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No.34688の一覧
[0] 二週目人生【GPM二次】[鶏ガラ](2012/08/18 19:05)
[1] 一話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[2] 二話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[3] 三話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[4] 四話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[5] 五話[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[6] 六話[鶏ガラ](2013/04/14 21:22)
[7] 七話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
[8] 八話【エロ有】[鶏ガラ](2013/06/09 18:07)
[9] 九話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
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[34688] 七話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:5cb21011 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/06 01:11
電車を降りてまず真っ先に感じたものは、むっとする緑の臭いだった。
涼しい車内の空気はすぐに熱気と混ざってしまう。
耳へ痛いぐらいに木霊する蝉の鳴き声と、照りつける陽光。
屋根なんてものはなく、太陽に焦がされたホームからはじりじりと熱が伝わってきた。

「予め調べておいたからどんな場所なのか分かってはいたけど、実際に見てみると、これは……」

「……なかなかの田舎」

俺の言葉に続き、ぽつり、となかなかの毒舌がこぼれ落ちる。

どうやら萌も同じ感想を抱いたらしい。
高台に建っている駅のホームからはこの町が一望できるようになっていた。
駅周辺には多少の商店が並んでいるようだが、少し離れると見えるのは緑ばかり。
主な産業はおそらく農業なのだろう。広い国道を囲むように水田がこれでもかと広がっていた。

何故俺たちがこんなところにきているかと云えば、話は一月ほど前に遡る。

どういうことか、萌は今年の一月から壬生屋の家がやっている道場に通い始めた。……俺の通っている道場ではなく。
まぁそれは良いとして――壬生屋の家は毎年夏になると祖父の実家へ避暑に行くらしく、その際に萌も一緒にどうかと誘われたのだそうだ。道場を開いている神社は壬生屋の祖母の実家になるらしい。

祖父の実家は既に人が住んでいないため、毎年一度は管理のために赴く必要がある。
が、家族のそれに付いていくのはいいものの、田舎の方に友達がいるわけでもないため、あまり面白くはないと壬生屋は愚痴っていた。
彼女の両親もそれを気にしていたのだろう。道場で娘と仲のよい萌を誘えば、と考えたのかもしれない。
俺は単なる萌のおまけだ。
一応、交流戦で何度か顔を合わせたことはあるため壬生屋の両親を見たことはあるものの、それほど親しくはない。だというのにこの場にいるのは、壬生屋の親父さんたちのご厚意だ。

小学生最後の夏ということで、萌とは日帰り旅行をしようかな、とこっそり計画していたものの今回は親父さんのご厚意に甘えさせてもらうことにした。
浮いた資金はまた別の何かに回そう。

自分と萌の荷物を持って無人の改札口を通って表に出ると、一台のバンが止まっていた。
見れば壬生屋が助手席に座っていて――運転しているのはお兄さんか?

「いらっしゃい。お疲れさまでした」

俺たちに気づくと、壬生屋がバンから降りてくる。
さっきまで掃除の手伝いをしていたのかもしれない。彼女の服装はシャツにジャージのズボンと、珍しくラフだった。

「田舎とは聞いてたけど、すごいなここ」

「ふふ、そうでしょう? でも、遊ぶところは色々とあるんですよ。
 去年までは一人で退屈でしたけど、今年はお二人がきてくださったから……ご案内しますね! 遊んで回りましょう!」

「……楽しみ」

「ええ、本当に!
 さ、行きましょう。お兄さまも待ってますから」

促され、俺たちは車の後部座席に乗り込む。

「お邪魔します。よろしくお願いします」

「いらっしゃい。萌ちゃんに、蒼葉くんだったか?
 ようこそド田舎へ。ここから家まで二十分ぐらいかかるから、ジュースでも飲んでくつろいでてくれ」

返ってきた言葉がかなり砕けた感じだったので、少し意外だった。
壬生屋の兄ってぐらいだから、もっとガッチガチに固い人だと思ったけど……いや、お兄さんがこんな風にフランクだから、壬生屋がああも固い感じに育てられたのかもしれない。

「それにしても、ありがとうございました。
 萌はともかく、あんまり面識のない俺まで呼んでいただいて」

「子供がそんなこと気にしなくて良いって。
 まぁ親父が多少厳しいこと云うかもしれないけど、歓迎しているよ」

「お兄さま!」

「そう怒鳴るな。実際そうだろ?
 まぁでも、親父だって君を悪くは思ってないさ。
 交流戦で君の活躍はいつも見てるよ。いやー、未央とまともに打ち合える子がいるなんて思ってもみなかったからなぁ。
 萌ちゃんも驚くぐらいに上達が早いし、君らの世代は本当にすごいよ」

「恐縮です」

「……萌さん。なんだか蒼葉さんの腰がいやに低くて不気味なんですけれど」

「……蒼葉は、年上の人と話すとこんな感じ……なの」

お前、俺のことをどんな風に見てたんだよ壬生屋。

「まぁ、未央は堅物だからしゃーない」

「お兄さまっ!」

「おお怖い。でもまぁ、こんな堅物に友達ができて何よりだよ。仲良くしてやってくれ」

「もうっ……すみません、お二人とも。
 お兄さまはいつもこんな調子なので……いつもお父様がもっと真面目になれと云っているのですけど……」

「失礼な妹だよ。俺だってそれなりに真面目なんだぞ?
 そうだ、蒼葉くん。
 未央から聞いたんだが、もう上の学校の推薦受かったんだって? おめでとう」

「ありがとうございます」

お兄さんが云う通り、つい最近芳野先生から俺の推薦が通ったことを知らされていた。
少し通知が出るのが早い気がするものの、こんなものかもいれない。
前世で推薦入学をしたことはないため、どの時期に合格が決まるのかよく分からないし、そもそも前世とこの世界じゃ入試のシステムが微妙に違うかもしれない。
わざわざ芳野先生が嘘を云うとも思えないので、不思議に思うこともないだろう。

「しかし、その歳でもう将来のことを考えているのはすごいよなぁ。
 親に云われて決めたわけでもないんだろう?」

「ええ。……あまり大きな声では云えないんですが、このご時世ですから。
 知識も技術も、専門的なものをより早く学んでおいた方が良いと思って」

「なるほど、確かに。立派だねぇ。
 しかし、そのまま学校を出たら俺の同僚……いや、高等学校なら、出れば士官か。なら上司になることもあるのかな?」

「え?」

「俺も来年から自衛軍に入ることが決まっててな。
 お互い軍人の卵ってわけだ。いや、まだ教育も始まってないんだから、胤ってところか?」

さらっと下ネタを混ぜたぞこの人。本当に砕けてる。
ちなみに萌は苦笑し、壬生屋は分からなかったのか不思議そうに首を傾げていた。

……しかし、そうか。そういえばそうだったな。
壬生屋のお兄さんには悲惨な末路が待っている。
忘れていたわけじゃないんだが、実際にそうなる前兆とも云えるものを聞かされると、どんな顔をして良いのか分からなくなる。

「……あの」

「ん?」

「……いえ、なんでもありません」

……今云うようなことじゃないか。
口元まで出かかった言葉を飲み込んで、俺は頭を振った。
今自衛軍に入るのは止めた方が良い――そんなことを。
新兵を大陸へ派遣するかどうかは分からない。だがもし大陸へ行くようなことになったら、彼を待つのは悲惨な撤退戦だ。
それを逃れても、今度は八代が待っている。
とても未来が明るいとは思えない。いや、彼の待ち受ける運命は、確定していると云って良い。

それを黙って見過ごすことは、どうにも後味が悪い。
受け入れてもらえるとは思わないが、それでも……嫌われることを覚悟で、しつこく説得してみよう。

知り合って間もないものの、それでも顔見知りが――そして友達の兄が死ぬのをただ見送るなんてことができるほど、まだ俺は達観していない。

その後も軽く会話を交わしていると、車はお兄さんが云っていたように二十分ほどで到着した。

車から降りてまず思ったのは、でかい、ということだ。
仰々しい門に、長い塀。もしかして壬生屋のご先祖は、この辺り一帯の地主だったりするんじゃないのか?

「壬生屋」

「なんですか?」

「もしかしてお前って、良いところのお嬢様?」

「まさか。いくら大きいと云ったって、この家も、ただ古いだけですよ」

「歴史だけはあるけど、なぁ。ここら辺の山もじいさんの持ち物らしいが、価値なんざあってないようなものだし」

「これだけの資産があるのに、よく土地から離れられましたね」

「じいさんがばあさんに誑かされただけさ。
 それに、道場開いてたってじいさんの代でも既に門下生がほとんどいなかったって聞いてる。
 生活できないんじゃあ、外に出るしかないだろ」

それでもここまで立派な家を捨てて他の土地に移り住むってのは、なかなか勇気のいることだと思う。
その家特有の歴史に終止符を打つようなものだし――まぁ、部外者がわざわざ云うようなことでもないか。

その後、俺たちは壬生屋の両親とおじいさんおばあさんに挨拶に。
俺が小学生ということもあるんだろうが、それほど堅苦しい顔合わせということもなく、そのまま掃除へ。
力仕事ということで、俺とお兄さんは蔵の整理に狩り出された。

一年に一度しか作業をしないということで、未だに蔵の整理は終わっていないらしい。整理を始めたのは最近なのだろうか。

……しかし蔵とはね。
や、ここまで広い屋敷じゃなくても、古い家なら蔵があっても不思議じゃないけど。
半ばさび付いた鍵を開け、分厚い扉を開けると、俺たちは薄暗い蔵の中へと入った。

「一年に一度の作業な上に、親父たちは挨拶周りなりなんなりで手伝ってくれないから、毎年俺がやらされてたんだよな。
 いや、助かるよ本当に」

「……なんだか、あんまり片づいてないような気がするんですけど」

「今までサボってたからな」

やっぱりか。威張って云うようなことでもないでしょう。

「量が量だから楽じゃねーけど、割と面白いぞこの蔵。
 去年はさび付いた日本刀がでてきたし。ちょっとした宝探し気分だ」

宝探しなんて始めたら、整理どころではなくむしろ散らかす羽目になるのでは。

「小遣い稼ぎにもなる」

「……どうして小遣い稼ぎになるのかは、聞かないことにしましょう」

「古い掛け軸とか、近所のじいさまたちが買ってくれるんだよ」

「俺は何も聞いてない」

「そう云うなって。そんじゃあ、取りあえず入り口近くにあるのを全部外に出してから選別するべ」

作業開始。
お兄さんの云うとおり入り口近くにあったものをえっちらおっちらと外に運ぶ。
外壁補修用に使うつもりだったのであろう腐った木材や瓦、壊れた家具。家具は直して使うつもりだったのかもしれない。

「これどうするんですか?」

「まぁ粗大ゴミだな。業者に取りにきてもらうんだ。
 町内会費払ってないから集積所に持ってくわけにもいかないんだと」

「気を遣うんですね」

「別にいい気もするんだけどなぁ。
 量が量だし分からなくもないけどよ。
 あ、なんかの記録っつーか、資料っぽいのがあったら教えてくれ。図書館に寄付するんだと。
 どうせ虫に食われて読めない状態だろうになぁ。寄付された方が困るっつーの。
 ……お、出た出た。蒼葉くん、これ見てみ」

埃まみれの農機具を持ち上げようとしていた俺は、お兄さんの言葉に振り返る。
見れば彼は、錆の浮いた何かを手の中でくるくると回していた。

「……拳銃ですか?」

「みたいだな。あんま詳しくないから名前とか知らないけど」

銃口を俺に向け、ばーん、と撃つ仕草を見せる。
スクラップと呼ぶのもおこがましいレベルで使い物にならないであろうことは、一目で分かる。
仮に銃弾を込めても暴発するのがオチだろう、あれは。

「五百円ぐらいで買い取ってくれそうだな、これなら」

「安い……のかなぁ」

「どうせゴミだし、十分だろう。
 二次大戦の頃のかねぇ。日露戦争のか?」

「掛け軸とかじゃなくて、そういうのも見つかるものなんですか?」

「拳銃はこれが初めてだなぁ。あ、でも火縄銃は前にあったな。あと弾丸もいくつか。
 聞いてみたら、じいさんの代でも既に骨董品扱いだったらしいけど。
 鎧とかは大事なもんだってんで、今住んでる家に持っていったみいだ」

「本当になんでもあるんですねぇ」

「使い道なんてどこにもないけどな」

その後も、あれこれ発見しながら蔵の掃除は続いた。
今までサボっていたというのは本当らしく、奥の方はまったくの手つかず状態。
今日一日で片づけるのは無理と判断し、簡単に動かせるものだけを外に運び出す。
その作業が終わるころになると、もう太陽が橙色に変わり出すような時間になっていた。

「こんなもんか。
 今年はすごい進んだな。成果もぼちぼち。山分けにしよう」

「あはは……」

「一番風呂は俺たちでもらうか。もう沸いてるだろうし。
 一緒に入るか?」

「え、あ、はい。良いですよ」

「よしよし。……いやー、良いもんだ」

「え?」

「未央が悪い子ってわけじゃないんだが、俺は一緒にバカできる弟が欲しくてさ。
 ただの掃除だけど、それでも楽しかったよ」

どこか照れくさそうに、お兄さんは笑みを浮かべる。
それを見て――ずっと言い出すタイミングを見つけられなかった言葉を、俺は口に出した。

「あの、お兄さん」

「なんだ?」

「自衛軍に入るの……考え直しませんか?」

「……どうした、いきなり」

急な話題に彼は戸惑いつつも、神妙な顔で応じてくれた。
俺が冗談で云っているわけではないと分かっているのだろう。
声のトーンからはさっきまでの陽気な感じが抜けている。

「大陸は今、激戦区になってます。
 自衛軍に入ったら、そこへ行かされる可能性がないわけじゃない。
 仮に行かずに済んだとしても、今度は本土での大きな防衛戦が待っています」

「死ぬかもしれないからやめとけって?」

「はい」

「はっきり云うな」

困った、と彼は笑う。

「……ま、分かっちゃいるさ。
 でもなぁ。そうやって危ないから戦わないなんてことを言い出したら、誰も戦わなくなっちゃうだろ。
 それじゃ駄目だ。誰かがやらなきゃならない。
 貧乏くじを引くしかないって分かっていてもだ」

「でも――」

「云っておくけど、俺なんかよりよっぽど蒼葉くんたちの世代の方がキツいんだぞ?
 第六世代は戦うために生まれてきたって云っても過言じゃない。
 君らが戦えるようになったら、きっと問答無用で戦場に出る羽目になるだろう。
 ……遅すぎたんだよ。あと十年きみたちが早く生まれてきていれば、あるいは本土で楽々生きるって選択肢を選べる時代だったかもしれないけど」

「……話をすり替えないでください。
 仕方がない、なんて話をしているんじゃない」

「賢いのも考えもんだなぁ。そこは黙って年長者の――いや、その理屈は俺も嫌いなやつだな。
 ……どうしたもんかね」

彼は肩をすくめ、額に手を当てる。
そして深呼吸を一つすると、

「……俺はこれでも、真面目に生きてるつもりだ。
 俺個人の役目って奴も、分かってる。
 何を期待されているのかも。
 そして、それに納得もしている。
 俺一人が戦いに出たところで、何かが変わるわけでもないってことも気づいちゃいるさ」

「じゃあ……!」

「それでも、だ。
 少し話してみて分かったよ。なんとなくだけど、君は俺と同じような価値観を持ってる気がするな。
 ……俺は、戦いたいから戦う。
 どこかの誰かが決めたことに納得のできないまま従うほど、俺は人間ができちゃいない。きっと君もそのはずだ」

「……はい」

彼の云うとおりだった。
自分の人生は自分だけのものだ。
誰かの決めたレールに沿って進むことを悪いとは云わない。けどその決まりに納得できないまま従うことは絶対に御免。
どうしても進める道が決まっているのだとしたら、せめてその中で自分の望む道を往きたい――

……それだけの話か。
この人は、きっと俺と同じなんだ。彼の云うように。

それが俺の場合は整備学校で、彼の場合は自衛軍だってだけ。

「俺はこの通りドラ息子なのさ。
 親父の云う堅苦しい生き方を強要されても従おうとは思えなかったし、道場を継げって話も蹴っとばして自衛軍に入ろうとしている。
 親不孝ここに極まれり。それでも後悔はないよ。今のところはな。俺は俺の望むまま自由であった。自分の人生に悲観だってしちゃいない」

「なら、最後に一つ聞かせてください」

「なんだ?」

「何故、自衛軍に入ろうと思ったんですか?」

「そんなに難しい話じゃないさ」

そこで一度言葉を区切り、

「俺は親不幸者で駄目兄貴だが、それでも家族を愛しているのさ。
 道場の後継者惜しさに息子を戦場に出さなければ、ウチは後ろ指をさされるようになるだろう。
 俺が兵役に就かなければ、未央が戦場に出ることを強要されるかもしれない。
 それは、悲しいじゃないか」

それだけなのさ、とお兄さんは笑った。






†††






「すごい偏見なんですけど、浴槽は薪風呂なんじゃないかって思ってました」

「まぁこの家の外観を考えれば、不思議でもないけどな。
 さっきまで整理していた蔵の中身だってあんなんだったし、仕方ねぇよ」

僅かに声の反響する風呂場の中、俺とお兄さんは一緒に浴槽へと浸かっていた。
古い家の風呂はあまり広くないものだと思っていたが、この家は違うらしい。
前世の祖父の家で入った風呂は、浴槽は大人一人が入れば限界といった具合で、お世辞にも広いとはいえない代物だった。

が、今俺たちが入っている浴槽は、おそらく大人二人が入ってもスペースに余裕が残るだろう。ちょっとした温泉気分だ。

ここだけではなくトイレなどは、引っ越す直前に改装したのかもしれない。
やや古くはあるものの、屋敷の古さを考えれば新しいといえる設備が整っていた。

……やっぱり萌と温泉旅行には行きたいもんだ。
あー、でもどうなんだろう。
一度は大人であった俺は、温泉に入って酒を飲み、とくに何かをするわけでもなくのんびりすることの楽しさを知ってはいるが、萌が楽しめるかどうかは分からない。
温泉街でしっぽり、なんてのはまだ早い気もする。

萌のことだから、楽しいかどうかと聞けばどんな答えを返してくれるか――考えなくても分かりきってる。
照れくさいが、俺と一緒にいるなら、と云ってくれるだろう。

それは嬉しいし、本心でもあると分かってはいるけれど、どうせなら思う存分に楽しんでほしいし喜んでほしいわけで。

だったら旅行に行く場所は、もっと遊ぶことに目的を置いた場所にした方が良いだろう。

子供目線で見た温泉街の娯楽といえば、型落ち箇体のゲームや卓球ぐらいじゃないだろうか。
街をぶらぶら歩いたり、お土産屋をぶらついたり、その街の郷土資料館を覗いてみたりなんてのは、とてもじゃないが子供が楽しめるものじゃなし。

さて、どうしたもんかな……。

「なぁ、蒼葉くん」

「なんですか?」

ゆだった頭でこれでもないあれでもないと考えていると、お兄さんが声をかけてきた。
さっき話した将来のこと云々で少し話しづらい気分だったが、彼はそうでもないようだ。
そこがまた、彼の良いところでもあるのだろう。

「萌ちゃんとはどこまで進んでるんだ?」

「いきなりですね」

「良いじゃないかよ。男同士だ、気にするな」

「まぁそうなんですけど……」

「で、どこまでいってるんだ?」

「えっ……と」

「未央に聞いたけど、もう付き合いだして結構経ってるんだって? 流石に手ぐらいはつないだか?」

「ええまぁ」

「良いねぇ。あー、俺もガキの頃からもっとマセてりゃよかったなぁ。
 ほら、小学生の頃って、なんか女子と遊ぶことが恥ずかしいみたいなノリがなかったか?」

「ありますね」

前世でもそうだったし、今回の人生でも。
あれは一体なんなのかね。女の子は恋愛の話題を早いうちから話題の一つとして扱い始めるけど、男は全然。
中学生になればそういった恥ずかしさも多少は薄れるものの、完全に異性と遊ぶことの楽しさを覚え始めるのは高校生ぐらいからな気がする。

まぁ俺がそうだったってだけで、思春期の子供全員に当てはめることじゃないとは思うが。

だが少なくとも、お兄さんもそういったことを後悔しているようだ。

「まぁウチの場合はほら。親が堅物だからな。
 なんだかんだで、俺もガキの頃は女の子と積極的に遊ぶのは良くないことだー、みたいに云われてそれを信じていたし。
 軟派なのが悪いわけでもないのになぁ」

「甘酢っぱい思いの一つや二つ、誰にだってあるでしょうよ。
 小学生ぐらいの頃を思い出せば」

「君はその年頃ど真ん中だろうに。
 で、どうなんだ?」

にやにやと追求してくるお兄さん。
どう答えたもんかな。

うーん……あんまり自慢すうようなことでもないとは思うが、なぁ。
それでも云いたくないのかと云われると、困る。
萌とどんな具合に仲が良いかなんて、同級生に教えたことがないし。まぁ要するに俺も誰かに自慢したいってわけだ。

まぁ、この際、云ってみるのも良いか。

「萌と知り合って一年……かな。
 それぐらいの頃に、あの子と付き合い始めました。
 恋人になってからは一年と少しってところですね」

「思ったよりも長いんだな。
 それで?」

「まぁ恋人同士になったんだから、することしてますよ」

「……え?」

「親が出かけてるタイミングで俺の家でやったりってのが多いですね。
 基本的に萌の家にはお母さんがいるし、事後の片づけが上手いことできないので」

「……えっ」

「どこまで進んでるのか、でしたっけ。
 そうですね……基本的に俺が萌を責めてるので、どこまでってのは形容しづらいかなぁ。
 萌にさせる、ってのはほとんどないし。
 あ、興味がないわけじゃないんですよ?
 ただ、俺の趣味として、女の子が感じてる姿見るのが好きだから――」

「待てやマセガキ」

「なんですか」

「まさかお前……」

「ええ」

ふっ、と小さく笑う。

「非童貞ですが何か?」

「お、おのれー」

想像通りの反応をしてくれてありがとう。
マジかー、とお兄さんはため息をつくと、体育座りをして小さくなってしまった。
まぁ気持ちは分かる。すみません。

「……最近の小学生はそんなに進んでるのか?」

「いや、そんなことはないですよ。
 同級生は同性と遊ぶのが普通な感じですし。
 カップルがいないわけでもないでしょうけど、俺たちほど進んでるかどうかとなると、どうでしょ」

「そうか。少し安心した。
 いやー、ジェレネーションギャップで死ぬかと思ったわ」

「それジェネレーションギャップって云うんですかね」

「さぁな。
 まぁ良い。で、どんなことを普段はしてるんだ?」

「んー、そんな特別なことはしてないはずですけど。
 いずれは色々試してみたいけれど、今は色んな体位を試してるだけで満足してるし」

「ほ、ほう?」

「一番好きなのは対面座位でいちゃついてから、興奮しきった萌を正常位でがっつんがっつん突くことかなぁ。
 頑張って声を殺そうとしてる萌が我慢できなくなってひんひん鳴くとすごく燃えます」

バックからガツガツ腰を使うのも好きだが、やっぱり萌の可愛い顔を見ながらが一番だ。

体力と筋力には自信があるので、よっぽど変な体位じゃなければ動きづらいってこともない。
慣れない姿勢だと動き方が分からないこともあるものの、それだって回数こなして萌と一緒にステップアップするのが楽しいし。

「後ろとかにも興味はあるけど、ローションやらスティックやら開発用の道具を手に入れることがなぁ。親の名義で通販も見つかったら気まずいし。
 代用品で済ましちゃうのも萌に申し訳がないからやりたくないし。
 ヤヴァネットが早く普及すれば良いのに」

「うん、悪かった。もう良い。
 俺には少し刺激が強いみたいだ」

「そうなんです?」

「ああ。このまま聞き続けてたら、恥ずかしながら勃ちそうだ」

「それは困る。男に興味はないもんで」

「奇遇だな。俺もだ
 ……上がるか」

「……そうですね」

「ふっ、なんだろうな、この敗北感は。
 今の俺は情けない敗残兵さ……」

茹だったのか違うのか、お兄さんは風呂から上がってふらふらと脱衣所へ消えていった。

「……空しい勝利だ」








†††








「蒼葉くんに萌ちゃん、今日はどうもありがとう。
 僅かながらの礼だ。好きなように飲み食いしてくれ」

「いえ、こちらこそ。
 お招きいただいてありがとうございました」

「蒼葉くんはしっかりしてるわね。
 遠慮しなくて良いから、たくさん食べて」

「はい。では……いただきます」

「……いただきます」

壬生屋のお父さんに軽く頭を下げながら、箸を手に取る。
テーブルに並んでいるのは刺身に山菜を使った料理、天ぷらに煮物。
和風の料理が並んでいるのは、らしいと云うかなんと云うか。
歳が歳なので駄目だが、日本酒がちょっと呑みたい。

「蒼葉さん。煮物は、私と萌さんが作ったんですよ」

「そうなんだ」

うん、形が微妙にいびつな野菜は、きっと壬生屋が切ったやつだな。
萌の料理スキルは少しずつだがステップアップしてるから、今じゃ多少時間はかかってもレシピ通りに作るぐらいはやってのける。

小皿にとった煮物を口に運ぶ。
味は染みてるし、固さもほどよく解れていた。

「うん、美味いよ」

「やった」

「……良かった、わ」

「萌ちゃんはお料理上手なのよね。
 少し驚いたわ。いつもお母さんのお手伝いをしてるのかしら?」

「……はい」

人見知りをする萌は、少し控え目に返事をした。
だが壬生屋のお母さんはそれを気にした風もなく、笑顔で頷く。

「そうよね。手慣れてたもの。
 今から鍛えてるんだから、きっと良いお嫁さんになれるわ」

「二人はそういう関係なのか?」

「はい、そうです」

「そうか。悪いとは云わないが、節度のある付き合いを――」

「余所様のことなんだから説教するなよ親父」

「お前は……」

助け船なのか違うのか、さらっと割り込みをかけてくるお兄さん。
いつものことなのだろう。壬生屋のお父さんは呆れたように眉根を寄せる。
が、お兄さんもまた慣れたもので、気にせず料理に箸を伸ばしていた。

「あ、そうだ。お父さん、すみません。
 明日、少しお時間いただけませんか?」

「なんだい?

「剣術のことで、少し教えていただきたいことがありまして。
 や、教えて欲しいというほどのことではないのですが、駄目なところを指摘していただけたら助かります」

「私で良ければ。
 ただ、そういった指摘は君の師範代にしてもらった方が良いんじゃないかな?」

「僕もそう思うのですけど、師範の方針なのか、しばらくは自力で刀の扱いを学べと云われて、相手をしてもらえないんです」

「……そういうことなら、私が口を出すわけにもいかない」

「はい。重々承知しています。
 ですが、僕は来年から地元から離れた学校に通うので、今の内に学べるだけのことは学んでおきたいんです。
 師範の云いたいことも分からなくはないのですが、そこまで時間に余裕があるわけでもないですし。
 ……駄目でしょうか?」

この人の前で嘘を云っても良いことなんてないだろう。
そう思った俺は、云ったところでマイナスにしかならないであろう事情まで口にする。

春先に師範から日本刀を譲ってもらってから、体術はともかく、剣術の稽古はほとんどつけてもらっていない。
流石に刀の扱いや竹刀との違いはレクチャーを受けたが、それ以外はほとんど自主訓練。

時折師範や師範代に見てもらってはいるのだが、精進しなさい、と云われるばかりで指導らしい指導は何もしてもらえていないのが現状だ。

自力でやれるところまで、と本を読むなり動画を見たりと勉強しつつ動きを取り入れてはいるのだが、それでも指導らしい指導を何一つされないのはいい加減に辛い。

だからこの機会にと壬生屋のお父さんに打診してみたのだが――

「……とりあえず、見るだけ見てみよう。
 指導するかどうかは、それからだ」

「ありがとうございます」

「……あ、あの、今さらっと流しましたけど……。
 刀、とおっしゃいましたよね? もしかして荷物の中にあった包みは、真剣だったのですか?」

「ああ、そうだよ」

「そんなに驚くことでもないぞ、未央。
 俺だって親父に真剣の扱いはたたき込まれたしな。
 中学に上がればお前も教えてもらえると思うぜ?」

「余計なことを云うな」

「へいへい」

釘を差され、再び肩をすくめるお兄さん。
壬生屋の刀といえば、迷刀鬼しばきが思い浮かぶが……俺の記憶が正しければ、あれ、名前がダミーなだけで実際は有名な刀だったはずだ。
それこそ、博物館に飾られたり、コレクターが欲しがったりするほどの。

俺の刀は……まぁ、多分無銘。
壊したら嫌だから保管は師範代が、と云ったら、そんなに貴重なものじゃないから別に良いと云われたし。

「しかし、そうか。蒼葉くんは未央よりも一歩先を行っているんだな」

「まぁ、年長者ですから。
 それに彼女ほどの才能は、僕にはありません。
 第六世代ということで、他の門下生より多少上達が早いだけですよ」

「謙遜をしなくても良い。
 たとえ技術や体を鍛えても、心の強さが伴っていなければ刀の扱いを教えられたりはしない。誇って良いことだ」

「ありがとうございます」

心の強さ――か。実際どうなのだろう。
確かに俺の精神は同年代、いや、十代の子供や社会にでる前の青年と比べればそれなりに成熟しているだろう。
しかし俺は、元の人生に見切りをつけて新世界に逃げ出したような人間だ。そう立派な心を持っているわけじゃない。
別に卑屈になってるわけじゃないが――まぁ、なんだ。
こういったことを云われるのには慣れてないから、反応に困る。

ともあれ、明日は壬生屋のお父さんに剣術の稽古をつけてもらえるようで一安心。場合によってはお流れになるかもしれないけれど。
稽古をつけてもらえなかったらいつも通りに自主練習を行って、その後は萌たちと遊びに――

そんなことを考えていた時だった。

軽いインターフォンの音が響く。
壬生屋のお母さんは素早く腰を上げると、玄関に向かった。

そのまま食事を続けようとするが、何やら騒がしくなっていることに気付く。
玄関からここまでそれなりに距離があるというのに――もしかして、何かを言い争っているのか?

俺と同じ疑問を抱いたのだろう。
壬生屋のお父さんは訝しげな表情を浮かべると腰を上げる。お兄さんも一緒に。

……なんだ?
あまり良くない空気が流れている気がする。
見れば、萌も戸惑いを浮かべて俺へ不安げな視線を送ってきていた。
そっと彼女の手を握って、様子を覗き見しようかと腰を浮かせた瞬間――

「なんのつもりだ貴様ら!」

空気が縮み上がるような怒声が、屋敷に響き渡った。
……何が起こっているんだ?
決して良いことではなく、むしろ悪いことが起ころうとしているのは確かだろう。

壬生屋と萌に目配せをして、俺たちも玄関へと向かう。
言い争う声が徐々に耳に届いてくる。その内容は形となって聞こえてくるほど明瞭ではなかったが、壬生屋のお父さんが怒っていることだけは嫌でも伝わってきた。

角を曲がり、玄関へと出る。
瞬間、聞き覚えのある台詞がいきなり飛び出てきた。

「こんな時間にいきなり大勢で押し掛けて……挨拶もなしに!
 なんのつもりだ!」

「覚えておけ。芝村に挨拶はない」

その、言葉は――いや、芝村だって?

思わず目を瞬いて言葉の主へと視線を投げる。
ボディーガードなのだろうか。黒いスーツを着た男たちを背に、一人の青年――いや、少年が立っている。
美形と云えばそうなのだろう。だが最悪なまでの目つきの悪さがプラスの印象を欠片も残さず粉砕していた。
口元に浮かべた皮肉げな笑みもまた、印象悪化に拍車をかける。
行き過ぎた誇りは傲慢さとも見え、まとった雰囲気はまるで鎧のよう。身長はそう高くないというのに巨人のような錯覚を抱いてしまう。

彼は壬生屋のお父さん、お兄さん、母親。
そして未央を順番に眺めると、ため息を吐いた。落胆を少しも隠すつもりがない。

「予想を遙かに下回る有様だ。血が薄いどころの話ではないな。使いものにならん」

「……何だと?」

「多少戦う術に長けた一族など珍しくもない。よって、価値もない。邪魔をしたな」

それだけ口にし、彼――芝村は即座にきびすを返した。
瞬間、我慢が限界に達したかのように壬生屋のお父さんは少年の肩へと手を伸ばし――

危ない、と思った瞬間、体が勝手に動いていた。
彼が何をするつもりかなんて分からなかったが、絶対にロクなことは起きないと嫌な予感があったから。

お父さんの手が芝村の肩に届くかと思えた瞬間、まるで虫でも払うように腕が振るわれる。
肩に振れようとした手を避け、延びきった腕を取り、そのまま体重を遠心力に乗せて投げ飛ばす――

タイミングは最悪だった。壬生屋のお父さんは、まさか投げられるなどと思わなかったのだろう。
受け身は取ってくれるだろうが――投げ飛ばされた先には戸がある。ぶつかればガラスが飛び散り軽くない怪我をするだろう。

ゼロから一気に全開へ。騒々しい音と共に床板を蹴り付け、次いで壁を蹴り飛ばし二人の隙間を縫うように疾走。
そして隙間を縫うように二人を追い抜くと、投げ飛ばされた壬生屋のお父さんを抱き止めた。

無論、ウェイトの差がありそのまま抱き止めるなんてことはできない。
吹き飛ばされながら玄関の戸に背中をぶつけ――しかしそのまま倒れ込まないよう、戸の枠へとっさに手を伸ばし、掴む。

掴んだ木の枠が砕ける感触。慣性に逆らった重みが腕へと一気にのし掛かる。
が、そこまでだ。
ほっと息を吐きながら壬生屋のお父さんを下ろし、顔を上げ――芝村と目があった。

瞬間、本当に刹那――ともすれば見間違いだったのかもしれないが――彼の瞳に驚きの色が浮かび、次いで、興味が滲む。

だが彼が俺に声をかけてくることはなかった。
薄ら笑いを張り付けたまま芝村は去ってゆく。
その背中を、俺は見送ることしかできなかった。








†††








「昨日はすまなかったな。
 無様なところを見せてしまった」

「いえ、気にしてません」

「それでも、私の油断から君に怪我をさせてしまったことに違いはない。
 その礼と云うわけではないが……稽古はしっかりとつけさせてもらおう」

「ありがとうございます」

小さく頭を下げつつ、俺は鈍い痛みを発する指先に目を向けた。
包帯の巻かれた指。昨日、無我夢中で枠と掴んだ際に爪が割れてしまったのだ。それもヒビが入るようなものではなく、剥がれる一歩寸前といったところまで。

あの時は無我夢中で気がつかなかったとは云え、時間が経つとなかなかに痛い。
が、この機会を逃せば次はいつ壬生屋のお父さんに稽古をつけてもらえるか分からないため、包帯を巻きつつ約束通り刀の扱いを見てもらうことにした。

抜刀し、正眼に構える。呼吸を整え、意識を集中。
力を込めると指先の傷がよりズキズキと痛みを訴えたが、集中している今、その感覚は遠い。

呼吸が整った瞬間、刀を振りかぶり――突き立てられた巻き藁を袈裟に両断。
初めて刀を握った時には出来なかったこれも、今では楽にこなせるようになった。
が、ここからだ。

振り抜いた刀を返し、横一文字に。軽い手応えと共に巻き藁が更に分割される――が、まだ。まだ巻き藁はバラバラにならない。
次の一閃。そして次の。計四回の斬撃をたたき込み終えた瞬間、重力に負け、裁断された巻き藁は崩れ落ちた。

「どうでしょう。
 駄目なところはありましたか?」

「いや……そうだな。
 なんとなくだが、師範が口を出さなかったのも頷ける」

「どういうことですか?」

「教えることがないのだろう。今の段階では。
 教えられずとも、君は基礎を疎かにしていない。
 自分の思うままに剣を振るうのではなく、型というものを大事にし、それを忠実に守っている。
 で、あるならば、口出しする必要はないということだ」

「……それならそうと云ってくれれば良いのに」

「もし蒼葉くんがなんらかの壁にぶつかった時は、惜しみなく次のステップへ進むための教えを授けてくれるはずだ。
 心配せず、今まで通り鍛錬に励むと良い」

……壬生屋のお父さんがそう云うなら、間違いではないのだろう。
でもなんだか納得がいかない。便りがないのは元気な証拠――というのとはまた違うのだろうが、そうならそうと云ってくれれば良いのに。

「だが、それだけで終わらせてしまうのは少し君に申し訳ない。
 一つ、壬生屋の技を見せてあげよう」

そう云うと、壬生屋のお父さんは縁側に立てかけてあった布包みを手に取り、結んであった紐を解く。
取り出されたのは日本刀。だが俺が持っているものよりもいくらか長い。

彼はそれを抜き放つと、数度素振りを行った。
そして、見ていると良い、と口にして――そうして、始まる。

端から見ればそれは剣舞にしか見えなかっただろう。神楽舞を見たことはないが、きっとそれに近い。
ゆっくりと足を運びながら、鋭い太刀筋で剣を振るう。
一体何を――数秒の間、俺は彼が何を考えてこの剣舞を見せているのか分からなかった。

だが太刀筋を目で追い、ようやく気付く。
一見儀礼的に見えるこれは、しかし、違う。
剣を振るい、足の運びで死角を常にずらし、全方位に目を向けながら剣が空を薙ぐ。
舞踏のようなそれは、しかし、間違いなく技の一つだ。

「君は、すごいな」

「え?」

言葉をもらすと同時、壬生屋のお父さんは剣舞を止めた。

「今のがなんなのか理解できたのだろう?」

「はい。……今のは?」

「壬生屋の始祖とも云える一人の男が行っていた戦い方だ。
 踊るように舞い、一対多の状況で幾度も勝利を収めた戦技。
 通常の剣技や鍛錬は、これをより高い精度で行うための下準備に過ぎない。
 ……これ以外にも代々伝えられた技はいくつもあったのだが、我々に扱える技は、もうこれだけになってしまった。
 薄れた血……クローン技術によってしか増えることのできなくなった我々では、血によって技能を伝えるということができない。
 故、我が一族が生まれたから今日までの間に、多くの力が欠落してしまった。
 おそらく……あの男が求めていた力は、失われた力の方だったのだろう」

云いながら、色濃い屈辱を彼は表情に浮かべる。

「……蒼葉くん。君は芝村一族のことを知っているか?」

「……はい。一応は」

裏の事情はともかくとして――表向きの芝村は、ここ数年で急速に力を伸ばしてきた一族のことを指す。
この国が生まれた頃から存在する、とのことなので出自自体はかなり古いものの、表舞台に出てきたのは最近のため政界などでは新参者扱いされている。

血の繋がりなどになんら価値を認めず、芝村"らしさ"を何よりも重要視するため、一族の人間は基本的に養子。
たとえ実子であろうとも一度は親子の縁を切り、芝村を名乗る資格があると認められれば養子として迎え入れるという徹底ぶりだ。

彼らは元々、人類の歴史をただ記録するだけの一族だった。
ただそれだけの一族だったが、ある人物と接触したことにより宗旨替えを行い、自分たちの知識を駆使して人類の危機に立ち向かうべく立ち上がったのだ。

その存在理由ゆえに、善か悪かで云えば彼らは善と云えるだろう。
ただ、目的のためには手段を選ばないという色があまりにも濃い上に、
蓄積した知識を元にした行動がケチを付けられないほどに結果を出してしまうため、既存の有力者たちから目の敵にされている。

あまりにも強烈な個性と独自の価値観を持つ彼らは、とにかく敵を作る。
その上秘密主義であるため、彼らの目的がなんであるのか誰も知らず――世間一般では世界征服をもくろんでいるなんて冗談が信じられている――戦争を糧に肥太る悪魔のような認識をされている。

既存のルールをあざ笑い、自分たちの信じる道を突き進む者たち。
一般常識などを知らないわけではないが、それはそれとして自分たちの価値観を何においても優先するため、調和や礼節を重要視する壬生屋とは相性が悪い。

俺個人としての彼らの印象は、まぁ、関わらないでくれるのなら悪くは思わない、というものだ。
彼らがいなければウォードレスや人型戦車、NEPやレーザライフルといったオーバーテクノロジーの数々が生まれることはなく、人類は既に地球上から駆逐されていただろう。

非人道的な行いの数々も、自ら率先して泥を被ってくれていると考えれば、納得はできないものの非難しようとは思わない。

が、そんな表に出ていない事情を一般人が知っているわけがない。
少し悪い気はするが、ここは世間一般で云われている芝村への印象を口にするべきなのだろう。

「あんまりいい噂は聞きませんね。
 世界征服をするだとか……それに、自分たちに逆らう奴は片っ端から消してるなんてことも。
 ……それにしても、どうして芝村がここへきたんでしょう。
 失われた技って、なんなんですか?」

「それは――まぁ、そうだな。
 よた話だ。君が気にするようなことじゃない」

「そう云われると、気になってしまうんですけど……」

「……壬生屋の伝承の中には、超能力を扱うようなものがあってな。
 おそらく、それが本当なのかどうか確かめにきたのだと思う」

「超能力?」

精霊手などの絶技を指しているのだろう。
だが、これもまた俺が知ってていいことじゃない。
ここは、とぼけるしかない。
もっとも、同調能力などを始めとした異能はそれほど珍しいことでもないため、与太話と切って捨ててしまえるほどのものでもないが。

「蒼葉くんは、幻獣がここ五十年で初めて出てきた怪物だと思うかい?」

「はい。違うんですか?」

「ああ。伝承に伝わる鬼などの妖怪は、幻獣だったのだと伝えられている。
 その鬼を討伐する際に使われた刀は今も遺っているし、超常の技によってそれらを討ち滅ぼしたことも、な」

しかしそれらはもう失われている。
そもそも壬生屋の力は血で伝えられるような代物ではないのだ。
絢爛舞踏は特定の血筋から生まれるようなものではないし、絶技の会得だって才能がいる。
"別の"壬生屋では、才能のある子供を幼少の頃から鍛え、世間から隔離し、伝承される絶技のすべてを叩き込んで人工的に人類の決戦存在を生み出しているが、ここの壬生屋はそこまでしていない。

だから芝村も壬生屋に大した期待は抱いていなかったのだろう。
だから一瞥しただけで力がないと断じてしまったのだ。

「……芝村の行いはとても許容できるわけではないが、しかし、これで良かったのかもしれない」

「……何故ですか?」

「人ならざる力を持つということは、すなわち人でなくなるということだ。
 決して、幸せなことではない。
 この国にとっては喜ばしいことなのだろうが……」

そう云いながら、壬生屋のお父さんは俺の頭をくしゃりと撫でた。

「子の親としては、な」

彼の顔に浮かんでいるのは、小さな悲しみだった。
その悲しみとは、一体なんなのか――思い当たる節はあるものの、おそらくはどれも外れだろう。

「さあ、もう行きなさい。未央たちが待っているんだろう?」

「あ、はい。
 ありがとうございました。
 また機会があったら、ご指導よろしくお願いします」

そう云って頭を下げると、俺は刀を布袋に戻し、庭を後にした。








†††








未央と萌の二人は、屋敷の軒下で日光を避けながら蒼葉
を待っていた。

壬生屋未央にとって石津萌という少女は、間違いなく友達、あるいは親友と云えるかもしれない存在だ。
もともと未央に友達が少ない――というか皆無であることも理由の一つではあるが、
それ以上に、世間で云うところの"普通"からズレた彼女を許容できる者が同年代にはいなかったという部分が大きい。

子供というのは残酷で、そして強かだ。
萌が手の奇形を――普通でないことを理由に虐められていたように、未央もまた普通から外れていたため、彼らとは馴染めずにいた。

大人であれば人それぞれに個性があることを理解し、ある程度の折り合いをつけて付き合うことも出来ただろう。
だが子供というものは自分たちの世界が絶対であると信じ込む傾向があり、理解できないものからは距離を取るか、あるいは攻撃する。

萌と同じように未央にもそういった経験があった。
もっとも彼女の場合は道場の娘ということもあったし、
実際にちょっかいを出してきた子に痛烈な仕返しをしたため、距離を置かれる方の扱いを受けていたのだが。

そんな彼女にとって萌と蒼葉の二人は、自分を決して特別視しない大事な友達だった。
蒼葉は蒼葉で大人びているし――事情はどうあれ未央から見れば、だ――萌は自分と似たような境遇ということで。

口数の少なさからどんな風に接して良いのか分からない部分もあったものの、それだって何度も会っていれば自然と仲良くなってゆく。
正月から壬生屋の道場に通い始めたこともあり、今では大の仲良しと云っても良い仲だと未央は自負している。

「遅いですね、蒼葉さん。
 お父様も、私たちが遊ぶつもりと分かってるはずなのに」

「……仕方ない、わ。
 なんだか蒼葉、最近悩んでたみたいだから。
 だから未央ちゃんのお父さんに稽古をつけてもらえて、はりきってる……の」

「かもしれませんけど、もう少しタイミングというものをですね……。
 ああもう、先に行ってしまいましょうか」

「……置いてけぼりは、可哀想」

「ふふ、冗談ですよ」

苦笑しつつも、仕方ない、と未央は胸中で呟いた。
萌が云ったように、蒼葉が焦っていたことは知っている。
整備学校に入学すれば、今までのように師範たちから稽古をつけてもらえなくなるだろう。
だから今のうちに、というのは分かっているが――もう少し、自分たちとの時間も大事にしてくれたって良いのではないか。

自分の家の手伝いが原因とはいえ、昨日は全然遊べなかった。
夜だって芝村のことで空気が悪くなったため、早々に寝てしまった。
だから今日は思う存分、と思っていたのに。

「……ねぇ、未央ちゃん」

「なんですか?」

「これから川遊びに行くって話だけど……未央ちゃんって、泳げるの?」

「クロールで25メートルぐらいは大丈夫です」

「……そう」

何故だか少し肩を落としてしまう萌。
おそらく彼女は泳げないことを気にしているのだろう。
多分蒼葉は泳げるはずだし、だから自分だけ、と。

「大丈夫ですよ。
 川遊びって云っても泳いだりはしません」

「……そう、なの?」

「ええ。川の流れは急だし、水も冷たいし。
 それに深くて足が底に届きませんから、泳いで何かあったら危ないとお父様たちに釘を刺されています」

「……そう」

「ええ。ですから……そうですね。
 魚を取ったり、散歩したり。まぁ到着してから何をするかを考えましょう」

「……魚取りなら、蒼葉から必殺技を教えてもらった……わ」

「どんな?」

「……こう、大きい岩を持ち上げて」

「ガチンコ漁は禁止されてるから駄目です!」

「……残念」

あの人は平気な顔をして何を吹き込んでいるんだろう。
冗談だと分かってはいるものの、常識がある一方でいたずらな部分もあるから、注意されなければ本気でやっていたのではと勘ぐってしまう。

「しかし蒼葉さんも変なことを知ってますね」

「……山で遭難した時の最終手段って云ってた」

「それはまぁ、確かに……場合によっては仕方ないかもしれませんが」

山で遭難し食料に困ったなら、その場合は仕方ない。
山は食物が豊富とは云っても、食べられる山菜の見分けなんて素人にはつかないし。
生憎と未央も育ったのはこの土地ではないため、山で生活するための知識などは少ない。

「……っと、噂をすれば」

どたどたと慌ただしい足音。
見れば、慌てて支度をしてきたであろう蒼葉が息を切らせて顔を見せた。

「いや、悪い悪い。
 急いではいたんだけど時間くっちゃって」

「もう、待たせすぎですよ蒼葉さん!」

「……女の子二人を待たせるなんて、贅沢」

「いや、悪かったって。
 壬生屋、川に行く途中に商店とかある?」

「ありますけど……」

「じゃあそこでアイスなりジュースなりおごるから、それで勘弁ってことで」

「……ハーゲン」

「そこは遠慮してガリガリくんとかにしとこうぜ。
 じゃあ行くか」

「はい、行きましょう!」

ようやく蒼葉がやってきたことで出発できる。
荷物を持って歩き出すと、ふと、疑問に思ったのか蒼葉が口を開いた。

「……ところでさ」

「なんですか?」

「このパーティー、比率としちゃ女の子の方が多いわけだけど」

「ええ、そうですね」

「……両手に花」

「川遊びとかって男がするもんじゃないのか?」

「あ、差別ですよそれ。
 楽しい遊びなら女の子だってやります」

「まぁ、そりゃそうかもしれないが」

そこで一旦言葉を句切り、蒼葉はじろじろと未央たちを見てくる。
何か失礼なことを思われてる、と未央は直感で気付いた。

「萌はともかくとして壬生屋はアクティブだからな。
 そう不思議なことじゃないか」

「あ、案の定失礼なことを!」

「案の定ってなんだよおい。
 まるで俺が、失礼なことばっかり云ってるような言い草じゃないか」

「……蒼葉。未央ちゃんは、ちゃんと女の子らしい……わ」

そう云いつつ、未央の後ろに回る萌。
何やら背中をペタペタと触られてるが――

「いやまぁそりゃあ、そうだろうさ。
 男っぽいって云ってるわけじゃないよ。
 ただ、インドアな萌と比べてアクティブだな、ってだけで――」

「……こんな感じ……で」

「ちょ……!?」

蒼葉の言葉を遮るように、なんの前触れもなく、ずりっと――未央が着ていたワンピースがずり下げられる。
背中をペタペタと触っていたのはボタンを外していたからなのか、と今更に気付くも、時すでに遅し。
胸の半ばまで一気にワンピースがずり下げられる――

「ちょ、萌何して――!
 ……って下にスク水着てたんかい」

「え、なんですかその残念そうな反応!?
 ガッカリ、って言葉が口に出さなくても聞こえてくるようです!」

「いや、ガッカリってほどのサイズじゃないだろ。
 その歳でそれだけあれば充分というか」

「誰がバストサイズの話をしましたか!
 まったく、萌さんも!」

「……ガッカリ」

「ガッカリって云わないで下さい!
 もう、まったく! 二人とも!」

ずり下げられたワンピースを引き上げながら、むー、と二人を睨んでしまう。
萌の今みたいな行動は未央からしても珍しいと思えたが、きっと彼女もこの旅行で開放的になっているせいなのだろう。

「いや、壬生屋気にするな。
 マジでそんなに小さくないんだ。
 きっと将来は萌以上になるはず」

「……今の一言、ちくりと心に刺さった……わ」

「ああいや、萌のが小さいってわけじゃなくて……!」

あ、なんだか惚気られそうな雰囲気。
人をダシに使っておいていちゃつき始める気なのだろうかこの二人。
じとーっとした視線を向けていると、慌てたように萌が手を振った。

「……少し、はしゃぎすぎたかし……ら?」

「……いえ、そんなことはないんですけども。
 ……むぅ、ああもう! 蒼葉さん!」

「はい、なんでしょうか」

「途中で立ち寄る商店で、きっちりご馳走して下さいね!?」

「反応に困って俺にぶん投げたな」

「……何か?」

「いえ、何も。
 おごらせて頂きます、サー!」

「よろしい!」

これでこの話は終わり、とばかりに未央はやや大きめの声を出した。
別に川辺で水着になるから良いだろ、と蒼葉の言葉が聞こえるも、視線を流せば彼は肩を竦めるだけだった。
まったくもう――口には出さず、溜息一つ吐いて未央は腕を組む。
萌のこの調子は、きっと蒼葉の悪戯な感じに染まってしまったからに違いない。

まったくもう――そう胸中で呟きながらも、しかし、この気安い仲は決して嫌いではなかった。
思えば、こんな風に悪ふざけができる友達は――固い空気をまとっていたせいで、自分に悪ふざけをしようとする者なんて、いなかった。例外があるとすれば兄ぐらいだ。
そして兄のやってくることも、二人と過ごすこの時間も決して嫌いじゃ――否、そんな言い方は強がりだ。
二人といるのは、楽しかった。

そう認めた途端、一つの不安が浮かび上がってくる。

こんなやりとりが出来るのはあと何度なのか――
ふと脳裏に浮かんだ考えを、未央は意図して忘れることにする。
まだ夏だ。蒼葉が自分たちの元から離れてしまうまで、まだ時間がある。
だから――お別れのことなんて、まだ考えなくていいはず。

考えを振り切るように、未央はようやく見えてきた商店に向かい、駆け出した。

「二人とも、あのお店です!」

「ちょ、いきなり走り出すなよ!」

「……競争」

「萌まで!?
 ……オーケー。
 伊達に鍛えてないんだ。俺に単純な身体能力で勝てると思うなよ!」

騒がしい足音と笑い声を上げながら、未央たちは田園の中にまっすぐ通る道路を走ってゆく。
この場にいる三人は、誰もがそれぞれ歳不相応な事情を抱えていて――しかし今だけは子供のように、はしゃいでいる。
こうした景色を当たり前のものとして受け止め続けられるのはあと何年か。

それを知っているのは――









†††








広大な執務室。
光源は机上のスタンドのみであり、ぼんやりと室内の輪郭が浮かび上がる中に、一組の男女がいた。

机の上には写真の貼付された書類がいくつも散らばっており、記されている事項は素行にパーソナルデータ。別紙には簡単な身辺調査の結果が。
それを眺める男の口元には皮肉げな笑みだけが浮かんでいる。

「……どうかなされましたか?」

男の様子を黙って眺めていることができなかったのか、冷たくすら聞こえる声色で、女は問いかけた。

それを気にすることもなく、男は口を開く。

「……いや、な。
 運命とやらはあまり信じない質なのだが、それ故にこういったことがあると驚かされる」

彼の手元にある書類――それは、来年度から整備学校へ入学する生徒の一覧だ。
普段ならば男にとって関係のないそれは、しかし、芝村の進めている一つの計画が山場を越え次の段階へと進んだため、彼の元に届けられたのだ。

その計画とは、人型戦車の実用化だ。
人型戦車とは、読んで字のごとく人の形をした戦車である。
遙か昔に現人類によって滅ぼされた巨人、ホモギガンテス。
それをクローン技術によって蘇らせ、脳と内蔵を摘出し、
代わりに駆動系や電子機器を組み込んで、多目的結晶を介した神経接続により操作する、血と狂気の生み出した化け物。

人型戦車は現段階である程度の形になっており、大陸への派兵に紛れ試作機の"X"が戦闘データの収集を行っている。
が、そのデータ収集によって予想を上回る劣悪な整備性が浮き彫りとなり、人型戦車の実戦投入には大量の整備兵が必要と報告があった。

しかし、はいそうですかと簡単に整備兵を増やす分けにはいかない事情が芝村にはあった。

人型戦車――特にブラックボックス化されている制御中枢は国際法に抵触するような代物で、
多くの整備兵が人型戦車に触れれば、当然、違法行為が明るみにされる可能性も高くなる。

故に、ただ整備兵を増やせば良いというわけにはいかないのだ。
芝村には敵が多い。もし人型戦車のブラックボックスがなんであるのか政敵に知られれば、それを武器に、彼らは喜々として芝村を蹴落としにかかるだろう。

人型戦車が優秀な兵器であると知らしめることができれば、"その程度"のことは目を瞑り本格的な量産が始まるだろうが――今はまだ、その域に達していない。

そのため、今は優秀な人材を秘密裏に囲い込み育て上げ、整備兵の頭数を揃える必要があったのだ。
そして、その準備は既に終わっている。
芝村の息がかかった整備学校では来年度から人型戦車の整備が授業に導入される手はずが整っていた。

机の上に広がっているのは、その学校に来年度から入学する生徒のデータだった。
人型戦車の整備は酷く難しい。
人工筋肉の基本的な知識に加え、デリケートな電子機器の扱いに、神経接続を介した制御系。癖のある駆動系の把握。専用火器の運用。
半端な者ではこれらを把握できるわけがない。
そのため、コネクションを最大限に生かし優秀な人材を集める必要があった。

そして、その中に――

「永岡蒼葉。これは偶然か、それとも我々の知らない必然であるのか……」

主席、というわけではなかったが、上位の成績を納めた者の中に彼の名前はあった。

「……まぁ、良い」

そこまで口にし、男は下品な笑い声を高らかに上げた。
運命など踏みつけ乗り越え笑いものにするものでしかない。少なくとも彼にとっては。
そして興味を失ったのか、書類をまとめ机の隅に追いやった。
取るに足らない偶然――少なくとも今の彼にとって、蒼葉との出会いはその程度のものであった。






■■■
●あとがき的なもの
お久しぶりです。またも更新が滞って申し訳ありません。
早く投下をしたいとは思っているのですが、なかなか書き上げることができずに遅くなってしまいました。
次はもっと早く……できると良いなぁ。
ちなみに予告していた割にエロは一切なかったのですが、それは今回の分を次回にしたということで。
次回はエロの塊みたいになると思います。

●内容的な部分
蒼葉たち、壬生屋の実家へ行く。
山奥にラボがあってー、とか、小神族がー、とか色々考えていたものの、お蔵入り。
裏設定をどこまで出すかのさじ加減が難しい。


●Q&A
Q:北斗七星……
A:良くも悪くもターニングポイントにしか現れない連中なので、今のところ蒼葉とは無関係。
  蒼葉は式神も絢爛舞踏祭もプレイ済み。ただ、ガンパレ以外のものだと年号などはかなりうろ覚えです。

Q:ソックスハンター……
A:裏設定の塊な連中。というかソックスハンターになる連中は大なり小なりなんらかの事情を抱えてて扱いづらいよ! 滝川ですら家庭の事情が複雑!

Q:クッキーを配ったのは誰のアイディア?
A:母親になります。あの時点での萌にとって、親と蒼葉以外の他人はまだ限りなく敵に近いものです。
  なので気遣いも蒼葉と親に対してのみ向けられているため、他人の目や付き合いといったものをまるで意識していません。

Q:エロエロ!
A:次こそエロエロ!


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