥‥。

記憶がぐるぐる回った甲斐があって見つかりましたよ、使えるのが。

知識の通路です。
この世界では、ある程度の共通項を持つ知力と、意思の疎通がしたいという双方の意思があればテレパシーじみたやり取りが
できる。
ファンタジーTRPGの世界では「属性語」とか「魔法語」といった、発声器官そのものが違う生き物同士で通じる謎の言語
がありましたけど、それに近いのかも。

トカゲ帝国のヘビ人が得意としていますが、ヘビ人以外には使えない訳じゃありません。
ゲーム的に言えば僧侶の1レベル呪文で使えるのです。そして私は知恵と炎の女神エスティアのアコライト(侍僧)なのです。
更にゲーム的に言えば、僧侶呪文は使いたいときに使いたい呪文を使えることになっているルールシステムが多いのです。


そういうわけで、無事に意思疎通が成立しました。接続完了です。
先月にヘビ人と繋いだ時よりもかなり回線速度が遅い感じですが、私は初心者なので無理もありません。
うん、まだ使える。あと2~3回は同じ事ができそうです。
魔法が使える感触って、どう喩えるべきですかね? もう一つしっくりくる表現が思いつきません。
後でじっくり考えてみます。

奇跡も魔法もあるこの世界ですが、やはり魔法が使えるようになったのは有り難いですね。
あれはやはり正夢でしたか。帰ったら彫刻に励むとしましょう。

で、コボルド族の戦士とディープキスしています。
コボルドって人間よりも舌が長いですから、人間同士だと絶対届かない場所まで届きます。具体的には咽の上の方まで。


しかしファーストキスが名前も知らない異種族というのも‥‥アレ?
違うや。私、これが初めてじゃない。
まだ回りっぱなしの走馬燈の中で、私はギュー・グェスと口付けしています。

多分熱のせいでしょうが、いままで忘れていただけで私はグェスと初めて会った日にキスしていたのですよ。
風邪ひいて寝込んで介護して貰っている最中に、グェスがかみ砕いて唾液と混ぜた流動食を口移しで食べさせて貰っていたの
です。
あー あのとき、なんか甘くてドロドロしたものを食べさせてもらったけど、口移しだっのかー。
しかも焚き火で炙った干しイモの実と唾液の混じったそれを、お代わりするように自分から舌を差し込んで欲しがってる。

は、恥ずかしいなー 熱出して寝込んでるのにこれか。どんだけお腹空いていたんだか。
そういえばオーク達が最初から私をはらぺこ系キャラ扱いしていましたが、コレが原因ですかね。

帰ったらグェスに、自分から口移ししてみましょう。普通のキスを済ませてから。


うん、良かった。初キッスは好きな人とできてた。
まあ元からこれは浮気じゃないしノーカウントにする必要もないし。
ここで帰る動機がまた増えました。意識がある状態で、ゆっくりじっくりセカンドキスしたいですからね。


何故に行きずりのコボルドとディープキスじみたことをしているかといえば、吐くためです。
常に必ずではありませんが異物や毒物を飲み込んでしまったときには、吐いた方が良いこともあります。
生食用じゃないナマモノを間違って食べちゃったときとかに、吐くと幾らかでも症状がマシになります。

そんなときは咽の奥に指を突っ込んで上方向を刺激すると、簡単に嘔吐できます。
事前に水やぬるま湯を飲むとより吐きやすくなります。
今の私みたいに後ろ手に縛られていると自分では刺激できないので、コボルドの舌でやってもらった訳です。

で、吐きました。げろっと。
無事に出てきましたよ。呑み込んでからそんなに時間が経ってないから十二指腸に入ってしまう心配はしてませんでしたが。

吐き出したものは、小さな小さな革の輪。

ええ、「貪り食う無限袋」です。捕まる時にへたりこんで両手で顔を被うふりして口に入れ、呑み込んだのです。
本当は釣り糸か何かで歯に引っかけてから呑み込むべきだったのですが、時間がありませんでしたからそのまま呑みました。
この手の袋は、容量が満杯でない限り袋自体を袋の中にしまって小さくできるのですよ。無理すれば口や胃や他の場所に隠せ
るぐらいに。詰めに詰めればビー玉よりは大きい程度にまで縮まります。

袋の中に袋を詰めるという騙し絵みたいな図さえ想像できれば、ポケットに突っ込んだままの指をちょっと動かすだけで縮め
ることができます。マジックアイテムですから。
「地下牢と竜」でレベルが二桁になるまで遊べば、誰だってこの程度は思いつくようになります。やってて良かったTRPG。


前世では、仮想世界の中とはいえ脱獄した回数と脱獄された回数合計すれば三桁いっているんです。この程度の小細工はでき
て当然。
相手が人間、特に年季を積んだ冒険者や傭兵や看守だと通じない手ですけどね。こんなことする隙などありません。
召喚馬鹿が、貴様らは元日本人を舐めた。
相応の報いを受けて貰いますからね。私の平穏無事な生活を邪魔した報いを。


召喚能力持ちのトログロダイトと戦うのは初めてですが、トログロダイト自体とはゲームの中で嫌になるぐらい戦いました。
彼らの手口は読めています。
この洞窟の構造からいって、「アロー&ラン」をやるつもりなのでしょう。



「アロー&ラン」とは走らせた捕虜や罪人を弓矢で射て、矢が届かない距離まで逃げ切ればそのまま釈放という簡易裁判or
処刑方です。元々はイングランドの、娯楽と訓練を兼ねた捕虜処分方法だそうですが。
もちろん元ネタどおりなら、捕虜が逃げ切るには奇跡がグロス単位で起きないといけません。

イングランド人の根性の悪さは天下一品ですからねー。疑う人は一度英国製TRPGかゲームブックを遊んでみてください。
まあ、川島四郎閣下によれば英国というかブリテン島の住人は気質が穏やかでつきあいやすいそうですけどね。


縛られた後ろ手で無限袋を元に戻して、中から愛用のナイフとコボルドの巣で買った工具類を引っ張り出します。
ハサミなどの刃物を捕虜のみんなで分けて使えば直ぐに縄も外せる筈。
あと武器になりそうなものも幾つか渡しておきますか。
本当は戦斧や刺突剣(エストック)とかの予備武器を渡したいのですが、それをすると流石にバレて毒矢の雨が降ってくるでし
ょう。
精々短剣(ダガー)や包丁ぐらいですね、こっそり渡せるのは。小型ハンマーとかの工具も渡しておきますか。


私の手首を縛った縄は、力を入れればすぐ千切れるぐらいに切れ込みを入れて貰います。
件のイケメン風コボルドとはまだ知識の通路が繋がっているので、力加減の指示もできるのです。もちろん他の指示も。
私のような小娘が歴戦の戦士に指示だしというのもアレですがここは従って‥‥最低でも邪魔にならないように理解して貰い
ます。
コボルド達には私に従って貰います。いや、彼らは私に従わざるをえない。

私には作戦があり、彼らにはないからです。
策がない者は先の見通しが立たず、戦略の持ちようがない。自分の戦略がなければ他者の戦略に乗っかるしかありません。
作戦の予想成功率? とんでもなく低いに決まってますよ言わせんな恥ずかしい。

肝心の命綱、貪り食う無限袋は取りだした巨大クモの糸で右の手首に縛り付けて貰います。縄を切ったとはいえ、まだ縛られ
ているかのように見せかけている状態の後手でこれが出来るんだから、コボルドって器用ですよね。
彼らは、技術力でドワーフを凌ぐノーム属と不倶戴天のライバルやっているのだから当然か。

あ、貪り食う無限袋は縛りつけても何も問題ありません。
手首を縛った縄に隠れるように縛り付けて貰いましたし、そもそも無限袋は、袋の口さえ開いてて使用者が手を突っ込めるな
ら袋自体は折り畳んでいても丸めていても普通に使えるのです。
でなければ、折り畳んだ状態で使えなければ、私の毛皮服のポケットに入れてアイテムの出し入れなんて出来ません。
私の服のポケットは、青狸型ロボットの腹に付いているのと違って小さいのです。



さあて、ここからが本番です。走馬燈も止まったことですし。

「どんなときにも、自分らしさを忘れてはいけませんよ」

うん、聞こえた。幻聴じゃない。いや、これこそが本当の幻聴なのかも。
神の声が聞こえるって、こういうことなんですね。
きっとオーク達も、戦いの前にはこんな感じでオールクゥス神の声が聞こえるんだ。そうに違いありません。
解る。理解できる。この声は味方だ。ここは、このねぐらは敵地だけど私は孤立無援じゃない。


ええ、私らしさを忘れてはいけないのです。
このどうしようもなく詰んでいる状況では、この世界基準の普通に振る舞っていても助かりません。
何か普通でないことをしなくては。そして元異世界人の私にとって、ごく当然のことをすればそれが最悪を避ける一手にな
る筈。

今の私の望みは無事に帰るか、さもなくばなるべく楽にくたばることです。蘇生できる範囲で。
生きたまま一口サイズに切り刻まれて、何日もかけて殺されるような事だけは避けなくては。

ん?

私はエスティア神のアコライト(侍僧)ですよね、間違いなく。信仰魔法らしきものも使えたし。
ならアレができてもおかしくない筈です。辻ヒールが。




 ☆58日め3、朝日に向かって走れ☆


私は縛られたまま立ち上がり、プールの底じみた空間の中央あたりまで歩きます。
コボルドたちが縄を解き終わるまで時間を稼がないといけません。できれば手当てしたごつい戦士コボルドが息を吹き返すま
での時間も稼ぎたい。治療呪文を二連続でかけておいたから、なんとか動けるようになっている筈なのですが。

トログロダイトどもも解体ショウを中止して私に注目してますが、私は薄笑いを浮かべて、外見も行動様式もとことん醜い異
種族を下から見下しました。
トログロダイトどもは敵意と嘲りのわめき声をあげ、生意気な人間を罵ります。
どう見ても頭おかしいですよね。裸同然の格好でしかも両手縛られた小娘が、200体近くいる敵を挑発しているのですから。


さて、察するにトログロダイト族は紫色が王侯(神の代理人?)で、黄色が官僚(神官?)ですね。
赤が捨て駒(屑)、緑が兵卒(奴隷?)、黒が下士官(奴隷監督?)、青が将校(貴族?)でしょうか。

ちなみに彼らが崇める神は、祭壇の奥の一番高い柱に飾られているオブジェが神像のようです。
トーテムポールかと思ってましたが、そうではなく柱に奇妙なものがまきつけてあったのですよ。
どんなものかと言うと、UMA(未確認生物)のミイラかな?
ほら、大型魚と猿の死骸を合体させて乾かして作った人魚のミイラとかあるじゃありませんか。あんな感じの。

こう、ですね。大きな蛇さんの死骸の腹部分を切り取って、そこに同じぐらい大きな大ムカデの死骸をはめ込んで、蛇とムカ
デの頭を切り取って肉食獣の頭にすげ替えたようなキメラ(合成獣)のミイラが、柱に巻きつけてあります。

本物の、生まれつきそういう姿をした生き物の乾物や剥製ではなくて、手作りの合成ミイラですね。
不揃いな縫い目がここからでも見えます。
‥‥って、どうなってるんだ私の目は。視力で言えば5.0は固いです。今ならマサイ族とだって視力勝負ができるかも。

更に言うと歩いて視界というか見る角度が変わったから、UMAミイラが巻き付いている柱の更に奥の岩壁に描かれている文
様が混沌の印(ルーン)であることも分かりました。随分と歪で稚拙な塗り方ですが、あのふざけたデザインは見間違えようが
ありません。
旭日旗の上に二重円重ねて更に長い縦棒重ねたような図形ですが、どう見ても卑猥な落書きそのものです。
となるとこいつらは混沌神の信者? あのミイラは混沌系勢力に属する小神の像でしょうか。


信徒が醜いから神も醜くなるんですかね、やっぱり。
あの神像は醜い。でも恐くない。
嫌悪の対象であって畏怖や恐怖の対象じゃないのです。私にとっては。

トログロダイトは、飛び道具優先主義のようです。考えてみれば当然ですが。
非力で連携のれの字も知らない彼らがオークやミノタウロスといった強者達を倒せるとしたら毒矢を使った遠距離攻撃、
それも不意打ちするか臭油で弱らせた所に矢の雨を降らせるしかないのです。

白兵戦要員の緑トログロダイトは青や黄色といった遠距離戦要員の肉盾で、黒が盾の監視役なのです。
赤は使い捨ての自爆装置付き偵察要員。赤トログロダイトを突っ込ませて爆発すれば敵が居る、と。
勇気も個人武勇もいらない彼らにとっては、毒矢を連射できるショートボウこそが主力装備であり特権階級の証拠。


弓矢を持っている青トログロダイトこそが余興である「アロー&ラン」の主要参加者であり観客なのです。
つまり青トログロダイトがいる位置からよく見える場所こそが、走らされる捕虜が射殺されるべき場所の筈。
丁度ここから出口らしき所の中間当たりが矢の集中するキルゾーンかな。あの辺の地面にどす黒い染みができていますし。

血痕らしき染みは、そののあたりが一番多いですが、それよりも先の所にも前の所にも点々とあります。
開口部のすぐ傍、日光が差し込んでいる辺りにも小さな染みがありますので、あそこまで辿り着けた捕虜もいたのでしょう。
そして最も近い染みは、私が経っている中央の場所にあります。
察するに、ここが「アロー&ラン」に参加させられた捕虜のスタート地点か。

怪我か絶望かその他の理由で、一歩も動かず射殺された捕虜もいたのでしょうか。この場所の染みは。
‥‥? 臭い。
この場所はあの臭油の臭いがします。地面の、足下の岩肌から。


ああ、なるほど。いつもいつも捕虜が獲れるとは限りませんものね。そういうときは召喚した同族を射る訳ですか。
外道だ。外道にも程がある。
コイツらには地獄にすらいて欲しくありません。もしいたら、相手をしなきゃならない鬼達が気の毒すぎる。
地獄に落ちることすらできないって、こういう存在になることなんだ。


さて、彼らは私の挑発に乗ってくれたようです。キルゾーン(殺し間)に矢が届く位置へ、青トログロダイトどもが集まってい
きます。
ではもう一煽りしてみますか。
私は踵を帰して壁際へ、「アロー&ラン」のゴールである開口部の反対側へ歩きます。
一言で言えば走る距離を増やしたのです。

おめーらのへなちょこ弓矢じゃあ、このくらいハンデ付けてやらないと勝負にならねーよ的な嘲笑を浮かべているのですが、
良く解っているようです。侮蔑や軽蔑には敏感なのですねトログロダイトは。
違う、恐怖に敏感なのか。
恐怖に敏感だから、今の私が彼らをちっとも怖れていないことを敏感に察知して興奮しているんです。

観客席がもう総立ち状態です。
今の私を許せない、私を恐怖と絶望で打ちのめさないと気が済まないのです。そうしなければ、他者に苦痛と恐怖と絶望を与
えることしかすることのないトログロダイト族の自我は壊れてしまうのです。

煩いだけで恐くない。今の私に恐怖はありません。乗り越えたのか単に麻痺しているのか、まあどっちでも変わらないか。


良し。時間を稼いだ甲斐がありました。治療魔法を使ってみたコボルド戦士が復活したようです。しかもトログロダイトには
気付かれてない。私がここから逃げ延びるか楽に死ぬには、少しでも多くの戦力が必要です。
ならばヒール二回分の投資は、無駄にならない筈。多分あのごつい顔のコボルドが、捕虜の中では一番強いはずです。
本職剣闘士のソーニャさんが認めた私の感覚を信じましょう。

しかし気付くのが遅すぎた。信仰魔法を使えることが昨夜に解っていたらヒール四連続でウォスの傷を治して、あの場から一
緒に逃げられたのに。間抜けにも程があります。
あのときは怪我人を治療したいと本気で思ってはいても、治療魔法を使いたいとは欠片も思っていなかった。
だから解らなかった。
知識の通路だって、知識の通路を繋げたいと具体的に考えていたから繋ぎかたが解ったのであって、意思の疎通がしたいだけ
だったなら、私は今でも信仰魔法が使えることに気付いていなかったでしょう。


女神様は本当に「最大の危機を乗り越えるのに充分な加護」を与えていたのですよ。私が気付かなかっただけで。
普通気付きますよね。ファンタジーTRPG風の世界で神の加護と言えば信仰魔法だし、そもそも私の職業(クラス)は夢の中
で侍僧(アコライト)だと明言されてますし。


なんかもう、失策連打しすぎで頭痛くなってきたのですが。
打つ手打つ手が全部裏目に出てる感じです。


でもやります。たとえ既に詰んでいるゲームだとしても、私が最低最悪の指し手だとしても最後の一手まで続けます。
明かな間違いでも何もしないよりは良い。いや、何もしない事だって行動です。
茫然自失と静観と待機は似てるようで違うんです。そして今は動くべき時です。

ひょっとしたら、この地獄にすら入れて貰えないねぐらのすぐ近くにまで援軍が着ているかもしれません。
ゴォ・ドスやレェ・ウォスや、もしかしたらギュー・グェスと下っ端オーク達までがやって来ているかもしれません。
だから諦めないのです。死んでも幽霊になって自分の死体回収と蘇生を手伝います。
だから走ります。朝日の射し込む開口部目指して。

生きて巣に帰れる可能性は、あそこでしか拾えません。
罠であるとは分かり切っていますが、それでも走ります。




 ☆58日め4、だまされるほうがわるい☆


走ってます。

走る距離を長めにとったのは、コボルド達が縄を切る時間を稼くためですがそれだけではなく、運動エネルギーを貯めるため
です。
想像してみてください、100メートル走のレーン中間地点50メートルの所に立っている陸上競技の選手が、100メート
ル走競技中の選手が50メートル地点に到達したと同時に走り出す所を。
元々の足の速さが余程違わないと、50メートル地点から走り出した選手が追い付くことはできません。0速度から加速して
いくのはそれだけ時間がかかります。

この「アロー&ラン」が見せ物で娯楽であるからには、標的が観客席からよく見えるキルゾーンまで達しない限り射撃してこ
ない筈。
キルゾーンを駆け抜ける時間が0.1秒でも短い方が私には有利になります。

キルゾーンの手前まで、後ろ手に縛られたまま走っていましたが‥‥ここで縄を引きちぎる!
近代スポーツ走法が身に染みついている元日本人としては、手を振って走る方が早いのですよ。
いえ、実際は振ってる余裕はありませんけどね。青トログロダイトの中には気の早いのがいて、もう矢を放ち始めましたから。
両手はあの矢を防ぐことに使わなくては。

‥‥‥‥‥‥あれ? 何故に私は進行方向へ顔を向けているのに、斜め後ろの様子が見えているのでしょう。
何故か見えてます。
そうか、これは闘気です。
幹部オークや一流剣闘士達が使っている闘気法を、私は視覚限定で使っているのです。

地球で言えば肉眼の視界に魚眼レンズやペリスコープやバックミラーを混ぜてみた感じでしょうか? 私は顔の回りに発生さ
せた闘気で光を集めたり曲げたりして、視力を上げると同時に視界を拡げているのです。
昨夜、突然に暗視能力が上がったのも闘気法の影響でしょう。

そうか、闘気ってこう使うんだ。

この感覚は分かり易いです。
喩えていうなら、それまで乗れなかった自転車に突然乗れるようになった時の感覚。
あるいは突然身体が水に浮くようになった時の感覚です。

何かに 目 覚 め る 瞬間って、ありますよね? 意味不明な数字の羅列だった計算式の意味が解ったときとか。
味気ないだけの食べ物だった素麺の美味しさが理解できたときとか。
それまでとは逆に、何故いままではできなかったのかが解らなくなるこの感覚は久しぶりです。

見える、見えるぞ、私にも全周囲300°以上の範囲が見える! 視界が広い!
これが戦士達の視野なんですね。凡人とは文字通り 見 て い る 世 界 が 違 う んだ。


毒矢の雨がやってくるのがはっきりと見えます。私の足では絶対に間に合わない、開口部の手前数メートルで裁縫箱の針刺し
クッションみたいにされてしまいます。
無防備なら、の話ですが。

私は無限袋の中から大樽を中身ごと取り出し前方に、朝日が射し込む開口部に向けて転がします。
今回の旅行に備えて、無限袋の性能試験は思い付く限りやってるんです。この世界では無限袋の中身を取りだしたとき、
その運動エネルギーは取り出す者のそれに一致することぐらい確認済みなのです。

つまり、全力疾走中の馬に乗った冒険者が無限袋の中から火炎松オイルの詰まった大樽をとりだして転がせば、大樽は時速数
十キロ分の運動エネルギーを与えられた状態で出現し、そのまま転がっていくのです。
この場合、オークが風呂桶に使ってまだ余裕のある大きさの頑丈な樽が、中身と合計で400㎏以上の質量を持ったまま少女
の全力疾走と同じ速さで転がっていくのです。

そうでなければ、たとえば時速100㎞で飛行中の天馬やロック鳥に乗っている冒険者が無限袋から何か荷物を出せば、出し
たアイテムが時速100㎞の速度で冒険者の手の中から飛び出しそうになることになってしまいます。
そんな話は聞いたこともありません。
故に無限袋から出した物体は、その運動エネルギーが取り出す者のそれに一致するのです。証明終わり。

ん? これ、何かに使えそうですよね。後でじっくり考えてみましょう。


いけ、大樽! 行って罠を粉砕しろ!
降り注ぐ毒矢は大樽と同時に無限袋の中から取りだした、大ワニの革を羽織って防ぎます。
この島のワニ(クロコダイル)は、特に大きいのになるとマナを吸収して闘気の使い方を身に付けていますから立派なモンスタ
ーです。
大猪とかと同じで、幹部オークだって気軽に狩れる相手じゃありません。下手すれば返り討ちにされます。

一月ちょっと前にギュー・グェスが仕留めたこの超大物ワニ革は、神殿への奉納品として持ってきた代物です。
毛皮類は原則的にオーク達が運ぶことになっているのですが、この革は荷物として大きすぎたので無限袋の方に入れておいた
のですよ。
地球産の大ワニだって、その革はへなちょこな猟銃の弾など通さないのです。
紛れもないモンスターの革が速射性能しか取り得がないトログロダイト製の弓矢を通すわけがありません。
私がすっぽり入って余裕のある大きさですから一方向から射られている限り防備は完全です。

転がる大樽を追いかけて、担いだ大ワニの革を引きずりながら走ります。慣性の法則で、今止まろうとすれば転んだうえに転
がってしまいますから。
職人達が丹誠込めてなめした、せっかくの大物革が傷だらけになってしまいますが命には換えられません。

先行する大樽は、狭い開口部の両側から飛び出してきた合計30本ほどの細槍をへし折って転がり続け、その先で落とし穴に
填って止まりました。
やっぱりか。もしも矢の雨を振り切って走り抜ける者がいても、この二重の罠で仕留められる訳です。
そしてその様子を見て観客は馬鹿笑い、と。トログロダイトのやることは何処でも同じなのですね。

足裏スライディングで勢いを殺しつつ、私の身体は落とし穴に填った大樽へのりあげるようにして止まりました。
うん、やっぱりだ。穴と樽の隙間から見えます。樽が落ちてもう折れてますけど、落とし穴の底は槍畑が生えてました。
やはり生かして帰す気ゼロですねあいつら。


ガコッ

お? なんか今、上から嫌な音がしたような。
見上げると天井から縄で吊されていた石の角材が、次々と落ちて来るところでした。これが第三の罠か。



たとえ太さが10センチ角であってもメートル級の石材は軽くて重量数十㎏、そんなものが雨霰と落ちてきたら‥‥オークな
ら下っ端でも怪我で済みますね。私は死ぬけど。
ではなぜまだ生きているかといえば、とっさに大樽を無限袋の中にしまって、開いた落とし穴に入ったからです。
次々角材が落ちてくる方式の罠で助かりました。一個の塊が落ちてくる罠だったら間に合わなかったでしょう。

あと、もしもこの落とし穴がトログロダイト手作りの、ただ岩に穴を掘っただけの構造だったなら助かりませんでした。
というかこの落とし穴は本来床下の資材倉庫か何かで、トログロダイトが天井板を外して落とし穴に改造したのでしょう。
幸いにも落とし穴の中の方が穴の縁よりも大きい、昆虫採集の虫捕獲用罠みたいな構造だったので槍が折れてる穴の中に入っ
て壁際に貼り付いて石材の雨を避けたのです。


もう、落ちてこないよね?

身軽さが取り得のこの身体は、落ちてきた石材を足場にすれば簡単に落とし穴から出られます。
登ろうとして何かに引っかけた透明生地のスリップが裂けてしまいましたので、そのまま剥ぎ取ってしまいます。
破れてただの布きれになったものをこのまま身に付けていて、いざというときに何かに引っかけたら命取りになりますからね。

出てみると、落とし穴の中以上の土埃で煙幕状態でした。
石粉の煙が舞う向こう側に、色とりどりの影がうごめいている。奴らが止めを刺しに来たんだ。
更に奥から闇雲に矢を射た奴がいたようですが、私ではなく目の前の味方に当たったようで弦が鳴る音や矢が飛ぶ音はしまし
たが矢そのものは来ませんでした。
代わりに悲鳴と罵声が上ってます。本当に同士討ちを怖れない連中ですね。


もう罠はない筈。
あったらあったでそこで死のうと決意を固め、私はスリップの残骸で鼻と口を塞ぎ身を屈めて開口部に、外部に向かいます。
そして、たどり着いた外部は、断崖絶壁に開いた穴でした。



ここは谷の壁面に開いた、岸壁を四角くくり貫いた人工の石洞窟。20メートルほど離れた谷の向こう側はこちら以上に険し
い断崖絶壁です。谷底までは幅の倍以上、50メートルはあるでしょう。
この穴、周りの岩壁に規則正しく丸穴が開いていて、そこに錆びきった鉄塊が填っています。
その昔は鉄骨製の階段や昇降機(エレベーター)があったのでしょう。錆の塊は岩壁に打ち込まれた基礎材のなれの果てです。


やった。賭けに勝ちました。
最悪強化ガラス張りとか太陽光そっくりな発光板とかの詐欺も考えていましたが、期待通り外部に繋がっていました。
いや期待以上です。鉄格子すらありません。

さっそくなので登り始めます。岩壁を。
せっせと登ります。
どんどん登ります。
非力な人間の小娘をなめんなトログロダイト(穴住み)ども、岸壁登りだけならお前らなんかよりもよっぽど上手いんですよ。
悔しければその中途半端にせりだした腹ひっこめて追いかけて来なさい。
そうすりゃ捕虜のコボルドたちが動く隙ができるかもしれません。


‥‥弓矢は止めとけ弓矢は。この風じゃ当たりませんって。
弓矢はとても難しい武器なのです。投射兵器至上主義を万年単位で続けてきた地球人類だって、まともな射手を養成するのに
何年もかかるんですよ? 元々が穴居生物で不意打ち闇討ち専門の彼らに、この強風でこの距離の目標に当てるのは難しい。

そりゃ中には腕の良い射手や落ち着いた射手もいるのかもしれません。横風を計算して射れるのが。
でも、あの僅か数人しか立てない岩穴にいま立っているトログロダイトがそんな事出来る奴な訳がない。
どこでも真っ先に突っ込んでくるのは勢い任せな奴らです。
そして勢いだけの連中は私の計略に引っかかって頭に血が上りきっている。

戦いとは 駆 け 引 き なのですよ、力押ししか知らない奴には負けられません。


おっと、この張り出しは拙いですね。私の腕力では越えられないかも。
やや遠回りになりますが迂回して登りましょう。
眼力というか、視力と直感だけは戦士に近いんですよ私は。あと身の軽さも。どれも岸壁登りに役立つ才能です。

念のため見下ろしてみるとトログロダイトどもは‥‥うん大丈夫。
何人かの緑が岩壁をよじ登って追いかけてきたけど、そうそう追い付かれるような登坂速度じゃありません。


ん? 何やら嫌な感じが視界の隅にあるのですが? なんでしょうか。見てみましょう。
うあぁっ! 谷底の水面に波が走ってる!?
あの波の立ち方は拙い、強い風が、突風が壁面を伝わってここまで来るっ。

きたー! 無限袋の中のピッケルを出す暇もありません。
‥‥って元から無理ですよ、あれは捕虜のコボルド達に渡したんですから。

た、耐えるしかないっ。


なんとか耐えました。危なかったー! 気付くのが数秒遅かったら、飛ばされてましたよ実際。
よじ登って追いかけてきた緑連中の殆ど全部、そして青連中の半分ぐらいも突風で飛ばされてしまいました。紙切れよりも簡
単に飛ばされて、棒きれのように速やかに落ちていきます。

そりゃーそうでしょ。パンツ一丁の私ですら飛ばされそうになったんです。
只でさえ私より岩壁登りが下手なのに、風を受けたらパラシュートみたいに膨らんでしまうあの服を着たトログロダイトども
が無警戒のところに突風を受けて、飛ばされない訳がありません。


落ちたら助からないよなー この高さだと。
なるべく落ちないようにして登りましょう。落ちるのはまだ構いませんが、落ちて死んだら谷川にいる生き物に食われてしま
います。
ワニだろうがサンショウウオだろうが、食われるのはまだしもトログロダイトと一緒の胃袋に入るのは御免です。





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