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No.34688の一覧
[0] 二週目人生【GPM二次】[鶏ガラ](2012/08/18 19:05)
[1] 一話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[2] 二話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[3] 三話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[4] 四話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[5] 五話[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[6] 六話[鶏ガラ](2013/04/14 21:22)
[7] 七話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
[8] 八話【エロ有】[鶏ガラ](2013/06/09 18:07)
[9] 九話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
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[34688] 九話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:5879993c 前を表示する
Date: 2013/07/06 01:11
「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫だって」

会う人会う人からかけられる言葉をまたも口にした壬生屋に、思わず苦笑してしまう。

肌を撫でる風はまだ冷たいが、降り注ぐ陽光は暖かい。
桜はまだ咲いていないものの、冬は終わり季節は春へと移っている。

萌と二人っきりで過ごしたあの日から時間が経ち、ついにこの街を離れる時がきた。
これから両親に車で寮へと送ってもらうのだが、その前に、と壬生屋と萌の二人が俺の見送りにきてくれたのだ。

「制服、良く似合ってますよ。
 ね?」

「うん、格好いいよ」

問いかけられ、以前と違い普通の声色で萌は言い返した。
彼女の声が元に戻ったのはあの日だけということはなく、あれからずっと、彼女は普通の女の子のように話ができるようになっていた。
一体どんな手を使ったのか、と萌ママも彼女の主治医も首を傾げていたのだが、壬生屋だけは、

『つまり、愛の力ですね!』

とこっ恥ずかしい上にメルヘンな納得の仕方をしたり。
……そんなことを臆面もなく言い放てるような奴だっただろうか。
不思議に思いはしたものの、よくよく考えてみれば目の前で散々いちゃつかせてもらった上に、萌からのろけ話を聞かされてただろうし。
そういう意味じゃ恋愛方面に耐性が出来ているのかもしれない。
あいつのトレードマークというか、口癖である「不潔です!」もあんまり聞かなくなったしな、最近。

ともあれ、だ。
俺は皺一つない制服へと視線を落とす。
これから俺が入学する整備学校の制服はブレザータイプだ。
胸元に校章のある薄茶色の上着に、同色のスラックス。紺のネクタイ。
サイズは少し大きく、腕を下げれば手の半ばまで袖がきてしまう。
が、まぁこれから成長期に入るんだし丁度いいだろう。
まだ着こなせてるとは言い難いが、折角の門出だ。謙遜するのも悪い。

「二人ともありがとう。
 来年は、二人のセーラー服姿を見させてもらいたいもんだ。
 今から楽しみにしてる」

「ええ、是非」

「届いたら、写真送るね」

「おう」

「蒼葉さん、ちゃんとメールだって出さないと駄目ですよ? あと電話も。
 遠距離恋愛をなめてると大変な目に遭うそうですから」

「お前の耳年増っぷりも相変わらずだな。
 早くそれを有効利用するための相手を見つけろよ」

「余計なお世話です!
 云われなくても素敵な殿方を……!」

「まったく、蒼葉も未央ちゃんのこと苛めないの」

「本当です。これから上の学校に上がるっていうのに相変わらずなんですから」

「はいはい。悪かったな落ち着きがなくて――っと」

ふと、車で待っている父さんがこちらを見ていることに気付いた。
どうやら、もう時間に余裕がないみたいだ。

「悪い、二人とも。そろそろ行かないと」

「そうですか……あ、そうだ。
 カメラを持ってきたんです。最後に写真を取りましょう!」

「……そうか。ありがとな」

おそらく親から借りてきたのだろう。
一目見て高価だと分かる年季の入ったカメラを受け取ると、父さんに写真の撮影を頼む。

萌と俺が腕を組んで並び、その隣に壬生屋が。
これで桜の木でもあれば絵になったんだろうけど、贅沢は無しだ。
両手に花の記念写真を撮れるだけで充分。

俺と萌が腕を組んでいる様子に父さんは苦笑している。
そういえば、両親の前でこうもあからさまに引っ付くのは初めてだったかもしれない。










†††








整備学校の学生寮は、校舎のすぐ近くに立つ木造三階建ての建物だった。
築20年ってところだろうか。飛び抜けて古いわけじゃなが、新しいわけでもない。
部屋割りは分かりやすく、一階が一年、二階が二年、三階が三年、となっている。
寮を利用する生徒数にもよるのだろうが、基本はそれだ。
部屋は基本的に二人で使用することになる。トイレ、風呂は共同。食事は食堂で。

入寮初日は風呂と食堂の利用時間、寮の決まりなどの説明を受け、両隣の住人に挨拶を済ませた後、新入生仲間と雑談をして終わった。

やはり俺と同じように、戦争が近付いているのを察し、整備学校への進学を選んだ者が多いようだ。
もっとも、自分でその道を選んだわけではなく、親に云われてというのが殆どだったが。

はっきりと聞いたわけではないものの、親が自衛軍の関係者である生徒が多いような気がする。
……やはり公言されてはいなくても、これから第六世代がどういう扱われ方をするのか察している大人もいるのだろう。

いずれ徴兵は必ず行われる。
どうしてもそれが避けれないのならば――という思考は、俺と一緒だ。
不思議でもなんでもない。

新生活の二日目は入学式だった。
両親はホテルに泊まっており、今日の式に出席してくれた。
「お前なら大丈夫だろう」と云ってくれた父さんと違い、母さんはどこか心配そうだった。
それも仕方がないかもしれない。今までずっと一緒に暮らしていた子供が、少し早い一人立ちをしてしまうのだし。

手のかからない子供だったとは思っているが、それとこれとは話が別だろう。
萌たちに出すメールとは別に、二人にも小まめに手紙を出そう。
そう決めて別れ、次は新入生のガイダンスが開かれる。

どうやら今年度から授業のカリキュラムに大幅な見直しがされたらしく、例年よりも授業内容が難しくなる旨を伝えられた。

これもまた戦争が近付いている足音の一つ、というわけだろうか。
なんとも運のない話だ。
一度身に付けたことは失わない、という異能がある俺からすると、最悪授業さえ真面目に受けていれば落ちこぼれることはないと思うが……。
まぁ、今まで内職や萌と過ごしていた時間が丸々浮いてしまうので、それを勉強に充てれば大丈夫だろう。

ガイダンスが終了し、新入生歓迎会の後、割り当てられたクラスでHRがあった。
一人一言の自己紹介で当たり障りのない挨拶を済ませ――やっていたスポーツ、ということでうっかり古武術と口にしてしまい注目を集めてしまったが――その日は解散となった。
後の時間は部活の見学ということになる。
どうやら部活動への参加は必須らしい。そういえば前世も中学生の頃はそうだったか。

「永岡、お前どの部活に入るんだ?
 やっぱ剣道?」

「剣道と古武術は別物なんだ。
 変な癖付けたくないから違うのに入るつもりだよ」

まだぎこちないクラスの雰囲気の中、俺に話しかけてきたのは、前の席に座る田中だ。
ガイダンスの時から暇そうにしていて、近くにいた俺が話し相手に選ばれた、というわけである。
人懐っこそうな笑みを浮かべた彼は、さっぱり分からん、と首を傾げた。

「ボクシングとキックボクシングみたいなもんか?」

「卓球とテニスみたいなもんだ」

「別もんじゃねぇか」

「似てるところがないわけじゃない。つまり別物なんだよ。
 そういうお前はなんに入るんだ?」

「可愛いマネージャーのいる運動部か、美人な先輩のいる文化系だな」

「基準は女か」

「女だ」

本当に気さくな奴だ。
初対面の人間にこうもフルスロットルでぶつかってこられると、逆にこっちも遠慮をしなくて良いからやりやすいのだが。

「でもお前、小学校じゃ野球やってたんだろ?」

「やってた。けどこの学校、あんまり強くないからなぁ。
 それに、野球部入ったら頭を坊主にしないとだし、練習キツそうだし。
 汗と涙の青春より、俺は桃色の学園生活を選ぶぜ」

「マネージャーが可愛かったらどうするんだよ」

「入部するわ」

現金な奴だ。

「あ、あの……」

田中としょうもない話を続けていると、声をかけてくる子がいた。
ブレザーに縫いつけられたプラスチックの名札には、佐藤と書かれている。

「二人とも、これから部活を見に行くの?」

「そのつもり。
 佐藤くんも一緒にくる?」

「あ、う、うん。良かったら」

大人しい性格なのかもしれない。
彼は、ほっとしたように笑みを浮かべると、少し大袈裟に頷いた。

「じゃー三人で行くかー。
 佐藤は運動系? 文化系? どっちに入るつもり?」

「文化系かな。
 あんまり運動、得意じゃないから」

「マジか。
 俺と永岡は運動系にするって話をしてたんだけど……」

「いや、何勝手に決めてるんだよ」

「え? 可愛いマネージャーがいるんじゃないのか?」

「云ってねぇよそんなこと」

「そういえばそうか。
 ……でもお前、そんだけ体格良いのに文化系ってガラか?」

「パソコン部に興味がある」

「え、そうなの?
 ちょっと意外」

少し驚いたような反応を佐藤くんが見せた。
……まぁ、確かにパッと見意外に思われるかもしれないけどさ。

「ネットワークセルはもう組めるんだ。
 だから在学中になんとか電子妖精の作成まで漕ぎ着けたいな、と思って。
 パソコン部なら参考書とかも揃ってるだろうし、都合が良い」

「なるほどなぁ。
 ってか、ネットワークセル組めるのマジかよ。俺にも作ってくれ」

「自分で作れ。
 市販のならともかく、他人の自作ネットワークセルを欲しがるなよ」

「買ったら高いじゃん。
 そこをなんとか」

「ウィルスセル仕込むぞ」

「人でなしめ!」

大袈裟な身振りで冗談半分に怒る田中。
そうか。忘れていたけど、ネットワークセルの作成が可能なことを言い触らせば欲しがる奴が増えるか。
まぁ実際、田中が云ったようにネットワークセルを買おうとすると少々値が張る。
値が張るものの、材料費なんて大してかからないため、値段の九割は手間賃と云って良い。
まぁ、それを知っていても気軽に寄越せと普通は云わないものだ。だからこれも冗談だと分かってはいる。

ともあれ、プログラム作成に関する話は今後自重しよう。

「いつまでも教室にいたって仕方ないし、外に出るか」

「なー、永岡ー」

「はいはい、時間があったらな」

「いよっし。持つべきものは新たな友だな」

「……永岡くん、良かったの?」

「うっかり口を滑らせたのが運の尽きってね。
 あ、佐藤くんのも作ろうか?」

「え、良いの?」

「おいこら。
 俺と扱いが違いすぎるんじゃないんですかねぇ……?」

恨み言をほざく田中を放って、俺たちは部活の見学を開始した。
新入生を呼び込むために、各部活はレクリエーションのような形でイベントを開催していた。
グラウンド、テニスコート、プール、体育館と周り、文化系が集まっている部室棟へ。
呼び止められる度に、全部回ってから決める、と断りを入れていたが、なんだか疲れてしまった。

早速制服を着崩してブレザーを脇に抱えている田中は、疲れた溜息を吐く。

「あんまりピンとくる部活がねぇなぁ」

「いや、何云ってるんだお前」

ついさっき水泳部を見に行ったら、パラダイスだ! 俺明日から通う! とかほざいてただろう。

「いや、ちゃんと明日から通うぞ。入部しないけど」

「……それって覗きってことだよね」

「そこまで素直な性格だと、羨ましくすらあるな」

「またまた。
 良い子ぶっちゃってますけど、お前らだって目の保養にはなっただろ?」

「えっと……」

鼻の下を伸ばしつつ悪巧みをしているような田中の顔は、精神的なブラクラである。
困ってる佐藤くんもまんざらではないようだが、まぁ、素直に頷けないだろう。
え、俺? 見てるだけで触れないんじゃあんまり興味はないかなぁ。
勿論、脳裏ではこう、萌が恥ずかしそうに水着姿を披露してくれてて……。

「おいムッツリ」

「お前、いくらノリが軽いったって佐藤くんにその云いようはねぇだろ」

「いや、お前だよムッツリ」

「黙ってろサル」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

俺を指してムッツリとはどういうことだ。
オープンじゃないだろうがムッツリでもないぞ。

「いや、俺の勘はこいつがムッツリだって云ってるね。
 佐藤の反応なんてまだ初々しいけど、こいつ、私興味ありませーんみたいな顔しといて……。
 頭の中じゃ水着姿の水泳部員をねっとり視姦してるに決まってるぜ」

してねぇよ。対象は萌だよ。

「ひ、人を偏見で判断しちゃいけないよ……」

「佐藤くん良いこと云った。
 聞いたかサル」

「聞いたぞムッツリ。
 本当、人をサル呼ばわりしちゃいけねぇよ」

「……仲良いなぁ」

否定はしないが納得のできない言葉だ。
そんなやりとりをしていると、俺たちは目的地であるパソコン部の部室にたどり着いた。
囲碁や将棋、文芸などの部室もあるが、第一目標はここだ。

コンコン、とノックをし、

「失礼しまー……」

扉を開け、真っ先に目に入ったものを見てここがどういう部活なのかを理解。
コンマ一秒で扉を閉じる。

「さて、次行こうか」

「そうだね」

「え、寄ってかねぇの?」

お前、扉開けて真っ先に見えたのが二次元美少女の等身大ポスターって時点で分かれよ。
ここがどういうパソコン部なのか理解しろよ。

どういうわけか佐藤くんは理解したようだが。

「ち、ちょっと待つんだ君たち!
 独断と偏見で僕らの活動を分かった気になっては困る!」

「次は文芸部に行くか」

「そうだね。僕、ちょっと気になってたんだ」

「なー、体育館に戻って新体操部の活動見ねぇか?」

「話を聞くんだ!」

お断りします。
アニメやゲームも嫌いじゃないし、どっちかっていうと好きだが、入学早々道を踏み外したくはない。
あのポスター、明らかに18禁ゲームのだったじゃないか……!

「待ってくれ! 人手が足りないんだ!
 次のイベントまでに仕上げなければならない原稿が……!」

それ明らかにパソ部とは関係ない活動ですよね。
お断りしまーす、と早足に立ち去り、俺たちは再び部活動見学に戻った。
そして結局、この日は入部する部活を決めることができずに学校が終わってしまった。









†††








まぁ、なんだかんだで楽しい一日ではあったか。
一段一段石造りの階段を上りつつ、俺は一日を振り返っていた。

結局、田中はまた野球部に入るようだ。気乗りはしていないみたいだったので、おそらく消去法で選んだのだろう。
スッパリ辞めるほどの理由がないことに加え、未練が残っているのか。
女子マネがいるのも野球部を選ぶ後押しになってそうだが……個人的にもう彼氏がいる気がする。
経験則だが、中高生の男子が女の子に興味を抱かないってことはないだろう。
無論、異性を気にする以上にのめり込める趣味なんかがあれば話は別だろうが、そういうタイプは希だ。
そんな四六時中異性を意識して、しかも運動部だから体力を余らせてる連中の側にマネージャーなんて形で女の子がやってくれば……誰だって気にするし、告白しようとする輩も出てくるわけで。

しかしそれでも、絶対にいる、ってわけじゃない。
誰とも付き合っていない可能性だってないわけじゃないから、断言はしないさ。

が、その場合、その子の競争率は恐ろしく高いだろう。可愛いければなおさらのこと。性格が良ければ更に。
それを考えたら、田中は自ら汗と涙の青春に突っ込もうとしているようにしか見えない。
まぁそれとなく止めてやろうとは思うものの、最終的には本人次第ではある。

佐藤くんは俺と同じように、どこにするのか決まっていない状態だ。
ただ本人は文芸部が気になっているらしい。どうやら読書が趣味らしく、転じて、創作活動をやってみたいとも思っているようだ。
迷いつつも彼は文芸部に入りそうな気がする。
もし違う場所に入るとしたら、きっと俺が選ぶ部にするつもりだろう。
田中のような、自分のやりたいことを良くも悪くも優先するタイプではないようだし。

さて、俺はというと……困ったことに決まっていない。
気になっていたパソコン部があの様だったしなぁ……多分、あの様子じゃ情報技能を磨くような場所じゃないだろう。
一応、田中からは野球部、佐藤くんから文芸部に誘われてはいるものの、どうしたものか。
やりたいもの、というものが俺にはない。いや、それは言い方が悪いか。
やりたいことそのものはきっちりと決まっているが、それと部活動が噛み合わないんだ。

「古武術部なんて、あるわけないしなぁ」

階段を登り終えると、手に持った木刀を鳥居に立てかけ、ゆっくりと振り返る。
そこには周囲の地形を一望できる絶景が広がっていた。

小さな山の側面に建てられた古い神社。管理は近くの住人がやっているのか、それほど荒れてはいない。
部活の見学を終えて帰宅した俺は、運動着に着替えると寮の近くにあるここへと足を運んでいた。
いや、近く……というのは間違っているか。寮からこの神社までの距離は五キロほど。
その道のりを日課のランニングがてら走り、少なくない階段を昇ってようやくたどり着いた。
どうせなら階段も走って上がろうかと思ったものの、石造りの階段はかなり年期が入っている上に一つ一つの段が非常に狭いため、万が一のことを考えやめておいた。

景色を楽しんだ後、息を吐いて準備運動を開始。
こんな人気のない場所で何をするのか。それはただ一つ。
古武術の鍛錬だ。

最初は寮の庭で行うことも考えた。
けどまぁ、部活に入っているわけでもない奴が黙々と木刀振り回したり体術の型をしたり、なんて完全に変人だ。
それは嫌だ。入学早々に変人扱いなんて絶対に御免である。
だから多少面倒ではあったものの、こうして離れた場所を鍛錬の場として選んだのだ。

準備運動が終わると、俺は木刀を両手で持ち正眼に構えた。
寮には師範から頂いた刀を持ってきていない。
防犯上の観点から万が一のことを考えると、不特定多数の人間が出入りする学生寮に日本刀を持ち込むわけにはいかないだろう。
そのため、代わり、ということで入学祝いに送られたのがこの木刀だ。
重量やバランスをわざわざ刀と同じように調整してくれたそうなので、鍛錬にはこれを使うことにしている。

呼吸を整え、意識を集中。
振り上げ、足の動き、重心のバランス――幾度も繰り返し身体に刻み込まれたそれらの動作をトレースしながら、全力で木刀を振り下ろした。
間髪入れずに木刀を戻し、再び振り下ろす。息を吐く間もないほどの連続した動作に、ぎしりと筋肉が悲鳴を上げた。

一つ一つの動作を手抜きせずに行いながら、速く鋭く一刀を繰り出す。
今の一太刀よりも次はより鋭く。速く。限界をコンマ一秒でも超えるべく。僅かでも斬撃の威力が増すように。

師範たちからの指導が受けられない今、俺にできるのはひたすら基礎を固めることだけだ。
新しい技術を教わることができないのは残念だが、まぁ、これはこれで嫌いじゃない。
過去の自分を努力によって追い越すというのは気分が良い。
そして……こっちはあまり褒められた理由じゃないが、異能によって努力が必ず成果となって現れることが保証されている点が、やる気を掻き立てる。

……こうして身体を動かしていると、やっぱり、と実感できる。
今まで地道に続けてきたということもあり、日常的に行いたい活動となると、俺にとっては古武術が当てはまるのだ。
新しいことにチャレンジするのも決して悪いことじゃないと、分かっているんだけどなぁ……。

様々な型を織り交ぜながら一時間ほど木刀を振り続け、次は体術の型に移る。
ゆっくりとペースを上げつつ、こちらも剣術と同じように自分の限界に挑むよう、徐々に激しく。

身体の動きに意識を集めながらも、頭の片隅では未だ部活動のことを考えていた。
やりたいこと……か。
なまじパソコン部に入ろうと決めていただけに、これからのビジョンが浮かんでこない。

前世で入っていた部活は小学がバスケ、中学が卓球、高校がテニス、と見事にバラバラだ。
そしてそれら三つのスポーツにそれほど未練を覚えていないだけに、もう一度入る気は起きない。
正直、古武術を自主的に学んでいるせいもあり、運動系はお腹いっぱい。

じゃあ文化系となると……どうしたものか。
ブラスバンド部。合唱部。美術部。写真部。文芸部。書道部。科学部。こんなところだったか。
あ、忘れてた。それとパソコン部。

音楽は嫌いじゃない。楽器は全然だが、歌うのは好きだ。だから合唱部は悪くないかもしれない。
話に聞くと活動内容はかなりハードらしいが、半分運動部みたいなもんらしいしおかしくはない……のか?

美術部は……絵心が壊滅的だからなぁ、俺。
古武術のように練習してればいずれはマシになると分かっているのに、下手すぎる自分の絵を見ていると悲しくなってくるからパス。

写真部。これはなかなか興味がある。
専門的に写真を撮ったことはないため、どれほど奥の深い分野なのかさっぱり分かっていないが。

文芸部の方は、佐藤くんが入ろうとしているという点と、見学に行った際、部の雰囲気が良かった点が好印象。
興味のある部活がないのなら、友人がいる部活へ……というのも動機の一つになるだろう。

書道部。これは美術部と同じく、俺の美的感覚がさほど優れていない……というか壊滅的なため、あまり気が乗らない。
技術的に素晴らしい点などは勉強することで覚えることはできても、感性に訴えるもの、となるとどういうのがそれに該当するのかさっぱりだ。

科学部。これは中々にカオスな場所だ。
人数の少なくなったロボット部と生物部が元の科学部と合体したらしく、何をやっているのかさっぱり分からない。
科学部、と一つにまとめられていたのに、部長を名乗る人が三人いたし。

入ったら入ったできっと楽しいとは思う。
ロボット部の活動だったら、プログラミング技術も多少は生かせるだろうし。
けど……なぁ。いまいちピンとこない。
こうも優柔不断なのは、やっぱり自分のやりたいことをもう見付けて、ある程度満たされてしまっているからなのだろう。

参ったもんだ。
せっかくの二度目の人生だっていうのに、将来の展望も何もかもほとんど決めてしまったようなものだから、青春を謳歌するってことがあまり出来そうにない。
甘酸っぱい恋愛をしたりとか、将来やりたいことに悩んだりとか……もう通り過ぎちゃってるからな。
や、恋愛は現在進行形なわけだが。
将来の展望も……ああ、そういえば。
戦争をどういう形で乗り切るか、ってことばかりに目が行って、そこから先はどうするかを決めてなかったな。
折角整備学校に入ったんだし、これから学ぶ知識や技術を生かせる専門職に就くのも悪くはないかな。
そうして時間の合間に道場に通いつつ古武術も続けて、萌とイチャイチャ。
……仕事に就いているか否か、って点に違いがあるだけで、今と代わり映えしないな、これ。

勿論、社会人として働き出せば生活リズムがどうしても仕事中心になるから、今まで通りってわけにはいかないだろうけど。
それでも今と似たような状況が続くんじゃないかと思うのは……いや、願っているのは、今の人生に満足しているからだ。

だからなんとしてでもこれからの人生を生き抜いて、二度目の人生を納得のゆく形で完遂したいと、そう、強く思った。









†††







時間が経つのは早いもので、既に暦は六月の下旬へと差し掛かっていた。
一日が長く感じるようで、振り返ればあっという間。
入学してからの日々は慌ただしく過ぎて行った。

そうした新生活の中でも、萌や両親、ついでに壬生屋との交流も欠かしてはいない。
メールでは味気ないってことで、壬生屋からは手書きの手紙が届いている。
どうやら俺が進学してからも壬生屋と萌は仲良くやっているようだ。仕方がないと分かってはいるが、少し羨ましい。

萌とは頻繁に多目的結晶メールでのやりとりを。電話は週一の頻度で。
携帯電話なんて便利なものは全然普及していないため、頻繁に電話をかけることが出来ないのだ。
そのため、土日に百円玉を用意して近場の公衆電話を一時間ほど占拠するのが習慣になってしまっている。
寮にも公衆電話があるにはあるのだが、悲しいことに長時間の使用は禁止されている。
だが仮に使えたとしても、寮から電話をかけることはないだろう。
萌に電話しているときの俺は、きっと表情が崩れに崩れているだろうし。そんなキャラ崩壊している様を人様に見せるわけにはいかん。
まぁ声が聞けない分、メールのやりとりは頻繁にやっている。
……頻繁にやってはいるものの、やはり萌の声を生で聞けないのは辛い。
新生活には大して不満がないものの、萌がすぐ側にいないというのが辛すぎる。
ゴールデンウィークに一度戻ったばかりではあるものの、もう次の長期休暇である夏休みが待ち遠しくて仕方がない。

閑話休題。学校のことに話を戻そう。
既に入学してから二ヶ月が経過したものの、問題らしい問題は何も起こっていない。

入学式の日に知り合った田中と佐藤くんとは仲良くやっている。
結局部活は佐藤くんの所属する文芸部に入った。
文芸部の活動は文化祭で発行する冊子作りに焦点を置いているらしく、その時に何を出すか決めることで一年を通しての活動内容を決定しているらしい。
まだ入部して二ヶ月ということで、まだ俺は部の過去作品を読んだりしながら過ごしているものの、佐藤くんは早速創作活動を始めたようだ。

田中は田中で毎日毎日ダルいダルいと口にしつつ野球に精を出している。
マネージャーとの仲は進展したのかと聞いても不機嫌になるだけなので、まぁ、深くは突っ込まないでおいてやろう。

授業の方も順調にこなせている。
上の学校に上がったことで、授業内容が一気に難しくなった――ということはなかった。
中等部の一年生、その一学期ともなれば、基本的な科目は別として、新しい科目はまったくのゼロからスタートすることになる。
なので授業内容のハードルが最初から高い、なんてことはない。

おそらく本番は二学期から。一学期は何も知らない新入生へ基礎中の基礎をゆっくりと学ばせる段階だ。

一般的な科目は二度目の人生ということで、以前に学んだ内容と被る部分も多い。
なので俺にとっては退屈でもあったが、だからと云って手を抜く理由にもならないので、真面目にこなし。
今までと同じように異能によって獲得した記憶力により、授業内容をほぼ丸暗記しつつ知識を深めていた。

だが、授業のすべてが退屈というわけじゃない。
やはり今まで身近になかった新たなジャンルに触れれば――特に興味のある分野ともあれば、楽しくもなるというもの。

その科目とは――

「待ちに待ったこの日がやって参りました!」

「そうだな」

朝のSHRが終わった後、俺たちは教室から移動すべく席を立った。
これから行う授業は、午前を丸々使ってのものになる。
そんなに時間を使って何をするかと云うと――

「ウォードレスか。
 確か、最近になってメジャーになった装備なんだよね」

佐藤くんが教師の説明を思い出すように、その名を口にする。
ウォードレス。前世には存在していなかった、この世界固有の兵器。
これからウォードレスの整備方法を学ぶということで、実際に身に付け、どういうものなのかを学ぶというのがこれから行われる授業の内容だ。

「でも田中。お前が乗り気なんて意外だな。
 普段の授業もかったるそうに受けてるのに」

「お前らみたいな真面目ちゃんじゃないからな」

「……田中くん。
 今からその調子だと、今度の期末テストも中間の時みたいに……」

「ここで躓くと、後々エラいことになるぞ」

「大丈夫。安心しろ。
 前回の反省から、野球部の先輩たちに頼んで過去問を調達した。
 問題ないぜ!」

大ありだとは思うものの、口を酸っぱくして注意したところでコイツが耳を貸しそうもないことはここ三ヶ月近い付き合いでよーっく分かっている。
泣きついてきたら助けてやろう、と肩を竦めて、俺たちは移動を開始した。

「で? 不真面目な自覚のあるお前が、どうしてこの日を楽しみにしてたんだ?」

「そりゃお前、決まってるだろ。
 ……女子よ女子。
 ウォードレスって体のラインが浮き出るじゃん?
 いやー、資料写真を見た時から楽しみにしてたんだよ」

「……なんとなく分かってたよ」

「……うん」

「良い子ぶりやがって。
 クールな態度を取ったところで、お前らも楽しみにしてただろ? 素直になれよ」

「クールなんじゃねぇよ。呆れてるんだよ」

「はいはい、永岡さんは大人びてますなー。
 で、佐藤はどうよ?」

「そ、それは……」

どうやら彼も彼で気にはなっているようだ。
まぁ俺も全然興味がないってわけじゃないが、それ以上にウォードレスがどういう代物なのかって方に意識が向いてしまっているし。

ともあれ、だ。
馬鹿話をしながら俺たちは更衣室へ行くと、ウォードレスの装着作業に入る。

服を脱いで全裸になるとシャワーを浴び、トイレパックを装着する。
汚い話だが、ウォードレスは一度装着すると脱ぐことはできないため、どうしても必要になってくるのだ。
全身に誘導ゴムを吹き付けるという手順でアンダーウェアを形成するため、脱ぎたいときに脱ぐ、ということができないためトイレパックなしじゃ用も足せない。
もし脱ぐとすればそれは戦闘が終わった時か、負傷してやむを得ず破り捨てる時ぐらいになる。

トイレパックの装着後に誘導ゴムが吹き付けられると、ダイビングスーツを着たような姿になる。
その上から人工筋肉パックを装着してゆき、最後に装甲を被せる。訓練用のウォードレスということで、あまり装甲に厚みはない。
しかし、軍用のものでも装備していたのは10mmの強化プラスチックプレートだった気がするので、こんなものなのだろう。

10mm。こう書くと防御面に不安があると思えてしまうかもしれない。
しかし全身を覆うように装着された人工筋肉パックが十分な防護能力を持っているためこれで問題はないのだろう。
ウォードレスの防御は、人工筋肉の瞬間的な膨張と緊張によって行われるのだ。

洗浄、誘導ゴムの吹き付け、人工筋肉と装甲の装着。これにて装備は完了。
手順そのものは簡単なようだが、これだけでも一時間はかかってしまう。
慣れればもっと短時間で出来るんだろうが、それでも四十分前後は必要だろう。

戦車兵用のウォードレスは人工筋肉パックを装着しないため、三十分ぐらいで終えられるかもしれない。
それでも誘導ゴムの吹き付けは機械任せになるため、これ以上短くはできない。

そのため幻獣の奇襲を受けるなど、ウォードレスを装着する暇がないほどに切羽詰まった状況の場合、生身で戦うしかない。

便利なようでいて意外と融通の利かない兵器。
それが現場におけるウォードレスの一般的な評価のようだ。

……授業では、第六世代用の新兵器、という触れ込みで扱われており、今後続々と投入される兵器によって幻獣を駆逐する――といった、戦時下らしい説明を授業でされ、デメリット云々の説明はされていない。
俺の知る現場レベル云々の知識は、前世の記憶によるものだ。

ウォードレスはあまり融通が利かない。
一見便利なようであっても、欠点はいくつかある。

いくら第六世代とは云っても、増幅率が高いウォードレスを着るには相応に体を鍛えていなければならない。
それを無視して装着でもしようものなら、間接に負荷がかかって怪我をする。
それはまだ良い方で、最悪、全身の骨が粉々になるだろう。

ならば体を鍛えれば良いだけの話――という単純な話であれば良かったのだが、また別に問題もある。
人工筋肉が強力なウォードレスほど、稼働時間が短いのだ。
未だ実戦投入はまだ先だが、増幅率が十倍近いハウリングフォックスというウォードレスがある。
尖りに尖った性能は確かに非常に素晴らしいものの、それと引き替えに全力戦闘を一時間もすれば活動限界を迎えてしまう。

更に人工筋肉の稼働時間に加え、別の要素でも時間制限がある。

それは痒みだ。誘導ゴムを体に吹き付けているため、どうしても発生してしまう要素である。
薬物で緩和できるとしても、その持続時間は約八時間。
技術が発達することでより長時間の装着が可能になったとしても、今の限界はそれだ。

八時間しか使用できない代物ではとても万能兵器と呼べはしない。
平和ボケした国らしい発明、とはガンパレードマーチ外伝における善行の言葉だ。

……まぁ、色々と文句をつけはしたものの、それでもウォードレスが強力な兵器であることに代わりはない。
ロクに訓練を積んでいない学兵が熊本で持ちこたえられたのも、ウォードレスがあったから。
条件こそあるものの、ただ着るだけで訓練された軍人と同等かそれ以上の身体能力を。
そしてウォードレスが普及する以前と比べ一人の人間が装備可能な装甲強度は飛躍的に向上する。
この二点は、デメリットを差し引いても十分に魅力的だろう。
それに熊本では電車で移動できるほどまで近くに前線が迫っていたので、稼働時間には多少目を瞑ることはできたようだし。

善行もなんだかんだと文句を付けつつウォードレスを使ってはいたので、要は使いどころを見極めれば良いという話なのだろう。

ウォードレスの装着を終えると、俺たちは校庭へ出て整列した。
ウォードレスは以外と重量があるため、生徒たちの足取りは非常に重い。
訓練用であるこれでも二十キロ近い。軍用ならば三十キロを超えたはずだ。
俺は特に問題ないものの、体を鍛えてない者には軽い苦行。

田中などはクソ重いと文句を云いつつも普通に歩いているが、佐藤くんは少し辛そうだった。

整列を済ませて教師からの説明が終わると、合図がある毎に男女一組ずつが前に出て人工筋肉を活性化。
そして歩きだそうとし――なかなか愉快な光景が始まる。

「おい、そこの鼻の下を伸ばしてる奴」

「なんだよ。俺は今忙しいんだ」

俺の方には目もくれず、田中は視姦に没頭している。
ここまで露骨にやられるといっそ清々しいよ。
気持ちは分からなくもないけどさ。

男性用は装着された人工筋肉パックが多めなので体のラインが無骨。
それとは対照的に、女性用のウォードレスは腰から臀部にかけての滑らかな曲線がくっきりと浮かび上がっている。
加えて、装着されている装甲は最低限。

年齢が年齢だから女性として成熟していると決して言えないものの、丸みを帯びたシルエットはどうしても男の視線を引きつけてしまう。

ガン見している田中とは違い、佐藤くんはチラチラと探るように視線を向けている。
……俺も俺で萌と離れてから溜まってるし、どうしても気になってしまう。
偉そうなことは言えないな、これは。

なんとも居心地の悪さを覚えつつ待っていると、遂に俺の順番が回ってきた。
人工筋肉をクールからホットへ。
多目的結晶からの命令を受け、人工筋肉が活性化し、瞬間、全身を軽い圧迫感が襲った。

歩く――普段そうしているよう、当然のように一歩を踏み出した瞬間――習慣として体に根付いた感覚と、実際の動きが食い違い、体勢を崩した。

人工筋肉によって身体能力が増幅された結果、ただの"歩く"という行動は、生身で走る時と同等の速度を得る。

どの生徒もこの感覚を乗りこなせず、さっきから転んでしまう者が続出していた。
俺も例外ではなく、その場で派手にすっ転んでしまう。
なんとか受け身は取れたものの……くっそ、恥ずかしい。

「だっさ」

「うっさい。
 そういうお前も転んでるだろうが」

野次を飛ばしてきた田中も、同じようにすっ転んでいる。
まぁこいつは無視だ。

立ち上がると、俺は強化された身体能力を確かめるように体をゆっくり動かす。

武術の型をとって調子を確かめれば手っとり早いのだが、こんな所で披露すれば完全に変人なので自重。
それが一番体の調子を確かめるのに向いてるのだが、仕方ない。

しっかし、どうにもしっくりこない。
今まで体を鍛え続けてきたため、自分の体が思うように動かないことへの違和感が凄まじい。
本当に自分の体なのかと疑ってしまうほどに。

再び歩く。今度は転ばなかったものの、姿勢が不格好になってしまった。
その誤差を修正するようにもう一歩を。今度は成功。更に一歩。もう一度。

思うように動かない四肢を掌握して行く作業は、苛立たしい一方で段々楽しくなってきた。
他の生徒が動くことにも四苦八苦している中、俺はひたすら体を動かすことに没頭してゆく。

歩くことに慣れると、俺は徐々にそのスピードを上げていった。
毎日走り込みをしているからこそ、自分がどれだけの速度で走ることができるのは把握している。
だからこそ分かる。今感じる頬に触れた風を切る感触に、地面を蹴り付ける衝撃。
すべてが、普段のそれを凌駕するほどに強烈だと。

このウォードレスの増幅率は瞬間最大で二倍だったか。

まるで超人にでもなったかのよう。
ゲームのコマンドにあった、壁登りなんかも決して不可能ではないだろう。
訓練用でこれならば、軍用の正式装備は一体どれほどの性能なのだろうか。

日々限界を越えるべく体を鍛えているからこそ、限界の先にある力を手に入れた今の状態は面白くて仕方がない。笑い声を上げてしまいそうですらあった。

「……すげぇな」

「ん?」

トラックを五週ほどして集合場所に戻り、軽く弾む息を整えていると、田中が驚いたといった様子で目を瞬いていた。

「や、体育でお前がやたら運動得意なのは知ってたけどよ。
 そこまで動ける奴って見たことねぇよ」

「そうなのか?」

「ああ。授業中によくグラウンド見てるんだけど、新入生でウォードレス着てそこまで動けるのってお前ぐらいじゃね?
 他の連中はえっちらおっちら動くのがやっとって感じだったし」

……授業中に、って点には突っ込まないでおこう。

「お前くる学校間違ったんじゃねーの?
 軍の幼年学校とかの方が良かったんじゃね?」

「失礼な奴だな。
 それに軍の幼年学校は士官の養成をするところだろ。
 ウォードレスの扱いに長けてたってしょうがないだろうが」

「そーかもしれないけどさぁ。なんか勿体ないなぁ」

「勿体なくて良いんだよ。
 戦場でドンパチやるのは性に合わないんだ」

「それもそうか。
 でなけりゃこの学校にこないだろうしな。
 あーでも勿体ない。どうよ。今から野球部入らねーか?
 代走要員ですぐに試合出れるぜ、多分」

「考えとくよ」

とは云ってみたものの、おそらく入ることはない。
田中もそれは分かっているのだろう。
へいへい、と相槌を打つと、もう体を動かすことに飽きたのか再び視姦活動へと戻ってしまった。

グラウンドでの授業が終わると、今度はウォードレスを脱ぐ作業に移る。
装甲と人工筋肉パックを取り外すと、ボディスーツを脱ぎ捨てる。
次にサウナへ入り薬剤を汗と共に流しシャワーを浴びて、手順は終わり。

人工筋肉パックは破損していなければ人工血液を補充して再利用。
ボディースーツは溶かしてリサイクルされる。

更衣室から出ると、丁度昼食の時間になった。
今日の給食はなんだったか――そんなことを考えていると、何やら校内が騒がしいことに気付いた。

何かあったのだろうか。
佐藤くんに聞いてみると、どうやらこの間行われた中間テストの結果が張り出されたらしい。
前世ではテスト結果が張り出される、って光景を目にしたことはなかったものの、この世界では――あるいはこの学校では、当たり前のことのようだった。

「……別に見に行かなくて良いだろ。
 早く飯食おうぜ飯」

「お前は下から数えた方が早そうだからな。
 見たくないなら先に戻ってろよ」

「酷くね? 自分は上から数えた方が早いからって!」

「まぁまぁ、二人とも。
 でも永岡くん、何位なんだろうね。
 ちょっと楽しみ」

「なんで俺の順位を佐藤くんが楽しみにするんだ」

「だって学年トップかもしれないじゃない。
 友達が頑張った結果だよ? 楽しみに決まってるよ」

……笑顔で臆面もなくそう云えてしまう辺り、佐藤くんもなかなかに凄い。
眩しい、俺には眩しすぎる……とか田中は悶えている。
そう思うなら少しは……まぁ良いか。

行きたがらない田中を俺と佐藤くんの二人でエイリアンのように連行しつつ、順位の張り出された昇降口へたどり着く。

田中は……本当に下から数えた方が早かった。
追試決定なのはテストが返却された時点で分かっていたけど。
佐藤くんは上位三分の一に入っていた。
彼は十分に頭が良い部類に入ると思うものの、この整備学校はやたらと優秀な生徒が多いためこの順位だ。
多分、普通の学校であれば二十位台に入っても不思議じゃないのに。

そしては俺は――

「三位か」

「ざまぁ」

「残念だったね。でも、十分凄いよ。
 だって一位の点数、全教科満点じゃない。
 そんな点数取れる人、本当にいるんだ……」

佐藤くんが云うように、俺の順位は学年三位だった。
……内心では一位かも、と思っていたので少し悔しい。
確かに記憶力云々はズルをしている上に一度学んだ授業内容が大半ということで、トップを取れてもおかしくはなかったんだが……なぁ。

小学校の時とは違い、新たな環境で俺はテストでの手抜きを止めていた。
以前は周りから浮くことを気にしていたし、今も気にしてはいる部分もある。
だがそれ以上に、俺をここへ送り出してくれた両親や萌に胸を張りたいという気持ちの方が強かった。

離れている今、こうして学校の成績なんかで頑張っていることを伝えるのが親孝行になるだろう。
萌にも、離れていることが決して無駄ではないと伝えたい。
だから手抜きをやめて全力でテストを受けたわけだが――なんともままならないもんだ。

一位の生徒は中村信一。
なんだかどこかで見たことのあるような名前だが、思い出せない。
そこから視線を下に動かし――四位の生徒の名前を目にした瞬間、俺は気づかぬ内に息をするのも忘れ、固まった。

俺と一点差で四位になってしまった生徒の名前は、

「……原、素子?」

思わずその名を呟いてしまう。
何故ここに。一体どうして――偶然にもほどがある。
いや、待て。同姓同名の別人という可能性も――

「お、原さん四位か。
 すげぇなー、高嶺の花だわやっぱり。
 美人で勉強もできるとか、完璧超人にリーチかかってるじゃん」

「……知ってるのか?」

「ん? あ、ああ。
 どうしたお前。顔色悪いぞ?」

そう、なのだろうか。
田中が気にするほど、俺は酷い顔色をしているのだろうか。

「三組の原さん、有名だぞ?
 学年一……っつーかこの学校で一番可愛いんじゃないかって云われてるし。
 お前本当に女に興味ねぇのな。
 お、ほら。噂をすればってやつだ」

田中が顎で指し示した方を向く。
生徒でごった返す昇降口の中、そこには美少女と十分に形容できる子がいた。

髪は腰に届くほど長く、手入れを欠かせていないのか陽光を反射するほどに艶やかだ。
まだ幼さが残る顔立ちではあるものの、将来は間違いなく美人になると断言できるほどに整っている。

ぱっちりと開いた目は順位表に向けられており、不満げに唇を尖らせていた。
あざとくすらあるそんな様子も、彼女がすれば様になってしまう。

……原素子。
彼女と同年代だと分かってはいたが、まさか同じ学校に入学していただなんて。

今更と云えば今更だが、俺が驚いてしまうのも無理はないだろう。
整備学校と一言で云っても、ここしかないわけじゃない。
だというのに数多くある整備学校の中で彼女と同じ学校へ入ってしまうだなんて……偶然にしては出来すぎている。
いや、確かに確率はゼロじゃない。
けど、それにしたって――

考えがまとまらない。
目の前の光景が現実だと分かっているのに、本当に間違いはないのかと疑ってしまう。
だって、彼女がこの学校にいるということは。
この学校ではおそらく――"あの"兵器が開発されているはずなのだから。

「ちょっとごめーん。
 原さんで良いよね?」

「……あなた、誰?」

混乱している俺をよそに、田中は何を思ったのか原素子に声をかけた。
当たり前だが、初対面なのだろう。
だが怪しむ素振りを見せない辺り、彼女は男子から声をかけられることに慣れているのかもしれなかった。

「俺、六組の田中一郎ってんだけどさ。
 俺の友達がテストの順位三位だったんだ。
 で、原さんのこと知らないって云うから……おい、永岡」

「あ、ああ……初めまして」

「初めまして。ふーん、あなたが三位だったんだ。
 しかも一点差。ちょっと悔しいかも。
 次の期末テストは勝つからね!」

くるくると表情を変えつつ、明るい調子で彼女はそう云った。
見た目だけで云えば清楚そうだが、実際に話してみると元気な子という風に印象が変わる。
だがそれは決して魅力を損なうというわけではなく、また違った良さを見る者に気づかせる。

確かに可愛い。そして高嶺の花という田中の言葉も嘘ではないのだろう。
気軽に近付くには多少の勇気がいるほどだ。
現に多くの生徒が集まっている場所であるのに、俺たちの会話へ入り込もうとする生徒はいなかった。

……端から見れば、特に男子からすれば羨ましいシチュエーションかもしれない。
学校一の美少女と知り合える――それもその他大勢の一人ではなく、学力という分野で張り合えるという印象を与えることができたのだから。

だが俺はとてもじゃないが素直に喜ぶ気分にはなれない。
戦場から遠ざかるためこの学校へきたというのに、実際は自ら極大の地雷へ近付いてしまったことに、今更気づいたのだから。

――そして愕然とする俺を嘲笑うように。
新型戦車の整備実習が、七月にの授業に組み込まれた。









†††









他の所がどうかは知らないが、俺の通う整備学校には研究区画が存在する。
広さはグラウンド一つ分、といったところだろうか。
二百メートルトラック+α。機材搬入のためか駐車場が広く取られているため、それ以上かもしれない。

生徒がこの区画に入ることは原則禁止となっており、中で何を研究しているのか知っている者は少ない。
学校の七不思議などで、夜に研究区画から悲鳴が聞こえたやら、非道な人体実験を行っているやらといった噂が流れているが……。

俺の予想が正しければ、それは決して噂なんかじゃないはずだ。
噂となっているのは、情報操作の結果、真実が噂という冗談に書き換えられたからではないだろうか。
あくまで憶測にしか過ぎないものの、それぐらいのことは軽くやってのけるだろう。この研究施設を保有している者たちならば。

……気付くべきだった。
今更だが、この整備学校の校章は、青を背景色に五木瓜を変形させたエンブレムを描いている。
それが意味するところは簡単だ。実に露骨で分かり易い。
なのに察知できなかったのは、無意識の内に、この世界の深淵と自分は無関係だと思っていたからなのだろう。

確かに、変な偶然で俺はこの世界の運命を変える存在――5121小隊にいずれ所属するであろう三人と出会いはした。
しかし関わりはしたものの、それだけだ。
萌は俺と触れ合ったことで、おそらく5121小隊にする切欠を失った。
壬生屋と友達になりはしたが、彼女の家が保持している技術や技能、伝承にはほとんど触れていない。
原素子とだって出会いはしたが、彼女からすれば俺は少し印象に残った同級生その一、って程度のはずだ。

そしてもう一人――壬生屋の実家に遊びに行った時に邂逅した奴。
名前までは分からないが、その点にはあまり重要性を感じない。
この世界で真っ当に生きたいと願っている以上、彼が芝村だというだけで、俺にとっては忌避するに理由になるのだから。
だが、いくら芝村と云っても、俺との接点なぞあってないようなものだろう。
ただ目を合わせただけ。壬生屋家に顔を出したその時に居合わせただけ。
その偶然に何かを感じるなんてありえない。

俺もそれなりだが、芝村はそれ以上に現実主義だ。
仮に芝村の視界に入るようなことがあったとしても、俺個人に価値がなければ目をつけたりしない。

確かに出自を含めれば、俺という存在はかなり特殊な人間であるかもしれない。
だが、あのたった一度の、言葉すら交わしていない遭遇からそれを察知することなんて出来るはずがない。

もし万が一、利用価値をあの時い見出していたのだとしよう。
俺の理解が及ばない超常的な何かで、別の世界からやってきた来訪者なのだと気付いたと仮定しよう。
だが仮定したところで、何故整備学校に入学させて手元に置いたというのに、連中は何一つコンタクトを取ってこない?
用があって呼んだのならば、放置するはずがない。
目的があって自分の手元に呼んだのならば、なんの動きも見せないのはおかしい。

いや、目に見えない所から、俺の気付かぬ内に行動をそれとなく誘導してるという可能性がないわけじゃないが……今度はそこまで労力を費やす意味が分からない。
そこまでして何をさせたいのかも。
無論、芝村の思惑を俺が感知するのは難しいと分かってはいるが。

……溜息が出る。
いくら考えたところで答えらしい答えはやっぱり出てこない。

あまりにも出来すぎてるが――やはり偶然、なのだろうか。
偶然というには出来すぎていて、必然としか思えない。
だが必然と断言できるほどの判断材料が足りない。

居心地よく感じていた新しい学校生活は、断崖に立たされているような不安を抱く日々に変わった。
そうした毎日をなんとか過ごしている内に、夏休みに入る直前、遂に新型戦車の整備実習が行われる。

実習へ参加するに辺り、生徒は誓約書を書かされた。
内容はごく一般的で、秘密保持の誓約、秘密情報の帰属、卒業後の秘密保持の誓約、損害賠償の四点。
内容は簡単に教師が説明したため、生徒も文面をロクに確認せず誰もが気軽にサインをしていた。

俺は――迷った末に、結局、サインをしてしまった。

もしここでサインをしなければ、誓約書に同意しなかった理由を問われるだろう。
当然の疑問だ。傍から見れば、俺は誰もが気軽に同意するような約束ごとに頷かなかった変人になるわけだから。

手続きを済ませなければ授業を受けることはできない。
そうなれば当然、教師から首を縦に振らない理由を問い詰められる。

そうなった時、上手く言い訳をする自信が俺にはなかった。
下手に誤魔化して怪しまれた場合――邪推が過ぎると分かっていても、ロクな目に遭わないのでは、と考えてしまえばもう駄目だ。
逃げる気など完全に失せてしまう。

上手く逃れることで得られる自由。
それは確かに魅力的かもしれない。
だが、失敗したらどうなるか――すべてを失う恐怖。
家族や恋人、友人を残したまま消える罪悪感は、それを圧倒する。

だから愚かと分かっていながらも誓約書にサインをし、結局、新型戦車の整備実習に参加することになったのだ。
そんな俺に出来ることと云えば、もう目立たぬよう平凡に授業をこなすことぐらいだろう。

士魂号の開発主任が原素子を助手として扱っていたことを考えるに、優秀な生徒は士魂号の開発へ関わる羽目になるかもしれない。
そして自分の成績を考えるに、俺へと白羽の矢が立つ可能性はゼロじゃない。
それを回避するにはどうすれば良いか――というのは簡単な話だ。
優秀な者が登用されるなら、優秀じゃなくなれば良い。

入学してからこっち、優等生と云えるだけの評価と成績を上げてきたため、少し惜しくはある。
だが成績を保持することで、こんな爆弾そのものに関わる羽目になるぐらいなら、劣等生のふりぐらいこなしてみせるさ。

「新型戦車ってなんだろうな。
 あんまりこういうの詳しくないんだけど、最近、新しい戦車が出来たって報道されてなかったか? それか?」

「装輪式戦車の士魂号だね」

「そうそうそれそれ。流石は佐藤。
 あれ見てビックリしたわー。
 俺、てっきり戦車って、全部キャタピラ履いてるもんだと思ってたよ。
 タイヤのやつもあるんだなぁ」

「履帯が戦車の条件ってわけじゃないからね。
 ……それにしても、なんだか警備が物々しい気がするなぁ。
 監視カメラは多いし。いくつも分厚いドア通ってるし。
 何度もカードキー通さないとまともに通路を進めないのって、職員さんも大変じゃないのかな」

「云われてみればなんか厳重だな。
 なんでこんなに物騒なんだか」

「うーん……僕もあんまり詳しくないけど、ほら。
 幻獣共生派とか?
 最近、テロが結構酷いみたいだし、それを警戒してるんじゃないかな」

「あー、共生派なー。
 なら仕方ないかもなー。
 永岡はどう思うよ?」

「ん? ああ、そうだな」

唐突に話を振られ、つい空返事をしてしまう。
それに対して呆れたため息を田中は吐き、佐藤くんは心配そうな視線を向けてきた。

研究区画に踏み入り、俺たちは教師に先導されながら格納庫へと向かっていた。
退屈な道中、田中と佐藤くんは取り留めのない話をしていたのだが、俺は二人の会話をまったく聞いていなかった。

「最近、なんか調子悪いよなお前。
 ぼーっとしてるって云うか」

「うん。体調が悪いって感じじゃないよね。
 何か考えごと?」

「そう……だな。
 うん。ちょっと考えごと」

「で、何を悩んでんだ?」

「秘密でーす」

「こいつ、人がせっかく心配してやってるっつーのに」

「お前らに話しても無駄なのさ」

「中々に酷い言い草だな、おい」

「ん? じゃあ恋愛絡みの相談をお前らにしても良いのか?」

適当に話を合わせつつ、話を少しずつズラす。
こんな悩みを二人に相談するわけにはいかないため、悪いと思いつつ。
そして田中が不機嫌そうな素振りを見せたため更に話を別路線に持ってゆくと、何を考えたのか、奴は納得がいったという風に頷いた。

「成る程な。謎はすべて解けたぜ」

「そ、そうなの?」

「おうとも。俺に不可能はない。じっちゃんの名に賭けても良い」

自分でとんでもなくハードル上げてるけど、そこまで自信があるのかよコイツ。
適当な路線変更をしたのは俺の方からなので、この話がどこに落ち着くのかまったくの謎である。
だというのに田中は妙に自信ありげな様子で、不敵に笑いつつ肩をすくめた。

「佐藤くん。コイツの様子がおかしくなったのはいつからだと思うかね?」

「……先月の末ぐらいから、かなぁ」

「その頃にあったことと云えばなんだ?」

「えーっと……部活のネタは田中くんじゃ分からないだろうし。
 じゃあなんだろう。うーん……」

「正解はだな」

お前もうちょっと勿体ぶれよ。
自分から探偵じみた口上を始めた癖に、早々に飽きたんだろう。
ネタばらしをしたくてたまらない様子だ。

「コイツは今、恋をしているわけだ。
 それもこの俺のお陰で出会った高嶺の花にな」

「あ、そうだったんだ」

「違うわい」

「誤魔化すなよ。
 なんだ。そうならそうと相談してくれれば良いのに、水臭い奴だ。
 安心しろよ。俺を味方につけたのならば、もう安心。
 大船に乗ったつもりでいてくれ。
 梅雨みたいなジメジメした面をカラっと晴らしてやるとも」

バンバンバンと、田中は勢い良く人の背中をぶっ叩く。
が、逆に叩いた自分の手が痛かったのか悶絶した。

ああ、案の定見当外れな答えだったな。
まぁ正解されてもそれはそれで困るんだけど。

それにこの馬鹿は自信満々に云い切ったが、仮に恋愛相談に乗って貰ったとしても頼りにできるとは思えない。
まぁ、それは日頃の行いが悪いからだろう。

こいつは頭の中の大半が女のことで埋まってる割に、誰かと付き合ったりとかしない。
そういった面から、この男が何を求めてるのかなんて分かりきってる。

恋に恋する、なんて可愛いもんじゃない。
ただの性欲魔人だ。
だというのに人の恋愛相談へ首突っ込んでくる理由は単純な話――面白そうだからとか、そこら辺の理由に決まっている。

「でも、そっか。
 原さん美人だし、気になっても仕方ないよね」

「だから違うんだってば」

「そうなの?」

「騙されちゃ駄目だ佐藤!
 こいつはそんなこと云って適当に話を――」

「いや、だって俺もう彼女いるし」

「……はぁ?」

「えっ」

田中は胡散臭そうに眉根を寄せて、佐藤くんは素直に驚く。
今更と云えば今更だが、俺はまだ二人に萌という彼女がいることを伝えてなかったのだ。

「……ん、ようやく格納庫に到着か」

「ちょっと待てやコラ。
 詳しい話を聞かせてもらいたい!」

「僕もすごく気になるんだけど……」

「ほら、整列するぞ」

「そんなことはどうでも良いから話のつづ……き……を」

「えっ……何、これ」

分厚いドアを通り過ぎた瞬間、格納庫内の強烈な電灯に一瞬目が奪われる。
その直後――開けた視界に飛び込んできた"それ"へ、どの生徒も目を釘付けにされた。

おそらく、驚かなかったものは誰一人として存在していないだろう。
俺を除いて。

煌々と輝く電灯の下には、一つの巨大な影があった。
クレーンに吊るされた、全長八メートルの人型。
漆黒の耐熱ラバーの上に被せられた鈍色の装甲が光を反射し、その存在をより強調している。
これを見た者はまずこう思うだろう――巨大ロボット、と。

驚く生徒を他所に、教師の説明が始まる。
人型戦車、士魂号M型。それがこのロボットの名前だ。
文字通り人の形をした戦車。
タンパク燃料を元に人工筋肉を駆動させ、既存の陸戦兵器には不可能な三次元機動と、"手"というアタッチメントにより多種多様な兵装を運用可能とした、対中型幻獣用の新兵器。

熱の篭った――もしかしたら開発スタッフの一人かもしれない――教師の話を聞きながら、俺は士魂号へと視線を向ける。

宙吊りの様は、まるで処刑されている姿のよう。
レーダードームの上に被された装甲はのっぺりとしており、能面を連想させる。
力なく投げ出された四肢は不気味さを感じさせ、圧倒的な存在感と同時に違和感を放つ様は、亡霊そのもの。
そんな風に悪い印象ばかりを抱いてしまうが、それも仕方がないだろう。

もし何も知らず士魂号の姿を目にすれば……。
きっと俺も他の生徒のように目を輝かせただろうし、教師の話を喜んで聞いたさ。
しかし――

『おい、永岡。
 マジかよこれ。超すげぇ。
 ロボットだぞロボット』

苦々しさに顔を顰める俺とは違い、田中の声は興奮し切っていた。
さっきまでの会話すらどうでも良いのか、弾んだ調子で多目的結晶にメッセージが届く。
チャットモードで佐藤くんとも会話を繋げば、続いて彼からも言葉が届いた。

『ちょっとこれは予想外だよね。
 新兵器って云うから、てっきり戦車……いや、これも戦車なんだろうけど。
 それにしたって人型とはねぇ』

『……そうだな』

『なんだよ。反応薄いな』

『でも微妙って思う気持ちは分かるかも。
 だって人型ロボットって、色んな問題から実用性に欠ける兵器って云われてなかった?』

『そうなのか?
 だってビームとか撃てるんだろ?』

『田中くん、それロボットじゃなくてビーム砲がすごいんだってば』

『あー、そうか。
 じゃあ合体変形でパワーアップとか?』

『合体するなら最初から合体した状態で出撃しようよ。
 あと変形機構を盛り込むと機体強度に不安が出てくるよ』

『攻撃されても、「むっ、無傷だと!?」みたいな超すごい装甲とか』

『だからそれ、ロボットじゃなくて装甲がすごいんだよね?』

『腕は飛ぶのか?』

『見た感じ、飛ばないんじゃないかなぁ』

『謎の動力で動くとか』

『流石にそれはないでしょ』

『駄目ばっかじゃんさっきから。
 あれ? じゃあ弱いんじゃないの?
 ……人型の利点ってなんなんだ?』

『うーん……さっき先生の云った三次元機動や武器の換装なんかは創作物のロボットとかでもよく云われる利点だけど……。
 駄目なところなら、ネットで検索すればいくらでも出てくる。
 でも利点ってなると、難しいなぁ』

ズバズバと田中に言い返していた佐藤くんは、急に言葉に詰まってしまう。
M型が人型である理由、か。

ガンパレードマーチ本編で、坂上先生が五月蠅いぐらいにそれを説いていたっけか。
走る速度は車以下。的の大きさ、装甲強度は戦車以下。
使える武器の大きさは重量比でどんな車両にも劣る。
だが強い。たとえスペックじゃ他のどんな戦車に負けていても、扱える戦術の多彩さがずば抜けているため最強の陸戦兵器を名乗っている。
……まぁ、最強云々はこれからその士魂号に搭乗する生徒達を鼓舞するための言葉ではあるだろう。

だが士魂号が強力な兵器である点は事実だ。
事実だが、しかし――何故強力であると断言できるのか。何故人型であるのか。
人型をすることで得た利点、ではなく、そもそもなんで突飛な形にしたのか、という疑問。
その問いに答えられる者は存在しないだろう。
もし答えを知っている者がいたとしても、口を噤むはずだ。

既存のどんな兵器とも似ていない、あり得ない兵器。
強い弱いを判断する以前の問題だ。
戦車と銘打っているにも関わらず、強さのジャンルが違うため評価ができない。
だというのに、強力な兵器であるという確信を元に生み出された機体。

おかしな話だろう。
まだ生まれてもいない存在を、強いと信じて作り出すのだから。

……士魂号はどこからきたのか。
士魂号はなぜ強いと確信されていたのか。

その二つに対する答えは――既に一つの完成品として、ある兵器が存在していたから、となる。
士魂号にはルーツ……オリジナルと呼べる機体が存在する。
今目の前にある士魂号も、これから開発される機体も、すべてそのオリジナルを模倣し、目指す過程で生まれたものに過ぎない。

そのオリジナルを何故すぐに建造しないのかと云えば、単純にこの世界の技術がそこまで発達していないからである。
再現できない部分をこの世界特有の生命化学で補い、なんとか形にしたのが、この士魂号M型。

故に、人型云々の話に結論を出すとするならば、だ。
士魂号に限って云うなら、人型兵器が強いことを知っていたから真似た、となる。
もっとも、そのオリジナルがどういった兵器なのか知っているのは、芝村一族だけ。
士魂号の開発スタッフは、ただ設計思想を聞かされ、注文通りにこの世界の技術でオリジナルを再現しただけに過ぎないだろう。

ウォードレスを巨大化という方向で拡張した結果、生まれたものが人型戦車。
それが士魂号が開発された表向きの理由となっているものの、真実は違うのだ。

『それにしても佐藤、こういうの詳しいんだな』

『詳しいってわけじゃないよ。
 ネットで人型兵器のメリットデメリットみたいな話はよくあるから。
 今田中くんに云ったのも、そのサイトに載ってたことをそのまま口にしただけだし』

『はー、熱心なファンがいるもんなんだなぁ。
 デメリットねぇ。
 まぁでも、別に良いんじゃね? こういうのも。
 人型、ってだけでなんか強そうだし。分かり易いのは好きだよ、俺は。
 弱い兵器をわざわざ作ったりするはずもないだろうし、こいつ、強いんだろ?
 なんか先生だってハイテンションでさっきから説明してるじゃん』

『……強い、のかなぁ』

楽観的な田中と比べ、佐藤くんは人型戦車という新兵器の強さに懐疑的だ。
俺としてはどちらの気持ちも分かるので、コメントし辛い。

教師の説明がひとしきり終わると、今度はコックピット周りを見ることになった。
格納庫に収めてある士魂号は全部で五機。
クラスを五つに分けて、教師や研究員に先導されながら俺たちは可動式の階段を登る。
そして士魂号の背面へ。
メンテナンスハッチの隣に設置された整備用コンソールの前で、再び説明が行われる。

今度の説明内容は、士魂号の操縦に関してだ。
この機体は操縦系に生体部品を使用しているため、多目的結晶を介しての直接操作が可能となっている。
操縦形式はオート、セミオート、マニュアルの三種類。

まずセミオートから。
これは士魂号の一般的な操縦方法だ。
半覚醒状態の、夢を見ているような感覚の中で士魂号に指示を出し動かす。

次はマニュアル。
こちらはパイロットの全感覚を士魂号に投入し、士魂号と一体化する操縦方法。
文字通り、操縦者と機体を同化させる特殊な操縦方法だ。
パイロットの肉体は眠りに落ちた後、三半規管や運動神経を司る部品の一つとなり、意識は士魂号へと移って、機体を自らの体として動かすことができるようになる。

全感覚投入は、その特殊な操縦形態の副産物として、機体の挙動にパイロットの運動神経や経験、癖などが反映されてしまうという長短併せ持つ特徴がある。

全感覚投入中の士魂号の戦闘能力は、パイロットの戦闘能力に比例して変化するのだ。
優れた運動神経を持つ者が士魂号と一体化すれば高い性能を発揮する。
その反面、戦闘訓練を受けていない者には使いこなすことのできない仕様になっている。

鍛え上げられた兵士が完璧に整備された士魂号を駆って、複数の中型幻獣を駆逐する――
それが士魂号の理想的な運用方法なのだろう。
しかし皮肉なことに、士魂号が実戦投入される頃にはその理想を叶えられる状態ではなくなっているはずだ。

最後にオート。
これはセミオートやマニュアルと違い、操縦桿やフットペダルを用いた操縦方法である。
機体との同調率問題や神経接続の故障が頻発すると予想されたため設けられた機能らしい。

手動で動かすのにオートと呼ばれる点に違和感を覚えたが、説明を聞いている内に納得できた。
オート操縦とは、操縦桿やフットペダルの動きをコンピューターが感知して擬似信号を作成し、それを制御中枢に打ち込むことで士魂号を動かすというものなのだとか。

多目的結晶を介さないため、第六世代以外でも操縦可能――もっとも、三次元機動のGに耐えられないが――であることが特徴ではあるだろう。
だが機体に搭載されたCPUの性能が足りないため、反応速度や挙動精度はお粗末の一言に尽きる。

電子装備を機体に満載して処理能力を引き上げればオートやセミオートとなんら遜色のない動きをすることも可能かもしれないが、今の技術ではこれが限界のようだ。

ひとしきり説明を聞き、なるほど、と納得する。
ゲームで云うところの安全・自動操縦モードはオートで、危険・手動操縦はマニュアル……ということなのだろう。
手動というか自分自身が士魂号になっているんだが、そこら辺は細かい指摘か。

これで操縦方法の説明は終わり。
次は専用火器の説明でも始まるのだろうか――
そう思っていたら、だ。

「じゃあこれから、実際に機体へ乗り込んでみましょう」

その研究員が放った一言に、生徒たちが楽しげな声を上げる。
それもそうだろう。巨大ロボットの実物を見せられれば、誰だってコックピットへ乗ってみたくなるというもの。
俺だって例外じゃない。
確かに乗ってみたくはある。
あるが、この流れに嫌な予感をどうしても覚えてしまうのだ。
それを肯定するように、

「神経接続のサンプルデータがまだ揃ってないから、君たちには少し協力してもらうよ。
 起動の手順はこちらでやるから、機体との同調をお願いできるかな?」

楽しげな様子で、研究員はそう云った。
そしてその言葉が嘘ではないと、コンソールを操作して準備を進めてゆく。
実験への協力。それに対してなんの疑問も持たず、名前を呼ばれた生徒たちは士魂号に乗り込んで次々に機体との同調を開始し、失敗しては次の生徒が交代してゆく。
中には起動に成功する者もいるが、割合は十人に一人いるかどうか、といったところか。

同調が成功しないのは当たり前だ。
士魂号は専属パイロット用に調整を施して初めてまともに動く兵器。
そのため調整を行っていない状態で起動する可能性は低い。
成功した者は、調整なしでも同調が可能なほどに機体との相性が良かったか、単純に同調技能が高かったかのどちらかだろう。

そして、俺は――なんとか実験への協力を拒否する手段を必死に考える。
しかし結局名案が浮かぶことはなく、順番が回ってきてしまった。

「次は永岡蒼葉くんだね」

「……はい」

名前を呼ばれ、俺はゆっくりと前に進み出る。
が、深い闇のようなコックピットの入り口を前にして、足が止まってしまった。
せわしなくボードに何かを書き込んでいた研究員は、乗り込もうとしない俺の様子に手を止め、不思議そうに顔を上げる。

「どうかしたのかい?」

「あの……どうしても乗らないと駄目ですか?」

「乗ってくれると助かるなぁ。
 この授業は僕たちからすると実験の一環でもあるからね」

「研究に協力したいのは山々なんですけど……今、あまり気分が良くなくて。
 神経接続をするのに抵抗があるんです。コックピットを汚したら申し訳ないですし」

自分で云ってても苦しい良い訳だと分かってる。
けど、誰もが協力している実験を断る理由なんて思い付きはしない。

案の定研究員は困った風に頭を掻く。

「まぁここ、人工血液の臭いがキツいし仕方ないね。
 けど参ったな、どーも。
 まぁ一人ぐらいは良いかなぁ……あー、でも、きっちりデータ取らないと主任がキレるだろうしなぁ。
 んー、ごめんね。
 すぐ終わるから、協力してよ」

「あの、適当に結果を書いてもらっても良いので……」

「僕もそうしたいんだけどさぁ。
 ウチの主任おっかないんだ。ごめんね」

……やっぱり適当な理由じゃ無理だったか。
ああ、クソ。
こんなことになるなら、仮病なりなんなりで欠席するべきだった。
変に目立つことを嫌って授業に出た結果がこれだ。

狭いメンテナンスハッチをくぐってコックピットに乗り込むと、シートに身を沈ませる。
座り心地は悪くない。
あまりシートが硬いと、ただでさえ悪い乗り心地が最悪になるからかもしれない。

機体の中には生暖かい空気が漂い、息苦しかった。
入り口が狭く空気が入らないのも理由の一つではあるだろう。
だがそもそもの原因は、士魂号自体の体温が休眠状態であっても30度前後に保たれているからだ。

士魂号は生きている。
比喩でもなんでもなく、事実として。
動力源であるタンパク燃料は今の休眠状態であっても消費し続けている。
もしタンパク燃料が切れた状態で放置されれば、士魂号は死んでしまうだろう。
死ぬ。兵器に対して使うには不適当な言葉のようであるものの、士魂号には当てはまってしまうのだ。

濁った空気を吸い込みつつ、俺は操縦席を見回した。
スイッチの類レイアウトは、あまり気を使われていないようだ。
無造作に取って点けた様は最新の兵器である癖に古臭い。
配線が所々剥き出しになっているのも、それを助長している。

夏休み直前という中途半端な時期にこの授業をやったことから察するに……。
本来この整備実習はウォードレスの実習と同じ時期に行われる予定だったのではないだろうか。

しかし機体の納入が遅れに遅れてこの時期になり、結果、レイアウトにまで気を回す余裕がなかった。
……なんて邪推をしてしまう。

コックピットの狭さに比例するように、モニターの類も少ない。
戦術モニター、レーダー画面、外周モニターの三種。
これが操縦席に座っていて目の前にある画面のすべてだ。
が、この三つはどれも予備。
メインモニターは士魂号パイロット用のヘルメットと一体化している。
俗に云うヘッドマウントディスプレイという奴だ。
このヘルメットがなんらかの理由で故障した際に、予備モニターを使うことになる。

天井に取り付けられたフックからヘルメットを取り装着。
多目的結晶を露出させて左手を受容体に置くと、バイザーを右手で降ろし、神経接続を開始。

瞬間、ぐらり、と意識が遠のき――
真っ暗だった視界に光が灯ると、一気に世界が開ける。
意識の霞んだ中で、しかし格納庫の景色ははっきりと頭の中に入り込んでくる。
未だかつてない感覚だ。夢を見ているような気がするのに、思考ははっきりしているなんて。

これが、士魂号と同調するってことなのか。
……そうか。やっぱり同調に成功したんだな。

そう。俺には同調に成功するであろう予感があった。
その根拠とは、この世界に転生する際授けられた異能――あらゆる物事に対する最低限の才能が、士魂号との同調に発揮されるのではという気がしていたから。

俺と機体の同調率は、きっと固体によってまちまちだろう。
起動指数ギリギリのものもあれば、それなりの数値を出す機体だってあるかもしれない。
だが最低基準ライン――起動するか否か、というラインに異能が発揮されてしまうのだ。
遺伝子適正。先天的なセンス。
これは間違いなく才能の一種であり、だからこそこうして起動に成功してしまった。

……もし運命の分岐点が存在するのだとしたら、おそらくこの瞬間だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は薄暗いコックピットの中でため息を吐いた。









†††









研究区画には士魂号の格納庫以外にも複数の研究室が併設されている。
その中の一室――士魂号のブラックボックスを扱っている研究室には、一人の女がいた。

彼女の印象を一言で表すならば、枯れ木だろう。
やつれた頬に、折れそうなほど細い手足。
目には活力の一切が浮かんでおらず、色濃いくまが彼女の疲労を物語っている。
しっかりと見ればそんな歳ではないと分かるだろうが、一目だけであれば、老婆と見間違えても無理はない。

そんな女が、ロクに照明も点けず薄暗い部屋で研究をしている様は、幽鬼のようだった。
ロクに感情の一つも見せず、瞳はモニターに表示されたデータの羅列を流してゆく。

くたびれた白衣にはネームプレートが下げられており、そこには都綾子と書かれていた。
天才的な脳外科医にして、現在は士魂号の開発チームに所属している研究者。

「入るよ」

都が淡々と作業をこなし続けていると、一人の女が研究室へと入ってきた。
確認と同時に扉を開け、遠慮もなく踏み入こんできた彼女は、枯れ木のような女と対照的で活力に溢れている。

流暢な日本語を口にしつつも、彼女の顔立ちは日本人のそれではない。
肩に届かない長さで切り揃えられた金髪は一歩踏み出すごとに踊り、澄んだ碧眼はキッと前を見据えている。

カツカツとヒールを鳴らしながら彼女――フランソワーズ・茜は枯れ木の女に近寄り、持っていた決裁板を彼女の机に置く。

「同調実験の結果が出た。さっさとまとめな」

「……ええ」

搾り出された言葉には、やはり力が篭っていなかった。
だがフランソワーズは都の様子を一顧だにしない。いつものことだと割り切っているのだろう。

「そっちの進展具合はどうだ?」

「……芳しくないわ。
 第六世代の同調能力は、やっぱり第五世代ほど強力じゃない。
 だから士魂号との神経接続はどうしても遺伝子適正に依存するしかないけど……ロールアウトした機体と相性の良いパイロットを見付けるのは骨。
 誰でも同調できるように神経接続の最適化方法がないか模索してるけど、予想通り、固体によってパターンが違うから手間がかかる点に変わりはないわ。
 やっぱり機体に合うパイロットを探すんじゃなくて、パイロットを機体に合わせて……造るべき、かな」

造る。その単語を口にした瞬間、都の表情には初めて感情らしい感情が浮かんだ。
苦々しさと怒りと悲しみ。
自らの発言に自分自身で苛立ちを覚えているのだ。

だがフランソワーズは都の様子に、やはり頓着しない。
これもまたいつものことだと知っているからだった。
まったく難儀な性格だこと――呆れ交じりでフランソワーズは都を哀れむ。

都綾子は、フランソワーズの研究内容が比較にならないほど倫理を踏みにじった実験を繰り返し、数多の屍を踏み台にしてその道の天才と呼ばれるようになった女だ。
だというのに、実験の結果ゴミのように廃棄したサンプルたちへいちいち感情移入し苦しんでいるのだからおかしな話だろう。

これでウェンディ・システムの開発者だというのだから、世の中分からないものだ。
士魂号の基礎設計を行った者と同じか――あるいはそれ以上に人間を物として見ていなければ、あんな代物とてもじゃないが産み出せないだろうに。

解せない、と首をかしげながらも、しかしそれは、フランソワーズにとってどうでも良いことだった。
フランソワーズは士魂号の開発主任である。
そのため彼女にとって重要なのは、都が優秀な技術者としてプロジェクトの完遂に必要な成果を上げること。
そして今のままでも十分に結果は出ているため、本人がそれで満足しているのなら好きなだけ偽善者ぶれば良いと思っている。

「そんなあんたに朗報だ。
 今回のサンプルは、なかなかにレアだと思う」

机に置いた決裁板を指で叩けば、都の視線はゆっくりと移動した。
忙しなく瞳は動き、決して簡単な内容が書かれているわけでもないのに、大した時間も必要とせず納得した風に彼女は頷く。

「調整なしで五機の士魂号と神経接続に成功……計測ミスではなく?」

「ああ。確認はさせた。本物だ。
 同調率はまちまちだが、最低でも起動レベルまでは漕ぎ着けられるみたいだね」

「……興味深くはある、けど」

「分かってる。 安心しな。
 タイミングが良かったから、普段とは違う形で手に入れといたよ」

彼女たちが話しているのは、整備実習と偽り学校の生徒を使って行った起動実験について。
士魂号は機体に使用されている技術に後ろ暗いものを多々含んでいるため、開発を明るい場所ですることができない。
これはブラックボックス部分の生産などでプラスの方向に働く要素ではあったが、今回のように数多くの神経接続パターンが必要となる場合、マイナスとなる。
一人二人ならばともかく、数十人単位のデータが必要となった場合、これを秘密裏に行うには多大な労力を必要とする。
そのため整備実習と偽って生徒たちを使い、機体との同調に最適な神経接続の形式を模索する実験に役立てたのだ。

その実験中に、本来ならばあり得ない結果を叩き出す者がいた。
是非ともサンプルとして扱いたい――のだが、未だかつて前例のない素材だ。
いつものように収集して解析して使い潰して解体して標本にするには勿体ない。丁重に扱う必要がある。

故に、普段とは違う形で――と。

「永岡蒼葉。
 幸運なことにこの子なかなか優秀でな
 あんたの助手につけとくから、好きなように扱いなさい」

フランソワーズの言葉に、都は小さく唇を噛んだ。

話は変わるが、フランソワーズたち研究者たちは今、助手を必要としていた。
ラボ――正式名称は次世代人類研究所。人口管理所、疾病研究課とも――出身の研究者は確かに優秀だが、自分の研究に没頭してしまう悪癖がある。
加えて、横の連携をまったくと云って良いほど意識しない。
だからこそ一つの分野で天才的な成果を出せたのだろうが、それを開発主任としてまとめているフランソワーズからすれば頭痛の種でしかない。

そのため、カリキュラムに人型戦車の整備が組み込まれる今年度の新入生から助手を選出することにしたのだ。
通常の授業と平行して人型戦車の専門的な知識まで教えることになるので、優秀な生徒を選ぶ予定だったのだが――
その枠に蒼葉を入れることで、これからも士魂号の開発へ関与させようとフランソワーズは考えた。

まぁ、今回の件がなくとも永岡蒼葉は優秀な生徒であることに変わりはないため、助手に選抜されていただろう。
元々助手選抜の話はフランソワーズの上司が持ってきた話だ。
幻獣との本土決戦が近付いているため、それまでに士魂号を整備できる者を増やしたい、という意向を伝えられた。
だがフランソワーズたち研究者は自らの研究に没頭したいため、後進の育成などに微塵も興味がない。
そこで彼女は、助手という形で生徒に士魂号の整備方法を学ばせ、代用教員に仕立て上げれば、自分たちは今のまま研究を続けられると考えたのだ。

上司の意向も何もかも、二の次三の次。
後進の育成などに時間を割いてる暇など、フランソワーズには微塵も残っていないのだから。
彼女には一つの目標がある。
その目標を達成するまで、寄り道など一切したくはなかった。

「……ねぇ、フランソワーズ。
 人を物のように扱うその言い方は、辞めた方が良いわ」

「云われなくたって、人前じゃ口にしないよ。
 あんたみたいに馬鹿正直じゃないからね」

「そういうことを云っているんじゃないの!」

ヒステリックな声を上げる都に肩を竦め、怒声を背中に浴びながらフランソワーズは都の研究室を後にする。
これが始まると長くなるのは、短くない付き合いから知っていたのだ。

さてさて、これから忙しくなる。
取りあえずは選抜した生徒たちと顔を合わせて、夏休みを削り人型戦車の整備を手解くか。
面倒くさいと思いながらも、ここで面倒ごとを消化しておけばいずれ楽になると分かっているため、手は抜けない。

しばらく家に帰れないか――そう思った瞬間、自宅で待つ息子のことが脳裏をよぎったが、どうでも良いと一瞬で忘れた。










■■■
●あとがき的なもの
入学から一気に半年経過。
じっくり学園パートを描きたくもあるのですが、そうすると1999年に辿り着くのがいつになるのか分からないため、意識して駆け足。
何やらネームドキャラが増えてきました。でも森さん入学まであと一年かかるよ……!

●内容的な部分
新キャラの田中と佐藤はモブです。
蒼葉の一人語りだけで学校生活を進めようとしたら淡々とし過ぎたため急遽投入、という流れで生まれました。

本編じゃ勿体ぶりましたが、士魂号のオリジナルはお察しの通り絢爛舞踏祭のあれ。や、GPMにも出ますけどね。

士魂号の操縦方法について。
全感覚投入周りは、捏造させてもらいました。
士魂号の意識優先だと書いてて面白味がなさそうなためパイロットとの人機一体に変更を。
オートモードの電子装備満載云々は、アナザープリンセス2巻の電子戦仕様を指しています。
メット被ってないわ全天周モニターだわ操縦桿で細かく操作してるわ、あの電子戦仕様の操縦方法は既存の士魂号と違うのだと勝手に補完。

これは違うんじゃないの、という点などがありましたら指摘をお願いします。
そして面白いと思ってもらえたら、感想を頂けると小躍りして喜びます。


●Q&A
Q:恋愛を書く以上エロはなくてはならない成分なのでは?
A:作者もそう思っています。なので書くべくと思っているのですが、不慣れなためにどうしても時間がかかってしまう。
  早く慣れて書くスピードを上げたいものです。

Q:特殊な器官を使ったプレイっていいよね?
A:最高ですよね。具体的に云うとブレインハレルヤとか。
  僕はまだ諦めてないぞ……!

Q:川遊びが見たかった
A:申し訳ありません。一度書きはしたのですが、だらだらと山なし落ちなし意味なしな会話をずっと続ける形になってしまったので、カットしました。
  消さずに残してはあるので、それでも良ければ加筆します。

Q:準竜師が痩せてるってことはワールドオーダーを撃破した頃?
A:大体それぐらいの時期をイメージしてます。
  この頃は細目のイケメンだったのに、何故ああなったのか。

Q:芝村関連はよく分からない。
A:作者もよく分からないので、自己補完してゆこうと思っています。



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