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No.30623の一覧
[0] カイムの鉄塊はレベルMAX (DOD・全3話完結)[ドダイ改](2012/03/21 22:58)
[1] 中編[ドダイ改](2011/12/01 00:03)
[2] 後編[ドダイ改](2012/03/21 22:45)
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[30623] カイムの鉄塊はレベルMAX (DOD・全3話完結)
Name: ドダイ改◆d9b40837 ID:63d81bbd 次を表示する
Date: 2012/03/21 22:58







「天使は笑わない。天使は起こしてはならない……」




少女は謳う。少女は踊る。

まるで何かを祝うかのように両手を広げ、その顔に笑みを浮かべながら。



この場にいる観客は2人の男女のみ。血塗られた兄と、そしてその兄に禁忌の想いを抱く妹。

頭の中の何かが告げる。彼女の闇を曝け出せと。

二度と立ち直れぬほどの醜態によって絶望へと染め上げろと。


「ラララララ、ララ、ララララ……私は女なのに。普通の女なのに。どうしてこんな……ちぇっ、ちぇっ、クソが!」

「やめて……」

「封印がなんだってんだよ! 私を助けろよ! 役に立たない男どもめ!

 助けてください。おねがい。助けて。抱き締めて。お兄ちゃん」

「いや!!」


目を閉じる女神。

蓋をしていた本心が見ず知らずの子供の手によって遠慮なく弄ばれる。しかもそれは最愛の男の前での出来事だ。

そうそう正気でいられるわけも無い。彼女の脆弱な心が折れるまでもう少し。


「違うわ、私……そんなこと思ってない」

「憎い、憎いよ、クソ野郎! こんな世界滅びればいい!」

「違う!」


悲鳴に近い声で否定するフリアエ。しかし逆にその声がマナの言葉を正しいものだと裏付けている。

普段の彼女は痛みや諦観によって抑揚の無い声だが、今は諦観する余裕も無いほど必死だからだ。


「汚いの。私、汚いの。女神なんかじゃない。諦めてるだけ。お願い、お兄ちゃん。私に……」

「ごめんなさい!」


ごめんなさい。それすなわち自分の言葉を肯定したと同義だ。女神は完全に心が折れた。

膝が落ちそうなほど不安定に体を震わせる弱弱しいその姿。とても世界の運命を握る女神と呼べるものではない。



「はい、女神失格。……どうする?」



禁じられた想い。憎しみや諦観などの汚れに満ちた本心。第三者によって無慈悲に曝け出された心の内。

もはや女神を取り繕うものは何も無い。

そして想い人である兄は口を開くものの言葉が零れることは無く、やがて目を逸らした。


フリアエの目が絶望に染まる。



「私を……見ないで………」



固く閉じられていたパンドラの箱。開いてみてもそこにあったのは希望などではなかった。

僅かに抱いていた期待は無くなり想い人に自分の汚さを見られ。残ったのは体を蝕む激痛のみ。

生きる希望を失ったフリアエはその場にあった短剣を手に取り自らの胸元へと近づけた。


これで良い。全ては自分の、そして頭の中の声の目論見通り。

マナの口元が歪な笑みをつくる。


「天使は、わら……」

『女神よ、待つがよい。カイムはお主に何か言いたいようだ。我がカイムの声で言ってやろう』


悲劇の終幕を告げる言葉をマナが口にしようとしたその時、外から此方を覗くドラゴンの声が響いた。

どうやら先ほどのカイムの視線外しはレッドドラゴンに助力を求めていたらしい。不意を突いた言葉にフリアエは思わず短剣の動きを止める。


―――――無駄なことを。生半可な慰め程度で女神の絶望が覆せるものか。


頭の中で響く神の声に頷く。慰めなど今の彼女には傷口を弄るのと変わるまい。

それぞれの思いが錯綜し張り詰めた緊張感の中、視線を再びフリアエに向けたカイム。彼の口の動きに合わせてレッドドラゴンの声が響く。








『全然イケる』








「えっ」


「えっ」



今なんて言ったの。



『なんだ、似ておらぬのか? 実は少し自信があったのだが』

「いや、似ていたけれど。今気にしているのはそういうことじゃなくて」


思いもかけぬ発言内容に、マナとフリアエ、その場にいた女性2人の思考が止まった。

確かにレッドドラゴンの声はカイムの心の声によく似ていたが、今はそういう話をしている場合じゃない。

ひょっとして空耳か何かだろうか。今何か 『全然イケる』 って聞こえたような気がしたんだけれども。



「ににに兄さん? 私が言ってるのはライクじゃなくてラヴの方なんですけど!? 欲しいのはフレンチじゃなくてべろちゅーの方みたいな」


『普通にイケる』


「こんな……汚れてる私なんかに気を使わなくても」


『いやほんとマジでイケる』


「で、でも私たち実の兄妹なのに」


『それ以前にただの雄と雌やで』


「兄さん………!!」


「慌てない!! 幼女な司教は慌てないーーーーーッ!!!」



兄さん……じゃねーよマジで。やべーよなんだよなんなんだよコレ、素数でも数えて落ち着こう落ち着くんだ落ち着けってばわたし。

あ~でも落ち着いたら落ち着いたで正直全然ついていけないんだけど。いったいこういう展開の場合ってどうすればいいんだろう。

一人二役ってこういうとき便利だなぁと今度は現実逃避しながらもマナは目の前の光景から目が離せない。


顔を真っ赤にしながら戸惑うフリアエは言葉が呑み込めてきたのかモジモジしだした。

一方カイムの方は表情を変えることなく彼女を見つめ続けている。つかなんでこんな会話内容なのに外っ面はいつも通りシリアスでいられるのかこの男は。

どうしようこれ割り込んだ方が良いのかな。何事も無かったかのように 「天使は、笑う?」 って言った方が良いのだろうか。

いやいやそれはいくらなんでも無しだ。イウヴァルトやセエレじゃないんだから空気読めてないにも程がある。

だからと言ってこれから打つべき手も見当たらないわけで。せめてこのコメディ路線な空気を断ち切りたいんだけれども何か無いものか。

頼みの綱である 『声』 も先ほどから沈黙を守ったままだ。

つかこんな時くらい何か言えよ。言えよおら! 言わないと……私、どうしたらいいんでしょうか?


―――――『こんにちは、ブックオフのことならな~んでも知ってる、ヘビーユーザーの清水国あk』 ……あ、やべ。切るの忘れてた


っておィィィ!? あの神の野郎あきらかにブックオフ行ってるよ!! 

ふざけんなこんな幼女を殺人狂の前に出張らせといて1人立ち読みに行くってなめてんのか!? せめてこの空気を破る方法伝授してから行けや!!


「少し待ちなさい、カイム!!」


救いの手 (と言って良いかはわからないが) は予期せぬ方向から来た。

帝国兵士たちを押しのけ飛び込んできたのは目を閉じた男と女の人とハゲ、そして自分がこの世で1番嫌いな男の姿。

その正体は言わずもがな、オナ兄さんとカニバリズムと永久脱毛である。あとセエレは死ね。


「想いを伝えたい女性にその発言は無い! ちゃんと言葉で 『愛している』 と伝えるべきです!!」

「いや、カイムは言葉が話せないから無理だと思うのだが……」

「マナ……」

「あなた私の、子供……?」

「ちがいます」


今気にすることはそこじゃないぞショタコンホモ。突っ込むところはそこじゃないハゲ。あとセエレは死ね。

アリオーシュとだけは目を合わすまいと心に強く誓いながら心の中で突っ込むマナ。例えバックにすごい存在がいたとしても怖いものは怖いのです。


「あ、愛している……? 兄さんが私を……」


気が付けばフリアエは愛していると言うレオナールの言葉を反芻しながらモジモジをクネクネに進化させていた。どうやら絶望させて死なそうという自分たちの計画はパアになったようだ。

現に頭の中で響く声も 「これはもうダメかもわからんね」 と諦めモードに入っている。もちろん郷里ボイスでバックに清水国明の声を響かせながら。いい加減帰れや。

カイムの方はと言うとオナ兄さんの言うことに一理あると思ったらしい。

しばらくの間考え込む表情を見せたかと思うと、おもむろに壁に向かって火球を放った。そしてこんな感じでどう? と言わんばかりの顔。


「いや、ブレイジングウィング5発でアイシテルのサインは無いと思うのですが」

『我が代わりに言っているから良いではないか。言っておくが名前こそ違うが中の人は同じだ』

「おいそこメタんな」


ドラゴンを注意するヴェルドレだったが、基本的に2人と一匹はハゲの言うことはスルーするつもりのようだ。

まぁこいつがこの後何するかなんてみんな知ってるしそれも仕方ないことだろう。

ちなみにアリオーシュはセエレを追いかけていた。泣きながら逃げ惑うその光景は可哀想と言う言葉を体現している。でもそのまま死ね。


『ふむ……ならばどうすれば良いのだ。言っておくがもうフリアエをヒロインにするしか道は無いのだぞ。

 いくら我とてこの声では 「恋っぽいことしようぜぇ?」 なんて台詞を吐くことはできぬ。変身できて仮面の女エージェントといったところだ』

「それエンジェレグナじゃないですか」


早くして欲しい。紅い目をした兵隊たちも出番がまだと見るや、入り口付近に体育座りで雑談を始めてしまった。ごめん、今話を進めるからもうちょっと待ってて。

あ~もう、そっちも早く気づけ。そっちの年代で喋れない主人公の告白と言ったらアレしかないじゃないか。


「あ、あの……」


「他の無口キャラも参考にしてみるというのはどうだ? 2次を見渡せばそこらに劣化綾波や劣化長門が溢れてるだろう。

 それが駄目なら3次でも良いしな、ノッポさんとかも口は開かんし」

「無口キャラと失語は違うから黙っていてくださいハゲ。ノッポさんだって実は普通に喋れるんですよ? あの時の衝撃は忘れられない」

「………」

『カイムが存外落ち込んでいる。対案があるなら早く教えてやれ』

「告白の返事はYESに決まってるしここベッドあるし破瓜の痛みなんてオシルシにくらべれば大した事無いだろうから純粋に兄さんに没頭できる……!!

 ハァハァ、やっべ興奮してきた。地球に生まれて良かった……!!」


何やら話し合いを始めるホモとドラゴンだが話が纏まる気配は無い。あと最初っからクライマックス状態になった女神の攻略はもう諦めよう。

次の展開へと移行したいのならもう自分から介入するしかあるまい。大人しくする事をやめたマナは、できる限り大きな声で叫んだ。

私の話を聞けぇ。


「あの!!」

『む?』

「何かな?」

「……?」


反応早いよ。

いきなり大声を出したにもかかわらず、自分を見る目は意外なほど普通だった。むしろ年相応の対応と言う感じで少し優しいくらい。

マナはそのことに意味も無く安心しながら、懐の中で暖めていた考えを言ってみる。


「あ、『愛しているといってくれ』とかは……?」


「それだ!! ナイスアイディア!!」

「ふむ、盲点だった。正直それしかないだろうな」

『なんだ、それは?』

「………(サムズアップ)」


「そ、そんなに騒ぐほどのことじゃないと思うんだけど。みんなだって多分忘れてただけで、いずれ思い出してただろうし」


なんでそんなにフレンドリーなんだろう。

とは言うものの予想以上の好反応にちょっと嬉しくなってきた。頭を掻きながら照れると目の前には差し出されたカイムの掌。

思わずその場の空気に流されていえーいとばかりにハイタッチしてしまった。もういいや、この際だから今だけ協力してしまおう。

とりあえず今必要なのはバックミュージック。軽く発声練習をしながら未だにセエレを追いかけているアリオーシュをこっちこっちと呼び寄せ、カイムの後ろに5人が並ぶ。

そしてせーので呼吸を合わせ、フィンガースナップでリズムを取りながら歌いだした。

ラ~ブラ~ブラ~ブ。ラ~ブラ~ブラ~ブ。


「ねえど~して~」

「あ、ズルい!」


アリオーシュが勝手にメインボーカルを取りやがった。ちくしょう私が歌おうと思ってたのにぃ。

しかし取られてしまった以上は仕方ないのでコーラスに専念するマナ。一時の感情でハーモニーを乱すような真似は流石にできないのだ、自分という人間は。

そして部屋中に響くドリカムをバックに、フリアエに向かって手を動かしながら近付いていくカイム。

適当にやってるので手話の出来はぶっちゃけいいかげんなものだったが、それを目にした彼女は天にも昇る気分なのであんまり気にしてない。

サビが終わるや否や発情しきった顔でカイムに抱きつくフリアエ。そして自分の匂いを擦り付けるかのごとく胸に額をグリングリンしている。



―――――皆、少し席を外して欲しい。マナも



カイムはフリアエの体を優しく押し離すと、皆に、そしてマナにそう心の声で話しかける。続いて頭を撫でる優しい手。

なんだろうこの懐かしいって思ってしまう感じ。誰かに優しく頭を撫でられるなんて初めての経験なのに。

優しい感触に戸惑いつつもつい言うことを聞いて外に出てしまったってうわーちょい待てそれじゃ駄目じゃん。

気が付けばカイム一行や帝国兵士たちと廊下で体育座りしているこの状況……何者かのスタンド攻撃の可能性があるわっ。


「あ……ありのまま 今 起こった事を話すね!!

 『私は女神を絶望させて自殺させようと思っていたら、いつの間にか2人の仲を取り持っていた』

 な……何を言っているのかわからないと思うけど私も何をしているのか自分でもわからなかった………。

 ツンデレとか改心だとかそんなチャチなものじゃ断じてない

 もっと恐ろしいナデポの片鱗を味わったわ……」

「ナデポだったのですか?」

「ち、違うもん! べ、別にナデポじゃないんだからねっ!? そ、そう、ただ空気を呼んだだけなんだから!!」


まあ嘘ではない。頬を紅くした女性が侍道4ばりにベッドに寝転がり男に手招きしていれば、第三者は空気読んで部屋から去るしかないのだから。

ちなみに今回空気が読めなかったのはこの人。世代的に直撃コースだから舞い上がっちゃったのも仕方ないと言えば仕方ないけど。



「ルァ~ブルァ~ブあ~いうぉ~さ~けぇぼ~~~」



アリオーシュ、もう歌はいいから。













「お茶がおいしいなぁ」


帝国兵士の持ってきた茶を皆ですすりながらひとやすみ。そういえばここのところこうやってのんびり空を見上げるなんて事無かったなぁ。

一面雲で覆われているから見栄えは良くないけれど、それでもこんな穏やかな時間は初めてだから何だかほっとする。

お茶請けのお菓子はどこにやったっけ。後はあれがあれば完璧なのだが。


「司教!! こんなところで何をのんびりしているのです!!」


のんびりしているマナの許へイウヴァルトが駆け寄ってきた。

あ、唐沢さんおつかれさまです。今は一時休戦中なんでお茶飲んでるところ。


「休戦中……? やっとカイムも司教様に従う気になったのかな。それでカイムは今何処に」


まだ部屋の中です。


「え? ではフリアエももしかして!?」


彼女も部屋の中です。


「ちょ、ちょっと待て! あの2人を放っておいて、こんな所で何をしているんだ。

 さっきのカイムの様子ではフリアエが奴の手に渡ってしまうじゃないか! 俺は中に入るぞ!!」


それは駄目。


「何故だ!?」


何故だもなにも。


「今彼らは2人きりです。少し水入らずにしてあげましょう、つか貴方も少しは空気読みなさい」

「なんだと……!?」


横から自分をフォローしてくれたのはレオナール。アリオーシュから逃げ疲れて寝てしまったセエレに膝枕できているので機嫌が良いのだろう。優しい声でイウヴァルトをたしなめる。

しかしイウヴァルトはその忠告に聞く耳を持たず、逆にレオナールに向かって睨みつけた。本人見えてないから意味は無いけれど。


「もう構ってはいられん。フリアエ、今すぐ俺がカイムの魔の手から助けに行ってやるからな!!」


無理だっていうのがわからないのかなぁ。扉からはあからさまに入ってくんな的なピンクオーラが漂っているわけだし。

ちなみに自分も今は心を覗いてない。おとなのべんきょうにも興味はあるけれど、それでは自分のときに新鮮な反応をできなくなりそうだからだ。

そういうのはまだ早い。いつか大事な人が出来た時のために初々しい反応を……ん、なんで今カイムの顔が浮かんできたんだろう。

おのれイケメンめ、ヒロインたるものフラグは回収せねばならないという弱みに付け込んできおって。いや撫でられるのは気持ち良かったけどさ。


『なんだ騒がしい。せっかく儂がこの紅き竜を倒すところだったのに……興が冷めるではないか』

『起きたまま寝言を言うとは器用だな。言っておくが貴様の炎は我の足元にもおよばぬぞ。望みとあらば今からでも燃え尽きてみるか?』

「今は一時休戦中だから、戦いは後にして」

「何を馬鹿なことを、司教は正気か!? このドラゴンさえいなければ、カイムたちは逃げられないというのに!!」


剣を抜いていざ突貫しようとしたイウヴァルトの声に呼び寄せられ、外で喧嘩をしていたらしい2匹の竜が此方の会話に混ざってくる。

あと正気かというその台詞、こいつだけには言われたくない。自分たちでやっといてなんだけど。


『何をそんなに焦っておる。儂が話を聞いてやろうか』

「聞いてくれブラックドラゴン! カイムがフリアエとこの中で2人きりなのだ!!

 何をしているのかわからないし、もしかしたらもう何処かに逃げる算段を立てているのかも!!」

『あ~、イウヴァルトよ。カイム側の我が言うのも何だが、何をしているかなどと言わぬ方が良い。聞いたところで絶対後悔するから』

「馬鹿な、そんな事を言われて聞かずにおれるか!!」


今のイウヴァルトにとってレッドドラゴンの静止の声は 「聞くなよ、絶対に聞くなよ」 という意味にしか聞こえない。竜ちゃんだけに。

その言葉を聞いてしばらく考え込んでいたブラックドラゴンだが、いきなりその光景を目の当たりにするよりはと思ったのか彼に教えることに決めたようだ。

そこの紅いの、お前雌なんだから女神役やれ。ならば貴様がカイム役だな。2人の役割分担は問題なし。そして



『フリアエ! フリアエ!』

『兄さん、好き! 愛してる!! もっと強く抱いて!!!』

『なるほど、だいしゅきホールドとはこういうものか……!!』

『兄さんの鉄塊、でっかい……!!』



「………………………………いっそ殺せ」



声にならない。12個も連なった3点リーダにいったいどれほどの感情が込められているのだろうか。

ドラゴン2匹による中の人を想像したら超シュールな情事の再現に、イウヴァルトの精神はもう限界である。フィールド保ちません。

つかなんでカイムとフリアエの2人は普通に会話できてるんだろう?


「愛の力じゃないんでしょうか」


便利だなぁ愛って。



『血ィィー! アガッ! アガイヂィィ!

 血、血、血ぃ血ぃ血血ちちチヂヂチ赤ァアガガッアガァ! アッガーァッ』

『フリアエッフリアエッフリアエッフリアエッフリアエ

 フリッアエフリアッエッエフリッアッエッフリフリ振り振り和え………』



向こうは何やら盛り上がってまいりました。

背後で何か滴る音が聞こえたと思ったら、イウヴァルトの拳から流れる血の音だった。マナと目が合うと何も言わず背を向けるイウヴァルト。

男は黙って背中で語れとはよく言ったものである。お前さん、背中が煤けてるぜ……。

敵方であるとはいえ流石に不憫に思ったのか、それともショタを満喫して余裕ができているのか。同じく背中を見たレオナールがイウヴァルトに声をかける。


「人口が減っているとはいえ、女性なんて星の数です。次の出会いもあるでしょうから元気を出しなさい。

 それにほら、今までも女神の眼中に入ってなかったじゃないですか」


フォローになってねえ。


「そんな事は無い、僕たちは婚約者だったんだ! 僕、いや俺がもっと良いところを見せればフリアエだって」

『起こらぬことを奇跡と呼ぶ。無駄ぞ』


お前らほんと容赦ねえな。


「俺は……そうだ、例え膜が無くなったとしても俺は彼女さえいればいい。フリアエのいない世界など、とっとと潰れたらいいと思うくらいなんだから!

 よし、今行くぞフリアエ!! 君をカイムなんかに渡さない!!」


精神を持ち直したのか、周囲の声も聞く耳持たずうおりゃーとばかりに部屋へ突貫するイウヴァルト。

一応止めたからね。何があっても知らないから、ほんとに。


「……行っちゃったね。私たちも行った方が良いのかな」

『おぼれゆく者は、海の深さに気をとられ広さを知らぬ。もはや余韻も何も有りはしまい。

 既に事は終わっておるし、主らが行っても問題は無いだろう』


とりあえず邪魔になることは間違いないわけだし、そろそろイウヴァルト追いかけようかと立ち上がる一行。

しかしその数秒後に部屋の中から 「あっ……」 という声と爆発音が聞こえた。うん、誰の声かの説明は必要ないね。

今から入るよと念を押してから入室したマナたちが目にしたのは上半身裸のカイムとシーツで裸体を隠したフリアエ。そしてぷすぷすと焦げて倒れているイウヴァルトの姿。

どう見てもブレイジングウィングの直撃です。本当にありがとうございました。

お約束すぎて無茶しやがってと言うことすらできやしない。


「ごめんね、一応止めたんだけどイウヴァルト入っちゃって。……もういいの?」


認めたくは無いがイウヴァルトは帝国サイドの人間なのでとりあえず謝罪してみる。

シーツの中で身繕い中のフリアエからは返事が無く、そのかわり近づいたカイムが無骨な掌で頭を撫でてきた。どうやらこれが返事代わりらしい。

マナはしばらく優しい手つきに目を細めた後、傍らのレオナールに問いかける。ほんとにこれが噂に聞いていたカイムなのだろうか?


「なんかさっきからカイム優しいね。イウヴァルトから乱暴で残虐だって聞いてたけど、話と全然違う」

「ティラノサウルスはひどい痛風が理由で凶暴だったと聞きます。そして今までのカイムは欲求不満だったから残虐だった。そいういうことではないでしょうか」


うん、その説明でわからなくもないけどティラノのくだり必要か?


「まあわかりやすく言うと賢者タイムということでひとつ」

『キャハハハハ笑えねー!! そういうのってお前だけだろ!!』

「あれ、いたんですか? 影が薄くて気がつきませんでした」

『……いや、悪気は無いんだろうけどさ……。契約相手がいるのに素で気づいてなかったのかよ』

「影が薄いのを気にしているのですか? だったらもっとアピールなさい。目立ちたいなら部屋を広く使うのです!! それと身体も動かしてこ!!」

『恥ずかしいからもうやめろよ……』


フェアリーいたのか。私も気がつかなかったなぁ。

そうこう無駄話しているうちに、乱れた髪を手櫛で梳きつつフリアエが此方へと歩いてきた。その顔はつやつやにこにこしててすごい嬉しそう。

まだオシルシの痛みは健在の筈だが、その心に希望が芽生えたのだ。同時に生きる気力も湧いてきたのは想像に難くない。

けれどここで問題が一つ。雰囲気作りに協力したとはいえ、自分が悪意を持ってこの人の心を暴こうとしたという事実は消えないわけで。

結果オーライとはいかないだろうし、ぜったい嫌われてるだろうなぁ。


「マナ」

「……は、はい」


おかさんに何度も叱られていた事もあって、年上の女の人から言葉をかけられたら意味も無く緊張してしまう。

思わず直立不動で気をつけの姿勢をとってしまうマナ。やっぱり叩かれたりするのかな。それはやだなぁ。

しかし、フリアエの行動は自分にとって予想外のもので。


「え……?」

「ありがとう、マナ」


彼女は自分に両手を伸ばすと、優しく抱き締めてくれたのだった。しかもお礼のおまけつきで。

こんなことをされた経験が無いとテンパる私を誰も責められまい。


「な、なんで? わたし、ひどいこといっぱい言ったのに……」

「結果オーライよ。むしろ兄さんと私を結び付けてくれたんだから、お礼を言わなきゃいけないレベルね」


結果オーライ。その言葉に思わずフリアエの顔を見上げるマナ。

まるで自分の心を読まれたみたい。これではさっきまでと対場が逆だ。

なんだか目の奥が熱くなってきたマナの視線にフリアエは優しい瞳と笑顔で応え、言った。



「だからもう1回言うわ。

 ありがとう、マナ。私の願いを叶えてくれて」



そして再びの抱擁。今度は鼻の奥がツンときた。

本当に自分はこのぬくもりに浸されても良いのだろうか。そんな疑問や自責の念は湧いてくるものの、愛を欲する気持ちは抑え切れない。

マナはおずおずとフリアエの背中に両手を回し、自分からも抱きつく。

なんだか無性に泣きたくなった。つかもう泣いてるけど。


「どうしたの? マナ」

「なんだかおかあさんみたいだなって思っただけ。もういないけど」

「そう……。だったら、私のことをおかあさんって呼んでみる?」

「いいの?」

「貴方が望むのなら」



「え、え~と……おかあ、さん………?」



鼻を啜るマナの頭を優しく撫でながら、フリアエは自らを母と呼ぶことを受け入れる。

マナはその言葉に甘えておそるおそる口にしてみた。疑っていたわけではないが、その言葉は否定されることは無い。


「おかあさん」

「なぁに? マナ」


今度はどもることなく滑らかに言えた。

別に何か呼ぶ理由があったわけでもない。ただその名を呼んで、自分の名前を呼ばれたかっただけ。

それに今は飾った言葉なんて必要ない。このぬくもりを感じさえすれば、それで。



「………あったかい」

「そう。よかったわね」




幸せになれそう。














「おかあさん♪」

「なーに? マナ」

「ふふっ、なんでもない」



10分後。未だに自分はおかあさんに抱きついたままだった。

兵士たちは命令があるまで適当にくつろがせているので特に戦闘が起きるわけでもなく、ウェルドレやレオナールもとりあえず目的を果たしたため落ち着いて今後の事を話している。

時々会話に混ざるおかあさんは今では棒な声から抑揚のついた明るい声になっており、目的はどうあれ自分のやったことは良いことだったのだと実感した。

あ、いや別に初音さんに文句ある訳じゃないよ。あの人は絶望しているという設定上敢えてあの演技だったと思うしね。年取った私と違って。

まあそんな事はともかくおかあさんだけではなく自分の心にも光が差している。こんなに気持ちが良いのは初めてだ。大事な人がいるっていいね。

もうこのままカイム一行の仲間入りして封印を移す方法を探して、後は皆と一緒に幸せに暮らしましたエンドでもいいんじゃないかなぁなんて


―――――マナよ。


空気を読めよこの野郎。いつかは来ると思ってたけど、もう立ち読みは良いのかこら。一生やっててもこっちは困らなかったんだが。

温かさを十分満喫したマナはフリアエから離れると、空を見上げて愚痴をこぼす。

この自称 『神』 は今頃出てきて自分に何をさせようってのか。どうせ碌な事じゃないだろうが。


―――――周囲の帝国兵士を使って、そのまま男を殺すのだ。


なるほど、そうすれば人生の絶頂から転落した女神は深く絶望するだろう。後を追って自殺なんて簡単に考えられる。

一発屋の例に漏れず、人間持ち上げた後に落とされるのは耐えられないものだ。心を砕くのならこれ以上の策は無いと見ていい。





だが断る。





―――――何故だ。


何故だも何も、そんなこともわからないと本気で言っているのだろうか。

そんなことしたら、おかあさんがさっきまでみたいに抱き締めてくれなくなってしまうではないか。カイムだって何回も頭撫でてくれてるし。

なんで自分にこんなに優しくしてくれる人たちをそっちの都合で殺さねばならんのか。納得できる理由があると言うのなら言って欲しい。

むしろ出会って数時間の2人がこんなに優しくしてくれるのに、それに対してそちらが自分に何をやってくれたと言うのか。

洗脳の力は与えられたが、もっぱら命令ばかりで何か楽しいことがあったわけでもなく。仲間と言えばなんか目がイッちゃった兵士か今そこで焼け焦げている唐沢さんしかいないのに。

大体こんなダイワマンXを呼ぶくらいならもっと他の人選があるだろう。例えば黒木メイサとか。


―――――メイサが好きなのか、マナ。


別に。任侠ヘルパーのスペシャルの内容には文句あるけど。


―――――今ならさっきの発言を撤回可能なんだけど。


する気はない。


―――――そんな事言わんと。


くどいわ。お前は大事に保管してた古書を勝手にブックオフで売られて 「値段は数千円でしたw」 とか言われて馬鹿にされろ。

品質以外気にしないブックオフの店員を鑑定士と勘違いして笑ってた芸能人はもっとアホだがな。



―――――あ~そうかい、もういい!! そんなに其方が良いのなら、もうカイムさんちの子供になりな!!

     こっちにはまだ他の人間がいるんだから。



なんで今頃お母さんみたいな発言するねん。そう心の中で突っ込んだマナだが引っかかる言葉を聞き取り思考を戻す。

今こいつは確かに他の人間と言った。そしてここにいるメインキャラは自分を除くとカイム一行のみ。モブの帝国兵士に任せたりはしないだろう。

なら自分以外で1番操られそうなセエレをぶっ殺しておこうかと結論を出したマナだが、1人忘れていることに気がついた。

あわてて対象者が倒れていた場所に目を向けると、既に彼の瞳はこれ以上無いほど紅く染まっている。

やばい。



「フゥゥリアァァァエェェェェッッ!!!」



叫び声の主は言わずもがなイウヴァルト。咆哮と共に焦げ付いた体のまま立ち上がると、自分たちの許へと駆け出した。

神からの命令は自分と同じだろうが、それよりも想い人への執着が勝ったらしい。紅い瞳が捉えているのはフリアエただ1人。


カイムは少し遠い。レオナールは不意を突かれた。アリオーシュに期待できるわけが無い。それ以外の有象無象は言わずもがな。


「だめっ!!」


そう思った瞬間、身体が2人の間に割り込んでいた。マナは両手を広げてイウヴァルトの前に立ち塞がる。


「邪魔をするな、小娘が!!」

「きゃあっ!!」


しかし幼いその身体では時間稼ぎすらままならない。ましてや相手は契約者。

イウヴァルトが腕を勢い良く振り払うと、頬に衝撃を受けたマナは大きく吹き飛ばされた。


「マナ!?」

「イウヴァルト、何を考えているのだ!!」

『捉われたか』

「ッッッ!!」


バランスを崩し、床に身体を打ち付けそうになったマナ。それを受け止めたのはとっさに駆け寄ったカイムだった。

しかし揺らぐ視界が収まらない。なんとか立ち上がろうとするも、しばらくは無理だということがわかっただけだった。


「マナ!! ……イウヴァルト、相手は子供ですよ? なんでこんなひどい真似を」

「そんなことはどうでもいい。さあフリアエ、俺と 「そうですか」 共にまそっぷ!?」


返事は脊髄反応での平手でした。まるで邦正をビンタする蝶野並みの勢いでイウヴァルトの頬を張ったフリアエ。

重い一撃に思わず膝にきたイウヴァルトだったが、それでも諦めずに手を伸ばす。しかし待っていたのは左ボディ。

いや、それだけではない。


“肘打ち” “両手突き” “手刀” “貫手” “左上段順突き” “右中段掌底” “右上段孤拳” “右下段回し蹴り”っておかあさんすげー。


「この年齢になって煉獄を出せる女神を見ることになるとは思わなかった」

『まさか全パターンを習得しているというのか? 人の身でよくもここまで……あとそいつ死んだら儂も死んでしまうのだが』

「母は強し、か」

「そういう問題じゃねえから」


フリアエの連打はイウヴァルトがリングに迷い込んだ子犬をヒョードルから守る永田さんのように床に崩れ落ちても止まる事を知らず、

最終的にレッドドラゴンの 「我らは殺し合いをしに来たわけではない。わかってほしい」 というドラゴンストップがかかるまで続いた。

背中の耐久力は正面の約7倍とはいえ、背中の急所を突かれなかっただけマシだと思いたい。



「最愛にくらべたら最強なんて」



使うシチュエーション間違ってるのに説得力に溢れたその言葉。思わず殺されちゃうぜマジでとイウヴァルトに言いたくなるそんな表情。

さもありなん、嫌な事を受け流さずまともに受け止めてしまう真面目な人ほど、結構イロイロと溜まっちゃってるものなのです。

ましてやオシルシこそ健在なれど精神的な重荷から開放された今のおかあさんなら尚更。そういや元ネタの女の人も軽く煉獄使えそうだよね。最近の感じじゃ。


「でもおかあさん、そんなに無理をしない方が。身体のことだってあるし」

「これくらい大丈夫。兄さんの耳の裏の匂いをくんかくんかすれば一瞬で」

「病院だよゥッッ!!」


乙女でなくなったからといって何さらっと洒落にならん事を口にしているのか。

せっかくヒロインの座をその手に取り戻したというのに。せっかく女神に相応しい笑顔ができるようになったのに。

それじゃまたイロモノキャラに逆戻りしてしまう―――


「フゥゥリアァァァエェェェェッッ!!!」


ってこいつマジしつこいな。勝負あったにもかかわらず再び襲い掛かる姿にマナは思わず眉を寄せる。

本人的には童帝のつもりだろうが、こっちからしたらバイオ3のネメシスみたいなもんである。せめてアイテム落として私たちに貢献してみろよおら。

しかし見たまんまの無策過ぎるバンザイアタックに、マナは逆にイウヴァルトの考えが気になった。動かない身体のまま心の声だけ聞いてみる。


―――――スピード、パワー、そんな贅沢いわねえよ。ただ最短距離を走ってくれ、オレの拳よ


狙うは芸術カウンターか。あのヘタレが尾張の竜を模倣するなんてもう少し身の程をわきまえても良かろうに。

あと言い遅れましたが、これ男と女のガチンコです。


「フリアエ………!!」


フリアエが放った打ち下ろしの右をなんとか掻い潜り、イウヴァルトが迫る。

懐に入った。インファイト。顔面のガードを固めるフリアエに安心するマナ。

おかあさんも向こうの狙いは読んでいたか。あれならば顎を打ち抜かれる心配はない。

そう確信するマナの前で、イウヴァルトは大きく叫んだ。ひどく雑魚っぽく。


「大人しくしやがれ!!」

「!!!」


とすんと軽い音がした。イウヴァルトは相当足にキテいたのだろう、ボディブローにしては威力が無さ過ぎる。あれでは蠅も殺せまい。

しかしそんな軽い一撃である筈なのに、それを受けたフリアエは力無く前に倒れた。

馬鹿な、ありえない。少し腹筋を固めただけで無効化できる程度の威力しかないあのパンチで気絶するなんて。

そう混乱するマナに答えを教えたのはレオナールだった。


「むぅっ、あれは!!」

「知っているのかオナ兄さん!?」
                                     
「『約束された気絶の腹パン』 と呼ばれる宝具です。あの台詞の後のボディブローは、女性が食らえば高確率で気絶することになる。いや、『しなければならない』。

 ヒロインならば尚更、しかも浚われる役どころならさらに倍率ドン。本気出したはらたいらさんに匹敵する恐ろしさになります。

 あと今オナ兄さんって言ったやつ後で男子トイレまで来いや」


なるほど、ヒロイン属性を得たことがここにきて仇になったというのか。

しかもイウヴァルトはお姫様抱っこではなく肩で担ぐと言う念の入れようである。これが時代劇なら画面が変わって誘拐完遂といった流れになるところだろう。

だがまだ諦めるわけにはいかない。そしてここにはまだカイムがいるので希望が途絶えたわけでもない。


「皆、あいつを止めて!!」


契約者相手とはいえ時間稼ぎには充分なる。そう判断しイウヴァルトを逃がさぬよう周囲の帝国兵に命令を出すマナ。

しかし彼らに追いかける様子は無い。むしろイウヴァルトを庇うかのように彼の許へと集まり此方に剣を向けた。

これは、もしかして。この状況で。


「私の命令を……聞かなくなってる? まさか、私が 『神』 に逆らったから洗脳の力が」

『どうやらそうらしいな。早く外に出よカイム、奴らが逃げるぞ!!』


「すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。

 風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。

 中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。

 今俺の周りには沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。

 信じよう。そしてともに戦おう。

 司教やカイムの邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ」


こいつ殺して良いだろうか。その場の全員に殺意の波動を植え付けながら駆けていくイウヴァルト。

単騎で追いかけるわけにもいかないため焦れるレッドドラゴン。その声にレオナールたちは慌てて外に出ようとする。

しかしマナのコントロールを失った帝国兵たちが周囲を囲んだ。味方の時はあまり頼りになるようには感じられなかった彼らだが、敵に回すとこの数は厳しい。


「カイム、急がないとおかあさんが!!」

「………」


となると頼りになるのはこの男しかいなかった。痛む頬にも構わず自分を右腕で支えたままのカイムに声をかけるマナ。

しかしカイムはその声に応えずに天に向かって左手を翳した。次の瞬間その頭上に現れたのは、幾つもの剣を番えた車輪。

カイムはその中の1本を引き抜くと歯で銜え、剣を離した左掌でマナの頬に触れる。するとマナの頬の腫れが痛みと共に引いていった。

その剣の名は護衛隊士の誉。魔法はケルビックブレス。その効果は見ればわかるように癒しの力である。


「わ、わたしのケガなんていいから早く追いかけてあげて!!」


しかし今はその優しさが心苦しい。

わたしがおかあさんを此処に連れてこなければこんな事にはならなかったのだ。そんなわたしに心配される資格なんて無い。

やっぱり本当のおかあさんが言ってたように、わたしはいらない子だったんだ。叩かれるのも仕方のない子だったんだ。


「………」


今更心変わりしたところで全てが遅い。そんな嫌な考えがどんどん浮かび上がってくる。

しかしその連鎖的マイナス思考は、額をつつく指によって断ち切られた。


―――――お前のせいじゃない。そして今はそんな事を考えている暇は無い。


「カイム?」


―――――フリアエを助けるには、お前の力が要る。


そんな事は無い。今の自分には知識こそ残っているものの魔力はほとんどなく、先ほどまであった洗脳の力も無い。

ちょっと魔法が使えるだけの子供。そこらの兵士とどうにか戦えるか程度の存在だ。

セエレのように強大な存在と契約しているわけでもなく、できることなんて何一つ残っちゃいない。


―――――お前の自己評価はこの際関係無い。今の俺にはお前の力が必要だ。


けれど、カイムは真っ直ぐに自分をみつめてきて。


――――― 一緒に行くぞ。俺たち2人で助けに行くんだ。


一緒に行こうと言ってくれた。



「う、うん!!!」



そうだ、何をぼんやりとしているんだ自分は。後悔なんて後でいくらでもできるし、今はそれをせずとも良いよう動くべきなのだ。

ごしごしと目許を拭うマナ。その姿にカイムは軽く安堵の溜息を吐いた後、手にした剣を車輪に戻した。

そして新たな剣をその手に掴むと眼前へと勢いよく振り下ろす。




それは剣というにはあまりにも大きすぎた。


大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。


それはまさに鉄塊だった。




「おお、やっとタイトルにある鉄塊が出てきたね」


―――――名前だけならフリアエが叫んでいたがな。


「うん。いや、そうなんだけどさぁ」




カイムが残念なイケメンになりつつある。










あ、ちなみにその後の戦闘の様子はめんどくさいのでキンクリ。

























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