第七十四話 俺の教職としても道はどっちだ 竹林の道でむつきが道を間違えるというトラブルはあったものの。 近衛の実家から派遣された天ヶ崎の手により、無事に通常の道へと戻る事ができた。 謎の爆発についても各所への連絡はしてくれると言う事で、観光の続き。 とは言っても竹林の道で随分と時間を使ってしまっていた。 予定通りにスケジュールをこなすには時間が足りないので、近くの野宮神社の参拝に変更となった。 むつきは学問の神様でと言う事で選んだのだが、同時に良縁、子宝の神社でもある。 おかげでお嫁さん以外にも何故か複数の視線に晒されお腹が痛くなったりしつつ。 陽も暮れ始めたので田中さんを呼んで、超包子の車両にて一路近衛の実家に向かった。 途中何度か、天井が喧しくなり、また古かとも思ったが全員車両内にいた。 小鈴が悪い笑顔でにこにこしていたのが、かなり気になったが。 近衛の家についてから、それどころではなくなった。「なにこれ、玄関とかじゃなくて鳥居じゃねえか。てか、家どこよ。滅茶苦茶、早まった気がする」「桜咲さんがお嬢様、お嬢様って言うのが分かるッスね。てか、竹林被ってる。先生、竹林の道に行かなければ妙なトラブルもなかったんじゃ」「おい、止めろ。俺の心が折れたら共々崩れ落ちるぞ」「先生素敵、惚れた。もう、この背中から離れない」 はいはいっと、足を怪我したままの春日を背中で背負いなおし改めて見上げた。 朱色の大きな鳥居は何処の神社でも見られるのだが数が違う。 竹林の道のように両脇を竹林に挟まれた道に一定間隔で鳥居が設けられている。 しかもその道は一体何処まで続いているのか、見当もつかない。 なにせ続く先が向こうに見える山に直結しているからだ。 ひかげ荘も百階段や山の中腹にあるが、およそ規模が違ってしまっている。「知ってはいたですが、木乃香さんお嬢様だったんですね」「凄く広い憧れてしまいます」「そんな事あらへんよ。辺鄙なところやし、せっちゃんが来てくれるまで友達一人もおらへんかったし」 夕映や宮崎に率直な感想を言われ、近衛は少し困った顔で笑っていた。 どうやらあやかと同じく、あまりお嬢様お嬢様とは言われたくないらしい。 特に同世代のそれも友達から。 小さい頃の唯一の友達とあらば、桜咲にべったりなのも多少は理解できた。 そこで百合ん百合んになるのは女の子だからセーフだが、男はアウトだ。「くっ、木乃香も刹那さんもなんで男に生まれなかった。古い家に生まれた跡継ぎと選ばれた友人。やがてその友情が愛情に、現代に蘇る衆道。ぢぐしょぉっ!」 拳を握り締め早乙女が血涙でも流しそうになり、同じ思考だった事に少し凹んだ。 それからキャッキャとはしゃぐ生徒を引率して、長い竹林を歩いていく。 本当にもう、先にスケジュールを近衛の父親に知らせておくべきだった。 春日の言う通り、竹林の道とほぼまる被りである。 後ろの方からも、やけにチクチクと視線が突き刺さる気がした。 思い切り被害妄想で、実際にチクチク刺されているのは背負われている春日であった。「やばい、死ぬ。桜子とくーちゃんの視線だけじゃない、命。命キッケーン!」 どんだけ生徒をたぶらかしたと、あらぬ方向から春日に疑いを掛けられた。 鳥居のある竹林を過ぎると振るうの山になったが、それが普通かどうか。 足が疲れたもうだるいと一部がぶうぶう言い始める程だ。「先生疲れた。美空、そこ代わんなさいよ。アンタばっかずるい」「ちょっと足、アッシの足見て美砂ちゃん!」「おいおい、引っ張るな柿崎。体力足りない奴は有り余ってる奴に借りてろ」 体の小さな宮崎や夕映、他に葉加瀬などクラスの中でも体力のなさそうな者はと見渡す。「だらしねえな、姉ちゃん達。やっぱ女はあかんで、パワーが足りん」「こら、小太郎。差別はいかんでござるよ。それにほら、拙者の方が小太郎よりパワーあるでござるよ」「むぐぐぐ、負けるかあ!」「君、どうしているの?」 竹林からずっとついて来ている犬上少年は、むつきの問いかけに答えることもなく。 頭を長瀬に抑えられ、言葉通り負けんとばかりに背伸びして跳ね返そうとしていた。 微笑ましいわと那波などはうふふと笑っており、鳴滝姉妹は私もっと加わり始める。 本当、体力のあるなしがもの凄く良く分かる光景だ。 そんな感じで皆でえっちらおっちら山道獣道を歩き、ようやく見えてきた。 明かりの灯る石篭に足元は石畳、目前にそびえるのは夕闇に栄える大きな門であった。 門とひところで言っても、既に建物だろうと言いたくなるような大きな門だ。「先生、私帰りたくなってきた」「おう、実を言うと先生もだ。近衛、今から男を見抜く目を鍛えとけよ。もう少しおおきくなったら、絶対に逆玉狙いとか変な奴寄って来るから。あしらい方、雪広とかに習っとけ」「ですわね。古い家柄とか、一代で財を築き上げた人がまず欲しがるものですし。何時でもお教えいたしますわ」「さすが元祖お嬢様のあやか。頼りになるわ」 貴方もでしょうがと、よいしょした那波から新事実がぽろりと零れたり。 さあもうひとふんばりと門を潜ったところであった。 もうお嬢様だとか、家が広いとかで引く、引かないのレベルではない。 若いお姉ちゃん達、それも全員が巫女服のような白と朱色の祭事服である。 ずらっと石畳の参道に並んでは、こちらを待ち受けていた。 ぴったり動きも揃えて頭を下げて迎え入れられた。「お帰りなさいませ、木乃香お嬢様。それからご学友の方々」 むつきはもう何でもありだなとぽかんと春日と一緒に口を開けていたのだが。「ちょっ、リアル巫女さん。バイト、バイトじゃねえよな。新種の巫女服。ちょっと一着くれ。もしくは見せて。覚えて自分で作るから!」「やっば、本物。本物だよ、木乃香の友達で良かった。さらばコミケ、こんにちはリアル巫女さん。千雨ちゃん、私にも一着、一着ちょうだい!」「ちうちゃん、パルも撮影の邪魔。うーん、ビューティホー」 疲れたとかぶうぶう言っていたのは何だったのか。 一気にテンションがマックスに立ち戻っている。 勝手に服の構造を調べ始めたり、べたべた触り、写真を取ったりやりたい放題。 これにはこちらが引くどころか、巫女さんの方が引いていた。 負けじと美砂達も今夜は全員で巫女プレイと、着て見たいと名乗りをあげも。 流石に近衛の実家で生徒を食うとか、何プレイと聞いてみたい。「お前ら、はしゃぎ過ぎ。近衛、なんでにこにこしとる。お前の家の巫女さんがピンチだぞ」「ええ、別ににこにこしとらへんえ。全然」「このちゃん、皆に壁作られる事だけが心配だったんです。察してあげてください、先生」「木乃香、皆委員長とかで慣れてるから今さらよ?」 桜咲の説明で一応納得が行き、神楽坂も今さらとさらにフォローを。 幼い頃の友人と言いい、やはり金持ちなら金持ちで色々と悩みはあるようだ。 那波もお嬢様と知ったが、いずれ悩みを聞いてみるのも良いかもしれない。 それが解決できるかは兎も角として、一緒に考える事ぐらいは自分にもできる。 よし、頑張ろうと心を改め、巫女さんと同じく生徒の勢いに呆気に取られた天ヶ崎に案内を頼んだ。「では本殿の方に」「うん、知ってた」 あちらと手で促がされたのは参道が続く本殿である。 やっぱりかと、他に言葉は何も出てこなかった。 靴を脱いで上がりこんだ本殿は、木の香りが鼻腔をくすぐる古き良き日本の香りであった。 ひかげ荘を知らない生徒は、板張りの床を珍しがったりしながらはしゃいでいる。 本当に神経が太いというか、根性が座った命知らずというか。 本殿の両脇でも巫女さんがお出迎えでお囃子を奏でているのだ。 他に正面脇には破魔矢らしきものを矢筒で背負った巫女さんも。 下手な事をすれば邪を滅するとばかりに射抜かれそうで、実は凄く怖い。「まもなく長がいらっしゃいます。お待ちください」「はい、お構いなく!」 巫女さんの一人にそう告げられ、ちょっと裏返った声で返す。「先生、少し落ち着きましょう。ハッカの飴玉です。落ち着きますよ」「あっ、さよちゃんずるい。内助の功。じゃあ、私は先生の隣で精神安定剤!」「私は射抜かれた際に、矢を弾く役目アル」「射抜かれる事が前提か。良いからこれまで通り班順で並べ。はい、座った座った。巫女のお姉ちゃん達に先生が格好良い所をみさせてくれ。あと俺に夢、みさせてくれ」 椎名の言う通り、さよの内助の功で飴玉を転がし心を落ち着け。 同じく何故か横に座ろうとした古を遠ざけ、パンパンと教室の要領で手を叩いた。 ちょっとおどけて、先生エロイとからかわれつつ座らせていく。 どうにかこうにか生徒を座らせ、神多羅木や刀子と共に点呼を取った。 何故か犬上少年が那波の隣で頭を撫でられていたが、もはや何も言うまい。 後で実家の電話番号だけ聞いて、誰かに送って貰う事にしよう。「お待たせしました」 お前ら静かにしろと二、三度注意した所で、正面の階段からそんな声が聞こえた。 巫女さんの格好と似ているようで違う男性用祭事服。 足元まで足袋できっちり締めた格好で現れたのが、恐らくは近衛の父親である。「ようこそ、乙姫先生。木乃香のクラスメイトの皆さん」 やや顔色が悪く、頬がこけて見えるのは長などと呼ばれる重職の為か。 それでも皆さんと言いつつも、視線は愛娘に一心に注がれている。 近衛の方も抱きつきたくてうずうずしているが、クラスメイトの前で恥ずかしいのか。 ちょっと視線を向けて、むつきが行って来いとこっそり促すまでだった。「お父様、久しぶりや」「は、はは。これこれ木乃香」 まさに懐に飛び込んだ可愛い娘を前に、近衛の父親も目尻が下がっていた。「娘か、娘もいいなあ」「先生」 後ろからそう囁いてきた美砂の言わんとしていることは分かりきっている。 さすがにこの場で反応はできないが、一瞬だけチラッと振り返り以心伝心であった。 美砂のみならず、他のお嫁さんたち全員に。「渋くて素敵かも」「人の事は正直言えないけど、良い趣味だね」「アキラ意外と辛辣。ん、小太郎君どうしたの?」「父親、愛か……はっ。べ、別に。なんでもあらへん」 アキラの呟きにたははと村上が笑い、傍にいた小太郎の様子が変な事に気付いていた。 ただ当人は何か強がるようにそっぽを向いており、同じく気付いた那波が頭を撫でる。 最初は直ぐに馬鹿にするなとばかりに振り払おうとしたが、その手も直ぐに止まった。 ううっと犬のように喉の奥でうなり、しばらくは言われるがままだ。 そこで多少事情に気付くのが、那波に加え村上の良いところか。 親娘の再会の抱擁もそこそこに、申し訳ないとむつきも割って入った。「近衛さん、この度はクラス一同泊めて頂きありがとうございます」「皆さんも、礼ですわ」 ありがとうございますと、三つ指とまでは行かないが授業の要領で頭をさげた。 神多羅木や刀子、むつみに加えて、一応田中もだ。「いえ、無理を言ったのはこちらの方です。いささか、ご迷惑をおかけもしたようで」「えー、うち先生に迷惑なんてかけとらへんえ。お父様のいけずや」「近衛……少しややこしいので、この場では木乃香君と。木乃香君は手の掛からない生徒筆頭で。本当にもう、手の掛かる生徒ばかりで。痛った。痛い、お前ら抓るな寄ってくんな!」「君付けって高畑先生の真似は駄目。A組の担任の座は、いくら先生でも渡さないわ」 などと神楽坂を筆頭に、今一度学園祭のような高畑派、乙姫派に分かれた戦争勃発だ。 近衛の父親の前、他に巫女さん達もいるのに、生意気だ誰が手のかかる生徒だと抓る抓る。 もう派閥とか関係なく、単にむつきが弄られているだけだ。 一人一人座れと、見せしめに一番最初にやった神楽坂に梅干をして鎮めた。「痛い痛い、ごめんなさい。感謝してます、超感謝してます」「やべえ、ついに神楽坂にさえ勝てるように。俺の教職としても道はどっちだ。やはり、新田先生なのか。誰か教えてくれ」 そっちじゃないっと、特に神楽坂が力説し一先ず終了である。 騒がしくてごめんなさいと今一度、頭を深々とさげた。 だから本当に近衛の父親が迷惑と言った相手が誰なのかは、一部以外分からなかった。 名指しこそされなかったが、天ヶ崎はやべえと冷や汗ものである。 と言うか、早く仕事を済ませ、通帳の無事を確認したい為の冷や汗でもあった。「頭を上げてください、乙姫先生。今夜は宴の準備も整えてあります。今夜一晩、皆さんもここを自分の実家だと思って楽しんでください」「宴会!? そんな無料で泊めて貰った上に。大丈夫です、コイツらなら山の中でバーベキューとか。それこそサバイバルでも!」 聞いてない上に申し訳ないと断ろうとしたのだが。「先生、それ卑屈ってか。最強の自由人じゃない。遠慮し過ぎるのも考え者だよ」「えっ、それじゃあこの全自動ものみなBBQ君は必要ないですか!?」「なんとこのBBQ君は、周囲三メートルにある全ての肉を美味しく焼き上げる優れ者ネ」「カニバリズム」 朝倉の軽い台詞は兎も角、最後のザジの止めでむつきの首が縦に折れた。 よし終わったと天ヶ崎が脱兎の如く逃げたので、別の巫女さんに案内されていった。 神多羅木や刀子がこの場にが残っているとも思わずにだ。 宴会に釣られ、一般人と魔法生徒プラスその他が消えた本殿内である。 呪術協会として残ったのは長と一部の護衛、魔法協会として残ったのは神多羅木に刀子であった。 まず最初に神多羅木がしたのは、タバコを取り出しとんとんと叩いて一本取り出すことから。 今日は形式ばったものではないし、円滑な会談の為の潤滑油を詠春に差し向けた。「これはどうも」「男が腹を割る時は、これに限る」 女もいるんですけどと思ったが、刀子は黙って一席分離れた。 今はもう慣れはしたが髪に匂いがつくのは常に避けたいのだ。 良く良く見てみれば護衛のしかも女性も似たようなものである。 お互いみあって男は仕方がないと、妙なところで西と東が仲良くしたりも。「まずは親書なんだが、そう意味があるとは思えんのだが」「なに、こういった小さな一歩の積み重ねが大事なのですよ。百人中一人が認識を改めれば。いえ、戦争を知らない若い世代がせめて正しく認識してくれれば」 そういうものかと、組織を束ねる事を知らない神多羅木はそれ以上何も言わない。 黙って近右衛門が書いた親書、少し遅めの書中見舞いである。 血縁こそないが、法的には近右衛門が義父なので家族内の普通の手紙であった。 そこに組織的な立場は殆ど関係ないが、何事も積み重ねだ。 今は東から親書が来たらしい、この噂をばら撒く程度。 少しずつ例えば一年後ぐらいには、もう少し表立って親書を正式に受け取るなど。 その時誰が持ってくるかは、近右衛門の頭にもう形が出来ている事だろう。「ではありがたく頂戴するとして。どうでしたか、過激派の反応は?」「千草、天ヶ崎が言うには過激派でも色々あるそうで。私が言うのもなんですが、少し神鳴流との付き合い方を考えたほうがよろしいかと」「闇に飲まれやすい流派だからな。元々、近衛嬢に手を出すつもりはなかったようだがその闇に飲まれた鉄砲玉を使わされていた。あの犬上という子は良くわからん」「なる程、私が長となった事で神鳴流も随分と関西呪術協会内で発言力を得ていますし。対応を考えておきます。それと犬上君ですが、彼は天ヶ崎千草が引き取った子ですよ」 彼女は幼い頃に西と東の抗争で両親を失い、東憎しの精神で過激派に所属しているのだ。 あの犬上という少年は抗争で両親を失ったわけではないが、親がいないのは同じ。 そこに過去の自分を見たのか、何かと目をかけて仕事を回したり援助している。 ただ犬上が正式に関西呪術協会には所属しておらず、何故かフリーのままだが。 何か考えあっての事かは本人に聞かないと分からない事だろう。「細かい情報は後で学園長経由から渡すとして、こちらから一つお願いがある。今回の囮調査のあくまで個人的な見返りと取って欲しいのだが」「話の内容によりますが」「あのクラスには以後、絶対に手を出さないでください。京都のみならず、世界全土を火の海にしたくなければ」「それは西と東の抗争が。そう言えば、過激派の伊賀忍者が全て買収されたとか」 ついつい東のせいとも思っていたが、違うらしいと近衛の父親が興味深げに身を乗り出した。「俺達西の魔術、東の呪術。それからなんと言うべきか、大陸の科学か」「お嬢様のご学友の一人、超鈴音。彼女は数世紀先を生きる大天才でして。とある人物に手を出せば、軌道衛星砲で宇宙から狙撃されます」「蘇我野からここに来るまでの間に、過激派が再度襲撃をかけた際の謎の光が。合点がいきました。科学、ですか。分かってはいたことですが、時代ですかね」 表の世界でさえ五十年前には科学で戦争をしており、魔法世界が前時代的なのか。 かつての友情と刺激に溢れた日々を思い出し、近衛の父親は寂しげに笑った。 関西呪術協会が使役する鬼や治めている土地神や霊まで。 今の小鈴の科学技術を持ってすれば制御可能と知れば、どんな顔を見せることか。 西と東の小さな会談は、もう少しだけ続く事になる。 まだまだ宴会の途中であったが、生徒をむつみと田中に預け一足速くむつきは風呂を浴びる事になった。 案内された邸宅は、風呂は大きいが一つしかなく生徒とかち合うのを避ける為だ。 近衛の父親に用があると聞かされた神多羅木は、逆に深夜に入るらしい。 檜の風呂は行灯で照らされ、天井の四隅の壁にはお座敷のような欄間がある。 欄間がある壁の向こうには砂利を敷き詰め石を配置し、竹を植えた庭園まで。 祭事を取り仕切るのって金になるんだなっと、ちょっと不謹慎な考えも浮かんだが。 まずは自分の体を洗い、次いで勝手についてきた金髪子猫の頭と体を洗ってやった。 それからこの広い檜風呂を贅沢に二人占めである。「どうだ、憧れの京都は?」「ふん、余計なケチが付かなければ最高だったさ」 言ってくれるな、俺も頑張ってるんだと膝の上のエヴァの頭に顎をつけた。 そのまま喋るとガンガン震動が伝わるのだが、嫌な顔一つされず。 結構気に入っているのかなと、そのままでいる。「残りあと四日か。こうもひかげ荘を離れていると、ちょっと恋しくなってくるな」「ネットじゃなくても良いから碁がやりたい。後で相手をしろ」「明日以降のスケジュールの確認もあるし。それが終わったら、遅いが起きてられるか?」「馬鹿にするな。この私を誰だと思っている」 アタナシアと俺の可愛い妹ですと答えると、ふんっと鼻を鳴らされた。 懐いた事は懐いたが、どこかツンが取れない猫である。「そうだな、この旅行は半分ほったらかしだったし。偶には義兄ちゃんと寝るか?」「な、なに!? ついに、この私の体に欲情すがぼがぼ」「そう言う意味じゃねえよ。何処で覚え、俺だよ。エッチな事は忘れなさい」 その身なりでエッチなのはいけませんと自分を棚に上げて、小さな頭を押さえつけお仕置きだ。 ただなんだろう、エヴァががぼがぼ慌てているとそれはそれで可愛いような。 いかん、いかん、いかんと新田化ではなく、サド化していた自分に気付いた。 まさか嘘だろとまた自分の人格がおかしな方向に変化し始めているようだ。 今のうちに矯正だと、ごめんね可愛い可愛いと可愛がった。「良いように弄びよって。ふむ、一つ良い事を教えてやろう。実は、姉が京都に仕事できていてな」「マジでか。呼んで、あかん。デリヘルじゃないんだから!」「安心しろ、近衛詠春と姉は割りと気心が知れた仲でな」「ほう、それはそれは初耳で」 えっとその声にエヴァが振り向いてみれば、あろう事か近衛の父親が入ってくるではないか。 むつきもコレには驚きでというか、傷だらけの体に驚きである。 思わずエヴァを自分の影に隠しつつびびって腰がひけてしまった。 祭事を司るとは、それは的屋のような意味でやのつく人だったのかと。 学園長も若い時は血煙と硝煙の中でのし上がったのかと想像の翼が勝手に羽ばたく。 しかし大事な義妹の純潔だけはと、しっかり抱きしめておいた。「いやいや、失礼。本当は中々難しい木乃香の二者面談をしたかったのですが。エヴァの事ならご安心を。彼女の姉とは親しく、エヴァとも面識がありますから。この場で悲鳴を上げられない程度には」「アタナシア、どんだけ顔が広いんだ。関係持ったのに、俺何も知らねえ」「おい、余計な事を喋るな。違う、違うからな。ちょっと若造をからかっただけで!」「はははっ、タカミチ君から電話で相談されたので知ってますよ。凄い慌てて、まだまだ初心で逆に彼が心配になりましたよ」 何しとんじゃと、頭を抱えたエヴァを落ち着かせる。 それから掛け湯して湯船に入ってきた近衛の父親の為に場所を空けた。 それはもう凄く空けた、相手が銃でも持っていそうな感じで。 ついでになりが小さいとはいえエヴァも女子中学生なので、マナー違反ながら胸と腰をタオルで縛ってあげた。 というかマナー違反というならば、現時点で近衛父が一番マナー違反なのだが。「これは昔、若い頃にはしゃいだ名残ですよ。祭事といっても、やのつく人とは無関係です」「コレは失礼を」 なんだ若い頃のバイク事故とか、そういうのかと謝罪して距離を戻す。「えっと、木乃香君の普段の生活で良いですか?」「ええ、普通の生活が聞きたいのです。貴方の口から」 自分の口からとはどう言う意味か、図りかねたがかしこまるべきではないだろう。 遠く離れた愛娘の普段の生活が知りたいと、親御さんに頼まれただけだ。「木乃香君は非常に成績優秀でして、かと言って真面目一辺倒ではないですよ」「ほう、そこは少し私の若い頃とは違いますね。彼女の血かな?」 彼女とは恐らく、近衛の母親の事であろう。 そう言えば全く姿を見せないが既になくなられているのだろうか。「所属している部活が図書館探検部という、麻帆良学園都市にある図書館島の探検が主な活動の部活なんです。あそこはもう、体力がいりまして。僕の初挑戦は散々でしたよ」「刹那君以外には、その部活に友達が?」「うちのクラスに三人ですね。友達と言うならルームメイトの神楽坂もいますね。まあ、神楽坂はバイトで忙しいので朝食を作ってもらったり、木乃香君が半分お母さんという感じらしですが」「そうですか、明日菜君と木乃香がそのような間柄に」 神楽坂は初対面の反応を示していたが、どうも今の反応では小さい頃を知っているようだ。 親戚筋というなら、あのバイト三昧の生活もちょっとおかしい。 高畑が保護者という事だが、当然彼は結婚もしていないはずだ。 亡くなった姉とか妹の子とか、少々ドラマチックと言うのは不謹慎だがそういう背景があるのかもしれない。 そういう暗い過去があるのに、あの明るさはちょっとした奇跡なのだろう。「むつき、そろそろ囲碁」「もうちょっと待って。今大事なお話してるから」 はやく上がって遊ぼうと催促する子猫をあやしつつ。 何度もうんうんと頷いては愛娘の普段の生活を想像して楽しむ近衛の父親に付き合った。 二社面談というよりは、預かった子の様子を伝える保護者の役目というか。 時折桜咲や神楽坂の様子も含め、近衛周辺の友達から日頃の生活までとにかく話しつくす。 それはもう、むつきがくらっと逆上せるぐらいに、語り明かした。 -後書き-ども、えなりんです。ここ数話は魔法関係者のお話ばかりで、嫁達が目立たず。でも京都を離れれば、逆に魔法関係はしばらくありません。今だけですな。次回は千草回で水曜更新です。