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No.34688の一覧
[0] 二週目人生【GPM二次】[鶏ガラ](2012/08/18 19:05)
[1] 一話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[2] 二話[鶏ガラ](2013/01/03 22:43)
[3] 三話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[4] 四話【エロ有】[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[5] 五話[鶏ガラ](2013/01/03 22:44)
[6] 六話[鶏ガラ](2013/04/14 21:22)
[7] 七話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
[8] 八話【エロ有】[鶏ガラ](2013/06/09 18:07)
[9] 九話[鶏ガラ](2013/07/06 01:11)
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[34688] 六話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:060ee8fc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/04/14 21:22
「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

なんて風にかしこまって挨拶をした後、俺と萌はなんだかおかしくなって笑い合った。
1993年正月――今日は一月二日。元旦から萌に会いたいとは思っていたのだけれど、お互いに親族が家にくるってことで、こうして顔を合わせるのは二日からになってしまった。

「さ、行こうか」

こくり、と頷き一つ。
ニット帽をかぶりマフラーを首に巻いた萌は、小柄な体を更に縮ませながら頷いた。
天気は良くて太陽は出ているものの、天気予報じゃ気温は三度と云っていた。
見栄えを気にしないほどに厚着をすれば寒くはない温度だろうけど、今日の萌はミニスカートだ。
可愛い姿は実に目の保養なわけだけど、寒いのなら無理をしなくても良いのに、と思いもする。

手を差し出すと、もう萌も慣れたもので、俺の手を握り返してくる。
最初の頃の初々しさというか、誰が見ているわけでもないのに恥ずかしがって顔真っ赤にしたり――というのが見れなくなってしまったのは少し残念ではあるものの、

「……寒い、わ」

云いつつ、萌は歩きながらも体を寄せてくる。
ニット帽とマフラーの間から覗く耳は、少しだけ赤い。
それはきっと寒さが原因というわけではないはずだ。

……こんな風に少しだけ大胆になって恥ずかしがるポイントが変わってきたのは、良い兆候なのかどうなのか。

萌に寄り添われて少し歩きづらいものの、それは決して嫌な感じではなかったため、俺たちはゆっくりと進み始めた。

目的地はこの辺り一番大きい神社だ。
そっちで壬生屋とも合流し、初詣に行く予定になっている。

「そういえば、すっごい勝手な偏見なんだけど」

「うん」

「壬生屋、なんとなく着物姿できそうな気がする」

「……そう、ね」

あいつの実家、なんとなくそこら変はきっちりやりそうだし。
俺の通ってる道場と違って門下生の数もぼちぼちいるから、道場で派手に新年会とかやってそう。

しっかし、壬生屋の着物姿か……。
大和撫子な外見を地でいってることだし、たぶん似合うんだろうな。
俺と同じブレードハッピー仲間ではあるものの、家が厳格だから礼儀作法も歳の割にはしっかりしてるし――だからこそ同年代の中では俺と同じように若干浮き気味なんだろうが――
前世じゃメイクと髪型がキメキメの派手派手な振り袖姿しか見たことない俺からすると、これからお目にかかれるであろう壬生屋の着物姿は少しだけ楽しみだった。

……なんだろう。
握られてる手にぎゅっと力が込められた気が。

「……着物、見たい……の?」

「萌は何着たって可愛いよ」

「誤魔化そうとしても……ダメ。
 浮気、ダメ、ゼッタイ。……呪う、わ」

何そのどこかで聞いたことがあるようなフレーズの類似品。
苦笑しつつ、俺はニット帽の上から萌の頭を撫でる。

「気にしすぎ。
 浮気者みたいに扱われるのは心外だなー。
 心配しなくても、俺はモテないから大丈夫だよ」

「……そんなことない、わ。
 蒼葉はかっこいいもの」

不機嫌そうな表情はそのままだけど、萌は繋いだ手をそのままにして腕を絡めてくる。
誉めてくれているんだか、責められてるのだか分からない。
まぁ実際はじゃれついてるだけであり、外から見ればノロケてるだけなんだろうけど。

「ま、仮に格好よくったって俺に自覚がないからしょうがないだろ。
 それよりも、俺が云った何着たって可愛いってのも嘘じゃないんだけどね。
 ……今度ゴスロリとか着てみない?」

「……持ってない、わ」

「プレゼントするから」

「……なんでそんなに、こだわる……の?」

「男のサガです」

着てもらえたらきっと俺はバーニングする。色んな意味で。

「……今年も相変わらず、蒼葉はスケベ」

「男の子だからね」

むしろ中身はおっさんで、だからこそスケベと云える。
同年代の子供が興味を示すゲームや漫画も確かに面白いし好きなのだけど、それ以外の遊びも知っているわけで……。
加えてこんなに可愛い彼女がいるんだから、我慢するのは無理というもの。

加えてこの体は育ち盛りのやりたい盛りであるからして。

「というか萌だって、なかなかスケベだろう」

「……そんなこと、ない……わ」

「だってゴスロリ着てくれって云っただけなのに、そういう方向に話が飛んだし」

「だって……それは……蒼葉、が」

「俺は着てくれって云っただけだし?
 そこから先を想像したのは萌だし?
 ……ちなみにどんなことを想像したのか教えてくれたら嬉しいな」

「……馬鹿」

知らない、とばかりに萌はそっぽを向いてしまう。
その様子をにやにやしながら見ていると、多目的チャットの方にメッセージが浮かんだ。

『ゴスロリって、首輪とかあって、ちょっと退廃的な感じだし。
 ……なんだか滅茶苦茶にされそう』

「ひでぇ。俺をなんだと思ってるんだ」

まぁ理性が薄まると嗜虐的な趣向が顔を覗かせる側面があったりするのは否定しないけど。
それでもそこまで酷いことはしないよ。
……してないよな?

『そういうこと云うなら良い機会だ。
 俺の趣向云々はいったん置いといて、萌はどういうのが好みなのさ』

いつも俺が攻めてばっかりな気がする。
無論、萌がマグロ女ってわけじゃない。
彼女が何かするより先に俺がそれを封殺して弄ぶ……もとい貪る……もとい可愛がっているだけで。

い、いや、自分本位ってわけじゃないはずだ。
ちゃんと萌も悦んでいるはず。そのはずだよな?

ともあれ、そんな風に基本パターンが決まってしまっているせいか、萌の趣向がどんなものなのかはいまいちよく分からない。

『……朝からする話題じゃないよね、これ』

『そうだね。で、萌はどういうのが好みなの?』

『話を逸らせない……』

むー、と萌は唇を尖らせる。
そして恨めしげに俺を見ると、

「……また今度」

そんな風に話を打ち切った。
まぁあんまりしつこく聞くのもあれだし、ここまでにするか。
そんな風に思いながら、ふと腕時計に視線を落とすと――

「あ、ヤバい。待ち合わせ時間まで余裕がない」

「……余裕を持って出たはず……なの、に」

「まぁいちゃいちゃしながら歩いてればこうなるわな」

なんてぼやきながら、俺と萌は壬生屋との待ち合わせ場所まで駆け足で向かった。







†††







「あけましておめでとうございます」

「こ、ことしも……よろしく……おねがい、します……」

「……お二人とも、どうしてそんなに息切れを」

「……ふぅ、いや、気にしないでくれ」

額に薄く滲んだ汗を手の甲でぬぐいつつ、ため息を一つ。
あまり息の乱れていない俺と違って、萌はぐったりしながら呼吸を整えている。

新年早々待ち合わせに遅刻なんて、流石に待たせる方も待たされる方も面白くないだろう、ということで、俺たちは割と全力ダッシュで待ち合わせ場所の神社に向かった。

しかしそんなことをすれば早々に萌が俺についてこれなくなるのは比を見るよりも明らかだ。
結局、途中から萌の手を引っ張りながら走り続けることになった。

まぁ、もしパーソナルデータを確認できるならば、俺と萌の体力値は、比べるのが馬鹿馬鹿しいほどの差が開いているだろう。
だというのに同時に全力で駆け出せば、こうなるのは当たり前って話。

それでも最初の数分は追いつけていたし、力尽きても転ばずについてこれたのだから、なんだかんだで萌の運動神経は良い。
体力がないから持久力がまるでないのだけれど。

……しっかし、折角おめかししてきてくれたのに、汗だくにしちゃったのは申し訳ないな。
今更になって少し後悔。壬生屋に待ってもらうなり、タクシー捕まえるなりに色々と手があったのに。

ポケットからハンドタオルを取り出し、ごめんな、と萌に差し出す。
萌はそれで汗を拭いつつ、ふるふると頭を横に振った。

「相変わらず、お二人は仲がよろしいんですね」

「まぁな」

「……堂々とそういったことを云える蒼葉さんが、わたくしには大物なのか違うのか、計りかねます」

どこか呆れたように壬生屋は云った。
馬鹿かどうか、ってことだろうか。失礼な大和撫子だ。
まぁ歳食うと恥じらいもなくなってくるもの……というか、恥ずかしさを感じるポイントが変わってくるものだろう。

手を繋ぐだけで真っ赤になるとか、そういった甘酸っぱい経験も今は昔。
若返ったところで中身はあれなままなので、初々しさなど戻ってこない。

……萌や壬生屋みたいな同年代からは大人びてると思われるかもしれないけれど、多分、年上から見た俺は、生意気、もしくは面白味がない奴と映るのかもしれない。
実際のところがどうなのかは分からないけれど。

まぁ、そんなことはどうでも良い。

「あ、そうだ壬生屋。
 着物、似合ってるよ。いつにも増して大人っぽい」

今更だが、壬生屋は俺の予想通りに着物を着てきた。
和服の柄などには疎いので上手く感想をまとめることはできない。
小紋、だっただろうか。今壬生屋が着ているのは割とカジュアルなタイプの着物だった気がする。
白地に飛び柄が入っていて、振り袖ほど派手ではないにしろ、地味でもない。

着物に合わせて、髪型も普段とは違う。
背中が隠れるほどに長い黒髪をアップにし、かんざしでまとめてある。

「ふふ、ありがとうございます。
 本当は、動きづらいから洋服できたかったのですけれど、そう云っていただけると着てきた甲斐がありますね」

「髪型違うのもなんだか新鮮だよな。
 お家の人の方針だから仕方ないとは思うんだけど、せっかく髪が長いんだし、もっと髪型で遊んでも良いんじゃないかなぁ。
 や、勿論、普段の黒髪ロングはよく似合ってるんだけどさ」

「あ、ありがとうございます」

素直に感想を口にすると、壬生屋は困った風に笑った。
気のせいか、頬に少し朱が差しているような気がする。

「その……あまり普段はこういったことを云われ馴れていないので……ええっと、こ、困ってしまいますね!」

「そうなんだ。
 お家の人とかにも云われたりしない?」

「家族に云われるのとはまた違います!
 それに、出がけにお兄様ったら、まるで七五三だ、なんて云うし……!」

「そりゃ災難だったね。
 でもまぁ、よく似合ってると思うよ。あと五年もすれば、もっと魅力が出てくると思う。
 な、萌?」

「……むぅ」

「あ、あの、蒼葉さん?」

「……むぅぅぅ」

「拗ねてるだけだから気にしなくて良いよ。
 じゃ、参拝しようか」

ぺしぺし、と背中を軽く叩かれるのを気にせず、俺たちは石畳の階段を登り始めた。

元旦ほどではないにしろやっぱり参拝客は多い。
待たずに進めたのはほんの少しで、すぐに列に並ぶ羽目になってしまった。

身を縮ませながら待っていると、白い湯気と共にどこからか食欲を誘う匂いが漂ってくる。
待ち続けてるのもなんだし、何か買ってこようかな。

「二人とも何か食べるか?」

「歩き食いはいけませんよ」

お堅い。まさかそんな返事があるとは思わなかった。

「まぁそう云うなって。
 ほら、他の人たちだって食べてるし」

「他の人がやっているからと云って、私たちがやって良いと理由にはならないでしょう?」

「道理だな。けど考えて欲しい。
 なぁ壬生屋。なんで歩き食いはやっちゃいけないんだ?」

「えっ、と、それは……」

まさかそんな返答をされるとは思っていなかったのだろう。
壬生屋は戸惑った風に表情を曇らせた。

そして十秒ほど待ってみても返事はない。
えっと、と何かを云おうとして口を開きはするものの、答えらしい答えは出てこなかった。
まぁ別にこれはおかしなことでもなんでもない。多少壬生屋の頭が堅いのだとしても、同じような質問を小学生にすれば似たような反応があるはずだ。

○○をするな、と教えられたから、しちゃいけない。
なんで駄目なのかを考えず、とにかく駄目、という風に教えられたから。

駄目だから駄目。そこに理由はない。端的に云えばそんなところ。
別にその教え方が悪いとは云わない。
小難しい理由をつけて、これこれこういう理由でこれは駄目だからしちゃいけません、なんて教え方をしても子供は覚えられない。
だから一度覚えさせて、その後は、何故駄目なのかを子供がおいおい自分自身で理解してゆくもんだ。

ただ壬生屋のように厳格な家で育てられ、家長の云うことは絶対、みたいな方針が存在する場合、何故駄目なのかという方向に考えが及ばないこともあるだろう。
別にそれが駄目とは云わない。融通が利かないという負の面がある一方で、一度正しいと思ったものは信じ抜けるという良い面も存在するのだし。
彼女が萌のことをなんの差別もなく受け入れてくれたこともそうだ。
差別は良くない。弱者は守るべし。そういった壬生屋家の教えがあったからこそ、なんの偏見もなく壬生屋は萌を受け入れてくれたはずだから。

……けどまぁ、それはそれとして、だ。
あんまりカッチリとルールを決めて生きてゆくってのも、面白いものじゃないだろう。
自分でそう決めたのならばともかく、他人の決めたルールに縛られて思うように生きられないのは、不幸以外の何ものでもない。
例え本人が不幸と思っていなくとも、俺にはそう見えてしまう。

そう、これはいわば俺の余計なお節介。
誰もが誰も、自分の好きなように生きればいい。
俺のように思うがままに生きたいと思う奴もいれば、何かの指針をもらわなければ落ち着いて生きてゆけないって奴もいるだろう。

「……こういうところで歩き食いをしたら、他の人の服を汚してしまうかもしれない」

「そうだね。
 それに食べこぼしだってするから、それが汚いってのもある。
 ま、そんなところかな。
 翻せば、そのどちらもしないのなら問題ないと思わないか?」

「……なんだか煙に巻かれた気がします」

「まぁまぁ。で、どうする?
 人形焼きを買ってこようと思うんだけど、どう?
 あれなら一口で食べられるし。紙袋でもらうからぶつかったって誰かの服を汚したりしないと思うけど」

「……きっと今の蒼葉さんみたいな人のことを、小賢しいとか、胡散臭いと云うのでしょうね」

「手厳しいな」

まったく、と呆れたように壬生屋は溜息を吐いた。
が、すぐに困った風に笑いを浮かべ、仕方がないですね、と前置きし、

「今回は騙されましょう。
 わたしくも新年早々に和を乱したくはありませんから」

「ご了承頂けたようで何より。
 んじゃ、ここは俺のおごりにさせてもらうよ。
 すぐ戻ってくるからなー!」

云いつつ、俺は列から外れて出店の方歩き始める。
漂ってくる匂いは人形焼きの他に……定番のたこ焼きと、綿菓子か。
チョコバナナはどうだろう。お好み焼きはあるのだろうか。

人形焼きの列に並びながらも屋台を眺める。
こうして見るとまだまだ活気があるように見える。
けれど――

萌たちから離れたからだろうか。それとも年が明け、暦がまた一つ進んだからだろうか。
俺の脳裏には、大陸での戦争のことがどうしてもちらついてしまった。
大陸陥落まであと三年。日本上陸まであと五年。徴兵まで六年。

目と鼻の先、というほどではないにしろ、地獄はそう遠くない内にやってくる。
……こうして平穏な日々を過ごせるのも、きっとあと数年だ。
大陸が落ちれば絶対に社会は不安に揺れ殺伐とする。
そうした中で今まで通りの生活なんぞ、絶対にできないだろう。

その時がくるまでに、できることをやっておく――なんて云っても、子供の身で何ができるって云うんだ。
推薦が通るかどうかはまだ先の話。秋頃には結果が分かると聞いてはいるし、八割方通るはず、と芳野先生からは云われている。
けど、それからどうする。
熊本じゃ整備学校で専門知識や技術を学んだ整備兵は貴重だから、早々使い潰されたりはしないと予想はできる。
それは良い。問題は俺のことではなく――萌の方だ。

俺が整備学校に入学するつもりであることは、彼女にも伝えてある。
実家から離れた場所に学校があるため、おそらくは寮住まいになるだろう、ということも。
萌はそのことにショックを受けていたようだが、最終的には不承不承ではあるが頷いてくれた。
そして彼女は俺と同じように整備学校を、第二志望として看護学校に進むと決めたようだ。

学力に関してはほぼ問題がないだろう。生体クローンの年齢固定型である萌は、ある程度の知識や記憶を持っている。
無論、それらを補強するために日々の学習は欠かせないし、知らないことも勿論あるから、まぁ、その、なんだ。萌と俺が恋人同士になる切欠である事故が起きたわけだが……。

ともあれ、出席日数のこともそう関係はしてこないはずだ。
勿論、受験の際にその点が他の受験生と比べればハンデになる部分はあるだろうが。

それであわよくば萌が俺と同じ学校、もしくは前線に出ないような兵科の技能を得られる学校に進んだとして――
けれども結局、俺たち二人が生き延びる保証はどこにもないわけだ。

配属先が同じになる可能性なんて万に一つだ。期待はできない。
仮に一緒になったとしよう。お互いに前線に出ない兵科に就けたとしよう。
だが、それでもまだ駄目だ。
前線に出ている者たちが戦死して、人員の補充が間に合わない状態で出撃命令が下れば、今度は俺たちの番。
身体能力には自信があるものの、戦場に出て絶対に萌を守りきれる保証なんてどこにもない。

一人で生き延びることを考えるのなら、やってやれないことはないと思えた。
けど、萌と一緒に、という条件を加えただけで、難易度が一気に跳ね上がる。
同じ部隊に配属され、二人が前線に出ず、と偶然を二つ加えてもまだこの様だ。
どうにもらない。ほぼお手上げに近いだろう、これは。

それぞれが夏期休戦期まで頑張る、という手もあるにはあるが……熊本で萌を一人になど、させたくない。何が起こるかも分からないんだ。
敵は幻獣だけじゃない。追い詰められた人間が同類に何もしないなんてことはあり得ない。
それを避けるためには――

……考え得る手段は、いくつか、ある。
だがそれは決して名手とは云えず、限りなく悪手に近いものだ。
その手というのは実に簡単で――どこかしらの派閥に所属すること。

本来であれば学兵として生徒会に属さない限り権力闘争や派閥になど縁はないだろう。
けどこれから俺が入ろうとしている整備学校は、軍という組織の中に存在する教育機関だ。
何かしらのコネを作っておくのも不可能ではないだろう。

……正直、俺個人の趣味で云うならば、あまり好きな手段ではない。
自分で云うのもなんだが、俺はそれなりに我の強い性格をしているとは思う。
そんな人間が腹の内を探り合っているような場所へ行き長生きできるかと問われれば……どうだろう。

無論、今まで社会人としてやってきた経験はあるし協調性は大事だと理解しているから、それなりにやっていけるとは思う。
歯車の一つとして動くぐらいはやってのけるが……歯車は換えが効くからこそ部品としての価値があるのであり、不要であれば打ち捨てられる。
そして文字通りの世紀末である熊本で打ち捨てられると云うことは、それそのままに死を意味するだろう。

……それを厭うのであれば、俺が価値のある歯車であることを示さなければならない。
そして価値ある歯車と思われば多少は便宜を図ってもらえるかもしれない。人事を多少弄る程度には。

……まぁ、現時点ではどれもこれも絵空事だ。
先延ばしというわけではないにしろ、細かいところを詰めるのは最低でも整備学校に入ってからとなるだろう。

まったく、嫌な話だ――

ようやく俺の番がきたため、財布を取り出しつつ思考を打ち切る。
少し時間がかかったな。二人とも、待っているかもしれない。急がないと。

店員に注文を伝えながら、俺はカウンターに硬貨を置いた。








†††







蒼葉が人形焼きを買いに行っている最中、二人っきりになった萌と未央は、雑談を続けていた。
どんな偶然か、その内容は蒼葉の考え事と近いものだ。

「……そう、ですか。
 お二人とも、もう進路のことを考えているのですね」

「……そう、なの。
 ……でも私は、蒼葉から聞いて決めたばかり……だか、ら。
 私自身がなりたいと思ったわけじゃない……の」

「いえ、それでも立派だと思いますよ。
 ……わたくしなんて、全然決まっていませんから。
 将来は何がしたいのかなんて、未だぼんやりとしか。いえ、何も決まってないと云って良いかもしれませんね。
 それにしても、自衛軍の高等整備学校ですか。
 蒼葉さんなら軍の幼年学校にも入れそうだと思いますけれど……少し、惜しい気がしますね」

嫌味でもなんでもなく、心底からそう思っているのだろう。
曇った表情で、未央はそう口にした。

彼女が口にした幼年学校とは、士官学校の前段階となるエリート養成を目的とした教育機関のことだ。
確かに、と萌は頷く。だがそのことに関して、萌は蒼葉から既に話を聞いていた。

『ん? 俺ならエリートになれるんじゃないかって?
 軍でエリートって云うと……ああ、士官か。
 そうだなー……。よし、萌にも分かるよう、少しかみ砕いて説明してみるか。
 萌の云っているエリートっていうのは多分、士官のことを云ってると思うんだよね。
 士官とは、ってのを大雑把に説明すると、上司から下された命令をどうこなすべきか。
 そして、どういう命令を出したら部下に上手く命令できるのかを学んだ人のことだ。
 基本的に命令を出す人……つまり指揮官は奥に引っ込んでるわけで、そういう意味じゃ確かに、士官になれば確かに死ににくくはあるだろうけど……さ。
 死ににくいのはつまりのところ、部下に守られてるからだろ?
 基本中の基本として、指揮官は手足を捨ててでも生き延びなきゃならないってのがある。
 軍隊を一人の人間に例えた場合、手足……つまり命令される側である兵隊に代わりはあるけれど、頭である指揮官、命令する側は育成に時間がかかるから貴重。
 戦場なんて経験したことないから、まぁ、あくまで想像で、間違ってる部分もあるかもしれないけど……。
 まぁとくかく、だ。そんな風に、指揮官は最後の最後まで立ってなきゃならない。
 場合によっては手足を切り離してでも。手足を盾にしてでも。 
 ……それはちょっと、俺にはできないし向いてないよ。
 まぁ軍隊ってのは戦争を上手く回すために考えられたシステムなわけで、結局の所は経済活動の一種だ。
 如何に効率よく結果を出すかに腐心しているわけで、そこに人の想いやら何やらは介在する余地がない。
 ……そこら辺が、どうにも俺に向いてるとは思えなくてね』

そう、蒼葉が云っていたことを思い出す。
端から聞くとそれはただの責任逃れをしたいだけのように聞こえるかもしれないが――決してそんなことはないと、萌は知っている。
蒼葉は優しい。誰がなんと云おうと、本人である蒼葉が否定しようとも、萌は断言してみせる。
蒼葉本人が士官に向いてない理由としたように、彼は人の気持ちという、目に見えないものを重点を置く傾向がある。

あくまで萌の考えで、けれども彼女は確信している事柄だが――
蒼葉が萌を初めて助けてくれたとき、きっと彼は、萌を苛めている子供に対して義憤を覚えたわけではなく、誰も助けてくれない萌を哀れんだから手を差し伸べてくれた。
哀れみ。同情。あまり良い意味で使われない言葉だが、それでも萌は自分を助けてくれた蒼葉を心の底から信じてる。

可哀想。そんな言葉は数えられないぐらいかけられたし、もう顔すら思い出せない学校の担任は、飽きるほど萌に励ましの言葉を投げかけてくれた。
けれど実際に手を差し伸べてくれて、隣に立ち、自分を人として扱ってくれたのは……家族と、蒼葉だけ。
そしてこんな自分を女の子として扱ってくれて、愛してくれたのは、彼だけだった。

……もし、彼と出会うことがなかった。
そんな想像をしてすぐに頭を振り妄想を打ち切ることが、希にある。
きっとその未来は酷く残酷で、そんな状況には絶対に耐えることなどできないだろう。
ただでさえ蒼葉と出会うまでの毎日は、辛かった。それがずっと続く――それはまさしく地獄だ。
死んで本物の地獄に落ちた方がいくらか楽なんじゃないかと思ってしまうほどの。

そんな日々からすくい上げてくれた蒼葉が優しくないとするなら、誰を優しいと云うのだろう。
萌に慰めの言葉だけを投げかけた自称常識人だろうか。悟ったようなことを云う、絵物語の聖者だろうか。
それらに世間がどれほどの価値を見い出していようと、萌としてはどうだって良いしなんだって良い。
萌にとって、もう蒼葉はなくてはならない存在で――

……そんな蒼葉が整備学校に行ってしまうことで離ればなれになるのは、正直寂しいけれど。
それでも、彼が整備学校という進路を選んだのは、二人の未来を考えてくれたからだと知っているから、萌は悲観に暮れたりしない。
……とても、寂しいけれど。本当は、置いて行って欲しくはなかったけれど。

「……お兄様も、高校を卒業後に自衛軍に入ると云っていました。
 わたくしも何か、できることがないかと思ってはいるのですけれど、駄目ですね。
 剣を振ることしか能のない身ですし」

「……そんなこと、ない……わ」

「え?」

「……私だって、何も、できない……もの。
 けど、それに気付けたから……違う自分になろうって、思えた。
 後は、頑張るだけだって……思う、の」

もっとも、それは未央のように国のため、誰かのため……というものではない。
蒼葉はしっかりした人だけれど、それでも完璧というわけじゃない。
腕っ節は強いし勉強もできる。けど料理とかは下手みたい……だから萌は彼のできないことこそを上手くなり、蒼葉の助けになろうと思えた。
今回のだってそれと同じ。

未央も自分も。
力が足りないと思えたのなら、何が必要なのかを考えて、努力すれば良いだけ。

……もっとも、蒼葉にこんなことを云ったら、きっと笑われるだろうけれど。
そう、萌は考える。頭に浮かんでくるのだ。萌はそのままで良いよ、とありのままの自分を抱きしめてくれる蒼葉の姿が。
自分には厳しい癖に、萌にはとことん甘い。あるいはそういう甘さがあるからこそ――萌は何も悪くないと肯定してくれた蒼葉だからこそ、救えたのかもしれない。
そして、そんな彼のそばにいるからこそ――格好いいと信じる彼のそばにいるからこそ、萌はいつまでもへっぽこのままではいられないと思えた。

「だから……頑張る」

小さく握り拳を作る萌に、未央は目を瞬いた。
そして小さく笑うと、ごめんなさい、と前置きをする。

「……ええ、ごめんなさい。
 わたしく、今まであなたを侮ってました」

「……侮ってた?」

何やら物騒な言い方、と思いつつ萌は首を傾げる。

「まだ石津さんとは、それほど一緒に遊んだわけではありませんが……。
 失礼ながらわたくしは、石津さんのことを、蒼葉さんの影に隠れて自己主張を一切しない方だと思っていました。
 けれど、違うのですね。
 影ながら彼を支えたいと願い、そうありたいと想っている。……そんな生き方を選んだ方。
 ……なんだか、少し、妬けてしまいます」

「……妬ける?」

「ええ。んー、この機会を逃したら次はなさそうですから云っちゃいましょう。
 わたくし、蒼葉さんのことが少しだけ気になっていました。
 もっとも、それは恋ですらなくて、単なる興味と云っていいものですけど」

初めて出会えた、同じ剣の腕を持つ少年。
武に対し、自分と同じ悩みを持っていた異性。
そんな彼を意識するなという方が無理な話――ということだろうか。

頭で分かってはいても、萌としてはそんなことを云われて面白くはなかった。
胸の辺りがもやもやする。
ついさっき、蒼葉が未央の着物を褒めたときに覚えた、嫌な感じが。

「でも、石津さんの言葉を聞いて……彼にどんな気持ちを抱いているのか教えてもらったあとでは、ね。
 とても蒼葉さんに興味があるなんて云えません。
 これからはお二人のこと、応援させて頂きます!」

何かを吹っ切ったように、未央は笑みを浮かべる。
失恋のような重さがあるものではなく、小さな未練を断ち切ったような。

対して萌は、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

「……別に、良い……わ。
 蒼葉が私のことを好きでいてくれてるのは、分かってる。
 でも、私じゃ蒼葉の武術の相手なんて、できない……もの。
 だから……蒼葉が、壬生屋さんと打ち合うのを楽しみにしてるのは……悔しいけど」

だからこれからも蒼葉の相手をお願い――
そう続けようとした瞬間、ガシッ、っと萌の手を壬生屋が握り締めてくる。

「そんな風に落ち込む必要はありません。
 今ほど、萌さん自信がおっしゃったではありませんか。
 違う自分になりたいと思えたのなら、あとは頑張るだけだ、って。
 それなら、わたくしに蒼葉さんを任せるのではなく、自分で彼の相手をできるようになれば良いのではありませんか?」

目から鱗とは、きっとこういうことを云うのだろう。
未央の言葉を聞いた瞬間、あ、と萌は思わず声を漏らしてしまった。
なまじ蒼葉のことをプラス方面に大きく評価しているからだろうか。
彼が得意としているものはきっと難しくて、自分にはとても真似できることじゃない――なんて思っていたのかもしれない。

「……そう、ね」

自分が蒼葉や未央と同じように武術を学ぶ。
今の自分ではとてもじゃないが、上手くやれる自信がない。
それでも――蒼葉や、そして未央と共通の話題ができるのは楽しいし、嬉しい。
何より、蒼葉を未央に取られるような、嫌な感じが少しは遠ざけられるかもしれない。

萌にとって、あまりこの慣れない感覚は好きじゃなかった。いや、はっきりと嫌いと云って良いだろう。
今までずっと萌と蒼葉の関係は、二人だけの閉じたものだった。
しかし共通の友人である未央ができたことで閉じていた関係が徐々に変わり始め、他人が蒼葉をどう見ているのか――それがどうしても気になるようになってしまった。

だから――

「……頑張ってみよう、かしら」

何になりたいのかはまだぼんやりとしか決まっていないけれど。
変わりたい、という気持ちだけが先行して、どうなりたいのかは未だはっきりと分からないけれど。
料理だけじゃなく、そのための努力を色々としてみよう。
そう、萌は決めた。

「ええ。では、早速……今週末にでもわたくしの道場に通い始めませんか?」

「……え?」

「何事も早いほうが良いですし……それに、こういうのって隠れてやった方が面白くないですか?」

「……意外とお茶目なの、ね」

「ふふ、実はそうなんですよ。
 何やら蒼葉さんには堅物と思われてる節がありますし、まぁ、そう思われても仕方ないかな、って思う部分がないわけじゃありませんが……。
 萌さんは彼みたいに変な誤解をしないでくださいね?」

「あ……うん」

そして、今更に気付いた。
楽しげに話す未央は、いつの間にか萌のことを名字ではなく名前で呼んでいる。
自分も、名前で呼んだ方が――

「あ、あの……」

「はい?」

「……う」

良いのかな、と怯えが僅かに滲む。
そういえばを名前で呼んだときはどうしたのだったか。
いや、最初から名前で呼び合ってた?

初めての同性、友達。蒼葉がそうだったとも云えるものの、今は違う。
そんな彼女との付き合い方がよく分からなくて、どうしても足踏みしてしまう。
けど、

……変わらないと。

その一言を胸に抱いて、小さく深呼吸をした。

「……あのっ、その……未央ちゃん、って、呼んでも……いい?」

「えっ……と……はい、良いですよ」

わざわざ聞くようなことじゃなかったのかもしれない。
変な子だと思われたかもしれない。

つい数秒前のことだというのに早速後悔がぐるぐると頭の中を回り始める。
そんな萌をどう思ったのか、未央は苦笑した。

「……その、ええっと……はい。
 実は私も、名前で呼び合うのとか、あまり慣れてなくて」

「……?」

「萌さんを名前で呼んだのだって、もう、どさくさ紛れにやっちゃえー、と思ってしまった次第で。
 ええっと……正々堂々とはかけ離れたことですし、馴れ馴れしく思われたら嫌だなー、なんて、思っちゃったりもしていて……」

「……壬生屋さん?」

「とにかくっ、名前で呼んでもらってもかまいません!
 今後ともよろしくお願いしますね、萌さん!」

「あ、はい……」

……もしかして、と思う。
ひょっとしたら未央も自分みたいに――蒼葉以外に人との繋がりがない自分と一緒にしちゃ駄目だろうが――あまり友達が多くないのかもしれない。
それがなんだか以外で、くすり、と萌が笑みを零した。

「む、なんですか萌さん。
 云いたいことがあったらおっしゃってください」

「……なんでも、ない……わ。
 うん、よろしく、未央ちゃん」

そんな風に返事をして、ああ、と胸中で萌は呟いた。
まだぎこちなくて、蒼葉のようにいつまでに一緒にいたいと思えるほどじゃない。
けれども、人との繋がりが新たに――こんな自分でも――生まれたことが、とても嬉しい。
蒼葉さえいれば良いと少し前までは思っていたけれど……悪くない。そう、思うことができた。

もっと仲良くなりたい。
古武術の稽古だけじゃなく、今度は未央と二人きりで遊ぶのも良いかもしれない。
そうして仲が深くなり、蒼葉のように大事に思える人が増えるのは、きっと良いこと。
そう、思えた。

「二人ともお待たせ-!
 悪いね、時間かかっちゃって。
 思ったよりも混んでたよ」

ふと、声がかけられる。
見てみれば、蒼葉が駆け足で萌たちの元へ帰ってきていた。
腕に抱えられた紙袋から立ち上る匂いは、冷え切った空気に混じって鼻孔をくすぐる。

……そういえば、と思い出す。
お祭りに蒼葉が連れ出してくれたことがあるため、人形焼きの屋台を知ってはいた。
けれど食べるのはこれが初めてだ。どんな味なんだろう――

そんなことを思っていると、おもむろに蒼葉が紙袋から人形焼きを一つまみして――

「はい、あーん」

「……っ」

普段やってることとはいえ、こんなに人がたくさんいる場所でやることじゃない。
一瞬で顔が真っ赤になるのを自覚し、馬鹿、と呟いた。
そして蒼葉は萌の反応を予想していたのだろう。
にやにや笑いながら、それは残念、と肩をすくめる。そしてその様子を見た未央は、呆れたようなジト目をしている。

「……破廉恥ですよ蒼葉さん」

「そんなことないって。それにこれは、いつぞやの仕返しなのさ。
 あ、そうか。壬生屋もあーんして欲しいのか?」

「結構です! まったく!」

やれやれ、と頭を振ると、彼は人形焼きを自分の口に放り込んだ。
そして、どうぞと云わんばかりに紙袋を二人の方に差し出してくる。

「……いただきます」

「……もらう、わ」

むっとしていた二人だが、甘い香りは逆らえなかったため、憮然とした表情のまま人形焼をもらう。
ぱくりと一口。おいしい。カステラの中に入っているのは、キャラメルソースだろうか。
料理の練習も兼ねてお菓子の練習もしているため、萌はすぐ気付けた。

「……美味しいですね」

「美味しい」

「出店の食べ物って、家で食べるのとはまた違った美味しさがあるしな。
 どうよ壬生屋。悪くないだろ? こういうのも」

「……売り物なんですから、美味しいに決まっているでしょう。
 それと、味の善し悪しと立ち食いの善し悪しはまた別の話です」

「それもそうか。もう一ついるか?」

「……いただきます」

そんな風に未央が宥め賺されている光景を見て、なんだか身に覚えがある光景のような、と萌は苦笑する。
本人がギリギリ納得できるような屁理屈を並べて妥協させるのは蒼葉のよくやる手だ。
けれどもそれを不快に思わないのは、彼が悪意を少しも抱いていないから。

未央もそれを分かっているから、こんな風にしぶしぶ妥協してくれたのだと思う。

「二人とも、初詣終わったらどうする?
 飯でも食べに行くか?」

「外食……ですか。
 あの、ウチにきていただければきっと昼食を用意してもらえると思いますけど」

「……私も」

「んー、昼食をご馳走になるのも悪くはないんだけど、なぁ。
 三人で集まったんだし、どうせだったら普段いかないような場所へメシ食べに行かないか?
 ついでに買い物とかどうだ? もう二日だし福袋は売り切れてるだろうけど、正月のセールはまだやってるだろ。
 壬生屋、昨日は買い物に出たりはしなかったんだろ? 行きたくない?」

「……心惹かれるものはありますが、その、無駄遣いは良くありません」

耳の痛い言葉だ、と萌は思った。
自分も蒼葉も、デートやら何やらで、きっと同年代の子らと比べればずっと金遣いが荒い方だから。
その分、蒼葉は内職でちまちまとお金を稼いでいるし、萌は家事の手伝いをして小遣いの底上げをしてもらっているため、金欠というわけではないが。

「そう云うなよ。
 お年玉ぐらいは使っても良いだろう」

「いけません。貯めておくべきです」

「まぁまぁ。
 ほら、考えてもみろよ。別に外食ぐらい良いだろう? 高いところに入るにしたって、千円かそこらだ。
 もらったお年玉の何分の一だ? 散在って云うほどのものなのか?」

「……それは」

「買い物だって、何も金を浪費しろって云ってるわけじゃない。
 ウィンドウショッピングって言葉もあるんだ。見て回るだけでも楽しいだろ?」

「むぅ……」

眉根を寄せた壬生屋は、困った風に考え込む。
そしてしばらく黙り込むと、分かりました、とつぶやき顔を上げた。

「わたくしも、その、洋服とか見たくはあったので……買い物には賛成です。
 ですが、家で食べられるものをわざわざ外で、というのは勿体ないでしょう」

「そうだね。じゃあ、昼食は壬生屋の家でお世話になろうか……っと。
 今更だけど良いのか?」

「ええ、かまいませんよ。もともとそのつもりでしたから」

「そか。悪いね。
 萌もそれで良いか?」

「……うん」

なんだろう。実は蒼葉と未央の相性は良いのかもしれない。
今度のやりとりは別に胸がもやもやしたりもせず、呆れた目で蒼葉を見たくなるようなやりとりだ。
実は未央も口に出した手前引っ込みがつかないから、蒼葉に――それは考え過ぎか。

……この三人で、ずっと仲良くできたら良いな。
ぽつりと、萌はそんなことを思った。








†††








血液が頭に昇る感覚。
普通に過ごしていれば滅多に味わうものじゃないそれに違和感を抱きつつも、
俺は両腕に力を込めた。

今の体勢は逆立ち状態だ。
更にここから――

「ふっ……んっ……!」

腕立てに移行。
日常生活から考えればあり得ない負荷がかかった関節がギシギシと文句を云い、筋肉が張り詰める。
が、そのどれもが危険を表す信号というわけじゃない。

額がくっつくほどに顔を近付け、再び腕を伸ばす。
なんだ、意外とできるもんだな。そんなことを考えながら、逆立ち腕立て伏せを続ける。
汗がぼたぼたと道場の床に落ちてゆくのを尻目に、呼吸を整えながら体を上下させる。
そうして回数が五十を超えた頃だろうか。
そろそろ掌を離して指を立ててみようか、と思っていると、何やらぶしつけな視線がバシバシぶつけられてる気がし、バク転の要領で直立姿勢に戻る。
頭に集まっていた血液が一気に下がる。貧血になるほどじゃないが、あまり気持ちが良いものじゃないなこれ。

「……まぁなんつーか、お前が割と出鱈目なのは知ってたがよ」

「出鱈目とは失礼な」

案の定と云うべきか、俺を見ていたのは先輩だったようだ。
彼は腕を組みながら呆れたような顔で首を傾げている。

「いやお前、だってなぁ?
 小学生で逆立ち腕立てとか……いやでも第六世代だし……けどそれにしたって、なぁ……」

「普通の筋トレだと、どうしても筋肉に負荷かかるまで時間かかっちゃって。
 一日の大半をトレーニングに費やせるならそれでも良いんですけど、時間も限られてますからね」

「だからキツいのを短時間で一気にやろうってか?
 キツいにしたって限度があるだろ。危ねーぞ」

「そう、ですね……」

そうは云うものの、他に効果的と云える練習が、最近は少なくなってきているのだ。
筋トレが不必要なほどの練習密度で師範代や先輩が俺の相手をしてくれれば良いのだが、俺の体力は既に大人のそれを上回っている。
いや、これも今更だ。体力を追い抜いたのは、もう随分前のような気がする。
それでも師範代たちが俺と同じように動けていたのは、動きに無駄がないからだ。
未だ武の道に入って日が浅い俺の動きには、まだまだ無駄がある。その差が体力差を埋めていた。
が、才能があるとは決して云えない俺でも、生まれ持った異能によって日進月歩の進歩を見せる。
徐々に減らされる無駄と、増え続ける体力。その結果、師範代たちは俺の相手をするのが辛くなってきたようだ。
まだ若い、と云っても師範代は三十を超え、四十がもう目の前に見えている。おまけに働いているため、次の日に影響の残るような稽古を取るのは苦痛のはずだ。
結果、以前は息を上げていた稽古を終えても俺は体力を持て余し、不完全燃焼な気分と持ち前の貧乏性から、疲れ切るまで体を苛めよう、という考えに至ったのである。

「不完全燃焼が続くようなら、適度にあの子のところ行ってガス抜きしたら良いんじゃねぇか?」

「あの子?」

「あの剣術少女。お前と良い勝負してた」

「ああ、壬生屋ですね。
 それも悪くないかもなぁ。
 動きを見て勉強になるのも、指導してもらうのも師範代の下でやってもらった方がためにはなると思うんですけど……。
 それでもやっぱり、ね」

面白味が――なんて風に考えてしまうのは、やっぱり俺が壬生屋と出会ってしまったからなのだろう。
もし壬生屋と出会わなければ、俺は不満を抱きながらも淡々とトレーニングを続けていたような気がする。
いや、今でも淡々とトレーニングを続けてはいる。
その結果、本人の前では決して云えないが、剣術、体術の技量はすでに先輩を上回っているだろう。
そこに鍛え続けた身体能力を加えると、俺の全力に応えてくれるのは師範代か師範ぐらいしか残っていない。
……ただ、そうやって鍛え続けた力を試す機会がないのいうのは、どうしてもフラストレーションが溜まってしまうのだ。
壬生屋という、全力を発揮できる相手を知っているが故に。

「じゃあほら。彼女にガス抜きしてもらうとか」

「いつも搾り取ってもらってるから大丈夫です。 
 って、ははは。何を云わせるんですか恥ずかしい」

「てめぇこら今に見てろ。お前の女より可愛い彼女を絶対見付けてやるからな」

「つまり無理ってことじゃないですか」

「良い度胸だクソガキ……!」

毎度じゃれ合いだ。
俺と先輩は竹刀を持って距離を開ける。
そして一気に打ち合って――と行くはずが、視界の隅に珍しい人物を見付けたため、動きを止めた。

「……師範?」

俺たちの様子を眺めていたのは、滅多に道場へ顔を出さない師範だった。
年齢は確か七十を超えていたはず。最近は体の具合があまり良くないため、師範代に道場を任せっきりにしていた、と記憶している。

「こんばんは、師範。
 お体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫。気にすることはねぇて」

本人が云うように、どうやら調子は悪くないらしい。
顔色も良いし、足取りもしっかりしてる。
七十という歳を考えれば、まだまだ元気な方だろう。
訛りがかなりキツいため言葉の聞き取りに少し苦労するものの、発音自体はしっかりしてるから聞こえないわけではないし。

「……蒼葉」

「はい」

「これ使ってみ」

つ、と差し出されたものは長細い布包みだ。
何の気なしに受け取って、ずっしりとしたその重さに驚く。
これは――

すぐに封をしていた紐を解いて、布袋の中身を取り出す。
予想していた通り、中に入っていたのは日本刀だった。
正直、古武術をやっていても骨董の方面はまったく教養がないため、この日本刀がいったいどういうものなのか分からない。
手に持ってみた感想としては、重く、そして思ったよりも長くない、といったところだ。

鞘から抜いて良いものか――ちら、と師範を見ると、小さく頷いてくれた。
少し気後れしながらもゆっくりと刀を抜いてゆく。
引き抜かれた銀の刃は電灯の明かりを反射し、眩く光った。

「振ってみても良いですか?」

「ああ」

許可を得られたので、鞘を布袋の上に置くと両手で刀を握る。
正眼に構え振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ。
鞘から抜いたことで重量は竹刀のそれへ近付いたと思ったが、振り回してみるとその重量の違いが分かる。
それ以上に、重心の微妙な違いが気になった。

手元に重心がある点は同じだが、普段使っているものとの微妙な違いがどうしても気になる。
……しっかし、こうして本物の日本刀に触れるのも、振り回すのもこれが初めてだ。
だから、というべきか。
それとも、刀というある一つの目的を持って作られた武器を手にしたからなのか、ある一つの欲求が胸の中に渦巻き始めた。

「庭に巻いた畳表を用意してある。
 斬ってみぃて」

「あ、はい」

……準備が良いな。
思わず先輩の方を見てみれば、あの人は何がなんだかといった風に肩をすくめた。

鞘を片手に、勧められるまま俺は庭に出る。
するとそこには師範が云ったように、巻かれた畳表が突き立てられていた。夕日の中で、まるで案山子のように。
こういうのは巻き藁が代表的な的だと思ったけど、そうでもないのか?
ともあれ、俺は裸足の畳表の前に進むと、鞘を胴衣の帯にさし込んでゆっくり刀を構える。

呼吸と共に体の動作を確認。間合い、重量。それらがいつもと違う得物を持っている今、普段と同じ動作ではきっとこの的を斬ることなんてできない。
そもそもこれが初めてなのだから、失敗しても良いとは思うが……そこはそれ。初めては誰だって一度なわけで、どうせなら良い思い出にしたいじゃないか。

重心を低く、全身の筋肉を絞るようにし、しっかりと刀を握り締める。
そして――息を吐き切った瞬間、全力で袈裟に刃を走らせた。

刹那の内に銀光が迸り、斜めから打ち下ろされた刃はそのまま畳表を両断――
ぎゃり、と嫌な手応えを感じ、刹那の中で蒼葉は眉根を寄せる。
踏み込みが足りなかった。あと一歩進んでいれば――いや、それだけじゃない。竹刀と違って真剣で何かを両断する場合、刃筋が立っていなければならない。だが今の斬撃には微妙なブレがあった。
故に刃は畳表を両断することができず――

「……だっさ」

「ちょっと黙ってもらえませんかねぇ」

余計な一言が先輩から飛んできたので、ついつい反論。
溜息一つ吐いて鞘を帯から引き抜き、納刀。チン、と綺麗な音はしなかった。何かコツがあるのだろうか。
抜刀の仕方も、納刀の仕方も、時代劇のように格好良く決めたいもんだ。

「駄目でした、師範」

「やろうと思えば切れたんでねぇの?」

「……はい、多分」

師範に指摘された通り、多分、斬ることはできた。
失敗したことに気付いた瞬間、手首を基点に押し切るよう、体重と筋力を一気に乗せれば両断することは可能だった。
が――多分、そんなことをしたら刀がへし折れるか、曲がっていたはずだ。
この日本刀はあくまで第一世代から第四世代の人類が使うことを前提に作られた武器のはず。

それを人外と言っても過言ではない俺の膂力を持って振るえば、間違いなく想定外の力が加わり破損するだろう。
……ああ、だから超硬度カトラスなんてものが生み出されたのか。

勿論、絶妙な力加減と絶え間ない修練を積めば扱えないわけではないだろう。
それでも今の俺には無理だ。日本刀より、柄のついた鈍器でも振り回した方が強いんじゃないだろうか俺。
……古武術学んでおいてそれはどうなんだろう。

「まぁ、最初だから仕方ねぇろ。練習せぇて」

「……練習?
 あ、ってちょ、師範!?」

どういうこと、と考えていたら、師範はさっさと踵を返して道場の奥へと戻ってしまった。
裸足で外に出たということもあり、足を拭いている内に師範は道場の隣にある自宅へと戻ってしまう。
一体何が何やら――

軽く途方に暮れながら、俺は手の中の日本刀にじっと視線を落とした。







■■■
●あとがき的なもの
お久しぶりです。更新が滞って申し訳ありません。
仕事が忙しいのを理由に執筆をサボっていたら忌々しい雪が降り始めたため完全に詰んだ状態に。
年末休みを利用してなんとか書いてあった話を継ぎ接ぎ状態にして投稿してみました。
序盤のHな雰囲気はエロシーン突入予定だったパートの名残になります。ごめんなさい。

更新速度を二週間に一度に戻せるのは雪が溶けてからになると思います。
それでも最悪ひと月に一度は必ず更新したいと思いますのでご容赦ください。

●内容的な部分
流石に壬生屋と萌が仲良くなるの早すぎだろう、と思ってはいるので、いずれ加筆したいと思います。
あとエロももう一回……!

●Q&A
Q:壬生屋のイメージ……
A:学生やってた頃は正直ウザく思う部分があったものの、大人になってみるとあの世間知らずっぷりが微笑ましくてしょうがないっすよ壬生屋。
  あと不潔不潔云う割に恋愛モードになったら嫁にもらってと云ってくるムッツリさ加減も実にまロい。総じて可愛い!

Q:寄り道ない?
A:寄り道したら主人公がいつまでも進学できなくなるので無理です。すみません。

Q:クッキーを配ったのは誰のアイディア?
A:母親になります。あの時点での萌にとって、親と蒼葉以外の他人はまだ限りなく敵に近いものです。
  なので気遣いも蒼葉と親に対してのみ向けられているため、他人の目や付き合いといったものをまるで意識していません。

Q:激励の靴下はどこへ送れば?
A:いりません……!

Q:壬生屋は銃を持つの?
A:どうでしょう。持つかもしれませんけれど、まぁ、適正がないのは変わらないと思います。

Q:イワッチ!
A:あんな裏設定の塊をどう扱えっていうんですか……!


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