第七話 絶対キモイって思われた 濁流のような怒涛の一週間がようやく過ぎ去ろうとしていた。 週末金曜日の現在時刻は午後四時、帰りの夕会の時間であった。 今日も高畑の代わりに教卓に立ったむつきは、自分の生徒達を見渡していく。 皆、これからの連休に向けて瞳がキラキラと輝いていた。 落ち着きのない鳴滝姉や春日などは、そわそわと貧乏ゆすりを繰り返している。 一人やや元気のない神楽坂は、週の殆どを高畑と会えず落ち込んでいるだけだ。 そうやって一人一人見渡し、神楽坂の直後に一度だけついっと視線が泳いだ。「さて、待ちに待った週末だが。実家に帰る奴は、ちゃんとルームメイトと寮長に連絡をいれろよ。帰って来ないって騒がれるぞ」「長期休みでもないのに、実家に帰るのはちょっと大変やなぁ」 京都出身の近衛がそう言うのはある意味仕方ないが、だよねと数多の声があがる。 彼女らにしてみれば、実家よりも騒げる仲間のいる寮は天国なのだろう。 思春期らしく、厳しく鬱陶しい親の監視の目がないという意味でも。「親御さんは可愛いお前らが帰ってこないか、週末毎度期待してると……」「先生、私はお父さんと週末はデートするから問題ないよ!」「出たぁ、ゆーなのファザコン発言」 元気よく手を挙げて発言したのは、まき絵の評した通りの明石であった。 皆もやれやれと呆れ顔だったり、アレはアレでありなんじゃと唯一呟いたのが神楽坂である。 もはや神楽坂の年上好き、オジコンもここに極まれりだ。 麻帆良大の教授という話だが、むつきはその人と会った事がない。「あー、話の腰が折れたが。月に一度ぐらいは帰れってことだ」「先生」「なんだ、那波?」 このクラスでも格段年齢と見た目のそぐわない、人妻臭がする那波が手をあげた。 特にあの制服のボタンが弾け飛びそうな巨乳が体を持て余した団地妻っぽい。 他にも常に絶やさない笑みだとか、あと泣き黒子。 あまり渋谷とかに行かないで欲しい、絶対AVとかのスカウトされるから。 中学生団地妻、ちょっと見てみたい気もするのだが。「今、なにか不穏な事を考えませんでした?」 そして異常に鋭い勘を発揮し、おぞましい目に見えるような黒い波動を出しながら尋ねてくる。 位置的には廊下と窓際でかなり遠いが、同室の村上がぷるぷる震えていた。 常日頃からあの波動に当てられ、もはや条件反射の域のようだ。「不穏ってなんだよ、逆に教えてくれ」「いえ、なければ一向に。お爺様がご帰宅なさる事はないのでしょうか?」「わ、私もできればお話を」「お前ら、俺の爺さんに何処まで興味津々なんだよ」 この時とてつもなく珍しく、内気で男が駄目な、宮崎までもが小さく手を挙げていた。 この子は読書好きで少々夢みがちな性格なので単純な憧れだろう。「一度お話を聞いて。現代に生きる浦島と乙姫で、園の子供達に新しいお話を作ってあげられないかと」 園とはボランティア先の、身寄りのない子供達の事である。 そういう割とまともな理由ならあわせてあげたいのだが。 あいにく、爺さんはひかげ荘以外に麻帆良内では帰る場所もない。 あそこは絶対教えたくない場所であるので、適当にごまかしておく。「帰って来たら、教えてやるよ」「ええ、お待ちしていますね」「のどか、よく頑張りました。挙手をして先生に質問など、格段の進歩です」「ゆえゆえ、頑張ったけど。もう、だめ」 少々無駄話が過ぎたので、ぱんぱんと手を叩いてこれからは挙手も無しと教える。 何かあればこの後にしろと、最近使い始めた合図でもあった。 ちょっと猿回しっぽいのでアレだが、皆ちゃんと静かにしてくれた。「部活に遊び、ほんの少しの勉強。精一杯休みを楽しめ、怪我のないようにな。以上」 そう締めくくった瞬間、わーっと教室内が歓声に包み込まれた。 ただの休日だがまさにお祭り状態。 何処行く、何時遊ぶと皆がわいわい騒ぐ中で、睨むように見てくる美砂と一瞬目があった。 即座に視線をついっとそらしたむつきは、騒ぐ生徒達に隠れるように逃げ出した。 それはもう、素早く。 まき絵のばいばいという声にも軽く手を挙げた程度で、脱兎の如く走り出す。 残された生徒達の一部は、その事に気付いたように小首をかしげる。「ばいばーいって、行っちゃった。慌ててたけど、何かあるのかな?」「先生も忙しいし、と言いたいけどちょっと変やったな」「そりゃ、先生も男って事っしょ」 ちゃんと挨拶を返してもらえず残念そうなまき絵のそばで、亜子も首を傾げていた。 そこへ訳知り顔で現れたのは、春日である。「美空ちゃん、何か知っとるん?」「花の金曜日、男がいそいそと帰るなんて一つだけ。女、デートしかないっしょ!」 春日の信憑性ゼロの発言に対して、週末の予定を話していた殆どの者が止まった。「アホらし、お先」 クラス内で数少ないノリの悪い長谷川は、興味なさげに帰って行ったが。 身近な教師の恋愛話とあって、食いつかない女の子は少ない。 美空の周りに瞬く間に円陣を組むように集まり、声を潜めて話し合う。「誰なのかな、知ってる人かな?」「実は意外と身近に。同じ先生の誰かだったりして!」 どきどきと鳴滝妹が呟けば、火に油を注ぐように鳴滝姉が根拠もなくあたりをつけた。「歳の近い人は、しずな先生とか二ノ宮先生?」「二ノ宮先生、そういえば前にレオタードで職員室行った時なんだけど」「まき絵、羞恥心持った方がええよ?」 割と大人しめの大河内が食いつき、おぼろげに思い出すようにまき絵が呟いた。 レオタードでと言う点についてだけは、和泉がしっかり突っ込んでいたが。「先生に一度注意されて、二ノ宮先生にも注意されたけど、後でまた先生に注意された」「よし、わからん。誰か通訳!」「つまりこういう事ヨ、裕奈サン。乙姫先生に一度注意されたのに、再び注意された。二ノ宮先生が個人的に乙姫先生に頼んだとネ?」 翻訳と言うより推察に近い言葉であったが、面白さは常に真実に勝る。 ゴシップとはつまりそういうものであった。「さすが超りん、万能天才。それで個人的にってやはり密室、夜お部屋って事でファイナルアンサー? しっぽり濃密なラヴ臭ッたたた、痛い美砂ちゃん何故に私の触覚を!」 大盛り上がりを続ける中で、最大の禁句を述べた早乙女のアホ毛を握り締めていた。「あぁ?」 何故にと訴えた早乙女の言葉を、スケバンも真っ青の凄み一つで黙殺させてしまった。 良い所なのにと文句を言おうとした面々も、思わず後ずさっている。 まるで見た目と実年齢の差を指摘された那波に匹敵するオーラをまとっていたからだ。 アレに逆らってはいけない、既にそういう共通認識であった。「千鶴姉の殺意の波動が、殺意の波動が伝染した!?」「うふふ、夏美ちゃん。少し、向こうでお話良いかしら?」 一番ソレに敏感な村上がそれだけは勘弁と、半泣きで叫んだところを那波に連れて行かれる。 誰か助けてと訴えたが、視線合う者すべてが触れるまいとそらしていた。 それは兎も角、一体何故という周りの疑問は、やっちゃったと半笑いの釘宮が持っていた。「昨日から美砂、すっごく機嫌悪いから特に恋愛話は隠れてした方が良いよ」「痛い、イタタタ。そういう事は早く行ってよクギミー」「クギミー言うな」「ああ、そっちの触覚まで。千切れる、二本同時は不味いって!」 二本あるうちのもう片方も釘宮に引っ張られ、もはや死に体の早乙女であった。「直接聞いたわけじゃなくて、聞こえちゃっただけだけど……言っていいのかな」 暴走中の美砂ではなく、釘宮に問いかけたのは隣の席にいる神楽坂であった。 本人は話が出来る状態ではないのでその親友に振ったが、良いんじゃないと軽く帰って来た。「別れたらしいわよ、彼氏と」 神楽坂の爆弾発言に、今再びの驚愕の大合唱であった。 もはやむつきの事など捨て置かれ、張本人がそばにいる話題へと興味が移る。 ただし、本人が別人のようにキャラが変わっているので聞けやしない。 となると矛先は、そのルームメイトであり親友、つまり事情に詳しそうな釘宮に移った。 本人の代わりになんで、どうしてと揉みくちゃにされ、釘宮は慌てて探す。 もう一人のルームメイト兼親友の椎名を。「さ、桜子!」「桜子さんなら、つい先程帰られましたわ」 助けを求めた釘宮にニコニコと答えたのは、雪広であった。 ショタコンと主に神楽坂に他称される彼女も、女子中学生らしく興味があったらしい。 本人に好きなタイプはと尋ねたら、愛らしい少年と即答するのだろうが。「一人で逃げるな、私も連れてけ!」 そんな釘宮の叫びも虚しく、怒涛の質問攻めの中に埋もれていった。 週最後の残業を、むつきは何時現れるとも知れない美砂に怯えながら済ませた。 現在時刻は午後八時二十分、ひかげ荘へと向けて街灯の少ない道のりをとぼとぼ歩いている。 あれから、美砂の前でボロ泣きしてから連絡は途絶え気味になってしまった。 途絶え気味というのは、少し正しくはない。 美砂からのメールの数は以前と変わらず、結構な頻度で送られてきている。 途絶えているのは、むつきからの返信であり、返しても今ちょっと忙しいといった文面であった。 もちろん、忙しいなどという言葉は下手ないいわけである。「はぁ……良い歳して泣くとか。好きな子の前でしかも号泣、おっぱい理由にちょっと泣き止んで赤ちゃんプレイとか。もう、なんか死にたい」 足取りはさらに重くなるが、ひかげ荘には行かなければならない。 ひかげ荘はもう誰も泊まる者がいなかった為、食器類はもちろん布団もなかった。 そこで美砂と使う為に、シーツや枕も含め、一式を通販で頼んでおいたのだ。 仕事があるので、その受け取りは八時半に指定してある。 あるのだが、そのままお蔵入りしてしまう未来が頭をどうしても過ぎった。「呆れられたろうな、絶対キモイって思われた。でも別れたくない、別れたくねえよ」「何時誰が呆れたって言った? キモイって言った、別れたいって言った、この野郎」 突然背後から掛けられた聞き覚えのある声に、思わず背筋が伸びた。 振り返ったその先にいたのは、一週間前に会った時と同じ黒の長袖ワンピースであった。「可愛い彼女の目の前を、気付きもせず通り過ぎる普通?」「美砂、どうして。結局、週末の約束してないのに」「寮に帰省の連絡入れてきた。円と桜子にも失恋旅行行って来るって言ってきた。何かあっても実家に電話しないで携帯にかけてって」 失恋と言われて美砂の手元をみると、大きな旅行バッグが提げられていた。 もう何がなんだか分からず、失恋という言葉だけがむつきの頭を飛び回った。 ちょっとまた泣きそうになったが、次の美砂の行動が少しは救ってくれた。 以前と変わらず、笑顔でむつきの腕に抱きついてくれたのだ。「先生、バッグお願い。まだあの階段、もの持って登れる自信ないから」「あ、ああ……分かった、任せろ」 もうわけが分からず、混乱しきりでむつきは何時自分が布団一式の受け取りをしたかさえうろ覚えであった。 時間が誰かに消し飛ばされたように、目の前の光景が変わっていた。 場所は管理人室、コタツテーブルは隅にどけられ、真っ白な布団が敷かれている。 真新しいパリッとしたシーツも被せられ、枕も二つ仲良く並べられていた。 残念ながらYES、NO枕ではない。 欲しかったが登録中の通販サイトになかったのだ。 それを抜きにしても夫婦が新婚初夜を迎える為に、丁寧に整えられた寝床のようでもあった。 そこでハッと我に返った、夫婦という二文字に自分と美砂を重ねたことで。「新品ふかふか、先生新しいの買ってくれたんだ」「ああ、ちゃんと干さないと使えないのや。黄ばんだシーツばっかりだったから」「そこだけがネックだったけど。うん、これなら大丈夫」 布団を満足そうに叩いた美砂が、楽しそうに振り返ってニッと笑って言った。「先生、一緒にお風呂はいろ」 一応ひかげ荘には、室内の風呂もあるのだが美砂がそれを知るはずもなく。 何を指しているかは一つしかなかった。 先週の日曜日、カレンダー的には今週の日曜日だが。 その日の家デートの時に、一度だけ美砂はひかげ荘の露天風呂に入っていた。 結局本人の知るところとなったお漏らし事件の際に、一人でだ。 二回目となる今回であったが、それでも感動するには十分な光景であった。 全開は昼であり、今回は夜という事もあるが、それだけではない。 溢れる湯気が舞い上がり、星々あふれる夜空を覆い隠していく。 お湯を囲む岩場は数点のライトに照らされなければ浮かばず、闇にひっそりとしている。 本当にここは麻帆良かと疑いたくなる和の光景あふれる露天風呂。 これで感動するなと言う方が無理というものだ。「わぁ、夜だとなおさら良い雰囲気。先生、早く早く!」 全裸のままタオルで隠しもせず美砂が小走りになって、露店風呂に近付いた。 やや使い古された感のある木の桶で湯船をすくい、掛け湯をする。 流れるお湯が湯気となって美砂の体を真っ白な湯気で覆い隠していく。 湯気は徐々に薄れていくが、その向こうから現れたのは温まり桜色に火照る美砂の体であった。 白い桜が一瞬で桃色に変わったような、一種幻想的な光景でさえある。「ん、先生どうしたの。見惚れちゃった?」「クレオパトラなんて比べ物にならない、見返り美人だ」 まだ不可解さは残るものの、美砂がいてくれる事で少し調子が戻り始めていた。 美砂もその事に気付いたようで、見返り美人と言われたこと以上に喜ぶ。「先生も早く、マナーだけは今日は無礼講で」「わざとか、間違った使い方するな。日本語は正しく使え」 先に湯船に足をつけた美砂を追うように、むつきも掛け湯を行った。 春先のまだ時折冷たい風を吹き飛ばす熱さに包まれ、少しほっとする。 そしてお湯に足を突っ込んだが、何故か美砂は肩まで浸からず立ったままである。 何かを待つようにむつきを見ており、訝しげにしながら湯船に浸かった。 すると美砂がむつきに少し近付き、くるりと背中を向けてから沈み込む。 お湯の中に生まれる波紋を熱く感じながら、お湯を蹴ってむつきに背中を預けた。「もう、気が利かなくなってる。可愛い彼女と一緒に温泉に入って、背中を預けられたら?」 恐る恐る伸ばされたむつきの腕を、美砂が掴んでお腹に乗せる。 流石にそこまでされれば、むつきも腕の輪を小さくするようにして抱きしめた。「ちょっと熱いけど、気持ち良いね先生」「そうだな」 二人して瞳を閉じて、耳を傾ける。 春風が山の木々の葉をざわめかせ、直立する幹の間をすり抜けていく。 露天風呂の湯気が露に還元され、どこかにぴちょんと落ちた。 もっと耳をすませば、それこそ山から風に流された葉が湯船に落ちる音さえ。 そうした自然の音に耳を傾けていると、より大きな音に気付く事ができる。 他のどの音よりも近く、温かくて安心する鼓動。 肌と肌で触れ合う事で直接聞き取れる、二人の重なるような心音であった。 熱いお湯の中なので若干普段より早いが、トクトクと響いている。「少しは落ち着いた?」「この二日間、動揺しっぱなしだったのが良く分かる。仕事の方で大きな失敗をしなかったのが不思議なぐらいだ」「だったら、私の話をちゃんと最後まで聞いて。あれ、メールも全然読んでないでしょ。定型文何度も寄越して分かってるんだから。怒ってたんだから」 抗議の意味を込めて、お腹をさわさわ触るむつきの手を抓った。 慌てて引っ込もうとする手を逆に掴んで、引き止めもしていたが。「私ね、先生の事が好き。告白された日曜の朝よりも、このひかげ荘でエッチした時よりも。月曜にキスしたり抱っこされた時より、水曜に甘々、イチャイチャセックスした時よりも」 水曜の件で再び逃げようとした腕を、逃がすかと美砂が引っつかんだ。「嬉しかったんだから、私。先生が弱みを見せてくれて。私も仕事も好きで大事だって、泣いてくれて。全然格好悪くない、キモクない。縋られて、おっぱいあげて支えてあげたいって思いさえした」「でもやっぱ、良い大人がさ。俺は美砂より十歳以上も上だし」「そこ、私が気付いたのは」 むつきの腕の中でくるりと回り、美砂が湯船の底に手を付いて見上げてくる。 女の子らしい長いまつげのむこうにある大きな瞳で。「先生って他人、生徒を思った時は強いけど、自分の事になると途端に弱気になる。異常にメンタルが弱い。晒してないよ、事実だとは思うけど」 美砂に指摘されて思い返してみる。 生徒を思った時といわれても、最近は主に美砂しか見ておらず、生徒と言うか彼女だ。 美砂が駅でボロ泣きしていた時、異常にテキパキと高畑に連絡をとったりした。 これは彼女になってからだが、屋上のバレーで美砂が倒れた時、周りなど見えていなかった。 誰よりも早く駆けつけ抱えお越し、雪広に支持を出してから介抱に走っていた。 反面、自分が中心の授業はふん詰まり、自信なさげに何度も教科書を確認したり。 教室の生徒を静かにさせられない事を嘆き、あげくクソガキと心で蔑んだりもした。「今回だって、私のメールも見ずに自己完結に走って勝手に勘違いしてウジウジと」「すまん、泣きそう。これ以上、苛めんな」 美砂から視線をそらし、ずずりと鼻をならしたむつきを無理やり振り向かせる。 少々首がゴキリと鳴ったが、多少の荒療治は仕方がない。「だから思ったの。誰かが先生を支えてあげなきゃって、応援してあげなきゃって。それは誰の役目。委員長? 二ノ宮先生? まき絵は、まあいいや。それとも世界で一番可愛い彼女?」「佐々木ぇ……てか、なんで二ノ宮先生まで?」「うっさい、思い出したら腹立ってきた。二本あるんだから、片方むしっとけばよかった。あの存在意義の不明な触覚」 慈愛の表情から急にやさぐれた美砂に、何があったと思わざるを得ない。 二本の触覚と言えば、一人思い浮かぶ者もいたが。 何やらよからぬ暴走でもしたんだろうと、何時もの事だとさらっと流す。「美砂が良い、世界で一番可愛い美砂に支えて欲しい。こんな俺でも良かったら、だけど」「うん、一杯応援してあげる。今日もチアコス持ってきたし、違う種類のもね」「やっぱり天使か」 久しぶりに自分の意志で美砂を抱きしめ、膝の上に乗せた。 お湯の中で美砂の性器やゆらめく陰毛に触れ、一物がむくむくと大きくなる。 対面座位のような格好となったので、徐々に大きくなるそれがピッタリ美砂の谷間にフィットした。 入りたい、美砂の中に入りたいと思ったが、唇に指を置かれてしまった。 先手をとってまだお預けと。「もう少し、我慢して先生。もう一つ、話があるの」 いきなり完全回復はないが、むつきの心は癒され始めている。 ならば他に何があるというのか。 美砂がそういうのなら、むつきは幾らでも待つつもりだが。「私、少し先生の事を誤解してた。元彼の事でどん底やけっぱちだった時に優しくされて、屋上での事もあったし。格好良いだけの、都合の良いヒーローみたいに思ってた。ちょっとエッチな」「それ、最後の落ちいるか? 俺はできれば、美砂のヒーローになりたい」「じゃあ、エッチはもうしなくても良い?」「もし可能なら常時繋がってたい。もっと一杯、色んなプレイを美砂としたい」 少し脱線しかけるが、美砂が話を戻す。「後でね、先生。改めて知った先生はヒーローじゃなかった。そう見える時もあったけど、自信がなかったり、からかわれて戸惑ったり。夢をなくしそうになって泣いたり」「あっ……」 するりとむつきの腕の中から抜け出した美砂が立ち上がる。 辺りを包む湯気と星明り、スポットライトのような明かりの中で振り返った。 胸も性器も隠さず、身に纏うのは湯気だけで両手を広げてむつきに全てをさらしながら言った。「酔った勢いでも、憧れでもない。本当の先生を知った上で、あの日の初夜をやりなおしたい。もう、処女じゃないけどもう一度。同じぐらい先生にも本当の私を知ってほしい」「俺の知ってる美砂は……可愛くて、ちょっと嫉妬深くて、欲求に正直な女の子。エッチにも積極的で、大抵のリクエストに答えてくれる最高の彼女。だった」「今の私は先生にどう見えてる?」「実はびっくりする程、男前で。とびっきりの良い女。あんま、変わんないかな」「男前はちょっと微妙、だけど先生がそう感じたならそれが私」 そう呟くと、お湯に入りなおしてむつきの腕の中に帰ってくる。 ただし、やはり全てをさらけ出すのは恥ずかしかったようだ。 口元までお湯につかるようにして、体を小さく丸めていた。 そんな美砂のお腹に腕を回して引き寄せては抱きよせる。 美砂が彼女でよかったと、あの時の偶然の出会いに感謝しながら思う。「俺は、美砂に会う為に生まれてきたのかもしれない」 小さく丸くなる美砂の肩に顎を乗せ、胸の内に浮かんだ言葉をそのまま呟いた。 ちょと臭かったかなと、呟いてからそっぽを向いて鼻の頭を指先でかく。 そしてふと気付くと、美砂の体が震えていた。 案外、ツボに嵌って嬉しさにたまりかねているのか。 なんてことはなかった。 あろうことか、こんなくそ真面目な場面で噴出した、盛大にそれはもう。「ぶはっ、もう駄目。先生、映画の主人公にでもあはっ、お腹、痛ッ。ひぃ、台無し。今までの全部台無し!」「ちょっ、そこまで言うか。俺だってちょっとは臭いと思ったけど。ソレぐらいお前の事が、頭きた。絶対、もう言わねえ。頼まれたって、言ってやらねえ!」「ごめん、先生怒らないで。もう一回、私に会うたっ。あははは」「この、そんなにひいひい言いたけりゃ。存分に犯してやろうか!」 あまりにも美砂が笑う為、両腕を振り上げて掴まえようと追いかける。 当然美砂も、笑いすぎて膝に力が入らないままではあったが逃げだした。 ばしゃばしゃと、小さな子がビニールプールで遊ぶように。「誰か、助けて。犯される。変態教師に、犯されちゃう。エッチな事一杯されちゃう!」「はっはっは、叫んでも無駄だ。ひかげ荘には俺とお前だけ。何処に逃げても、探し出して調教してやる。俺の事はご主人様と呼べ」「許してご主人様。エッチな事だけは、エッチな事だけは」 つい先程までの真面目な話はなんだったのか。 正真正銘そんなものは吹き飛んでおり、この場にいるのはただの馬鹿ップルだ。 むつきが逃げる美砂の両腕を捕まえたが、抵抗にならない抵抗をされる。 言葉とは裏腹に、むつきの一物にチラチラと期待を込めた視線が注がれていた。 もちろんむつきもそれに気づいて、この淫乱がとお湯の中に押し倒し胸を揉む。 そんなじゃれあいを数分も続ければどうなるか。 露天風呂の岩場にぐったりともたれかかる二人が、その答えであった。「熱い……暴れ、暴れるんじゃなかった。逆上せそうだ」「ずっと喋ってたから。でも先生、すっかり元気になってる」「そうか?」 尋ねられて直ぐには分からなかったが、言われて見ればそうであった。「真面目な話はこれで最後。先生、前に言ってくれた。泣いている私より、笑ってる私が好きで、そんな好きな私でいてくれって。私も、同じだから」「ん、良く分かった。落ち込んだ俺より、頑張ってる俺の方が良いよな」「そゆこと。はぅ……長かった。先生、そろそろ出よう。初夜、やり直そう?」「わかった、たっぷり可愛がってやるよ。覚悟しろよ、この野郎」 二日ぶりのその口癖に、美砂もたっぷり可愛がってと笑顔で答えた。-後書き-主人公は生徒と共に成長するタイプの教師。あと、糖分に溺れてラヴ死しろ。