・真っ黒なナニカと俺と悪魔
――ふと気が付くと、あたり一面真っ黒の中にいた
覚醒した意識に体全体が大きな流れの中に居るかのようなうねりが押し寄せてくる
まるで深い海の底……いや、呼吸は出来るようだ、となると夢……なのかな?
そう考え、古典的だが自分の頬をつねってみる
ッ! とても痛い、ちょっとやりすぎた
そもそも夢の中であっても痛い夢なら苦痛を感じるんじゃないだろうか、意味無いじゃん、痛がり損かも
あ、痛いと言っても人間性や人格的な意味じゃないからね!
涙の滲んだ眼をしばしばさせながら辺りを見渡す
……右を見て、左を見て、もう一度右を見ても、自分の首が動いているのかわからない位に真っ黒です、本当にありがとうございました
おいおいどういう事だい、いくら俺がほんのちょっぴり……いやそれなりに、むしろ意外なほど?
ともかく腹黒だからって、ここまで真っ黒じゃないぜHAHAHA!!
ホント誰かどうにかしてくれーーっ! 手遅れになっても知らんぞーーーー!
等と、しばらく脳内でネタ思考をたれ流しにしていても付近は真っ黒なままである
まあいいか、と他にわかる事を並べてみる
まず自分の事、これは意味不明な状況になった時の定番だね!
住所氏名年齢身長体重職業人間関係社会情勢趣味性癖はたまた昔飼っていた犬の名前まですべてはっきりわかる
しかし現在の状況へ陥った経緯はさっぱり解らない、なんだこの状況、どうしてこうなった
まあいいか(2回目)と、自分の身体を動かして調べてみる……とりあえず五体満足ではあるようだ、動かしている感覚はある
ただちょっと尻がむずむず……いやその、公の場で言い辛いような場所ではなくて、具体的には尾てい骨のあたり?
その辺が妙に気になって手探りで触ってみる、が…………これは……うん! 後回しにしよう!!
実は凄い事になっている気がしたけどまあいいか(3回目)と自分に嘘を吐いて
他の五感もざっくり調べてみたが特に問題はないらしい、聞けるし嗅げるし触れて味わえる事が確認できた
目に関しても、軽く擦ったり目蓋の上から触ってみた時の刺激で見える、もやーんとした電気信号?が感じられたので多分大丈夫だろう
自己チェック完了!と一つ区切りをつけたところで、他にする事が無くなってしまった
周辺はどこもかしこも黒く、自分の立てる音以外は静寂に包まれている
手でかいて泳げるようなものでも無いらしく、ただただ後はあたりを覆っている真っ黒なナニカに漂い、流されゆくままである
そう時代は草食系男子! 受動的で行こう!
……◇……◆……◇……
「ふつくしい…… 吸い込まれそうな光だ……」
思わず恍惚とした顔で呟いてしまったが勘弁して欲しい
実はあれから真っ黒なナニカに流されつつ寝ていたみたいなんだけど、何ともいえない違和感を感じて意識が戻ったのさ
周りは相変わらず真っ黒で、ホントは寝たままだったとしても区別がつかないのは内緒だぜ!
夢か現実かは置いておいて、俺にとっては久しぶり(な気がする)に目にする明かりである
いやーホント、あたり一面まるごと全部真っ黒なナニカしか見えない視界に一点の光明ってのが、もう
それはとても美しい紫色の輝きで……
……って、おいまて、やめろ、アレ本当に吸い込んでないか?!
いやいやいやいやまてまて早いまだ慌てるような時間じゃないこの真っ黒なナニカの中に居るのも腹減らないし意外と快適で
あーでもこの中にずっと居るのってどうなのなんていってる間に視界一杯にまで光が広がってきてるし!?
おわー!?今度はさらに強くむにょりともぐにょりともした感覚で身体が引き伸ばされるぅーーー!?
らめぇ、そんなにされたらちぎれちゃうのほぉおぉぉ…………
「へぁ?」
ぶるん、とした感触の後に光が弱まったので目を開くと、思わずそんな声が漏れた
真っ黒じゃないって素敵な事なのね
重力と光がある事に感謝しつつ周りを見回せば
とりあえず前方、数歩離れた所に「ザ・ダークサイド!」という感じの悪っぽい暗色系ローブを纏った
血色悪い細身の美人さんがいらっしゃいます、何故かこちらをガン見しているけど
その隣には男性の視線誘導効果の極めて高い、ナニとは言わないけどピンクなものが見えちゃいそうな生地の少ない服
……服? とにかくそんな服(仮)を着ていらっしゃる、これまた美人さん
そして反対側にはムキムキの肉体に牛の頭ってなんだこの人、人間に見えな
「おふっ!?」
─ 108のダメージを受けた ─
そこまで把握した所でいきなり衝撃を受け石壁へ叩きつけられる、あと視界の端に変なの見えた
何事!? と、思う所へ押し寄せる激痛ががが
「フフ、戦力の補充に来てみれば、まさか人間が召喚されるなんて……ね」
─ 再生…20ポイント ─
美人さんのどちらか(だと思う、牛人間からこのちょっと高慢そうで綺麗な声が出ると思いたくない)が
何か言っているが、痛くて理解する暇がない
喉の奥から嫌な感じがこみ上げてくる、反射的に咳き込むと添えた手のひらが血で真っ赤だった、こりゃ酷い
医者はどこだ
─ 再生…20ポイント ─
訳もわからず痛みのあまり蹲っていると細身の美人さんに片手でぐいっと引き起こされた、どうでもいいけど力強いですね
そしてそのまま俺の血で汚れた顔をペロリと――って、ななな何してはるんですか美人さん! あれですか舐めて癒すとかですか
それなんてエロゲ? じゃなくてこの痛みは内臓系っぽいので折角顔を舐めていただいても直らんとですばい
「アラ? この味……とりあえず殴っちゃったけど、もしかして貴方悪魔だったのかしら?」
─ 再生…20ポイント ─
などと混乱して思考がどこかの方言になる俺、そこへ追い撃ちをかけるように美人さんからそんな言葉をかけられる
おまけに変な文字も連続して表示されている
「いやいや、俺が悪魔だなんてわけの解らない……こ、と」
思わぬ加害者の判明と共に、ふと脳裏をよぎるのは真っ黒なナニカの中で尾てい骨にあった違和感――
─ 再生…20ポイント ─
無意識に手をやってみれば、そこには腕よりは細くてにょろっとして、ついでに先端が三角で意外に長くて
なにより"手で触れられている"感覚のある素敵に小悪魔……と言うには大きな尻尾が!
嗚呼……神様!! 特に信じてもいなかったけど、こりゃないよ! いくら俺が腹黒いからって悪魔(仮)だなんて!
「ヘェ……? やっぱりそうなのね。 そこまで人間そっくりに擬態できるなんて面白いわ」
─ 再生…20ポイント ─
「特に、魂の色なんて、まるで人間そのものみたい」
ニタリ、という擬音が聞こえてきそうなゾクゾクする笑みを浮かべて細身の美人さんは続ける
「ま、死なない程度に頑張るといいわ、我らが同朋さん?」
─ 再生…8ポイント ─
わけのわからない急転直下の事態に、俺は呆然としたままその場に立ち尽くす事しかできなかった……
「なにやってるの貴方、さっさとこっちへ来なさい」
なんて事を思う暇もなく、部屋の外へ移動しつつある細身さん達に呼ばれてホイホイついて行く俺だった
改めて部屋を見回せば、床は石畳の上に謎の図形、壁は石壁に悪っぽいレリーフ、扉は重そうな石か金属製のいかにもな造りである
中世やファンタジーを舞台にした映画のセットの中へ迷い込んだかのような印象だ
ついでに言えば俺の服装も変化していて、だぼっとした膝下位までの貫頭衣のようなものになっていた
しかもその下には何も着ていない、お陰で尻尾を出すとチラチラと……止めよう、男のチラリズムなんてホント誰得だわ
いつの間にか体が痛いのも直ってるけれど気にしない方向で生きていきたいと思いました、まる
扉の側へ移動しつつ周りを見ていると、目のやり場に困る紐、ゲフンゲフン、服(仮)を着た方の美人さんと目が合った
軽く会釈してみるとにっこり微笑んでくれた、最高です! グッっときました! その羽としっぽ素敵ですね!
アホな事を考えて、思わずサムズアップしそうになるのを我慢しながら隣の牛人間さんにも軽く会釈
頭を下げる事に定評のある日本人の基本動作です
牛人間さんは「カハァ~」と口を大きく開けながら、その力強い手でこちらの背中をバンバンと、って痛い!痛いよ!
─ 18のダメージを受けた ─
あまりの強さに再びダメージ表記と思われる表示が視界の端に出ていた
しかし、牛人間さん的には「よろしくな!」と軽く肩を叩いたつもりのようなので我慢しておく
この流されやすさと我慢強さこそ、まさに日本人だと言えよう(キリッ
─ 再生…18ポイント ─
石造りの通路を、皆さんの後について歩きながらつらつらと考えをまとめてみる
何故か俺が悪魔(仮)、でもって細身さんが同朋、つまり細身さんも悪魔
先ほどさらっと流したけど前を行く露出きょ、おっと、お尻丸出しに近い美人さんもしっぽがふりふりしているから悪魔だろう、羽もあるし
どうでもいいけど尻尾をしっぽって書くと可愛いよね、まぁそれは置いておいて視界に揺れる形の良い後姿が最高です!
……ふぅ、となると牛人間さんも悪魔?
悪魔と言えば山羊頭だったように思えるけど、山羊頭の悪魔が居るなら牛頭もどこかに居るような気がする
そう、キーワードは悪魔……そして最初の部屋にあった図形、今にして思えば魔法陣、あるいは召喚陣というものだろうか
細身さんは俺の魂が人間のようだと言っていた、普通は人間に対して「貴方人間に似てるね!」とは言わないと思う
……皮肉で言う事はあるかも知れないけども
そして血の味で悪魔であると判るという事は、やはり肉体が悪魔……、……っ!?
こ、これは……つまり俺のイヤーは地獄耳って事じゃないのか!? さらに言えばチョップはパンチ力!?
いやいや待て待て、軽く息をついて変な方向に盛り上がりかける思考を一度落ちつかせる
真っ黒なナニカに入ってから妙に思考が暴走するなぁ、とりあえず俺は元人間である、たぶん、きっと、めいびー、位の認識で置いとこう
しかし、平和に暮らしていた元日本人の割には異常な状況でも気にならないけれど、これは悪魔パワーなのかねー
─ 種族:吸精悪魔亜種 ─
視界の片隅に浮かぶ、もうそろそろ状況的に無視するのが難しくなってきた表示を意識しながら、そんな事を考えていた